Nikon NikomatEL

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2006年1月 ジャンクを購入

2006年2月 抵抗の破損を発見,交換で回路は修理完了

2006年2月 CdSの劣化を発見,代用CdSの検討開始

2006年2月 CdSの特性の差異から低輝度側の動作範囲が狭い状態で暫定修理完了

2006年2月 初代ガチャガチャアダプタを製作

2006年5月 FM3A用のファインダースクリーンに交換

2006年10月 ES2のCdSの移植を試みるが特性の違いが大きく断念

2006年10月 部品取りを1台確保

2006年10月 部品取りからCdSを移植,露出計の調整

2006年10月 アルミ製のガチャガチャアダプタ2を製作

2006年11月 動作確認終了,修理完了


ES2の修理が意外に簡単にできてしまった(しかし後に繰り返されるトラブルに散々悩まされることを当時の私は知らない)事にすっかり気をよくした私は,次の修理品を探しに,いつもの中古カメラ屋に足を運びました。

FMやFEといったニコンの中級機種があったら欲しいなあとか,やっぱF2はシルエットが最高に格好いいよなあ,などと考えていたら,F2によく似たシルエットのカメラが目につきました。NikomatELです。

ニコンには開放F値をボディに伝える仕組みとして,トプコンの特許が切れてから使われるようになるAI方式よりも前に,いわゆる「ガチャガチャ」と呼ばれる連動方式が長く使われていました。

この「ガチャガチャ」という儀式はニコンユーザーにとって特別な意味を持っており,絞りリングについているカニ爪と共に,ニコ爺たちの心の拠り所になっています。

私もニコンユーザーなら,このガチャガチャを体験せねばなるまいと,お店で見かけたこのNikomatELを手にとって,買って帰ることにしました。一応シャッターが切れることや露出計が動作することを確認して,少なくとも電気系(特にIC)が壊れていないことを確かめてから購入しました。

問題の1つは,シャッターの不安定です。スローシャッターが切れなくなったりする場合があります。いつもということはないので,ICの故障ではありません。

この問題の原因は,ソリッド抵抗の破損にありました。

今はほとんど使われていないのですが,抵抗の種類の1つに,ソリッド抵抗というものがあります。樹脂の筒の中に炭素の粉を封入して,両端から端子を出した抵抗です。価格が安く,小さく作れるということもあって,精度が要求されず,ノイズが多くても良いという一般的な用途では多用されました。

現在の一般用抵抗は炭素皮膜抵抗といって,セラミックの表面に炭素の被膜を作り,これを削って抵抗値を作ります。ソリッド抵抗に似た特性を持つのですが,大きく異なるのは信頼性です。ソリッド抵抗はその構造から経年変化に弱く,抵抗値が大きく狂ったり,導通しなくなったりします。

このNikomatELで使われていた抵抗はまさにそのソリッド抵抗で,外して測定してみると,1つに非常に不安定な値を示すものが見つかりました。原因はどうもこれのようです。

同じ値の炭素皮膜抵抗に交換して,安定性を取り戻したNikomatELですが,このくらいの修理で済んでくれるほど,甘いものではありません。いろいろ調べてみると,左右のCdSの特性が大きく違っており,露出計の動作に支障が出ています。

CdSを交換すれば済むだけの話だと軽く考えて,部品取りに確保してあったES2からCdSを外して交換を試みたところ,なんとCdSの足を根本から折ってしまい,再起不能になってしまいました。この時ほど落胆したことはありません。

後にES2のCdSを再度手に入れて交換してみると,特性が全然違って使い物にならなかったのですが,この時はそんなことも知らず,己の不注意を呪ったものです。

CdSくらいで,と思われるでしょうが,CdSはその名前にあるように,カドミウムが使われています。カドミウムは環境に対する影響が大きい規制対象の物質で,数年前から鉛などと共に製品の原材料として使えなくなっています。結果としてCdSを生産するメーカーは生産を取りやめたり廃業したりして,入手が極めて困難になりつつあります。

かといってそのまま置き換えの出来る部品があるわけではなく,手軽で安い光センサとしてのCdSは,確実に絶滅するものと思われます。

とりあえず秋葉原に出かけて部品屋さんをあちこち回ったところ,NikomatELやES2で使われている直径5mmの金属のカンに入ったCdSを見つけることが出来,喜んで20本ほど買って来ました。

早速交換してみたところ,全然調整範囲に追い込めません。明るいところで合わせると暗いところで大きく狂い,暗いところで合わせると明るいところで大きく狂ってしまいます。

調べてみると,CdSには明るさの変化に対する抵抗値の変化の割合(これをγといいます)に,いろいろな種類があるそうなのです。CdSなんて,明るくなると電気が消えるとか,そういうスイッチくらいにしか使ったことがない私には,変化率まで頭が回りませんでした。

カメラに使われるCdSは,明るいときと暗いときの幅が大きいため,変化率を緩やかにしたものが使われます。しかし,一般的な用途では変化が大きい方が使いやすいため,変化の緩やかなものは使われません。

私が手に入れたのは一般用で,変化が大きいCdSだったのです。明るいところで調整すれば暗いところで,暗いところで調整すれば明るいところで大きくずれてしまうのは,そのためだったのです。

大きさ,抵抗値だけではなく,その変化率まで考えなければならないというのは非常に厳しい世界で,なんとしても使いこなしてみようと,随分と粘りました。

CdSは,直列や並列に抵抗を付けると,その特性を変えることが出来るのですが,変化率そのものを変えることは出来ません。どちらかというと,変化する領域に制限を設けて,その範囲で使うようにするという考え方が正しいでしょう。

回路図がありませんから,とにかくいろいろな抵抗を付けて外して,調整を追い込んでいきます。なんとか普段使う範囲で全体の誤差を1EV以内に押さえ込むことが出来るようになったのが,この検討の最良点でした。しかし,室内での撮影では露出計が動作しないくらい,低輝度側の動作範囲が制限されてしまい,これをオリジナルNikomatELですというのは,かなり無理があります。

ES2などのカメラでは,低輝度と高輝度でそれぞれ露出計を調整する仕組みが回路側にあるため,CdSの特性についてはある程度の許容度があるようです。しかしNikomatELにはそうした個別の調整機構がなく,またCdSのγカーブを補正する仕組みも持っていません。

露出計の回路がワンチップ化されていることも調整の自由度を下げている要因になっていて,結局CdSが持つ固有の特性に依存し切った回路構成になっているということがはっきりするに至り,このCdSではあくまで暫定的な修理になるということを受け入れる他ありませんでした。。

それでもガチャガチャ経験者の仲間入りを果たした私はうれしくて,F2の面影をどこか持っているこのカメラを,ES2とはまた違った形で使っていました。小型のレンズを取り付けて散歩カメラにしたくて,カニ爪がないためガチャガチャの出来ないAi-Nikkor45mm/F2.8Pが使用できるよう,スピンドルケースで売られているCD-Rの保護用に使われている透明なCD-Rをハサミで切り出してアダプタをこしらえ,某巨大掲示板で少しだけ話題に上ったりしました。

より使いやすくするため,FA3A用のK3ファインダースクリーンに交換することも試みました。FEやFMでも使用可能と言われるこのスクリーンは,きっと先祖であるNikomatでも使えるだろうと思っていたのですが,これは実に甘い判断でした。

大きさが違っているため,左右を削る必要があるのは分かっていましたが,厚みまで違っていて,そのまま使うとピントが狂うことを知るのは,無限遠が出ないことに気が付いてからです。

スペーサを何枚か貼り付けてようやく無限遠が出るようになったのですが,その後の試写でもピントの狂いは出てないようで,この問題も力業でなんとかしました。ただ,この過程でスクリーンを傷だらけにしてしまい,もう1枚買い直してやり直すことになってしまったのですが,当時K3スクリーンが品薄だった中で,他の人にも多少迷惑をかけてしまったかも知れないと,反省しています。

しばらくそのまま使っていたのですが,どうせなら完璧を目指そうと,部品取りのNikomatELをもう1つ入手し,ここからCdSを移植しました。そしてこの部品取りを分解することで,私のNikomatELがELWと共通化された後期型であることを知ります。

さすがにCdSを交換すると,あれほど悩んだ調整もさくっと終わり,私のNikomatELは晴れて完全修理を終えることが出来たのでした。ES2に比べてもかけた時間は見劣りしません。最終的に修理が完了したのも遅く,私の中では長きにわたって「仕掛品」だったNikomatELですが,独特のフォルムと唯一のガチャガチャ機であることで,その存在感をアピールしています。


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