LA音源講座  「LA音源は突然に」  その9

 LA音源、楽しんでますか? 「LA音源は突然に」その9、今回はパラメータ解説の最後、リングモジュレータについてお話します。LA音源の解説を行う記事が少ない中で、今までに私が見たものには、リングモジュレータのついての記載が極めて少なかったように思います。全く扱っていないものもありました。

 確かに、リングモジュレータはあまり役には立たない存在です。LA音源らしい音を作るためには全く必要のないものであると言っても過言ではないと思います。しかし、LA音源の可能性を広げる重要なものであることも同時に見逃せません。今回はそのリングモジュレータを、じっくり、しっかり解説し、LA音源の別の一面を見ていただくことにします。

  1.リングモジュレータとは?

 リングモジュレータ、聞いたことのある方も結構いるのではないでしょうか。リングモジュレータは、高級なアナログシンセには(標準ではないにせよ)付いていたものでしたし、正弦波ならぬ余弦波を歪ませて音を作るカシオのPD音源に搭載されていた(というよりシミュレートされていた)ことを覚えている方も多いでしょう。

 以前、この講座でリングモジュレータについて、「新たな倍音を作るもの」ということを書いたことがあります。リングモジュレータは、新しい倍音を作ることの出来ないアナログシンセサイザーの弱点を補うための装置なのです。

  2.リングモジュレータの原理と動作

 リングモジュレータはリング変調を行うための装置です。リング変調は周波数変調とか振幅変調などと同じ様な、変調する方法の一つです。リング変調は一種の振幅変調(AM)で、入力される2つの信号を掛け算して、その積を出力するものです。もともと通信などに応用されていたそうですが、現在では使われていないそうです。入力Aの周波数をfa(Hz)、入力Bの周波数をfb(Hz)とすると、出力される周波数fo(Hz)は、

     fo = fa ± fb

となります。

 この時、入力Aをキャリア(搬送波)、入力Bをモジュレータ(被変調波)といいます。知ってる人は知ってると思いますが、DBM(Double Balanced Mixer)のようなものです。これをシンセサイザーに応用したものが、リングモジュレータというわけです。

 要するに、リングモジュレータは、入力された2つの信号の周波数比によって、新しい倍音を作ることが出来るものであるという事になります。「周波数比によって倍音を作るなんて、まるでFM音源ぢゃないか!」と思った人は、スルドイですね。LA音源は、FM音源のような考え方でも、音を作ることが出来るのです。(もちろん、出てくる音はFMとは全く違いますが・・・)

  3.リングモジュレータの歴史

 アナログシンセは、新しい倍音を作ることが出来ません。したがって、非整数倍音を多く含む金属音や打楽器の音を合成することがほぼ不可能でした。しかし、リングモジュレータによって新しい倍音を作ることが出来るので、金属音を合成する道が開けてきたのです。(別のアプローチとしてクロスモジュレーションがあった。こっちの方がアナログシンセでは多く使われるようになった。)実際、高級なアナログシンセには必ず用意されていましたし、エフェクターとして発売されていたこともあったようです。

 しかし、リングモジュレータは周波数比によって大きく音色(倍音)が変化するため、ピッチの不安定だったアナログシンセでは、まるで使い物になりませんでした。したがって、まともな用途で使われることはなく、アバンギャルドな音や、鐘、ベルなどのSE音に使われるのが関の山だったようです。

  4.LA音源におけるリングモジュレータの実際

 LA音源には、そのリングモジュレータが標準搭載されています。リングモジュレータは、使用するのに2つの信号の入力がなくてはいけませんから、2パーシャル単位で使われます。リングモジュレータの使用は、ストラクチャーで設定します。ストラクチャー2,4,5,7と10,11,12,13の8つが、リングモジュレーションを行う設定です。前者4つはリングモジュレータの出力と、パーシャル1(3)の出力を合成して出力し、後者4つは、リングモジュレータの出力のみを出力します。

 リングモジュレータは、周波数の比でその出力を決定することは何度も書きました。それが原因で、ピッチの不安定なアナログシンセには、まともな音を作るために使用できないことも書きました。しかし、LA音源はデジタル音源です。ピッチの正確さには、良くも悪くも自信があります。デジタルのおかげでピッチが正確になり、しかも、パーシャル単位でピッチコース、ピッチファインを決定できるので、リングモジュレータを「音作りの道具」として強力に活用できるようになった訳です。

  5.リングモジュレータの使い方

 リングモジュレータは、新たな倍音を作ることの出来る、LA音源唯一のセクションです。これは、PCMを使用しても不可能なことです。その決め手は、2つの周波数比にあります。入力される2つの周波数比が比較的簡単な整数比であらわせる場合、きれいな倍音が作られます。逆に周波数比が非整数であるときには、音程感のないにごった音が出てきます。周波数比を整数にしたいときには、2つのパーシャル間で、オクターブか、完全5度ずらします。完全5度というのは、ドとソのような関係をいいます。具体的には、楽器音に使う場合は整数比、SE音に使うときには非整数比といった具合にするといいでしょう。実際にはパーシャル1(3)をCで固定しておき(変調後の音も鍵盤に対応した音程で発音する)、パーシャル2(4)を動かすことで倍音を調整することになると思います。

 実際に音を出せる方は、早速試してみてください。

 注意しなくてはいけないことは、リングモジュレータは、あくまで2つのパーシャルにかかるものであるということです。リングモジュレータの出力をTVFで加工したりすることは、当然不可能です。TVAから出てきたものがリングモジュレータに入力されるのですから。

 しかし、LFOやピッチエンベロープでピッチを動かしたり、TVAエンベロープで入力する信号の大きさを動かしたりすることで、かなり自由度の高い音作りを行うことが出来ます。(使い物になるかどうかは別として・・・)

 リングモジュレータの出力は、かなり倍音を多く含む音になります。したがって、キャリアに使われるパーシャルの音は、倍音を余り含まないものにした方が音色の作成には適しています。キャリアに使用するパーシャルのTVFは閉じておいて、正弦波に近い丸い波形にしておくほうが分かりやすくなっていいでしょう。こうして全体像をつかんでおいて、あとでTVFを調節するようにするのが一般的であると思います。

 余談ですが、FM音源も正弦波で合成しますね。これは、スタンフォード大学のチャウニング博士のFM理論に基づくものです。もし、倍音を含む波形で変調してしまうと、その倍音にたいしても新たな倍音が発生することになります。これでは波形が複雑になりすぎ、実際の音はかなりノイジーな音になってしまいます。FM理論ではこういった理由で、正弦波でFM変調を行うことにしているのです。(だから、V50やEOS、TX81ZなどはFM理論から逸脱した音源であるといえる。当然、SY77もである。)

  6.リングモジュレータの実際

 それでは、リングモジュレータの実際に使用例を検討していきましょう。エレクトリックピアノの音色を例にとります。エレクトリックピアノは、アタックの部分の金属的な響きがとても印象的な音色に一つです。持続音の部分にかかるコーラスやトレモロも、特にローズの音として重要な要素ですが、電気ピアノとしてハンマーが鉄板を打つ、あの音は更に重要であるといえます。こういった音のシミュレートにはFM音源が多用されてきましたが、暖かさを持つLA音源でも作ってみましょう。

 リングモジュレータの設定が今回のテーマですので、WGのパラメータの内、一部のみをここに書きます。TVFやTVAは各自で適当に設定してください。

 
   STRUCTURE                      Pitch Course    Pitch Fine
                     PARTIAL 1     C4             00
      2               PARTIAL 2   G#7            00

 エレクトリックピアノのアタック音を再現する場合、各パーシャル間のインターバルは1:13〜15に設定します。具体的にはC4とG7からA7付近となります。音を濁らせるのがいやだったので、Pitch Fineは00にしてありますが、好みの問題ですので、いろいろ試してみてください。パーシャル2に浅くLFOをかけるのも面白いでしょう。

 波形として、パーシャル1にはSAW、パーシャル2にはSQUを使います。「コツン」というアタック音を作るのが目的ですので、パーシャル2のTVFとTVAはアタックを強調した短めのエンベロープを設定してください。

 ちょっとした工夫として、パーシャル3、4のストラクチャーを8にして、それぞれのパーシャルで持続音の部分を作り、ゆったりしたLFOをかけ、ピッチをお互いに少しずらしてやると、コーラスのかかった、「オリビア・・・」を弾き語りたくなるような気分にさせてくれます(もちろん、エフェクターはパンニングディレイ)。4パーシャル使うので同時発音数は8となり、ピアノの音としてはかなり苦しいのですが、使い物になる音が出て来ます。

 パーシャル1と2のインターバルをいろいろ変更してみてください。アタック音だけが変化することになるのですが、かなりのバリエーションが得られることが分かると思います。インターバルとしてオクターブ単位で設定し、もっと澄んだ音を作ってみるのもいいでしょうし、もう少し低い倍音を作って、打弦音を強調するのもいいでしょう。

  7.こんなことも出来る!

 MT/CM、D-10/20のLA音源には、TVFとTVAにかかるLFOが用意されていません。(D-50,70にはある)

 だから、YMOのテクノポリスのように、VCFにLFOのかかった音(グロウルという)を、LA音源で再現することは極めて困難です。

 これも偶然見つけたのですが、リングモジュレータのインターバルを工夫することで、周期的に倍音構成を変え、さもTVFにLFOをかけたような音を作ることも出来ます。ただ、この方法では、キャリアの周波数が変わると、音色の変化するスピードも同時に変化してしまい、したがって広い音域で使用することが不可能になります。でも、ないよりましということで、皆さんも使ってみてください。

  8.そして・・・

 リングモジュレータは、どちらかというと偶然性にまかされたところがあります。LA音源のなかで、唯一予測がしにくい部分といえます。偶然性に任されていると言っても、出てくる音にそんなにカラフルなバリエーションがある訳でもなく、あまり積極的には使用されないものであることも、やっぱり事実です。

 しかし、今回のエレクトリックピアノの例のように、「LA音源らしくない」音を合成できる有効な手段でもありますので、他人との違いを出す強力な武器になってくれることと思います。

 アタック部分と持続部分を別々につくって後で合成する、LA音源の音素片合成の醍醐味はここにあります。持続音にはアナログライクなシンセサイザーを、アタックにはリアルなPCM、そして今回紹介したリングモジュレータと、これだけでも無限の可能性を誇っているように、私には思えます。リアリティーを追求した結果、我々の回りに、どれだけ再生専用のサンプラーが多いことか・・・。

 音を産み出していく楽しみを堪能することが出来る音源、LA音源。その一端をかつぐリングモジュレータについて、今回はお話しました。予測・解析に優れながらも、ちゃんと偶然性も用意してあるローランドさんに感謝しつつ、今回は終わりにしたいと思います。

 さて、次回からですが、実際に幾つかのLA音源らしい音色を用意して、実例とともに具体的な音の作り方と、ちょっとしたテクニックを紹介していきます。LA音源を体感できるパラメータを駆使して作った音色で、LA音源のクセと、LA音源の用途を身につけていただこうと思います。どの音をどのシンセサイザーに任せるかを見極めることは、音色を作ったり実際にプレイするよりも大切なことです。

 次回からのLA音源も、楽しみにしていてください。

                 G-SHOES

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