新年度を迎えて,この日記も「艦長日誌・私的記録GT」として30馬力ほどパワーアップ。かためられた足回りと毎秒300万ポリゴンで綴っていきます。過去の物はこちらです。

携帯電話とペースメーカーの件その2
 先日,携帯電話とペースメーカーの関係を考察した内容をここに書きました。少し反響があったことと,本当に私の仮説が正しいのかどうかをもう少し考えたいので,いろいろ調べてみました。
 とりあえず2つのURLをここに書きます。
http://www.okamura-hp.or.jp/sinzo2.html

 岡村病院のホームページです。ここによると,PHSの方が影響が少ないので,使用するならPHSをお勧めします,という積極的な記述があります。

http://www.twmu.ac.jp/Pacemaker/ForPatient.html

 東京女子医科大学のホームページです。ここではPHSがまったく問題のない物として書かれています。

 私は電子回路の設計を仕事としているわけですが,人体と医療機器については全くの素人。そこで専門家の見解を知りたかったわけですが,携帯電話でもとりあえず大丈夫だと思うけど,やめといた方がいい,PHSなら大丈夫でしょう,というのが共通した意見のようです。
 それなら,なぜPHSも含めて禁止の話をしてるのかと言えば,その根拠が3年前に郵政省が事務局をしている「不要電波問題対策協議会」
というところによる,「医用電気機器への電波の影響を防止するための携帯端末等の使用に関する指針」という文章にあります。そこには心臓ペースメーカに対してはPHSも携帯電話と同じように扱うこと,と書かれていて,これを盾に強いるようなのですね。同じ文章中には携帯電話の方はペースメーカから30cm離せとあるので,携帯電話での危険性はやはりあると思います。
 ここで注目すべきは,役所がまとめた文書を信ずるべきか,専門家である医師の意見を信ずるべきかです。
 邪推になりますが,JRはペースメーカーに関係なく,社内での携帯電話の使用をやめさせたいと思っています。それは他の人の迷惑になるからであり,そういった苦情が殺到しているからです。
 一方で,専門家の考えは別にして役所が出した文書には非常に都合のいいことが別の理由・・・それも人命に関わるようなこと・・・が書かれている。誰がどう考えても,これを利用しない手はないでしょう。
 私の考えは,JRが「人の命」という非常に尊く重いものを盾にしているのであれば,それに見合うだけの確実な検討を行って結論を出して欲しいと言うことです。人の命も大切ですし,それは第一優先です。しかし,それだけでは成り立たないのが現実の世界であり,携帯電話やPHSが提供する利便性が損なわれることを社会的デメリットとして考えないわけにはいかないはずです。まして医師の意見としてPHSは大丈夫というのがあるわけですから,きちんとした結論が出ないうちには,にわかに「そうですか」とは言えないところです。
 携帯電話は出力も大きく,周波数帯域も影響がありそうなので,危険性を考えると全面的に禁止すべきでしょう。それは電車の中だけに限りません。
 しかし,PHSについては,もう一度再検討を行う必要があるのではないでしょうか。結果次第では低迷にあえぐPHS各社の追い風になる可能性もあるわけですし。
 ペースメーカーを使用しなければならないと言う社会的弱者にとって,PHSが優しい通信機器になるのであれば,それはそれで社会がもっと歓迎すべきでしょう。そこの議論をしないまま役所の出した文書を理由に十把一絡げというのは,というのはちょっと我々市民をなめていませんか?
 マナーの問題と,人命の問題は全然別の問題です。マナーとして携帯電話もPHSも通話を禁止することには大賛成です。しかし,PHSがペースメーカーには影響がないとする意見がある以上,マナー以外の理由でPHSの電源を切らせることは出来ないんではないかと思うわけです。
 みんなどうして,こういったことに反発がないのだろう。鵜呑みにすることに不安は感じないのかなぁ。
2000年05月31日 11時30分43秒

最近読んでいた本
 この5月の連休中に実家で購入した本をようやく全部読み終えました。全部で3冊購入したのですが,1つは先日の「私は臓器提供しない」,1つはようやく読み終えた「半導体産業の系譜」です。
 半導体に関係する仕事をしているということもありますが,それ以上に半導体を発明し,育ててきた人々が皆個性的で,とても人間に興味を引かれているというのがあって,この種の歴史はとても面白く読むことが出来ます。
 それくらいの気持ちで買った本でしたが,ちょっとがっかりしました。
 理由の最も大きい物は,著者が技術史をまとめるという観点ではなく,さりとて人間ドラマを描こうとしているわけではなく,経済という観点から半導体産業を考察しようとしていることです。それ自身は悪いことではありませんが,およそ産業というのは,単純な金勘定ではなく,人間の実労働によって作り上げてきたものです。人間本来が持つ好奇心や向上心が,結果的にお金になっているという事実が,産業という泥臭い世界にはあると思います。
 また,全体にボリュームの小さな本であったのですが,内容は同じ事を何度も何度も繰り返しのベルだけのお粗末さ。新聞か何かに連載されたものだと思うのですが,それにしてもじっくり練り上げられた意見としての主張を感じることが出来ませんでした。
 次に,現在の国別の半導体産業を考察するのに,国民性やそれぞれの国の歴史を引きずり出して,最後に断定を加えるということです。「日本人は勤勉だから」とか「中国は中華思想があるから」とか,およそいかなる事象の解決に,この種の「使い古された」固定観念を用いて処理しようとしています。これには正直まいりました。くだらないナショナリズムです。著者の略歴を見て,お歳を確認すると無理からぬことと納得した次第ですが。
 また,挿入されているキーパーソンの肖像も写真は版権関係が処理できなかったのか,イラストでした。しかも,どれも全く似ていません。
 世の中のオヤジ連中は,こんな本を読んで「俺は半導体産業の系譜を理解したぜ」とか思っているんでしょうか。
 著者は大変立派な経歴をお持ちですが,その割には論理の展開も甘く,非常に薄っぺらなことを大げさに述べることに長けておられるようで,しかも最終的に「国民性」にすべてを帰着しようとします。
 はっきりいって,読み進めるのが苦痛な本でした。とっとと古本屋に売り飛ばそうと思っています。
2000年05月30日 19時22分00秒

ずり出し最高
 また,仲の良い同期で,奥多摩までおいしい物を食べる機会を得ました。
 食通なんだけど,全然気取らず,「みんなでいこうよ」といってくれるとてもいい人がいて(確かに評判通り,動物のお医者さんのハムテルみたいです),彼にまたお世話になりました。
 都内の渋滞もあって,なかなか大変だったのですが,奥多摩で食べたのが,ずり出しうどんというやつです。
 これは少し硬めのうどんを大きなお鉢に入れ,取り皿にとってから生醤油と薬味で頂くという,非常にシンプルなうどんです。
 しかし,味は絶品。リーズナブルで環境も良く,食べ物はこうも人を幸せにするのかと,つくづく思った次第です。
 自分が出不精であることや,グルメにはほど遠い人であることもあって,こういう機会にはいつもいつも感謝です。今回運転をやってくれた同期には,本当にお疲れさまでした。さぞや疲れたことでしょう。
 で,帰りの道中,「奥多摩 水と緑のふれあい館」も見てきました。さすがに水源だけあって,水に関する知識は復習できましたが,興味をそそったのは水の流れを示した,ギミックです。
 ボールを水の代わりに仕立て,それを金属のレールの上を走らせて水の循環を模式的に描きます。これがわかりやすい上に,驚くほど立体的なんです。
 遠いですけど,一度見てみてください。
2000年05月29日 23時03分15秒

いくぜ!IBM
 Macintoshをこよなく愛する私としては,その心臓部であるPowerPCの動向が,インテルやAMDの動向に比べてはるかに気になるところです。
 68000を産んだモトローラが嫌いというわけではありませんが,ことPowerPCについて言えばどうもパートナーであるIBMよりも,評判を落とすようなことが続いています。
 IBMは,半導体すらも自社開発していました。もちろん自社の製品に搭載するためだけにです。独占禁止法に関係して,それを外販出来なかったというのもあると聞いたことがありますが,さすがに第2世代,第3世代のコンピュータを自社だけで作り上げたパワーは健在です。
 そんな中でCPUマーケットををインテルに独占されてしまった焦りもあったのでしょうが,モトローラと組んで,PowerPCを作り上げます。 IBMの開発によるRISCプロセッサ「POWER」をパソコン用にアレンジした物が,PowerPCと言えます。
 そのPowerPCがMacintoshに搭載されているのはご承知の通りです。
 しかし,デリバリーやクロック競争も含めて,どうもモトローラは分が悪い。モトローラがベクトルプロセッサを搭載して放ったPowerPC G4も,回路が複雑すぎて高クロック化に大きく出遅れていますし,そのベクトルプロセッサもそれほど活用されていません。
 PowerPC G3が出た頃,インテルと列んでいたクロック周波数も,今では倍近い差が開いてしまっています。これも,やはりモトローラに任せてしまったことが問題なんじゃないかな,と思ったりします。
 製造技術もIBMの方が上でしょう。昨日発表されたIBMのPowerPC関連のニュースはそれを実証するにふさわしいです。IBMとしては,G4のようにRISCプロセッサが肥大化することは認めておらず,G3を改良して700MHzまでクロックをあげるんだそうです。サンプルの出荷は始まったということですから,夏頃には700MHzのPowerPCが登場しそうです。まだまだインテルには追いついていませんが,それでもかなり近くなったでしょう。
 長期的に見ると,G4は非常に魅力があります。ベクトルプロセッサによるマルチメディア処理能力,マルチプロセッサへの対応など,MacOS Xの登場でますます有利になる機能が搭載されています。これは,単純に古いプロセッサを高速で動かせば済むという発想では,追いつかないことですね。
 G4にデリバリーの問題が出たとき,窮地を救ってくれたのは「やらない」と公言していたIBMでした。責任感があるというのか,義理堅いというのか。
 もう一度IBMとモトローラは,仲良く仕事をやってもらいたいものです。
2000年05月26日 19時53分13秒

コードレス電話の修理
 友人がコードレス電話をもらったそうです。
 でも,受話器が壊れているようで,聞こえてくる音が小さいという話を聞きました。そう聞いてしまうと修理したくなるのが人情と言うもの。
 症状を確認してみると確かに音が小さい。蚊の鳴くような声とはよく言ったもので,耳をすまさないと聞こえない電話というのもなかなか新鮮な気分です。
 と,感慨にふけっていても仕方がないので,早速検討です。今はインターネットのお陰で,各半導体メーカーが仕様書を公開してくれているので,随分楽になったものです。
 波形を追いかけていくと,とりあえずオーディオアンプの手前までは信号が来ているみたいなので,オーディオアンプから後ろだろうということに。
 音が小さいとはいえ一応音が出ているのでスピーカの断線は考えにくく,そこでオーディオアンプICの交換を考えました。
 使われていたのはNJM2113というもので,私の手持ちのNJM2135とはピンコンパチで,ほぼ同じ物でした。ラッキーとばかりに交換しましたが,音が出ません。
 調べてみると,NJM2113とNJM2135ではスタンバイモード切り替え端子の論理が反転していました。つまり,NJM2135に単純に置き換えただけでは,スタンバイモードになってしまい,音が出なくなるわけです。
 そこで,1個入りのインバータを用いて論理を反転して突っ込んでやりました。これでスタンバイモードの件は解決しました。
 しかし,どうも音が小さい。後は疑うとすればスピーカですけど,これは交換するわけにもいかないんですよね,ちょっと特殊なもののようですし。
 そこで,同じ直径のダイナミックスピーカをかわりにつけて見たところ,そこそこの音の大きさになりました。インピーダンスが16オームと元々の物よりも随分低そうなので,それで単純に出力が上がっただけのことでしょう。根本解決にはなってません。
 歪みも多くて,非常に音質は悪いのですが,音量だけで考えれば使えるレベルにはなったと思います。
 しかし,一度は「オーディオアンプの前までは大丈夫」とした仮説も,再度確認しないと駄目なような感じですね。きちんとした測定もやってないので,やっぱりまじめに検討しないと駄目かも知れません。
2000年05月24日 16時17分02秒

君は人のために死ねるか
 今日は,皆さんにもぜひ一度読んでいただきたいと思う本をご紹介します。
 「私は臓器を提供しない」(洋泉社新書,660円)です。今年3月に出た本なので,本屋さんによっては新刊に列んでいるかも知れません。
 題名の通り,臓器移植に関しての本です。著名な脳神経外科医,小児科医や評論・批評家,宗教家やジャーナリスト10名が,あくまで私的な観点から「脳死からの臓器移植」に疑問を投げかける内容となっています。
 だからといってこの本の目指すところは,臓器移植反対論を世論として育てようと言う野心的なものではありません。編者による序文には,ドナーカードに脳死からの臓器提供を承諾すると書くか書かないか,自分の立場を選択する上での材料としてもらいたいとあります。だからこそ,結論こそ同じであれ,立場や職業,年齢も性別も結論に至ったプロセスをも異なる論客を10人集めて,幅広い論点を網羅することに努めたわけです。
 臓器移植法の成立,脳死からの臓器移植が大々的に報じられ,ヒューマニズムによって美化されることの多いこの「脳死」と「臓器移植」について,私は自分の立場をどうしようか,悩んでいました。
 先日免許の書き換えを行った際にも,臓器提供の意思表示を示すシールが配られているのを見て,自分はどうすればいいのか,臓器提供に承諾することは確かに人道的かもしれないが,なんだかしっくりこない,それ以前に私はこの件について余りにも無知ではないか,そう思っていたのです。
 そんなとき,連休中に本屋さんで見つけたのが,この本です。
 自分の意見を決めかねている,臓器提供が無条件に賛美されるという状況になにか納得できないという重い気分,だけどどうでもいいと無視してしまって構わない問題ではないという焦りがあった私には,まさに福音でした。
 臓器移植は脳死については,マスコミも我々に,それが人道的に素晴らしいことであるという報道を繰り返しています。我々が普段目にしやすいところにある情報は,論点は「賛成」の立場の物だけであるし,その理由や市民レベルの論議も極めて浅いものになっています。
 悪いけど,この程度の情報で自分の大事な問題を決めることは,出来ません。まして,この状況で立法化を国会議員や官僚に許してしまったことは,我々国民の失態であったと考えてもいいかと思います。もっと論議が尽くされる必要があるのです。
 さて,この本ですが,非常に難解です。読むのに大変な時間もかかりますし,よく読み,また繰り返して読まないと,意味がきちんと理解できません。少しでも疑問の残ったまま読み進めると,最後には結論に矛盾を生じかねません。専門用語が連発しますし,それも医学,宗教など,広範囲に及びます。事実を述べただけの本とは違い,主観的な論理の構築の上に記述されたものですから,きちんと追いかけていかないと,躓きます。加えてテーマも重く,たった1冊の新書を読むのに,3週間もかかってしまいました。
 今朝読了したのですが,大いに参考になりました。私がどういうプロセスを経て結論に至ったか,あるいはそれぞれの論旨にどういう印象を持ったかは,あえてここには書きません。しかしながら,私の結論は,脳死は人の死ではなく,私自身もドナーカードを所持せず,臓器提供を承諾しない,です。
 自分には関係のないことだ,などとは思わないでください。交通事故などで自分,あるいは身近な人が,いつ提供者あるいは被提供者になるか,わかりません。きちんとした思考の出来るうちに,自分なりの考えをまとめておく必要があると思います。
2000年05月19日 23時15分18秒

Bleemcast!
 アメリカで,ゲームの祭典,E3が開催されていました。PS2やらX-BOXやら,まぁいろいろ出てるんでしょうけど,そんな中で私がすごいなと思ったニュースが,Bleemcastです。
 Windowsベースのマシンで,PlayStationのゲームを動かす「エミュレータ」として,Bleem!というのが販売されています。
 著作権の話や訴訟の話だ,煙たいことばかりなので,エミュレータそのものがアングラな世界の出来事であった中,Macintoshでは先行したConnectixと言う会社がVirtualGameStationを開発,販売に踏み切りました。
 それまでアマチュアが地下でばらまくことしかなかったエミュレータの世界において,皆がぎょっとしたニュースだったことを覚えています。iMacの発売と時期的に重なったこともあって,結構話題になりました。
 この後WindowsでのPSエミュレータとしてBleem!が開発されます。VirtualGameStaionが,一部PSのBIOSをコピーしたとされる疑いがもたれる中,Bleem!はそこは(真偽のほどはわかりませんが)大丈夫と言われていて,一度は差し止められた販売が,VirtualGameStationよりも早くに再開されたんですね。
 そのBleem!が,今度はなんとセガのDreamcastに移植された,ということなんです。
 つまり,Dreamcastで,PlayStationのゲームが遊べるという事。それだけではありません。グラフィックの性能が格段に上のDreamcastの機能を殺さずエミュレートしているので,PlayStationのゲームの画面が,見違えるほど美しくなるんです。
 推測ですが,ハードウェアレベルでのエミュレーションを完全に行うならば,画質もそのままでエミュレーションされます。しかし,画質がDreamcastの性能を引き継ぐのであれば,これはハードウェアレベルのエミュレーションをやってるわけではなさそうなので,BIOSの著作権侵害の可能性も若干低く考えていいでしょう。エミュレータ開発として見たとき,これは非常に意欲的なことです。
 価格は20ドル。夏頃にはアメリカで発売されるということで,100タイトルずつ動作確認のとれたバージョンを4つ併売することで,400タイトルの互換性を保証するそうです。
 開発元の雑誌広告には「Dreamcastに新作400本をプレゼント」とあるそうです。
 噂ですが,特別エリアプロテクトがかかってるわけではないということですし,日本への通信販売もするということですから,日本のDreamcastで動く可能性も高いと思います。
 私が見た写真はRidgeRacer4でしたが,いやぁ,まるでRidgeRacer4がDreamcastに移植されたみたいな感じになってました。楽しみです。
 ややこしいのはライセンス料の問題で,PlayStation用としてソフトを販売すればSCEIにライセンス料が行くわけですが,今後Bleem用として売ることが許されれば,SCEIへのライセンス料は発生しません。また,この解釈で行けばセガへのライセンス料も発生しないんですね。
 任天堂が構築したこのライセンス料という仕組み。こんなところから風穴があいてしまうのかも知れません。
 どこも,こんなことを黙って見過ごすはずがありませんからあり得ない話だと思いますが,注目していたいと思います。
2000年05月18日 13時17分58秒

地鎮祭
 さて,実家の話です。
 連休中にガンプラをふっとばしたりしてきた実家を後にしたのですが,我々が帰った翌日から早速取り壊しが始まったそうです。
 そして今週の日曜日には,すっかり新地(さらち)になって,地鎮祭なる物が行われたらしいです。
 近くの神社から神主さんがやってきて,ごにょごにょいってたという話を母から聞いたわけですが,これが終わると,いよいよ建築が始まります。
 私が今度実家に戻るときには,おそらく工事が終わっていることと思います。
 残念なことは,やはり自分が0歳から育った家の取り壊しに立ち会えなかったことです。
 両親にしてみれば,その家は確かに思い出深い物に違いなくとも,それだけが思い出の家ではありません。しかし,我々兄弟にしてみれば,ここ以外に住んだ家がないのですから,ここがなくなることは非常に大きな意味を持ちます。
 小さい頃に柱に付けた傷,よじ登ったブロック塀,電気ドリルでうかつに穴をあけた床,10年近く一緒にいたネコの墓なども,もうどこにもありません。
 身近に存在するとき,それは意識されることはありませんが,いざ目の前から消えてなくなると,それが自分に占めていた大きさにはっとして,ぞっとするような気持ちになってしまいます。
 いつまでの今の状態が続くわけではない,いずれはやってくることを,再確認した次第です。
2000年05月17日 20時03分44秒

パソコンはなくなるのか
 ちょっとご無沙汰していました。いろいろする事があって,日誌を付けることを怠ってました。
 今日のテーマは,パソコンはなくなるのか,です。
 これこそ様々意見があるだろうし,つまるところ近未来の予想図ですから,関心のある人なら必ず一度は考えたテーマでしょう。
 考える材料として,パソコンがいつからか変わってしまったという事実を再確認してみます。
 変わってしまった時期は1995年。そう,Windows95の登場です。
 それまでのパソコンというのは,仕事と趣味の両面で市場が形成されていました。仕事という面では,その目的そのものは今でも変わってないと思いますが,趣味という領域においては,それまで「パソコンを触ること」「パソコンを持つこと」という,パソコンの操作そのものを目的とするか,あるいはパソコンによるゲームが目的という,いずれかが支配的だったと思います。
 それゆえ,それほど大きな市場ではなかったわけですね。
 しかしWindows95の登場と普及によって状況が変わります。パソコンは,その向こうにある「コンテンツ」や「サービス」を手に入れるための道具に過ぎず,それはもはや文房具としての扱いを受けるようになりました。
 それまで「パソコンの操作」を趣味にしていたホビーストたちが,こぞってWindows95の非難に回ったというところも,実は注目すべき点かも知れません。
 無論パソコンの操作を趣味とする人の絶対数は増えてるでしょう。しかし,その数以上に,パソコンを道具と考える人々が多くなったということですね。この,パソコンを道具に,と言う発想は,すでにGUIが生まれたころにありましたし,LisaやMacintoshというマシンは,まさにそれを目的に開発されたものです。
 しかし,それはやはり「コンピュータ」であり,操作はそれでも難しく,専門用語や知識を理解しないとたちまち困ってしまい,購入するにも専門店へ出向き,給料1ヶ月分のお金を支払う必要が出てきます。
 使いこなしに何冊物本の世話になり,またそれだけでは何も出来ないということを考えると,同じような工業製品が他にあるか,と考えたくなります。
 こうしてパソコンには,まだまだ壁が存在します。我々は,その壁を越えることに目的があるのではなく,壁の向こうにある世界に用事があるわけですから,そこがたやすく見れる仕組みがあれば,そちらに流れていくのも無理からぬ所でしょう。
 その壁に穴をあけるものが,携帯電話。一時はテレビがその代わりになると言われた時期もあるのですが,私はそれには否定的です。なぜなら,文房具は耐久消費財では駄目だからです。
 一人一人が持つもの。それが他人に触られない物であること。常にユーザーと一緒に行動できること。それが絶対条件です。
 その目論見は当たっていて,iモードという日本独自の文化は,爆発的な勢いで普及し,ネットワークにぶら下がることの利便性を,我々は知ることとなりました。
 今まで複雑な操作と専門知識,20万円の出費によって得られたものが,携帯電話で出来る。目的が達成されるならどちらでもいいわけで,それがこの結果につながっていると思います。
 こうかくと,「いや画面の広さが問題だ」とか「入力がつらい,フルキーボードでないとね」と言う人が出てくるのですが,それも私はちょっと懐疑的です。
 画面の広さに慣れた人は狭い画面に戻れません。しかし,それは広い画面での「作業」が必要だったり,あるいは「広い画面」を前提にしたホームページを見るからであって,狭い画面用のコンテンツが揃って,それが非常に便利なら,画面の広さはどうでもいいことです。まして携帯電話で作業はしません。
 キーボードもそうでしょう。作業をしないと言うこともそうですし,フルキーボードでなければ,と思うのは,フルキーボードに慣れてしまった人の意見に過ぎません。生まれてこのかた,携帯電話のテンキーでしか文章を打ったことのない人にとっては,それがすべてですし,その人がフルキーボードを目の前にしても,テンキー以外を選択するとは思えません。
 つまり,これから先の話は,今の常識に捕らわれていては駄目だという事です。進歩の速度が遅いときには今の考え方を継承することも許されたでしょう。しかしこの速度です。もはや我々が今持っている常識など,あっという間に歴史となります。
 ポケベルの文章を打つことも,今携帯電話でメールを打つことも,全く苦にしない人々がいかに多いか。それは1つの新しい文化なのです。
 携帯電話がどんどん進化し,今のパソコンほどの力を持つことは,ここ1年2年ほどで当たり前になります。安く販売できる独特のビジネスモデルに後押しされて,難しい設定も必要なく,携帯電話でネットワークにぶら下がることが,ますます日常になるでしょう。
 もちろん,パソコンはなくなりません。ビジネスの分野では相変わらず「支援ツール」として活躍するでしょう。大型コンピュータも,科学技術計算やネットワークサーバとして利用されていきます。
 私が思うに,今は,ラジオが出てきた大正時代のようなものです。ラジオを利用するには,専門知識と技能が必要でした。組み立て部品を扱う業者が集まり,秋葉原や日本橋が生まれました。ラジオの技術を持つ物は重宝がられ,ひっぱりだこでした。
 しかしそんな状況がいつまでも続くはずもなく,特別な操作や技術のいらないラジオが開発され,今に至ります。このことは自動車でも言えることでしょう。
 同じ事が,必ずネットワークの世界にも起きるはずです。そのときのために,我々エンジニアがするべき事はなにか,しっかり見据えて行動したい物です。
2000年05月16日 14時49分56秒

いいのかコナミ
 コナミといえば,今や押しも押されぬ超一流ゲームメーカーです。その昔,オリジナリティのある作品を連発,ヒットさせたことで「御三家」と呼ばれたタイトー,ナムコ,セガの3社以上に,スペースインベーダーのコピー基板を売りさばいていたコナミが元気と言っても言い過ぎではないでしょう。
 シューティングゲームの流れを変えた「グラディウス」,アーケードにスポーツ要素を持ち込んだ「ハイパーオリンピック」,恋愛シミュレーションを一般大衆に広めた「ときめきメモリアル」,精密な考証に立脚したアドベンチャー「ポリスノーツ」,そして一連の音ゲーによって,かつてはゲームの歴史を書き換え,そして他社が伸び悩む中次々に新しいジャンルを確立して多くの支持を集め,一人勝ちという観もありますね。
 斬新なアイデアもさることながら,MSXの黄金時代を支えた強烈な技術力とこだわり,絶妙なゲームバランスは,さすがに職人芸的なものがあります。
 我々オールドゲームを知るものには,コナミには良い印象もあるわけですが,どうしたことかこの会社,最近おかしな方向に向いてしまっています。
 1つは,音ゲーについての特許紛争。他社が出す音ゲーを特許を傘に差し止めるという「強硬姿勢」には,業界が一斉に反発をしました。ある同業者に,これまでは「暗黙のクロスライセンス」があって,お互いがお互いをまねてまねられるというのがこの業界で,コナミの行動は紳士協定違反だ,ともいわせています。
 無論,紳士協定であっても悪いことは悪い,いいことはいいので,一概にコナミの行動が悪いとはいいません。しかし,この紳士協定によって潤ってきた会社が,もらうときだけもらっておいて,いざあげる側になったときに特許をちらつかせるなんてのは,ちょっと虫が良すぎます。
 ただ,今のところコナミの一人勝ちのようなものなので,他社はコナミを業界から締め出すような実力行使に出にくく,最終的にはコナミの言いなりになったりしています。
 もう1つ,ちょっとしゃれにならないことがありました。
 PS2用のソフトとして,ファイナルファンタジーのスクエアが,非常にリアルな野球ゲームを4月30日に発売する予定でした。
 しかし,ゲームの開発にはつきものの開発遅延からか,4月30日には発売できないという状況になってしまったのです。
 普通ならここで発売日を延期すればそれですんだ話なんでしょうけど,今回問題なのはここからです。
 コナミは,日本プロ野球連盟に対して,球団名や選手名などの独占使用権を得ました。ただし,移行措置として4月中に発売される物についてはこれまで通りとなっています。
 スクエアの野球ゲームも,4月30日に発売されていれば何も問題はありませんでした。しかし,これを過ぎると,コナミの独占使用権が有効になり,発売が出来なくなってしまいます。
 ですから,このスクエアの野球ゲームは,現在発売未定となっています。目下,コナミと交渉中だという事です。
 この独占使用権が有効になるのが5月1日以降であるということは,もちろんスクエアも知っていたはず。ここまでに発売しないとややこしい政治問題に発展することは誰の目にも明らかなことで,それでも4月30日に発売出来ないと判断したといのは,その開発がのっぴきならない状況であったと考えざるを得ません。
 スクエアに勝算があったのか,どうにかなると甘く考えていたのか,それとも他の読みでもあったのか,それはわかりません。とりあえず出してしまってそれから無償交換などバグ対策を後から打つとか,逆に潔く発売中止とするとか,そういうことをしなかったことも謎なんですね。
 これがそこらの小さなゲーム会社の話なら,逆に簡単に解決したでしょうね。でもスクエアというと,日本のゲーム会社の雄です。互いのメンツもあるわけですし,一体どういうことが現在行われているのか,私には全く見当も付きません。
 個人的な話をすると,スクエアのプロ野球ゲーム,非常に出来が素晴らしかったので私も欲しいと思っていました。これをしたいと思ったから,PS2を買うことも考えていたんですね。
 だけど,もうこれですんなり遊べなくなってしまいました。コナミが出す「パワプロ」も出来がいいので,別にそっちでもいいですけど・・・
 この独占使用権,結局の所日本プロ野球連盟がコナミの出資によって成り立っているという現状もあって,いわばコナミの言いなりなわけです。今までは会社が儲かると,球団経営に乗り出すというのが当たり前だったのですが,コナミはなんと,プロ野球連盟を押さえるという誠に賢い作戦に出たわけです。すごいというより,恐ろしいですね。
 コナミには,いろんな変な噂があります。○○が ○○にこってるとか,○○が ○○○○しまくりとか,○○○に ○○○がしかけられて○○されているとか,○○○で ○○さわぎとか,もう,ろくでもない話ばかりです。セガがリストラ社員を閉じこめたパソナルームの方がよほどましな話です。
 ちょうど,こんな噂が流れ始めたことから,確かにコナミという会社もおかしな事をし始めたんですよね。非常に残念なことです。
2000年05月10日 20時16分03秒

連休明け
 今年も5月の大型連休が終わりました。
 お隣韓国では5月5日はやはり子供の日だそうですし,中国でも日本と同じように5月初旬に大型連休を設定する動きがあるそうで,私としてはこの季節のいい時期に世界中がお休みになればうれしいなと思ったりします。
 それはさておき,この連休は私にとっても,ものすごく濃い連休になりました。長かったのですが,ほぼ毎日,なにかをしていていました。
 大阪に戻った初日,新大阪からかつて大阪でバンドをしていた頃のボーカリストに5年ぶりに会いました。彼女は諸事情あって子供を一人で育てているのですが,先日お母さんが亡くなったとかで,随分気落ちしているだろうと思ったのです。
 いってみるとなんのことはない,非常に元気でした。今年小学校に上がった娘さんが私の手に放ったハムスターが噛みつき,血が出たのですが痛くない振りをするのが辛かったことを書いておきます。
 翌日は取り壊す実家の写真を撮ることをしました。最近使い始めたフジのRDPIIをF3にいれ,90mmのマクロレンズで庭の草木を撮っていきます。
 5月1日は高校の頃からつき合いが続いている友人3名とミナミに出かけます。ひとしきりお話をして,近況の報告です。
 5月2日と3日は引っ越しに向けての荷造りをしました。2日の夜に弟が帰ってきてくれたので3日は,あのサターン最後の作品「ファイナルファイトリベンジ」大会です。
 しかし,あまりのつまらなさと底の浅さに,どちらからともなくやめになりました。30分ほどという格闘ゲーム対戦としては異例の短さです。ただ,ハガーによる地球を突き抜ける必殺技を堪能できたことは,特筆すべきポイントでしょう。
 4日と5日は泊まりがけで高校3年生の時のクラス会です。もう10年ぶりになる人もいます。なんと総勢で28名もの人間が集まりました。
 かつての級友が全国に散らばっていることにも驚きましたが,顔かたちやキャラクターなど,ほとんど変わってなかったことに,うれしさがあったりしました。
 ただ,ここではっきり感じたことがあって,私自身はあれから随分変わっているんだなということです。
 もちろん私には今の方が居心地がいいわけですが,10年前の友人達の目に映るのは,単純に10年前の私でしかありません。次第に浮き上がっている友人の接し方と私のあり方のズレによって,そのころの私を再発見する機会と同時に,それが自分にとって窮屈であることを感じました。
 5日の午後からは引き続き荷物の整理。私はこれまでにほとんど終わっていますが,弟は忙しく実家に戻る時間もなかったため,ほとんど整理が出来ていません。しかし,暇で誰かにかまって欲しかったネコ状態の私としては,やはりネコらしく弟の作業を邪魔することにことのほか喜びを感じていたのでした。
 パソコンを片づけるといえばパソコンでゲームを始めるし,昔の本を箱から出してきては「お,見て見て」と作業を止めたり,弟の部屋にあってしばらく借りていたテレビを,ごったがえす弟に「返す」といって持ち込んだり,それはもう,今考えるとひどいことをやってました。
 箱にしまったカタログをみたいといったところでとうとう弟も切れてしまい,私も逆切れして気まずくなってしまいました。悪いことをしたなぁと思います。
 6日は朝早くから引っ越し。壊す実家から荷物を運び出し,仮住まいに向かいます。非常に汚い小さな仮住まいなんですが,建築の時期が似ていることもあって,自分たちの物を置き始めるとすっかり元の家のような錯覚を覚えます。ここには母だけが3ヶ月強過ごすことになるのですが,8月の半ばに出来上がる新しい家が,本当に楽しみです。
 7日は東京へ戻る日。しかし7日の早朝,いとこが危篤だと連絡を受けます。仕事が翌日からあるので残るわけにもいかず,我々兄弟は帰ってきました。いとこはその日のうちになくなってしまったそうですが,そこから急にいろいろ考え込んでしまいました。
 やや大げさかも知れませんが,人の命を見直したり,自分のあり方を問うたり,引っ越しを通じて物と人との関わりや作業の邪魔ばかりしたことを反省したりと,なかなかいい勉強になった,連休でした。
2000年05月08日 15時02分44秒

ガンプラ爆裂
 弟が実家に帰ってきています。引っ越しを目前にして、小学生だった我々が」その青春を傾けたガンプラ、ガンダムのプラモデルの山を目の前に、いったいこれらの処遇をどうするかを、話し合っていました。
 弟が「爆竹でぶっ飛ばしたりするんやけどな、僕の周りでは避けて通れない道やったんやけど」とぽつっというので、なぜか手元にあったわずかな爆竹を持って、外に出ました。
 今回の生け贄は1/144スケールのゴックとジオング。ゴックは改造されて腹のところで分かれているのでここに2発の爆竹をセット。点火して素早く上半身をかぶせ逃げますが、意外に早く大きな音を立てて爆発したため、背を向けている途中の私はその姿を見ることが出来ませんでした。
 一部始終を見た弟はそのすさまじさに顔が引きつっていますが、残骸を集めると部品は飛散し、中には割れた物もあったりします。
 これに気をよくした我々二人は、次の生け贄ジオングをセットします。下半身スカート部分をはずし、ここに仕込みます。おまけでグフの胴体部分をスカート内部に入れて、合計3本の爆竹を入れて、首の部分から導火線を出し、点火しました。
 しゅるしゅると音がして、まず一発、バンと爆発。残り2つは不発に終わりました。
 しかし、近寄ってみるとスカート部分は裂けてしまい、粉々になっています。中のグフの胴体は縦に割れています。
 たった一発でもこの威力。爆竹侮りがたしです。
 そして我々兄弟は、本来なら小学生の時に経験しておくべきだった「ガンプラ爆竹粉砕」を、ようやく経験できたのでした。
 ところで、同時期に経験しておくべき「大気圏突入ごっこ」は果たせずに終わりましたことを、ご報告しておくことにします。
2000年05月04日 14時03分46秒

帰省中
 今実家でこれを書いています。母に贈ったiBookがこんな風に役に立つとは。
 ここ大阪も、昨日の急な雨がすっかり上がって、今日は大変に過ごしやすい、いい天気です。
 そんなわけで、7日までお休みをいただきます。更新を楽しみに待っていただいている奇特な方々には申し訳ないですが、少しだけ待ってくださいね。
2000年05月03日 14時05分42秒

携帯電話でペースメーカーが誤動作
 少なくとも東京では,電車の中での携帯電話の使用を「ペースメーカーなどの誤動作による危険性の回避」のため,禁止するようになりました。
 そもそも個人のモラルに任せるべき問題を,とうとう禁止するようになったというところに,日本の社会の子供っぽさを感じずにはいられませんが,ここでは私の意見を述べたいと思います。
 まず,携帯電話の電波でペースメーカーが誤動作するかどうかですが,可能性はゼロではありません。人の命がかかっている分,やはり軽く考えるわけには行かないでしょうね。
 携帯電話の出力電力はアナログ方式で600mW,デジタル方式で270mWであり,半径約22cm以内にあるペースメーカは誤動作の危険性があるそうです。(一般的には余裕を持って半径2m以内は危険ということになっているようです。)したがって,そこらへんの路上に比べて,電車の中での誤動作の危険性ははるかに高くなります。
 では,PHSはどうでしょう。PHSは携帯電話に比べて1/10以下の出力しかありません。したがってペースメーカーの誤動作の可能性は皆無だと言えるでしょう。(定かではないがペースメーカーが受けるエネルギーは距離の2乗に反比例するので,誤動作の可能性のある距離は1cm未満でしょう。密着させない限り大丈夫ということになります。)
 結論としては,PHSや同じく微弱な電波を出すポケベルは,ペースメーカーの誤動作の可能性はほとんどない,少なくとも禁止されるほどの危険性はないといえるでしょう。
 列車無線はその何千倍もの出力の通信機を備えていて,それが大丈夫というんですから,そもそも眉唾のような気もします。
 もちろん病院での使用は厳禁です。なにがあるかわかりません。ただ,大きな病院の医師や看護婦にはポケベルが渡されていて,連絡が取れる仕組みになっているということだけはここに書いておきましょう。
 さて,私以外にも考える人がいると思うのですが,ペースメーカー側のアプローチが必要なんではないか,ということはどうでしょう。
 ペースメーカーとは,心臓に正確なパルスをおくって拍動を補助する装置です。重い心臓病の患者には命に関わる大切なものです。
 これも極論なのですが,本来は大きな装置であったこのペースメーカーが小型化されて埋め込み式になった背景には,社会生活に戻ることが出来るようにと言う切なる要望があったからに他なりません。
 大きさ,電源,信頼性など,目に見える部分での改良は進み,社会生活の中で使用できるペースメーカーが登場したかのように見えていますが,実は携帯電話の電波で誤動作という致命的な問題が未解決のままなわけです。
 携帯電話が社会生活の中に存在する「ごく普通」の存在であることは,もはや誰もが認めるところでしょう。それが出す電波に耐えられないようなものを作っておいて,なにが社会生活の中で使えるものか。
 はっきりいって,ペースメーカーの開発メーカーの怠慢ですね。こんなものを埋め込まれた患者の方々が気の毒で仕方がありません。社会復帰は,実は出来ないということなのですから,これは詐欺ですね。
 ちょっと言葉が過ぎましたが,せめて携帯電話の電波に耐えられるくらいのペースメーカーを作らないと,やっぱりまずいですよ。人命に関わるものなんだから万全を期さないといけないと思います。
 とはいえ,ペースメーカーの問題とマナーの問題は別の話。やはり隣で電話をされるのは気分の悪いものですし,呼び出し音が鳴り響くというのも,やはりいらいらするものです。タバコと同じで,それが嫌だと思う人がいる集団では,やはり自主的に遠慮するのが大人ってもんでしょう。そういう基本的なマナーが出来てない人が,今はあまりに多すぎます。
 ということで私の結論。まず大前提で通話はだめ。マナーの問題です。呼び出し音もならしてはいけない。これも当然ですね。
 ということはメールということになります。携帯電話はペースメーカーの誤動作が心配なのでとりあえずだめ。PHSはその可能性が限りなくゼロに近いので許可。ポケベルも許可です。ですから,電車内ではPHSが唯一の情報発信手段ということになりますね。
 ・・・長々と書きましたが,最終的には自分が電車内でPHSの電源を切らないのを正当化した,ということに過ぎないですね。
 皆さん,マナーの問題は真摯に受け止めましょう。全く別の口実で禁止されるようになったら,もうおしまいですよ,本当に。
2000年04月26日 19時54分15秒

本田宗一郎とCVCCエンジン
 この春からNHKで放送されている番組に,「プロジェクトX」というのがあります。
 名前はNHKらしく非常に野暮ったいんですが,内容はさすがにNHK。とかく個人の業績ではなく,会社やプロジェクト全体の功績とされる日本の技術開発の世界に,個人の業績にスポットをあて,新しい技術に立ち向かった技術者を熱く語る番組です。
 私も技術者のはしくれ,先輩方のスピリットには,学ぶべきところが多く,毎週楽しみに見ています。
 今週は「ホンダの開発した低公害エンジンCVCC」です。
 排気ガス中の有害物質をそれまでの1/10にするという無茶苦茶な法律がアメリカで成立します。かのマスキー法です。ビッグ3と呼ばれたアメリカの3大自動車メーカーは「達成不可能」として激しく反発しますが,これに果敢に挑戦したのがホンダです。
 低公害エンジンには2つのアプローチがあります。1つは触媒を用いて有害物質を無害なものに変える方法。もう1つは有害物質そのものを減らす方法です。世界中の自動車メーカーは現実的な方法として,触媒を用いた方法を選択します。
 しかし,触媒には有効に働く条件が厳しく,キャブレターを用いた当時のエンジンでは到底実用化できそうにありませんでした。
 しかし,ホンダはCVCCと呼ばれるエンジンの開発に成功しました。有害物質そのものの量を減らすというアプローチです。コンピュータも何もない時代,ホンダは機械工学のみでその無謀な目標に到達したのです。
 排気ガス中の有害物質は,混合気のガソリン濃度が低いと少なくなります。しかしこれでは馬力も出ず,エンジンがきちんと回りません。CVCCでは濃い混合気を送り込んで確実に爆発させる小さな副燃焼室を設け,ここで確実に着火した炎を主燃焼室の薄い混合気に爆発させるという方法を用いて,馬力と有害物質の削減を両立出来たのです。
 しかし,この「濃い混合気」と「薄い混合気」を正確な濃度で別々に用意するということと,副燃焼室と主燃焼室のバルブの駆動には,まさに常識外れの精度が求められました。後にアメリカで「精密機械」だと呼ばれたこのCVCCエンジンは,純機械的な方法のみで,マスキー法を世界で最初にクリアしたエンジンとして,歴史にその名を残します。
 そして,そのCVCCは初代シビックに搭載され,特にアメリカで大きな評価を得て,アメリカ進出の足がかりと,飛躍のきっかけをつかんだのです。ホンダの真似をしないというスピリットは,今も健在です。
 CVCCエンジンは残念なことに,エンジンの制御にマイクロコンピュータが使われるようになることで,触媒を用いた方法に取って代わり,現在は使われていない技術です。またホンダだけの技術だけに,このCVCCエンジンを体験した人はそれほど多くはないと思います。
 実は私が免許を取ってはじめて手に入れた車が,2代目シビックでした。もちろんCVCCエンジン搭載しています。改良されたCVCC-IIエンジンで,1500ccの排気量で89馬力を出し,CVCCは非力だ,という評判を払拭したエンジンです。
 ワンオーナーで大事にされた車でしたが,父の知り合いの自動車販売会社で下取ったものでした。FFの2ボックス,マニュアルの車という私の条件に引っかかったのがよりによってこの車だったのです。
 正直私はがっかりしました。シビックというので3代目の「ワンダーシビック」だと思いこんでいた私は,初代でもなく,また3代目でもない一番マイナーな2代目「スーパーシビック」ですから,現物を見て落胆しました。
 しかし,乗るにつけものすごい愛着が沸いてきます。SOHCながらも副燃焼室のバルブ駆動のために別のカムシャフトを持つ,DOHCに匹敵するメカニズム。まさにホンダしか作れません。音も独特の音です。トルクは薄いですがのびはさすがにホンダ。2速で60km/hまでぐんぐん引っ張ります。2速から3速につなぐ瞬間が実にわくわくします。3速の,あのぐっと引っ張られる感覚は,本当にあのCVCCなのかと思うほどでした。
 実家を離れ,東京に引っ越すことでこのシビックは廃車となりました。ステアリングはナルディ,ホイールは味のある純正の鉄ホイールに175HR13/70を履き,なかなかの居住スペースで走りも利便性も両立して,私の青春時代を支えてくれました。そして,その自動車がCVCCであったことを,今も誇りに思っています。
 CVCCエンジンの開発に成功し,マスキー法をクリアしたその8ヶ月後,本田宗一郎は突然社長の座をおります。
 本田宗一郎はこういいました。
 「CVCCエンジンの開発では私はビッグ3にもできない低公害エンジンはホンダにとってまたとないチャンスだといった。しかし開発に関わった若手たちから,我々は会社のためではなく,社会のために働いているという声が挙がった。私はいつの間にか会社本位の考え方をしてしまっていた。若いということは,なんとすばらしいことか。」
 私は番組の最後に紹介されたこのメッセージに,感動して思わず涙がこぼれました。そしてまだ30歳になっていない自分が,彼の言う「すばらしい時代」を生きていることを実感し,技術屋としてこの時期を無駄に過ごさないことを,彼の言葉で再確認しました。
 再編が進む自動車業界。ホンダには逆境を跳ね返す独創性のある力があります。規模としては日産やトヨタに足元にも及びません。しかし合併や提携の話はありません。心配する声もあちこちで聞こえますが,きっとホンダならこの先も独自のスタンスを維持し,我々に夢を与えてくれることでしょう。
 今も社員が「おやじさん」と呼ぶカリスマ,本田宗一郎。彼のスピリットを受け継ぎ,彼の言う「すばらしい」若手が,ホンダを,自動車を育てていってくれるものと,期待しています。
2000年04月25日 22時42分43秒

炎のコマ
 本日4月24日は,記念すべき「ゲームセンターあらし第2巻」の発売日です。
 ?な人が多いと思います。
 「ゲームセンターあらし」というのは,1978年から1983年にかけて,主にコロコロコミックに連載されたマンガです。作者はすがやみつる先生で,最近は大人向きの劇画などを手がけてらっしゃいます。
 名前の通りゲームを主題にしたマンガで,ゲームの達人である主人公の小学生「石野あらし」が次々に現れるライバルを相手に,ゲームで戦うというストーリーです。
 ゲーム = 不良というイメージが固定していた70年代後半,小学生をゲームの達人にしたてあげ,世界平和や地球を守るという壮大なスペースロマンに発展するそのマンガは,とてつもなく大げさなマンガとして記憶に残っています。
 例えば必殺技。ゲームの中に入っているマイコンよりも素早くレバーを動かして敵をよける「炎のコマ」,腕をこすりあわせて静電気を起こし,これでマイコンを誤動作させて勝利する「エレクトリックサンダー」,技のかけ声が天・地・人で始まる「真空ハリケーン打ち」,もう理由も理屈もない超技「スーパーノヴァ」,レギュラー技の「ムーンサルト」などは背景がリアルな月だったりしますから,もうすごいです。
 そんな必殺技で必ず悪に勝利し,親友達と助け合う「友情パワー」という線は,この後出てくるキン肉マンなどにも大きな影響を与えたはずです。
 しかし小学生対象のコミックでは最新のゲームを取り上げるわけにもいかず,またゲームセンターを奨励するような表現は避けねばならないということもあって,その舞台をゲームセンターからゲームウォッチやゲーム電卓へ移します。
 作者のすがや氏がかたくなに拒んだテレビ化も外圧から実現しますが,ここで急速にすがや氏はやる気を失ってしまいます。またあくまで噂ですが,全国のPTAから非常に強い圧力がかかったとかで,結果太く短いあらしの時代は,終わりを告げます。
 注目すべきは,連載期間がわずかに5年足らずということ。人気が出てからの正味の連載期間は3年ほどでしょうから,その数年間に小学4年生ぐらいだった人のみが,強烈に覚えているマンガと言うことでしょう。ドラえもんのように誰でも知ってるマンガでないことが,かえって知ってる人の記憶に強烈に生き続けるマンガだったんでしょうね。
 当時,コロコロコミックは創刊されたところ。ドラえもんを軸に展開するコミックだったのですが,次第に個性的な連載が増え,確実に当時小学生だった私なども読者に取り込まれていきました。
 難問・奇問に右手と左手で同時に2枚の答案を仕上げる必殺技「答案2枚返し」の「とどろけ!一番」,科学者の父親がシャレで作った薬で女の子に変えられてしまう「おじゃまユーレイくん」,2頭身の番長が繰り広げるギャグ漫画「ゴリポンくん」,元金メダル体操選手が惨めな毎日を過ごす「金メダルマン」,硬派なアクション刑事物「ザ・ゴリラ」など,今でも覚えているものが多いですね。なんでも,我々初期のコロコロコミックの読者をして「第1次コロコロ世代」というらしいです。
 さて,連載期間が短かったわりには強烈な記憶を残したゲームセンターあらしですが,もう1つ見所があります。それは当時大人気だったゲームが出てくるのです。攻略法などもあったりして,ミニ四駆やポケモンのような,子供文化の発信地という役割はすでにこの時にできあがっていたということになります。
 スペースインベーダーに始まり,平安京エイリアン,ミサイルコマンド,トランキライザーガン,パックマン,ギャラクシアン,クレイジークライマーなどの名作はもちろん,ゲーム電卓やゲームウォッチとその類似品など,およそゲームに関係するものは取り上げられています。貴重な資料でしょう。
 あと一つ,あらしたちが主人公で大活躍する「こんにちはマイコン」も取り上げねばなりません。この単行本は全2巻で,当時勃興しつつあった国産8ビットパソコンを子供たちに紹介したマンガです。マイコンの仕組み,マイコンで出来ること,BASICの文法とプログラムの作り方など,おなじみのあらしたちが繰り広げるパソコンワールドに,私もしびれたくちでした。NECのPC-6001というマシンが題材だったのですが後にMSXを題材にしたバージョンも発売されました。このマンガでパソコンに興味を持ち,足を踏み入れた人は少なくないでしょう。
 実際,ゲームセンターあらしとこんにちはマイコンの2つで,ゲーム業界,コンピュータ業界を目指して現在第一線で活躍する人も少なくなく,すがや氏もそこは誇りに思っているということでした。かくいう私もその一人です。
 ゲームセンターあらしは,ある特定の世代にのみ記憶された希有なマンガですが,当然単行本は絶版,マンガ文庫ブームにのって発売されたものも絶版(私は持ってますが)で,完全復刻版の登場が待たれていたとき,太田出版から出たんですね。第1巻は3月下旬に,そして第2巻は本日です。
 たぶん今30歳ちょっと前くらいの人にとって,あらしはヒーローだったはずです。すごく分厚い本で,探すのも大変でしょうが,是非読んでみて下さい。
2000年04月24日 14時28分10秒

Socket7はなくなるのか
 Socket7といえば,AT互換機のCPUのソケットのことですね。バスクロックとCPUクロックが別になったPentiumで採用されたSocket5に,CPUのコア電圧を調整できる機構を付けたのがSocket7なわけですが,Pentiumでは最終型のソケットとなりました。
 この時代,インテルのCPUとピンコンパチブルな互換CPUがたくさん出ていたこともあって,Socket7は事実上の標準となっていました。あらゆるCPU,あらゆるマザーボードはSocket7だったのです。
 しかし,Pentium2の登場で事態が一変します。
 Pentium2は,2次キャッシュに汎用品を用いて低コスト化を図るため,CPUとキャッシュメモリをそれぞれ基板にマウントし,これをマザーボードに差し込むという方式になりました。Slot1の誕生です。
 バスクロックが66MHzまでしか許されていないSocket7と,100MHzにも対応できるSlot1ではその差は明らかですし,そもそもインテルがSocket7のCPUを出さないのでは,先は見えています。
 互換CPUメーカーはSlot1を採用できません。これはSlot1に関係する特許がそれを阻んでいるからで,このままでは互換CPUは立ちゆかなくなってしまいます。
 互換CPUの雄AMDは,Socket7のバスクロックを100MHzに引き上げたSuper7を規格化,K6-2というCPUで全面採用に踏み切ります。こうしてK6-2やK6-3というCPUは,Pentium2やその廉価版であるCeleronに十分対抗できたんですね。
 しかしそのAMDはSlotAを採用したAthlonという次世代CPUに移行しましたし,他の互換CPUメーカーは軒並み買収や撤退で,Super7のCPUは新規にはリリースされなくなっています。
 このごろ秋葉原でもSuper7のCPUはなかなか手に入りにくくなっています。K6-3などは探さないと見つからないようになっています。
 インテルはSlotAからSocket370というソケットに移行を進めていて,スロットからソケットに戻るような感じもあります。
 CPUのソケットとしては非常に長い寿命を誇ったSocket7も,もうそろそろ潮時でしょう。性能向上はすでに限界に達し,マザーボードメーカーもサポートしなくなっています。K6-2やK6-3といったCPUは,ノートパソコン用に生産されていますがデスクトップ用には今後益々入手が難しくなるでしょう。
 私は結局一度もAT互換機の自作には手を染めなかったのですが,その昔自作をしようと思ったときにはSuper7とK6-3で行こうと思っていました。それだけに,昨今の状況は非常に寂しい限りです。
2000年04月20日 17時55分21秒

真空管アンプが作りたくなった
 突然ですが,真空管アンプが作りたくなりました。
 私はその昔(って今でもなんでしょうが)オーディオが大好きで,高校生の時にアルバイトして作ったMOS-FET(2SK134/2SJ49のSEPP)のプリメインアンプを今でも大事に使っています。
 で,真空管は昔捨てられたテレビやラジオからポロポロと集めたこともあってか非常に興味があって,一応資料やら知識やらは備えているにはいるのですが,いかんせん自分で回路を設計したり製作したりという経験はほとんどありません。パーツが手に入りにくかったことや,あっても非常に高価だったんです。
 実験的に6BM8という複合管のシングルモノアンプを作ったことはありましたが,このアンプ,真空管である必然性を全く感じなかったので,そうそうにばらしてしまいました。(ついでにいうと動作中に興味本位で真空管の表面に触ってしまいやけどをしたこともばらした理由です。)
 ただ,ガラス管の内部に複雑な形状の電極が幾重にも折り重なり,見た目にも楽しく不思議な存在であったことに端を発し,動作原理やその歴史を学ぶにつれ,やっぱり一度はきちんとした物を作っておきたいなと思うようになってきました。
 一方で,「実用品しか作らない」という私のモノづくりのコンセプトを考えても今のMOS-FETアンプに不満はありませんし,仮に真空管アンプを作ったとしても消費電力が桁違いで,重く,大きく,技術的興味と音質(これは諸説あるでしょうが私は真空管アンプの音は半導体アンプとは違った味わいがあると思っています。)を除くと,デメリットばかりが目に付くのです。
 加えて製作コストがべらぼうにかかる。安い部品で作る方法もありますが,特に真空管アンプは価格と音質(性能)が正比例する部品で構成される事が多く,ケチるとカスみたいなものしか出来ません。
 やるからには最低10万円,できるなら25万円は見ておく必要があるでしょうね。
 真空管アンプは半導体と違って,電源トランス,出力トランス,チョークコイル,場合によってはドライバートランスと言ったいわゆる「巻物」が性能を握るキーパーツになります。これが大きく,重く,高価。しかも粗悪品は促音質に悪い影響を与えるとされています。
 トランジスタの功績は,こういったコストと性能が正比例する部品を使わずに回路を構成できるようになり,素晴らしい性能を安く小さく,そして確実に手に入れることが出来るようになったことじゃないかと思います。ディジタルオーディオの世界と似たようなところがありますね。
 さて,今作りたいと思っているのは3つくらいの候補があります。
 1つ目は6L6GCというビーム出力管を用いたもので,ウルトラリニア接続のプッシュプルタイプ。
 6L6そのものは戦前からある歴史ある真空管ですが,最後の最後まで使われ続けたベストセラーで,何度も何度もバージョンアップを繰り返して性能向上をされてきたものです。また,ウルトラリニア接続というのは負帰還のかけ方の1つなのですが,比較的最近になって発明された方法で,6L6という真空管と新しい技術のマッチングが実はとても楽しみなのです。
 2つ目は6G-B8のプッシュプル。6G-B8は東芝が独自開発した純国産のオーディオ用高出力ビーム管で,系列としてはKT88や6550なんかと同じです。ただ,世界最大級を目指して1970年代に製造されたモダンなタマですから,ある意味で最も完成された最新の真空管とも言えます。
 出力やリニアリティも突出していて,スペックを見てるだけでもワクワクするようなタマですが,日本でしか作られていませんでしたし,もちろん日本人しか知らないでしょう。真空管そのものが海外からの輸入に頼っている現状では,入手性や価格で厳しいでしょうね。その分トランスなども選定が難しいでしょう。
 3つ目は6080のプッシュプル。6080というよりは6AS7といった方がピンとくるでしょうね。電圧制御を目的とした双三極管です。低い内部抵抗と引き替えに,非常に低い増幅率という特性はまさに「電圧制御抵抗器」という感じです。晩年は堅牢な双三極管という特徴を生かして1本でフリップフロップを構成し,真空管で作られたコンピュータに多用されました。
 増幅率が低いと言うことは,つまりこの真空管をドライブするには高いドライブ電圧が必要となるわけで,ドライバ段や電源回路にそれなりの工夫がいるということですし,また内部抵抗の低さからぴったりマッチする出力トランスも少なく,そこも障害になるでしょう。
 ただ,その内部低抵抗の低さを生かして,OTLという形式のアンプにはよくお目にかかります。出力トランスを設けず直接スピーカーを駆動するという半導体では当たり前のこの方式,諸悪の根元である出力トランスを撲滅した功績はあるのですが,私にいわせればそれは半導体でやればええがな,です。
 私は友人からその6080という真空管を4本もらい受けていまして,ちょうどステレオのプッシュプルができるんですね。(ペアチューブではないでしょうが,通信工業用なのでそこそこ揃っているでしょう。)それで今一番作ってみたいなという気分になっているのは確かですね。
 せっかく作るんだから,「300Bとか2A3みたいな直熱三極管をやらんでどないすんねん」「いやいや845でプレート電圧1KVに挑戦すべし」「甘いぜロシアの6C33でパラプッシュプルのOTLこそが男の生き様よ」「なにをおっしゃる全部ナス管でいかんかい」「6146Bとかの送信管で作ったアンプはすげーよ」「テレビ用水平出力管を使いこなして廃物利用せんかい」「俺はニュービスタで超短波まで旅に出るぜ」とか,そういう意見にも多少なびくのですが(なびくのか),やっぱり「実用品」という観点で見ると6L6あたりが無難ななのかなとも思います。
 でね,別に真空管のアンプってのはそんなに珍しいものでもなくて,皆さんもご存じのギターアンプ,あれは結構真空管なんですよね。ギタリストの背後に「Marshall」などと,筆記体で書かれた黒い木箱がどどんと鎮座していますが,あれは先に出てきた6550やKT88,6CA7(EL34)といったビーム管で作られています。真空管独自の歪み具合がもはや切っても切れないところにあるんです。
 楽器の一部としてのギターアンプは,そう簡単には半導体にはできないのです。鉄で出来たバイオリンが役に立たず,未だに厳選された木で出来ているのと同じ事です。
 大阪・日本橋という日本で2番目の電気街でも,真空管アンプをまじめに作るにはそれなりの苦労をするわけですから,秋葉原に近いという地の利を生かさない手はないと,それは思っているのですが今の狭い部屋ではやっぱりどうにもなりません。
 引っ越したら作ってみるかなぁ。一生物として。
2000年04月19日 13時14分21秒

地獄の皇太子
 先日,会社の売店を用もなくふらふらしていたら,なにか派手なパッケージが目に付きました。気になって手に取ると,なんとまぁ聖飢魔?のファイナルライブのビデオ(しかも2本組)ではないですか。
 悪魔教の力とは恐ろしいもので,一瞬ふっと意識がなくなったかと思ったら,気が付くと自分の席にその「最後の教典」を手にして座っていました。所持金はしっかり代金の分だけ少なくなっていました。
 ということで早速持って帰って彼らの説法を堪能することにしました。
 いやはや,デーモン小暮閣下はさすがにお年を召されて最盛期よりもパワーが落ちていますが,それでもきちんとハイトーンが飛び出して非常にありがたいですし,これまでに入れ替わったメンバーも含めて全員が出てきますので,リードギター3本,ベース2本,ドラム2本,キーボード2本という強烈にうるさい編成も後光が差しそうな勢いです。
 2本目は31日の本当のファイナルです。一曲目の「地獄の皇太子」は,相変わらず私の愛する曲なのですが,改めてそのメッセージに心打たれました。
 残念ながらこのライブ,私は実家に戻っていたので見に行くことは出来ませんでしたが,それでも偶然会社の売店で巡り会ったのには,なにか強力な引力を感じます。
 つらつらと聖飢魔?を考察するに,彼らの功績は,70年代に勃興したジャパニーズ・ハードロックの正当なる伝承者でありながら,それを歌謡曲と同じレベルで扱われることをあえて目指し,事実ヒットチャートにそれらを送り込むことに成功しているという点でしょう。
 70年代,日本でのハードロックは明らかにイギリスよりでした。「様式美」と言う言葉で形容されることが多いように,バロック風の曲調を取り込んだり,シンセサイザーを大胆にフィーチャーしたり,歌詞の内容も暗く重いものが多くありました。これは明らかに西海岸のハッピー脳天気ハードロックとは違っています。
 DeepPurple,Rainbow,OzzyOsbourn,BlackSabbath,Dioといった「神懸かり的な」バンドをお手本にし,EL&PやASIA,Genesis,RUSHといったプログレッシブロックの要素も多く取り込み,独特のアングラな世界を,アイドル全盛の時代にあえてチャレンジしていたんです。
 キーボーディストがリーダーを勤めるバンドが多かったことも特徴的ですね。ムーグやアープによる大胆なキーボードソロ,ギターと張り合うハモンドオルガンを,今のように「ついで」の楽器としてではなくメインの武器として扱っていたんですね。
 有名どころでは(といっても全体に有名なジャンルではないんで皆さん知らんでしょうけど),TerraRosa,Sirius,SaberTiger,外道,EasternOrbit(HeavyMetalArmy)というあたりが非常に強烈な演奏を見せてくれていました。TheEarthShakerも元々はこの方面の雄でしたし,もう少し後になるとVowWowや人間椅子,Loudnessといったところもその影響を色濃く受けたバンドとして君臨します。
 聖飢魔?というバンドは,これらバンドの正当な継承者であり,VowWowなんかに比べてもその血統種としてのスタンスを堅持し続けた頑固なバンドと言えるでしょう。
 ただ,こういったバンドにありがちな「ヒットチャート軽視」「アイドルをバカにする」「大衆は豚だ」といった観念は聖飢魔?にはなく,むしろ自ら作っていた壁を取り去って,お茶の間に送り込むことを積極的に進めた点が,非常に画期的でした。
 聖飢魔?のそういった姿勢は,売名行為ともとれましたし,奇抜な衣装が「奇をてらった」ものに見えたりして,通からも大衆からもそれなりの反発があったのですが,それでも彼らは音楽性を変えることも,あついはお茶の間に対する考え方を変えることも最後までしませんでした。
 ライブも観客が楽しむことを前提にしたサービス満点のステージで,その奇抜な衣装やメイクさえも楽しむための道具として役立てているあたり,さすがだと思います。これがLoudnessのようにいきがってるだけのバンドだったら,普通の人は反発しますよね。
 思うに,聖飢魔?以外のバンドが結局マニアックな存在になったままだったのは,やはり「壁を作った」せいだろうと。孤高であることをなにより尊いとし,大衆に下野することをなにより薄汚い行動と考えていたことだろうと思うわけです。
 聖飢魔?は壁を壊し,受け入れる枠を広げたわけですが,それはそれで彼ら自身にも葛藤があったはずです。しかし,結果それにより広く「ジャパニーズハードロック」が認知されるに至ったわけで,彼らの方法論は私にいわせると,さすがであるといわざるを得ません。
 そのバンドもいよいよ解散。もう日本にはこういったバンドがメジャーにいることはないでしょう。日本の音楽がおかしくなっているときに,まっすぐにぶつかっていった彼らに,私は最大のエールを送りたいです。
2000年04月18日 17時02分34秒

OceanColourSceneのライブ
 金曜日は友人が誘ってくれて行くことになった,OceanColourSceneのライブに行って来ました。恵比寿だったのですがさすがに金曜日とあって電車も駅も混雑していました。
 今回は12月のライブがメンバーの都合で延期になったライブだったのですが,そんなことすっかり忘れてしまうような気分でした。会場はフローリングでステージは比較的高い位置にあり,座席はなくオールスタンディング。座席が確定しない事といい,場所柄と言い,客層と言い,ちょっと苦手なところです。
 案の定禁煙のホール内でたばこは吸うは,周りを気にせず暴れまくるはで,それは私にはいい印象はありません。友人に話をしてみたところ,これはこんな物だという事で,私にはちょっと縁のない世界と,そういう感じがしました。やっぱりブルーノートの方が気分的に楽です。
 それはともかく,彼らうまいです。
 私もビデオを少し見たりしていましたから,いかにもイギリスのロック,という感じがして気持ちのいい音楽を聴かせてくれたんですけども,今回もそれは健在。
 みんなそれほどかっこいい,というわけではない,普段着のままなんですが,これが実にかっこいい。
 私のお気に入りはドラムのオスカー・ハリソン。私はバスドラムのしっかりしたドラマーは大好きなのですが,彼はまさにそれで,だけども繊細なドラムもきちんとたたく,器用な人です。
 ベースは私の好きな「ぶりぶり」いう音を出していたわけではありませんが,バンドのカラーからいってこれはぴったりでしょうね。非常にうまいベーシストです。
 ギターもうまい,ボーカルもうまい。そう,ボーカルは素晴らしいです。なんというのか,枯れたうまさというのか,いかにも英国ロックっぽいのです。
 彼らには手癖があるようで,どれも似たような曲ではあるのですが,それが日本のロックのように鼻につくものではなく,非常に自然なのです。メロディアスでもあり,でもかすれた色合いがとても心地いいのです。
 ただ,ホールの音響が最悪でした。ズーンと低域でのハウリングがボーカルやギターをかき消してしまいます。全体に低周波で共振していたような感じでしたから,非常に疲れてしまいました。
 ということで,OceanColourScene,お勧めのバンドです。久々に気分のいいロックを聴きましたね。
2000年04月17日 11時56分00秒

いやはや
 以前に弟と楽器屋をめぐって,そこでローランドの新製品を触ってきてがっかりした,ということを書きました。XV-3080というモデルでした。
 ローランドとしてはこのXVを次世代のプロユースモデルと考えていて,それにしては私自身の持った印象が悪すぎたというところが,やっぱりしっくりきていかせんでした。
 で,今朝なにげにローランドHPを覗いてみると,XVシリーズに88鍵のモデル,XV-88というのが出ているのを知りました。88鍵・・・そう,プロスペックモデルに対してのみ与えられてきたその歴史は,メーカーの威信を懸けた「勝算のあるモデル」にしか与えられることはありません。高価ですからユーザーを裏切るわけにはいきません。ある意味で安心なモデルと言うことも出来るでしょう。
 私の使っているD-70というモデルは76鍵ですし,ウェイテッド鍵盤といういわゆるピアノタッチの重い鍵盤ではありません。それは商品性の問題でライブでの使用を目的としたから,スプリットで鍵盤を上下に分けた場合の利便性と持ち運びや重量の問題をバランスした結論なんだとおもうのですが,XV-88は88鍵ということからも,ピアノとしての使用をも範疇に入れた,スタジオモデルということになります。
 デモソングがあったのできいてみました。
 ははは,いきなり一発目からすごいですね。ギターがワンワンいってます。いつのまにここまで出来るようになってたんだろ・・・ディジタルシンセって。
 確かに不自然なところとかいっぱいあるんですよ。でもはっきりいってあれだけのプレイを手に入れようと思ったら,かなり演奏者を選ばないとだめでしょう。少なくとも私には演奏できません。シンセに負けました。鳥肌がでましたね。
 相変わらず生音系はさっぱりで,ブラス,ストリングスは白々しさが爆発してます。これはちょっと使いたくありませんね。
 だけど,同じような鼻につく個性が目立っていたドラムとピアノについては,ドラムは標準のドラムキットでも私の使っているD4を隅に追いやるくらいのパワーがありましたし,それぞれSRXシリーズという新シリーズのエクスパンジョンキットが出ていて,これを付けるとかなり素晴らしい音が出るようです。
 これもサンプルが上がっていたのできいてみました。
 ピアノ・・・なかなか頑張ってます。64MBという容量のROMを,たった1台のコンサートピアノだけで使い尽くすという贅沢さ。すべての音がいいとはいいませんが,TopMicBrightというパッチ名は目の前にあるような生々しさが良く出ています。かなりいい感じです。
 これに88鍵のウェイテッド鍵盤ですから,しばらくの間マスターとして使えそうな気がしていて,このXV-88,今買ってしまおうか随分悩んでいます。(引っ越ししてからになりますけどね)
 以前なにかの雑誌で,「シンセのエンジニアは一番自信のある音聞いて欲しい音を,パッチナンバー1にプリセットしておくものなんですよ」といっていたのを思いだしているのですが,そういう意味でこのデモソングの1番,結構聴き応えありです。デモソングはそのシンセを一番良く知った人が極限まで利用して作ったものだから,私がそこまでの力を引き出すことは無理でしょう。だけど,つまりそこが限界点というわけで,デモソングを聴けばそのシンセのアビリティの見当が付くんですね。
 うーん,合格。Proteus2000の購入計画は白紙に戻そう。
2000年04月13日 11時00分28秒

プラリペアは使える
 少し前の話になりますが,私が多大な熱意を持って仕上げたPC110についての話です。
 先日,床に黒っぽい小さな部品が転がっているのがわかりました。はて,と思い拾い上げてみると,なるほど見覚えのある部品です。
 あ,これは・・・そう,PC110の上蓋をあけるラッチのツマミ部分です。はめ込み式で,ツメで内側から引っかかる仕組みになっています。
 そのツメが見事に内側に曲がって,折れかかってしまっています。床に転がしてあったので足で蹴ったか他の何かが当たったか,たぶんそんなとこでしょう。
 部品を注文する,外側の枠ごと交換するなどいろいろ考えましたが,やや手間がかかるのと手に入りにくい物だけに腐心するのも疲れてしまうので修理をしようと試みました。
 こんなこともあろうと,東急ハンズで「プラリペア」なる補修剤を入手済みです。
 プラリペアは,模型をする人や自動車をいじる人の間ではそこそこ知られているものです。小さなカップに入った樹脂の粉末の上に溶剤を注射針のようなもので1滴落とし,小さなドロドロの玉になった所をその注射針で拾い上げ,目的とする物に付けます。
 5分ほどで完全硬化,硬化後は一般的なプラスティックと同じ強度,耐久性を持ちます。接着剤ではないですから硬化後の体積変化も極めて少なく,充てん剤としても有用です。また,周りのプラスチックに溶着するので,ぽろっと取れたりすることはまずありません。
 名前の通り,プラスティック製品のリペアを目的としています。ただ溶剤が非常に臭く,換気が必須であることと,やはり玉になってから目的とする形に仕上げるのが難しいです。
 実は私のPC110は,以前外側の枠が割れてしまったので,プラリペアで修繕しています。今回は2回目ですね。
 ラッチのノブは小さな部品です。取り付け時に他の部品と干渉するのでうまくプラリペアを盛らねばなりません。
 曲がったツメをそっともとに戻し,その周りを取り囲むようにしてプラリペアをのせていきます。えぐってあるとこも干渉しない限りはプラリペアを充填して強度をアップしました。
 硬化後にカッターナイフで仕上げて,完成です。
 カッターナイフで削る作業を何度か試みて,ようやく満足行く物になりました。ちょっと動きが渋いですが,意外にしっかりとした強度で,今まで通り心配なく使うことが出来ます。
 最近何度か使うことがあるこのプラリペア。使いこなせるようになるにはそれなりの熟練を要しますが,気軽にプラスティック製品を修理できる魅力は,やや高い価格を補って余りあるものだと思います。どこにでも売っている物ではないですが,興味のある人は探してみられたらいかがでしょう。
2000年04月12日 11時33分15秒

スバラ式サイン会
 日曜日はあまりに天気が良くて,友人に誘われるまま自由が丘に出かけました。特別用事があったわけではなかったのですが,春の空気を吸いに出かけたという感じですね。
 自由が丘に行ったときには,駅の向かいにある青山ブックセンターに立ち寄ることにしています。デザインやカルチャー関係に強く,私の好きなネコパブリッシングという出版社の自動車の本がたくさん揃っているんで,普通の本屋とは違う楽しみがあるからです。
 地下へおりていく途中に,「原田宗典氏サイン会」のポスターが貼ってありました。
 兼ねてから氏の作品のファンである私は,ネズミを目の前にしたネコのように,目がくりくりと反応しました。
 原田宗典先生と言えば,「スバラ式世界」や「17歳だった!」などの軽快で等身大のズッコケエッセイがとても楽しい作家ですが,なかなかユニークな展開を見せる長編「平成トムソーヤー」なども発表されている,今20代から30代の人たちに,最も読まれている作家の一人でしょう。
 どちらかというと軽薄なイメージのある方ですが,実は高校時代から文学青年で,かの志賀直哉を師と仰ぐ「文学者」なんです。また,文学に対する思い入れや熱意,文学の未来への危惧など,ここ最近の若手作家の中では非常にまじめに文学に取り組んでらっしゃる方ではないでしょうか。
 えーと日時・・・今日やないけ・・・時間は・・・3時からか・・・今3時半!
 狭い売り場にはいると,いるではありませんか,原田宗典先生が。こぢんまりした小さな机に座ってせっせせっせとサインをしている姿が目に入ってきました。
 レジで新刊を購入し,整理券をもらってサインの列に列びます。整理券の番号は96番。すごい。1時間も列ぶと困るなぁなどと考えていましたが,実に20分ほどですみました。
 大半が若い女性。私のような野郎はごくわずかです。気恥ずかしさもありましたが,ここしばらく読んでなかったにせよ,一時期は毎日のように読んでいた大好きな作家のが目の前にいるわけですから,もう舞い上がってしまって・・・
 さらさらと筆ペンでサインをもらって,握手をして頂きました。
 帰りも非常にうれしくて,わくわくして持って帰ったのですが,このことを実家の母(本屋に勤務)に電話で話している間に,「俺はなにをよろこんでいるんだ」と我にかえってしまって,ありがたみがしぼんでしまいました。
 とはいえ,東京にやってきて一番東京らしい事件ですね。自分ではこのサイン会も,事前に知っていたとしたらそのときに列んでサインをもらうことはわざわざしなかったでしょうし,当日,まさにサイン会の途中だったという運もあって,手にすることができたサインです。
 春の日の,本当にささやかな,面白い事件でした。
2000年04月10日 14時51分21秒

うらら
 先週ですが,Dreamcastようゲームとしてセガから発売されている,「スペースチャンネル5」のサントラを買いました。
 無論,ゲームもすでに購入済みで,70年代のテイストに酔いしれておりました。
 非常に黒っぽい音楽を目指していながら,でもやっぱり非常にまとまった行儀の良さがあって,そこはいかにも日本人が作ったファンク,という感じ。
 しかし,まずはゲームのBGMであること,踊りたくなるようなものであること,70年代のテイストを漂わせること,という条件を考えて,よくよく練られたものであることがわかります。
 特に踊りたくなる,という部分が秀逸で,ヘッドフォンをして聴いていた私も,鳥肌が立つような感覚を覚えました。
 ゲームだからとか,ジャケがへんだとか,セガじゃねぇとか,そういう先入観はさくっとすてて,とりあえず聴いてみてください。楽しいですよ。
2000年04月07日 12時52分31秒

それでいいのか
 昨日,DirecTVのチューナーを手に入れました。
 私の弟が2年ほど前に購入してそのままにしてあったものを,私に譲ってくれたのです。
 DirecTVといえば,SkyPerfecTVに統合されることが決まった報道が記憶に新しいところですが,実のところ弟もその報道があって急に思い立ったというところでしょう。
 事情はこうです。2年前弟がCSの導入をする際に,DirecTVのチューナーセットを購入したところ,建物の関係で受信できなかった。そこでSkyPerfecTVのセットを買い直したんだそうです。DirecTVは番組が映らないまま,当然契約もされないまま今までほってあったわけです。
 ところが,この騒ぎでDirecTVの契約者はそのままSkyPerfecTVに移行できることになったので,私に話がきたというわけです。
 昨日のうちにセットアップも終わって受信できることが確認できたので契約をしようと電話をしました。すると3月15日で契約を締め切ったとつれない返事。
 良く事情が飲みこめてない私は,とりあえずそこで電話を置きました。
 この話を弟にすると,怒ってました。弟の言い分は,受信できないと契約できないシステムで,ようやく契約できる環境が整った時に断られるのは納得がいかないということ,先週の末までホームページでは新規加入を募っていたこと,3月15日に新規契約を終了したということを告知されていなかった,そもそも当時5万円もしたものをそのまま無駄にさせるのか,という点です。確かに怒る理由はわかります。
 基本的には私もこの意見はもっともだと思うのですが,ただ,DirecTVの責任の発生は契約後であり,それ以前は販売店や製造メーカーにあるんではないかということが気になります。受信できる環境にない場合は,そのときに販売店かDirecTVに相談するのが正しいありかただったんじゃないかと思います。2年もたってから「映らなかった」といわれても,さすがにそれは対応が難しいでしょう。
 そうはいっても,結局5万円の商品がゴミになったのは,放送事業者の都合が直接の原因なわけですし,受信できなかったことも含めて,消費者である我々に落ち度はありません。
 兄弟でいろいろ考えてみようと思っていますが,いずれにしても誠意ある対応は期待を期待したいところです。
2000年04月06日 14時25分31秒

発掘調査
 実家の建て替えがこの夏行われることは,以前ここでも書いたことと思います。
 先日,母からメールがきていまして,何事かと思ってみてみると,建て替えに際して,市の教育委員会が発掘調査を行うという事が書いてありました。
 発掘調査・・・大げさですが,事実です。
 私の実家は,考古学に詳しい人ならご存じの,古市古墳群のど真ん中に位置します。考古学に詳しくない人は,仁徳天皇陵とか応神天皇陵とか日本で1番2番という規模の前方後円墳が,大小あわせてそこらかしこに点在する,そんなところと思ってください。
 そんな土地柄ゆえ,一度土を掘り返したら最後,土器の破片やはにわ,挙げ句銅鐸のような物まで簡単に出土します。これまでにも何度か,重要文化財に指定されるような画期的なものが出土し,世間をあっといわせたりしたことがあったそうです。
 ところが古い街ゆえ,なかなか発掘調査などできません。そこで市としては建て直しや取り壊しなどがあった場合,次に建物を建てる前には必ず発掘調査を行うことを義務づけています。
 もっとも,その土地の所有権は市にありませんし,一般の民家が何ヶ月も建築にかかれないというのは,あまりに負担が大きすぎます。
 したがって,私が聞いていたところでは,一般の民家については除外されるのだと思っていたのです。
 ところが母の話では一応調査はすると言うこと。期間は短いと思いますからそんな本格的なことはしないと思いますが,以前実家の裏に駐車場が出来るとき,チョークで白い丸やら文字やらを書き,穴ぼこなどを作ったりしていかにも発掘現場,という感じになっていたのを思い出します。
 地元の人間,というのか当事者としておそれるのは,発掘の結果「貴重な」ものが出土することです。もしそんなことになれば,建築計画は延び,ひょっとしたら白紙になるかも知れません。自分勝手な話だと思われるでしょうが,もし自分の家の庭に考古学に一石を投じるような遺跡が出てきたりしたことを考えてみてください。毎日のように報道陣や観光客が押し寄せ,そこを自分の物でありながら自由に使うことを許されず,しかも「文化財保護」という見地に立てば声高に意見を述べることも許されない空気があったりして,面倒だと思うでしょ?
 庭くらいならいいです。家を壊して,仮住まいに住んでいるときにもし何か出てきて,本格的な調査をするなどと言うことになったら,それはもう一大事。お先真っ暗になるでしょ?
 ということで,我々の地元では,密かにこの発掘調査がおそれられています。そして,発掘調査の対象者は,何も出ないことを心の底から祈って毎日を過ごすのです。
 私も古代史などには興味がありますし,それらの研究に役立つ出土品には理解があります。いろいろ出てきてわからないことがわかるようになることは素晴らしいと思います。
 しかし,それが個人の犠牲によって成り立っているという現実を知ってもらいたいという気持ちもあります。
 みなさんにもテレビや新聞の華々しい「大発見」のニュースを見ながら,こういう話が裏側にはあるのだということを,ちょろっと考えてもらえればまた違った視点が開けるかなと,思います。
2000年04月05日 17時58分49秒

諸行無常
 昨日の話ですが,私を育てたX68000というマシンに関して,おそらく「終止符」とも思われるニュースが2つ届きました。
 1つは,シャープやハドソンと言ったメーカーが開発し,著作権を保有しているX68000のIOCS(ROMですね)やアセンブラ,Cコンパイラ,OSといったシステムおよび開発系のプログラムがフリーになったという話です。
 これは2つの意味があると思います。
 1つは,名実共にX68000が過去のマシンとなったということです。ビジネスとして著作権を守る必要がなくなったという判断が,シャープを含めて数社の見解として疑う由もないと言うところまで来ていると言うことです。
 もちろん,現実には数年前にX68000の使命は終わっているのですが,フリー化するという後戻りの出来ない決断をわざわざ出すことは,ビジネス判断としてはまったく必要のないことであるわけで,少なくとも過去の国産マシンで同じ事が行われてこなかったことを考えても,寂しい話ではあります。
 これをふまえてもう1つ,フリー化しようとしまいと,ビジネス的には全く影響のないことを,どうして行えたのかという話を考えてみる必要があります。
 X68000とシャープの心意気に惚れ込んだ私としては,これはシャープからの,最後のプレゼントだと思いたいです。
 このプレゼントは非常に大きな意味があります。昨今,アングラな世界ではエミュレータなる物が大流行です。もちろん,X68000のエミュレータも,非常に優秀な物がすでに存在しています。しかし,これを動かすには実機の内部にあるROMのイメージとOSなどのソフトが必要になるわけですが,これは明らかに著作物なので,少なくとも使用者が正しいライセンスを所有していることが必須になります。(ライセンス契約上,イメージを実機以外で使用するという取り決めは想定されていないので,非常にグレーなところでるがゆえ,アングラだというのが現状です。)
 ところが,これらがフリーになると,大手を振ってエミュレータでX68000を楽しむことができるわけですね。
 最近のPCは,CPUが1GHzに届くところまで来ています。10MHzの68000をエミュレートするなど,たやすいことです。25MHzの68030を搭載した最後のマシンX68030をエミュレートしても,余りある速度となるでしょう。
 こうなると,マシンの物理的な存在意義がなくなります。お金を出しても手に入れることが難しく,故障しても直せる目処が立ちにくくなっている現状,エミュレータによるユーザーへの負担の軽減は,まさに福音となる物です。
 開発ツールが提供されたことで,新規ユーザーによる新しいソフト開発者参入の可能性も大きくなりますし,今までユーザー主導で盛り上げてきたこの「特殊な」コミュニティの火が,シャープさんという父親から維持されるというのは,なんとも喜ばしいことです。
 さらに可能性を考えていけば,エミュレータそのものもフリーですし,皆がエミュレータの改良という形で「ハードウェアの開発」に参入できる機会を得るという事も考えつきます。
 スプライトを強化しよう,音源を強化しよう,グラフィック解像度を上げよう,3Dアクセラレーションを実装しようといった,これまでではハードウェアの改造しか手がなかった拡張が,ソフトだけで出来るという事実です。
 そしてそれが配布され,スタンダードになれば,ユーザー自らの手で,過去のマシンX68000をバージョンアップして,常に「新製品」としてユーザーに届けられることになるわけです。
 つまり,コンピュータのアーキテクチャが,メーカー主導ではなく,ユーザーの力によって進化するという,そういう事実です。
 これを支える土壌としては,先ほどのPCのパワーが底なしに上がることが必要だったのですが,これも最近は問題ないレベルまできました。良くできたエミュレータもすでに存在し,ソフトがフリー化されればもう条件は整ったと言えるでしょう。
 1つの時代を作ったX68000というマシンは,当時のユーザーの意識の低さから,市販ソフトのコピーが横行したことでサードパーティーが離れていくという悪循環を繰り返して滅びました。自ずと市販ソフトに頼らない風潮も育ってきましたが,良い悪いは別にして,たくましいユーザー達の集まりであることは事実でしょう。ソフトだけではなく「ハード」をいじる可能性をも手に入れた歴戦の勇者達が,今後どう動くのか楽しみでもあります。
 実は,シャープさんはX68030の後継機として,PowerPCを搭載した新シリーズを開発し,発売目前までこぎ着けていました。しかしトータル10万台ちょっとしか出荷していないマシンの後継機を出すことに,会社が了解しなかったと聞いています。人材などのリソースは液晶事業に集中。そんな中でザウルスやメビウスなどのマシンが登場しているわけですが,私は今回のフリー化が,彼らの無念さと,彼らの意志がユーザーに託されたことを,感じています。
 さて,長くなりましたがもう1つのニュース。これはとても残念な話です。X68000ユーザーを根底から支えてきた満開製作所が,経営不振からX68000関連の事業から完全撤退を決定しました。(http://www.mankai.co.jp/tettai.htm)
 会社として立ち直る体力のあるうちに,負担となっている部門を切り離すと言うことですが,非常にもっともな選択だと思います。
 満開製作所は,昨年の今頃,若くして他界された祝 一平氏によって設立された会社です。
 氏は,X68000というマシンに未来を賭け,大企業が牛耳るパソコンの世界にユーザーのパワーを見せつけようという崇高な目標を実現せんがため,この会社を興しました。電脳倶楽部というディスクマガジンと通してX68000のユーザーをつないだことは,インターネットが登場する以前の草の根パソコン通信と共に,X68000の寿命を延ばし,ユーザーを育てたことと評価されるべきことでしょう。
 X68000が開発元であるシャープさんから見放された後も,本来ならシャープさんがやるべきCD-ROMへの対応や高速SCSIボードの開発など,どちらかというとハードウェアに苦手意識のあるX68000ユーザーの代わりに,企業力でサポートしてくれたという功績もあります。
 しかし現実は厳しく,売り上げの減少からくる負担の重さゆえ,X68000を支えてきたサードパーティの中では最も最後に撤退を表明したのが先日の話です。
 昨年の祝一平氏の死去も,私は非常に大きな衝撃を受けましたが,今回の決定も直接関わっていないこととはいえ,衝撃でした。いつやってきてもおかしくない状況でしたから,疑問はありませんし,よくも今まで続けてこれたものだと,感謝の気持ちでいっぱいです。
 捨てる神あれば拾う神あり,明暗を分けたこの2つのニュースは,X68000ユーザーがまた荒波にもまれることを意味しています。しかし,それがまた新しい伝説を作るのだと思いますし,そうであって欲しいと心から思います。
 エミュの人も,ゲームばっかりやってないで,フリーソフトの1つでも作ってみなさい。
2000年04月04日 11時17分26秒

セガサターン・リベンジ
 ということで始まりました艦長日誌・私的記録GTですが,記念すべき第1回は土曜日のちょっとした用事でアキバへいったことを書きます。
 アキバへはいくつかの目的がありましたが,その中の1つが,かつて一世を風靡して今や口にすることもタブーとされる「セガ・サターン」の最後の新作ゲームを手に入れることでした。
 その名も,「ファイナルファイト・リベンジ」です。
 かなり前からアーケードではST-Vで稼働していますし,それを知らずともファイナルファイト,といえばピンとくる人も多いでしょう。
 対戦格闘ゲームの金字塔,スト2の源流として認知され,横スクロール対戦アクションであるファイナルファイトは,その爽快感と無茶ぶりに多くのファンが魅了されたわけですが,この新作はこれを題材にしながら,ポリゴン対戦格闘物として「リベンジ」しています。
 サターン最後の新作の名に恥じず,4MB拡張RAM(サターンは内蔵DRAMをカートリッジによって拡張できたんですよ)必須,3Dグラフィックアクセラレーション機能を持たないハードウェアでは限界と思われる見事なポリゴン(VF1みたいなカクカクですが)で,しかも開発はバカゲー王国アメリカで行われているという,末期のメガドライブを思わせるテイストが,ファンの心を揺さぶります。
 青春をサターンにかけてしまった私としては,これをかつての私に捧げるためにも,手に入れないわけには行きません。しかし,私は4MB拡張RAMカートリッジを持っていません。
 幸いカートリッジ同梱版も販売されますが,数は極端に少ないという評判で,先週アキバに出向いた時に予約を試みて,あらゆるところで断られたことを考えると,もう絶望という感じでした。
 発売は3月30日だったのですが,会社をさぼって買いに行くことも出来ず,土曜日までお預け。もし土曜日に手に入らなかったら,それは運がなかったとあきらめようと思って,メッセサンオーに向かいました。
 某雑誌ににも度々登場する名物店長さんがそばにいたので聞いてみると,レジに置いてあるとのこと。しかもカートリッジ同梱版です。
 迷わず買いました。果たして7300円の価値はあるのか・・・
 家に帰って何カ月ぶりにサターンを出してきました。わくわくしながら起動します。
 ・・・つ,つらい。
 やはり,ドリキャスに慣れた目には,このカクカクはつらいです。レスポンスの悪さ,理不尽な動き,モーションの荒さやポリゴン数の少なさは,新作にも関わらずある種の懐かしささえ感じます。アンドレなんて,3ポリゴンくらいで描いてあるんとちゃうかと思うほどに惨めです。このゲームに何千円ものプライスを付けるなんて罪の意識はないんかい,といいたいところです。
 し,しかしこのゲームの売りは「サターン最後の新作」というバリューで半分以上を占め,残り半分はさすが肉を主食にすると万人を唸らせるアメリカのパワーを感じ取ることにあります。
 雑誌などでもよく目にしますが,このゲームは「スーパームーブ」という,いってみれば超必殺技が用意されています。この必殺技の演出が,もうたまらなくバカゲーなのです。
 まだ全部のキャラを見ていませんが,ロレントではいきなりヘリに乗り込んで相手を機銃掃射(それも視点はコックピットにあり,ヘリを操作しないと相手に当たらない)しますし,ポイズンはお色気カットが3枚ほど挿入され,プレイヤーを全身脱力させます。ソドムのテンチュウサツという技では,なにより屈辱的な気分が残ります。
 他にも見所多数。噂ではパイルドライバーが地球を突き抜けて反対側に出てくるとか,誰もが一度は考えついて,でも馬鹿馬鹿しいから実行しないようなことを平気で盛り込んでいます。恐るべし。
 このバカさ,私は「ストリートファイター リアルバトルオンフィルム」という名作に相通ずる物があると見ました。キャプテンサワダという謎のキャラの,ハラキリで飛び散る血を相手に浴びせ,多大なるダメージを与えるという大技で勝利したときの爽快感,そして屈辱感。まさにこれこそセガファンを満腹にさせる新作といえるでしょう。
 ところでこのゲームを手に入れたその日,LAOXのホビー館で,なんとまぁプレステ2を店頭販売していました。店頭に呼び込みがいて,それほど混雑もせずに売り場に向かえば,わずか10人ほどの列が出来ているだけです。
 従って私も,その列に並べば店頭で購入できたことになりますが,私にはその列に並ぶ愚か者どもに,「ファイナルファイト・リベンジ(4MBRAM同梱版)」を見せつけたやりたい衝動を抑えるのが精一杯で,とてもそれら愚民どもの列に加わる気持ちは起きません。
 そんなわけで,名実共に私の中で,セガ・サターンが終わりました。せがた三四郎が星くずになったように,私のサターンも,きっと星くずになるのでしょう。
2000年04月03日 14時47分46秒