10日たった,こがれさん
- 2026/07/10 12:36
- カテゴリー:猫のはなし
7月1日我が家にやってきたこがれさんですが,随分慣れてきたようです。
(1)顔つき
センターですり寄ってきた時の顔は,まさにか弱い乙女だったのですが,今はすっかり気高く精悍な顔つきになりました。大きな目はその環境が安全かどうかを見分けるのではなく,相手が自分に興味を持っているかどうかを判断するセンサーとして機能し始めたようです。
(2)食欲
結構ムラがあって,食べるときと食べないときの差が大きいようです。従ってうんちも毎日するけど少なめで量も安定しません。
エサの好みかもと思っていましたが,今朝15cmにもなる大きな毛玉を吐いていたので,これが原因だと判明した次第。さぞ苦しかったと思います。ほとんど胃を埋め尽くすサイズですからね。
(3)猫パンチの洗礼
慣れてきたこともあり,そろそろ本性を現し始めました。あまり活動的ではなく,攻撃的でもないおだやかな猫だと思っていましたが,不意に攻撃的になることがあり,妻も私も猫パンチを何度も食らっています。
「本当にパシッって音がするんだ」と娘は驚くやら喜ぶやら。
(4)血液検査
先日の健康診断で,血液検査の結果を電話で聞いたところ,肝臓や腎臓の値は正常だったが,SAAが120とかなり高い値を示しているので,3ヶ月後に再検査をおすすめ,と言われました。
調べてみるとSAAって炎症を起こしているときに急激に跳ね上がる数値で,通常5から8程度です。さすがに120ですからなにもない,ということはないでしょうし,なにか原因があるんだろうと思いますが,炎症には付きものの発熱もなく,他の数値は正常,触診も問題なしでしたので,様子を見つつ検査項目を増やして再検査という話になったのでしょう。
我が家に来てからずっとえずいていて苦しそうだったので,毛玉は溜まっているだろうと思っていたわけですが,前述の通り15cmもの巨大な毛玉を吐き出したことで,この毛玉が胃や腸の炎症を引き起こしていた可能性もあるんじゃないかと疑っています。だとすれば,次の検査では下がっている可能性も高いでしょう。
(5)けじめ
食卓には上がらない,というルールを作りましたが,現行犯で注意できるときはいいとして,人間が寝ている間に上がられてしまうとどうしようもないので,もうあきらめました。
玄関の扉が開いたときに外に飛び出すことも心配でしたが,ゲートを設置して飛び出しを防ぐことにしました。しかしある朝ゲートの向こうに座っているのを見て,どうやってくぐったのかと軽くめまいがしました。
ただ,その後は一度も向こう側には行っていないようで,聞き分けが良いのか,それとも向こう側に行く理由がなくなったのか,はたまたなにか怖い思いをしたのかわかりませんが,どっちにしてもゲートが象徴的なものに成り下がったことを認めざるを得ないでしょう。
けじめと言えば,我々の寝室からは完全に締め出すことにしています。猫が出入りできる仕組みがない扉の部屋で,開けっぱなしには出来ないですから,これはやむを得ません。しかし猫にしてみれば,未探検の部屋があることは悔しいでしょうし,ある時刻から人の気配が完全に消えることに不安を感じる事もあるでしょう。
一方我々は気付かれないように寝室に向かうことになりますし,途中トイレに行くこともままなりません。それでも明け方には扉の前で誰かが起きてくることを待っているみたいで,私が最初に目覚めたときは踏んづけてしまうほど足下をウロウロとします。
ということで,一応決めたけじめではありますが,そのうち折り合いがつくもので,今は人と猫のせめぎ合いという所でしょうか。危険が伴う場所には嫌われても立ち入りを禁止しないといけないわけですし,まだまだ手探りが続きそうです。
(6)長毛種
夏毛に生え替わる時期という事もあり,長毛種の猫からは強烈な抜け毛があります。毎日掃除機をかけても間に合わないくらいですし,服も毛だらけです。鼻はいつもムズムズしますし,食べ物にも入っていたりします。
ある程度仕方がないとは思っていましたが,これはもう本当に猫が好きでないと受け入れられないかも知れないですね。
(7)安心感
自分を攻撃しない,自分にとって安全ということがわかってくれたみたいで,お腹をだして仰向けにぐぅぐぅ寝ています。というか,仰向けに寝るというのは,体の構造的に猫にとって楽じゃないと思うのですが,最近仰向けの写真をしばしば目にするあたり,案外そうでもないのかも知れません。
わずが10日ですが,互いに遠慮もなくなってきていて,距離感も近くなっているように思います。始めて猫を触る娘にも慣れてきているようですし,狭い部屋に3人と1匹が適度な距離を保ちつつ銘々勝手なことをしながら集う様子は,なかなか微笑ましいものがあります。
猫も我々も変化しています。その相対的な関係は想像以上に大きく変わるもので,生き物と暮らすことの醍醐味でもあります。そういう変化を楽しみたいものです。