LA音源は突然に      第2講

  2.音は"耳"に、どう聞こえるのか?

 シンセサイザーは、自然界に存在しない音を創造する目的と、現存する楽器のモノマネをする目的で開発されました。言ってみれば、人間の耳をだます機械という事になりますね。だますためには、どうすればだませるかを研究しないといけません。今回はそのお話です。

 音はあくまで人間の耳を対象にしたものです。シンセサイザーのオペレーターは、人間の耳を常に意識して音を作る姿勢を忘れてはならないと思います。

 人間の耳の周波数特性は、大変いびつなものです。20Hz〜20000Hz程度の周波数を聞くことが出来ることは皆さんもすでにご存じだと思います。しかし、この広い周波数帯域において、すべての音が同じ大きさで感知されているのではありません。同じ大きさで、周波数の高い音と低い音とを同時に聞いたとき、高い音の方が耳につくことが多いのはそのためです。

 一般に、人間の耳は聞く音のレベルや周波数によって感度が異なり、音圧(音量の事です)が小さくなるほど低音、高音の感度が下がってきます。これらの特性を音圧と周波数のグラフにしたのが、「フレッチャー・マンソンのラウドネス曲線」と呼ばれるものです。ステレオアンプやラジカセについてるラウドネスコントロールというのは、ボリュームツマミの角度に応じて低音と高音の大きさをコントロールして、聴覚上の錯覚を補正するためのものです。

 この曲線によると、120ホンぐらいだとほぼフラットな曲線になるのですが、60ホン以下になるとかなり高域と低域での感度が下がってくることがわかります。そして、最も感度の高い周波数帯域は1KHz〜6KHzになります。

 これは、高域と低域は、中域と同じエネルギーだとちゃんと聞こえない、ということを示しています。

 このことは直接音作りには関係ない事かもしれませんが、音を含めたトータルな音楽作りの際には必要になってくる知識です。自分の耳をもっとよく調べてみてください。結構新しい発見があるはずです。

 つぎに、人間の音の感知する方法を述べます。

 人間の耳は、いったい音のどの部分で、音色(あるいは楽器)を特定して判別するのでしょうか。

 人間の耳は、主にその楽器音が持つエンベロープの形状で、その音がどんな楽器から出ているかを判別するといわれています。例えばピアノの音をテープに録音して、再生するときに出だしの部分をボリュームで絞って聞かせないようにし、残りの持続音だけを他人に聞かせてみると、見事にピアノの音だとわからなくなります。

 この例は音量の時間的な変化についてですが、人間の耳は音色や音程の時間的な変化、特にそのなかでもアタック部(立ち上がり部)を第一印象として受け止め、音の個性として記憶し、今度からは立ち上がり部分で何の音かを判断するのです。実際、楽器音というのはアタック部に最も多くの倍音を含んだ複雑で各楽器の個性の出る音を出しているので、この判断方は当然といえるかもしれません。

 高校の物理で習った方もおられると思いますが、弦の長さや、管の長さなどが定常波の周波数を決定します。つまり、弦を弾いたときには、整数次・非整数次を問わず様々な倍音が出るのですが、次の瞬間には、特定の周波数の定常波のみが残って、音としてなり続けるのです。この時残った倍音の構成で、その楽器の音色が決まるのです。弦楽器だと1,2,3・・・倍音が、木管楽器だと1,3,5・・・倍音がでるのは、これで説明がつく訳です。太鼓などの打楽器には音程感がありませんが、これは太鼓が定常波を残すしくみを持たず、発生した整数、非整数倍音がそのまま太鼓の音として出てくるためです。FM音源は、非整数倍音や高次倍音をも合成できるので、打楽器系の音に大変な威力を発揮する理由がここにあります。

 話が少し横道にそれましたが、この事は、アタック部分を楽器音に似せれば、耳をだます事が出来るという事を意味します。あとの持続音は定常波、つまり規則的な波形なので、合成するのは比較的簡単です。したがって、楽器音のシミュレートにはアタック部が決め手になるといえます。

 LA音源はアタック部を多量の倍音を含むPCMで、残りの部分をシンセサイザーで作り、二つを合成して音を合成することが出来ます。こうして、LA音源は人間の耳を最も効率的にだますことが出来るのです。

 次は、左右の定位についてです。人間の耳は2つあって、これのおかげで音源の位置や距離を判断出来るようになっているのはご存じの通りです。では、左右の耳は、どんな手段で立体感を得ているのでしょうか。

 左右の耳の間には距離があります。ある音源が音を発生して耳に到着するまでには、それなりの時間がかかるわけですが、この時間が左右で異なります。人間に耳は、ある時間のずれまでは同じ音と判断し、それ以上だと別々の音がなっているのだと判断します。つまり、左右の位置や距離は左右の耳に入ってくる音の位相差によって判別するということになるのです。

 コーラスというエフェクターをしっていますか。立体感のある美しい音に変化させるエフェクターですが、これは入ってくる音を、左右でわずかな時間のずれ(場合によっては周波数のずれも)を作って出力します。これによって広がりのある音を作ることが出来る訳です。

 同じ事はシンセサイザーでもよく使われています。左右別々に音を出すことの出来るシンセサイザーは、左右で周波数を微妙にずらして、広がりを作ります。これは包みこむようなストリングス系の音に大変有効なのですが、実はわずかに周波数をずらすことで位相を変化させているのです。(厳密にいえば少し違うのだが・・・)周波数をわずかにずらすことは、位相差までもが時間的に変化することになり、耳は音源の場所を特定できなくなるのです。こうして音に広がりが生まれます。

 今回は前回に比較してもかなり難しい内容になったと思います。今すぐ必要になる知識ばかりだったとは思いませんが、知っているとなにかと便利なことばかりです。また、これらの特徴を生かして、実際の音が合成されていることも見逃すことは出来ません。音と耳を楽器を研究する、こうして初めて音と空間を支配できるようになるのです。

 私はライブで、いつも空間を操っていました。観客は私の仕業とは思わないのですが、しっかり私はその場をしきっていたのです。

 音作りだけをマスターしても意味がありません。総合的な理解で、持てる技術を最大限に発揮することも重要ではないでしょうか。

 さて、次回はLA音源の母体となったアナログシンセサイザーの話です。なかなかLA音源の話にならないのでイライラしている方も多いと思いますが、アナログシンセを理解することはLA音源を理解することに直接結び付きます。あと一回、LA音源以外の事にお付き合いください。

 それでは、次回まで!

G-SHOES

 参考文献:「初歩のラジオ用語辞典」           誠文堂新光社
          「RAM増刊 サウンド&エレクトロニクス」      広済堂出版

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