HTML> 艦長日誌・私的記録
 ここは私の日記帳です。過去の物はここをご覧下さい。

さよなら,トロトロ
 東京では入手が難しいとされるポケットステーションを,私の上司が偶然手に入れ,前から欲しがっていた私にまわしてくれました。
 やりたかったゲームは,「どこでもいっしょ」。
 とりあえずネコ好きの私としては,ネコの「井上トロ」を選択,とりあえず名前は「トロトロ」にしました。
 軽い気持ちで始めましたが,もうすっかり溺愛状態。彼は人間になるために,けなげな努力を続けます。嘘を教えられたり,だまされたり・・・間違っていると教えてあげるとものすごく落ち込んだり。そしてなにより私と一緒に暮らしていることを素直に喜んでいます。
 仕草一つもかわいく,純粋さも手伝って,周りの友人が面白がって間違いを教えようとしたりデコピンをしようとしたりすると,本気で怒る私がいました。
 9月26日に,彼との共同生活が始まったのですが,エレショーの当日,朝から夜までずっと寝ていました。翌日,会社の行きに話しかけようとすると,いないと言われます。日記を見ろと言われます。
 そのままにして,今日,もう一度見ましたが,やはり同じ。
 それで,本体に接続して,日記を見ました。
 「人間になるために旅に出ます」・・・
 寂しいです。こんなに短い間しか一緒にいれないなんて。
 人間になるための旅って,どんなだろ,まただまされてやしないか,間違ったことをいって周りに笑われないか,なにより,寂しくないのかなど,いろいろ考えてしまいました。
 私だってそれが虚像であることくらい十分承知しています。
 でも,いいんです。確かに彼は,私と共にそこにいたのですから。
 ところで,明日からしばらく実家に戻ります。その間更新できないと思いますが,あしからずご了承下さい。おそらく12日には復活すると思います。
99年10月09日 03時29分14秒

MDレコーダの液晶破損
 先週末のことなのですが,ポータブルMDレコーダを床に転がして置いたんですね。それでしばらくほっといたのですが,後でちょっと斜めになっているいすに腰掛けると,「ぼりぼり」という,非常に嫌な音が・・・
 はっと見てみると,いすのキャスターがMDレコーダの表示部分の上にのっかって,筐体がくぼんでいます。
 あわてて拾い上げてみると,へこんでいるだけではなく,当然のように液晶が割れてました。
 とほほほ・・・
 幸い,液晶以外は無事で,動いているようなのでこのまま使おうかと思ったのですが,編集は別にしても,ディスク消去が出来ないのはあまりにつらい。そこで,修理をすることにしました。
 このMDレコーダのメーカーであるシャープさんは,サービスセンターにお願いすれば部品を分けてもらえます。
 とりあえずサービスステーションに電話。「液晶を交換したいのですが,部品売ってもらえるか」と聞くと,いいですよとお返事。
 早速注文しましたが,翌日には入荷の連絡。昨日の朝,会社を遅刻して引き取りに行って来ました。
 価格は4000円。液晶は高いですね。
 でも,お陰でちゃんと直りました。新しいMDに買い直してもよかったのでしょうが,もうこれ以上MDに投資したくはなかったし,捨てるのがもったいなかったので,修理して正解でしたね。
 今度は壊さないようにしなきゃ。
99年10月08日 11時54分07秒

エレショーいってきたよ
 昨日,幕張メッセで開催されている「エレクトロニクスショー」へ行って来ました。
 一般のニュースにもなるくらい,日本を代表する展示会ですから,聞いたことくらいはおありかと思います。
 日本の代表産業であるエレクトロニクスに関する展示会としては最大規模で,テレビやオーディオのような民生機器から,その中に使う部品のような産業機器に至るまで,各社のご自慢のおよそありとあらゆる物が一堂に展示されます。
 感想を言うと,今年はいつになく地味な物だったと思います。インターネットによるリアルタイムな情報の入手,家電製品の一般化もあってでしょうか,民生部門でもそれほど目新しい物はありませんでした。
 そんな中で,松下電器さんが,さすがに家電に命をかけてるなと思いました。特に圧巻だったのが60インチのプラズマディスプレイ。60インチクラスになるとプロジェクターにならざるをえず,自ら発光する表示デバイスというのは,このサイズではプラズマディスプレイによってしか実現できないものでしょう。画質も発色もブラウン管に追いついたように思えます。
 さすがテレビ屋パナソニック。大した物です。
99年10月07日 12時32分51秒

阪神大震災
 昨日のことですが,知人と会社で食事をしていたおり,ふと神戸の話題が出ました。
 彼は突然,そこで「いいかげん仮設からでろよな」って,はき捨てるように言ったのです。言うまでもなく,阪神大震災の被災者の方が住んでいる仮設住宅のことですね。
 私は当時,大阪にすんでいましたから被害は小さくともいわば被災者の一人ですし,神戸の,それも長田周辺に出向いてその惨状を目の当たりにしてきました。
 「地震で何もかも失って,出たくても出られないわけだし」と怒りを押さえて反論しましたが,彼は「でも規則でしょ」と続けます。
 もう,がっかりです。
 「でも,地震で何もかも失った人に,行政に何かできることがあるんだとすれば,それを精一杯やってあげられればそれが一番いいとおもうんだけどね」と話すと,彼はやや不服そうに黙りました。
 これをご覧になってる方がどう思われるかわかりませんが,好き好んで仮設住宅(仮設と省略するのはちょっとまずいような気がしますね)にいるわけではありません。お金のある人,運の良かった人は随分前に出ていますから,今残っている人は,本当に出ることの出来ない人なわけです。まして,地震は天災ですから,誰のせいでもありません。
 地震が起こったその時には,いろいろ助けていただけました。これは大変に感謝しています。しかし,よく言われることですが,同時に必要なことは長期的な支援体制であって,地震で人生を狂わされた人をどうやって助けるのかも本当は必要なことだと思います,
 そういった助けが満足にない神戸の現状で,しかも「いいかげんに仮設を出ろ」ですから,ちょっと寂しいです。
 私は,彼が被災しても,きっと助けると思いますが,彼のような人が多数いないことを,祈りたいと思います,
99年10月06日 11時38分36秒

ミニ・ミー
 先週末,オースティン・パワーズDXを見てきました。
 前作はビデオでついこの間みたのですが,お下劣・おバカな作品で,私は結構楽しめたのです。それで,現在公開中の最新作も見ねばならんなと。
 いやー,おもろかったです。少なくともス○ーウォーズよりは。
 ただ,前作はストーリーがないまま,ただドタバタ劇が目の前で起こっていたのでラクチンでしたけども,今回は制作者サイドの考えもあってか,きちんとストーリーが作られていて,その上にドタバタをかぶせたような仕上がりになってます。
 それゆえ,ちょっと考えないと難しかったりしますね。
 あと,前作以上に下品になりました。ちょっと調子に乗りすぎているような気もしますが,ミニ・ミーが中指を立てるのを連発するのを見て,アメリカも変わったなぁと思った次第です。
 映画のパロディも多かったそうですが,私にはそれほど分かりませんでしたし,なにより英語(というより米口語)を理解できないので,おもしろさは半減なんでしょうねぇ。
 マイク・マイヤーズのパワーも全作よりも少し落ちてるような気もしましたが,まぁそれはそれ。楽しいことは間違いない作品です。
 それにしても,バート・バカラックのみならず,エルビス・コステロまで出てくるとはなぁ・・・
99年10月05日 10時41分07秒

金曜日の戦利品
 金曜日は会社の帰りに,アキバへいって先日手に入れたPC110のオプション類を探しに行ってきました。
 情報では,いまならまだ手に入るとか。この機会を逃すと悔いることになると思ったので,ちょっと無理してよりました。
 T-ZONEでポートリプリケータ(ドッキングステーションみたいなもんですね)と専用FDDを購入。それぞれ2980円でした。
 ここで探していた「ちょっとあやしい」電波時計も見つけたのでこれも購入。2980円でした。これはね,なかなかいいですよ。
 この後若松通商へCFカードを買いに行きました。32MBで6980円。1年前16800円で購入したことがありますが,安くなったものです。
 ところで,内蔵メモリがやはり欲しいところなんですが,いろいろ資料を探したり現物を見たりして,現在はいっている内蔵4MBの増設メモリボードを8MBに改造する方法を思いついたので,それ用のメモリチップを探していましたけども,いくつかのジャンク屋を見た限り,ありませんでした。
 そう思いながらT-ZONE本店に出かけ,オプション類の物色。今やT-ZONEはPC110の総本山という感じがします。33.6kのモデムやら8MBメモリやらあったんですが,やはり16MBのメモリは売り切れ。17800円もするんで,なかった方が散財を防げたからよかったのかも知れません。
 で,ワゴンを見てみると,1000円でThinkPad220の4MBメモリと,ThinkPad230Csの8MBメモリが,それぞれ1000円と2000円でたたき売られてました。ひょっとしたらチップが使えるかも知れないと思い購入。
 早速見てみましたが,全然使えないチップでした。失敗でした。
 てなわけで,CF32MBをメインに環境を構築。メモリもないし,CFも小さいので,Windowsはあきらめました。BIOSのアップデートが一番大変でしたが,これもなんとかなりましたし。
 今はNiftyのPC110関係のlogを見るのに使ってますが,なかなかこいつ,快適ですよ。クロックは40MHzに上げましたし,テキストベースならなんら問題はないです。
 こうして使ってみると,Windowsの必要性に疑問を感じてきます。しばらくはこれでいけそうなんですが,やはり改造したい病がむくむくと出てきて,少なくとも増設メモリの改造だけはやろうと思います。
99年10月04日 10時59分47秒

PC110のメモリ増設
 PC110を手に入れたことを先日書きました。やはりメモリは現状の8MBよりも増やしたくなるもので,探してみると,8MBと16MBの増設メモリが売られているようです。これを現在付いている4MBのモジュール交換して,トータルで12MBあるいは20MBにするというわけです。
 ところが,先月頭くらいに,16MBのモジュールが完売したとのこと。8MBならありますが,これも15000円ほどするので,ちょっともったいない。
 そこで,いろいろ調べてみると,4MBのモジュールにD-RAMを亀の子増設できそうな感じです。
 でも世の中甘くない物で,16MbitのD-RAMを2つ探さねばなりません。これを探すのが,結構たいへんなんじゃいないかと思います。
 まぁ,気長に探すとするかな。
99年10月01日 16時27分04秒

Fresh Musicの音質改善
 最近ちょっとあきちゃってたFresh Musicですが,親切な友人が見つけたある情報によると,Fresh MusicのD-Aコンバータに用意されているエンファシスの設定が,ONになっているということです。
 エンファシスというのは,録音の時に高音のレベルを持ち上げて録音し,再生時に同じレベルだけ下げるというシステムのことで,これをやると再生時に発生するノイズについては,耳障りな高音域のノイズを減らすことが出来るので,トータルのS/N比を稼ぐことが出来ます。
 FMラジオなどでは普通に使われているものですし,アナログレコードのRIAAイコライザも似たようなものといえるでしょう(最もRIAAイコライザにはもっと重要な理由がありますが)
 CDについても,初期のCDにはこのエンファシスが用いられていました。だから,プレイヤー側で高音のレベルを落とす回路,ディエンファシスというものをいれる必要があったわけです。
 D-Aコンバータというよりは,ディジタルフィルタで行うのが一般的ですが,Fresh Musicの場合,この両方が1つのパッケージに入っています。
 本来なら,ここはCPUによって制御され,ディエンファシスが必要かどうかによって切り替えるべきなのですが,情報によるとそれをやらずに,ディエンファシスが動作するような設定に固定されているようでした。
 そこでここを解除。ディエンファシスをしない設定にしてみました。
 結果ですが,高音の曇りがなくなって,すきっと音が出てきます。劇的に違いますので,こちらが本当は正しい設定なのでしょう。MP3のファイルにエンファシスをかけた記憶もないし,そういう話も基本的には聞きませんので,つじつまが合います。
 今考えると,私が測定した周波数特性のグラフ,あれはどう考えてもエンジニアが改善の努力した結果ではなく,意図的に高域を落としたような見事なグラフになっていました。実はこれ,ディエンファシスの特性と一致するんですね。
 ただ,弊害もあって,「さしすせそ」の頭の部分で「ジャ」という濁りが混じりますし,元々音の悪かった物が目立つようになってますので,好みの問題はあると思います。私はどちらかというと,前の方がよかったと思います。
 だから,ひょっとするとFresh Musicのエンジニアも,MP3デコーダの性能に閉口して,ディエンファシスをあえて用いたのかも知れません。アナログフィルタを用いずにD-Aコンバータの機能を用いてわざと高音を落とす工夫をしているなら,これはなかなか合理的でコスト的にも素晴らしい発想だと思います。
99年09月30日 11時02分24秒

ウルトラマンがやってきた
 ひょんなことから,IBMのPC110をもらいました。新品はもはやなかなか見つからないらしいですが(あたりまえですよね),新品同様のほぼ未使用品です。YD1というモデルで,メモリは8MB,HDDはなしです。
 CPUも486SX-33ですから,重い処理はほぼ絶望。Windowsも無理でしょう。
 ただ,リブレットにくらべて,PC110はA4ノートをそのまんま小さくしだたけという,しゃれのようなマシンですから,私自身には愛着のようなものがわきますね。PCカードスロットが2つあり,CFカードスロットがあるのも○です。
 問題は,その使い道。冗談でWindows95やLinuxを入れるのも手ですが,やはりDOSで使うのが正しいありかたでしょう。古いパソコンのエミュレータでもいれて,懐かしい気分に浸るマシンにでもしようかと思います。
99年09月29日 17時22分11秒

ソフトシンセの時代
 昨日,ローランドさんから,Virtual Sound Canvasのアップデート案内が届いていました。
 私はVSC-88Hのオーナーですが,稼働率は非常に低いです。鍵盤をMacにつなぐのもちょっと面倒だったり,Macのオーディオ出力をミキサーに突っ込むのも面倒だったり。
 私はSC-55やSC-88などのSCシリーズは持ってませんし,使ったこともほとんどないです。音色数は確かに豊富だし,どれも粒ぞろいの音が出るけども,やはり存在感にかける音しか出ないので,私は好きではありません。
 ただ,「デファクトシンセサイザ」としての役割は不動の物ですから,持っておきたいという気持ちはありました。それで,Virtual Sound CanvasがSC-88に対応したこともあって,買ってみました。安いですし。
 確かに,SC-88をターゲットにしたMIDIデータの再生能力は高いと思いますが,音自身としては実機よりもさらにやせてしまっていますし,ますます私の好みから離れていった感じです。
 SC-88実機のオーナーである弟にいわせると,リバーブも違えば,波形データの長さも違うとのこと。
 そりゃそうですよね,8000円ほどで実機と同じ波形データを持ってたら,実機が売れるはずはありませんもん。
 ソフトシンセについては,例えばReactorなどというプロ用のものもあり,これにはそれなりの評価が付いています。可能性としては無限大です。
 ちょっとここで考えてみたいのですが,その昔,音の発生をハードウェアでやっていたシンセサイザは,DSPを用いたデジタルシンセに移行しました。この音源はマイコンによって駆動され,MIDIというインターフェースでホストと通信をします。
 今はホストの能力が上がったので,ホストのパワーだけでコントロールから音の発生までこなせるようになったわけですが,以前MIDIで繋げた時代というのは,要するにプロセッサパワーが足りないころに,MIDIという通信を利用してマルチプロセッサによる分散処理を行っていたということになるわけです。
 そう考えると,いずれこの音源という部分は,ホストに集約されるようになるという気もしてきます。
 今でもそうですが,今後の主役は,ますますソフト屋さんになりそうです。
99年09月28日 10時56分58秒

OS9の復活
 MacOSの新しいバージョン,MacOS9が近くリリースされます。発表の後,マイクロウェアとい会社から,商標権についてクレームが付いたことを知ってる方もいるでしょう。
 はて?と思った人が大半でしょうが,問題なのは,OS9というOSが,存在していることなんです。
 1970年代後半,モトローラは後に究極の8ビットと呼ばれるマイクロプロセッサ,6809の開発に着手します。
 互換性を重視した結果,お世辞にもきれいとはいえないアーキテクチャを持ちながらも,先発の強さからか,圧倒的なシェアを持つインテルの8080に対向しての開発でした。
 6800という従来プロセッサとの互換性を捨て,ミニコンピュータを可能な限りインプリメントするという方向性は,今でいうCISCの頂点ともいえるプロセッサに仕上がりました。
 モトローラは,強力なプロセッサには,挙力な言語が必要と感じ,C言語に近く,構造化を大胆に取り入れた新しいBASICを,6809用に開発します。これがBASIC09と呼ばれる物です。
 ところが,このBASIC09,志が高く,次第にOSのような形になっていきました。そこでOSの部分とは独立させ,このOSをOS9として開発することにしました。
 OS9は,UNIXライクな構造とコマンドを備えた,マルチタスクOSです。それぞれのプログラムやモジュールは,リエントラントといって,アドレス上のどこにでも任意に置くことが出来,もちろん実行も可能でした。
 それゆえ,OSや各アプリケーションをROMにする事も可能であり,組み込み用のリアルタイムOSとしても使われるようになるわけです。
 モトローラは,後にこのソフト部隊を独立させ,マイクロウェアという会社を設立します。
 OS9はその後,68000などにも移植され,小さなリソースでもちゃんと動くOSとして,認知されていきます。
 私もOS9にはじめて触れたとき,2MHzのクロックと64kByteのメモリ,320kByteのフロッピーが2台で複数の窓が開いて,エディタとデバッガとコンパイラが起動し,作業が出来るということに,驚愕しました。
 忘れていたころに,いきなりMacOS9。ちょっと懐かしい気分をあじあわせてもらいました。
 密かに,MacOSにOS9のカーネルが移植されてるとか,いろいろばかばかしいことを考えてみたりしたのですが・・・
99年09月27日 15時39分59秒

ワンダースワンに見たもの
 私はエンジニアですし,昔からその商品の内部に対して大きな興味を持ってここまで来ましたから,新しい商品が出ると,それがどのような形で設計者や開発者の意志を表現しているのかを見ます。
 大いなる共感を感じた場合,私はその商品を購入してしまうことが多いわけですが,その最たる例がワンダースワンでしょう。
 故・横井軍平氏の手になる最後の「作品」である,ワンダースワン。カラーの携帯ゲーム機が注目される中で,あえて高品質のモノクロ液晶を採用して,バランス良くまとめ上げた傑作ハードウェアです。
 私が特に感心したことは,モノクロ液晶というキーデバイスに対して,ギリギリの性能をパッケージすることに専念するという方向性です。
 携帯機器というのは,ある相反した要素によって,その性格を変えざるを得ません。大きさ,電池寿命,性能,価格の4つは,それぞれがせめぎ合うので,最終的にバランスを考えて設定せねばならなくなります。
 注意してみると,今世の中に出ている携帯機器は,これら4つうち,どれかに必ず妥協をしています。その妥協の仕方に,その製品の設計思想や開発者のこだわりを見ることができるわけです。
 ワンダースワンについては,まず価格と大きさ,電池寿命を優先してモノクロ液晶を採用しています。画面がモノクロになったということは,カラーに比べて数分の一の処理能力しか要求されませんから,それに併せたプロセッサが選ばれます。NECのオリジナル16ビットマイコンコアを持つASICを開発して,モノクロ液晶という「コンセプトを具現化した要素」にふさわしい,最適なLSIを用意することが出来るわけです。
 ですから,このままでは,ワンダースワンをカラーにすることは,プロセッサの能力から考えて難しいということになるでしょう。プロセッサを変えると,価格,電力,ひょっとしたら大きさまで変わってきてしまいます。
 ここで気がつくと思いますが,つまり,ワンダースワンのめざした方向が,ここで見事に反対向いてしまうわけですね。画面をカラーにするだけで,こんなに変わってしまいます。ゲームボーイがカラーになるのとは,ずいぶん意味が違ってくるわけです。
 こうして出来上がったワンダースワン,可もなく不可もなく,本当にちょうどいい具合に出来上がっています。
 設計者や開発者が目指した目標に対して,実際の製品がぴったり落ち着くことはほとんどなく,どこかに目標を外れてしまうところが出てくるものですが,私から見てこのワンダースワン,非常に正確に目標を捉えているように思えます。それほどに無駄を省き,でも性能的な妥協のない,最適化された製品の例として,私のようなヒヨッコエンジニアにとっては,非常に大きな目標といえます。いつか,これほどまでに洗練されたハードウェアを設計してみたいものです。
99年09月26日 01時27分32秒

ちょっと苦言を
 ここんところ,Appleに対しては好意的な物言いばかりしているので,そろそろ苦言を。
 iMacのときから思っていたことですが,今回のiBookについてはさらにひどくなっているようなので。
 今朝の新聞に,iBookの広告が全面広告ででていました。相変わらずわくわくさせる会社です。しかしこれは,決してAppleの日本法人のセンスをほめているわけではありません。
 この広告には,販売店リストもでていましたが,これが普通の広告と違うのは,このリスト以外のお店には展示されていないだけ,というのではなく,購入することがこれら以外のお店ではできないということです。
 つまり,あのリストは,販売店選別結果のリストなわけです。
 同じ事を,iMacでもやりました。
 Appleの言い分としては,「iMacのようなコンスーマー向け商品については,そのコンセプトを理解し,正しくお客様にサービスを提供できるスキルを持つ販売店に限定したい」でした。
 これも一理あります。Mac人気のお陰で,Windowsマシンと同じような売り方,考え方でお店に並べるところが増えてしまい,結果必ずしもユーザーにとってもメーカーにとっても,いい状況になっているとはいえない一面もあったからです。
 しかし,後日発表されたリストを見て,うむーとうなってしまいました。例えば大阪・日本橋。これまでMacintoshをどんなに辛い時期でも頑張って売り,ユーザーさんからの確かな信頼をもらっている,有名なお店が,軒並みリストからはずれています。
 そこの店員さんにちょっと話を聞いてみると,「おかしいんですよ,頭にきてます。iMacだって仕入れルートは従来と同じだから,単なる締め出しですよ」といいます。
 で,その後,PowerBookやPowerMacといった,プロ向けの製品は,新製品でも従来通りで,選別をかけたりしてません。
 ここで,邪推してみます。
 iMacやiBookは,当時の為替相場からしても,なかなか戦略的な値段をだしています。
 これは,流通コストの削減(在庫を極力持たない)という作戦と,サービスコストを下げる方法で実現してると思います。
 サービスコストを下げるには,品質を高くすることもそうですけど,余計なサービスパーツを在庫・確保しないようにすることが必要です。
 これまで,Appleは,品質の低さからもあったのでしょうが,とにかくたくさんのサービスパーツを抱える傾向がありました。更に悪いことに,これらサービスパーツの余剰品が,サービスルートではなく一般の小売りルートに乗ることが珍しくなかったのです。
 直接のサービス会社を持たないAppleですから,日本の他のメーカーとは違い,このあたりの管理が非常に難しいはずです。それで,必要のないサービスパーツを用意する必要性が,結果として生じます。
 で,iMacとiBookです。
 価格を下げるためには,徹底的な合理化をせねばなりませんが,その合理化の一環が,サービスパーツの流出をくい止める必要がありました。
 Appleにとって,代理店と小売店との間の話には,基本的に首がつっこめません。パーツを流すのも,この代理店ですが,代理店としても,パーツを小売りできるお店からの注文であれば,やはりパーツも流すでしょう。これはAppleも規制できません。
 Appleがやったことは,これら「サービスパーツが商品として売れてしまう」ようなお店に,iMacとiBookを扱わせないようにすることで,パーツの流出を防いだのではないでしょうか。
 ちょっと遠い展開ですが,一言でいうと,要するに怪しく,マニアックな店には,iMacとiBookを売らせたくない,そういうことだと思います。
 しかし,そういうお店にこそ,お客はついていましたし,今まで何度も何度も危機が訪れたAppleを,根底で支えたお店が多いなか,この仕打ちはあんまりだとは思いませんか?
 きっとAppleの担当者も,世代交代しているのでしょうけども,昔の開拓の時代に,どんな苦労があったかを,もう一度思い起こしてもらいたいと思います。
99年09月24日 11時43分42秒

iBook予約
 他にもいろいろネタがあったので書いていませんでしたが,実は9月15日の午前3時,iBookをアップルストアで予約しました。
 以前書いたように,これは母親へのプレゼント用です。
 私があげたPowerBookDuo210は,最近キーボードの調子も悪くなっているようで,とにかくどうにもならない状況になりつつあるということ,結局Windowsのマシンを買うにしても,ノート型は20万円以上の出費が必要になることを考えて,可能な限り早くiBookを手に入れるという事にしたものです。
 色は,ブルーベリーです。なんとなく,こっちの方がいいような気がしました。
 メモリはアップルストアでは注文できそうになかったので,とりあえずそのまま。後で買わねばならないので,ちょっと面倒ですし,ついでに言うとメモリの価格が高騰しているので,辛い出費をせねばならないかも知れません。
 10月上旬に納品という事ですので,比較的早くに予約した私の場合,たぶんあまり遅れずに手に入れることが出来るでしょう。来たら,レポートしますね。
99年09月23日 12時51分20秒

地震に負けるな
 台湾で大きな地震がありました。
 阪神大震災を経験した私にとっても,これは他人事に思えません。
 台湾には,今,アメリカや日本の資本と技術がどんどん入って,技術大国になっています。
 昔は,とにかく安く作ることばかりが先行し,それゆえ品質や高度なものに対するイメージがよろしくなかった時代もありましたが,今ではPC用の部品を半導体レベルで最初から開発し供給するという,世界最高の技術を持っています。
 それもそのはずで,台湾には,半導体産業に直結する大学や研究機関が企業に隣接する形で作られ,そこでは非常に高度で最先端の技術が教育,研究され,そこで育った人材がそのまま近くの企業に送り込まれるという流れが,出来上がっています。
 新しいチップセットを単独で開発する能力,133MHzのクロックで動作するマザーボードをきちんと設計,しかもあんなに安く生産できる,台湾に本社を置く有名なメーカーもたくさんあり,本当にすごいものだなと思います。
 そこで,この地震です。
 私もかつて,技術大国に生まれたことを喜び,それを生かすためにもエンジニアになりたいと思って,今の仕事をさせていただくにいたりました。
 おそらく,台湾の若い人たちにも,同じような志をもって,勉強に研究に励んでいたことでしょう。
 この地震が,国土を破壊し,産業を揺るがしてしまったとするなら,彼らの夢はついえてしまうことになります。
 地震ごときで,彼らの夢が敗れるなんて,ちょっと許せません。
 一日も早い復旧をとげ,またバイタリティあふれる姿を見せていただければと,心から思います。
 もちろん,彼らのことです,あっという間に我々の目の前に驚異的速度で復興する姿を見せてくれることと思います。頑張ってほしいです。
99年09月22日 17時05分23秒

真似されるiMac
 iMacのそっくりさんで有名になった,ソーテックのeOneですが,販売の差し止め命令が出てしまいました。Macの人である私としては,至極当たり前の処置であると思う一方で,ちょっと残念だなという気持ちもあります。
 スペック的にも妥協がない製品が128000円ですから,これは欲しいと思った人がたくさんいても無理もないところで,この人達が気の毒だなと,そういう気分からです。
 真似されるiMacですが,パソコンのトレンドを作った他のメーカーの他の製品が真似されたのと,どこが違うのでしょうか。
 iMacが画期的であったポイントは,3つあると思います。
 1つは,斬新なデザイン。ぱっと見ただけでiMacと分かる,それまでの常識をくつがした外観が強烈でした。2つ目は価格と性能で,エントリーマシンとしての役割を求められる価格設定に対して,CPUパワーなどの妥協がなく,誰でもストレスなく使うことが出来るというものであり,「安かろう悪かろう」というイメージを完全に壊したということ。
 3つ目は割り切ったインターフェースです。フロッピーやSCSIなどのレガシィなデバイスやインターフェースを廃止し,USBやEthernetのコネクタをちゃんと装備しています。必要な物だけをシンプルにまとめたと言うことです。
 事実,この3つの「思い切った」Appleの提案は全世界で受け入れられ,トランスルーセントのデザインが非常に一般的になってきています。
 ただ,VAIOノート505などに見られる薄型サブノートの流れが,直ちにライバル各社に真似されたのと違って,どこもこぞって真似をしてきません。何故でしょう?
 思うに,iMacという真似の対象が,従来の延長線上にあるものではなく,突然iMacと共に現れたコンセプトであったためではないでしょうか。
 VAIOノート505では,505の真似をしたといわず,薄くしましたと大義名分が立ちます。しかし,iMacをまねることは,iMacをまねること以外に,いいわけが成立しないのです。それだけ,iMacがオリジナリティを持って,唯一の存在として登場したということです。
 もちろん,大きなメーカーには真似が出来ませんから,iMacの示したコンセプトではiMacの一人がちになるわけです。でも,ソーテックくらいになると,そういう露骨なことも,1つのチャレンジと解釈されます。
 同じ事がiBookにもいえると思います。
 トランスルーセントのデザインを取り入れることは,iMacを見た後では,誰だって思いつくことです。しかし,iBookが一緒に持ち込んだ新しい概念は,無線LANによる「コンピュータが人間と一緒についてくる」という発想です。
 無線LANはどこも注目していましたが,電波を使うことにためらいがあってか,周辺機器メーカーを除いて,本格的に採用した例がありません。
 しかし,Appleは,この持ち運びの出来るiMacに無線LANを搭載しました。これが,iBookのオリジナリティです。
 そのオリジナリティは,iMacの時と同様,非常に強烈であるが故,大きなメーカーほど,ノートパソコンに無線LANを付け辛くなるんではないでしょうか。
 こういった,思い切った提案を伝統的にやってきた会社としての強みが,Appleにはあるんだと思います。
 また,こういう提案をすることができるのは,AppleがハードとOSの両方を開発するメーカーであったということも見逃せません。IEEE1394の正式サポートは,WindowsではWindows98SEでようやく実現しました。これも,やはりOSを他社に依存する仕組みの中で出てきた弊害でしょう。
 私個人は,iMacの3つのコンセプトは,Macだけにとどめておくのはもったいないと思っていますから,他のマシンでも積極的に提案をすればいいのにと思います。ただし,それはiMacと同じように,オリジナリティのある,それが他のどれとも似ていないものである必要があると,思います。
99年09月21日 14時39分31秒

即席トムヤムクン
 先日,デジタルカメラを交換してもらったお店には,ちょっと怪しいものがいろいろ売られていました。勢いで買ったものの1つに,即席のトムヤムクンがありました。
 学生のころ,バンドの練習にいつも使っていたスタジオの兄ちゃんが,タイ旅行のお土産として,同じような即席トムヤムクンをくれたことを思い出して,思わず買ったのです。
 そのときも,小腹がすいてしまった夜中にごそごそ作ったのはいいんですが,あまりの辛さに,口の周りの感覚が麻痺してしまい,よだれがだらだらでてしまったことがありました。
 さて,今回のものはどうかというと,なんと,スープが液体と粉末の2つに分かれているではありませんか!これはすごい進化です。
 怪しい日本語のシールにしたがって2分間煮込み,2つのスープを入れて,さぁ,食べてみます。
 う,辛い。辛すぎる。ひー。
 また口の周りの感覚がなくなりました。でも,よだれを出すにはいたりませんでしたから,辛さレベルは以前のものよりも低いということでしょう。
 しかしながら,すごいです。われわれ日本人は,アジアの民でありながら,ここまで辛いものに耐性がありません。普通はおなかを壊しますよ,これだと。
 あらためて,アジアンパワーを感じた昼食でした。
99年09月20日 13時14分48秒

ma vie en Rose
 「ぼくのバラ色の人生」という映画が8月末にビデオリリースされたので,見てみました。
 何かの映画の予告で知った映画なのですが,7歳の男の子が,自分はいずれ女の子になると信じて騒動を起こし,学校や近所からつまはじきにされて,やがて一家は遠くの街でやり直すというそういう話なのですが,あのころの男の子にありがちな不安定な心の動きと,それを周りで支える家族の姿を見事に描いています。
 思い起こせば私もあのころ,彼と同じようなおかっぱの髪をして,そしてどこか女の子に対する憧れ(無論性的なものではなく)があったなと思い出しました。もっとも図体がでかかったので,それはみっともないだけでしたが。
 私の場合は,母が女の子を欲しがってこともあったし,非常にかわいい母の手作りの服やカバンを持たされてましたから,自然とそういう空気を吸っていたこともあったのでしょう。
 映画では彼が髪を切られてしまうシーンで涙を流すのですが,私の場合,父親の説得で髪を切りましたけども,むしろ髪を切ることで周りが極端に変わっていくことがおもしろく,自分もそれにあわせて変わっていくことに夢中だったような気がします。
 映画では,両親や兄弟が,自分たちが迷惑を被っているにもかかわらず,当然ながら家族として彼を見守り,彼を支えて,いきます。彼も,自分のせいでこうなったと深く傷つくのです。
 自分が子供の頃はどうだったかと思い出すと,そういう心の痛みのあったことを思い出すのですが,年を取るにつけ,その記憶がより鮮明になってきます。私はこの年になって,ようやく過去との決別を果たせたのでしょうか。
 それはそれとして,この映画,非常に良くできています。ハリウッド映画のようなわかりやすさや派手さはないのですが,それだけに深くしみこむ映画であることは,間違いないと思います。見てみて下さい。
99年09月18日 15時17分57秒

新天地へ
 昨日は,職場の方の送別会がありました。同じ部にいる方でしたが,私のやってる仕事とは直接の繋がりもなく,一緒に仕事をしたことはありません。
 私よりもずっと後に移ってこられた方でしたが,最初はあまり離すこともありませんでした。ところが,ここ最近になって,Macやシンセサイザといった分野で,とても詳しい方だとわかり,以来よくお話をしたりしていました。
 と,そんな状況があると,神様は残酷な物で,彼を他の部署に異動させてしまいました。
 確かに私は寂しくなってしまいますが,洞察力,実行力など,いわゆる「賢さ」を備えた彼のことです,新天地でも活躍してくれることと思います。
 私としては,せめて1度,一緒に仕事をしたかったなどと思いましたが,別にこのことで口も利けなくなる訳ではありませんし,これまで同様,親しくしていただけたらと思います。
 頑張って下さい。
99年09月17日 19時17分59秒

デジカメ交換
 デジカメですが。メーカーに修理を依頼する前に,勝手からまだそんなに日が経ってないことに気づいて,とりあえず販売店に電話してみました。
 すると,交換してくれると言うありがたい返事をもらいましたが,在庫がないので取り寄せますとのことでした。
 今日,そのお店に電話をしてみると,入荷しているということでしたので,交換してもらいました。その後,トラブルはありません。解決です。
 感心したのは,店員の方の対応です。いわゆる安売り店なのですが,電話の対応も含めて嫌な顔ひとつせず,お店でも「私の方で確認しておきましたので大丈夫です」「これで大丈夫と思いますので使ってみて下さい」「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」を,きちんと彼の言葉で話してくれました。
 購入後10日ほどでしたし,安売り店はこういうところの手間を嫌うので,お客さんをメーカーにまわして終わりにするのが常ですが,ここは非常にしっかりとしていました。私もメーカーにまわされると思っていましたから,この非常に丁寧な対応には,頭が下がりました。
99年09月16日 01時28分58秒

懐かしいテープ
 みなさんもご存じでしょうが,先日とても残念なニュースがながれました。
 槙原敬之さんが,覚醒剤所持で逮捕されたというニュースです。彼はいわゆるロッカーというイメージではないので,なんだか悲劇的な印象さえ受けます。とはいえ,彼は確実に犯罪者ですから,そこに同情の余地はありません。
 ただ,残念なのが,彼のアルバムが入手不可能になっているという事でしょう。
 「どんなときも。」が大ヒットし,その後もヒットを連発する中,のどを壊して活動休止。復活後がこれでは,ちょっともったいない気もします。
 ちょうど「どんなときも。」がヒット中だった1992年の9月14日,彼は東京FMでのスタジオライブを行い,これはFMラジオで生中継されました。
 当時,私は彼のことをほとんど知らなかったのですが,このラジオ番組を定期的にチェックしていた私は,偶然これを録音していたのでした。
 終盤でのピアノ弾き語りを聴いて,ちょっとぐらっときました。ものすごくまっすぐにメッセージが届いてきます。そのころの私の精神状態もあってでしょうが,刺さったといっても過言ではないでしょう。
 この録音はDATに記録され,保存されていました。
 さて,この間の逮捕で,このテープのことを思い出してきいてみました。
 当時,彼はまだ22歳。ピアノも,歌もうまくありません。でも,擦れてないというんでしょうか,透明というんでしょうか,そういう精一杯に音楽をし,同時にプロになった喜びのような物が伝わってきます。
 また,このころの曲や詞はバラエティに富んでいて,最近の曲のように「似たような曲」というものが出てきません。
 これは,つまり,彼の黄金期なのでしょう。
 私などと比較するのはおこがましいのですが,それまで泉のようにほとばしるアイデアを形に出来ないもどかしさを感じたかと思えば,その時期を過ぎると以前のようなアイデアが出てこなくなり,似たような物に収束してくるもので,きっと彼も同じような苦しみをこのライブの後には味わったのではないでしょうか。そしてそれは,音楽に限りません。
 2枚目のアルバムくらいまでは,彼がまだアマチュアだった頃に書きためた物だという話です。それ以後彼の楽曲におもしろさがなくなってきたと感じるように,私はなりました。
 趣味を仕事に持ってしまうと,趣味が1つ失われる,だから,趣味とは別の仕事をしたいと,そういう声もききます。
 何が,彼を覚醒剤に走らせたのか,ちょっと考えてみてもいいかも知れません。
99年09月13日 17時45分49秒

デジカメ失神
 先日購入したデジタルカメラ,FinePix500ですが,早速壊れました。
 今朝,なにげに電源を入れて何枚か撮影した後,液晶に出ている時計が進まず,電源OFFも含めたすべての動作がきかなくなりました。
 よくある「暴走」だろうと,Macintoshによって培われた愛のある忍耐力によって,電池を抜いて電源を切り,再び電源を入れようとしましたが,期待に反して電源は入りません。
 スマートメディアがきちんと入ってないからとか,ダイアルが中途半端なところで止まってるとか,いろいろ試しましたがさっぱりだめです。
 今日は土曜日。仕方がないから月曜日に電話して,修理を依頼します。
 今までにもいろいろ買ってきましたが,これはあたりが悪かったみたいです。
 民生用の工業製品は,ある程度の故障が起こることと引き替えに,大量生産と安価な価格を実現しています。メーカーは,その「わずかな」故障をも,アフターサービスという形で責任を持つスタンスをとっています。
 今回はたまたま運が悪かったのですが,PL法やクレームなどにおびえて,その「わずかな」故障をさらに少なくするための「余計な」コストを価格にのせたり,あるいはアフターサービス費用の高騰などによって製品価格が上がってしまうことは,私のような人にとってはちょっと残念です。
99年09月11日 14時28分58秒

FM音源on携帯電話
 ニュースを見ていたら,FM音源という文字が目に入りました。「今時FM音源かいな」と思って読み始めると,どうも携帯電話に搭載することを前提とした小型・低消費電力のFM音源チップのリリースのニュースでした。
 詳しいことは分かりませんが,4音ポリフォニックだそうです。ねらいは,携帯電話の呼び出し音です。
 着メロが人気になって久しいですが,単純な矩形波というのは,その昔,パソコンやゲーム機がPSGを搭載していた時代と似たような物で,ヤマハがFM音源チップを発売すると,瞬く間にパソコンやゲーム機はFM音源を組み込むようになったのでした。
 この変革がなんと携帯電話に起こるかも知れない,とそういうことなんですね。
 いやー,しぶとい。まだまだFM音源の役割が,しかもこんなところにあったとは,ちょっと盲点でした。
 ・・・ということは,そのうち携帯電話にサンプリング音源や物理モデリング音源が乗るかも・・・
99年09月10日 18時52分06秒

iBookが欲しいのだ
 話題のiBookの発売日と価格が決定しました。10月上旬発売,198000円だそうです。今幕張で行われているWorld PC EXPOで展示されているそうですが,JISキーボードを搭載した日本仕様がちゃんと展示されているということです。
 私の母親がメールを使いたいということで,PowerBookDuo210をあげたことは以前書きましたが,心配していたキーボードにはすっかり慣れ,まだ2ヶ月ほどしか経ってないのに,なんと日本語1文字に1秒かからないほどの速度に上達し,誤変換も「あほや」などと笑いながら訂正できるほどに余裕がでてるそうです。
 しかし,メモリ不足と速度不足から,メールクライアントはEudra1.368ですので,ちょっと初心者には操作も難しく,システム全体の安定性も最悪で,まともにメールのやりとりが出来たことは今までには数えるほどしかありません。
 そこで,iBook。デスクトップはかさばるから嫌だと言う一方で,iMacはかわいいねとかなり気になる存在のようです。そうなると,今までにいろいろ迷惑をかけてきたことや,親を残してこっちで生活してるわがままに対しての謝罪も込めて,プレゼントしたくなるというのが,これ人情というもの。
 しかし,前人気も高く,液晶のデリバリーが世界的に苦しくなっている現在,そんなに簡単に手に入るとも思えません。
 私が昔働いていた某ショップなら多少の融通が利くかな,とスケベな考えを持ったのですが,ここはなぜか(そう,大阪地区では売り上げNo.1を維持しているはずです,何年もの間。)iMacの取り扱い店になれなかったのです。ということで,おそらく無理だろうと。
 そうなると,もはや年内絶望かな・・・などと,ちょっと落胆してしまいます。お願いだから,デリバリーには気を付けてねと,Appleさんには言いたいです。
99年09月08日 22時29分52秒

腰痛
 理由がわからないのですが,日曜日の朝から,結構ひどい腰痛に悩まされています。
 周りに腰痛を患った人がいって,「それは呪いだ」「うつったんだよ」などといろいろいわれていますが,本人は靴下をはくのも悪戦苦闘。
 まっすぐ立っている分には大丈夫ですが,座っているとつらいのは,やはり腰痛の特徴でしょうか。
 とりあえず今もあまり変わらないレベルですが,今週様子を見て直る様子がないなら,医者にかかります。とほほ。
99年09月07日 20時00分06秒

少年H読了
 遅ればせながら,妹尾河童さんの「少年H」,読了しました。
 日本の夏は,戦争の季節でもあります。重く苦しいその歴史を,必ず年に1度思うという,そんな文化が日本にはあります。そんな時期と重なって発売された文庫版を,私も買うことにしました。
 前から気にはなっていたのですが,なかなか読む機会がありませんでした。ところが,友人が舞台を見に行ってきたというのです。その話を聞いているうちに,これは読まねば,と思った次第。
 少年Hの目を通して,そのころの日本の様子が等身大で描き出されます。少年は,小学校低学年から高校を卒業するまでの間に起こった,戦争を軸に展開する様々な出来事と当時の彼の正直な心の内を,赤裸々に,しかし歪曲せずに淡々と語っています。この淡々とした文章に,戦争の悲惨さを伝えることを第一の目的とする,いわゆる戦争文学にはない透明なリアリティと,そしておそらく作者が伝えたかった「世の中の矛盾」を訴える姿勢がじんじんと伝わってきます。
 好奇心の旺盛な少年Hは,賢い両親の影響もあって,真実を見失わずに育ち,その信念を曲げずに終戦まで生き延びます。彼の目を通して,当時の日本の様子,庶民の思いが描き出され,読者にようやく,そのころの真実を理解させます。
 そういえば,総動員態勢がとられた戦時中,そのことに庶民が全く疑問を持たなかったのだろうかと,学校の歴史の時間にこの頃の話を学んだ私は思ったものでした。人間魚雷で,あるいは片道の燃料しかない戦闘機で,敵につっこんでいく時,それが本望だと思ったなどとは,私にはどうしても思えなかったのです。
 戦争が,あるいは教育が,そこまで簡単に人間を変えてしまう力を持つなど,信じたくない。人間はそんなに簡単に真実を見失わない存在のはずだと,それを裏付ける確かな話を誰かの口から聞きたくて仕方がなかったことを思い出しました。
 しかし,当時はそんな話に出会うこともなく,そのまま私は大人になってしまいました。
 読了した「少年H」,そこには,まさに私が欲しかった答えがでていました。やはり戦争は,人を根本的に変える物ではないのだということ,確信できたと思います。
 とても重い本です。読んでどんな思いをするのか,人それぞれかも知れません。しかし,私は,どうしてもっと早くに,誰かがこれを記さなかったのか,そう思いました。
 戦後50年をすぎて,体験された方々が徐々に少なくなっていく世の中で,この「少年H」は,本当に貴重な,真実を伝える物語になることと思います。すべての日本人に読んでもらいたい物語です。
99年09月06日 10時58分35秒

かつ消えかつ結びて
 金曜日の夜,親しい友人と行きつけのお店に行きました。久々でしたが,出迎えた店員さんは見慣れない人が増えています。着席してメニューを見ると,知らない料理が目に付きます。よくよく見ると,おなじみのメニューがなくなっていたり,名前が変わったりしているのに気がつきます。
 運ばれた料理を食べてみましたが,ちょっとおいしくなくなったという感じ。他にもいくつか食べてみましたが,全体に味の傾向が変わってしまった感じです。
 今時の味になったというのでしょうか,平面的な味になったというのがその印象。我々がショックだったのは,味が変わったことももちろんですが,それと同じくらいに,ここの料理にはハズレがない,と思って安心していたのに,それがやや裏切られたということでしょう。
 考えてみれば,もう2年以上も通っていることになっています。2年という年月は,その間に変わらない物などないと思えるくらいに,長い時間なのかも知れません。あたりを見回すと,我々が通い始めた頃からずっといた店員さんの姿も,ありませんでした。
 帰り道,商店街に古くからあるレンタルビデオ屋にふらっと立ち寄りました。近くにツタヤが出来て2ヶ月が過ぎています。ツタヤが出来る少し前に店内を改装したのですが,それもカンフル剤にはならなかったようで,近々店を閉めることになったと張り紙がありました。なかなかラインナップが渋くて,貴重な存在だと思っていたのですが,やはり客を取られたのでしょう。
 そのレンタルビデオ屋の向かい側には,ちょっと大きめの本屋もあったのですが,ここもツタヤの影響でか,1ヶ月前ほどに閉店し,今はドラッグストアになっています。
 ツタヤという巨大な力が,2つの存在を消し去ります。ツタヤが近所に出来たことを有頂天になって喜んでいた私も,果たしてこのままでいいのかと,ちょっと疑問になりました。
 お店の味,お店の人,地域の店。確かに同じ姿を保つ事は,どんなに難しいことでしょう。「よどみに浮かぶうたかたは かつ消えかつ結びて ただ春の夜の夢のごとし」というくだりの通り,ちょっとした虚脱感が私にはありました。
99年09月05日 15時30分43秒

古いパソコンの回路
 私は今,マイコン関係の設計を仕事としています。いろいろ新しい課題があって,その度に様々なアイデアをひねり出さねばなりません。
 その関係で,X68000のハードウェアに関する解説書を読んでいました。
 うーん,今から10年も前に出来たパソコンから,こんなに学ぶ物が多いとは。
 私は,日本製のパソコンの回路図をいくつか集めてあります。主に大昔の8ビットマシンの物ですが,今でも時々見ることがあります。
 日本には,パソコンブームと呼ばれた時代が何度かあり,8ビットマシンがそのブームの担い手となったときには,どこの会社も独自のアーキテクチャの製品を投入し,市場の席巻を狙って果敢にチャレンジしていました。
 NECはPCシリーズ,シャープはMZシリーズ,日立はBASIC MASTERシリーズ,富士通はFMシリーズ。どこも互換性など全くなく,それぞれにいいところも悪いところもたくさんあった,個性的なマシンでした。
 個性的故にそれぞれに熱狂的な支持者がいて,お互いがパソコン論議に花を咲かせた物でした。
 当然,そのハードウェアも個性的で,それは回路図に書かれた線1本1本にもよく現れています。
 ユーザーから見て,同じような機能を実現するための回路をそれぞれのマシンで見比べてみると,全然違う仕組みであったりします。そのメーカーの,あるいはその設計者の,解釈の違いやこだわりが見えてきます。
 とてもきれいな回路あり,とてもアクロバティックな回路あり・・回路図から見えてくる「個性」は,我々が外側から見る物以上の物があります。
 私もエンジニアの端くれですが,やはり見る人が見たときに,「うむー」とうなってもらえるようなものを作りたいと,日々思っています。
99年09月03日 14時54分19秒

出たぞG4
 Seybold Seminorという,DTPなどプロ向けの催し物がアメリカで開催されました。ここでAppleは新しいプロ向けのPowerMacintoshG4を発表,一部モデルについては当日からの販売をはじめました。
 iMacが登場して1年経ち,プロ用とコンスーマ用にそれぞれデスクトップとノートブックを用意するというJobsの戦略はとりあえずの成功を収め,それはAppleの株価の上昇や財務体質の好転という変化にもよく現れています。
 さて,そのPowerMacG4ですが,PowerPCに関してモトローラとIBMが袂を分かつ原因の1つになったともいわれる,AltiVecを搭載したPowerPC G4が搭載されたモデルとして,400MHzと450MHz,500MHzが発表されています。400MHzについて約1600ドルという価格設定です。
 PowerPC G4については,ちらほらと懐疑的な意見がけっこう出ていました。AltiVecはインテルのMMXに対抗するものといわれていますが,いわゆるベクトルプロセッサとしての色彩が濃いもので,一般のユーザーにはそれほど影響のないものでありながら,回路規模が大きくなってしまうという弊害が大きく見えてしまうのです。
 それででしょうか,AppleはこのG4を「世界で最初のワンチップスーパーコンピュータ」として紹介し,主にPhotoShopでの性能向上をプロにアピールする戦略に出ています。
 ホームページでは,ベクトルプロセッサとスーパーコンピュータの生みの親,故セイモア・クレイまでを引きずり出す始末。
 確かに,ベクトルプロセッサは行列計算には不可欠なものです。それは,浮動少数演算にFPUが有効なことと似ていると思います。だから,Jobsがアピールした,PhotoShopでのフィルタ処理が3倍以上速くなったというのは,決して誇大広告ではないでしょう。
 でも,FPUがワープロの速度向上に役立たないのと同様に,このベクトルプロセッサが,今すぐにわれわれの仕事をアシストしてくれるのかといえば,それはちょっと難しいかもしれません。G3とG4は,603と604の関係とは違うということです。
 一方でチップサイズが大きくなり,コストも下がらず,消費電力も大きくなります。G3のアドバンテージはここで消えてしまったといえるでしょう。G4はG3にAltiVecを追加しただけのものですから,つまりわれわれ一般人には今のところ,高クロック化されたG3が最もありがたいという結論になります。
 雲行きが怪しいのは,このAltiVecをめぐってモトローラとIBMが不仲になったことでしょう。残念ながら,モトローラがもつ技術(特に製造技術)は,IBMのそれよりも劣ると思います。AltiVecをおすモトローラが,IBMの持つ高い技術力を取り込めなくなって,最終的に高クロックのG3の供給が難しくなるというシナリオは,ちょっと考えすぎかもしれません。
 ただ,そうはいっても,やはり「ワンチップスパコン」にはちょっとした感動がありますし,これによって恩恵を受ける分野でまた多くのプロがMacintoshに戻ってきてくれると思えるわけで,それは手放しにうれしいことですね。
 ついでにいうと,450MHzと500MHzのPowerMacG4については,どうもマザーボードのデザインも新しいものになるようで,これでようやくAT互換機に追いつくかな,という気がしました。
99年09月01日 11時53分11秒

デジカメ買いました
 昨日,デジタルカメラを買いました。正確には,買い換えました。
 4年ほど前に,チノンのES-1000というのを購入したのですが,こわれたために買い換えたというわけです。
 今度のものは,富士フィルムのFinePix500です。
 ES-1000は非常に小さいサイズだったのですが,今時当たり前の液晶もないし,ストロボもなし,内蔵フラッシュメモリに8枚程度,CCDはビデオ流用の25万画素と,スペックは低い物でした。
 価格は当時としては破格の3万円で,その割にはよく写っていたことを覚えています。
 ただ,ビデオ流用のCCDでしたし,レンズも最短撮影距離から向こうを無限遠にすることでフォーカス機構を持たずにすむというものでしたから,ちょっとしたお遊びにしか使えないというのが,私のデジタルカメラに対する考えでした。
 ES-1000が壊れて,それで買い直したかったのですが,予算はやはり3万円。探せばある物で,特価で見つけたのがFinePix500でした。27800円。
 使い物になるのは100万画素を越えたあたりからだろうと当時から思っていましたが,まさにその通りで,昨日のFinePix500は150万画素による,すばらしい画像を見せてくれました。
 しかし,かつてのデジカメに比べればきれいになったと思いますけども,客観的に見てまだまだコンパクトカメラの域を出てません。レンズがどうのとこだわる方もいますが,CCDの絶対的な面積を考えると,まだまだ「レンズの味」を堪能できるとは思いません。
 しかしまぁ,とりあえずコンパクトカメラの代わりになるだけの実力を付けたデジカメ,もっといろいろ使い道がありそうな気がします。
99年08月31日 15時15分46秒

爆裂
 お昼は,ササミフリッターってやつでした。
 皿の下にひかれたソースをササミに付けて,箸で挟んで口元に持っていった,その瞬間・・・
 ぼとっと,下に落っことしてしまいました。30cmほどの高さから皿の上に。
 ソースが飛び跳ね,私の胸元は,機銃掃射を浴びたように赤く染まりました。
 向かい側に座っていた私の後輩の近くまで飛び散っていて,それはそれは悲惨でした。
 今,私はソース臭いです。
99年08月30日 12時50分27秒

運転ごくろうさまでした
 土曜日に,入社以来仲良くしてもらっている同期のみんなと,高尾山にいってきました。
 私は知らなかったのですが,ここにとてもおいしい鶏肉や牛肉を食べさせてくれるお店があって,山の中にぽつぽつと点在する座敷1つをまるまる借り切って,そこで炭火を囲んで食べるのです。
 都内であることにもちょっとした驚きがありますが,立派な山ですから,例えばトイレにいって手を洗うときの水の冷たさと気持ちよさ。「ああ山の水だ」と感じることができます。
 都心から3時間以上も車で走るわけで,都会の感覚など全くなくなって当然ではあるのですが,都会の暮らしが便利であっても,たまにこういう機会がないと,やっぱり気分も滅入ってくる物でしょう。みなさんも一度いかれることをおすすめします。
99年08月30日 01時10分59秒

スターレットよ,永遠に
 今回は自動車の話です。
 トヨタから世界戦略車「ヴィッツ」が発売され,それなりの評価を得ているようです。激戦区の欧州では「Yaris」という名前ですでに昨年から導入が始まっています。
 トヨタは,この「ヴィッツ」の導入にあわせて,近似車種の統廃合を行い,プラットフォームの共通化によるコスト削減を目指しています。
 統廃合の対象となったのが,スターレット,ターセル,コルサなどの小型車です。
 スターレット,高度成長期に国策で始まった「国民車構想」により誕生したパブリカの派生モデルとして「パブリカ スターレット」として登場し,以後2ボックスの代表車種として確固たる地位を築いてきました。
 1980年代の前半のKP61などはコンパクトなボディーにしっかりしたエンジン,そして2ボックスでは珍しいFRという構成で,走り屋にも人気でしたね。80年代後半になってFF化された後も,ツインカムやターボによって走りを意識したバージョンが存在したりして,シビックとならんで日本の「ホットハッチ」でした。
 また,価格も安く,こなれたメカニズムで商用車としての需要もそこそこにあって,幅広い層からの支持があった車種でした。
 私は国産ならシビック派の人なので,ライバルを失ったような感覚ですが,スターレットという大きな看板を下ろすのですから,トヨタの「ヴィッツ」にかける意気込みが伺い知れます。
99年08月26日 11時08分01秒

JJYって知ってますか
 今日はJJYのお話をしましょう。
 JJYときいてぴくっときた人は,まず無線にかかわっている人でしょう。
 日本では,郵政省の通信総合研究所が正確な時間情報を正確な送信周波数を用いて送信しています。これがJJYです。送信局のコールサインがJJYなので,一般にこう言われています。
 送信周波数は長波が40kHz,短波が5MHz,8MHz,10MHzです。
 JJYは,1940年に短波でのサービスが始まり,以来60年もの間,正確な時間と周波数を提供してきました。今でこそコンピュータで周波数を制御するようになっていますが,その昔無線機の送受信周波数は,温度や時間の変化でどんどんずれていくもので,プロ・アマチュアを問わず,みんなJJYの10MHzにあわせて校正を欠かさなかったものだそうです。
 戦後は標準電波を実験局JG2ASとして長波でも提供するようになりましたが,潜水艦が使用するある無線との共用だったので,常時出ているわけではありませんし,出力も弱いために関東近郊しか受信できませんでした。(短波は少ない出力で全国に届きます。)
 ところが,共用することがなくなって,標準時専用になったあと,出力を大きくした新しい長波用の送信局が今年6月に開局し,現在は正式にJJYで運用しているということです。
 この福島県田村郡のおおたかどや山標準電波送信所による長波JJY開局によって,全国どこででも正確な1秒が得られるようになり,各時計メーカーから「電波時計」として新製品が相次いだのは記憶に新しいところです。
 一方,短波のほうは,その目的が主に短波無線機の周波数校正にありましたが,無線機の性能向上のためにその役目をすでに終えています。
 そこで,この歴史ある短波JJYが2001年3月31日をもって,廃局するすることになったそうです。
 短波のJJYは,長波のそれとは違って,音声ややモールスによるJJYというコールサインの送出など,人の耳で聞いても楽しいものがあるだけに残念ですね。
 もちろん,JJYも無線局ですから,受信報告書を出せばベリカードをもらえます。記念に短波JJYのカードを手に入れておきたいものです。
 時間や周波数に関して,JJYのページhttp://jjy.crl.go.jp/が非常に詳しいです。とてもわかりやすく解説しているので,ぜひごらんいただきたいと思います。
99年08月25日 11時25分06秒

ラジオの製作も休刊だったとは
 私が知らなかっただけなのですが,実は「ラジオの製作」も休刊になっていたみたいです。
 私は「初歩のラジオ」派でしたので「ラジオの製作」はむしろ毛嫌いしていたのですが,久々に本屋に行ってみると,夏休みを当て込んだと思われるMOOK(雑誌の別冊というジャンルで,ムックと発音します)がでてました。
 でも,本誌の方がないので調べてみると,半年ほど前に休刊したとのこと。
 私が中学生の時には「初歩のラジオ」を読みあさり,いろいろ作って楽しんでいました。そのときに得た知識や技能が,今の私を支えています。
 今の子供たちにこれら電子工作(もっと平たく工作でもいいです)に触れることがなくなってしまって,これから先の技術立国は,どんな道をたどるのでしょう。同じ事の蒸し返しになるからもう書きませんが,なにも今の子供たちが,電子工作に興味がないのではないのです。ちょっとしたきっかけがないから,それを知らずに通り過ぎるだけのことなのです。
 思えば,電子工作の雑誌は,なくなってしまいました。「模型とラジオ」も随分前に,「電波科学」は「エレクトロニクスライフ」と改題してしばらくしてなくなりましたし,「初歩のラジオ」は確か1994年に,最後に残っていた「ラジオの製作」は今年に,とうとう消えてしまいました。
 「トランジスタ技術」や「CQ」という雑誌は残っていますが,これらは電子工作の雑誌ではないですね。「トラ技」はプロ向けの雑誌でしたが,最近は敷居が低くなっているのでなんとも微妙なところですが。
 こういう傾向が長く続くと,やはりパーツ屋さんも数が減ってくると思います。ICも汎用品が少なくなり,いわゆるゲートICは数が減ってきていますし,パッケージもDIPではなく面実装タイプが主流を占めています。ますます自作派にとっては寒い時代になっていますが,なんとかそれに併せていくしかないですね。
99年08月24日 15時08分56秒

ヒーローの条件
 今年6月の初旬に,ジェフ・ベックが日本にやってきました。
 私も,親切な友人のお陰で,なんとチケットが取れたので,非常に楽しみにしておりました。
 しかし,こんなことがあるものですね,5月31日に祖母が急に亡くなりました。当然実家の大阪に戻らねばなりませんでした。
 結局,そのチケットは別の人に使ってもらったのですが,非常に残念だったことを覚えています。
 先週の木曜日,その,私が見るはずだったライブの模様を,NHK-BSが放送してくれました。1時間半でしたので,おそらくカットなしでしょう。
 一発目,音ががーんと飛び出すその瞬間に,ぐいっと引っ張り込まれてしまったのですが,すでにかなりの年齢になっているにも関わらず,あれだけのステージをこなせるとは,さすがにジェフベック,ヒーローです。
 ステージに立てば分かるのですが,かなり消耗してしまうものがあります。若いときには勢いでどうにかなるとは思いますが,あの年齢であのパワー,ちょっとはにかんだところが,とても彼らしいステージでした。
 見終わって,やはり実物を見たかったなぁと,つくづく思いました。
99年08月23日 13時55分03秒

あおむし
 朝の通勤途中,電車で立っていると,シャツの襟のあたりに,太さ1.5mm,長さ20mmくらいの緑色でくねくね動くものが,目に付きました。
 あおむしです。
 このまま放っておくと,首筋に上がってくるとか,シャツの中に入ってくるとか,そういう事故になりかねません。
 そこで,指でピッと弾き飛ばしました。彼は床に落ちて,ちょっと驚いた様子でくねくね動き回っていました。
 私の右前に座っていた女性2名は,床にいる彼の動きに常時注目し,自分のところに来やしないかと心配してる様子です。
 私の左横に背中を向けて立っていた男性は,半歩前に進んで,自分の背後にある見えない何かから逃げようとしていました。
 次の駅に近づき,電車の速度が落ち始めました。
 一人の男性が,どたばたと奥からでてきて,ドアの近くにいた私のそばまでやってきました。彼の靴底は,あおむしのいるはずの,まさにその位置にありました。
 私は怖くて結局一度も下を見ることができませんでしたが,彼が電車を下りて,再び走り始めた車内にはなんともいえない空気が流れていました。
 私は,その空気に耐え兼ねて,次の駅でおりてしまいました。
99年08月20日 16時57分34秒

メールを出すために
 母に,私が以前使っていたPowerBookDuo210を,メールの読み書きのためにプレゼントした話を書いたと思います。
 昨日,遅くに電話がありました。なんでも,うんともすんともいわなくなったとのこと。電源を切りたいけども,それすれらも出来ないので,困ってるという内容でした。
 とりあえずリセットの仕方を教えて,その場は何とかしましたが,話を聞いていくと,トラブルだらけで結局一度もメールを出せたことがないんだということでした。
 キーボードにも慣れて(これはすごいことだと思いますよ),文章を綴れるようになったところまではよいのですが,いざ送信という時にいつもトラブルが起こって,その文章が消えてしまうのだそうです。
 先日も弟がメンテをしてくれたときにも,「このマシンは不安定でよく暴走する」といってましたが,やはりそれが頻繁に起こっているようです。
 人間の作った物,人間の労力が一番尊く,それが機械のせいでふいになってしまうということは,あまりにもったいないことです。機械はあくまで人間をアシストする物であり,人間の行動を阻害してはなりません。
 母にしてみれば,出したつもりのメールが実は出てなかったり,苦労して作った文章が消えてしまったりするのは,とても残念なことだと思います。
 コンピュータに詳しい人はそれでいいですが,メールを読み書きするだけでそこまでの知識が必要というのはあまりに無駄ですし,敷居が高すぎます。
 簡単に,難しいことを覚えることなく,それはつまり,意図しない動作することでそこからの復旧をしなくてすむという意味に置いても,特に信頼性という物が初心者には大切なんだと,つくづく思いました。
 結局,やっぱりドリームキャストを買うことにしました。
99年08月19日 12時38分09秒

ダンシングクイーンと遥かなる影
 NHKは非常にいい番組をやってくれるのですが,おとといから4夜連続で「伝説のロック&ポップス」という番組をやっています。
 キレのない番組タイトルはいつものこととして,英米の音楽ドキュメンタリーをきちんと放送してくれる姿勢は,なかなか民放にはありません。
 おとといはアバ,昨日はカーペンターズでした。
 アバは中学生のときに,すでに過去のものとして耳にしたのが最初であり,以来私の中ではベスト3にはいるスーパーグループとして君臨しています。番組は現在の彼らへのインタビューを通して過去を振り返り,破局に至った経緯を紐解くというものでした。
 私が最高のアルバムと思っている「Super Trouper」が,実は離婚騒ぎの最中に作られたものだと知って,ちょっと驚きましたが,そう思って改めて聴きなおすとそれはそれで,深い何かが見えてきます。
 ボーカルのレンジの広さ,覚えやすいメロディーとコード進行に,実は凝りに凝ったアレンジ,当時珍しかったシンセサイザーをふんだんに盛り込んだ実験的要素,インストやミュージカルとして組曲を収録するなど,今なお光るものがあるとおもいます。
 カーペンターズはメジャー過ぎてあまり私は聴かなかったのですが,それでも有名どころを少しは弾けるようにしてあります。
 彼らが特殊なのは,リチャード・カーペンターにあれほどの音楽的センスと能力がありながら,他の人が作った曲を抵抗なく受け入れ,しかもそれを大ヒットさせているということでしょう。かのバート・バカラックをして「リチャードが蘇らせた」というClose to youも,きれいにカーペンターズのカラーに染まっています。
 あまり知らなかったことが多かったなかで,カレン・カーペンターがあれほどドラムがうまかったことも,また,ドラムをたたきながらあれほど美しく歌えることに非常にびっくりしました。ちょっとカレンを見る目が変わりました。
 さて,今日と明日はビーチボーイズです。ブライアン・ウィルソンも来日したばかりで,にわかに盛り上がってる彼らの足跡を見ることができるのは,まさに絶好の機会といえるかもしれません。皆さんもお見逃しなく。
99年08月18日 13時39分50秒

Bolt and Nuts
 私がよく読む雑誌の1つに,Tipoという雑誌があります。輸入車というとベンツやBMWが真っ先に頭に浮かぶ世の中で,あえてイタリアやフランス,イギリスの車にスポットを当てる自動車雑誌です。
 ここに連載されている漫画に,「Bolt and Nuts」というのがあります。作者の田中むねよしさん(本当は先生なんですが,なんか親近感がわくのでさんにさせていただきます)が,実際の自分の自動車趣味やその周りにいる楽しい仲間たちをつづったものなのですが,これが大変に面白いのです。
 先日,ようやく5巻が発売になり,早速購入しましたが,よかったですね,今回も。
 むねよしさんは,ロータスエランという名車をすでに所有され,この漫画も始めはエランに振り回される毎日をつづっていましたが,ここ最近は,足に使う車としてシトロエンのBXを手に入れる顛末が主なネタです。
 シトロエンBXといえば,変態自動車王国シトロエンが放った,ハイドロニューマチック搭載の最後の小型車で,5ナンバーで乗ることができる車の中では,最もシトロエンらしさを持ちながら,かつ実用に耐えるというとてもおいしい車です。
 もちろん,新しいとはいえ80年代の車ですから,ラテン車に付き物のトラブル無限地獄にどっぷりはまってしまわれたようで,結局最初に買われた稀少MT車のBXは廃車されたということでした。悲しいですね。
 しかし,懲りずにまたBXを買ってしまうところが,すばらしい。こういう,身銭を切るところに,迫真のおもしろさが生まれます。まるで自分のことのような気分もしてきます。
 なにぶん作者がエンスーですから,技術的なこともふんだんに織り込まれ,手をオイルで汚すことを楽しむ姿には,うらやましさも感じます。
 単行本を本屋さんで見かけることは少ないのですが,Tipoには毎月連載されているので,是非ご覧になって下さい。自動車を愛する人間に,ぴぴっと来る物があること,間違いなし。
99年08月17日 12時35分59秒

昔作った曲
 昨日,急に昔作った曲を聴きたくなりました。
 私が17歳の頃,アルバイトで作ったお金ではじめてのシンセサイザであるD-20を手に入れ,そこからどっぷり曲作りに入った,ちょうどそのころの物です。データはフロッピーで残してあるので,これを実家に戻ったおりにMDに録音しておいたのです。
 シンセサイザ,ドラムマシン,シーケンサーと,3つの機能を持つD-20でしたが,それにしてもよくもまぁ,D-201台であそこまでやったものだと思いました。後になると,買い足したMatrix-1000やQX5も加わり,技術的にも進歩があって割に聴ける物がちらほらでてきました。
 しかし,問題なのは完成度云々ではなく,そのチャレンジ精神です。実験的な試みがいろいろされていて,今の私が作る物よりも非常に面白い作品がいっぱいありました。
 当時の私は,触れるたびに,作るたびに確実にレベルの上がるのを実感できるほどに伸び盛りでしたが,そんな中での手探りが,本当に伝わってきました。思わずセルフカバーをしようかと思ったものもあったほどです。
 さすがにLA音源だけをさわっていた人間らしく,今聴いても「おっ」と思う音がD-20から出ていたりして,興味深い物でした。
 しかしながら,私などは過去に自分が作ってきた物が記録してあって,当時と同じ状態でそれを見る事が出来るように保存されているわけですが,これって非常に幸せなことなんではないかと,つくづく思ってしまいました。
 
99年08月16日 15時59分04秒