うちに猫がやってきた
うちに猫がやってきました。
私は猫が好きでして,その気ままで,干渉せず干渉されない,自由を愛する性格が,とにかく私にあっています。
お腹が空いたらご飯を食べ,眠くなったら眠り,探検をしたくなったらゴソゴソと歩き回り,寂しくなったら気を許した人間に甘え,気が済んだら黙って立ち去ります。素晴らしい。
人間だったらこういうのって嫌われるかも知れないですが,猫ならそれは別の話。互いの生活を邪魔せず,尊重し合いながら,頼りたくなったら気を遣わず頼り,都合が悪ければ無理せず断る,なんてのは,信頼関係が究極に高まった者同士でなければ成立しないでしょう。
だからだと思うのですが,私が見るところ猫を愛する人というのは,拘束されることも拘束することも嫌う人が多いようで,そういう人との間で共有される価値観とそれを底にする安心感には,猫と過ごした人に輪にいるという帰属意識を増幅し,無用な警戒感を和らげる力があるように思います。
私が小学生の高学年の時,我が家に猫がやってきました。ヒマラヤンと呼ばれた純血種を,父の取引先から譲ってもらったというのがきっかけでした。
1980年代ですので珍しい種類で,しかも純血種,それを商売相手から分けてもらったのですから,怪我をさせたり病気になったり,さらには死んでしまったりしたら,これはもう一大事です。
商売上,父も断り切れずにもらってきたのだろうと思いますが,まだまだ外飼い&猫飯が普通の時代に,完全室内飼い&管理されたペットフードで飼おうというのですから,なかなか思い切ったことをしたものです。
で,このメスの猫,母がチャコという名前をつけたわけですが,とにかく性格がきつくて,大変でした。そのくせ気は小さく,ドアの隙間からぴゅーっと外に出る癖に,出てしまえば怖くて硬直していると言った有様です。
今思えばトイレトレーニングも失敗していて,そこら辺におしっこやうんちをするのは当たり前,のみならず発情期には壁におしっこを引っかける,長毛種にありがちな巨大な毛玉をそこら中に吐きまくり,あらゆるものを鋭利なツメで八つ裂きにして,我が家はボロボロになっていったのでした。
そんなチャコですが,3度出産を経験して,お母さんっぷりを見せてくれました。生まれた仔猫も純血種で,売却される事が前提だったので,それも最初からもらってくるときの約束だったのだろうと思うのですが,あのやんちゃな猫がいっちょ前に仔猫をしつけているのを見ると,大したものだなあと思ったものです。
3度目の出産では,確か5匹のうち1匹はすぐに死んでしまい,もう1匹は体が小さく,肋骨が内側に曲がって心臓や肺を圧迫する「漏斗胸」という奇形であったことがわかり,少し遊ぶとぐったりと動かなくなってしまうような,体の小さな仔猫でした。
我々家族はそんな弱い仔猫に特別な感情移入をしていたのですが,やがてとても安い値段で買いたたかれて,愛玩動物の経済的なドライさを見せつけられたのでした。人間には人権があっても,猫には猫権はないんですよね。
そんなこともあり,チャコはその後二度とお母さんになることはなかったのですが,仔猫をすべて連れ去られた後,どこかに隠れているのではと,あちこち鳴いて探し回っていたことを,我々家族は妙な罪悪感と共に見ていたのでした。
人間の年齢に換算すれば40歳くらいになるころでしょうか,もう出産することもなく,なにかとリスクもあるということで,不妊手術を受けさせようという事になりました。人間の勝手でお腹を開くことには複雑な気持ちもありましたが,実はこの手術の時,卵巣が膿んでいたことがわかり,このまま気が付かないままだとだと死んでいたかも知れない,とわかりました。当時の私にとっては気の進まない手術ではありましたが,結果として命が繋がったことになります。
しかも,性格は180度変わっておとなしくなり,とてもおだやかな猫になりました。トイレに失敗することもなくなり,我々人間と猫との間の緊張感は消え,とても良好な関係を保つことになるのでした。
就職をきっかけに実家を離れてからは電話で話を聞く程度だったのですが,たしか実家を離れて3年経った頃だか,親から亡くなった事を聞かされました。もともと腎臓が弱かったのですが,最後は足腰も立たず,下半身を引き摺って動いていたそうです。なのにトイレには律儀にいこうとするので,母はそのままでいいよと何度も言って聞かせたそうですが,しばらくたった寒い朝,コタツの中で動かなくなっていたという事でした。
12歳から23歳までずっと毎日見ていた猫を看取ることができなかったことを,今も私は後悔しているのですが,多感な時期の,勝手気ままで干渉を嫌うもの同士との10年間が,私の人間形成にどれほど影響しているかわかりません。
それゆえ,もう一度猫を飼いたいとは思わなかったのでした。
妻も同じ時期に同じような猫を飼っており,共通の体験がありました。当然猫に対する眼差しには共通するものがあり,猫と人間の距離感についても,説明不要な常識が共有出来ています。
猫と一緒に過ごすことの楽しさと大変さは共に骨身にしみており,それぞれこれほど猫が好きなのに,猫を飼おうという話が全く出ることは自然な事だったと思いますが,そうしているうち娘が生まれて,やがて中学生になりました。
ふと,ここに猫がいたらどうだろう,などと考える事が数年前から増えたことには気が付いていました。娘の年齢が私が猫と暮らし始めた年齢に達して,あの素晴らしい体験が出来ないのはもったいないという気持ちもありましたし,15年生きるとして私の年齢だと今が最後のチャンスかもしれないとも思いました。
猫を飼えば旅行に出ることも出来なくなりますし,病気をすればすぐに病院に行くことになります。壊されたり汚されたりする心配がない生活を手放すのも嫌でしたし,なにより猫は多くの場合飼い主より先に死にます。
だから私は考えました。これは縁が重要だと。
猫は理不尽に振り回されることをとても嫌います。そんな猫を,お金で商品のように買って帰ったり,かわいいという理由で飼育しようというのは,なんだか違うんじゃないかと思ったのです。
家に猫がいるのも縁,その猫が私の足下にやってくるのも縁,雄なのか雌なのか,仔猫なのかお年寄りなのか,純血種なのか雑種なのか,長毛種なのか短毛種なのか,尻尾がまっすぐなのかグネグネ曲がっているのか,病気がちなのか健康なのか,それも全部縁,そしてやがてお別れするのも,やっぱり縁です。
どんな猫でも,うちに来たからにはなにか特別なものがあったということです。
強い縁があれば,その猫と私たちは出会うことになるはずだし,今ここに猫がいないという事は,それはそれで縁がなかったと言うことです。無理をすることはありません。その点で,我々家族は猫と無縁の生活をおくっていました。
そんなある日,突然事態が動き出します。
いわゆる保護猫という,飼い主がいない猫の里親を探しているという話は,よく耳にする割には私には縁遠いものでした。猫を飼う家には猫が集まるとはよく言ったもので,猫に縁がない家には,猫に関係するあらゆる物事が全く寄りつかないものです。
しかし,そんな保護猫の総本山のことが,ある日急に気になりました。保護猫について東京都はどんな対応策を取っているのだろうかとホームページを覗いてみると,譲渡を専門としたセンターがあり,積極的な活動で殺処分ゼロを実現しているということでした。
そのセンターから譲渡を受けるには,最初に1時間ほどの研修を受ける必要があります。研修は1年間有効で,その間に気に入った猫がいれば,マッチングを確認した上で譲渡されるという段取りです。
私は妻に,こういうのは縁だし,いいなと思う猫が見つかった時に,さっと引き取れるよう,研修だけは受けておこうと提案しました。それはよいことだと妻も賛成して,我々は6月の末に世田谷の八幡山にある動物愛護相談センターで研修を受けることになりました。
研修の内容は我々にとっては至極当たり前で,猫との接し方やセンターの役割について,我々の意識をアップデートせねばならないことがなかったことに安心したのですが,センターの担当者が最後に案内してくれたのが,現在保護している猫たちです。
FIV陽性の白い猫,ダイエットしても9kgもある牛模様の猫,高齢でもう動く元気もない猫,人が来ても全く意に介せず寝ている猫,片側の目が白く濁っている猫,など。
性格はみんな違っていて,どの猫もとても魅力的です。
ただ,急ぐことはない,今決める必要はない,必ず飼わないといけないということもない,これから1年間も時間があるんだから,なにか縁があった猫と一緒に暮らそう,もし猫が来なくても,それもまた縁だと思って猫たちと会ったのですが,担当の方が,人なつこい,ある猫を紹介してくれました。
きれいな長毛種のサビ猫,人なつこくて鳴きながらすり寄ってきます。目がとても綺麗で,こちらをしっかり見ています。
センターでタニタと呼ばれていたこのメスの猫は,まだホームページに掲載されていない,来たばかりの猫だということでした。都内某所で4月末に脱水し動けなくなっているところを保護され,回復後にこのセンターにやってきて,そろそろ譲渡対象としてホームページに掲載しようかというところで,私たちはこの猫と出会ったわけです。
研修当日に今ここにいる中から連れて帰ることが出来ないという約束でしたし,向こう1年間でじっくり探すつもりでしたから,他の猫と同じ程度に説明を聞いていたのですが,帰宅後も,このタニタの事がどうにも頭から離れません。
気になって仕方がないのだと,妻に相談すると,妻も同じような思いだったようです。こういうのも縁だからと,一応詳しい話を聞いてみようと,当日の閉庁30分前に電話をしてみました。
FIV/FeLV陰性,混合ワクチン接種済,マイクロチップ装着済,不妊手術をしようと思ってお腹を開けたらすでに子宮がなかった,歯の状態から推定5歳くらい,健康で性格も良く,トイレも完璧とのこと。
しかもまだ譲渡対象としてホームページには載っていません。今は我々しか,この猫のことを知らないのです。
電話をする前に,余程の事がない限り,うちにお迎えしようと妻とは話し合っていましたが,余程の事もなにも,なにも問題がなく,これ以上の好条件があるのかと思うほどでした。
電話で,うちにお迎えしたいと希望を伝えました。お迎えの準備もあるので,1週間の時間をもらうことにし,翌週にお迎えすることにしました。
ただ,私自身は少し複雑で,この猫でなければ,別の猫がうちに来たかも知れません。それも縁ではありますが,選ぶと言う行為の裏側には,選ばれない猫がたくさんいるという現実を見ないわけにはいかないのです。
週末にかけてあわてて準備をし,翌週タニタに再会,7月1日の午前中に,彼女は我が家に足を踏み入れたのです。
私たち夫婦にとっては久々の,娘にとっては初めての猫です。猫にとっても我々は初めての相手ですから信頼関係はゼロですが,そこから互いの生活を尊重しながら,同じ場所で生きていくことになります。
名前は娘が素敵な名前をつけてくれました。「こがれ」といいます。
体の色を見て思いついた言葉らしく,私も妻もとても良い名前だと思いました。
こがれさんは落ち着きなく,あちこち歩き回って隠れられそうな場所を探しています。奥の和室のカーテンの陰にさっと隠れると,そこからしばらく出てきません。猫は怖がりですから,しばらく出てこないでしょう。それも当然です。
きちんと食べて,きちんと寝て,トイレもして,そして少し落ち着いたら,時々遊びに来てくれたらいいです。
まだ1週間経過していませんが,少しずつ慣れてくれているみたいです。病院の健康診断も済ませ,至って健康であることも,実際はもう少し若いのではないかということもわかりました。
こがれさんは少しずつ行動範囲を広げています。ほとんど寝ていますが,少し気が向いたら,人間がワイワイとやっているところに,ひょっこりと顔を出してくれます。みんなの視線が彼女に集まります。しかしそんなことにお構いなく,こがれさんはまたどこかに行ってしまいます。
猫がいてもいなくても,我々の生活は続いていきます。猫と我々が不意に交錯するときはもちろんのこと,互いの姿が見えないときでも「そういえばどこにいるんだ」と気にかけることで,我々の生活は確実に豊かに変わっていくのでしょう。