ここは私の日記帳です。過去の物はここをご覧下さい。

オイル交換
 昨日はオイルを交換しました。
 きちんと抜くことができなかったらしく,4リットルしかはいりませんでした。
 しかも,ちょっと多めにはいったので,少し抜かないといけないです。
 あと,ワイパーブレードも交換しましたが,私の車に合うものがんかなか売ってない。そこで長めのものを買ってきて,これを気って使うことにしました。
 とりあえずなんとかなってますが,HIDの改造もあるし,なかなか作業が進みませんね。
1999年12月30日 12時05分32秒

実家
 今実家にいます。車で帰ってきました。途中昼食を取ったこともあってか,ちょっと時間がかかったような気がしています。渋滞にもひっかかりましたし。
 それでも無事に到着しました。
 ショックだったのは,実家の近くで道に迷ったこと。もうだめですね。
 忙しいからこの位にしておきます。
1999年12月28日 20時18分51秒

リュック・ベッソンのねらい
 土日はいろいろありました。
 まず土曜日ですが,例のHIDがすったもんだの末にようやく手に入りました。
 郵便小包の代引きだったわけですが,私は今寮にすんでいるので代引きはできません。それで局留めをお願いしたら荷物がどこにいったかわからないという状況になり,探してもらってようやく土曜日に郵便局まで取に行けたのでした。
 中身を確認すると,おー,意外に小さい。ほー,これがHIDのバルブか。ちょっとうれしくなったのもつかぬ間,2つあるうちの1つのバラスト(HIDは放電管なので発光には専用の点灯回路がいるのですが,これをバラストといいます)の様子がおかしい。
 まず電源コネクタの部分が割れてしまっています。さらにふたを止めているねじがついていません。もう一方はちゃんとなっているのでこれは不具合でしょう。割れた破片もねじも箱や袋から出てきませんでしたから,輸送中の問題ではないと思います。
 先方にこのことを伝えると,新しいものを送るので,その後悪いものを送り返せとの指示。そういう対応をしていただけたので,まぁいいとしましょう。
 日曜日は,映画にいってきました。前から見たかった「ジャンヌ・ダルク」です。銀座で見ましたが,30分前ですでに長蛇の列。座れましたが最悪の席でした。
 リュック・ベッソンという監督はなかなか異色な人で,それまでアンニュイ一辺倒だった(語弊がありますね,コメディもぶっとんでます)フランス映画に,ハリウッド並みの動きとアクションを与えた人です。
 彼はフランスのプロダクションと作ったいくつかの映画は,フランス映画にハリウッドのにおいをつけるのに必死で,ある意味保守的なフランスの文化に対する挑戦だったようにも思えるところがあります。
 フィフス・エレメントでは念願のハリウッドとの共同制作が実現し,ブルース・ウィリスが主演したところは記憶に新しいところです。
 確かにハリウッドスターが登場し,派手なアクションや特殊撮影などがふんだんに用いられていましたが,そのテイストはまさにフランス的。私は彼はハリウッドと一緒に仕事をすることで,ようやく自由に映画を作ることができるようになったんじゃないかと思ったりします。
 で,そのフィフス・エレメントでヒロインを演じたミラ・ジョボビッチが大役を演じるのが,このジャンヌ・ダルクです。
 話題性も十分。ジャンヌ=火あぶりという短絡的発想しかない日本人にも,十分期待させるものがあります。
 3時間近くにも及ぶ長編でしたが,いやー,まさに見せてくれます。ジャンヌの人生を描いた作品という意味ではそれ以上のものはないのかも知れませんが,心の動き,良心への問いかけ,使命感と「神の名」を元に自らが正しいと信じ,しかしその矛盾に気づくがそれを認めるべきか否かで葛藤する姿,もちろんフランスとイギリスとの壮絶なる戦いのありさまや腐りきった教会の権威など,時間の長さが妥当とも思える内容でした。席の悪さも気にならない映画はそこにパワーがあるからでしょう。
 このころ日本では室町時代。戦国までのちょっとした平和を謳歌した時代です。人類の歴史は戦いの歴史,そう感じた映画でもありました。今の平和は尊いです。
 
1999年12月27日 11時55分22秒

一太郎Arkの話
 書こう書こうと思っていてなかなか書く機会に恵まれなかったネタの1つに,一太郎Arkの話があります。
 「一太郎?PC-9801時代の遺物だな」「Arkが付こうが一太郎は一太郎だぜ」「ワープロはMS-Wordしか知らない」など,いろいろおありでしょうが,まぁここは1つ私の話を聞いて下さい。
 一太郎Arkがすごいポイントは2つあります。
 まず,すべてがJavaで記述されていること。従ってJavaのVMがインプリメントされているマシンであれば,機種依存性は(理論的には)ありません。
 数年前からJavaで動作する一太郎を開発しているらしい,しかも当時オラクルが提唱していたNC(ネットワークコンピュータ)で,サーバーからダウンロードして動作するという環境を目指した物だということだ,というこのJavaで書かれた一太郎が,ようやく登場したと言うことです。
 まぁ実際JavaのVMには機種間で比互換な部分があるので,バラ色の未来があるかと言えばそれはウソでしょうけど,これからのアプリケーションのあり方を提示するものであるとは,言えそうです。
 2つ目,実はこっちが重要です。なんと,文書の扱いがXMLベースになっているという事実です。
 XML?ってな人も多いでしょう。HTMLは知ってますよね。ホームページを記述する言語です。簡単に言えばこれの拡張版です。さらに高い表現能力を身につけたことが上げられますが,マークアップ言語であるので文書の「構造」が情報として保存されることになります。これはHTMLなどと同じことですね。
 だから,タイトルを示すタグで囲まれた部分を先頭ページに列挙すればそれは目次になりますし,こういったリンクと構造の盛り込みが出来るということに加えて印刷にまわせる表現力を持つ物がXMLという感じです。
 で,これまでのワープロでは,様々な表現が出来るまでに機能が強化されてきましたが,その文書の保存フォーマットは各ソフトでバラバラ。同じソフトでもバージョンが違えば互換性がないと言うこともしばしばです。つまり,その文書の再利用が不可能と言うことですね。
 一太郎Arkは,この文書フォーマットにももちろんXMLを用いています。これは何を意味しているかと言えば,次世代を担う文書フォーマットと目されるXMLが,ワープロを使って文書を作成するだけで,作れてしまうと言う事実です。
 ユーザーにとってはXMLエディタと呼ばれるまだ専門性の高いエディタを使うことなく,これまでのワープロと同様に操作,編集するだけで,再利用可能なXMLで書かれた文書が作成できてしまうんです。
 XMLで記述されれば,その文書は「表現」と「構造」を内在しますから印刷原稿に回すことも,データベースを構築することも,それら文書から新しい文書を自動で作成することも可能になり,しかも標準フォーマットですから作成ツールやブラウザを選ばず,将来ホームページがXMLで書かれるようになればネットワークによる共有もそのままで可能になるのです。
 XMLの有効性はこれまでにも論議されてきましたがエディタが少なく,非常に高価であり,専門的な知識が必要でした。
 しかし一太郎Arkは,XMLを知らない素人でも知らず知らずにXMLで文書を作成する事の出来るツールであり,例えば全社でこれを導入すればXMLを教育することなしに,全面的にXMLを導入することが可能になるのです。
 どうです,すごいでしょ。しかも価格が安い。
 ジャストシステムはMS-WORDに市場を奪われて苦しんでいましたが,そんな中でもきちんと方向性を見失わず,立派なものを世に問うています。偉いですね。
 すでに今年もXMLはかなり注目されていましたが,来年は重要なキーワードになるでしょう。今から勉強しておいて損はないですよ。
1999年12月24日 13時24分57秒

秋月電子の説明書集
 こないだの土日にアキバヘ出かけたことは書きましたが,そのときに購入したのが「秋月電子」のキットのマニュアル集です。
 秋月電子はいまさら説明の必要がないほど有名な自作派の味方なわけですが,ここのキットの説明書には非常にありがたい資料やノウハウが書かれています。
 私なども,今までに買ったキットの説明書は大切に保存してありますが,なんとこれをPDFファイルにしてCD-ROMにしたものを500円で店頭販売しているとの話を聞きました。
 早速入手。
 個人的感想を言わせてもらうと,やはり説明書もパワーダウンしてますね。
 最近の秋月電子に思うことは,昔のようにありがたいキットが減ったということでしょうか。高価な部品や入手の難しい部品をきちんと揃えてあるけども,,万能基板で作らないといけないとか説明書があまり詳しくないので最低回路図が読めないと失敗するとか,そのかわりとても安く,面白いものが少なくなってきたように思います。
 ICL7216を用いた8桁周波数カウンタキットもPICマイコンを使ったものに置き換わっていますし,ビデオカメラのビューファインダ用小型CRTを用いた2現象オシロスコープキットという暴走気味なものも,もはやありません。
 PICマイコンのブームに火をつけたのは確かに秋月電子ですけども,最近は特にこれ1色になりつつあり,私のようなラジオ少年にはちょっと物足りない気分なのも確かです。
 せめて回路図集には,過去の名作の説明書があるものと期待しましたが,最近のものばかり。変な話ですが,PICマイコンを使ったキットの説明書を見たところで,何も得るものはないですよね。
 時代の流れでしょうし,こういう新しいものを開拓できなかったただのパーツ屋さんは,軒並みつぶれてしまっています。東京だと秋月電子,大阪だと共立電子さんですね。ここらは新しいものを提案して,生き残ったパーツ屋さんの代表でしょう。
 つぶれてなくなるよりはましですが,もう少し「おっ」と思うものを提供してもらえると,私もとてもうれしいのですが・・・
1999年12月22日 16時52分46秒

土日の出来事
 ここのところ忙しく,さすがに師走といったところ。日誌もなかなか更新する時間がありません。
 で,この土日の話。まず土曜日ですが,秋葉原に買い物に行ってきました。お目当てはWaveMeterという測定器。テクトロニクスがディジタルテスターと同じくらいの大きさで波形を観測できるハンディタイプの簡易オシロスコープがそれなのですが,一般向けシリーズで発売されたこの測定器もさすがにテクトロだけに6万円近くしました。
 5年ほど前に出たのですが,いよいよ処分という事で25000円で出るという広告を見たわけです。
 アキバでは老舗の「計測器ランド」というお店です。ボーナスも出たことだし,前から欲しかったんで買うことにしました。
 これね,解像度の低いディスプレイでどこまで正確に波形観測が出来るか疑問ですけども,それ以上に素晴らしいのがサンプリング周期の短さです。普通のディジタルテスターでは1秒間に2回程度の測定周期なのですが,このWaveMeterは,1秒間に8回ほど測定してくれます。アナログのようにとはいいませんが,かなりの追従性です。このくらいの周期のテスターというのは普通3万円ほどする物なので,WaveMeterはかなりのお買い得だったと思います。
 あと「スペースチャンネル5」と買ったらモロ星人のマスコットをくれたとか,1個50円のCR2032を10個買ったとか,本を買ったら8000円ほどになったとか,そういう話もあったのですが,肝心なのは次。
 夜8時前に夕食を取り,そのあと表参道へ。そう,ブルーノートへ行きました。パットメセニートリオがやってきたのです。ライブ好きの友人がまた声をかけてくれたお陰で得た機会ですが,「計測器ランド」の紙袋を下げてブルーノートに赴いて,しかも躊躇なくそれを預けた人というのも,私が最初で最後でしょう。(そもそも計測器ランドの紙袋をもらうことも普通の人にはあり得ないですから)
 で,そのライブですが,なんと申しますか,もう私の口からあれこれ言うのはおこがましいです。さすがにジャズギターの第一人者であり,ジャズの世界を長年にわたって打破してきた挑戦者である彼の演奏は,トラッドなものから前衛的な物までそれは幅広く,私は彼の懐の深さを実感しました。
 あと,彼の話し声を聞いたのは,私はこれが始めです。
 日曜日は,別の友人から頼まれた音楽の打ち込み。なんでも仲良し数人と結婚式でハンドベルを演奏するそうで,ひょんなことからその伴奏を私が作成するということになったのです。
 後1ヶ月ほどで本番という強行スケジュールなので,出来れば年内に完成させたいところです。一発奮起でやることにしました。
 原曲はドリカムのLove Love Love。調べてみると250万枚を売り上げる歴代8位のシングルだそうで,今までまともに聴いたことがない自分をちょっと恥じました。
 SG RackのSynth Fluteを8分で刻み,エフェクターで左右に散らせたMatrix-1000のSynth Padを上からかぶせます。これでメインは完成。
 次にD-70のStringsでイントロとサビの部分を作ります。左右にやや振った2つのストリングを,トップは主に5度,ローは3度をトレースするようにしました。このストリングスとはもう8年のつき合いになりますかね。
 原曲ではサビに向かうブリッジの部分にクワイアを効果的に入れてサビへの盛り上がりを演出していますが私もこれにならってD-70のVoiceEnsembleを。これまで比較的素直なボイシングを心がけていた(だってハンドベルが主役ですから)んですが,このパートでは9度や11度などのテンションをかなり投入しました。
 これ以上の音を入れるのは音が濁るのでやめ。遊びでドラムパートを入れてとりあえず完成です。
 とりあえず友人には渡しましたが,いいんではないかという反応です。他の仲良しさんからはどういうコメントがでるのかわかりませんが,とりあえず年内完成の目標は達成できた,かな。
 忙しいけど,これが暇になっても寂しくなるので,このくらいがちょうどいいのかも知れません。
1999年12月21日 10時51分11秒

HIDって知ってますか
 HIDって知ってますか?
 パソコン関連の開発者なら,「ああ,Human Interface Deviceだろ」っとUSB用語を出すかも知れませんけど,ここでのHIDは,自動車のヘッドライト。
 ディスチャージヘッドランプともいいますけど,最近青白くてまぶしいくらいに明るいヘッドランプを目にすることが増えましたよね,あれです。
 これまでのヘッドランプがタングステンのフィラメントに電流を流して光を熱と一緒にださせるもので,まぁ白熱電球そのものですね,原理は。(実は自動車でも広く使われるハロゲンランプはもう少し巧妙な仕組みがあるんですけどね)
 で,HIDは放電管です。蛍光灯や水銀灯などと同じような原理で光ります。ですので,電力の光への変換効率が高く,発光スペクトルも紫外線を含めた広い範囲で出てきます。
 この手のランプは,高性能なOHPや液晶プロジェクタに採用されるようにもなってきましたね。
 自動車への採用は3年ほど前からではないかと思います。国産車,輸入車を問わず,低消費電力,高輝度,太陽光に近いので視認性が向上するなど,いいことずくめ。ただし,価格がかなり高いというのが問題でした。また,従来のランプとは互換性がまったくありませんから,既存の車には取り付けは出来ない物とされています。
 私も,このHIDには憧れていて,今の車の唯一気に入らないところだったんですね。それで,いつか安くHIDをバラで手に入れて,自分で工夫して取り付け改造をしてやろうと思っていたわけです。
 すると,やっぱありましたよ。ランプと専用の制御回路を左右セットにして5万円という破格の物が。
 年末納入可能というので早速注文。実家で取り付けてみようかと思っています。一体どんなツテなのかわかりませんが,個人で安く頒布している方がいらっしゃって,その方にお願いするような形です。普通は10万円ほどもする物なので,5万円で買えるならそれはそれで私もありがたいので,別にいいとは思いますが。そもそもYourOwnRiskだから,楽しんで作業をしたいと思っています。
1999年12月17日 15時43分19秒

フランスネコ娘とのなれそめ
 ここのところ自動車関係の話(というのかバッテリーの話か)が続いているのと,後少しでローンが完済するということで,まとめとして私がプジョー306をどうして選んだのか,を書きたいと思います。
 私が車の購入を決意したのは97年の夏頃。お金も目処が立ってきたし,そろそろ車が恋しくなってきたのです。私の場合は運転そのものはそれほど楽しいと思わず,加えて車なしでもやっていけるような便利な場所に住んでいる関係で必要性はそれほど感じなかったのですが,車いじりをする機会がまた出てくることが,なにより楽しみに思えたのです。
 それで,自分できちんと稼げるようになったらぜひ買いたいと思っていた輸入車を考えてみました。
 大阪では2代目のシビックをただ同然で手に入れて,いろいろ手をかけて楽しんでいたわけですが,そのせいもあって,次も乗るならFF2ボックスで全長4m以内だな,と思っていました。無理なくよく走る,便利,とりまわしが楽,かわいらしい,これがFF2ボックスの気に入っているところです。
 ところが,2代目シビックに通ずるコンセプトの車って,国産車ではないんですね。現行シビックも大きくなってちょっと外れますし,それ以外のメーカーからは皆目ハッチバックの車は出てない。しかも私が欲しかったマニュアルトランスミッションの設定は,国産車では軽く見られているのでフィーリングが商用車っぽいのです。
 そこで,国産車なら100万円で済んでしまうところをあえて輸入車にしてみようと考えたのです。
 まず考えたのは,ランチア・デルタ。インテグラーレでも中古で探せば200万円以内。次にアルファロメオ145。当時出たばっかりのホットハッチで,これも新車で200万円強。
 質実剛健さよりもじゃじゃ馬に乗ってみたいと思っていた(それはかつてのシビックもそうでした)ので,ゴルフは全く圏外でした。シトロエンのZXやAXは,シトロエンのくせにハイドロニューマチックでないなんて論外だ,などと通ぶっていましたし,フィアットは私の中では何故か全く対象外でした。
 しかし,デルタは故障頻度とメンテのやりにくさ(オイルフィルターの交換にエンジンをおろす必要があるなんて,何を考えてんだか)で却下,145は周りから「アルファロメオ?似合わない」と集中砲火を浴び,撃沈。
 自動車購入計画が萎えつつある中で失意のうちにとぼとぼと歩いていたところ,ふと目に付いたのがプジョーのディーラー。
 ああそういえば,プジョー205という名車があったよなとか,そんなことを考えて,今はどうなってるんだろとそのディーラーに立ち寄ってみたのです。
 そこにあったのは,プジョー306。高級グレードは300万円近かったのですが,日本向けに作られたスタイルというグレードは,200万円を切る価格と知りました。
 4mよりもわずかに小さく,アルミ製の1800ccエンジンを載せて,ちょっと重いけどアクセルを踏み込めば鼻先がぽんと出るだろうと思いました。
 フランス車の個性はしなやかな足まわり。プジョーは猫足と呼ばれる程に,路面に吸い付くように走ることで知られていましたし,輸入車らしくシートもすばらしい。
 やや小さめの口径のステアリングをちゃんと右側につけて,海外では当たり前のマニュアルトランスミッションもこぎみよく決まるものがついています。
 なによりそのスタイリング。日本車がなくしてしまった個性と,直線と曲線が見事に融合した深いデザイン,そして深い青色にすっかり魅せられてしまいました。さすがにピニンファリーナです。
 説明を求め,免許証を置いてきてしまったので自分で運転できなかったのですが試乗をし,今なら0.9%ローンの期間だと言うことと,マイナーチェンジがあるので在庫が全国で数台しかないということを聞き,ディーラーを出たときには,なんと契約を済ませていました。
 私としては,なんとも大きな衝動買い。
 10日ほどで納車されました。会社を早退してディーラーへ向かいます。そこには,ナンバープレートの付けられた,私の306がありました。
 自動車に乗るなんて2年ぶり。もうすかっり感覚を忘れています。東京を走るのもはじめてです。
 なんか,クラッチとブレーキの感覚が・・・この渋滞はなんだ・・・ドアミラーってこんなに見にくいの・・・しまった,ギアをなかせてしまった・・・こんなことを繰り返しながら,駐車場に着きました。
 夜になって,友人に自慢をしに行くことになりました。友人も,そのスタイル,かわいらしさを評価してくれたのですが,問題はその帰り。
 世田谷近辺の狭い路地をさまよっていたら,一方通行地獄に遭遇。車1台分の細い道をぎりぎり左折したら,「ぎょ,ぎょぎょぎょ」と嫌な音が。こすっています。
 「ここでバックしたらもっとひどくなる」と瞬時に思った私は,そのままアクセルを踏みました。もう収まるだろうと思っていた「ぎょぎょぎょ」は,まだしばらくやみそうにありません。
 やっと突破したのですが,恐ろしくて止まってみる気になりません。そのまま自分の駐車場まで一目散。
 おりてからその傷を見てみましたが,唖然としました。ひどい。ひどすぎる。
 塗装は下地が見えてます。シャープなプレスラインはその凸部分が見事にへこんでいます。モールも曲がってしまって反り返っています。
 その場に座り込んでしまったことは言うまでもありません。
 ディーラーにとりあえず相談してみたら,板金塗装で10万円から,交換で20万円といわれました。
 もう涙がでそうになったのですが,直してもまたやるかも知れないという判断で,そのまま乗ることにしました。
 とりあえずコンパウンドで傷を消し,タッチペンで補修,モールは外してそりを直し,もう一度装着。あんなにひどかった傷が,遠目にはわからないほどに修復できました。我ながらよくできたと思います。
 あれから2年。今となっては懐かしい思い出ですし,その修復後の傷跡は,紛れもなく私の自動車であることを象徴する,勲章のように思えてきます。
 大きなトラブルと言えば先日のバッテリー上がりくらい。その後はもっと手の掛かる車と思っていたのに,まったく健康そのものです。
 駐車場が遠いこともあって自然と自動車とは疎遠になりがちなのですが,一度乗ってしまえば,面白いものに変わりありません。
 そんなこんなで,ここまできました。来年ははじめての車検があります。きっとどこかの部品を交換することになると思うのですが,またどんなドタバタがあるのやら,ちょっと楽しみな感じです。
 私にはちょうどいいくらいの306。おそらく廃車にならない限り,ずっと乗り続ける事になると思います。それは,私のとても大切な時間を共有した存在だから,簡単に手放す気にならないと言う,単純な理由が大きいです。
1999年12月15日 14時22分22秒

ノックさん,しっかりしいや
 昨日のニュースを賑わせた,横山ノック大阪府知事のセクハラ疑惑(疑惑?もう確定かな)。
 もう,私などもあきれてしまってものも言えません。セクハラ行為そのものに対する問題も無視できませんが,それ以上に問題なのは,言い逃れや被害者に対する誹謗中傷,しかしながら最終的に「黙秘」を決め込んだ無責任な行動は,まさに厳罰に処されるべき行為です。
 昨日の記者会見で怒鳴った事も,実は非常に大きな問題です。彼には知事としての社会的な責任感はもとより,社会人として,法を犯した人間として最低限必要な物さえ欠如しているとしか言えません。
 私自身は関西人ですので,ノックさんは好きです。あのキャラクターはお笑い界では貴重なおもしろさを秘めています。元々「漫画トリオ」で一緒だった上岡龍太郎さんがノックさんの疑惑に対して「あれは絶対やってますよ」と発言したことも,なかなかきわどいある意味で彼らのキャラクターだから出来る高度な笑いの1つです。
 ノックさんを知事にした選挙の時,私は東京にいましたから,私にはノックさんを知事にした責任はありませんが,もし大阪府民として投票したなら,やはりノックさんを知事にしたんではないかと思います。
 そんなもんね,他の知事がこんなことやったら,とっくに辞職に追い込まれてますよ。それをね,疑惑が上ってこんなに時間がたってもニュースにでてきてね,しかも辞職もないなんてね,やっぱり特殊ですよ。
 ま,今度ばかりは駄目でしょう。次の選挙まで知事をやっていられるかな,見物です。
 「芸人が治める芸人の街」,さすがに大阪だと思っていましたが,芸人はやっぱり芸人なんだと,つくづく思い知ったのでありました。
1999年12月14日 11時44分04秒

車のバッテリ完結
 愛車のバッテリーが上がってしまったことは,こないだの土曜日で完結しました。
 新しいバッテリーは古い物に比べて高さが10mmほど低く,これが原因で端子部分がバッテリーを放り込むケースの縁に当たってしまい,中途半端な接続になってしまうことと,振動ではずれてしまう可能性があるということでした。
 これを対策するために,
(1)10mm程の厚さのプラスティックの板をしく
(2)バッテリーを上で押さえる金具とバッテリーの間に10mm程のポリウレタンシートをはさむ
 を試みました。
 その前に,そのバッテリーケースに入ったヒビ(これは先週の取り付けで,端子が当たる部分をニッパーで割った時についてしまったものです)を接着剤(最近は新しい接着剤が出てますね〜)で接着,結束バンドを数珠つなぎにしてケースを縛り,さらに布テープで離れないように固定します。
 東急ハンズで買ってきた10mm厚のポリプロピレンの板をケースにしきます。その上にバッテリーを置きます。
 おお,ばっちり。高さは問題なし。ぐらぐらすることもありません。
 さらに,ケースの上からバッテリーを押さえるように取り付ける金具とバッテリーの間に,10mm厚のポリウレタンシートをはさみます。すき間はもともと5mm程度だったので,これもちょうどいい感じ。
 ちょっとの振動ではびびりません。後はしっかり端子を固定し,完成。
 試運転に出ましたが,当然問題はなし。これで完璧です。安心して大阪に帰ることができるというものです。
 ただ・・・12月18日から31日までの,特別割引の案内が,バッテリーを買った業者から送られてきました。なんと2000円引き。10000円で買えたことになります。
 なんでもっとはよいうてくれへんねん!
1999年12月13日 13時51分54秒

PC110 Win32に移行
 128MBのコンパクトフラッシュを勢いあまって購入し,Windows95をPC110に入れてみました。
 いろいろ苦労もしたのですが,さすがに先人たちのノウハウの蓄積があるだけに,最終的にはどうにかなるものです。
 困ったのはPHSを使った通信の設定。これもなんとか解決し,そのPC110でこの日記をつけています。
 スワップが高価なフラッシュメモリに取られるのでそれは気がかりですが,とりあえずそこそこの速度で動いています。
 いやー,たいした物です。
1999年12月12日 14時36分51秒

トースター
 愛用のトースターが,昨日の朝壊れました。
 5年半ほど,毎日毎日休みなく働き続けた,わずか2000円ほどの安物のトースターです。
 タイマーを仕掛け,新聞を取りに行って戻ってきてパンを取り出すと,なま暖かい。当然焦げ目も付いてないですし,トースター自身も冷たいまま。
 大阪を出るときに買った物なので,ちょっと残念でしたし,寮を出るのに後1年ほどしかないことを考えると,せめてその時までもってもらいたいところでした。
 ここであきらめては,私らしくない。
 昨日,会社から帰って,早速修理。
 原因はニクロムヒーターの断線でした。上下のヒーターが直列につながっているので,1つが切れるともう1つも動作しなくなります。
 ここであきらめそうになったのですが,ニクロムヒーターのどこが断線してるのかを調べてみると,どうもネジターミナルとの接合部がやけ切れてました。
 そこで,ニクロムヒーターを少しのばしてターミナルと接合しなおしてみました。
 抵抗値をはかったら,正常な物とそんなに変わりません。そりゃそうです,ニクロムヒーターなんて,10mm程短くなってもそんなに変化はありません。
 組み上げて,漏電をチェックして,試しにスイッチを,久々にドキドキしながら入れます。
 すると,また元のように赤熱し,正常に動いています。よかった。
 今朝は,その修理したトースターでパンを焼いて朝食を取ってきました。
 2000円ですし,もう汚く,修理する人なんて私以外にはいないだろうなと思うようなレベルのものでしたが,そんなものでも修理後の満足感は,十分味わえました。
1999年12月10日 13時31分41秒

「東芝クレーマー事件」読了
 小学館文庫から新刊で出た「東芝クレーマー事件」を読了しました。
 マスコミなどでも随分騒がれたので,今更説明の必要はないでしょうが,東芝さんという巨大会社と「暴言」をはかれた一消費者が,インターネットという新しいメディアを用いて戦ったという,そういう話です。
 ただ,両者の主張が食い違っていたり,結局双方とも思いこみと勘違いで話が進んでいるように思えて,さらにそこへマスコミや第三者が横やりを入れるので,ますます話がややこしくなっているような感じでした。
 誰かがまとめてくれないかなと思っていたら,やっぱり出ました。そこで早速買ってみたわけです。
 私も「暴言」を彼のHPできいた口ですが,暴言をはいた東芝さんにはもはや同情はありえず,いかなる弁解も許されないでしょう。それはもちろんなのですが,今回の事件の結局根本的なことは,やはり双方の嘉一外に終始します。
 そもそも,技術的な原因は「規格外」のテープにありましたし,クレームに対して取った東芝の処置は,問題のデッキを特別に改修してその規格外テープでも性能を落とさずノイズのでないようにしたのですから,ここまでは東芝さんサイドの対応に問題はないでしょう。
 しかし,東芝さんはここまでの素晴らしい対応をふいにするようなミスを犯します。その最も悔やまれるのは,改修は性能を落とすことで行ったという回答です。これは結局誤りなのですが,これが相手の態度を硬化させてしまったきっかけであり,最も残念なポイントでしょう。
 以後,執拗な会社員側の追求に不信感を募らせ,東芝さんはとうとう総会屋の担当者(とおぼしき人間)を矢面に立たせてしまいます。
 現場にいれば,たしかにそんなもんです。しかし,これがさらに話をややこしくしたことは,みなさんもご承知でしょう。
 私は現在エンジニアです。しかし,かつて,販売店で4年近く店員として働いてきました。
 そこで得た最も大きな経験は,とにかく誠意を持って,まっすぐずるいことを考えないで,そして逃げないで相手の目を見て,きちんとお話しすること。
 こちらがまず誠実になり,その誠意を相手にわかってもらう。そうすれば,どんなお客様でも必ずきちんと話を理解して下さいます。
 一番いけないのは,どちらか片方が納得しない,あるいは泣き寝入りをすること。販売店が泣けばいいという考えや,消費者が結局負けるという考えは,間違っています。
 お互いに,言うべき所はきちんという。そして互いに誠実に,双方が納得できるまでお話する。そのとき,相手を屈服させようと思うのではなく,両方がハッピーになれるにはどうすればいいかを,双方が考える。これでまとまらない話は,きっとないでしょう。
 私も,最初の頃は随分お客様の無理に泣かされましたが,コツをつかめばしめたもの。えらい剣幕で怒鳴ってきたお客様を,私のお得意さまにしたことは,一度や2度ではありません。
 店員も人間だし,お客様も人間。双方が幸せになるための方法を,互いに謙虚に模索することを,巨人東芝さんは,ちょっと忘れていたのでしょうね。
 手段としてインターネットが用いられましたが,根本的にはもう少し幼稚なものだというのが,私の結論です。私自身も教訓にしたいと思います。
1999年12月07日 13時40分04秒

クリスマス・ソング
 日曜日は,渋谷へ買い物に行ってきました。
 この正月には自動車で実家に帰るのですが,その車中できくCDを買いに,タワーレコードへ行ってみました。
 ちょうど割引セールなどもやってまして,合計11枚のCDを購入しました。
 その中の1枚,私の大好きなジャズ/フュージョングループであるFOURPLAY(ちゃんとフォープレイと読んでくださいね)の新作「SNOW BOUND」が出ていたので,手に取ってみました。
 「FOURPLAYがクリスマスアルバムを発売」というニュースは,ちょっと前から知っていました。私は「彼らほどの実力があれば,なにもクリスマスに迎合しなくともきちんとしたセールスをあげられるはずなのに,どうしてこういう商業主義に走るのか」と,心底悲しくなりましたし,ファンをやめようかとも真剣に考えました。
 彼らの音楽のすばらしさは,いずれ劣らぬ歴戦の勇士たちが,卓越した技術とスピリッツを背景にして,その名声におごらずに気の合う仲間と会話するように,とても自然に楽しく自然体にプレイし,なおかつそれがリスナーに伝わって来ることでしょう。日本人に受けるソフトなメロディラインにだまされると,そこは天才ボブ・ジェームスのしくんだ罠に見事に引っかかり,あれあれっという間に引き込まれている自分にはっとします。
 そんな彼らが,どうしてクリスマスアルバムを・・・信じたくなかったのです。
 しかし,やはり買ってしまいました。クリスマスという,アメリカ人にとってもとても意味のあるこの題材を,彼らベテランがどう考えたのかをはっきりさせるために。私なりの葛藤が,そこにはありました。
 CDプレイヤーにかけて,非常に懐疑的な気分で,きいてみます。
 ・・・ふむ,なるほど,なるほど。
 そうなんです。彼らはね,クリスマスを「素材」として利用したのです。
 クリスマスのトラディショナルな曲を演奏してアルバムを作り,それをクリスマスに発売するなんて,過去に何度も繰り返された,そんな当たり前のことをやるんですから,そこらへんの普通の企画物と同じではさすがにまずい。だけども,彼らにとっても,一度はこのメンバーでやりたかった音楽として,クリスマス・ソングがあったのではないかと思います。
 やってみたくても,中途半端な能力(総合力という意味です)では,やはり企画物として出すしかありません。そこそこのセールスとそこそこの評価を得るためには,彼らであれば全部オリジナルを持ってくる方がはるかに安全です。
 そこを,あえてクリスマス・ソングに真正面から挑戦するのですから,よほど考えてのことでしょうし,一流のジャズマンとしての「解釈」に,挑戦に値する彼らなりの自信が固まったという証拠でしょう。
 私にも覚えがありますが,ピアノが弾けるようになって人前で弾いた音楽に,やはりクリスマス・ソングがありました。皆が知っていて,それだけに当たり前のことをやっていては商業的な成功はあり得ても音楽的な成功のない世界。それがクリスマス・ソングであることを改めて思い出しました。
 いつかはやってみたかった音楽としてのクリスマス・ソング。そう考えれば,このアルバムが最高に難易度の高いアルバムであったことが想像できます。考えてみれば,ボブ・ジェームスとラリー・カールトンが普通のクリスマス・アルバムを作るはずはありませんよね。その出来が彼らの水準に合格したから,世に出るんですよね。企画物なんてとんでもない。
 それを私に考えさせるような,すばらしいアレンジ。すばらしい演奏。「サンタが街にやってくる」「蛍の光」など,日本人にもおなじみの「当たり前」のナンバーを,彼らはこう解釈し,こう演奏して,こうしてきいて欲しかったのだと,今聴きながら書いてますけど,なんだか心の震えが止まりません。
 ここにもFOURPLAYは健在。これほどまでに難しい食材を,見事に料理してくれました。親しく,信頼の置ける仲間と作るクリスマス・ソング。解釈のおもしろさ,わかりやすさ,演奏のすばらしさ,しかし肩の力を抜いた楽しい演奏。これこそFOURPLAYでしょう。
 「商業主義」などといってごめんなさい。この冬一番のプレゼント,確かに頂きました。
1999年12月06日 00時39分12秒

ネコ娘の蘇生
 本日,注文していたバッテリーが届きました。とかくと,何も問題がなかったようですが,なんと宅急便の業者が,私の荷物をなくしてしまっていたことが発覚。
 指定した時刻をすぎても荷物が届かないので電話したら「今探してます」とのこと。
 お歳暮の季節だけに,今日から応援についた人が担当したとのことで,バッテリーが手元に届いたのは,よるも8時を回ったところでした。
 暗いので作業をあきらめたのですが,明日の予定もあるし,えいやでやることに。
 ちょっと高さが足りないようで,バッテリーを押さえる金具のところに指一本分のすきまができています。高さがひくいことで,端子の高さもかわってしまい,そのせいでちょっと端子の部分の取り付けもふあんです。
 ちょっと工夫してなんとか取り付け完了。またフューエルポンプのリセットを忘れてしまったのですが,それができれば元気にエンジンがまわり始めました。
 元のバッテリーに比べて非常に軽いようなのですが,セルモーターの回り具合から察するに,非常に元気のいい,いいバッテリーのようです。
 とりあえずこれでぐるっとあたりを走ってみましたが問題なし。
 これで安心して大阪に帰省できます。ふぅ。それにしても,荷物をなくされたのは,これが初めてです。うむー。
1999年12月05日 01時07分04秒

カセットテープがマニアのものであった時代
 先日,ずっと昔に録音したカセットテープを聴くことがありました。
 そのカセットテープをしげしげと見てみると,まぁ随分マニアックなものであること・・・音にこだわるマニア心をくすぐるような言葉がならんでいます。
 Low Noise,High Position,EQ=70μs,Noise Reduction・・・言葉もそうですし,On/OffではなくIN/OUTと書かれたチェックボックスなども,なかなかマニアックです。
 考えてみると,カセットテープはその昔,価格と性能の差がはっきりしていました。高域がのびるテープ,MOL(早い話が最大録音レベル)の違い,ヒスノイズの大きさなど,適材適所で分ける物でした。
 メタルテープの登場は,価格を除くすべての問題を解決したといわれていますが,使用できるデッキも限られていたりしたので,それまでのテープを駆逐することはありませんでした。
 マニアは,その辺のトレードオフを心得ていて,使い分けることも楽しみの1つと考えていたように思います。
 今やデジタルオーディオの時代。カセットテープに打って変わったミニディスクには,価格の差もそれほどなければ,音質の違いに至ってはまったく違いがわかりません。
 もちろん,メディアの物理的特性や性能差はあるでしょうし,そこがメーカーさんの自慢とするところでしょうけど,ディジタルオーディオの時代になって,その性能差が音質に与える影響がごくわずかになってしまって,ある一定の性能を確保していれば,差がゼロにもなってしまう世界がやってきました。
 最近,なんだかオーディオがつまらんなぁ,と思っていたら,そういうことがはっきり目に見えてきたのですけど,昔,特に中学・高校のころ,本当に楽しかったよなぁと,年寄りモードに入っている私でした。
1999年12月03日 13時11分11秒

Beautiful Name GODEIGO!
 最近テレビにも露出することの多かった,再結成ゴダイゴですが,昨日,五反田のゆうぽうとでのコンサート,行ってまいりました。
 ライブ好きの友人が,親切にも誘ってくれまして,この機会に恵まれたのです。
 ゴダイゴと言えば,まさに頂点を極めていたとき,私は小学生でした。大きくなってから彼らの音楽に触れるたびに,「ああ,せっかくリアルタイムに聴くチャンスがあったのに,生を聴くことが出来なかったなんて,残念すぎる!」と思ってここまできたのですが,こんな時期に,こんなことで,その夢が叶うとは,まぁ,長生きはするもんです。
 オリジナルのメンバーが集まり,どちらかというと同窓会のようなノリで,あったかいコンサートでした。
 牧師になった人もいれば,NHKで感じのいい司会者をやった人や,学校を始めた人,変な薬でいっちゃった人と,今日までに様々な事があって,ここに一堂に会しています。
 私個人の感想ではありますが,音が悪く,一発目の音も耳障りな音になっていました。カケカワユキヒデのボーカルがただのがなり声になってしまって,他の楽器にかみつかれていましたし,他の楽器も,特にキーボードはうるさく感じるほどでした。
 後半徐々にPAの具合も良くなってきて,彼らの演奏のすばらしさを心から堪能できましたが,やはりあれですね,彼らは一人一人,スーパープレイヤーであり,ベースになっている物もファンク,ジャズ,ブルースと,幅広い物があるわけです。
 その彼らが5人集まり,70年代後半から80年代前半の日本の歌謡曲を演奏するわけですから,これはもう,懐の深さを感じずに入られません。聴く方も安心して,落ち着いていることができます。これは,彼ら独特の「空気」なんでしょう。
 懐かしい曲から,新しい曲,さらにはここのメンバーが作曲したり作詞したりした曲をたっぷり聴かせてもらいました。皆,これで食べてゆかねばならないという切迫感がないこともあってでしょうが,ゆとりが伝わってきましたね。熟練というのかもしれないですね。
 銀河鉄道999では,皆総立ち。私の心の神様であるミッキー吉野さんは,この時のためだけに持ってきたのではないかと思われるハモンドB-3とレスリーを駆使して,あのオルガンソロを熱演。深めにかぶったトレードマークの帽子も健在でした。
 ギターの浅野さんが一番はしゃいでました。楽しいのでしょうね,やっぱり。あえて当時の音を炸裂させていました。
 みんなそれぞれ,年を取ってしまっていますが,それは紛れもなくゴダイゴ。卓越した演奏,メンバーとお客さんを大事にする姿勢,そして音楽に向けた姿勢が,夢の叶った私をさらに幸せにしてくれました。
1999年11月30日 13時10分50秒

バッテリー上がり
 さて私のプジョー306,バッテリー上がりののち満充電したと思いきや,土曜日にエンジンをかけに行ってみると,セルモーターが回らず,またもバッテリーが上がっていました。
 やっぱり,バッテリー自身の寿命が近づきつつあるところに,上げてしまった事が重なって,復活しなかったんでしょう。
 2年半ほどになりますから,まぁ駄目になる頃だと思えばいいし,それに,これで大阪に帰るのはあまりに不安が大きいので,思い切って交換することにしました。
 こないだ,バッテリーのことをいろいろ調べているうちにインターネット通販(というと随分胡散臭くなるから不思議)で,なかなかいいところを見つけたので,ここにオーダーをしました。
 価格が安い(普通この手の輸入車用バッテリーは3万円くらいするのに,破格の12000円とは,ある意味ではとっても怪しい)こともそうですけど,それ以上に気に入ったのは,バッテリ−自身の質がとても良さそうだという所です。
 今のFULMENという会社のバッテリーは,どうも耐久性がいまいちという評判で,この次に買うバッテリーが3万円もして,もし同じものだったりすると,どうも納得できません。素直にディーラーにいけない理由がここにあります。
 で,この業者のバッテリーは,日本のユアサ製で,スペックを見てもなかなか立派なものを持ってます。
 なにより,耐久性が欲しい私としては,このバッテリーが少々高くても,きっと選んでしまったことと思います。対応も早いし,随所に誠意が見えますし。
 土曜日に届けてもらうことにしてます。交換後の復活ぶりが今からとても楽しみです。
1999年11月29日 13時35分50秒

WRCのはなし
 今年のWRCは,トミ・マキネンが優勝,コンストラクターズチャンピオンは,トヨタがとりました。
 私は,ランチア・デルタ黄金時代からのWRCのファンなので,そんなに古いファンではありません。まして,グループB時代のランチア037ラリーやプジョー205turbo,ルノーサンクturbo,アウディクアトロなども,リアルタイムには知りません。
 で,怒濤のランチア・デルタが連戦連勝したグループA時代が終わり,トヨタの時代がやってきました。セリカで築いた1つの時代も,彼らの違反行為で出場停止,結局スバルと三菱が争うようになります。
 考えてみると,この間はヨーロッパ勢が非常におとなしくしていた時代で,資金面などでワークス活動が厳しかったというのもあったのでしょう。
 鬼の居ぬ間に洗濯,というのでしょうか。
 WRカーによる戦いの時代が始まり,フォードのフォーカス,プジョーの206などが注目され,今年も激戦になることが予測されていました。
 トヨタのワークス撤退も発表されて,ちょっとどうなるのかなと思っていたところ,今年は三菱が優勝。
 10月に行われたサンレモラリーの様子では,ターマックでのプジョー206と,シトロエン・クサラのキットカーの速さが目立っていました。
 トヨタが,まさにこれからというところで撤退,フォードやプジョー,セアトなどの活躍によって,来年のWRCはどうなるのでしょうかね。楽しみです。
1999年11月25日 11時56分29秒

餓死したネコ娘
 おととい,バッテリーが上がり気味だった愛車のエンジンをかけようと,キーをひねりましたところ,「かちっかちっ」という,聞き覚えのある音が鳴り,セルモーターが回る気配がありませんでした。
 ああ,とうとうバッテリーが上がってしまいました。もう,こうなると無駄なあがきはしても仕方がありません。実家にいるときにも,ある寒い日の夜にCIVICのバッテリーが上がってしまい,同じように始動できなくなったことがあったので,駄目な物は駄目と心得てます。
 実は,そのときに購入したバッテリー充電器を,こんなこともあろうかとこちらに持ってきているのを忘れていたのですが,早速その上がったバッテリーを外し,部屋まで持ち帰りました。
 1800ccの小さな車なので,いくら欧州車が大きなバッテリーを積んでいるといっても,せいぜい2000ccクラスの物だろうということで,40Ahくらいのものだと推測しました。日本のバッテリーとは違い,型名から容量がわかりません。
 大体10時間ほどで充電できるはずなので,寝る前に仕掛けました。
 朝起きてみると,まだ充電が終わっていません。おかしいなといろいろ調べてみましたところ,どうもこのバッテリーは,60Ah以上の巨大な物であることがわかり,そこから割り出した充電時間はなんと15時間以上になるというのです。
 なるほど,15時間ほど経過すると,水素ガスの発生も非常に活発になり,充電レベルメーターも満充電になったことを示すようになりました。
 充電器を外し,電圧を測ると,無負荷で13.14V。これなら比重もきっと1.28程度はあるでしょう。なんとか使えるだろうという感じです。
 早速車に取り付けました。
 クランキング開始。きゅきゅきゅ,とやや元気のない音をたててセルモーターが回りました。が,初爆が一回おこって,エンジンは沈黙してしまいます。
 もう一度セルモーターを回しますが,今度は初爆も起きずに,エンジンは始動しません。
 セルモーターの回転も弱ってきた感じがあるので,頭を冷やして考えてみることにしました。
 思い当たる節が思い出せず,他がおかしくなったのかもとか,ECUのリセットが必要なのかもしれないけど,サービスマニュアルにはそんな記述はなかったしなぁ,などと,いろいろ考えてみました。
 で,改めてエンジンルームを見直すと,フューエルカット解除ボタンが目に付きました。
 事故の場合など,2次災害を防ぐ目的で用意されたフューエルカットですが,まさかと思い,この解除ボタンを押すと,かちっという音と,確かな手応えがあります。
 もしやこれでは,と,キーをひねると,渋りながらもエンジンは始動しました。
 何度か繰り返すと,機嫌良くかかるようになったのですが,まさかバッテリーを外しただけでフューエルカットが行われるとは・・・説明書にもサービスマニュアルにも,そんな記述はなかったのになぁ。
 それにしても,とりあえず甦ったとはいえ,2年以上経過したバッテリーを,しかも1度上げてしまったのだから,もう高い性能を維持できないバッテリーになってしまっていますし,調べてみると,どうも私のバッテリーのメーカーは,寿命が短いことで有名なメーカーであるらしく,交換を考えないと,またどこでエンジンがかからなくなるか,不安で仕方がありません。
 でも,3万円近くするバッテリーだけに,ちょっと勇気がいるところです。
 とりあえず,この冬は実家に自動車で戻ろうと考えています。実家で車いじりに興じるのも悪くないでしょうし。
1999年11月24日 13時37分35秒

PC110が24MBになったよ
 PC110の内蔵メモリが24MBにできました。
 秋葉原のT-ZONEが,8MBメモリを処分に踏み切り,それまで15000円近くしていた値段を2480円に下げたという情報が,昨日手に入ったのです。
 最初はふーんと思った程度だったのですが,冷静に考えると,この8MBメモリを2つ買ってきて組み合わせれば16MBメモリを作れるはずだと気が付きました。
 昨日はもともと,16MBメモリを自作するために若松通商に64MbitのD-RAMを買いにいくつもりをしていましたから,カゼでしんどかったのですけども,とにかく行ってみようということになりました。
 T-ZONEにいってみると,いつもあった場所にメモリの姿はありません。あたりも探しましたが,見つかりませんでした。売り切れたのだろうとあきらめて,若松通商に向かいます。
 ところが,売り切れているという話。もう,疲れがどっとでてしまいました。
 とぼとぼと帰宅してみたのですが,どうも納得がいきません。収穫なしというのは,あまりにも不名誉です。
 それで,今日になってT-ZONEに電話してみると,なんと在庫があるというではありませんか。取り置きは出来ないというので,朝から出かけました。
 11時にT-ZONE到着。店員さんに聞いてみると,「まだありますよ」という返事。2つ下さいと話をすると,いつもの場所ではなく,隣のガラスショーケースから,2つ出してくれました。
 とほほ,場所を移したのか・・・気づかなかった私も馬鹿なもんです。本当なら昨日のうちに手に入っていたのにね。
 まぁ,いいです。手に入ったのだから。
 ラッキーなことに,この8MBメモリ,基板に空きパターンが用意してあります。ここにチップを半田付けすれば,16MBになるのでしょう。
 もう1枚の基板からチップを外し,半田付けするのに30分ほど。完成した基板を本体に取り付ければ,うまい具合にオンボードの8MBと合計で24MBを認識しています。
 メモリチェックも通り,これでようやく24MB,達成です。
 PC110の場合,これ以上は使い勝手を損ねるような特殊なことをせねばならないので,これが事実上の上限です。
 ふぅ,やっとできました。Win3.1もスワップなしで動くと思うし,Win95ものってくるでしょう。とりあえず,これでPC110の拡張は一区切り。楽しかったですよ。ありがとう,T-ZONE。
1999年11月21日 16時05分32秒

AhSKI!
 今月の月刊ASCIIの付録には,復刻AhSKI!が付いてきました。
 私はASCIIよりは,ソフトバンクの機種別シリーズやI/Oに馴染んだ人なので,はっきりいって立ち読みもしたことはこれまでに数回という程度です。
 しかし,私が親しんだ雑誌が軒並み駄目になっていく中で,ASCIIはどうも一番元気なコンピュータ雑誌のような感じがします。
 で,立ち読みを珍しくしてみたら,この復刻版AhSKI!が目に付いたのです。
 パロディなんですけども,PC-9801VXが目に付いたり,国産パソコンのCMキャラクターの解説とか,南青山アドベンチャーの全リストとか,ちょっとそのころを知る人にはほろほろと来てしまう物がでてました。
 しかし,南青山アドベンチャー,MZ-80やPC-6001でも動くというのが懐かしいけど,今の人は何のことかわからんぞ・・・しかも,ダンプリストなんか,どうやって使うのか,絶対にわからんはず。
99年11月19日 13時39分45秒

メリーに首ったけ?
 えとですね,「メリーに首ったけ」のビデオ,やっと借りてきて見たんですよ。
 結論から先に書くと,これは非常につまらん。つまらないだけならまだしも,気分が悪くなりました。
 ナンセンスコメディなんですけどね,同じナンセンスでもオースティンパワーズの方が,はるかに見てて面白いです。
 あれこれ文句を書くのはこの日誌の主旨にあわないので書きませんけども,長い映画だった割には,見た後でどっと疲れが出てきた映画でした。これなら,まだ宇宙人を「くせーんだよ」とかいいながら,素手で殴ってる方がよっぽどましです。
 アメリカの映画にも,多種多様なものがあるわけですけども,ここは1つ,ピカチュウに大和魂を見せつけて来てもらいたいところです。
 ところで,そのせいではないですが,カゼで体調が最悪です。しんどいので,面白い映画も面白くなくなったのかも知れませんが・・・
99年11月18日 11時16分13秒

いつもの朝とは違う
 ・・・今朝は,目覚めはよい方でした。
 カーテン越しに,いつもよりもやや斜めから射し込む朝日が,急にやってきた冬の訪れを静かに告げて,そしてそれはとてもまぶしく感じました。
 「もう後5分・・・」布団の中でとても幸せな気分の私は,少しのんびりし過ぎたことを反省し,恋しい布団からやっとの思いで抜け出ました。
 エングリッシュマフィンを軽く焼いて,チーズとハムをはさみ,コーヒーの香ばしい香りと共に新聞を読みます。
 食事の後,歯を磨き,顔を洗って髪を整え,ひげを剃りました。後は服を着替えて,さぁ出発です。
 「さて,今何分頃かな」ちらっと横目で,時計を見ました。
 ・・・・あれ,1時間早い。
 私はその場に倒れ込みました。
99年11月17日 11時29分16秒

ロケット
 今朝の朝刊1面を飾った,H2ロケットの打ち上げ失敗。落下の危険を考えて,いうなれば「自爆」を指令して,爆破したしたとのこと。
 なかなか壮絶です。科学技術庁のお役人さんにしてみれば,頭の痛い問題でしょうし,気象庁や運輸省という,打ち上げる予定だった衛星の関係省庁にしても,憤慨してることと思います。
 多くの人々が,この報道で「宇宙開発なんか,金ばっかりかかって失敗続きで,もうやめてしまえ」という意見を持つことでしょうし,事実,無理に国産化することも,衛星打ち上げ事業に参入することもないように思えます。海外の安い打ち上げを,我々が利用して何が問題なのか,というところです。
 宇宙開発については,96年頃に,国策中心の考えから,あくまで市場原理に基づいた民間主導の考え方に方向転換をしましたが,それが裏目に出た結果でしょう。これは,先日の東海村の被ばく事故にも似ているのかも知れませんね。
 エンジニアとしての私が思うのは,誰も最初からうまくいく人はおらず,技術開発,ノウハウの蓄積というのは,多くの貴重な失敗から積み重ねられる物だということです。それは,単に成功者から技術導入をしただけでは得ることのない,宝物です。
 あえて険しい道を選んだのですから,目標に向かってくじけず,最後までやり通して欲しいと思いますし,国も企業も,そういうスピリットを尊重し,彼らを出来る限り支援してくれることを望みたいです。頑張って下さい。
99年11月16日 11時27分58秒

栄養失調のネコ娘
 実はここのところ週末が忙しく,自動車に乗って買い物をすることすらままならない状態でした。これまでは夏休みは大阪の実家まで車で帰っていたし,あちこち結構車で出かけたものですが,最近は出歩くことも少なくなったし,電車の便利さに気づいてから,もっぱら電車です。
 帰省も,周りの人間が総出で反対するので,新幹線にしましたし・・・
 昨日,久々に車に乗ってみました。かれこれ一月ぶりかな。
 心配だったのはバッテリー。この夏を過ごして,たたでさえ弱っているだろうに,そこへ一月もほったらかしってのは,上がってない方が不思議なくらいです。
 ルームランプが随分暗くなっていたので,かなりどきどきしながら,キーをひねりますと,「よっこらしょ」と言う感じでスターターが回り,しかしあっという間にエンジンは目覚めてくれました。エンジンがかかれば,あとは快調そのもの。久々にセカンドギアで4000回転あたりまで回して加速を堪能できました。
 アイドリングの息づきもなければ,ふけ上がりも以前と同様。しかし,バッテリーが上がり気味であることは,非常に気になっていました。
 まぁ,オイルが下がってしまって,起動トルクが重くなったのかもと思ったので,一回りしてからもう一度始動してみると,やはり同じように,随分スタータの回転が渋い。エンジンは一発でかかるのですが。
 ということで,帰りはずっとセカンドギアで走り,3000回転を維持して少しでも充電されるようにしてきましたが,帰ってからもう一度スターターを回しても,あまり変わりませんでした。
 うーん・・・
 ヨーロッパのバッテリーって,国産車の物とは規格が違うので,交換すると非常に高価で,3万円以上は見ておかねばなりませんし,そもそも,バッテリーの製で始動できなくなった車をどうやって運ぶとか,バッテリーをどこで調達するんだとか,問題は国産車ほど気楽ではありません。
 バッテリーを上げてしまわないように,正月に帰省するときには,車で帰ろうとかと思っている今日この頃です。足に使うには,便利すぎるところに住んでいるよなぁ・・・
 
99年11月15日 12時52分14秒

PC110とPHSがやっと動いた
 PIAFSのPCカードを手に入れたのはいいんですが,PC110でなかなか動かなかったんですよ。
 まず,カードを認識しない。これは,私がBIOSでPCカードを認識させようとしたからであって,DOSのドライバから認識させると,大丈夫でした。
 次に,これをWindows3.1で使えるようにしないといけないのですが,私が使っていたTrumpetWinsock2.xでは,どうもCHAP認証プロトコルが使えないらしいのです。これで私は随分はまりました。パルディオネットサーフィンというサービスでは,ユーザー認証にPAPをサポートしないんですね。
 そこで,PPPダイヤラとTCP/IPスタックを,インターネットエクスプローラー3.02に付属の物にしてみました。
 すると,まぁ,大丈夫です。ブラウザも インターネットエクスプローラーを使うことにしましたが,とりあえず問題ないです。わりと快適に使えてます。
 これで,やっとPC110を外に連れ出せるようになりました。やれやれ。
99年11月12日 17時46分27秒

ポンキッキのテープ発掘
 ちょっと前の話になるのですが,実家に帰ったおり,いろいろ片づけをしていたことを書きました。
 そこで偶然見つけたのが,ポンキッキのカセットテープ。私が保育園か幼稚園かに通っていた,ちょうどそんなころのものです。意外に貴重かも。
 懐かしさもあって,こちらに戻ってきてからカセットデッキで再生してきいてみました。
 熱い,熱すぎます。
 オープニングナンバー「ホネホネロック」。なんじゃそりゃと思うようなタイトルと歌詞ですが,アフロの子門真人氏の勢いだけのシャウトが,心に響きます。
 次の「パタパタママ」。これもすばらしいです。なにせ,音が分厚く,お金がかかっていることを肌で感じさせます。
 「ぼくぼくとびたいの」は,ボサノバを意識した曲なのですが,非常に完成度が高い。お金がかかっていることはもちろんですが,アレンジもすばらしく,一気にきかせる力があります。
 「へんしんロック」は,またも 子門真人氏のボーカル。アニメ/特撮のオープニングテーマで活躍する少し前のものでしょうから氏も若く,みなぎるパワーと少々荒削りなところが,また感動を呼びます。「マジンガーより偉くなる」という意味不明な歌詞と,その後続く「どーーー」という強烈なシャウトは,当時の子供たちに夢と希望を与えたことでしょう。
 全体を通してきくと,本当に幅広いジャンルの音楽で構成され,歌詞のわかりやすさと裏腹に,楽曲は相当高度で,高品質の音楽であったことがわかります。
 私は現代ポップスがビートルズの影響を受けて進歩していることから,とりあえずビートルズをききこむことで,現代ポップスを客観的に見ることが出来ると思っていましたが,ビートルズに加えてこの「ポンキッキ」も加えねばならないと,意識を新たにしました。
 それにしても,私が子供の頃,こういう音楽で育ったんですね。今の子供たち,安物のシンセサイザだけで作られたつまらない音楽で育ってしまって,本当に大丈夫なんでしょうか?
99年11月10日 11時04分59秒

ペット?
 パソコンは,手をかける必要があります。手をかければ,その分安定して動作し,ユーザーに力を与えてくれます。
 私のマシンは基本的にはMacintosh1台です。しかし,先日入手したPC110に結構時間がかかり,これが一段落したらiBookのメンテ,終わったと思ったらMacOS9。非常にあわただしい毎日でした。
 先日はっとしたのですが,これって「ペット」と同じ・・・
 1匹かうのも大変ですが,2匹になるともう死ぬほど大変。手は掛かるけど,かけた手間に比例して,愛着がわいてくる。
 うーん,やばいのかなぁ。
99年11月09日 15時02分06秒

マイクロソフト帝国の落日
 えーとですね,あえていろいろな意見がある,この件に触れるからには,それなりの覚悟をせねばなりません。
 そう,先日出た,マイクロソフト社が独占禁止法に触れるという裁判所の判断です。
 インターネットエクスプローラーというWEBブラウザをOS(つまりWindows95)とセットにして販売し,他社(要するにネットスケープ社)との競争を不当に進めたというのが,およそのところの話でしょう。独占禁止法違反の根拠として,圧倒的なシェア,他にかわるOSの存在がない,新規参入が極めて難しいの3つがあがっています。
 有能な戦略家であるビル・ゲイツ氏が様々な工作をしなかったわけはありませんから,この裁判所の判断はなかなか悔しい物があったんではないかと思います。真っ向対決をするようですし,和解もないというのが大方の見方のようです。
 大統領が替わればちゃらになるとか,Windowsのソースを公開するか無償で提供するかになるなとか,先々のいろいろな憶測はとりあえずおいておいて,私なりの考えをまとめみました。最初に断っておきますが,私はWindowsが嫌いで,Macintoshをこよなく愛する人間です。ExcelもWordも,仕事で使う以外には絶対に使いません。
 まず,本当に不当な独占にあたるのかどうか。
 独占禁止法の主旨の1つは,資本主義経済の根幹である競争によってよりよいものを消費者が手にできるという仕組みを,健全に保つというものがありますよね。
 Windows95がここまでなぜ普及したか。むろん戦略もあったでしょうけど,やはり良い物であったということを認めざるを得ません。もちろん,技術的にはそうでない部分もたくさんあります。しかし,過去の製品であるWindows3.1と比較すれば良くなっている事はあきらかですし,事実Windows3.1にOSの本命という認識は,当時の誰にもなかったと思います。それは,悪い物には結局天下が取れないという見本です。(いい物だからと言って必ずしも天下を取れないということにも注意が必要です。)
 本当に使えない物ならOS/2やMacOS,ひょっとすればSolarisが天下を取っていたはずです。そして,これはWindowsNTを脅かす存在として急速に広がるLinuxにも,そのまま当てはまります。WindowsNTに対して,Linuxの優れている点が,まさに天下を取ろうとする原動力になっているのです。
 まがりなりにもWindowsが普及し,そしてビジネスシーンを,コンピュータ業界を変革し,メールとWEBだけが目的のライトユーザーを育てたのは,やはりWindows95の功績でしょう。これは残念ながら否定できません。「コンピューティングパワーを民衆に」というスローガンは,80年代を生きてきた私にも,やはり理想です。
 インターネットエクスプローラーについては,2つの考え方があります。
 1つはWindows95のように,それはやっぱりいい物であったという考え。しかし,これはいささか懐疑的です。セキュリティホールも(あってはならないものなのに)多いし,重く,バグもたくさんあります。しかし,先進的と思われる機能の取り込みに熱心であったし,それが多くのユーザーを引きつけていることもまた事実です。重いこと,バグやセキュリティホールがたくさんあるのは,その裏返しだと見る人もいるでしょう。詭弁ですが。
 それまでネットスケープナビゲーターが天下を取っていたのに,いつのまにか奪われていたという事実は,単に抱き合わせ販売,使用するWEBブラウザとしてデフォルト設定になっていたという事だけでは説明が付きません。これも客観的に見て,Windows95のケースと同じく,否定のしようがないでしょう。
 マイクロソフト社はインターネット戦略に大幅な後れをとっていたことを思い出して下さい。なのに,ここまで急激に追いつき,追い越したのは何故でしょうか?劣性を跳ね返して取った天下。これは前進することをやめないアグレッシブな企業姿勢のあらわれです。役所のほうが,よほど甘いと思いませんか?勝者になっても決して手を抜かない,そのやり方は常に勝負にまじめに挑む潔い姿勢であると共に,弱い物いじめをするベンチャーつぶしの会社というレッテルを貼られるのに,十分な理由となります。
 もう1つの視点とは,WEBブラウザをOSの一部,OSの1つの機能として組み込むという野心的な挑戦です。
 その昔,対話型のインターフェースを持たない原始的なパソコンは,ビル・ゲイツ氏の作ったBASIC言語でようやく人間(個人とか民衆とか,大衆でもいいですね)との対話を始めました。
 それはMS-DOSのコマンドライン,WindowsのGUIシェルへと変わっていきました。
 ユーザーとの接点を設計してきたビル・ゲイツ氏の考えの行き着く先は,ユーザーインターフェースをWEBブラウザそのものに変えてしまおうということだったのでしょう。極めて合理的です。
 アクティブデスクトップは,非常に評判が悪いですし,私自身も使ってませんが,考え方そのものは至極「あたりまえ」ですし,どうして他の人が気づかなかったのかなと思ってしまいますね。まさにコロンブスの卵です。
 だから,将来パソコンという「手段」を示すカテゴリーは縮小し,メールやWEBブラウズという「目的」をこなすシステムこそが広く普及すると思う私は,彼の着想がその1つの過程であると思えてきます。ユーザーの目に触れる物はWEBブラウザだけでよく,それ以上の物はかえってユーザーを混乱させます。ネットワークの先にあるのか,自分のマシンの中にあるのかの違いだけで操作が変わったり見え方が変わることは,不自然です。UNIXでは昔から当たり前のような理念です。それがWEBベースなのか,そうでないのかの違いです。
 Windowsの押し進める内部の隠蔽化(Systemディレクトリの個々のファイルがすべてなにをしてるかわかる人はそんなにいないでしょ?)は,ビル・ゲイツ氏の考えるところの,ユーザーに対する思いやりなんでしょう。それは,メンテナンスが事実上必要な今のWindowsには逆効果でしょうが,かつての自動車のように,信頼性が上がれば内部機構を知る必要も,自分で点検をすることも必要ないのと同じことです。自動車がそうであったように,「これはある方向」での理想でもあります。
 ただ,火のないところに煙は立たぬといいます。ビル・ゲイツ氏は戦略家であると同時に,多くの人を敵に回す策士でもあります。野心家が嫌われるのは古今東西変わりませんが,特定の相手に憎まれるような度が過ぎた行動をとると,自らの寿命を縮めてしまいます。そこが実業家としては若すぎる,あるいは経営者としては幼い,彼の欠点なのではないでしょうか。手加減を知らない執拗な攻撃は幼児性の現れですし,野心ではなく理想を掲げる彼は,青年にありがちな純粋さも持ち合わせています。
 そうそう,もう1つ,大切な視点を忘れていました。
 マイクロソフト社は,世界最大のソフトウェアメーカーであり,OSにおいては最大シェアを持つ巨大メーカーです。巨大メーカーであると同時に,自己資本率が極めて高く(これは元々ビル・ゲイツ氏が借金をとても嫌っているそうだからですが),財務体質も非常に健全なのです。
 マイクロソフト社は自社製品に,他には真似の出来ない巨額のリソース投入を続けているのですが,世界的に見て,マイクロソフト社以外に,これほどまでにソフトウェア開発に資源を投入できる会社は,ありません。
 もしOSによる収入がなくなったりすると,たちまち財務基盤が揺らぎ,当然開発費も減るでしょう。もしマイクロソフト社が分割されれば体質の弱体化もあり,今までのような人・物・金という豊富なリソースを駆使できなくなってしまうでしょう。
 マイクロソフト社がこれまでにどれほどソフトウェア工学を進化させてきたかについては,様々な意見が(反対論がほとんどでしょうが)あると思います。
 しかし,世界中の英知を集め,小国の国家予算に匹敵する開発費を投じ,結果をワールドワイドに販売できるメーカーがあるお陰で,今日まで「ソフトウェア」にこれほどまでの資源が投入されてきたこともまた事実です。
 マイクロソフト社がなくなってしまったら,他にどこが,これほどまでの積極的な開発を行うことができるでしょうか?
 極論すれば,世界的な財産でもあるのです。企業の社会的使命とは,そういう「大きな」ものをさします。マイクロソフト社は,実行方法や技術的な物に疑問があるにせよ,その使命をきちんと理解し,強く押し進めてきました。他の企業も,企業倫理という観点ではマイクロソフト社に学ばねばならないでしょうし,同時にこれほど強い信念で動く会社も,そうそうないでしょう。
 繰り返しますが,私はMacの人です。Windowsに馴染めず,思想的にもあわないから使ってません。信頼性も低く,ExcelやWordも含めて,使う気にはなりません。
 ビル・ゲイツ氏も,個人的には好きではありません。やり方には問題が多すぎますし,さらにいうとマイクロソフト社には,彼の下にもっと気に入らない幹部がいっぱいいます。
 しかし,それとこれとは別。マイクロソフト社がこれまでにしてきた功績と,これからしようとしていること,それをするのに持っているリソースを考えた場合,もう少し彼らに活躍の場を与えるのが得策ではないかと,そういう話です。幸いにしてリーダーであるビル・ゲイツ氏は,単なる金儲け主義の野心家ではなく,自らが大好きなパソコンとデジタル家電をよりよくしようという気持ちで会社を経営している人です。電子書籍に熱心だったり,百科事典のプロジェクトを進めたりと,文化的なことにもなにか思うところがあるようです。
 私がマイクロソフト社に肩を持つような考えを持っていることは否定しませんが,1つに先ほど述べたマイクロソフト社の社会的使命と,もう1つは,そこらのポマード臭いじいさんたちの私利私欲の追求によって生まれた独占ではなく,理想を追いかけた結果として独占に至ったという違いをそこに見ているからでしょう。ビル・ゲイツ氏にしてみれば,その違いを見てもらえずにポマード臭いじいさんと同じ扱いを受けてることがたまらなく嫌なんじゃないかと思いますし,実際そこは気の毒に思います。
 AT&Tは電気通信技術を,IBMをコンピュータを,GEやWEは真空管を,大幅に進歩させてきました。小さな規模のベンチャーにしか出来ないことがあるとの同じくらいの重要な意味おいて,豊富な資源投入が出来るリーディングカンパニーでなければ,出来ないことも,あります。
 うーん,長文だし,言いたい放題だから,なんか攻撃されそう・・・
99年11月08日 13時22分55秒

昨日の戦利品
 実は個人売買を使って,2つの物を手に入れました。
 1つはポケコンPC-1248。送料込みで2000円。私の持っているPC-1245の後継機種なのですが,CPUが8bitから4bitに変更されていますので,私の好きなマシン語の互換性はありません。また,POKE命令やPEEK命令,CALL命令という隠しコマンドが使用できなくなっているので,直接VRAMをたたくという技も使えませんが,BASICインタプリタはPC-1245のそれをほぼ完全に移植してあるので,普段の使い方なら問題はありません。関数電卓も持ってますが,PC-1245を中学生の頃から使ってる私としては,職場用と自宅用にそれぞれ欲しいと思っていまして,ようやくそれがかないました。
 もう1つですが,PIAFSのPCカードです。これも送料込みで2000円ほどだったと思いますが,うまくすればこれでPC-110がPHSで使えるようになります。まだ試みてませんが,なにせPCカード関係は素人同然の私。いろいろはまることだろうと思います。
 それにしても,Win3.1とTrunpet Winsockで構築したネットワーク環境,いまいちきれいに動いてません。オーバーランがしょっちゅう起きてるようで,非常の遅いです。パケットサイズも小さくしてるので,これで大丈夫なはずなんですが・・・奥が深い。
99年11月05日 10時57分36秒

やけど注意報
 昨日,MacOS9をハードディスクの初期化からはじめてインストールしていました。
 なんのことはない,非常に安定して動くようになりまして,「ふふふ,さすが俺」とつぶやきながら,午後のコーヒーをすすっていたんですね。
 一口すすったところで,急に手元が軽くなったような気がしました。口元から愛用のIBMマグカップ(黒いマグカップで目とハチとMとかかれていて,これでどうもIBMといってるらしい,純正ノベルティ)が,速度を増して落下しているではありませんか。
 下腹部に一瞬痛みが走り,私は何が起こったのかを悟りました。
 着ていたTシャツとズボン,下着に80度はあったと思われる熱湯がかかっています。もちろん畳にも広がっていますが,とにかく太股の上に転がっているカップをはねとばし,皮膚に張り付いている高温のシャツを冷やすことをやりました。
 いすから立ち上がって,呆然としました。一体何から手をつければよいのか。
 痛みにはっとして,まず濡れタオルで冷やします。でも痛い。痛みをこらえて,畳をふきます。ACアダプタやらケーブルやら本やらファイルやら,コーヒーまみれです。なんか泣きたくなりました。
 でですね,誤解のないようにいっておかねばならないのですが,このマグカップ,一度取っ手が取れてしまったんですね。それで,エポキシ接着剤という接着剤で貼り付けたんです。結構強力についたので,気をよくしてつなぎ目の部分に黒のエナメル系塗料を塗って仕上げたのがますますまずかった。
 これで,ここが取れるかも知れないというリスクを考えないようになってしまったのですね。
 かくして,私のおへその周りは,やけどのためひりひりしています。痛いです。ううう。
99年11月04日 11時00分48秒

MacOS9のために
 今日はMacOS9完全攻略のために,ハードディスクドライバを入れ替えることにしています。
 これまで私は定番Silverliningを使ってましたが,これもどうも新しいOSとは怪しいようで,半年に一度OSが新しくなる現状では,どうも純正のドライバのほうがいいんではという結論になり,永年親しんだドライバを捨てることにしました。
 なにせ9GBもあるHDD,バックアップがとれません。CDを4枚ほどやき,あとはあまっている2GBのHDDにうつしたりしています。
 現在作業中。今日のうちには決着をつけたいところです。
99年11月03日 12時01分32秒

ここのところの天気
 昨日の東京は,午前中雨,午後から曇りで,気温は25度程度まで上がるという,わかのわからん天気でした。
 毎年毎年,なんだか気候が変になっていってるような気がします。
 もう11月。そういえばお年玉付き年賀はがきが発売になりました。そんな時期に,シャツ1枚で会社にいけて,しかも汗をかいて帰ってくるなんて,一体どないなっとんじゃい。
99年11月02日 19時39分08秒

MacOS9導入
 モーターショーへの通過点である秋葉原に,ちょこっと寄り道して,MacOS9を手に入れました。昨日は自宅のマシンに導入しましたが,これがもう,ぼろぼろ。
 起動中に「システムエラー」が出たりします。システムエラーなんて,しばらく見てなかったんですけど・・・
 どっちにしても,メジャーバージョンアップの初物に飛びつくのは危険なのですが,それがわかっていてもあえてチャレンジしてしまうのは,やっぱ悲しい性ですですね。
 アップデートではなく,新規インストールをやって安定させてみようと思います。それにしても,自分のマシン,ハードもOSも,随分手が入っていると言うことを思い知らされました。ははは。
99年11月01日 14時53分35秒

東京モーターショー
 昨日,友人に誘われて東京モーターショーへ行って来ました。
 昔から車が大好き(当然スーパーカーブームもリアルタイムに経験済み)で,実家にいる頃にはいつもいつも東京モーターショーがうらやましいと思っていたわけですが,いざこちらに住んでみるとなかなかいくきっかけがつかめませんでした。
 さて,最初は部品などを見ましたが,変速機のカットモデルなどをみることができました。大排気量のCVTがいよいよ本格普及にくるような気がしていて,50年ほどしてようやく,今のATに変わる新しい変速機の時代が来るのかと思ってしまいました。
 乗用車のブースは,さすがに人混み。カメラ小僧が4割を占めるのではないかと思われる混雑の中で,肝心の自動車を見たい人が肩身の狭い思いをしてるような気がしてなりません。
 まず輸入車に元気があるなというところ。フランクフルトモーターショーではフォルクスワーゲンが暴走気味だったそうですが,東京ではブガッチィが出ていたくらいで,WVロゴを付けた高級車は出てませんでした。圧巻なのはW型18気筒のエンジンで,6500ccを超える排気量で,550馬力という控えめなパワーは,おそらく滑るような乗り心地をブガッティに与えていることでしょう。
 ベンツのSLRには,そばにいた小学生の女の子でさえ,はぁ〜とため息をつくほど,美しい物でした。「最上か無か」というスローガンを企業理念から外して久しいベンツですが,それでも新しい潮流を作る手腕はさすがです。
 国産車の中ではさすがにトヨタ。トヨタ内部には現在実用化されているプリウスのハイブリッド方式意外にもいくつかのシステムが開発されていて,その1つがコンセプトカーとして展示されていました。さすがに層の厚いトヨタ。一方で遊び心も失わず,セリカの後ろに荷台をくっつけるコンセプトやMR-S,レクサスクーペという流麗なクーペなども人気を博していました。
 日産は特に目新しい物もないんですが,シルビア電動ハードトップを備えたコンバーチブルが登場していました。見る角度によって色が変化する塗料は今年全体的に目立ったポイントですが,日産はシルビアバリエッタというこのモデルで使用しています。デートカー後に走り屋のドリフトカーとして「若者」に人気のシルビアですが,これがかつてのCR-Xのような先細りにならないことを祈ります。
 うれしかったのはマツダで,ロータリーエンジンの新型車が出ています。撤退するのか,とも言われていたロータリーですが,ますますその存在が厳しくなる情勢の中で,なお使い続けようとするマツダの姿勢に,私は本当に感激しました。
 全体的にいえることですが,レースやラリーで使われた実際の車が多数展示されていました。ファンにはたまらないものがありますね。あと,観音開きのドアが目立っています。ディーゼルエンジンの技術開発もすばらしく,私は今後,内燃機関が生き残るとすれば(それも懐疑的ですが),それはディーゼルエンジンだけだろうと思っています。
 特別展示では,自動車の100年として歴史に名を残した国産車の名車たちが実際に展示されていました。私は本物のトヨタ2000GTを始めてみました。ここだけを見るために幕張に足を運んでも損はしませんよ。
 ということで11月3日までやってます。それほど人も多くはなかったので,ぜひいかれることをおすすめします。
99年10月31日 13時35分18秒

母に捧げるiBook
 セットアップが終わり,初期不良をチェックする作業を目的に動作試験を続ける予定だったiBookですが,弟が実家に今週末戻るというので,急遽送ることしました。朝,会社の行きに,コンビニで発送しました。
 数日間使ってみて大丈夫という感じがしたからですが,やはり新しい機械を前に,一人で格闘するのはなかなか厳しい物があると思い,弟をあてにしたということです。
 弟自身も,おそらくはじめてiBookをみるんではないかと思うのですが,二人して遊んでもらえればいいと思います。
 さて,翼を手に入れた私の母は,これからどんな世界を見てくれるのでしょうか。楽しみです。
99年10月29日 17時37分43秒

iBook対策
 さて,昨日報告したiBookのトラブルの続報です。接続されているJISキーボードをASCIIキーボードと誤認する問題が出ていたのですが,これの解決策が,他のユーザーさんから出ていました。
 はじめて知ったのですが,今Appleって,ユーザーに掲示板を開放して,そこでトラブルやノウハウの情報交換をユーザー相互にする場所を提供しているんですね。
 そこに同じ症状の人がいたので,私も便乗。翌日解決策が他のユーザーさんから提示されていたのですが,新しいPowerBookG3でもでてる症状のようでした。
 原因は,Multiligual Internet Accessという設定でOSをインストールすると,キーボードをASCIIと誤認するらしいということでした。
 対策は,ハードウェアリセットボタンを押すこと。そうすると正しく認識されるようになるそうです。
 私の場合,最初にPRAMのクリアとリセットボタンを押すことを試みたのですが,直っていることに気が付かず(だってコントロールパネルにJISキーボードってでてこない),ハードディスクのリストアをやり直しました。
 それでも直ってないと思って,うむーと思っていたら,AppleシステムプロフィールでJISと表示されるようになっているんです。
 試してみたら,SHIFTと2で,きちんと"が出るようになってました。
 この問題が解決してからは極めて順調。ネットワークアクセス,追加フォントのインストール,アプリケーションのインストールとセットアップがほぼ終わり,母親に引き渡せる状態になってきました。
 あとは初期不良がないかどうかもう一度確認して,今週末にでもお母親に送ろうと思います。
99年10月28日 12時41分28秒

iBook
 昨夜,会社から帰るとiBookが届いてました。
 詳細なレポートは後日やりたいと思っていますが,まずよいものということは間違いなし。デザインはもちろん,速度,基本性能とも,MacOSでもいいと言う人には間違いなくお薦めです。
 メモリも増設は簡単にできまして,さて設定かなと思ったところで問題発生。
 キーボードが,JISではなく,ASCIIで認識されていて,キートップの文字と違う文字がでるのです。
 へへん,こんなことすぐに解決できるわいと思ったのですが,1時間ほど悩んで結局できず。
 他にも同じ症状の人がいるようで,よくも問題になってないなと不思議な気分です。
 原因はわかったのですが,これは初心者にはお手上げでしょう。マニュアルにもヘルプにも記載がなく,違う文字がでてしまうという現象におろおろする初心者が目に浮かびます。
 アップルさん,これはまずいですよ。
99年10月27日 09時40分10秒

1000カウント記念企画
 「我が心のふるパソ」なる新コーナーを開設しました。どうぞご覧下さい。
99年10月26日 21時05分35秒

新しいCPU
 これまでMercedと呼ばれていた,インテルの64ビットプロセッサですが,少し前にIteniumという名前に決定したと報道されました。
 遅れに送れているプロジェクトを見るにつけ,それでも決して前に進んでいないという感じはないようですから,楽しみな感じです。
 他にもAMDがドイツのドレスデンに新工場を建設し,ここで1GHzで動くAthlonを作ると報道されたり,先日ようやく高速版のPentiumIIIが店頭に並んだりと,こちらの方もにぎやかです。
 さて,ちょっと気になる存在が,国産RISCの代表,SHシリーズ。
 先日のエレショーで,SH5なる,次世代のSHのアーキテクチャが発表されていました。結構ひっそりと発表してましたので,知らない人もいるかもしれないですね。
 SH5は,なんと64ビットプロセッサになります。SH4までが32ビットだったのに対して,思いきった選択です。
 レジスタは64ビット幅をなんと64本。それぞれ整数レジスタと,SIMD命令用のレジスタと共用になるみたいです。
 命令セットは,SH1からSH4までの互換性を有する32ビット命令「SHcompact」と,SH5で用意された64ビットSIMDの「SHmedia」の2つをもち,この2つの命令セットをダイナミックにスイッチして使うことができます。
 SHcompactは従来どおり,32ビット整数レジスタを使う2オペランド命令群です。これに対してSHmediaは命令長32ビット,3オペランドの構成で,複数のデータを一度に処理するSIMD命令です。
 これはつまり,従来のSHが汎用のプロセッサであることを意識していたのに対して,SH5では命令セットに互換性をなくしてまでも行列計算に有利なSIMD命令を実装して,いわゆるマルチメディア処理に強いプロセッサになろうとしています。
 ただ,「互換性がなくなりました」では,特に組み込み用はすまされないので,これをダイナミックに,つまりいつでも好きなときにスイッチできるようにして,互換性を繕っているんですね。
 切り替えに何クロックかかるとか,制限事項がなにかとか,そこまではまだ発表されていませんが,これらがスマートに行かないと,かつてのMMXのように面倒なことになってしまうかもしれないですね。
 SH5では700から1000MIPS,2.8から4.0GFLOPSという処理能力を目標に2000年を目標に開発が進んでいるのですが,この目標値もなかなかすごいですね。あと1年で,少し前のスーパーコンピュータ並みの性能を実装するというのですから。
 それでいて,消費電力は1Wあたり1200MIPS。え,1000MIPSでも1Wを消費あいないの・・・すごいじゃないか。
 興味深いのは,このプロセッサ,これまでのように日立製作所だけが開発を進めるのではなく,SHシリーズのパートナーであったSTマイクロエレクトロニクスを共同で行うというのです。
 なかなか野心的な目標を掲げた両者。SH5が本当に出れば,スパコンをポケットに入れれる時代が本当にやってくるかも知れません。必要かどうかは別の話ですが。
99年10月26日 15時18分34秒

パンツの修理
 トランクスを愛用する私は,ゴムが伸びてしまってだらしなくなることと常に戦っています。
 トランクスはその構造上,伸びたゴムの交換ができません。
 母は巧みな方法でゴムひもをトランクスの内部に入れるという方法を試みていましたが,私にはそのような高いスキルはありません。
 しかし,DIYを美徳とする私にとって,まだはけるパンツを捨ててしまうなど,言語道断。
 そこで,緩んだウエストを折り重ねてウエストを短くして,まだわずかに残っている張力でもって腰に固定する方法を考えました。
 しかし,これも,その張力がなくなったらそこで終わり。再び危機が訪れました。
 次の作戦は,幅2センチほどの平たいゴムひもを用意して,これをウエストの折り重ねたところに縫い付けるのです。前2箇所,後ろ1箇所でちゃんと用を成します。l
 しかし,第1世代は失敗品でした。重ねたところが全部広がるまでに,ゴムがいっぱいまで伸びきってしまうのです。こうなると脱ぐときなど,さらに広げたときに,縫い代を破損してしまいます。
 そこで昨日,第2世代の研究を。
 今度は,いっぱいまで広げた状態とゴムが伸びきった状態を一致させて縫い付けました。
 結果は,うーん,すばらしい。まるで新品のパンツをはいているかのうよう。見せるおのではないですし,見てくれが不恰好なのも,また手作りの証。わははははー。
 ということで,満足度はアップしたのですが,まぁ,他の人にとってはどうでもいいことです。
99年10月25日 21時43分24秒

PC110で日誌を更新
 今,PC-110で書いています。たいした物です。こんなに小さなマシンなのに。
 実はザウルスでは更新できなかったのです。
 苦労しました。ディスク容量と速度,メモリなどを考えるとWin3.1ベースになります。
 そこでWinsockとNetscape3.0をいれてみたのですが,なかなかうまく動いてくれません。
 昨日会社の帰りに33.6kの内蔵モデムを買ってきて取り付けたところまでは順調だったのですが。
 いろいろ試行錯誤のすえ,ようやくここまできました。
 メールも使えるようになったので,おもしろいマシンになってきました。
 ディスクは48MBのコンパクトフラッシュを圧縮してますが,べつにこれで不自由はありません。
 Win3.1はほとんど未経験の私ですが,今頃になってかなりのノウハウが集まりました。
 温故知新。いろいろやってみるのも,おもしろいです。
 しかし,このPCー110。ほぼ完璧になってきました。そろそろネタ切れですね。
 そうそう,昨日秋葉原でiBookをみてきました。かわいいですよ,あれ。私は,次に生まれるときには女の子に生まれて,iBook使いになりたいと思いましたよ。
 25日に手に入ると言う連絡をもらったので,楽しみです。
99年10月23日 20時55分17秒

ありがとう1000ヒット!
 さて,昨日,皆様のおかげを持ちまして,当ホームページのヒットカウントが,1000カウントを越えました。
 えー,ひとえに皆様の暖かいご支援のたまものでございまして,感謝の言葉もございません。
 思えば,LA音源の講座の発掘に始まり,なにげにはじめた日誌が,ここまでご好評をいただくとは,思いもよらぬ事にございました。
 今後とも,どうぞよろしくお願い申し上げます。
 ・・・と,まぁ堅い挨拶はさておきですね,おかげさまで4桁になりました。増加の具合から,おそらく同じみなさんに巡回していただいているのだと思いますが,「マニアに好評」なことをなにより喜びとする私の思いにぴったりあっていて,うれしいです。
 で,記念企画をいくつかスタートさせています。コンテンツが増える日も近いので,もうしばらくお待ち下さい。
 今後ともよろしくお願いいたします。
99年10月22日 12時56分41秒

てなわけでiBook
 てなわけで,iBook,電話で聞いてみました。
 今,承認と精算の段階になっているということでした。これが終わってからメールなり郵便なりで書類を送るという事です。
 納期については「未定」。アップルストアの担当者レベルではわからんということでしょうが,それも無理もないことです。
 多数の注文が舞い込んできていて,処理が追いついてないといってましたが,私は予約開始日の午前3時に予約を完了しているので,よほど大変なんでしょうね。
 どっちにしても,とにかく郵便で書類が来ないことにはどうにも先に進んでないわけですから,これが来るまでおとなしくしていようと,思います。
 うむー。
99年10月21日 11時24分36秒

iBookどうなってる
 今月16日に発売が開始されたiBookですが,アップルストアに注文した私のiBookは,まだ手に入っていません。
 地震の影響などで,アメリカでも品不足らしいですから,別に品物がないのは仕方がないとしましょう。
 しかし問題なのは,何の連絡もないことです。1週間ほど前ですが,電話で状況を聞いたときは,確かに私の注文が入っていました。予約開始からすぐに予約をしたので,割と早めに処理されますよと,担当の方は話していましたが,全然音沙汰なし。
 本来だと,受付完了後納期の連絡がメールで届き,郵便で書類が届きます。そして商品の発送となるのでっすが,郵便もメールも届かず,電話もありません。
 ということで,どういう状況なのかさっぱりわからずじまい。他の店舗に予約せず,わざわざアップルストアに頼んだ理由を考えて欲しいと思います。
 私の方にも問題がないわけではなく,自宅の電話は平日は当然つながりませんし,WEBでの状況確認についても,ブラウザをNetscapeを4.7にアップグレードして以降,見れなくなってしまいましたから。
 今日もう一度電話をしてみます。やっぱ,販売店経由にすべきだったかなぁ。
99年10月21日 10時45分36秒

劇辛アジアンキッチン
 ちょっと前の話になるのですが,友人と辛い物を食べようという話になって,銀座のアジアンキッチンというところにいきました。
 私はここは2度目で,前回は別の友人ときたのですが,この時には「とにかく辛いマークの付いてる奴を根こそぎいこう」などと変な企画を立てたお陰で,翌日おなかが大変なことになってしまいました。
 今回はその経験もふまえて,少しおとなしめの物を頼んだんですが,やはり外せないのが「トムヤムクン」です。
 インスタントのものに轟沈すること過去に2回,まだまだ修行がたらない私ですが,機会があればとにかくチャレンジするのが,これ男の生き様。
 かくして,また頼んでみました。
 今度はですね,ちゃんと味わう余裕がありました。おいしいですよね,あれ。スープをちゃんと味わった食べてみたのですが,アジアの英知を感じました。
 同時に,私がアジアの人間でよかったと思いましたね。うんうん。
99年10月20日 13時08分13秒

PowerPC G4をIBMが供給
 歴史は繰り返す,との言葉の通り,やっぱりモトローラはG4の供給問題を引き起こしてくれました。今度も,というべきなんでしょうけど,高クロック品のバグまでおまけでついてきました。
 アップルとしては,新製品の評判がいいだけに,チップの供給の問題で,損をするのは過去にも懲りているだけに,繰り返したくないところです。
 その昔,MC68040というチップが同じような問題を抱えていたことがあったのですが,この失敗に加えてMC68060という後継チップがなかなか出てこなかったという問題から,アップルはモトローラ一社に供給元を求める方針をなんとか変えたいと思うようになります。
 当初,RISC版Macintoshは,モトローラのRISCである,MC88000を採用する予定で開発が進んでいたそうですが,チップ供給の問題からIBMを抱き込むことと引き替えに,PowerPCを採用するに至ったのでした。
 PowerPC604や603,特にG3の安定供給と高クロック化は,モトローラもそうですが,とりわけIBMの功績が大きいと思います。手堅いメーカーという側面は,半導体においても健在です。
 しかし,G4については,AltiVecを巡って意見が対立。そりゃそうですよね,PowerPCはIBMの技術ですし,それに勝手に変な演算回路を組み込んで,IBMが自慢にしていた「小さい回路」「低消費電力」がウソになってしまうんですから。
 それでアップルは,向こう側の事情で,またもモトローラだけに供給を頼ることになったのですが,結果はこの通り。不安だったのは,アップルだけではなく,アップルの顧客もでした。
 しかし,状況が違うのは,それでもIBMが味方にいることです。先日,IBMはPowerPC G4の生産を開始し,アップルに供給することを発表しました。
 そんなにアップルとIBMって仲良しだっけ,と思うような展開に,IBMもかわったよなぁと思うのも,私だけではないでしょう。
 この席上,IBMはアップル向けのPowerPCを全然作る気がなく,組み込み用のものと,サーバー用のPOWER4だけを開発していたとも表明しています。
 ピンチをまたもIBMに救われたアップル。
 それにしても,モトローラにとってはCPUの大口顧客であるアップルを,もっと安心させてあげて欲しいと思います。
 そう考えてみれば,インテルってすごい会社ですよね・・・
99年10月19日 17時00分33秒

PC-98RLの復活
 ちょっと前の話になるのですが,私が持っているPC-98RLというマシンのメンテを,1年ぶりにやりました。
 かれこれ8年ほど前に中古で購入しました。Macに移行する前,例外なく私もPC-9800シリーズの使い手で,当時は386DX-20MHzというと,しびれるようなスペックでした。
 しかも,このマシン,PC-9801RLではなく,PC-98RLです。そう,ハイレゾマシンなんですね。
 インターレースですが1120×768ドットで,テキストも24ドットの明朝体。フリーエリアは768kB取ることが出来ると言う意味でも,最強のDOSマシンでした。
 ハイレゾモードはPC-98XAというマシンで登場するのですが,普通の9801との互換性が全くないため,PC-98XAは全く売れませんでしたが,CADマシンとして生き残ることになります。
 そこで,PC-9801の互換モードとしてノーマルモードを搭載したPC-98XLが登場。ここまでが80286を搭載したマシンでした。
 そして98シリーズで最初の386マシンとなったのがPC-98XL^2。これは初期のバグあり80386-16MHzでした。バグありでしたので,Windowsを動かすには,CPUの交換が必要で,FIXされたCPUだけに「PC-98xx」という品名を与えて,オプションとして20万円近い価格を付けていたことを覚えています。
 そしてこのマシンを進化させたのが,PC-98RL。PC-9801RAと同期です。RAが16MHzだったクロックは20MHzになり,もちろんEGAも搭載。ノーマルモードのより完璧な互換性と,RAなどと共通のオプションが使える利便性,もちろんハイレゾマシンとしてCADやWindows3.0では威力を発揮する,フラッグシップです。
 このマシンを私は中古で20万円ほどで手に入れました。PC-98RL21が現行だった時代ですが,内容はPC-98RL2とかわらず,いい買い物をしました。
 これは改造をしましたね。クロックアップ,HDD内蔵,5スロット化,外部FDDの自動切り替え化,最後にはIBMのBlueLightningという386ピン互換の486を搭載し,80MHzでまわして,カノープスのPowerWindow801+で,Windows95とUNIXのX Windowを動かしていました。
 しかし,内蔵メモリの上限が’9.6MBで,しかもMacへどんどん移行してきたことで,出番はメディアコンバートマシン。しばらくほっといたら,カレンダーは狂うわ,HDDを認識しなくなってるわ。
 それで,HDDの交換をやって,元のように動くようにしました。
 今やWindowsの削除され,ただのDOSマシンです。PC110が来たことでその役目も終わろうとしています。
 しかし,デザインは悪くない。横幅43cmの筐体は,他のNECのマシンにはない,流麗さがあります。
 さすがに元が100万円のマシンだけに,壊れること知らず(壊したことはありましたが),電源も堅牢なので,ここにAT互換機を入れてしまおうかというのが,最近の計画です。
 やっぱり思いでのマシンは,捨てられないです。
99年10月18日 11時56分17秒

またPC110のネタ
 昨日,T-ZONE本店に出ているといわれた,PC110のカラーケースを買いました。
 以前たまたま見かけたときは躊躇しましたし,2度目に出たときには売り切れていて,手に入れることができなかったのです。
 今回は結構まとまった数が出ているようで,本当に最後かと思います。外側が傷ついたり塗装が剥げたりするので,かわりにこのカラーケースを常用しようというわけです。
 あと,小さなマウスを買いました。1380円。PC110の本体側のマウスコネクタは特殊なのですが,これをちょこちょこっ自作して,このマウスのコネクタと付け替えました。
 うごいた。
 ちょっとずつ手をかけていくと,やっぱりかわいくなるものです。
99年10月16日 14時31分30秒

PC110のメモリ増設成功
 さて,先日来どっぷりはまっている,PC110ですけれども,ジャンク屋で見つけたチップで改造を試みました。
 まず,4MBの増設メモリボードにのっているチップの上に,ジャンク屋で買ったボードに付いているチップを外してつけます。
 ただし,買ってきたメモリはEDOなので,OE信号をCAS信号で動かして,出力を止めないと衝突が発生します。
 で,とりあえず本体4MB+増設8MBの合計12MBは成功。
 こうなると本体側も同じ改造をしたくなるのが,これ人情というもの。
 早速MLに質問し,本体基板のRAS信号の在処を教えてもらい,改造を試みました。
 やってみたところ,簡単に成功。これで合計16MBの体制になりました。
 いやー,よかった。
 別にWindowsを走らせるつもりもないのですが,WebBoyは走らせようと思っているので,やくには立つと思います。
 しかしこのマシン,面白いですね。本当に。
99年10月15日 13時06分07秒

実家での片づけ
 学生時代は,日本橋で働いていたこともあって,とにかくジャンクがいっぱい集まっていました。その当時の私にとっては,なによりの宝物だったわけですが,これはお金はなくとも時間があった,そんな時代ならではの物があったと思います。
 しかし,少々自由になるお金があり,一方で時間がないという状況ですから,その「手を加えれば」宝物になるジャンクたちは,実家という離れたところにあることも手伝って,ただのゴミに成り下がっていました。
 思い切って処分しないと,後で大変なことになると言う危機感から,思い立ってはじめました。
 まず雑誌のたぐい。1m程の高さの山が’4つほどできました。ハードディスクは40MBなどの小容量品が20個ほど。PC-PR101などの完動品プリンタとその補修パーツ,EWS-4800/20のメイン基板2枚,256kBの30ピンSIMMを数十枚,その他がらくたを一気に処分しました。
 で,その片づけも終わってほっとしていたところ,同じ時期に中古で5000円で購入した,X1の純正ディスプレイが壊れました。
 自分用のテレビが壊れて,そのときにたまたま仕事先に入荷したものを買ってきたのですが,パソコン用のRGBモニタと言うよりは,テレビとして大活躍してくれました。
 これが,突然画面が暗くなったと思うと,ばちばちと高圧系のやばい音がしたんです。あわてて電源を切りましたが,とうとう昇天されました。これも処分品の仲間入りです。
 地元ではこの間の水曜日に燃えないゴミの収集日だったそうですから,この時に持って行かれたと思います。
 実際に出してくれた母親いわく,「確かにゴミなんだけども,あなたが一生懸命に集めた宝物を捨てるのは,なんとなく忍びないね」といっていました。
99年10月14日 12時10分34秒

ただいま
 大阪から戻ってきました。
 ネタがいっぱいあるので,順番にいきますよ。
 まず,今回の帰省の目的は,実家ある市が主催する,能を鑑賞することでした。10万人ほどの小さな市ですが,文化的な催し物は割に充実していて。10月9日に行われた今回の能も,観世流家元・観世秀夫氏でしたし,狂言は人間国宝の茂山千作氏でした。
 残念なのは,山陽新幹線のトンネル事故のせいで,前日九州で公演された茂山千作氏が大阪にこれなかったということでしょう。以前氏の狂言を見たことがあったのですが,もう一度見れると楽しみにしていたのに非常に残念でした。しかし,それでも代役の方もすばらしく,会場からは大きな拍手がでていました。
 それにしても,能のすばらしさ。
 あれだけの人数,あれだけの楽団,あれだけの舞台装置であれだけの表現力を持っています。高い精神性に裏付けられた,非常に合理的で美しい割り切りのある,とぎすまされた世界がそこにはありました。
 実は前日の夜から腰痛が再発していて,堅いいすに座っているのが苦痛ではあったのですが,狂言も含めて2時間半ほどの公演,あっという間に時間が過ぎ去ってしまいました。また行きたいと思います。
 さて,その能の会場で,私が入場するときに,もぎりの手がちょっと止まるんです。なんか躊躇してるみたいです。
 なにか不手際があったかな,と思って顔を上げたら,なんと高校生の時の同級生の女の子がいるんです。彼女と後で話をしましたが,もうお子さんが1人いるんですって。すごいなぁ。相変わらずのぼけぶりを発揮されて,私はくらくらになりそうでした。
 実家の近くまで戻ると,ちょうど祭りの最中でした。南河内の祭りですから,だんじりが出ます。5つの地区からだんじりがでて,中央に位置する神社に集合するのです。小さな街とはいえ,さすがに道の真ん中でぐるぐる回る「やりまわし」は勇壮で,見事な彫り物がほのかな明かりに照らされて,とてもきれいでした。道路も歩く速度ほどのだんじりを優先しています。いい雰囲気でした。
 さらにいうと,大阪はその日,御堂筋パレードもあったようです。梅田と難波を結ぶ御堂筋にフロートが出ていくのですが,これは最近余り騒がなくなってしまいました。
 あと,実家の私のものを若干処分したことと,弟が「どこでもいっしょ」にはまっていたので,散々しりとりをしまくった事などがありますが,これはまたおいおい。
99年10月13日 14時27分56秒