思いつくまま正直に,当然奇をてらわないことを目指した全く個人的な日誌である「ロッタちゃんのはじめての艦長日誌・私的記録」。タイトルも新たに,ますます人の迷惑を顧みず突き進みます。
 どうでもいいけど,サーチエンジンで日誌が引っかかるというのはちょっと怖い気がしますね。
 過去の物はこちらです。

真空管アンプの逆風
 ここのところ,趣味としての真空管アンプがちょっとしたブームになっていることは,私自身が今それなりに真空管アンプに対して興味があるということからも,なんとなく感じています。
 そんな中で,老舗のタンゴのトランスが廃業し,完全自作派に逆風が吹いていることは,以前もここに書きました。
 さらに吹く逆風の情報が入ってきまして,今度のは思わぬ方向からのものだけに,ちょっと驚いています。
 1つは,秋葉原の三栄無線が閉店するという話。三栄無線と言えば,秋葉原のラジオ会館で何十年も店を構えるやはり老舗であり,オリジナル真空管アンプのキットでは豊富な種類と質の高さで,もはや定番と言ってもいいかと思います。
 いたずらに古い物を頑固に守るという事ではなく,その時々に手に入る部品を使い,大量生産を生かして安く提供してくれたり,プリント基板の導入を積極的に進めて初心者にも心配なく作れるようになったりと,非常に現実的な親切さが光るお店です。
 先日私がここで買い求めた,KT88シングルのアンプキットも万円とは思えないクオリティで,大変満足でした。タンゴのトランスが入手できなくなると言う事実は,キットという形で良い部品が提供されるという具合に仕組みが変わる時期に来ているということだと,思っていたのですが・・・
 三栄無線が閉店する話は,まだ事実関係を確かめていませんが,先日のタンゴの件と同じソースなので,おそらく事実でしょう。大変に残念なことです。と同時に,タンゴといい三栄無線と言い,関わりを持った途端に永遠にその関わりが絶たれるというのは,なんと悲しいことでしょうか。
 さて,次の逆風は,また別の方向です。次の通常国会で,消費電力税と真空管保有税が提出され,成立するだろうと言う話です。
 これは三栄無線閉店の情報を探しているうちにある掲示板で見つけたのですが,昨今の環境とエネルギー事情を考えて,大きな電力を消費する電化製品には堅い税金を課そうというものです。
 製品の単価に上乗せなのか,実際に消費した電力に対してかかるようになるのか,そこまでは調べられていませんが,いずれにせよたくさん電気を使った人が余計に税金を納める仕組みには変わりません。
 そごうや銀行にかかったお金は,こういうことで埋め合わせをするんですよね,馬鹿馬鹿しい。
 確かに,家電業界でも消費電力の軽減や待機電力を小さくする工夫は目立っています。しかし,それは無駄な電力を消費しない工夫,つまり同じ事をより少ない電力で行う工夫であるわけで,そこを考慮しない点純な消費電力の大小で課税するかどうかなどは,ちょっと頭の悪い人の考えることだと思いました。
 メーカー製の真空管アンプなどは,おそらく課税対象となるでしょう。そうしないと,低消費電力という方向に全体を持っていきづらいという事情もわかるのですが,それを税金という方法で行うというのは,こと趣味性の高い話だけに,簡単にそうですかと納得するわけにはいきません。
 さらにおかしいのは,真空管保有税です。これは真空管を持っているだけでかかる税金ということですが,業務用に限られるのか,それとも個人所有のものも含まれるのか,それはまだわかりません。現実的に個人所有のものにかけるのは無理なので,販売や製造業者の在庫に対して発生する税金でしょう。
 ねらいとしては,同じ事が半導体で出来る世の中になり,あえて大電力の真空管がまだ使われている現状を打破するというところにあり,これで一気に真空管の息の根を止めてしまおうということなんでしょうね。
 これもまぁ,無茶苦茶な話です。真空管は,海外では未だに生産されているんですけどね。
 オーディオの真空管アンプは趣味性が強いものですので,同じ事が半導体で出来るかどうかは,ナンセンスな論議です。一方,ギターアンプなど楽器としての真空管アンプはまだまだ主流であり,「楽器」としての見地から,半導体のアンプとは別のものとして考えられています。それを同じ事だとする今回の見解は,ちょっと理解に苦しみます。官僚や議員の中にも,ギターアンプが真空管でなければならないことを,知ってる人がいてもいいんではないかと思うのですが・・・
 確かに北欧など,諸外国でこういった規制を行っている国はあります。日本も,環境への配慮という意味から導入に根本的な反対はありません。
 しかし,なにも「趣味」という自由度の高い,選択肢の多い分野から行う必要性はないと思うのです。趣味をささやかに楽しむ人間から電力を締め付けるより,少しの工夫でそれらを帳消しに出来るくらい効果の大きな工場など業務用途の電力を減らすことから始めてみてもいいと思います。
 さらに私は思うのですが,自分勝手と言われることをあえて書かせてもらいますけど,冷蔵庫や洗濯機,掃除機やエアコン,電子レンジなど,インバーターの導入で目に見えるほど消費電力が下がっています。またテレビやコンピュータなどもものすごい勢いで電気を食わなくなっていますね。
 それでも電力消費は毎年増えています。それが経済成長の証であると考える,古い経済学者もいるくらいです。
 本来なら,減るか悪くとも横這いであるべきなのに,どうして増えているのか。それが趣味で真空管アンプを楽しむ人と楽器をプレイする人のせいなのか,よく考えて欲しいと思います。
 生きるために必要な機器から電力を軽減し,浮いた電力を趣味に生かす。これってとても人間的で豊かなことだと思いませんか?
 また,そういう,余力を融通しあうという社会の仕組みって,とても幸せなことだと思えませんんか?
 電気自動車が普及したときに,だからレースの世界でも電気自動車でというよりは,ガソリンの消費量も大気の汚染度も下がったから,そこから少しだけ融通してレースはガソリンで行えた方が,なんだかうれしいでしょう?
 環境を守り,我々は次の世代にきちんと譲り渡す必要があります。真剣に考えなければなりませんし,専門性は関係なく,すべての人が自分の出来ることと責任の範囲で,取り組まねばならない問題であることは明白です。
 しかし,一方で娯楽,趣味と言った分野を規制するようになるのは,戦時体制下と変わりません。我が国は平和憲法を有する国家です。個人に対する制限事項は可能な限り少なく,いわば本人の裁量に任されているところがあります。
 そこが基本的人権であるわけで,その保障の見返りに我々は義務を負います。趣味を謳歌する一方できちんと環境に対する責任を負う,これがあるべき姿ではないでしょうか。
2000年08月01日 13時04分22秒

車検を終えて
 新車登録後3年が経過し,初めての車検を迎えた私のプジョー306ですが,いろいろすったもんだがありまして,もう大変でした。
 まず,後ろのブレーキ左右2つが壊れていて交換となったことや,ウィンドウウォッシャーが前後とも壊れてしまい,ここも交換した話はすでに書きました。
 左右のドアロックも調子が悪く異音がしていたので,ここも点検・整備してもらう話になっていたわけですが,手元に戻ってきてみると直してくれてあるのは運転席側だけで,助手席側は相変わらずなんですね。
 それで「直っていない」と連絡をしました。すぐに持ってきてほしいということだったので,7月20日の休日に持っていきました。
 土曜日に自宅に連絡があって,直ったのかと思ったのですが,異音がしないということでした。こういう水掛け論がおこってしまうことを考えて,20日に車を預けたとき,受けた担当者と一緒に音の確認をしたんですよね。運悪く代理の人が出てきてしまって,大丈夫かなという不安もあったわけですが。
 一緒に音を確認してもらっているので,そんはなずはないと話をすると,先方に出向いていっしょに聞くことになりました。
 しかし,自分を訪ねてきてくださいといわれて,時間まで決めた人が,私が行ったときには留守でこれもまた代理に人が出てきました。
 ずいぶんおかしな話だと思っていましたが,いっしょに聞いてみると,最初は音がしていたんですね。でも何度か繰り返すと音がしなくなりました。この音は何度か繰り返すうちに音がしなくなるので,そのことも事前に話をしてあったのですが・・・
 納得できないと話をすると,その代理の人は居直って「どうしてほしいんですか」といいだしました。「きちんと直してください」というと,わかりました,やっておきますといって私を追い返しました。
 さて,翌週電話がなかなかこないのでこちらからかけると,もうすぐ作業が終わるので,清算しておきますからいつでも取りに来てくださいというんですね。
 ちょっとまってください,清算というのはお金がかかるということですか,と聞くと,あたりまえですといった,人を小ばかにした返事がきます。
 お金がかかるとは聞いていませんし,それがいくらになるとも聞いていません。それを勝手に作業するなんて,どう考えてもおかしい。それで,最初に私の車を担当してくれた,親切(と思われる)人に代わってもらいました。
 私の不満点は,

(1)点検の見落としにせよ,修理不完全にせよ,最初に直してくれとお願いしたところが直ってないことの責任をはっきりさせること
(2)再入庫で担当者と一緒に症状を確認して預けているので,今になって確認できないはおかしいだろう
(3)再修理でお金がかかるなら,なぜそれを事前に相談しないのか
(4)当初約束した期日にぜんぜん間に合わず,結果として約束が守られなかったことへの責任
(5)客をわざわざ呼び出しておいて,呼んだ人間が不在とはどういうことか
(6)「どうしてほしいんですか」などの,なめた居直り発言の問題
(7)工賃は販売店持ち,部品代は私持ちで話がついているということだが,そんな話は私は初耳である

 というところです。
 前回,「フランスの部品はこんなもんです」と言われてがっかりした私にとっては,それならそれで,メンテナンスの重要性はますます重要だろうと思ったわけです。それがこれですから。
 様々な押し問答の末,完全に頭に来ていた私が勢い分だけ勝った感じです。その哀れな担当者は,上司に相談するので,明日まで待ってほしいと電話を切りました。
 翌日の電話では,今回は部品代も工賃も持ちます,ということで返事をもらい,あたりまえじゃと思う一方で,まぁ末永く付き合うことになるので,これで納得するかと,いろいろありがとうございました,今度の土曜日に取りに行きますと話をしました。
 さて,こないだの土曜日,取りに行ってきました。
 一緒に確認をしてくださいといわれて確認をしましたが,とりあえず両ドアとも変な音はしません。
 長居したくなかった私はさっさととそこを出てきました。
 家に戻ってよくよく見てみると,なるほど音はしなくなっているのですが,左右でフィーリングがかなり違います。明らかに交換したことがわかっている運転席側は,ものすごく切れ味のある動作音がしますが,助手席側は動作そのものが緩慢で,おかしな音がしないだけで,新しい部品に交換された感じはありません。
 きっと,部品代も持つことになって,他からの外し部品を使ったのでしょう。実際,私のリアワイパーのモーターもそういう部品でサービスしてもらいましたから。
 トルクスねじを回した形跡はあるので,交換したのは事実でしょうが,まさか中古部品をつけるとは。これは一杯やられました。
 新品の部品にしてもらえると当然思っていたわけで,このやり方にちょっと憤りを感じました。ついでにいうと,外した部品を返してくれないばかりか,前回の交換修理の際に一度返してもらえた部品を処分されてしまっていました。助手席の下に置いたままにしておいたことも悪かったのですが,勝手に処分するなんて,まぁなんとあきれたこと。
 今住んでいるところから近いということでとても便利だったのですが,こういうことが何度も起きるとさすがに私にいやになります。不信感というのでしょうか,信用の問題というのでしょうか,最後の最後まで私の期待を裏切ったことは,やっぱりとても残念です。
 今度から,違うところで見てもらうことにします。主治医の資格は,ありませんから。

 
2000年07月31日 21時58分06秒

テキストのタイトル
 今日は職場で,勉強会がありました。それぞれ担当を決めて持ち回りで講師を務め,手薄になりがちな分野を埋めていこうという,なかなかありがたい企画です。
 私の担当はメモリカードとフラッシュメモリ。別に専門家ではないのでそんな立派なことはできませんが,それでも自分のこれまでの疑問をすっきりさせようと,いろいろ調べものをしていました。
 今まで何度か勉強家の講師を務めたことがあるんですが,私の場合,その度にテキストを1冊作ります。今時と笑われるかも知れませんが,一番使い慣れたTeXというシステムで作っていきます。
 こうすると,書いていく過程で矛盾点やわかってないところ,見落としていたことなどがはっきりわかり,なにかと都合がいいのです。
 完成したテキストには,毎回毎回,へんなタイトルを付けます。以前CPUに関する勉強会を行ったときには,それを選んでも一緒だよ,という意味を込めて「どれでもいっしょ」というタイトルに決定,ご丁寧に「どこでもいっしょ」のロゴまでパクって,作ってみた凝りようでした。
 今回のタイトルは,Solid State Survivor。各社独自の路線でメモリカードとフラッシュメモリの覇権を争っています。半導体メモリの生き残り合戦という意味で命名しましたが,我ながらいいタイトルだと思っていたわけです。
 でも,本番では誰も突っ込んでくれませんでした。しくしく・・・まさか,レコード大賞を取ったこの名盤を,知らないと言うことはないでしょうねぇ。
2000年07月27日 22時58分10秒

数学が好きな店長
 また高校の時のジャンク屋でのバイトの話です。
 私がバイトを始めたジャンク屋の店長は,今の私が見ても超一流のエンジニアでした。高い技術力,問題解決能力と,コスト意識,そして時間の概念を仕事の基準とし,私のような高校生のアルバイトにも厳しくそれを指導してくれました。時間をかければ誰でもそこそこの物が出来る,いかに効率よくこなすか,それが能力というものだという概念は,もちろん今の私の行動規範にもなっています。
 実際,彼にはそれを強く言い切るだけの非常に高度な技術力がありました。そりゃそうです,廃棄されたがらくたから,お金を作るんです。付加価値をそこに叩き込むには,生半可な知識では到底無理です。
 非常に難しい乖離技術や部品の知識,ソフトからハードまでなんでもこなせ,それは経験則と計算による理論値の両方からアプローチが可能な人というのは,本当に見事な頭脳を見せてくれます。
 事務所には多くの難しい文献が無造作に置かれ,私はぽつんと彼の仕事ぶりを見学するのがとても楽しみでした。
 いつものように雑談をしていると,私は以前から気になっていた,彼のその高い技術力のルーツを聞いてみることにしました。
 おそらく,有名な大学を卒業し,ひょっとしたらどっかの企業で研究や開発をやってたんじゃないか,でも会社員がいやになり,もっと泥臭い今の仕事についたんじゃないかと,勝手な想像をしていた私は,彼の言葉に唸ってしまいました。
 彼は,高校中退経験者でした。
 驚く私に彼は「学校に行っている意味が分からなくなって」と理由を説明してくれました。続けて「働きながら夜間の高校に通ったりしたんやけどね,それでも数学は大好きで,卒業してからもずっと一人でいろいろ勉強したよ。趣味で証明なんかをやるんよ。面白くて大学生の数学くらいはやってたな。」
 すでに数学に敗北宣言をして赤点を連発していた私には,まず彼が高校を辞めたことがあるということと,でも数学は独学でこなしているということに,ますますショックを受けました。
 電子工学の知識は,数学からのアプローチと,趣味で始めたオーディオがきっかけだそうで,右も左もわからない電子工学をマスターするため,短期間に集中的に勉強して,その生きた技術力を手に入れたのだそうです。
 私は,彼の知識は「生きている」知識だと感じていたので,きっと長い経験から生まれたものだと信じていたのですね。でも,最初は理論からだったというのが,私のそれまでの「経験こそが優秀なエンジニアを育てる」という意識を,うち砕いてしまったのです。
 彼の場合は,数学に裏付けられた解析能力や理論を理解する能力に加えて,それを実際に実践し,経験値を上げることも怠らず,しかもその両方が互いを補うようになっていたことが,合理的な最短距離で問題を解決する能力につながっていたのでしょう。
 まさに羨望のまなざし。私には一生かかっても追いつけない,偉大な先輩がそこに現れました。そして,数学に対する意識が変わりました。
 実は今でも数学はさっぱりです。でも大好きなんです。計算は苦手。でも,数式が物語る現象を考察するのは大好きです。概念をすき間なく表記する手法,それが数学だと気付いてから,私はまじめに数学を勉強し,相変わらず成績は悪かったのですが,とうとう最後まで嫌いになることはありませんでした。
 大学時代,あるいは社会に出てからも,数学的に裏付けがとれ,また実際の現象がその通りになることの喜びを何度も経験して,ますますきちんとした理論を学ぶことをするようになりました。今はそういうことが面白くて仕方がありません。
 計算は機械がやってくれます。でも,理論の構築は,人間しかできない芸当です。
 店長は,そのことを高校生の私に教えてくれたことで,私はその貴重な時間を無駄にせずに済みました。感謝するほかありません。
2000年07月26日 22時15分31秒

はじめて作る真空管アンプ
 実家に品のいいオーディオ機器を完備しようプロジェクトの要であるスピーカシステムは,前回書いたようにJBLのJ520Mで決定しました。残るはアンプとCDプレーヤーです。
 アナログレコードやカセットデッキ,チューナーなど複数のソースを切り替えることもしないので,アンプに求められるのは純粋にパワーアンプです。
 そして私はひらめきました。ここに真空管のパワーアンプを用意してはどうか,と。
 まず,今回のオーディオ機器の最大の目的は,長く聴いても疲れないナチュラルな音が楽しめること,ターゲットとする音楽は,最近の日本のポップスなどいわゆるドンシャリではなく,ジャズやクラシックといった自然さをモットーとする音楽であるということ,そしてスピーカの個性も考えて,特にボーカルの艶を再生出来ることが大切なことです。考えてみると,そんなアンプを手に入れるのはなかなか難しいことです。
 ここにもし真空管のアンプを導入できれば,上記の目的は見事に達成できそうな気がします。さらに,私自身は現在真空管アンプの設計を進めており,かなり部品集めも進行中なわけですが,真空管を使ったものの製作というのは,プリント基板を使わないで空中配線で作っていきます。私はこういった作り方を経験したことがないので,回路の設計が出来ても製作の段階で挫折する可能性もあり,心配でした。
 今回,真空管アンプを製作できれば,いい経験値稼ぎになりますし,配線の流儀や勘所を学ぶことが出来ると思いました。それには,実績のある,いいキットを組み立てるのが一番です。部品の配置,配線の引き回し,そして完成した音の状態を基準に出来るということもあって,いきなり最初にバラバラの部品を集めて作るのは無謀ともいえるでしょう。
 幸いにして,近年の真空管アンプブームのおかげで,キットを販売するお店が増えました。老舗もますます元気で,数が出ることも手伝ってか,ちょっと前では考えられないような価格のキットが,十分すぎる内容で用意されています。
 今回は,検討を重ねた結果,秋葉原の三栄無線が用意するキットの中から選びました。予算的に4万円までと考えていて,このクラスでしっかりしたキットを用意しているのが,ここしかないということが大きいです。
 6L6-GCのシングルが32000円,KT88のシングルが39000円で,ずいぶん悩んだのですが,KT88という真空管そのものの容姿と輝かしい実績,私自身の憧れや,キットとしてのスペックの高さからKT88シングルを選びました。デザインもかのMcINTOSH275を彷彿とさせる縦長のデザイン。ステンレス製のシャーシがとてもいい雰囲気です。
 KT88はオーディオ用出力管の中では最大級の大きさを誇るイギリス生まれの真空管で,1930年代に世界のエンジニアを驚かせたビーム出力管6L6の子孫にあたり,双子の兄弟とも言われるアメリカの6550と共に,大出力・高音質のアンプに採用実績のある名球です。特にMcINTOSH275という歴史に名を残すアンプに採用され,世界中のオーディオマニアの憧れの的になっています。オリジナルのGECというイギリスの会社はすでになく,当然現在供給されているのは中国製ですが,そのおかげもあって非常に安く,また数も出回っていて,最近は信頼性についても全く問題がなくなったと言われています。
 当日は約7kgもあるアンプをえっちらおっちら持って帰ったのが先週の先週の土曜日。この連休に作ってしまおうという魂胆です。
 詳しい製作記はまた後日HPに紹介するとして,製作時間は述べで5時間弱ですかね。部品点数が少なく,半導体アンプを経験済みの私としては,部品の少なさが新鮮でした。ある意味で真空管は,これくらいの部品点数でも立派に増幅器として動作するわけで,つまり生まれながらに音を増幅するデバイスということですから,様々な部品を付加してようやく成立する半導体よりも理想的な増幅素子であるといわれるゆえんはこのあたりにもあるのかなと思いました。
 一応チェックをして,真空管を差し込み電源をおそるおそる投入します。煙や変な臭いもありません。素早く電圧計で各部の電圧を確認すると,説明書通りに電圧が出ているのが分かります。どうやら完成のようです。
 完成したのが夜だったので,翌日早速試聴してみました。まず,先日手に入れたばかりの4312Mをならしてみます。比較は高校生の時に作って現在も使っているMOS-FETのアンプとで行いました。
 まず気が付いたのは,柔らかさ。真空管アンプを木材に例えるなら半導体アンプはステンレスのような研ぎ澄まされた透明感があります。そしてレンジの狭さ。高音の頭打ちになる感覚は,このクラスだとやはり半導体アンプに軍配が上がります。
 しかし,驚いたのはこの後から。まず低音のエネルギー感。以前友人宅で6C33CのOTLアンプを聴いてその低音のパワーに唖然としましたが,それほどではないにせよ低音の伸び方がずいぶん違います。半導体アンプの方が自然に出ていると思うのですが,いやいやこの真空管アンプのパワー感には魅力があります。
 そしてボーカル。これも本当に不思議なのですが,ボーカリストが半導体アンプに比べて,近くできこえるんです。半導体アンプの方がみずみずしい音が出ているんですが,ちょっと遠くに感じるのです。
 決定的だったのは,リムショットの音。スネアドラムの枠を叩く音をリムショットといいますが,甲高い音がカツンと響きます。ボーカルと同じく,聞こえる距離感は半導体アンプの方が遠くです。しかしそれ以上に真空管アンプの方が,残響音が最後まできれいに残るんです。残響音が中央に向かって集まっていき,すーっと自然に消えるのが真空管アンプならば,半導体アンプではふっと急にもじゃもじゃとした音になったかと思うと,突然消えてしまいます。元々奥に聞こえただけに,この差は何度聞いても錯覚ではないと感じました。
 アンプなんて最近のものはどれでもいっしょだと思っていた私にとって,真空管アンプだ半導体アンプだと言う前に,アンプによって明らかに音質の差が生まれることにまず,これほどまでとは思わなかったという印象と反省がありました。音の違いを述べるうさんくさい人々の話は,ある程度真実であったと思わざるを得ません。そして,真空管アンプの性能を素直にほめる前に,このMOS-FETの半導体アンプの実力がこんなもんではないはずだと感じ,作ってから年月を経ていることも考えて,機会があればきちんと作り直してみる必要があるだろうと思いました。
 もちろん,今設計を進めている本命の真空管アンプに対する期待も膨らみます。良い悪いではなく,それぞれの個性として使い分けられることを期待している私にとっては,半導体アンプの成績が思いの外悪かったことがちょっとショックだったわけですが,それはつまり,私の半導体アンプに対する期待の裏返しであって,このまま真空管アンプマニアになってしまわないあたりが,いかにも私的だと思ったりしました。
 繰り返しになりますが,私が真空管アンプを欲しい理由は,半導体アンプの個性とは対局に位置する真空管アンプを,そのときの気分や音楽のジャンルできちんと使い分けられるようにしたいということです。つまりどちらも現役。そういう使い方がしたいのです。そのためには,真空管アンプはもちろん,半導体アンプにもそれなりの性能を持っていてもらわねばなりません。さもなくば,真空管アンプに,主役の座を奪われることになるでしょう。
 試聴を繰り返して行くうちに,ものすごいことに気が付きました。真空管アンプの音を聴いているときには,全身の力が抜けていて,他のことをぼーっと考えたりしていることにはっとすることもある一方で,半導体アンプを聴いているときには,目を見開き,全身に力を込めて,どんな些細な音も聞き漏らさないように必死になって音に食らいついている自分に気が付きました。
 どうも真空管アンプが疲れないと言うのは,本当のことのようです。他のことが出来てしまうくらいの適度な解像度の低さ,それが真空管アンプの本当の価値と魅力であるのかも知れません。
 さぁ,実家のオーディオは,あとCDプレイヤーを探して完成します。CDこそ,価格と音質の相関が見えにくい機器ですから,ここに贅沢はしません。ただ,メーカーはきちんと選びたいので,ジャンル的に定評のあるマランツを選ぼうと思います。CD4000というもっとも安い物はなんと13000円ほどで売られていますが,デザインもすばらしく,スペックも設計思想も,私の目指すところにあります。実際に聴いてみないといけないのですが,安い物ゆえ試聴させて欲しいというのもはばかられ,これはもう決め打ちするしかないかなと思っています。
 これは実家に戻って,大阪で調達するつもりでいます。何を買ったか,どんな音がするかはまた後日。
2000年07月23日 00時44分29秒

JBL4312Mを買いました
 実家の建て直しも終わったそうで,今日には母に,新居の鍵が手渡されるそうです。引っ越しは後日になりますが,いよいよ母も,自分の新しい家がそこにあることを,実感するんではないかと思います。
 家族みんなで考えたので,新居に移るに当たり足りないものはないはずでした。
 しかし,母と話をしているうちに,音楽を聴くための装置類,いわゆるオーディオがないことに気が付きました。というのも,元々実家には,オーディオ機器はなかったのです。
 私や弟は,それなりのものを持っていました。しかし,母は音楽には関心を示さず,従って自前のオーディオ機器を持つことはしませんでした。
 兄弟二人が実家を離れるに当たり,当然のようにそれらオーディオ機器は実家から跡形もなく消え去ったわけですが,少し時間的ゆとりに出来た母にとって,音楽のない生活はやや隙間の空いたものになっていたようです。
 そこに気が付かなかった事への反省と,私の趣味であるオーディオや楽器,電子工作への理解に対する感謝をこめて,ここ一番,個性的で,自然で,疲れない,見た目にも満足のいくものでかつ安い物を提供しようと思い立ちました。
 ミニコンポやラジカセを買うことも検討しました。しかし,ぱっと見てみるとどうもさっぱりデザインがだめ。あんなもん新居においたら,台無しです。それで音がよければまだ我慢もしますが,日本のドンシャリ音楽を派手に聴かせるように作られているだけに,母が聞きたいと思うジャズやクラシックといった音楽で艶のある自然な音は望めそうにありません。聞いていて疲れるようでは,だめなんです。
 そこで,ふと考えました。
 今私は,JBLのJ520Mというスピーカーシステムを使っています。2本セットで2万円ちょっとという超破格値でして,確か社会人になって2度目のボーナスかなんかで買った記憶があります。2ウェイのブックシェルフ型で,特にボーカルを艶やかにならしてくれます。小ささゆえレンジの狭さは感じますが,しっかりした作りとずっしりとした重さ,音の個性はやはりJBL。ジャズにはぴったりだと思っています。
 残念ながらこの廉価版のJシリーズは現在発売されていませんが,私はこれですっかりJBLのファンになりました。
 ところが,このJBLの小型スピーカーシステムに,4312Mという製品が昨年秋に出ました。4312?そう,あの銘記4312の名前を関するこのスピーカーは,まさに4312を小型にしたモデル。JBLのアイデンティティである憧れのブルーのフロントパネル(バッフルといいます)と,白いコーン紙のウーファーが真っ先に目に飛び込んできます。これは紛れもなく,4312です。
 値段は2本セットで定価で68000円でしたっけね。雑誌の評価やユーザーの声も上々で,欲しいと思っていたわけですよ。だけど,スピーカーシステムを2セットも持てるほど広い部屋には住んでいません。そこであきらめていたんです。
 ところが,実家に今使っているJ520Mを譲り,私は4312Mを新規に購入すれば,万事解決。早速母に相談して了解を取り付け,4312Mを通信販売で購入しました。
 秋葉原で売られている価格よりも1万円ほど安い価格で購入しましたが,届いたのが平日で帰宅が遅い私は音出しをするわけにもいかず,今日のお休みまで我慢していたんです。
 さっき,やっと念願の音出しをしました。
 新しいスピーカーシステムを箱からだし,ケーブルをつないでセッティング。おー,ルックスはあの憧れの4312です。わくわくします。J520Mに比べると,ちょっと木材が安っぽく重量もそれほどではないので,ちょっと心配ではあります。
 自作のMOS-FETアンプ,自作DAコンバータ,もう15年近くも使ってるCDプレイヤーに電源を入れ,音出しの用意は完了。
 今日選んだCDは,マイルス・デイビスの「KIND OF BLUE」。知らない人のいない名盤中の名盤です。
 音が出てくるまでわくわくします。こんな気分は何年ぶりでしょうか。
 その音は私の期待を全く裏切りませんでした。
 J520Mがリスニング用に作った音を出しているのに対して,この4312Mはさすがにモニターの直系だけあって,ものすごくリアルな自然な音がします。3ウェイのレンジの広さは言うまでもなく,見事なのはそれぞれのユニットの帯域のつながりのスムーズさ。バランスの悪いスピーカーシステムでは,3つのユニットがなめらかにつながらず,不自然な音になるものです。4312Mにはそれがない。しかも,それぞれのユニットで位相のずれもなく,すべての帯域の音がまっすぐに耳に届きます。定位も見事に決まり,J520Mのような曖昧さがありません。
 にやにやしながら音楽を聴いた事など,久々です。ビル・エヴァンスの「WALTZ FOR DEBBY」も聴いていました。これもすばらしい。
 この価格でJBLの音が聴けるという評判は,やはり本当でした。おすすめです。くだらないミニコンポを買おうと思っている人は,まずこのスピーカーシステムを手に入れることも,検討した方が絶対いい買い物が出来ますよ。
2000年07月20日 12時18分52秒

車検と外車
 ここに書くネタがいっぱいあって,本当に困ってます。ないときには本当になにもないんですけどね。
 今回は,私の愛車プジョー306Styleの,初めての車検に関してです。
 今年で新車登録から3年を経て,晴れて初めての車検を迎えた訳ですが,初めてということもあってとりあえずディーラーに任せてしまおうという考えでした。
 恥ずかしい話ですが,毎日の仕事が忙しく,休日も電車で移動するのが楽な場所に住んでいるので,自動車を使うことは大きな荷物があるときくらいのものです。それゆえ走行距離はわずかに5500kmほど。普通3年もたてば3万キロから4万キロは走っているjもんです。
 オイルの交換も年に一度やってるし,そもそもエンジンや足回りは調子がいいから整備費用はそれほどかからんだろうと思っていたんですね。
 先々週の土曜日に車を預けたところ,数日後に電話がありました。
 まず,ドアロックなんですが,前から異音がしていたんで見てもらうことにしていました。ここはアクチュエータが壊れているんで前面交換。まぁこれはいいです。ラテンの車の電装品に過度な期待はしてません。
 しかし,話はさらに大事に。リアブレーキのブレーキシリンダーから,ブレーキ液がにじんでいるんだそうです。それも左右両輪。
 ブレーキから漏れてますっていわれて,交換しないわけにはいかんでしょう。これは迷うことなく交換を依頼。
 さらに,フロントのウィンドウウォッシャーのノズルの目詰まりからここの交換,リアのウォッシャーについては,モーターの固着が原因なのでポンプごと交換の必要があるとのこと。
 なんと,このポンプに4万円かかるというのです。
 ポンプをのぞくほかの個所を整備するのに,検査費用含めて17万円近くかかるということです。
 すごい・・・輸入車は金がかかるときいていたが,まさかここまでかかるとは・・・
 まぁお金の問題もさることながら,3年,5500kmで壊れてしまったブレーキが大問題です。片方だけなら単なる事故だろうと思えますが,左右両輪一度にですから,不安になるのも無理からぬことです。
 それで,後日整備担当者に聞いてみました。
 確かに乗らない過ぎるのでそこが問題だという認識は私にもありました。案の定彼もそこは私に説明します。しかし,それにしてもブレーキのような命かかってる最重要保安パーツが両方一度に壊れるなんて,怖くて乗ってられないぞ,という話をすると,最後には「まぁゴムパーツも日本製ではないので,やっぱ品質が落ちますよ」と,核心に触れるような発言が。
 「じゃ,これは私の車だけということではなく,こんなもんだということですか」と聞くと,「そうです,こんなもんです」といいきってしまいました。
 もちろん,がっかりしたのも確かですが,1つ1つの部品の寿命を長くするのではなく,短いスパンで交換して新車のクオリティを維持するという思想のヨーロッパの車は,確かにこんなものという認識が私にもあります。
 したがって,整備を担当した人が,こうやって正直に話をしてくれたことに私はとりあえず安心しましたし,気にしないでこの車を乗りつづけようと思うに至りました。ま,手間のかかる子ほどかわいいもんですしね。
 それで,こないだの土曜日車検も終わった車を引き取りに行きました。いろいろ立ち話をして乗って帰ってきたときには,相変わらずのフィーリングにうれしくなったものですが,その幸せも次の瞬間壊れてしまいます。
 駐車場についてから,調子の悪かったドアロックを確認すると,運転席側は直っていますが,助手席側は相変わらず異音がしています。
 やられた,修理し忘れたか,修理したところがこわれたかだ,と思った私は,とりあえず電話で担当者に説明しました。
 明日,会社がお休みなので再入庫ということになりました。
 今年は8月の頭に,実家に自動車で帰ります。間に合うとは思いますが,本当にとほほな気分です。
 そんなわけで,今までは手放しに「プジョーはええよー」と触れ回っていた私ですが,これからは「まずラテンの人の考え方をマスターすることから始めることdsな」と,一言付け加えることを余儀なくされそうです。
2000年07月19日 16時29分00秒

お誕生日おめでとう
 「トロよ,いかんといてくれ〜」と子猫も併せて二度涙した人も多かろうと思いますが,かくいう私も2度とは言わず,何度も別れの悲しみを味わった人です。
 そう,今さら説明の必要もないと思いますが,「どこでいっしょ」の話です。
 ペットをポケットステーションにダウンロードして一緒に数日を過ごすというコンセプト,これ自身はそれほど斬新なものではありませんが,キャラクター(ポケピといいます)がそれぞれ絶妙で,言葉を覚え,他のポケットステーションと向かい合わせてしりとり遊びも出来ます。
 家に帰ってプレイステーションとつなげばペットは絵日記を書いてくれます。これがまた絶妙。私のような人でも,しっかりはまってしまいました。
 その「どこでもいっしょ」,1周年を迎えたと言うことで,有楽町の阪急百貨店でイベントが開催されています。
 大きな声では言えませんが,トロとスズキのぬいぐるみを持っている私としては,行かないわけには参りません。そこでこないだの土曜日,いってきました。
 そうそう大きなスペースではありませんし,以前ポストペットのイベントにも偶然遭遇した時に見た時と,ほとんど同じ構成になっています。
 トロの部屋のジオラマとか,等身大ぬいぐるみとか,原画やラフスケッチなどはまぁ定番として,私が期待したのはグッズでした。
 今回は夏季限定の,浮き輪をして喜んでいるトロのキーチェーンを買いました。
 惜しいことをしたと思うのは,デジカメを忘れたことですね。残念でした。
 私などは,早く新しいシナリオがでないもんかなと思っているんですけど,やっぱそうはいかんでしょうねぇ。例えば,

(1)殺意の波動に目覚めたトロ
 修行の旅先で数々のストリートファイターと戦い,すっかりたくましくなったトロ。懐かしい故郷に戻ってきた彼は突然殺意の波動に目覚め,真空波動拳を炸裂させる!

(2)父との再会
 父を捜しに出たトロは,中立地帯サイド6で偶然父と出会う。しかし,父はかつての面影を残してはいなかった。「トロ,これをポケットステーションに取り付けろ。性能は数十倍に跳ね上がる。セガの回路を参考にした」「父さん・・・酸素欠乏症にかかって」そして悲しみに暮れるトロ。

(3)世紀末救世主伝説
 199x年,地球は核の炎に包まれた。強き者だけが生き残る世界に,一子相伝の幻の拳を使うトロが現れ,悪者を倒す。「お前はもう,死んでいる」

(4)さらば優しき日々よ
 旅をするトロは,地球に搾取されるデロイアの人々の苦しみを目の当たりにする。政治家である父との反発,現実との矛盾に苦しむトロは,いつしかデロイア独立のゲリラとなってXネブラ対応型最新鋭コンバットアーマー,ダグラムを操り,仲間と共に戦う。真実は見えるか!

(5)ヤルッツェブラッキン
 科学者である父が生み出したアンドロイドが突然叛乱を起こし,世界制覇に乗り出した。白鳥のロボットに姿を変えた母親を救うため,自らを新造人間に改造したトロは,アンドロ軍団と戦う。

(6)ファイナル・フロンティア
 人類未到の宇宙を,惑星連邦の最新鋭鑑エンタープライズに乗り込み,未知の世界を探求するトロ艦長は,生体と機械を融合した好戦的種族,ボーグと遭遇する。彼らは他の種族の存在を認めず,文化を融合することを目的としていて,地球に危機が迫る。ボーグにとらわれ改造されたトロに,果たして地球は救えるのか!

(7)Black Heaven
 その昔一世を風靡した伝説のハードロックバンド「Black Heaven」のギタリスト,トロも今はしがない課長補佐。そんなとき突然宇宙から現れた謎の美女に,「あなたのギターの音が宇宙を救う」と懇願されたトロは,フライングVを手に宇宙の敵と立ち向かう。

(8)へのつっぱりはいらんですよ
 キン肉星の王子であるトロは,地球の超人仲間と共にタッグトーナメントに出場,汚い手を使う悪者超人を相手に力を合わせて戦いを挑む。炸裂するか,キン肉バスター!

(9)スイッチオン!1,2,3!
 ロボット工学の権威,光明寺博士は,人造人間トロを生み出した。しかし良心回路が未完成のまま,博士は捕らえられてしまう。ギターを片手に現れ変身した無敵のトロに,良心回路を狂わせるヨミの笛が襲う。光明寺博士は救えるのか!秘密を握る少年を守り抜けるのか!

(10)あんなこといいなできたらいいな
 何をやってもだめな少年のび太の机の引き出しから,未来からやってきたネコ型ロボット「トロ」が現れた。4次元ポケットから飛び出す未来の道具で,ピンチののび太を助けるが,どこか間抜けなトロ。今日もどら焼き食べてがんばれ!

(11)炎のコマ
 ゲームだけが取り柄の小学生,トロはその尋常ならぬ反射神経を見込まれて,アメリカの大統領に拉致される。アメリカの核ミサイルの誤射からソ連からも報復のミサイルが発射され,地球滅亡の危機が迫る。撃退兵器に連動したゲームマシンがトロに託された。トロは地球を救えるか!
 ・・・考えているうちには面白かったんですけど,まぁどれもパクリですからね,ここだけの話ってやつですね。
2000年07月18日 13時08分20秒

魔法使い
 今週末は,本当にここに書きたいことがたくさんありました。早く言ってしまえば「散財」に尽きた,ということです。
 今回はとりあえず,その中の1つを書きましょう。
 バンダイがワンダースワンという携帯ゲーム機を発売していることはご存じでしょう。私自身も割と早くに購入し,その完成度の高さや割り切りの見事さに感服していました。似たようなものの設計を仕事としている私としては,もう見事と舌を巻いてしまいました。
 残念ながらゲームそのものは良くも悪くもバンダイの色が強く,私が遊びたいと思うタイトルがないので最近はほとんど遊んでいませんが,一時期はグンペイの対戦を毎日のようにやってました。
 で,このワンダースワンに,一般向け開発キットが発売されました。その名も「ワンダーウィッチ」。
 これ,なかなか優れものです。ワンダースワンの開発キットなど,おそらくプロ用に非常に高価な物がすでに存在していると思うのですが,ワンダーウィッチは16,800円という価格です。
 ワンダースワンは80186互換のCPUで動いています。だからコンパイラはx86のコードを吐くものであればなんでもよく,ワンダーウィッチの場合,TurboCとLSIC-86という,ちょっと懐かしいコンパイラが用意されています。
 ただし,コンパイラそのもののサポートはなく,あくまで「オマケに付けました」というスタンスのものです。とはいえ,機能限定があったりするわけではないので,ことワンダースワンの開発(正確にはワンダーウィッチでの開発)に,何も不自由はありません。
 コンパイラがただ同然なら,その16,800円は何の費用なんじゃ,と思うわけですが,ここがワンダーウィッチのミソなんです。
 ワンダーウィッチが他の開発キットと異なるのは,512Bのフラッシュメモリ,256kBのSRAM,リアルタイムクロックが内蔵された専用カートリッジが用意されて,フラッシュメモリのうち192kBには,ワンダーウィッチのために開発されたオリジナルBIOSとオリジナルOS,そしてフォントが書き込まれているんです。
 ワンダースワンは,おそらく一般的なOSで動作しているとは思えません。なぜなら,リアルタイム制御の必要なアクションゲームの開発には,処理速度の問題やハードウェアを隅々まで叩けないなど,OSが邪魔になることもありますし,OSの必要がない小規模なソフトを開発するような場合,OSを動かすためのリソースが無駄になってしまうということもあって,プログラムROMとRAMをカートリッジに持つワンダースワンのアーキテクチャから考えて,OSはないか,各自勝手にのせなさいということになっていると思うのです。
 しかし,これではC言語ベースで,素人がさくさくとプログラムを開発するのは困難です。また,サウンドやグラフィックなどは,バンダイから提供されたライブラリか,あるいは各社独自のものを持っているでしょう。これらが用意されなければ,やはり普通はすぐに開発できません。
 つまりこれらの提供が低価格で実現できなければ,素人向け開発キットはありえません。
 そこで,ワンダーウィッチでは,ファイル管理やプロセス管理を行うオリジナルOSに「FreyaOS」を,画面制御やサウンド,通信などを扱いやすくするBIOSに「FreyaBIOS」を用意しました。
 そして,同梱のコンパイラにはこれらOSとBIOSのライブラリを完備し,こうした下位のレイヤーを我々が自分で用意せずにすませてくれています。この2つ,ちょっとみた限り,かなりの機能を持っていますし,かなりのことも出来そうです。
 これは非常に画期的なことです。
 かつて,X68000というマシンがありました。コンパイラはGCCが標準になったのですが,それでもメーカー製の高価なコンパイラパッケージを買わねばならなかったのは,そこにX68000のBIOSとOSのライブラリが含まれていて,これがなければGCCでX68000のプログラムの開発は,事実上無理だったからです。
 ワンダースワンという絶妙なバランスのハードウェアに扱いやすいBIOS,高機能なOSをカートリッジに用意してくれたことは,開発の敷居が非常に低くなったことを意味しています。
 開発したソフトは,もちろんこのBIOSとOSの上でしか動作しません。スタンドアローンでは動作しないわけですから,BIOSとOSの入ったカートリッジにダウンロードして動かすことになります。
 ここがまた絶妙で,ワンダースワンのようなマスクROMベースの実効環境など,素人には無縁の世界ですからどうせ書き込み可能なカートリッジを用意せねばならないわけで,ではここに一緒にBIOSとOSを用意すれば万事解決なわけですね。
 しかも,ここで開発したソフトはフリーソフトとしてばらまいてもいいそうです。市販も可能ということですが,これも専用カートリッジがなければ動作しないと言ういい意味での制限から可能になったことと思います。
 ワンダースワンは約3MHzのクロックで動作しています。ただ8086と違い,ほとんどの命令を1クロックでこなすCPUが入っています(おそらくNECのV33/53コアでしょう)から,実質20MHz程度の8086と考えていいでしょう。これはかつてのPC-9801でいうVMとかUVとか,そのあたりを遙かに越えるパワーを持っているということです。
 高精細な液晶画面,波形エディットまで出来るサウンド機能,高速CPUに軽く高機能なOSとBIOS。価格の安さと気軽さで,これは久々に面白いおもちゃとなりそうです。
 発売日と価格が発表になった時,兼ねてから狙っていた私はすかさずインターネット上で予約,7月18日発売にもかかわらず,なんと土曜日に到着していました。
 入っていたのはPCとの接続ケーブル,CD-ROM,丁寧なマニュアル,専用カートリッジです。私の場合,あとで買うのが大変だろうと言うことでもう1つカートリッジを別に購入しました。
 ワンダースワンの機能のほとんどを扱うことが出来,しかもこれを非常に簡単な形で提供したこのワンダーウィッチ,惜しむらくは店頭での販売が限られていることでしょう。しかし,そのためのネット通販です。
 かつて8086でぶいぶい言わせた人,ピコピコゲームに燃えた人,C言語の練習をしたいというまじめな人など,いかがでしょうか?
 このキット,かなり面白いことが出来そうです。そうですね,アイデア次第でなんでも出来ます。
 1GHzに届くCPUの話題が尽きない昨今ではありますが,そうした急速な技術の進歩が一方でローテクにも向けられ,手軽に安価に提供されることを素直に喜び,これをビジネスとして始めてくれた皆さんに,とても感謝したいと思います。
 ワンダースワンの生みの親,故横井軍平氏は,「枯れた技術の水平思考」をモットーに,開発を行うことを信条としていました。この考えはこの開発キットにも生かされています。彼の視点が,今後もこういった形で残っていくことを期待すると共に,私自身もお手本にしたいなと,ますます思うに至りました。
2000年07月17日 13時13分56秒

タンゴトランスの続報
 昨日,タンゴのブランドで有名な真空管アンプ用のトランスのトップメーカー,平田電機のことをここに書きました。
 その後調べたことでわかったことがありますので書きます。
 まず,真空管アンプ用のトランスの販売をやめるのか,廃業するのかどうかについてですが,これは廃業するというのが真相らしいです。
 したがってタンゴのトランスは,10月20日をもって完全に手に入らなくなりますし,復活することもないと思われます。よほどのことがない限り,この会社の持つノウハウは消えてしまうと考えるのが自然でしょう。
 もっとも,コンデンサーヘッドフォンで定評のあったスタックスという会社も,似たような状況になったときに社員の有志が会社を買い取って現在も存続し,業績も持ち直しています。
 タンゴの場合も,社員の有志やあるいはお金持ちのファンが会社の存続を考えてくれているかもしれません。
 何度か値上がりをして高価になったとはいえ,販売店の多さや価格など,他のトランスに比べるとはるかに便利でしかも一流の性能を持っていたタンゴのトランスがなくなってしまうことは,自作派には大きな痛手です。
 ユーザーの声を聞いてみると,意外にさばさばしている声が目立ちます。一様に残念だという声はあるのですが,なんとかしたいとか直訴しようとかそういう意見は少なく,他に参入してくれそうなメーカーをあげてみたり,タンゴ以外のトランスを使った製作記事を増やして欲しいとか,前向きなんだけど寂しい意見が目立っていました。
 私自身は,今持っているトランスを使って,公開しないようないい物を作ろうと,気分を新たにしています。
2000年07月14日 12時39分14秒

真空管アンプに逆風
 あまりに驚き,あまりに残念なので,早速書くことにします。
 先日から,私の中では非常に盛り上がっている真空管のアンプの件で,とてもショックなニュースが入ってきました。
 真空管アンプの構成部品の中では,ある意味では真空管そのものよりも重要な部品であり,価格比率や音質に占める割合が大きい,トランスという部品があります。
 トランジスタアンプは,このトランスを使わずにすませることができるので,性能のいい高価なトランスが必要なく,性能が良く安いアンプを作ることが出来るようになりました。
 真空管の場合は,特殊な場合を除きトランスの世話にならないと回路が成り立たないのですが,音質の鍵を握っているだけに,安物を使うとすぐに音質に大きな影響を与えてしまうのです。
 特性のいいトランスは,トランスのメーカーが長年培ってきたノウハウによるところが大きく,単純な価格だけの問題だけではありませんし,また新規参入の難しい世界でもあります。
 で,なにがショックかといえば,真空管アンプの世界では知らぬ者のないトランスメーカ,平田電機さんが,真空管用のトランスの販売をやめるというニュースです。
 タンゴというブランド名で知られ,数十年も前からトランスのメーカーとして我々自作派の人たちに高品質なトランスを供給し続けてくれたんですが・・・
 もちろんトランスのメーカーはここだけではありません。ただ,日本では他にタムラ製作所さんの2つだけが,実質的に自作する人に向けた高品質のトランスを作ってくれているのが実際です。さらに,雑誌の製作記事を見ると,そのほとんどはタンゴのトランスを用いています。入手性と性能,高すぎない価格によるところが大きいと思います。
 私がつかんだ情報では,情報ソースは秋葉原の店頭で,取り扱い店には平田電機から直接連絡があったそうです。
 販売停止は10月2日からということで,それまでは大丈夫らしいです。
 原因はやはり採算割れでした。あの価格でも原価割れを興していて,メーカーとしてはボランティアでやっていたところがあるんだそうです。
 もっともお金がかかるのは塗装で,あの高級感あふれる外観を作るのに,そんなにお金がかかるとはちょっとびっくりです。
 だから,あの塗装を簡単なものにすれば,採算を割らずにすむということです。
 元々趣味性の強い世界だから,見た目に安物っぽい塗装ではだめかもしれませんが,それであの特性の良いトランスが手に入らないと言うのは,あまりにもったいない話です。
 私などは,塗装など簡単でいいから,供給を続けてもらいたいと思っています。
 で,問題の平田電機そのものがどうなるかという話ですが,噂は2つあって,1つは廃業すると言うもの,もう1つは真空管アンプ用トランスの販売だけを停止するというものです。
 前者だともうどうにもならないですね。後者であることを祈ります。
 真空管は中国やロシアなどで大量に生産されるようになり,日本でもびっくりするほど安く入手できるようになりました。しかし,トランスのトップメーカーの撤退は,せっかく整いつつあった真空管アンプの世界に冷や水を浴びせることになるのは間違いないでしょう。
 私も,学生の頃から憧れて,ようやく経済的にも真空管アンプを作ることが出来る身分になったというのに,こんなことが起こってしまいます。
 先日,オークションで中古のタンゴのトランスを入手しました。実質これが最後になるかも知れませんが,プレミアが付いて法外な値段が付くまでにお安く変えた事は,実は幸いだったのかも知れません。
2000年07月13日 11時34分34秒

わさび
 今朝,京浜東北線に乗っていると,窓ガラスに貼られた広告のシールが目に付きました。
 松下電器のMDです。あれ,今までKinki-kidsやったんちゃうんか?と思ったんですが,なにやらつかみ所のない,でも唇はとりあえず「今時」のアヒル型という,若い女性が写っています。どうもこれが新キャラクターみたいですね。
 ・・・でも,なんでこんな格好なわけ?
 一言で言えば,それはメイドさんの格好です。ご丁寧に頭の上にあの独特の飾りまで再現されています。
 すいません,もしこんな格好が渋谷や原宿あたりで大流行して一般的になっているというなら,私はそれを知りませんでした。でも,申し訳ないですが,そういう事実はないと思っています。
 なんかものすごい無理があるなぁと思っていると,横にいた友人Mが,「まるで"ふみ"みたいだね」というんです。
 ふみ・・・ビッグコミックスピリッツに連載され,独特の雰囲気と画風,そしてある程度読み手に理解力を要して,私がこよなく愛するマンガ「わさび」に登場する,お手伝いさん「ふみ」その人です。
 ふみのファンクラブ創始者兼会長兼CEOである私としては,ふみを連想させるものを敵に回すわけには参りません。
 しかるに,不本意ながら,あの松下電器MDの広告を容認することと相成りました。
 しかし,冷静に考えてみると,ちょっとふみには似てないよなぁ。
2000年07月10日 23時10分16秒

若くして亡くなると言うこと
 今日もシリーズで書いている,バイト時代の話です。
 私は高校1年と2年のそれぞれの夏休みを使って,2度のジャンク屋でのアルバイトをしました。
 記憶は定かではないのですが,たぶん1年生,1度目のアルバイトの時の話だと思います。店長には,結婚してまだ1年ほどの奥さんがいらっしゃって,彼女にアルバイトという形で店頭に出てもらっていました。慢性的な人不足があって,助けてもらっていたという感じです。
 奥さんの方も家で暇しているくらいならということでレジに入られていましたが,合間に私と一緒に商品の袋詰めや資料のコピーなどの雑務を一緒にすることが多くありました。
 あの店長にしてあの奥さんとはこのことで,切れる,というほどの印象はないものの明確ではっきりとした意見を持ち,深い考察をもってらっしゃることは簡単にわかりました。電機や電子工学には全くの素人ですが,そのハンデを乗り越えて,重要な人間となっていました。
 あるとき,店でかかっているFMラジオが,エイズに関するニュースを報じました。奥さんとエイズの話になったわけですが,私が「考え方の1つとして,これは増えすぎた人間に対して,自然界が数を自動的に調節しようとした,自己防衛なんではないか」と思いついたことを言ったんですね。
 すると奥さんは「でもね,仮に自分がエイズになってしまったとしたら,君は同じ事を同じ気持ちで言えるかな?」と,返されました。
 なるほど,そうかも知れない,浅はかな考えだったなと思った私は,黙るほかありませんでした。
 後日店長が,奥さんからその時の会話の一部始終を聞いたらしく,私に「彼は面白い考えを持っているといってたぞ」と言ってくれました。
 次の年の夏休み,彼女は子育てのため,アルバイトどころではありませんでした。非常に残念でしたが,新しい仲間と仲良くなって,奥さんのことは気にもとめないで過ごしていました。
 しかし,以後奥さんの姿を見る事は2度とありませんでした。
 大学に入って,ふらっと立ち寄ったそのお店で相変わらず忙しそうにしている店長と話をしていました。
 「そういえば,奥様はお元気ですか,お子さんは?」と私が尋ねると,店長はあっけないほど普通の事のように「あいつ,死んだんや」と,表情を崩さず短く,そういいました。
 動揺したのは私の方でした。言葉が何も浮かんできません。
 店長は続けて,「急やったんや。急性白血病ってやつで,入院してからあっという間になくなったんや。」と,同じく淡々と,でも吹っ切るような言い方で,私にいいました。
 まだ「そうですか,そんなことがあったんですか」とがっくりしてようやく言葉を口にすると,店長が「なぁ,人間というのは,明日をもわからんもんやなぁ。」と,今度は表情も曇り,肩をがっくり落として,悲しそうな目と声で,私にしみじみ,語りました。
 この間,彼は私と一度も目を合わさず,視線は地面に落ちていました。
 つまらないことを聞いてしまったという後悔と,お子さんのことを思い出した私は,お子さんはどうですかと,また余計なことを口にしました。
 小さくて手の掛かる時期で,とても大変だ,特にやんちゃだからもう大変やよ,と彼は笑いながら言っていました。でも,私は笑えませんでした。
 急性白血病が恐ろしい病気であることは,私も聞いてはいました。しかし,実際に顔と名前が一致する方が,この病気である日突然いなくなるという事実に,私は本当に悲しくなりました。
 店長の悲しみはどれほどのものだったでしょう。
 とても仲が良く,互いに一目置く信頼関係が自然に成り立っていた彼らを見て知っているだけに,残された方の悲しみ,あるいは残す方の無念さは,想像を絶するものがあります。まして,小さな子供がいます。子供さんも,事態を飲み込むのがきちんとできないだろうとか,私は経験不足の甘い精神で,いろいろなことを考えざるを得なくなりました。
 私は,当然このことを店長と話すことはしません。お子さんにはドーナツなんかの手みやげにお店に持っていったことがありましたが,それだけです。
 人の死という物が,突然やってくるものであり,そしてそれがどれほど周りを失望させる物か,また本人もどれほど悔しい思いをするだろうかということを,以来考えさせてくれる契機になりました。
 お子さんも,もう中学生になってるかも知れないですね。一体どんな人になってるんでしょう。
2000年07月06日 21時00分30秒

新聞記者
 今日もバイト時代の話です。
 大阪の電気街,日本橋のジャンク屋というまさに奇特な場所でのアルバイトに精を出していた16歳の私がレジに入っていると,突然その場所におよそ不釣り合いなスーツの(でもよれよれの)人が手帳を片手にやってきました。
 ものすごい勢いで迫ってきて,私に無遠慮に「A新聞のものですが,ちょっと聞きたいことがあるんですけど,いいですか」というのです。
 ええ,まぁとちょっとびっくりして返事をすると,彼は「無線機を改造して警察無線を傍受するのは簡単の出来るのですか?」と質問をしてきました。
 その当時,先日時効を迎えたいわゆる「グリコ・森永事件」はまだまだ操作の途中で,新聞各社もその特異性を毎日のように報道していた頃でした。
 犯人グループは,警察無線を傍受して警察の動きをあらかじめつかみ,操作の手を逃れていたといいます。それが特別な技術を必要としないで可能かどうかというのが,どうも彼の質問の主旨のようです。
 その当時の警察無線も,全部ではないにせよ暗号化されていたのでやはりそこらへんの受信機ではだめなはずで,そういう話をしたと思うのですが,いちいちそれを拡大解釈し,「つまり・・・ということですね」と新聞記事として面白くなりそうなところを抽出・強調して,私に確認を求めてきます。
 「いや,だからそれは違うんですよ」というのですけど,その違いは結局一度も正しく理解してもらえずに,押し問答が続いていました。
 そんなところを2階の事務所からおりてきた店長が見つけ,「彼も入ったばっかりで,まじめに答えようとしてるから困ってるんや,僕がかわるわ。」と当惑する私に救いの手を差し出してくれました。
 その後の店長と記者とのやりとりは私の耳には入ってきませんでしたが,ほんのわずかな時間で,新聞記者は帰っていきました。
 一見何でもないことのように思いますが,これは当時の私にとっては非常に大きな事件だったのです。
 というのは,新聞など報道に対する疑問を,ちょうと持ち始めていたということがありました。
 鵜呑みに出来ない,自分で考えることをしないといけないなど,一応わかってはいたつもりでしたが,しかし,事実がどのように曲がって報道されるのか,事実をジャーナリストはどう解釈するのかというのがわからず,すっきりしない気分だったのです。
 専門分野として理解している事象を,いってみれば素人の新聞記者に私は説明をしました。これは取材という行為です。しかし,彼の解釈は私の伝えたこととは大きく異なり,専門家から見ると誤りだったわけです。
 その解釈も,非常に拡大解釈され,記事としては面白くなること間違いなしですが,真実とはかけ離れています。彼にとっての専門家である私の声は,もはや届きません。
 仮に私が知っている分野で,このようなことが起こったとすれば,その間違いに気が付くでしょう。しかし,私が知らない分野だったらどうでしょうか。私はその記事を,おそらく疑うことなしに「真実」として記憶するに違いありません。
 こうして,自分を鍛えた人だけが,報道の間違いに気付くという構図が出来上がります。無知な人ほど,報道に踊らされるということなのです。
 こうした結論に至り,私は報道のいい加減さとジャーナリズムという免罪符を持つ傲慢な商業主義者による偽善的行為の現場に居合わせたことを感謝し,複数の報道を掛け合わせてから真偽を判断することをするようになりました。
 結局面倒なので,とりあえず商業主義ではないNHKのみを信じるということで今は決着しています。
 それと,情報を判断するための基礎的な知識を付けようと思いました。あらゆる分野での専門家にはなれません。しかし,報道されることに矛盾がないかどうかを判断する材料くらいは,普通の人の手の届くところにあるものです。問題は興味だなと,当時の私も考えました。
 日本は報道の自由が保証される国です。ですからそこに競争も生じます。誇大な報道が本来の役割を忘れて一人歩きする可能性も頭に入れて,その当時に比べても何倍にもふくれあがった情報に飲まれてしまわないことが重要ではないのかな,と思います。
2000年07月05日 22時05分49秒

鷲掴みの部品
 さて,ジャンク屋でのアルバイトの話を続けます。
 今回は,こんな話です。
 ある日,閉店を迎えて店長と少しばかりの雑談をしていました。ロッカーが2階の事務所兼作業場にあり,私が帰り支度をしているときに,店長は残ってジャンクをいじっていました。
 ひどいヘビースモーカーだった店長は,ひっきりなしにタバコを吸いながら,技術的にも人間的にも幼い私に,まるで父親のような視線を投げます。
 私は当時も電子工作を趣味としていましたが,この趣味の問題は家の近所で部品を調達できないということでした。
 部品を購入するには1時間ほどかけて日本橋に出向かねばなりません。買い忘れがあったり,ふと思いついた実験をしたいときに,「日本橋への買い物」が一日仕事になってしまうようでは効率が悪くて仕方がありません。
 そこで,ゴミ捨て場のテレビなどをひらってきては部品を外してストックしておくということをコツコツと続けたことで,その当時トランジスタやダイオードなど,品種の少ない物については比較的困ることがなくなっていました。
 店長には続けて「でも,結局抵抗やコンデンサっていうのは,抵抗値や静電容量が無数にあるから,ゴミを集めるという事でストックするのはなかなか難しいんですよね。まさに5円の部品のせいで,作業が止まるんですよ,悲しいですよね。」てな話をしていたのです。
 すると,店長は「よっしゃ,ほんなら」と威勢良く言い放ったと思うと,おもむろに足下に散らばった新品の抵抗とコンデンサを鷲掴みにし,近くにあったビニール袋が張り裂けそうになるまで詰め込んで,私に差し出したのです。
 事務所には本来商品となる新品の抵抗やコンデンサが少しずつこぼれて,長い年月の間に床いっぱいに広がっていました。踏んづけられているわけでもなく,まさに新品です。
 「これで当分困らんやろ。」とタバコをくわえながら私に手渡してくれました。私はとてもうれしかったのですが,それ以上にうれしかったのは次の言葉を聞いてからでした。
 「まぁ,先行投資やな。また来年も来てもらいたいし,将来立派な戦力になるような技術力を,これで身につけて欲しいからな。」
 若干16歳の私は,この言葉に,自分の尊敬する人から期待されることのうれしさを始めて経験しました。
 今思えば,ああやって混ざってしまった部品を店頭に出すには選別をするなりせねばならず,人件費を考えると廃棄した方が得になる場合もあるので,捨てるような部品に値打ちを付けた店長もセコイといえばセコイのですが,ウソでも私に先行投資に値するといってくれたことが,どれほどの励みになったことか。
 その部品は,すぐに私の手で選別され,様々な作品に組み込まれて,10年以上の年月を経て現在はわずかな数しか残っていません。
 しかし,その先行投資のお陰で,今こうして私はプロのエンジニアとして働くことを許される程になりました。投資元に対して利益を還元しませんでしたが,それは今でも私の大きな感謝と共にあります。
 もう長い間,彼とは会っていません。しかし,もし会えたら今の私の姿を見て,彼はどう思ってくれるでしょう。誉めて欲しいと思う一方で,まだまだ甘いと笑ってくれることも,望んでいる自分があります。
 そして,いつしか彼がお客さんとの会話の中で「高校の時にバイトに来ていたおもろいやつが,今は立派になっててなぁ」と自慢げに語ってくれたら,私にとってこれ以上誇りに思えることは,ないでしょう。
 そんな,非常に青臭い思いの上に,今の私があります。
2000年07月04日 22時47分05秒

土日のタラリン
 この土日は天気も良く,私自身も予定がめずらしくいろいろ入っていたので,なかなか有意義な2日間でした。
 まず土曜日。朝からバンドの練習に出かけ,聖飢魔IIのコピーをやってきました。はっきりいって慣れてないギターですから私はへたくそでしたし,パートも簡単なパートを選んだのですが,弾いている本人はなかなか楽しくプレイしていました。
 午後からは髪を切りに行って来ました。ついでにディスカウントショップに出かけ,最近目っきり安くなった充電式電動ドライバーを買ってきました。昔なら2万円はしたと思うのに,たった3980円でした。
 日曜日は,昼前に友人と渋谷に出かけ,映画を見てきました。「ミラクル・ペティント」という映画です。
 題名でぎょっとした人,なかなかするどい。今年はスペインの映画が少し注目されているんですけども,こちらは強烈なおバカ映画。
 大家族を持つことを幼い頃から夢見ていたペティントは,同じく幼い頃から約束していた盲目の妻オリビアとの間に,ちょっとした誤解から子宝に恵まれません。二人の神への祈りが通じたか通じないか,怪しい火星人二人と,あとで現れる大男を,我が子同然に育てます。(といっても火星人は寿命が長いのでスクリーンの上でなにも変化はありませんし,3人目の大男はもともと大人ですから・・・)
 そして,3人の息子はそれぞれの道を歩み,巣立っていくのです。冒頭と最後には,美しい真っ青な空と,広い広い畑が広がり,息子とのお別れが感動的に描かれます。
 ただですね,たとえばオースティン・パワーズが狙った「おバカ」であるなら,この映画は出来るべくして出来た「おバカ」といえるでしょう。展開の速度が速いこともそうですし,まぁ脱線することはなはだしい。考えている隙も与えてくれません。
 また,人名についてもさすがにスペイン人の名前ですから,覚えられないし,そうこうしているうちに,物語は新しい展開を見せるのです。ついていけない・・・
 しかし,しかしです。私自身は妙に自分の鍵穴にぴったりあったかぎをさし込まれたような気分になっていたのです。原因を考えるに,どうもスペインという国が,ラテンの国であるということと無関係ではないだろうと思いました。
 スペイン人もラテン人らしく感情の起伏が大きく,声も大きいといわれてます。しかも,この映画で,やたらと擬音が出てくることに気がついていました。自動車のエンジンを「ブルンブルン」と歌うあたり,特にそう思いました。
 まてよ,これって,関西人と同じ傾向・・・大阪のおっさんやおばはんは,擬音と指示代名詞で会話を見事に成立させます。
 「ほら,あれがなにして,ほんでどーんとなったわけや」これで見事に意思疎通が図れていて,かつては私もこういう高度な能力を持ち合わせていることを,日々の忙しさのなかで忘れそうになっていました。
 声が大きく,感情の起伏が大きく,擬音と勢いで会話を成立させる,ついでにいうと食事が非常においしい・・・まさにスペインと大阪の共通項。大阪が日本のラテンと呼ばれる所以が,ここに明らかになります。
 ということで,大阪にはスペインのような明るい太陽もおおらかさもないですけど,自分にもラテンの血が流れているのかもしれないなと,感じた映画でした。
 先週のオール・アバウト・マイ・マザーもすばらしい映画でしたが,今回の映画は私的にはそれ以上のすばらしさです。どちらも話がそれたり,展開が速かったりとついていくのに大変ではありますが,せっかくですから是非見ていただければと思います。見かけはおバカな映画ですが,実はテーマはなかなかに深く,少し視点を変えるとちょっと考えされられるという一面にも注目したいですね。これまでにみた2本のスペイン映画は,重いテーマを欲張ってたくさん詰め込むので,1つのテーマをじっくり描く日本の映画に慣れていると(重くもないたった1つのテーマを無関係なアクションとラブシーンでウハウハ大サービスのハリウッド映画はここでは論外とさせていただきます),ちょっとしんどいところがあります。国民性というのでしょうか,ともすれば油鬱になるテーマを逆にさらっと描くことの巧妙さに,まさに参りましたというほかありません。
 余談ですが,私はあのオリビアの大ファンになりました。自分の母親や自分の妻にも,ああいうおばあさんになってもらえると,非常にうれしいと思いましたね,ええ。
2000年07月03日 20時41分46秒

オール・アバウト・マイ・マザー
 先日の日曜日に,見たかった映画を見てきました。
 「オール・アバウト・マイ・マザー」です。スペインで作られた映画なのですが,映画の予告編を見た人は,この映画が母と子の愛についての,甘ったるい感動ものだと,考えたのではないでしょうか?
 私も実はその口です。ただ,ヨーロッパの,それもスペインという事で,とてもラテン的な臭いを感じたと言うことと,出演している人々が,とても魅力的に私の目に映ったので,これは是非見てみたいとおもったのです。
 結果,「甘ったるい映画」という期待は,ものの見事に裏切られました。
 なんと時間の経過の速い映画でしょうか。いきなり脳死と臓器移植の問題が示唆されたかと思ったら,ここを発端にして将棋倒しのように,次々にイベントのトリガーがかかっていきます。最後には,なんとエイズを人類が克服するきっかけをも提示してしまうと言う,大きなテーマで終わりを告げます。
 ということで,私には非常にまとまりのない散漫な印象が残ったのですが,そんなものをかき消してしまうほどに素晴らしかったのが,女優さん達でした。
 日本やハリウッドの映画のように,若いことやセクシーなことが最終的に興行収入に影響する世界と違い,登場する女優さん達は,主役や脇役も含めてみな年を取っています。しかし,その魅力的なこと。とてもきれいで,とても自然で,本当に輝いています。
 それがストーリーにももちろん影響を与える訳ですが,だからこそこの映画は,自然な魅力にあふれているのでしょう。
 積極的にお勧めはしません。理屈っぽい人は「なんでやねん」と突っ込んでしまうかもしれませんし,生理的に受け付けないものが,日本人にはあるかも知れません。
 しかし,いい映画であることは間違いありません。私個人としては,この映画が本国でどのような評価と位置づけをされているのかが,とても気になるところです。
 そうそう,そのときついでにエフェクタを買いました。ギターのマルチエフェクタで,コルグのAX1000Gというやつです。物理モデリングの世界が,ここまでやってきているとは正直驚きでした。音はとても分厚く,癖のない自然な歪みが,こんな値段で出てくるとは,すごいもんだと思いました。
2000年06月28日 21時47分59秒

ジャンクの仕入れ
 さて,高校の頃にやってたジャンク屋でのアルバイトのエピソードを,忘れないうちにここに何度かに分けて書く規格ですが,いよいよ今日から始めます。
 こんなところでジャンク屋の内情を暴露してもいいのかと良心が痛みますが,もう時効だと思うのでざくっといきます。
 いつものように店頭で開店間際の掃除をしていると店長が「一緒にきてくれるか」と私に命令しました。ちょうど店頭にいるのにも慣れてきて,何か変わったことでもなかなと思っていたところだったので,私はしっぽを振りながらついていきました。
 おもむろに店の外に出ると,しばらく歩いて駐車場に着きました。目の前の軽トラックに乗ることを指示されて私はドアを開けて乗り込みました。
 1時間ほど走っていく間に,目的地はどこなのか,何が目的なのかが説明されました。
 到着してみると,そこは河川敷。だだっ広い広場に,山積みの産業廃棄物がこれでもか,と積み上げてあります。車を降りると店長は「まいどー」と大声をあげ,小屋から出てきたオヤジと挨拶をしています。
 店長のあとをついていくと,店長は「あれと,これと・・・ああ,あれももらっていこうかな」などと指示を現場の人に出しています。私が物珍しそうに触ったりしていると,説明をしてくれたりします。
 夏の暑い日だったのですっかり円単価の作業でへばってしまった私は,商品のトラックへの積み込みの間,店長と一緒に小屋へ案内され,飲み物を頂きました。
 積み込みが終わると,店長は車に乗り込み,大きなはかりに車を移動させます。そこで示した重量から割り出された金額が示され,少しやりとりがあった後商談成立。現金を支払って元来た道を走ります。
 坂道ではあまりの重さにクラッチが滑ってしまうほどの「商品」を満載し,高速道路をひた走ります。
 すると店長が2つ,私を注意しました。
 「あまり暑いしんどいをいうな。相手が気を遣うやろ,そういうところで足元を見られるんやぞ」というのが1つ。なるほど,その通りです。
 続けて「それと,目の前にある山積みの産業廃棄物をあまり欲しそうに眺めるな。それを仕入れようとしたらこれも足元を見られて値段をつり上げられる」。
 これも納得です。私は目の前の宝にすっかり有頂天になり,目の前にするものに歓声を上げ,大はしゃぎ状態だったのです。
 むしろ「大したものはないな,それでももらっていくか」くらいの芝居を打つのがプロだそうで,そういうところのノウハウをわずか1日にして伝授されたのでした。
 連れて行ってくれた目的が向学のためで実質的な働きを期待していないということもあったでしょうけど,以後私は連れて行ってもらうことなく,結局仕入れにはこれが最初で最後の機会となりました。
 ただ,勉強になったことは間違いありません。夏休み限りの短期バイトにここまでのことを見せてくれたことに感謝,ですね。
2000年06月23日 17時33分25秒

高校の頃のアルバイト
 私の家庭では,アルバイトは高校生になってからとされていました。それまでに欲しいものもたくさんあったし,昔から私はこんなだから,欲しいものも高価でしたので,アルバイトは「後ろめたくないお金」を手に入れる手段としても,本当にやりたいものの1つでした。
 高校1年の時の夏休み。ようやくアルバイトが解禁になったことを喜んだ私は,はて,そうはいってもどうやってバイト先を見つければよいのだ?と途方に暮れました。
 若い私は,「人間やる気を見せれば相手を説得できる!」などと信じて,飛び込みでバイト先を探してみました。
 当時の私も今と同じで,家電品や電子部品などに興味があって,年齢にしては知識もたくさんあった方だと思うので,やはりここはそういったお店に立ちたいと思っていました。しかし,交通費が出ないようなバイトでは遠方はかえって損になるので,近所で探すことにしました。
 結果は玉砕。そりゃーそうですよね。人が不足していればアルバイト募集の張り紙くらいは出すだろうし,アポもなくいきなりやってきた高校生を雇うほど,どこもおおらかではありませんよ。
 あきらめる前に,どうしても聞いておきたいところがありました。大阪日本橋の電子部品販売店では最強である,シリコンハウス共立さんです。
 私も中学生の頃からお世話になっているところで,大阪を離れるまでは毎日のように,今でも帰省の度に出かけます。
 ここは自宅から50分ほどかかるところなので,いきなり出向くわけにはいきません。とりあえず電話で聞いてみることにしました。
 アルバイトをしたいんですが,というと電話の向こうから「じゃ,面接に来てください」とあっけないくらいにありがたい返事。
 ここが駄目ならあきらめようと思っていたので,本当にうれしいものでした。
 当日,シリコンハウスの店頭の上のフロアーにある事務所に通され,そこで社長さんとお会いしました。とても気さくな方で,私に一般常識的なことと,技術的なことを質問しそれが期待通りのものとわかると,実に簡単に採用してくれました。交通費も出してもらえることになったわけですが,当時としては時給もよく,今になって思えば,これは電子工学を若い人間に啓蒙する1つの慈善事業なのかも,と思ったりします。店頭で様々な部品に触れ,先輩やお客さんから知識を得て,そして特別に割引してくれる部品を稼いだお金で買って楽しむという,非常に得難い環境です。
 社長は最後に「シリコンハウスはそうでもないけど,実は系列にデジットというジャンク屋があって,ここが人を欲しがっている。ここはどうか?」と聞いてきました。
 デジット・・・日本橋の巡回ルートで,創意工夫はあるけどお金のない貧乏人がおこぼれに預かる,そういうありがたいジャンク屋さんです。それまでのジャンク屋さんはどちらかというと近寄りがたい印象があったのですが,ここは明るく,親切で,程度のいいジャンクが用意されていたこともあって私もすっかり常連でした。
 二つ返事で了解すると,早速現場に連れて行かれ,デジットの責任者の方に紹介されました。
 こ,この方は・・・私が中学生の頃,シリコンハウスの店長をされていた方で,今思えばあまりに的はずれな質問をしつこくしたお陰で一喝されたことのある人ではないですか!
 やばい,えらいことになったなと内心思いましたが,私を覚えてはいないようで,ちょっと安心。
 この時が,彼との最初の出会いでした。
 短気で怒りっぽく,でも人情味あふれ,技術者としての知識と技能は遙か雲の上の人を連想させ,お店が終わる頃になるとたくさんの常連さんがやってくる人を集める魅力,すごい人がいたものだと思いました。
 随分怒られましたし,何度バイトを休もうかとおもったことか。それでも当時16歳の若造である私を随分かわいがってくれました。
 夏休みが終わる頃にはすっかり慣れ,どの部品がどこに列んでいて,それがいくらかを覚えるに至りましたし,バイト代で作ろうと決めていたMOS-FETのプリメインアンプの部品も仕事の合間にこつこつ,随分集まりました。
 バイトが終わる頃,また来年おいでといってくれた店長の言葉に,心からのうれしく思いました。
 そして約束通り,次の年もそこでバイトをさせてもらえました。シリコンハウスの先輩方からも,最年少の私は随分かわいがってもらえていましたし,デジットの店長さんが社長さんに私をよくいってくれていたこともあってでしょうか,翌年「またバイトしたいのですが」という電話に受付の女性は「あなたは店長のお気に入りだったから」と,歓迎をしてくれたことを覚えています。
 2年生の夏休みは,いきなり即戦力でした。同じ年齢のバイトも2人ほどいて彼らともとても仲良くなりました。
 3年生の時には受験があるのでバイトはせず,大学が決まってからのバイトは別のパソコンショップですることにしたので,これがそこでのバイトの最後となりました。
 それでもそれ以降,大阪にいる間にはよくお店に出向き,店長さんとお話しする機会を持っていただきました。就職のことで随分と悩んでいたのですが,明快な彼の一言で,私は今の会社のお世話になることを決めます。
 仕事とは,会社とは,技術とか,人間とは,お金とは,労働とは,責任とは,接客とは・・・とにかく,今の私の根幹をなす概念の多くは,彼から学んだものです。
 このバイトを通して,私は本当に多くの人と出会い,多くのものを学びました。今,そこでの人々との繋がりが全くないことがとても残念なのですが,これから数回に分けて,そこでの話を書いていきたいと思います。
2000年06月21日 20時03分46秒

スプレー暴発
 真空管のアンプを作るにあたって,トランスを入手するのが結構勇気のいることです。
 なんてったって,ものすごく高価。電源トランスは2万円からですし,半導体アンプだったら必要のない出力トランスが必須で,これが価格に比例して特性が良くなるものだから,けちれないです。ステレオだと2ついるので,それだけで5万円にもなることが普通です。
 しかも,ほとんどの場合電源にはチョークコイルを使いますから,これがまた1万円ほどもして,真空管がそもそも高価であることを考えると,まともな実用アンプをこしらえるには10万円以下では絶対無理です。
 私の場合,先日ここに書いたように,まずは実験機を作ることを始めたいので,これにそれほどの予算を見積もることが出来ません。
 特性は妥協して,格安のトランス類を集めることも考えたのですが,そうです,世の中インターネットの時代です。(オヤジ臭いですね)
 週刊誌でも話題になったyahoo!オークションで検索すると,出てくる出てくる。
 最終的に,憧れのブランドであるタンゴの電源トランスを手に入れました。確か2万円ほどのものですが,これを4000円ほどで落札。
 トラブルもなく,気持ちよくやりとりがあって私の手元にやってきたトランスを見ると,さすがに古いものだけあって塗装が剥げてしまって,みすぼらしくなってます。
 半導体アンプだと,トランスなんかケースの中に収まってしまうので見てくれなどどうでもいいわけですけど,真空管アンプはそうはいきません。シャシーの上にむき出しのままトランスや真空管が配置されるので,それらの美しさも出来上がりを大きく左右します。
 ということで,早速電源トランスの塗装を始めました。ばらしてサンドペーパーでこすり,古い塗幕とサビを落とします。剥離防止の塗料を薄くスプレーし,あとはつや消し黒のエナメル塗料をスプレーするだけです。
 黒のエナメルスプレーは,カメラの塗装を補修するのに3年ほど前に買っていました。エナメル塗料は薄く塗布できるので,結構たくさんの塗料が残っていました。
 早速ボタンを押して塗装を開始・・・でも,全然出てきません。つまっているみたいですね。
 しまった,前回使ったときに,逆さまにして空ぶかしをしなかったことで,つまったみたい・・・うむー,というわけで,針で突っついたりシンナー漬けにしたりしましたが,缶の中のノズルがつまっているので,あきらめました。
 ああ,いっぱいあったのになぁ,惜しいなぁと思ううち,そうだ,エナメルはノビがいいから,刷毛塗りでも十分きれいに出来ると思いたち,どうせ捨ててしまうなら缶に穴をあけ,中身を出して刷毛で塗ってみればいいじゃないかと,考え至りました。
 寮のベランダで始まったこの作戦,先のとがったドライバーのようなものを握りしめ,逆さまにした缶の底を目指して,振り下ろします。
 ざくっと刺さり,ぷしゅっとガスの抜ける音。
 ふふふ,これでガスは抜けたぜ,後は用意したビンに中身を移すだけだぜ,うまくいった,と思いました。
 不幸はここから始まりました。
 ドライバーを缶の底から抜くと,あろうことか,ブシューという猛烈な音と共に,ものすごい勢いで真っ黒な塗料が吹き出してきました。
 新品に近いだけに,使い古しの缶のガスを抜くのとは勝手が違うようで,圧力が下がることで塗料そのものにとけ込んでいるガスも一気に揮発し,吹き出しているようです。
 その高さ,ように2メートルはあったと思います。まさに,花火の定番「ドラゴン」状態。辺りの視界が徐々に悪くなっていきます。
 やばい,このままでは辺り一面黒くなってしまう,と焦った私は何を思ったか缶をひっくり返したのですが,もちろん勢いよく塗料がドバドバ出てくるだけ。水平にすればますます勢いよく,辺り一面を黒く汚します。
 そうだ,もう1つ穴をあければ圧が下がるので,勢いが収まるはずだと,意を決してもう1つ穴をあけました。
 しかし,甘かった。勢いが小さくなるどころか,同じ勢いの噴射が,もう1つ増えてしまいました。完敗です。
 2分ほどもたったでしょうか。私はその間,もはや万策尽きてどうすることも出来ず,勢いよく吹き出す黒い柱と,もうもうと立ちこめる黒い霧,そして脳を溶かすシンナー溶剤のにおいに呆然とし,もう駄目だと絶望して膝をふるわせながら,立ちつくしていました。
 勢いが弱まり,徐々に視界が開けてきて,私はまた放心しました。
 ベランダの4枚の窓ガラス全部が真っ黒。エアコンの室外機も真っ黒。床やアルミサッシも含めた至る所が,火事でもあったかのように黒くなっています。天井にも少し届いたか,黒い班点が見られます。
 私は恐怖からすっかり現実逃避モードに入りました。
 そうだ,とりあえず,トランスを塗装しようと,刷毛を持ち出してペタペタ色を塗り始めました。動揺の余り手元が定まらず,見るに耐えない出来になりそうでした。
 それが終わって,徐々に正気を取り戻しましたが,その惨状は目を覆うばかり。仮にも私は寮に入っています。退寮の時に弁償させられるかも・・・などと余計な心配をしながら,部屋に戻りました。
 窓から外が見えません。これはしゃれにならん。
 早速ティッシュを1箱と,シンナーを1本持ってきて,拭き掃除を始めました。
 これなら大丈夫だろうという程度になるまでに,実にそのシンナー1本がまるまるなくなりかかっていました。
 ふと見ると,自分の腕も真っ黒です。半袖でしたからね。鏡を見ると,顔も左半分が真っ黒になってます。首筋の黒いところも見逃さず,残りのシンナーでふき取りました。
 一段落付いたのは2時間ほど後のこと。
 なんだか頭が重い。慣性を感じるのです。
 手ぐしを通すと,パリパリと音が・・・そう,塗料は私の髪を固めてしまったいました。
 これはシンナーでふき取れません。ひたすらシャンプーして剥がしました。シャンプーの泡が黒い粉末でいっぱいでした。
 そんなこんなで,刷毛塗りのトランスは最悪の出来となり,もう一度塗り直しをしないと駄目そうでしたが,思い出にこのまま使おうとかと思っているわけです。散々な1日でしたが,これもきっと,真空管アンプが完成すると,いい思い出になる,のでしょうか。
2000年06月20日 17時38分10秒

久々のスタジオ
 前回スタジオに入ったのは,もう1年以上も前のことでしょう。この日曜日,本当に久々にスタジオに入りました。
 現在半休止中である私が属するバンドは,なかなか変わったバンドです。
 バンドというと,同じ音楽性を持つメンバーが集まり,1つの目標に邁進する熱い集団だと思うわけですが,世の中そんな立派なバンドだけではありません。偶然出会った友人と話をしていて,ふとしたことから楽器をやってることがわかり,それならとりあえずスタジオに入ってみるか,ってなバンドもあるわけです。
 私が属するバンドも,音楽的な共通点は少なく,それ以外の所で仲良くしていることがメインの集団です。こういうぬるい集団で活動していては腕は上達しないでしょうけど,それはそれでとにかく楽しく楽器がプレイできることが重要なわけです。
 今回は,ボーカル担当がエレアコ(基本はアコースティックギターなんだけど,アンプにつないでエレキギターのようにも使えるギターですね)を買ったので,お披露目をしたいということがきっかけになり実現しました。
 課題曲は,コードをかき鳴らすだけですんでしまう曲として,CCRのHave You
Ever Seen The Rainというのを提案し,んじゃこれをやろうかということになりました。
 私も,普段はキーボードを担当するのですが,1年半ほど前に買ったG&Lのテレキャスタイプを持参しました。
 実はベースの担当も,新しいベースを「またも」買ったらしく,本当は日曜日までに納品されているはずだったのですが,まだ出来ておらず,おなじみのベースを持ってきていました。(フレットレスがお馴染みというのも,なんかすごいバンドですけどね,ええ,そんなたいそうなバンドではなくて,きちんと活動していた時には,西条秀樹をやったんですよ)
 なにせ1曲しか用意していませんし,それも3分弱の曲ですから,結構だらだらするんですけども,それでも比較的簡単な曲だからみんな涼しい顔でプレイしています。苦労しない曲では成長しないですが,こういうゆとりのプレイも,非常に楽しいものです。
 その後食事をして,コーヒーを飲みながら久々に長い時間お話をしました。最近の音楽のこと,楽器のことなど様々。丸一日こういうことに時間を費やした訳ですが,とてもいい日になりました。
 次は2週間後に入ることになりました。その新しいベースも無事に納品されたようなので,きっとこのお披露目会という名目になりそうです。
 課題曲は一転して聖飢魔?・・・一抹の不安がよぎります。どうなることやら・・・
2000年06月19日 14時22分08秒

実家のネットワーク
 先日来業者とやりとりのあった実家の新築に伴う,家庭内ネットワーク関連の計画がいよいよ確定し,工事が始まったようです。
 まずLANですが,トイレと風呂場を除くすべての部屋に10BASE-T/100BASE-TXのコネクタを出しました。2階のとある部屋(これを集中部屋とよんでおきます)にハブやルータをおくことを想定し,各部屋のコネクタからのびるカテゴリ5のケーブルは,この集中部屋に全部集まってきます。
 電話の配線は,最初はアナログ回線で加入するので基本的にバス配線としますが,ISDNへの切り替えにも対応するため,ジャック自身はRJ-45という8極のものを出しておきます。知らなかったのですが,アナログ電話用の6極のプラグは,8極のジャックにちゃんとささるように,互換性が考慮されているのだそうです。
 テレビはごく普通の配線で,VHF/UHF/BSの3つの信号が1つの同軸ケーブルに重畳され,各部屋のアンテナコネクタから出てきます。
 次にCATV。私の実家の地域はCATVによるインターネットサービスが行われているので,本命をこれと考えてみました。話によるとインターネット用のケーブルと映像用のケーブルは,ネットワークの信頼性確保のため分けるのだそうで,インターネット用のケーブルは集中部屋に1つ,映像用のケーブルはフィルタを通して各部屋に分配します。ただ,同軸ケーブルとコネクタはVHF/UHF/BSと同じものですし,CATVの加入によってこれら3つの放送もサービスされますから,加入工事の段階でVHF/UHF/BSのラインをCATVに付け替えることになります。
 CS放送にも対応したいと言うことでその希望を伝えたところ,CSアンテナとCSチューナーは一対一であることが必須であるということもあって,全部の部屋にCSアンテナのジャックを出すことはやめました。VHF/UHF/BSの同軸ケーブルと混合できるかと思ったのですが,それは無理という事です。
 そこで,CS放送については,アンテナからの同軸ケーブルを同軸切り替え器で最大4つに切り替えて使用することにします。とりあえずリビングと集中部屋の2カ所に,CSのコネクタが出るようにしました。
 とまぁこんな感じで,通信関係のプランはFIXしました。100BASE-TXまでの対応という事で,今後の話がいささか不安ではありますが,それでもこれでまだまだ十分なはずです。ISDN,CATV,CSと,あらゆる外部との切り口がサポートされるので,新しいメディアに対する耐性はかなりあるんではないかと思います。
 これらの希望を実現するため,屋内の配管はかなり太いものを用いて行ってくれるようですので,この配管を用いて行う工事には,まだまだ大きな可能性も残っています。新しいケーブルの敷設も可能でしょう。
 とはいえ,当面そこに住むのは私でもなければ弟でもない。これだけのケーブルを,テレビと電話の2つでしかとりあえず使わないというオチまでついているんですけど,なにかしたいと思ったときに,工事のための時間と費用に二の足を踏むことを考えると,この先行投資は無駄にはならないと思います。
 いろいろ業者とのやりとりには時間もかかって面倒もあったのですけど,勉強になったことも多く,本当にいい機会でした。今度は自分の家で,プランニングをやってみたいものですね。
2000年06月16日 17時23分01秒

落とし穴の参謀
 私が小学生の頃,砂場に作る落とし穴が流行りました。
 見事に他の人を引っかけると,これがまた非常に楽しいもので,より効果の高いものへと改良を重ねるのが,人間の向上心と言うものでしょう。
 ある者はより深く,ある者はより大きく,そしてまたある者は水を中にためて被害が更に大きくなるように創意工夫を凝らすのでした。
 私も随分と落とし穴を作ったわけですが,もうとっくに時効だと思うので,ここに公開しようと思います。
 私が作った中で最も強力なものが,次のようなものです。
 まず,落とし穴の直径は割と小さく,しかし非常に深く掘ります。最低50センチくらいは掘る必要がありますね。
 掘ったらこの穴に,さっき掘り出した砂を少しずつ,そっと入れていきます。注意するのは,ふわふわと振りかけるように入れていくことです。決して踏み固めたりしてはいけません。
 大体深さ10センチくらいまで砂をかけたら,新聞紙を穴にかぶせてカムフラージュします。これで完成。私は発案者&現場監督として,私の落とし穴に共感してくれる作業者を指揮してこの画期的な落とし穴の構築に挑みました。
 それまでの重厚壮大型の落とし穴には,膨大な人数と時間が必要でした。大きなプロジェクトとして行われることが多くなった落とし穴の構築は,そろそろ限界にさしかかっていました。そんな中,私のその落とし穴は,わずか2名で短時間に完成しました。
 さて,気の毒なある少年が,見事にその落とし穴にはまりました。水攻めというわけではなく,さりとて大きな穴でも深い穴でもないので,被害は全くないと思われました。
 しかし,私のねらいはここから。彼が,柔らかい砂に深々と差し込んだ足を抜こうとすると,足の周りから集まる砂の重みで,靴が脱げてしまいます。それに気付かず足を完全に抜いた瞬間,砂がその穴を埋めて,隠してしまうわけです。
 こうなるともう靴は簡単には見つかりません。
 この落とし穴は子供心にも「しゃれにならんがな」と,同級生を恐怖に陥れました。あまりの恐ろしさに真似をする者も出てこず,タブー扱いされました。
 この後,私と作業者の2名は,担任の先生にこっぴどく怒られ,夕方暗くなるまで彼の靴を探させられる羽目になりました。結局出てこなかったので,彼は片方の靴がないまま,帰宅したのです。
 以後,落とし穴は全面禁止となりました。
 他にもいろいろ考えました。
 水攻めの場合,穴に水をそのまま入れても水がしみこんでしまいます。これでは効果がありません。そこで,私はバケツを埋め込みました。これで数時間単位で水を維持することに成功しました。
 穴を隠す新聞紙ですが,これも新聞の上にかける砂の重みでへこんでしまい,遠くからだと落とし穴の位置がばれてしまいます。そこで,3mm程度のベニヤ板を探してきて,これの真ん中に切れ目を入れて割れやすくしたものを利用しました。
 それまで,落とし穴の発見にはわずかにへこんでいることを利用していた同級生達は,ことごとく私の落とし穴にはまってくれました。
 同じような効果を期待する究極の作戦が,穴を直径15センチ程度にして,そこから空洞状に中をくりぬいて砂を掻き出す方法でした。穴の周りの砂は踏むと崩れる程度の厚さを維持して削っていきます。こうすると小さな穴は見つかりにくく,仮に見つかってもその穴に到達する前に,地面が崩れて落とし穴にはまってくれます。私の作った中では最も難易度の高いもので,削りすぎて何度も落盤し,自分がはまってしまう事になりましたが,深さを追求しない試作1号が成功し,その秘匿性が実証されたところで計画を凍結しました。
 水攻めの水に,カエルやミミズを入れて,2次災害を期待したケースもあったのですが,これは製作中に発見され,女子連合の攻撃に屈して凍結しました。
 ダミーを作ることもやりましたね。本命の大きな落とし穴の手前に,小さなバレバレの落とし穴を作ります。同級生は,ここをぴょんと飛び越して回避したつもりだったのですが,着地地点にはさらに大きな落とし穴が・・・ジャンプした高さも手伝って,大きな効果を得ることに成功しました。
 いずれの落とし穴も,私が作業者として動くことは少なく,アイデアを出して作業者を指揮するということを役割としていました。 今考えると,まぁなんて小憎らしい小学生でしょうか。
 しかし,これって今の私となにも変わってません。口ばっかりで,でっち上げのいい加減なアイデアを連発するんですけど,実際の作業は他に任せたりする。面白いアイデアなんだけども,実はギリギリのやばいものだったりするところなど,本当に昔のまんま。
 あえていうなら,私のそういう性格を周りの人間が矯正しなかったということなのですが,人と違うアイデアで勝負できる人間の芽を摘まなかった私の周りの大人達に,感謝したいと思います。
 最後に小学生の皆さん,これを読んで,落とし穴を作ろうと思ったらだめですよ。靴がなくなるのは本当にまずいですからね。
2000年06月13日 15時52分45秒

意外な読者
 特別大々的に書くことはしなかったのですが,昨年の5月以来,1年以上にわたってここ「艦長日誌・私的記録」を書き続けてきました。途中さぼったときもありましたけども,その時々に興味のあることをそのまま書くという姿勢は,私がどんなことに興味を持っていたか,どんな具合にそれを解決したか,さぼっているときには仕事が忙しかったんだろうなとか,そういう目印に使えるので,結構面白いです。
 もうすぐ3000カウントになるこのホームページ,ここ以外のページを更新していないので,未だに微増しているカウント数は,艦長日誌・私的記録に固定客がついてもらえた証でしょう。
 これまでに私が把握している読者の皆さんは,反応を返してくれるので,私も自ずと皆さんのご意見を反映した物になるわけですが,先日はちょっと意外な読者の方に反応を頂きました。
 実は,非公開で,高校3年生の時のクラスのホームページを私が作って立ち上げています。少し前に個人的に契約をしたあるプロバイダが用意してくれた,10MBという狭いホームページエリアです。
 私はここをすでに持っていまして,すっかり根を張っていますから,新たにそちらに移行することは考えていませんでした。
 相前後して,すでにここにも書きましたが高校3年の時の同窓会がありました。私は高校生の頃,いつもカメラを持ち歩く記録屋さんだったのですが,そんな記録の中の1枚が,実家の取り壊しのさなか偶然見つかったので,持っていきました。
 変わった人あり,変わってない人あり,キャビネ版という大きさやモノクロというところで,懐かしさ以外に目新しさもあったようです。
 記録屋ですから,これ以外の写真もたくさん持っているわけですが,それをいちいち配るわけにはいかんので,そのほとんどは非公開でした。当然公開せよと言う流れになるのは必至であり,それなら写真公開用のホームページを作るから,見においでよとなったわけです。
 早速写真をスキャンしたりレタッチしたりしたのですが,せっかくだから掲示板とリンク集くらいは用意しようと思いつき,でも熱が冷めないうちに用意せねばならないということで,急いでホームページを作成しました。
 公開してみると実にクラスの半分くらいの人に見に来てもらえています。掲示板も,最初は「元気か」くらいのものだったんですけど,さすがに悩みの多い年齢だけに,いろいろな悩みや苦労が書かれるようになりました。
 内容はここでは書きませんが,同級生ですから年齢は同じ。程度の差はあれ同じような悩みを持っていることや,しかしそれに対する答えはそれぞれ違っていることなど,学ぶところの多い広場となりつつあります。
 リンク集は,同級生のホームページをリンクしようと思っているのですが,まだ申請がないので私だけです。このホームページへのリンクを張ってあるのですが,見に来てくれる人もいます。
 まぁ,いっちゃぁ何ですが,ものすごいマニアックなページです。興味のない人には苦痛以外何者でもないページに,あえてしてあるのですけど,それでも見てくれるありがたい方がいらっしゃいます。
 艦長日誌・私的記録も見てくれまして,最近では「すたんぷりん」と「私は臓器を提供しない」というネタについて,興味を持ってもらえたようです。
 ホームページへが「LA音源」「古パソ」「FreshMusic」と,どれを取ってもマニアックで,こんな奴の日記だからさぞマニアックだろうと思わせておいて,実はテーマはばらばら。
 コーヒーカップの取っ手が取れた話,パンツのゴムの話,脳死の問題,携帯電話とペースメーカー,Macの話,買い物の話と,別にバラバラにしようと思っているわけではなく,そのまま思いつくことを書き重ねたことが,こういう結果につながったというのは,ちょっと自分でも面白いところです。
 まだまだ面白いネタは残っています。これからも可能な限り書いていきます。これまで同様,よろしくお願いします。
2000年06月12日 16時28分24秒

実家の様子
 さて,長らくここに書くことをしてなかった,実家の建て替えの件です。なにも動きがなかった訳ではないのですが・・・
 まず,現在の様子。上棟式と呼ばれる儀式が無事に終わり,棟も上がって瓦までふいてあるそうです。早いものですね。
 完成予定も,当初8月の終わり頃だったのですが,梅雨が間にはいることを懸念してスケジュールを前倒しし,8月の頭には完成になる運びとなりました。
 私が父親から完全に任されていることがネットワークや通信のインフラに関して。先日も大阪の業者と電話で話し合いをしました。
 結論だけいうと,2階の1つの部屋を集中部屋としてすべての部屋からイーサーネットを引っ張り込み,ここにハブやルータを設置します。CATVへの対応も必要なので,映像はVHF/UHF/BSの信号に重畳してすべての部屋に配り,インターネットは集中部屋のみに出して,ここにケーブルモデムを設置します。
 ISDNも全部の部屋に出すことを想定してありますし,CSについても切り替えスイッチで最大4つの部屋まで設置が可能です。
 インターネットに注目するとISDNとCATVとアナログ電話の3つで外部と接続可能,内部は最大100Mbpsで高速ネットワークが構築できるということで,光ファイバなどのややこしいものが登場するまでは,これでおそらく無敵でしょう。(IEEE1394でホームバス?そんなもん使いものにならん)
 とまぁ,一応こちらの要望は伝えることが出来たのですが,その業者の社長さんと話をすると,どうもやっぱり新しい技術に疎いようで,何度も何度も説明をして,それでもなかなか理解してもらえず,すっかり疲れてしまったのですが,「カテゴリ5」という言葉でとうとう観念して,息子さんとおぼしき人に変わってもらいました。
 するとね,こちらの要望に対して次々と合理的な回答を提示してくれて,あっという間に説明終了。最初からこの人にお願いしておけばよかったと,とほほほほって感じです。
 無論,社長さんもいい人で,全然悪気はないんですけど,それだけ周りの進歩が早いと言うことでしょう。私のような庶民レベルが,100Mbpsのイーサーネットを家中にはわせるなんて,10年前ならちょっと考えられなかったことですもんね。
 最後の確認はまだ終わってませんが,おそらくこれでいけるでしょう。私にとってもとてもいい経験になりました。こういう指示の仕方で,どういう結論が出てくるのか。とてもとても楽しみです。
 
2000年06月09日 20時04分51秒

日本の自動車
 今朝,会社に来る途中に,R34スカイラインを見ました。別に珍しい車でもないのですが,ちょっとそのとき,日産がルノーの傘下に入ったことと,ルノーが日本の代表的なスポーツセダン,スカイラインGT-Rをどう思っているのかを考えてました。
 よく言われることなのですが,ヨーロッパは自動車先進国であり,自動車に対する考え方が日本人のそれとはちょっと異なるといわれています。それは一部のマニアが熱狂する日本のレース事情と対称的な,おじいちゃんやおばあちゃんでも大好きな,日本のプロ野球のような「娯楽」としてのレースによっても,良く見て取れます。
 F1にしてもラリーにしても,やはりヨーロッパのレースであり,インディ500マイルレースなんかとはちょっと違った雰囲気がありますよね。
 ところが,そういうレースが身近な世界にありながらも,レース用の自動車はいわゆる「スーパーカー」であり,庶民にはほとんどお目にかかることはないわけですし,価格も日本円で数千万円なわけです。これはチューニングをしていないベース車両の話です。
 従って,例えばランチア・ストラトス,ランチア・デルタ,プジョー205turbo16,ルノー5turboなど,全くスペシャルな自動車が暴れ回っていた時代,ラリーは完全な娯楽の世界であったと言えるでしょう。
 しかしここ10年ほど,世界ラリー選手権における日本勢の活躍が目立ちます。スバル・インプレッサ,三菱ランサー,古いところでトヨタ・セリカなどの車が優勝を何度も飾っています。
 ヨーロッパの人々の目には当然,これらの車もスペシャルで,数千万円だと思っているわけですが,実はそうではない。そのままでもラリーに出られるほどのポテンシャルを持つランサーGSRエボリューションVIなど,350万円もあればお釣りが来ます。あのWRCの覇者ランエボがたったの350万円なんですよね。しかも近所のディーラーで売ってる。
 まずここで,ヨーロッパ人は腰を抜かすみたいです。どうしてだ,どうしてこんな価格で手に入るのだ,自分の国なら軽く1000万円は超えるぞ,などというわけです。
 同じ事はスカイラインGT-Rでも言えます。さすがにフェラーリ355GTと真っ向から張り合えるとは思えませんが,それでも実力として十分戦えるはずです。まさに日本を代表するスポーツセダンです。この車が600万円でお釣りが来る。どこででも買える。そこら辺の普通の人がオーナーである。こんなことが日本では起こっています。
 これもちょっとヨーロッパでは考えられないですね。そのままサーキットに出られる車が,庶民の運転でたくさん公道を走り回っている。
 ヨーロッパはある意味で階級社会です。庶民には手の届かないものというのが,伝統的に存在します。それで社会がうまく治まってきた歴史があります。でも日本は違う。特に戦後,それまでの価値観を完膚無きまでに破壊された我々は,世界にもまれにみる貧富の差の少ない,水平な平等な国家となりました。
 それが個性のなさを生んだとも思いますが,そんな中で日本人は個性的に生きることに目覚め,社会が個性的であることを容認し,それどころかむしろ良いことだと認知する社会通念までも手に入れました。
 本来なら数千万円のスーパーカーに属するはずの自動車が,大衆車と余り変わらない価格で手に入り,購入に際しても特別な条件はないということが,そもそも日本の誇るべき平等性,ひいては主権在民と機会均等の精神ではないかと思います。
 それを可能にしたのは,もちろん卓越した技術力,とりわけ量産技術ですが,さらにその根底には「いいものを安く誰の手にも届く範囲で」という,リベラルな思想が染み渡っているからに他ならないと思います。これが原動力となって,今の日本があります。量産に強い工業国・日本は,かくして成立したのでしょうね。
 今日本の国が,一部の政治家の思想によって違う方向に向けられそうになっています。思想の自由もこの国では保証されていますが,民主主義においては大多数の国民の望む方向こそが,これからの日本の向かうべき方向に他なりません。
 その民意が問われるのが,今月25日の総選挙。先人たちが多くの血を流して勝ち取った普通選挙権を無駄にしないように,皆さんも選挙にはぜひ出かけてください。
 う,自動車の話から随分飛躍したなぁ。
2000年06月08日 12時03分06秒

すたんぷりん恐るべし
 昨夜,会社から帰って突然,先日購入した「すたんぷりん」で遊びたくなりました。
 それも,原画にするべき画像を見つけたから,ということなのですが。
 私はザウルス使いで,今はそれほどでもないですが,以前はメール端末としても大活躍していました。そのとき,相手からザウルスのお絵かき機能で書かれたイラストをいくつかもらっています。
 それが,私の似顔絵だったりするんですね。
 私はあまり気に入ってませんが,書いた当の本人はいたく気に入っていて,「名作だ」などといってます。
 そこで,これを原画にして,スタンプを作ってプレゼントすることにしました。
 思い立ったら早いです。ザウルスからその画像をMacに移し,Photoshopで読み込んで解像度の変換をかけます。普通のレタッチツールにある画像サイズの変更というのは,ピクセル数の変換になるのであまり使いたくありません。Photoshopの解像度変換というのは,ピクセル数は変えず,その解像度を変えることで印刷される実サイズを調整しようというものです。
 すたんぷりんは3種類のサイズのスタンプを作れますが,今回は最も小さい物を作ることにしました。12ミリ×10ミリというところでしょうかね。
 解像度変換で原画が出来たら,これをすたんぷりんにセットします。マグネシウムランプをまずセットし,線の細いときに用いるフィルタとアクリルの透明な板をその上に置きます。
 TIリキッドという特殊な液体をひき,ここに原画を置きます。位置あわせをしてから黒く薄いフィルムを重ね,さらにその上にスタンプの台となるスポンジシートを重ねます。
 ここまでできたら機械の上蓋をして,さらに上蓋を押し込むとマグネシウムランプがぱっと光ります。
 すると,黒色のフィルムがスポンジに張り付いているので,そっとはがします。スポンジには原画通りの,白い筋のような物が転写されています。
 スポンジのシールをはがして,スタンプの土台に貼り付け,白い筋に沿ってインクをのばして数分,筋からスポンジにインクがしみこみ,完成となります。
 出来上がりは,はっきりいってすばらしいです。
 プリントごっこくらいのもんだろうと思っていたのですが,意外と細かい線がくっきりと出ています。私のプリンタは300dpiのレーザープリンタですが,十分についていけてる感じですね。
 早速プレゼントしたら,腰砕けてました。ザウルスの液晶画面で描いたイラストが,きゅっと小さくなってスタンプになってしまえば,それはそれでちょっとした感動があるものです。無論喜んでくれました。
 2500円でこんなにできるとは。侮りが足しすたんぷりんです。
 手書きではこの線の細さは出ないでしょう。コンピュータと組み合わせて始めて価値の出るものだと思いました。
2000年06月07日 14時44分55秒

真空管アンプ検討続行
 先日,やっぱ真空管アンプが作りたいという話を書きましたが,やっぱりちょっと熱にうなされ気味ですね。こんな感覚は久々です。
 実家にいたなら,すぐにでも部品を買いに行って作っていたと思うのですが,先日も書いたように住んでいる場所の関係で作業も思うように出来ず,作ったアンプも満足に音を出せないどころか,置く場所さえも困ってしまうような状況では,ちょっと作るわけにはいきません。
 そこで今はいろいろ検討をするしかないのですが,これもまた楽しい。じっくり考えてから物を作ると,それはそれで,とてもいい物が出来上がるものですし。
 先日は多極管を用いたものをかなり想定していたようなことを書きましたが,今使っているMOS-FETのアンプが,どちらかというと多極管の特性に近いデバイスを使って,多量のNFBをかけることで成立しているので,これの対局をなすものを作るのが面白いだろうと思いました。
 真空管独自の特性というと,そのリニアリティや歪み特性から,やはり3極管ということになるでしょう。特に日本では,古典管である2A3や300Bが今でも大人気です。
 しかし,これらの直熱形3極管は非常に高価であるし,お店や生産国によって随分と値段に差があります。品質についてもおそらく同様でしょう。
 トランスなども吟味しないとだめそうですし,いきなりこれに手を染めるのは,やっぱ初心者としては怖いものです。
 そこで,今回は同じく素直な3極管である手持ちの6080をつかって見ようということになりました。
 今はおおかたどこでも1000円程度で買えてしまう,不遇の真空管です。変な話,テレビ管と同じかそれ以下の扱いというのが私は納得がいきません。かわいそうだという感覚も手伝って,こいつを使いきってしまいたいと思うようになりました。
 回路的には,RCAのデータブックにあった回路例を参考にしてきちんと設計をしたいと思っていますが,なにぶんグリッド電圧が125Vととんでもないので,これをドライブできる仕組みを作らねばなりません。出力はプッシュプルですので10W+10Wが目標というところですね。もちろんNFBは全くかけません。裸特性で勝負したいです。
 失敗しても大丈夫なように,また思い切っていろいろいじれるように,安く作ることもテーマです。出力トランスはとりあえずタンゴの物をつかうつもりですが,最近は7500円ほどの安い物も手に入るみたいです。タンゴというメーカーは老舗ですし,真空管の世界では定番ではあるのですが,そのメジャーさがいまいち好きになっていません。でも,品質には実績のある分だけ,間違いがないだろうし,安くても値段以下の性能ということはないだろうという,一種の信用の問題だろうと思っています。
 電源トランスが高価なのですが,昔サンスイの大型電源トランスを捨ててしまったんですね。あまりに大きくて大変だったから。買えば3万円ほどもしたかもしれません。今になって悔やまれるのですが,1万円ちょっとくらいで適当な物を探してくることにしています。
 先日からこういうことをつらつらと考えていると,それまでNFBをかけることが当たり前だと思っていた私自身の回路の設計方法について,真空管の時代には違うアプローチがあったんだなと考えさせられます。
 半導体のアンプというのは裸ゲインを稼げますから,NFBを多量にかけることで特性を上げることができます。さらに素子のばらつきや個体差が吸収できるので安定な動作も可能です。これは電子回路としてはまったく理想的なことであり,昔から目指されてきた物でした。その究極の形が,OP-AMPとその回路技術です。
 しかしこれは,裏返せば素子の個性もNFBによって小さくされてしまうということであり,せっかく気合いを入れて素子を選んでも,思った以上の差とならないというようなことが起こるように思います。
 トランジスタの選定は,最大定格とノイズレベルで選びがちで,極端な言い方をすればどれを使ってもとりあえずそのまま動作してしまうのが,トランジスタアンプの設計手法です。(少なくとも私は同じようなトランジスタなら,その差を吸収してそのまま動く回路を設計しています。)
 真空管アンプの世界を知って驚いたのですが,マニアの主観ではなく,設計方法の1つとして真空管の個性にべったり依存することが行われているんですね。トランジスタは種類が同じなら最大定格の違いが主な違いですが,真空管は型番が違えば,それはもう全く別物。差し替えただけでそのまま動くことはほとんどありません。
 つまり真空管を選ぶという作業が,音質うんぬんという以上に回路設計上不可欠な行為であって,理論的にそれがきちんと肯定されているところが半導体アンプとは大きく異なる事なんだということです。
 半導体アンプでは,目指す方向としてデバイスの差が出ないように設計するのに,主観的な方法でデバイスの差を論じる評論家やマニアがたくさんいる。わずかな差があるのは認めますが,目指した方向から考えると,むしろ差が小さいことを誉めて欲しいわけですよね。そこに矛盾が生じています。
 また,真空管は半導体とは違い,デバイスの特性そのものに様々な特性を自由に持たせることが出来ます。半導体では原理的に変えようのない特性がいくつもあり,結局その改良の歴史は最大定格の向上に主眼が置かれてきました。真空管はデバイスの開発時に,可変出来るパラメータが半導体よりもたくさんあるということでしょうね。
 半導体アンプでは,デバイスの選定とデバイスの差が,マニアの主観にどうしてもなりがちで,それが眉唾だと感じて抵抗を示す人も少なくないと思います。
 話が脱線しますが,NFBをかけることで個性が希薄になり,ディジタルオーディオの登場で「没個性」がさらに顕著になりました。差は確かにあるのですが,高い次元の差であるし,ほんの小さな差です。またその差を体感するには一桁二桁違うお金をかけねばならなくなってます。それでも特別興味のない人には違いを論ずるほどの差ではないと言うことです。
 これがオーディオを趣味にする人が少なくなってきたことの理由ではないかと思います。いい音を安く,誰にでも提供した半導体とディジタルの技術は本当に素晴らしいものですが,それゆえ趣味性が薄くなったことは残念なことかもしれません。これは自動車やカメラの世界と,同じなんじゃないかと思います。

 
2000年06月06日 12時23分05秒

思いつくままに
 昨日はあまりに気持ちのいい天気だったので,買い物に出かけました。
 伊藤屋という文具のお店で,かねてから欲しかった「すたんぷりん」というものを買いたかったのです。
 三菱鉛筆が製造販売するこの「すたんぷりん」は,自分でスタンプを作るキットです。原理はプリントごっこと同じで,一種のガリ版刷りです。
 単なるスタンプ作成キットなら私の琴線に触れることはないんですが,パソコンとの組み合わせで様々な可能性に気が付きました。写真を加工して線画にしてスタンプ,太めの明朝で「私物」とレタリングしてスタンプ,勝手にプジョーやアップルのロゴをスタンプ,モモやトロををちょっと細工して偽物をスタンプ,とまぁ,なかなか面白そうな感じがしてきます。
 手に入れてみると,なんだか学研の「科学と学習」の付録みたいで,なかなかちゃちな感じがします。
 まだ使っていませんが,きっと面白いんじゃないかと。2500円でした。
 次に雨傘を買いました。これまで使っていた物が壊れかかっていて,さしていると突然傘が閉じたりして思わず雪ん子状態となり,「げっ」と大声を出して注目を浴びることもしばしばでした。
 高級品を買うつもりはなかったのですが,思わず惹かれてしまったのが,MASAKI MATSUSHIMAのもの。普通の傘の骨がたかだか8本程度なのに対して,この傘は12本ほどあって,広げるとまるで和傘のよう。骨と骨の間隔が狭いと,開いたシルエットが真円に近くなります。
 12000円もしましたが,やっぱりこういう「心惹かれるもの」を,お金を理由に断念したくはないものです。
 仕上げは東急ハンズ。ここでは何も買わないつもりでしたが,靴のメンテナンス関係を数点と,3M製の自動車用ポリマーワックスを買いました。
 普通ワックスというとソフト99とかジョンソンとかシュアラスターとか,そのあたりになると思うのですが,そこはハンズ,3Mのものが売られていました。
 3Mといえば,アメリカに本社のある化学メーカーで,いつもユニークで他社の追随を許さないアイデア満点の製品と特許で世界中にその名を轟かせる,私の憧れる企業の1つです。ノートパソコンのバックライトとLCDの間に挟む拡散シートやプリズムシートは,ほとんどの場合3Mの製品か3Mの特許を利用した物になっています。
 そこが自らのブランドで売っているワックスですから,なにかひと工夫があるに違いありません。「独自の特許」という文言にも惹かれました。3Mのことです,きっとこの特許は他の会社には使わせていないんでしょう,うっしっし。
 まだ使っていませんが,今度車を洗ったときに使ってみようかと思っています。
 そんなわけで,結構散財しました。真空管アンプもいろいろ考えて検討を進めていますが,こんなところで散財してる場合ではないんですけど・・・まぁ収穫が大きかったからいいとしましょう。

 
2000年06月05日 16時03分48秒