年が明けてから(というか年末からですが)とっても忙しく,ここの更新も滞ってしまい,新世紀いきなり出遅れたしょんぼり人生ではありますが,なんとしても1月中に更新せねばと思い,頑張ってみました。本年もどうぞよろしくお願いします。過去の物はこちらです。

BIT CHAR-Gは高い次元で完成したラジコン
 ラジコンがちょっとしたブームです。
 思うに,急速に進歩した技術が,ようやくラジコンに投下されるようになったことが,新しい製品と新しい市場を拓いたのではないでしょうか。
 ラジコンは,無線技術の進歩によって生まれたホビーですが,はっきりしたことはわかりませんが,アメリカで1960年代に非常に普及したCB(市民無線)の延長上にあるのは割と簡単に想像が付きます。(ラジコンの周波数が27MHzだったのはそのせいでしょう。)
 小型エンジン,無線通信など,こうした技術の蓄積からラジコンが生まれますが,1970年代に花開いたサーボ技術によって,いわゆる「プロポ」がこの世界を革新します。
 サーボモーターをコントロールすることで,単なるONとOFFではなく,アナログ量でコントロール出来るようになった訳ですが,これは多くの愛好者を生み,また新しいラジコンの誕生に拍車をかけたのでした。
 しかし,ここまで。それ以後,何か新しいラジコンの要素技術が出てくることはなかったのです。
 一方,コンピュータが牽引した半導体技術,携帯電話などに後押しされた小型・高エネルギーの電池技術,制度が飛躍的に向上したプラスティック成形技術,そして装置の小型化によって生まれた小型モータとメカトロニクス,これらが,飛躍的な進歩を遂げて,我々の身の回りにあふれるようになりました。
 これらが統合して,ここ数年,新しいジャンルのラジコンが生まれています。
 少し前に紹介した「ミニッツレーサー」は,それまで何万円もした本格的な電動ラジコンカーを,プラモデルのサイズにダウンサイジング,しかしその性能に一切の妥協はないという,通も唸らせる意欲作でした。
 実際,私のようなラジコンに今まで手を出せなかった人間が衝動買いをし,かつ満足していることを考えると,その狙いはずばり,ということになるでしょう。
 しかし,トミーから出ている「BIT CHAR-G」というラジコンは,またさらに驚きです。
 トミーですから,基本はおもちゃなんですよ。値段は2500円。大きさはチョロQを少し大きくしたくらいのもので,自分で組み立てないといけません。
 成形も雑で,厚みがあるところなどいかにも「安いおもちゃ」です。
 しかし,見た目で判断すると損をします。
 このBIT CHAR-G,出た時にはマニアの間でも評判になったほどです。なんといっても,あのサイズで前後左右,自由自在に動かせるラジコンカーなんですから。
 昨日,私は"魔"のトイザらスにいってしまいました。目的はGBA用のゲーム「逆転裁判」を買うためなんですが,ついでにふらふら見ていると,BIT CHAR-Gが目の前に・・・
 ピピッと来ました。2500円ですからね,外してもまぁ,辛抱できる価格です。当然それほどの期待もしていません。
 このBIT CHAR-G,簡単に紹介しておきましょう。
 パッケージには,超小型にNi-Cd電池と受信機,それにステアリング用のアクチュエータ(サーボモータではありません)がマウントされたシャシー,ゴムタイヤ,後ろの車軸とホイール,カウル(私の場合はRX-7です),そして直径がボールペンほどしかない,これまた超小型モータ,そしてコントローラが入っています。
 子供向きのおもちゃですから,とがった部分はないようになっていますし,説明書にも全部ふりがながふられています。
 コントローラの横には金属接点が用意されていて,これを本体の底に出ている接点とくっつけると,コントローラに入っている電池によって,本体内の超小型Ni-Cd電池が充電されます。満充電までわずか45秒。
 後は,コントローラで前後左右にコントロールするだけ。実に2分間も遊べるのです。
 ね,この発想はすばらしいでしょ?これまでのラジコンは,大きな電池を搭載していました。駆動時間とパワーを稼ぐためでしたが,これは結局,モータの連続駆動時間も長く考えておかねばならないことを意味していました。
 従って冷却を考える必要があったり,ストレスにも余裕を見ておくため,モータも,その制御回路も大型化したわけです。
 BIT CHAR-Gは,2分間の連続駆動時間を確保するにとどまっています。これによって,電池そのものが小さくなることはもちろん,2分後には必ず停止することを前提に,モータを思い切って小型化してあります。2分間では,ストレスがかかるほど回さない,冷却が必要なほど熱くはならない,そういう発想でモータが驚くほど小さく作られています。
 仮にこのモータを連続で10分間回すと,きっと焼き切れてしまうでしょう。2分間という制限の元に,実にギリギリのバランスで作られたものだと思います。
 モータの小型化と,2分間だけ動けばいいと言う割り切りの発想で,制御回路も小型化されています。普通モータを駆動する制御回路だって放熱を考えないといけませんが,この時間では大げさなことをしなくても,温度が上がり切る前に運転終了となります。
 つまり,すべてがそういう「割り切り」を条件に,ギリギリのところでスペックダウンしてあるわけです。そして,そのスペックを,2分間という間だけ無茶をさせて,そのポテンシャルを最大限に生かし切っているのです。
 すばらしい,すばらしすぎます。
 とまぁ,パーツを見ながら感動していたわけですが,実際に組み立てを始めると,これは子供にはちと厳しい,かなと思いました。
 小さなモータに,これまた小さなピニオンギアを圧入する必要があるんですが,コントローラの裏側に,治具が作り込まれている割には,とにかく小さくてやりにくい。私などはピニオンギアを床に落としてしまい,真っ青になりながら探しました。カーペットの上だったりすると,もう絶望的だったでしょう。
 ホイールにタイヤをはめ込み,ピニオンギアを圧入したモータをシャシーに取り付けます。
 シャシーにアイドルギアを取り付け,その後タイヤをあらかじめ履かせた後輪(リジッドアクスルなんですが)をシャシーにはめ込みます。このくらいのラジコンですから,デフギアなどは必要ありません。
 そして最後にカウルをはめ込みます。完成。10分もかからないほどの作業です。
 そして充電,試走です。
 ・・・
 遅い,遅すぎます。
 ミニッツレーサーほどのスピード感を期待した訳ではありませんが,それにしても遅いです。ステアリングも,サーボモータで動かすステアリングと違い,急に方向を変えます。しかし,最小回転半径は大きめなので,大回りをさせられます。急な障害物の回避は無理でしょう。
 しかし,これがまた「ベストバランス」と気が付くのに,そんなに時間はかかりませんでした。
 まず,速度。この速度であるのは,狭い机の上を無理なく動かせる速度です。大きな広場やサーキットを走らせるには不満でしょうが,速度というのは,そのフィールドの広さによって必要性が変化します。要するに,端から端まで何秒で走るか,その結論です。
 ステアリングが大味なのは,この速度にあわせています。ステアリングの切れ角をコントロールするには,サーボモータを使ったプロポシステムが必須ですが,それは飛躍的にコストを押し上げます。
 スイッチ式のステアリングは常に切れ角が一定ですから,細かい操作はできません。しかし,最初から細かい操作など,必要がなかったのです。この速度であれば。
 ゆっくり目で追いかけることの出来る速度で,机や狭い床を走らせる。障害物も早めに察知して,ゆっくり回避。細かいスイッチ操作を行うことで,この速度なら面白く走らせることが出来ます。
 なるほど。コストを下げること,小型化することで出てきた難点を,こういう形でまとめて,利点とするとは,恐れ入りました。
 ただ,やっぱり子供には難しいと思います。もう200円高くてもいいですから,せめてシャシーくらいは組み立て済みにしておいて欲しかったです。
 これも,いわゆるチューンナップキットを組み付けるには,自分で一度組み立てておいた方が良いわけで,そういう配慮なんだとしたら,納得できます。しかし,それならなくしやすいピニオンギア位は,もう1つ余計に入れておいて欲しかったと思います。
 あらゆる部分に,2500円で販売できるようにするにはどうすればいいか,という発想がにじみ出ています。電子工学,メカトロニクス,成形技術をフル活用して,ベストバランスを極めたラジコン,単なるおもちゃで終わらせてはもったいない。
 安いですし,ちょっと集まって遊ぶのは,非常に楽しいものではないでしょうか。
2001年10月15日 15時40分57秒

BeOSが動き出した
 先日秋葉原で購入してきたBeOS 5.0 Pro Edition,今までずっとお蔵入りしていました。
 PowerMac7200を偶然もらって,これをどう使うかなと考えてたときに,BeOSのパッケージが安く売られていることを知り,Palmに買収が決まった今となっては,きっと最後の機会になると思い,買ったのでした。
 しかし,後で調べてみると7200ではBeOSは動かないそうです。
 非常にがっかりしたのですが,動かないものは仕方がありません。
 そこで,メインマシンの7600で動かすことにしたわけですが,インストーラが起動しないのです。いつまでたっても画面は真っ黒なまま。
 そういう問題にぶち当たって,HDDが壊れるという大事件が起きたり,MacOS X10.1のアップデートを行ったりで,BeOSはほったらかしになっていたのでした。
 期せずして今日,いきなり時間ができました。天気も良かったのですが,体調が悪く,外に出る気力もなかったので,BeOSの検討を始めたのでした。
 先人達の知恵を借りようとWEBを見てみると,なんとMacOS9以上ではインストーラが起動しないらしい。それではというので,外付けのHDDの先頭400MBにMacOS8.5(新規パッケージですから,ライセンス違反はしてませんよ)を入れて,そこから起動してみますと,おお,動いた。
 後はスムーズにインストールが終わり,BeOSが動き出しました。
 細かいバグのためと思われるおかしな挙動があるのが残念ですが,うわさ通りの軽さ。いわゆる最新の機能を備えたモダンOSで,全容量が200MBだというのは,結構すごいことかも知れません。CD-Rを焼く機能さえも標準で持っているのですから。
 ただ,私が始めてBeOSを見たときに持った印象,「カッコ悪い」は今回も健在でした。先進のOSであるのに,この画面デザインの洗練されてなさは,やっぱり残念ですね。
 GUIデザインも結構違和感があって,いらいらすることも多いわけですが,EGBridgeの賢さもあって,実はすぐに慣れてしまえるレベルでした。
 思うに,WEBのブラウズとかメールとか,そういうプラットフォームに依存しないアプリケーションは,どんなOSで扱ってもそれなりに扱えるというのが真実なんでしょうね。インターネットへの接続だってそうです。プラットフォームに依存しないことの素晴らしさは,異なるプラットフォームに触れてみて始めてわかるものですね。
 さて,そんなわけで艦長日誌を書いていたのですが,書いてる間にWEBブラウザが落ちてしまいました。結構たくさん書いていたのでがっかりしましたが,気を取り直して書き直してます。それがこれです。
 BeOSは,もう過去のOSです。進歩がない以上,それは疑いのない事実でしょう。私がこのBeOSを使い続けるということもないでしょう。OSはハードウェアを駆動するソフトであり,人間とコンピュータをつなぐものです。BeOSでなければならない理由は,ありません。
 ただ,OSによって同じマシンが全く異なる顔を持つことは,こういった機会でないとわからないものです。そういう意味で,今日BeOSが自分の手元で動いたことは,非常に面白い経験であったと思います。
 BeOSがMacOSになっていたら・・・そんなことを,また考えてしまいます。
2001年10月13日 18時41分32秒

プラリペアと型想いで遊ぼう
 プラリペアという製品については,随分昔にここに書いた記憶があります。
 粉末と有機溶剤のセットで,価格は1600円。粉末容器に注射針で有機溶剤の玉を作って差し込むと,この玉に粉末がとけてドロドロになります。
 乾燥すると普通のプラスティックのように堅くなり,肉痩せもないので充てん剤としてももちろん,分子結合が起こるので強力な接着剤としても使えるという優れものです。
 私の場合はヘッドフォンやノートPCの破損部分を補修して,現在もそれは問題がなく使えています。慣れるまでに時間がかかりますが,正しく使えばその効果は絶大です。
 肉やせがないという特徴を生かして小さな部品を作ったり,破損した部品を複製したりするには,やはり「型どり」という作業が必要になります。
 急にマニアックになって恐縮ですが,型を取ってレジンなどの樹脂を流し込み,部品を作ったり複製することは,実はごく普通に行われています。
 しかし,型を取るといってもそんなに簡単には取れませんし,レジンはそれなりに高価で,決して扱いやすいものだとはいえません。
 しかし,プラリペアです。これはとても簡単に扱えます。(さらに高価ですが)
 このプラリペアを活用するアイテムが,最近結構目にする「簡易型どりセット」です。
 私が購入したのは「型想い」というふざけた名前のもので,720円でした。常温ではしなる程度の堅さで,きめの細かい樹脂なのですが,100度の熱湯で2分間煮ると粘度のようにグニャグニャになります。
 熱いのを我慢して複製したい部品に押し当てて,そのまま冷水で冷やすと,あらまぁ綺麗に型が取れていると,そういうものです。
 話を聞いてはいましたが,そんなにうまくいくことはなかろうと思っていました。
 で,週末,なにげに手に入れた新潮社の「Yonda?」携帯ストラップを眺めていると,このパンダが携帯電話に当たって傷が付いてしまうのがなければ使うんだけどなぁと思うようになりました。
 いじっているうちに,そのパンダがころっと外れて,ひもだけになりました。
 しかし,もともとパンダが付いていた部分には,普通はプラスティックで固めてあるので,そのままでは機能的に問題はなくとも,不格好です。
 そこで思いついたのが,プラリペアを使うことです。
 他に持っていた携帯ストラップの根っこの部分に型想いを暖めてから押し当て,この部分の型を取ります。冷やしてからプラリペアを流し込み,ストラップをおいてさらにプラリペアを流し込みます。
 上の部分の型を重ねて放置します。しばらくして固まる頃に型をはがします。
 思わず笑ってしまいました。複製だから当たり前なのですが,そっくりなんです,私が元に使ったストラップと。形といい表面のざらざらといい,もうそっくり。見事です。
 しかし,そこは素人のやること,反対側にへこみが出来たことと,斜めに付いてしまった事が問題です。
 へこんだ部分は再度プラリペアと型を使って作り直しましたが,ゆがんでしまったことはもうどうにもなりません。あきらめました。
 でも,20年前の中国製品のようないい加減さと怪しさが出るようにはなってます。これを見て,まさか素人が休日に30分ほどでこしらえたものだとは,ちょっと思わないんではないでしょうかね。
 いやー,面白いですよ。
 これらはどこででも買えるようなものではないですが,東急ハンズには売ってますし,ちょっとした補修なら,これまでのどの接着剤よりも確実な修理が出来ます。面白い遊びも出来ると思うので,興味のある方は試してみてください。
2001年10月10日 19時23分11秒

「おしりっこ」ってどうよ?
 おしりっこ,っていきなり言われても,そりゃー困ってしまうでしょう。まぁ,話を聞いてください。
 日曜日,つまり連休の中日なんですが,野暮用で有楽町のビックカメラまで出かけました。何かが欲しくて買い物に出かけたわけではなかったのですが,それはそれで楽しかったわけです。
 家電品のフロアを見てると,温水洗浄式の便座が売られています。TOTOとか松下とか,我々が比較的見慣れた「ウォシュレット」が売られています。
 高いですね,ものによっては10万円近くもしてます。相場で6万円前後,安い物で3万円程からなんですが,かただかおしりを温水で洗うだけの器具に,そんな価値はない物と思っていました。
 契機になったのは,実家の建て直しです。
 立て直された実家には,父親の発案で,ウォシュレットが標準装備されていました。
 こうして私も,この「なんだかよくわからないがものすごく売れているらしい」ものを体験する機会を得たわけです。
 結果,「こいつはいい,最高だ!」という結論を出しました。
 汚い話なので詳細を記すことはあえてしませんが,とにかくふき取る作業が簡略化され,それがおしりを傷つけずにすみことが,とにかく魅力でした。清潔であることをモットーとする日本人らしい発明だなぁと感心するに至ったわけです。
 しかし,私が今住んでいるところはそんな便利なものがありません。取り付けることも考えましたが,やはり水道工事が必要になるというのが最大のネック。賃貸な訳ですから,勝手なことは出来ません。
 ビックカメラの店内で,「ふ,叶わぬ夢だ」とニヒルに便座の前で髪をかき上げた私の目に,やや小降りの箱が飛び込んできました。
 箱には「おしりっこ」という商品名と,水滴をモチーフにしたキャラクターの頭の先から水が飛び出て,左右に分かれている絵が描かれています。私の目に飛び込んできたそれは,まさに「おしりっこ,見参」という感じで,強烈な印象を与えました。
 展示品を注意深く探すと,どうも既存の便器に取り付けるだけで温水便座機能をアドオンできる便利なもののようです。水はロータンクからくみ出します。生意気におしり洗浄とビデ,脱臭機能まで装備しています。
 何より驚いたのはその価格です。6980円・・・ゲーム1本ほどでこの便利さを享受できるなら,まさにそれは天国。ゲームを買えばクソゲーにぶち当たってしまうこのすさんだ日常の中で,これほどまでに非日常な存在が許されるのか,否,まさに許されるのであります。ブラボー!
 工事がいらない,賃貸でも問題なし,取り付け簡単,そしてその日持って帰るのにかさばらない大きさ,最後に価格で,私は恥ずかしい気持ちを通り越して,購入に踏み切ることにしました。
 とはいえ,「おしりっこ」というなんともダイレクトな商品名,そしておしりを水で洗っているのを想像させるイラスト,30歳の独身男性が抱えて帰るのはとてもとても恥ずかしいものです。
 あらかじめレジがすいているのを確認して箱をつかみ取り,レジまで走るとそこに5人以上の長蛇の列が!一瞬の出来事に,神の存在をにわかに信じたほどでした。
 恥ずかしさを押し殺してレジに並んで,お金を払って店を出ました。
 そう,ここは連休を楽しむ人々でにぎわう,銀座です。有楽町です。
 恥ずかしさ炸裂。
 京浜東北線と東急線を使って帰宅した私には,まさに拷問ともいえる仕打ちでした。まるですべての視線が,おしりっことそれを抱えた私に注がれているような気分です。
 ああ,覚醒剤に依存すると,こういう感じがするんだよなぁ,などと現実逃避した考えをしつつ,なんとか家に帰り着きました。
 セッティングはあっけなく完了。試運転をしてみましょう。
 ノズルの前に手をかざし,水が飛び跳ねるの防ぎつつスイッチを入れます。
 おー,あったかい水が勢いよく飛び出してきます。すごいです,感動です。
 この調子でビデも試してみましょう。
 スイッチオン!うん?なんかちょろちょろしか出ないな。ノズルの出てこないし・・・ええい,手で引っ張り出してみるか・・・
 その瞬間,ノズルが飛び出し,私の顔面はビデのピンポイント攻撃にさらされ,大きな被害を被ったのでした。
 原因は,水を供給するパイプがふさがっていたことでして,これを修正するとなんなくビデも動くようになりました。
 翌日,早速使ってみたのわけですが,なんと言っても水の勢いが強烈です。まるで穴があきそうな勢いです。油断していた私は,ひぃーっという声と共に,つまみを弱い方にあわせたのですが,それでもかなりきついです。
 ただ,汚れはばっちり落ちています。
 コストパフォーマンスと工事がいらないことで,この製品には80点をあげましょう。
 快便の後,私は試作品での過酷な試験と試行錯誤の検討作業に涙を流しながら頑張ったであろう,メーカーである東芝さんのエンジニアの不屈の闘志が,わずか7000円の価値しかないと判断されたことにやりきれないもんだと,そんな思いを持ってここちよい洗浄の間を過ごしました。
2001年10月09日 00時56分41秒

ロシア映画をなめるな
 先週の3連休は久々に映画にいこうという気分でした。
 選んだ映画は,そう,今首都圏だけで話題沸騰のロシア映画,「チェブラーシカ」です。
 は?という方も多いでしょう。まず,名前からどんな映画かをまったく想像できないですよね。さすがロシア語。「スペースカウボーイ」なんかだと,もう名前を聞くだけで「なんかトラボルタって感じやな」って思うじゃないですか。
 さて,この「チェブラーシカ」,元々ロシアの子供向けテレビ映画です。子供向けですから人が死んだり,宇宙人をグーパンチで殴ったりはしません。
 いわゆる人形劇のようなかんじです。1970年代,冷戦のさなかのソ連の映画といえば,なにかものすごいものを感じてしまいます。
 私が最初にこの映画を知ったのは,友人が買ったばかりの携帯電話に待ち受け画面として変な動物の絵を入れているのが気になり,「そのモンチッチのパチモンみたいなもんは,新しいポケモンなのか?」とたずねた事がきっかけでした。
 チェブラーシカとは,映画の主人公で,耳が大きく,サルのような容姿で,なんとも上目遣いがかわいらしい動物です。
 しかし,その正体は「不明」。アフリカにいたんだそうですが,おなかがすいてオレンジを食べてたところをオレンジと一緒に箱詰めされてしまって,ロシアまで運ばれてしまったという設定。
 第1話の「こんにちはチェブラーシカ」では,くだもの屋さんのおやじが,オレンジの箱からチェブラーシカを出してあげるところから始まります。
 チェブラーシカは,とても薄汚く汚れています。こんなところのリアリティも,ロシアンテイストがちらっと出てたりします。
 箱から出してたたせようとするのですが,すぐによろけてしまいます。ロシア語でチェブラーシカとは,「たおれやさん」という意味だそうで,そうかといって,いわゆるかわいそうな描き方をしているかといえばそうでないところが,なんとも子供映画です。
 無垢なチェブラーシカは,「学問上不明な生物」という理由で動物園から追い出されたり,客引きに使おうとする商売人に,電話ボックスを「ここが家だ」と教えられて寂しそうにしていたりと,今思い出しても,なんだか胸が締め付けられるようなシーンが出てきます。それでも,それをただただ単純に「かわいそう」としないところに,私はなにかしら興味を覚えるのです。
 ワニのゲーナ,子供たち,いたずらおばさんなど,多彩なキャラクターがまたすばらしい。
 私の手元に映画の半券が残っていますが,ちょっとこれは捨てられないですね。
 上映は都内の小さな映画館だけのようで,それ以外の方には全く触れる機会がないのがとても残念なのですが,もし,見る機会があったら是非ご覧下さい。
 ・・・実は,チェブラーシカの後,レイトショウでやってた「不思議惑星キン・ザ・ザ」というSFのロシア映画もかなり気になっています。予告編を見る限り,その期待を裏切らないような気がしますが・・・
2001年10月01日 13時20分22秒

ライフワークは音楽
 ローランドという会社は,いたずらに規模を大きくすることをせず,電子楽器に特化した形で成長してきました。(というものの,ローランドDGは電子楽器とは関係があまり関係がありませんが・・・)
 また,元々市場が日本よりは北米が中心であったこともあり,創業当時からグローバリゼーションにいち早く目覚めていた企業でもあります。
 で,これは創業者である梯郁太郎さんの意志によるところが大きいといえると思います。
 2週間ほど前に読み終えたのですが,「ライフワークは音楽」という氏の著書を読了して得た感想は,そんなものでした。
 生粋のエンジニアであり,同時に優秀な経営者であるといううらやましい存在は,しかし同時に音楽と電子楽器,とりわけオルガンに対する夢を追いかけることを決して忘れてはいません。
 氏が開発に関わったローランドの製品は,実はそれほど多くはありません。しかし氏のカリスマが優秀なエンジニアを集め,そこで生まれた製品はすべて氏の熱意が強く入っているといえます。さすがに会社の規模が大きくなってからはその傾向も薄まりましたが,それでもハモンド氏を偲びつつ最新のオルガンVK-77に言及する部分があったりすると,さすがだなと思ったりするものです。
 同時に氏は音楽や楽器そのものにもお詳しい方で,ヨーロッパの教会を回られたり,アメリカやフィリピンなどのいわば「本場」ではない教会のオルガンなどにも興味を持ち足を運んでおられます。
 もちろん,コルグやヤマハの方々も楽器に対する情熱をお持ちでしょうし,実際電子楽器の発展に非常に大きく寄与ししたことは言うまでもないのですが,氏が多大なる貢献者としてモーグ博士やブライアン・ウィルソン,スティービーワンダーに囲まれる形でハリウッドのRockWalkに手形を残すことを許されたことは,やはり他とは何かが違っているからなのではないかと思うのです。
 最近のローランドの製品には,今ひとつおもしろさがありません。で,私の言うそのおもしろさとは音を合成するシンセサイザに対して向けられたものだと思うのですが,面白くない理由はこの著作を読んで何となくわかった気がします。
 こういっては失礼でしょうが,氏の目標はシンセサイザそのものを作ること,その可能性を追求することではなく,電子オルガンや電子ピアノを,アコースティックな楽器と同等に扱われるようにすることであり,それはまさに最新の楽器としてピアノフォルテが登場し,受け入れられて普及した現在に至る課程そのものを目指しているのだと思います。
 技術レベルでは,後一歩のところまできたと思います。後は,魂の問題かな,と思ったりします。それは,演算器であるコンピュータが人間にどれほど近づけるかというテーマに似たようなものがあると,私は感じています。
2001年09月14日 15時31分54秒

やってしまった
 やってしまったといっても,私がテロの犯人という事ではありません。
 昨日の朝,台風が関東地方に上陸するというので,自分の車にかけていたシートカバーをはがしておいたのです。
 台風が無事に去ったあと,昨日の夜ですが,事前に用意していた真新しいシートカバーをかけてやろうと,表に出ました。
 その前に,そういえばしばらくエンジンすらかけてないことに気が付いて,エンジンくらいはかけようと思ったのです。
 ドアを開け,キーを回します。
 ゆっくりとしたセルスターターの音が少ししたかと思うと,すぐに沈黙が・・・
 そう,バッテリーがあがってます。
 このバッテリー,某ネットショップで購入したものです。ユアサ製のもので,見る限りなかなか良さそうな商品でしたし,それに輸入車のバッテリーとしては破格の12000円でしたので,前回バッテリーを上げてしまった時に純正のものから交換したのでした。
 3年は持つだろうと思っていたのですが,1年と10ヶ月。2年持たなかったことになります。
 まぁ,この2年間ほど本当に車に乗ることがなくなりまして,このくらいの時間でバッテリーが上がってしまうことはある種当然ともいえるわけですが,最近のバッテリーは性能は上がっている一方で一度バッテリーを上げると充電を行っても復活は難しいといわれています。
 12000円は痛いですが,ちょっと無駄遣いをやめれば出てくるお金ではあります。気分良く,せめてバッテリーくらいは新品をおごってやりたいと思うのは,ささやかな親心でしょうか。
 電圧を念のために測定すると,無負荷で10V程度。完全に上がってます。
 充電することも考えてみたのですが,前回交換する前に再充電を試みたところ,1週間でまた上がってしまったことがあったので,無理はしない方がいいなと考えました。
 潔く,同じものと交換するため,今日注文を出しました。
 今週末に到着の予定ですが,交換そのものは僅か10分ほどの作業。
 問題は今後どうするか,です。長期間車に乗らない時にはバッテリーのケーブルを外しておくのがいいわけですが,これはエンジンを切っていても消費される電力が結構無視できないからです。
 当然ながら,キーを回せばエンジンがかかるという便利さはなくなります。怖いのは,そのためにますます車を使わなくなることは目に見えているということでしょう。
 車を手放ししてしまえば楽になるなと考えることもありましたが,今は幸いにして経済的に車が維持できない状況ではないので,例えば結婚とか,なにか大きな変化がある時にまた改めて考えるとし,持てるうちは持つようにしようと思いました。
 はぁ,しかし,自業自得とはいえ,なんかがっくりですね。
2001年09月12日 15時49分13秒

24bitの音
 さて,今日は2つめです。
 実家は大阪ですが,最近工作に使う電子部品が秋葉原よりも日本橋の共立電子の方がいいものが安く手に入る傾向が強くなっています。
 私は15年ほど前に買ったCDプレイヤーに,自作のDAコンバータユニットを接続して使っています。
 このユニット,SM5842という当時も,そして今でもおそらく最高峰の性能を誇るディジタルフィルタと,PCM1702というマルチビット型の20bitDAコンバータの組み合わせで7年前に製作してずっと現役で使っていました。
 DVD時代がやってきてDAコンバータも24bitや192kHzなどが出てくるようになりましたが,マルチビット型のものはなかなか数が少ないです。
 数年前に,PCM1702の24bitバージョンであるPCM1704が出ていたことも知ってはいましたが,手に入るわけもなく,かつとても高価ということであきらめていたわけです。
 ところが,今年の春に共立電子に入荷し,比較的安価で売られているという話を耳にして,悔しい思いをしていたわけです。
 今回,実家に戻った時にようやくそのPCM1704を買いました。幸いディジタルフィルタのSM5842は24bit出力に対応していますから,設定を変えるだけでPCM1704をドライブできます。
 先日,面実装パッケージのPCM1704をPCM1702互換のピン配置に変換するアダプタが完成し,回路の変更も済ませて音出しを行いました。
 いやー,すごいの一言です。
 このPCM11700シリーズは,サインマグニチュード方式というで,小音量時のひずみを極限まで押さえてあるのが特徴ですが,24bitになると20bitに対して16倍も解像度が上がるわけで,輪郭がくっきり見えるようになります。小さな音でひずみが小さくなる事の恩恵です。
 特にすごいのは,ハイハットの定位。PCM1702もボーカルの定位は優秀でしたが,PCM1704ではそれに加えて高次倍音までくっきりさせてくるのです。
 感動のあまり背中は汗でびっしょり。
 それなりに手間もお金もかかりましたが,最高の結果を得ました。
 もう5年は使えますね。最高の音質とともに。
2001年09月11日 13時56分15秒

ADSL総括
 しばらくご無沙汰していたこの日誌ですが,毎日いろいろ忙しく,書く事が出来にというのが実状ではあります。
 3つある大きな話のうち,今回はそのうちの1つを書きます。
 先日Yahoo!BBを解約し,自分が今使っているプロバイダのADSLコースに乗り換えた話はここにも書きましたが,先日夏休みで実家に帰っている間に開通しておりました。
 戻ってから慌ててモデムを届けてもらい,早速接続です。
 あっけないほどあっさり接続でき,問題なく使えたのですが,速度が出ません。本来なら1.5Mbpsですし,実家では1Mbpsくらいはでていましたから,それくらいは出て欲しいと思っていたわけですよ。
 でも,悪いときには400kbps,普段は良いときで800kbpsなんですね。
 ノイズフィルタ,配線の見直しなどいろいろやりましたが,結果はそれほど変りません。最終的にはこんなものかであきらめました。試行錯誤の結果最高で1.2Mbpsくらいは出るようになったんですが・・・
 あらかじめ購入していた4ポートのハブは,小型,低消費電力がポイントです。昔,某社のスイッチングハブを買いましたが,触れないほどに熱を持ったので,会社に持っていってしまいました。この時私は,常時電源が入っているハブというのは,消費電力が最も重要だと思ったわけです。
 ハブは実家に戻ったときに,日本橋で買いましたが,私が間抜けなのはケーブルを買い忘れた事です。仕方がないので近くの東急ハンズへ。
 しかし悪い事に,ハンズメッセなるイベントのため,ケーブルなど定番商品はほとんど倉庫に持っていってしまったそうで,出せないとの事。途方に暮れていたのですが,別の電気屋さんに出かけて無事に買う事が出来ました。
 実は先のYahoo!BB,今日発表になった話では,すでに私の管轄の電話局は開通しているということで,今にしてみればYahoo!BBでも良かったのかなと思ったりします。8Mbpsですしね。でも,今の環境はモデムが買い切りですがルータ機能を持っていますので,買い増しはハブだけで済みましたが,Yahoo!BBではモデムはレンタル,ルータは別途必要なのでものによりますが2万円ほど初期投資が新たに必要です。それを考えるとどっちが得だったかは一概にいえません。
 常時接続は会社でも,実家でも体験しているわけで今更なわけではありますが,それでもゆとりというのか,わからない事があったときにすぐに調べられる自由度はさすがに常時接続ならでは。速度はそれほど重要ではありません。1Mbps出ていれば今は普通は困りません。大切な事は,いつもつながっていること。ブロードバンド時代は,実はもう目の前にあるんですね。
2001年09月10日 19時40分43秒

ADSL初体験
 遅い夏休みをもらって、現在実家に帰ってきています。久々に帰るので、それなりにいろいろしたいことや考えていることがあったのですが、楽しみにしていた物の1つが、弟が導入したADSLを体験すると言うことでした。
 私は先日、Yahoo!BBを解約しましたが、そもそもADSLがうらやましくなったのはやはり実家がADSLになったことを聞いてからでしょう。
 実家に着いてから、早速持参したPC110にイーサーネットのカードを差し込んで繋いでみます。
 おお、すごい、こんな古いマシンでもちゃんと繋がった。メールのチェックも一瞬で終わるんですね。
 まさに天国。これはもう、導入しないと損をします。
 一方、私がADSLを再度申し込んだ今使っているプロバイダからは、昨日のメールで開通準備が整ったと言うことと、28日に開通予定であるということを知らせてきました。
 ありがたい。戻ったらすでにADSLになってるんですね。
 そんなわけで、やはりADSLは想像以上の快適さです。ここから先、8Mbpsになってもそれほど出来ることは変わらないでしょう。とすると、やはり光ファイバーの時代がやってくるまで、この速度でも十分だと思います。
2001年08月26日 12時11分59秒

Yahoo!BB破れたり
 もうすぐ夏休みも終わりですね,学生さん,残念でした。へへへ。
 そういう私は,もうすぐ夏休み。今年は仕事の都合で遅めの夏休みとなりました。
 夏休みに入る前に決着を付けようと思っていたことがあります。そう,Yahoo!BBのことです。
 Yahoo!BBは,光ファイバーがやってくるまでの本命として期待されるADSLに価格破壊をもたらした立て役者です。
 面白いのは,これはNTTの資産である電話線を使っていながらも,使っているのはその電話線だけであり,設備はすべてADSL業者の自前であることです。
 NTTが嫌がるのも無理はないです。
 そんな理由で国際的にも抜きん出て高価だったADSLが,徐々に庶民の手に渡り始めました。
 私の場合は特に,時間を気にしない常時接続環境に憧れているわけですが,それはいわば「新聞を取る」かわりと考えているからです。
 私がインターネットの世話になり始めたころは,IIJやBekkoameなどのISPが出てきて,PPPによるダイアルアップ接続がようやく始まったころでした。インターネットの商用利用も賛否両論の中ようやく可能になった時でもあります。
 夢でしたね,そんな時代に常時接続環境が手に入るなど。
 まぁ,それでしばらくはISDN並になったアナログモデムと一緒に歩んできたわけですが,ADSLが3000円未満で使えるというのは,もうこれは画期的な話です。
 Yahoo!BBがこの価格を出してきた時,私の心は揺らぎました。もうアナログモデムにしがみつく時代は終わったんだろうな・・・
 そのYanoo!BB,申し込みを済ませて,8月中の開通を目指していたのですが,後で来たメールによると,どうも9月いっぱいかかりそうとのこと。そういう場合には大体10月いっぱいかかるものです。
 ま,いいか。どうせ他に選択肢はないし,などと思っていたのですが,私が使っている某プロバイダが,なんとADSLコースを値下げしたのです。
 Yahoo!BBで困ったのは,メールアドレスをどうするかでした。今使っているメールアドレスは失いたくないのですが,そのためだけに月数百円を支払っておかねばなりません。
 つまり,私が使っているこのプロバイダがADSLを値下げしてくれれば,もうそれで問題はなくなるわけです。
 しかし,それで万事解決というわけではありません。まず速度が違います。Yahoo!BBは下り最大8Mbps,私のプロバイダはe-accessですので1.5Mbpsで,全然速度が違います。それだけでの確かにYahoo!BBは魅力的です。
 かなり迷って,Yahoo!BBを解約すべきかどうか考えたのですが,もしも解約する場合の連絡先はどこになるのかと探してみたところ,さっぱりわかりません。
 サポートセンターへは,メールが唯一の通信手段。もしメールが埋もれてしまった場合は,もう私には知る術さえないことになります。
 電話番号がないということが,これほど客の信用を失うことにつながるとは予想だにしませんでした。
 決心が付きました。Yahoo!BBは,キャンセルします。
 連絡先がわからないので仕方なくメールでキャンセルを依頼しました。埋没することも恐ろしいですし,キャンセルの連絡がなかなか来ないと,私が申し込むつもりのプロバイダに申し込みをすることが出来ませんので,失礼かと思いましたが期限を10日ほど設けて,それ以後に返事がなかったらキャンセルが受理されたとさせてもらいますと,付け加えておきました。
 本日,期限を数日過ぎてですが,キャンセルを受け付けたと連絡がありました。とても丁寧な文面で,感心しました。
 ただ,無料でキャンセルが受け付けられたというのは,局内工事にまで進んでいなかったということになります。これではまだまだ当分開通しそうになかったことになります。
 早速別のプロバイダに申し込みをしました。ここは最短で実働9日で開通することを大々的に宣伝していますが,開通は私の夏休みが終わってからになると思います。
 e-accessも高速通信に対応するとのこと。きっと私のプロバイダも対応してくれることと思いますが・・・ここはモデムが買い切り。高速通信規格に対応するのに,ひょっとしてモデムの買い換えが必要だったりすると,これはもう厳しい話になります。
 さて,9月からはADSLになるのでしょうか。楽しみです。
2001年08月20日 18時13分02秒

Beの終焉
 数年前,Appleの業績が悪化し,出てくる製品は安かろう悪かろう,品質が悪く,そんなくせにスケジュールは守られないと,本当にどうしようもない時代がありました。
 それでとにかく買収の噂が絶えることなく続いたりしたのですが,そのころのOS戦略として,Coplandなるものがありました。
 マイクロカーネル,マルチスレッドといういわゆるモダンOSをゼロから作るという野心的なプロジェクトだったのですが,当時のAppleにそれを成し遂げる力がないことは明らかでした。
 Appleが採った戦略は,他社からOSを買うことでした。本命視されていたのが,BeOSでした。
 最近めっきり話を聞かなくなったなぁ,と思っていたら,そのBe社が,早い話が倒産するというニュースを聞きました。
 Beは知的所有権と技術資産をPalm社に売却,評価額は1100万ドルでPalm株での支払いになるとのこと。
 終了後,BeOSビジネスは閉鎖,Be社自身も生産されることが決まったようです。

 いやー,ショックですね。Appleの次世代OSとして,またはWindowsに対する対抗勢力として,その昔は新しいアーキテクチャのマシンとして,とてもとても期待していたのですから。
 今更説明の必要もないでしょうが,Be社は元々Appleの技術担当だったジャン・ルイ・ガセーが作ったベンチャーです。彼はMacintoshIIfxなど,コストよりは最高性能を指針に持つ,私のようなコンスーマー機器の設計者からみると,うらやましいやら腹が立つやらで,とにかくプレミアム指向の人だったのです。
 彼がApple社の方針の違いから飛び出して,そしてPerformaやClassicなどの安いシリーズが乱発されるようになったのは,ちょっと残念なことでもあります。このあたり,ジョブスが戻ってきてからのAppleは絶妙でした。
 で,OSとしてみた時に,BeOSは非常に軽く,リアルタイム性も高いので,マルチメディアOSとして舵を取ったこともありました。しかし,基本性能を検討した場合に,まだまだ未完成なOSであるという評価も,私は耳にしたことがあります。
 つまり,天下を取れなかったのは,当然であるという意見です。少なくとも良いものでなければ,残りようがないということですね。(異論はあると思いますが)
 Beは,資金繰りの悪化と勝算の見積りから,ハードウェアのビジネスから手を引きます。PowerPC603-66MHzをなんとデュアルでぶんまわして,Windowsよりも軽いと言われたMacOSよりもさらに高速で動くOSに,皆度肝を抜かれましたハードウェアでしたが,ソフトだけで勝負することになります。
 PC/ATでの動作になったBeOSですが,結局天下を取ることも,ましてやほんの一部に食い込むことも出来ずに,とうとう生産という事になったわけです。
 なにかと思い入れのあるOSでしたから,非常に残念です。
 もしも,今私が使っているMacOS Xが,BeOSベースだったら・・・うーん,もっと軽くて快適なOSだったかもしれないですね。
2001年08月17日 11時16分29秒

ローランドのマニュアル
 最近,あまり本を買ったり読んだりする時間がなくてうっかりしていたのですが,非常に面白い本が売られているようなので買ってみました。
 「THE GREAT HERITAGE ローランド・ビンテージ製品マニュアル21」というのがそれです。リットーミュージックから発売され,なんと定価15000円という高価な本です。
 これ,名前の通りローランドが発売した初期のシンセサイザの取扱説明書を集めただけの本です。
 とはいえ,収録されている機種が,もう涙もの。System100M,SH-09,Jupiter-8,Juno-6などのシンセサイザ,TB-303やTR-909という現在進行形の機器,MC-4のような歴史的なモデルやVP-330といったボコーダまで網羅しています。時期としては,初期のSHからD-50が出るまでの時期が範囲に入っています。
 私は実はSH-09を持っています。説明書もなにもないのですが,アナログのシンプルなシンセサイザゆえに,説明書の必要性はあまり感じたことがありません。
 しかし,憧れのJupiterやMC-4などの説明書を見る機会は皆無であり,その資料的価値から購入に踏み切りました。
 キャンペーン中は12000円なんだそうです。初期ロットの1000部だけは,シリアルナンバーがはいるそうです。
 私が購入したのは,400番台の後半でした。6月に発売ですから,あまり売れてないんですね,無理もないです。高すぎますもん。
 読んでみた結果ですが,結構あっけなかったです。12000円なら,世の中にもっと楽しいものがあるだけに,確かに資料的価値はあるけども,結局説明書を集めただけのものなんだと,急に我にかっえってしまった次第です。
 説明書そのものに技術的な記述があることを期待しましたが,それほど面白いことは書いていませんし(むしろD-70やD-20のマニュアルの方が,音源を詳しく説明していたりして詳しく面白かったと思います。),それ以外の資料,例えば回路図や開発者インタビューなどもありませんでした。簡単な年表があるくらいです。
 高価な本だっただけに,ちょっと残念な気がしました。意外に読むところがないのです。
 ただ,この本はそういうことを期待するのがそもそも間違っているのかも知れません。資料としては第一級ですから,買って損をした気分ではありません。
2001年08月14日 17時43分13秒

プジョー307の話
 半年以上も前ですが,プジョーの主軸たるコンパクトカー,30xシリーズの最新版307が発表になりました。前代の306が90年代の始めに登場したことを考えると,10年たってのフルモデルチェンジですから,さすがヨーロッパというところでしょうか。
 それと同時に,306の,今となっても古臭さを感じないデザインはすばらしいです。設計そのものは古く,サスペンションもエンジンも,やっぱり10年前の水準だったりすると思うのですが,それでもそのころの国産車とは違った熟成度が,私のような素人にもよくわかります。
 プジョーは80年代の205のヒットで,ヨーロッパのコンパクトカーの1つの流れになりました。当時のライバルはVWのゴルフだったりするのですが,205はフランスのホットハッチとして,随分人気がありましたね。
 306は205よりもう1つ上のクラスをねらったものですが,205が徐々にフェードアウトしていく中で,プジョーの新しい定番となっていきました。
 本当はね,306だって本国では安いんですよね。装備も簡素だし,エンジンだって小さなものになっているんです。日本に入ってくると,どうしても贅沢な装備になる。それは輸入車に対する固定観念というんでしょうか,つまり安すぎる輸入車は敬遠されるんでしょうね。
 206という205の実質的後継車が登場して,306のポジションも変わりました。日本で306が最も安かったのは,マイナーチェンジ直前の1800ccのスタイルというグレードのものが188万円で,この前後は少しずつ高いです。(306も導入直後はXsiという高級グレードがメインでしたから270万円ほどしました)
 私はこのころに購入したのですが,いい買い物をしたなと思っています。
 206が出ると,それまで306が担っていた低価格帯は206の仕事となり,306の車格は引き上げられました。個人的には206は少し小さすぎて,だからといって306は一時期よりも随分価格が上がってしまったので,がっかりした人もいたのではないかと思います。
 もともと205のレンジをカバーすることも想定した306に比べ,その後継車である307はボトムレンジを206でカバーするという方針が最初からありましたので,セダンである406に近いポジションに位置するように設定されているようです。
 そのせいだと思うのですが,307は306よりも少し大きくなっています。エンジンも1600ccと2000ccの2つ。306では下が1400ccからあったことを考えると,完全に206と棲み分けしているようです。
 問題のデザイン。フロントグラスを大きく取ってぺたっと寝かせたデザインはさすがにプジョーですが,厚みが増したせいもあってか,ちょっと「太ったネコ」を想像させますね。フロントマスクも,これまでと随分印象が違います。ヘッドライトもつり目ですけど,プジョーらしい涼しさがなく,悪いけど国産車にありがちな普通のデザインになってしまいました。
 流れとしては,607や206にも共通するものがあります。特に607。何でもこれらのデザイナーは206をデザインしてからベンツで現行のSクラスをデザイン,その後プジョーに戻って607をデザインし,そして今回の307も手がけたということです。そういえば,なるほどSクラスにも共通点がありますね。もちろん最近のシトロエンとも共通点がありますが,これは同じグループだから仕方がない。
 サスペンションは,特にリアが変わったという話。206までに採用されていた方式から変更されたので,307はある意味でのプジョーらしさがなくなったという意見もあります。
 個人的には,日本では206が主流で,307はあまり売れないだろうと思います。私も含めて,ここ最近のプジョーの好調を支えた人々(私は微々たる貢献ですが)が「いいな」と思うポイントを,307がどれだけ持ち合わせているか,私にはちょっとわかりません。206には大きな魅力を感じましたが,307なら別の選択肢もあるような気がしています。
 それでも,町中を走っているのを見れば,それはきっとプジョーなのでしょう。今から少し楽しみです。
2001年08月10日 17時36分40秒

ブロードバンド時代は遠し
 Yahoo!BBの続報です。
 都内ではちらちらと開通している人がいるようです。私は,川を挟んだ向こう岸が23区内という,非常にせこい位置に生活しているわけですが,一応FOMA(NTTドコモの次世代携帯電話)のサービス区域にもなっている場所ですので,なんとかなるだろうと思っていました。
 しかし,先日届いたメールでは,「9月中の開通を目標」となっています。
 ・・・まぁ,そんなもんでしょうね。うまくすれば8月下旬かなと思っていましたが,結局9月中(この場合9月末と読み替えるべきでしょう)ですから,まだまだ先ですね。
 無理もないです。話によると,NTTのフレッツADSLでも,私の住んでいる地域は最も待ち時間が長いんだそうです。希望者とインフラのアンバランスが原因という事でしょうね。
 そもそも,本家のNTTが出来ないことを,間借りするYahoo!BBに出来るはずがありません。ある意味ではNTTでの局内工事の時期に左右されるということでしょうから,結局NTTに「またしてもやられた」ということになると思います。
 モデムは潤沢にあるようですし,工事といっても特殊なことはなにもないので,作業そのものは順調のようですし,これまでに最高で9Mbpsという,公称値以上の速度をたたき出しているケースもあるようですから,サービスそのものに問題はないようです。
 ここでADSLが死ぬほど欲しい人なら,安くなったSo-netに乗り換えることも考えるのでしょうが,私の場合別にアナログモデムでもいいや〜と思っていた人ですし,3000円以内ならまぁ乗り換える価値もあるだろうという判断でしたから,やっぱりYahoo!BBを待つ他はありません。
 ということで,とりあえず気長に待つことにします。9月といわれれば,もう年末だと,そういう気分でYahoo!BBと心中しましょう。
2001年08月09日 16時38分54秒

スマートメディア絶体絶命!
 スマートメディアが壊れました。
 5月の連休に,秋葉原で購入したID付き32MByteのスマートメディアです。その当時は格安だった覚えがあります。
 私のディジタルカメラは,フジのFinePix500という旧式で,画質も使い勝手も大きさも電池寿命も決していいとは思いませんが,所詮コンパクトカメラの代わりですし,こんなものにお金をかけるのもばかばかしいので,別に文句はありません。
 ただ,撮影枚数は多めが欲しかったですし,それにMacとWindowsの間でちょっとしたファイルのやりとりをするのにメモリカードが使えると便利ですから,両方のマシンがアクセスできる環境にある,大容量のスマートメディアに白羽の矢が立ったわけです。
 先週でしたか,Macでファイルを書き込んで,Windows98で読み出そうとしました。Macにはドライバ不要のビクターのカードリーダ,Windows98にはヤノ電器のものを接続してPCカードアダプタ経由で読み書きしています。
 ところが,書き込みは問題なかったのですが,読み出すことが出来ません。まったくファイルが見えないどころか,フォーマットされてないと言われます。仕方がないのでフォーマットを試みると,容量が0kBと出ていて,フォーマットが出来ないと怒られます。
 慌ててディジタルカメラに突っ込んでフォーマットを試みますが,これも失敗。いつまでたっても終了しません。
 うむー,壊れたか・・・なんとなく納得がいかず,Macにつながったビクターのリーダに差し込むと,あれれ,ちゃんと読み書きできます。フォーマットも問題なく出来ているようです。
 もしかしてOS依存か!と思って,このビクターのカードリーダをWindows98マシンにつないでみたところ,やはり正しく読み書きできます。フォーマットも出来ますし,ScanDiskも問題なしと出ます。
 カードリーダ依存の問題とは,初耳・・・そんなことってあるんのか!?と混乱してしまったのですが,結論からいうと,ディジタルカメラで使えない以上は,もうゴミということになります。
 ちょっともったいない気がしましたが,購入した時のパッケージや保証書も捨ててしまったのであきらめていました。
 販売元のメーカーさんの(マクセルさんですが)ホームページを見ると,一応連絡先が書いてあります。メールは出せるようですので,とりあえず症状を書いておきました。
 スマートメディアは,その多くが東芝と三星電子からのOEMです。ですから,マクセルに話をしてもマクセルも困ってしまうだろうし,結局調べることも限られてしまうでしょうから,消費者からのこういったレポートは,この場合あまり役には立たないだろうと思います。でも,私もモノづくりをやってる人間ですから,一般のお客さんからのクレームは,技術的にも役に立つことが多くありがたいものです。
 ということで,私は「お送りすれば調べてもらえますか?」と聞いてみることにしました。
 返事が来て,早速送るようにとの指示でした。しかし,念のため確認してみると,夏休みが明後日の10日からということなので,これは夏休み明けの20日までは少なくとも問題は解決しそうにないですね。
 この現象はある意味では「スマートメディア対応機器の非互換性」の問題ですから,ちょっとまじめに考えてもらいたいという気持ちもありますし,うまくすれば交換くらいはしてもらえるかというスケベ心もあったりします・・・
 また結果はここに書きますので,お楽しみに。
2001年08月08日 13時18分27秒

オイル交換しました
 昨日は,自分の車のオイルを交換しました。
 私の場合,自動車に乗ることは非常に少なく,ガソリンを満タン入れると,半年以上も残っているような状態ですから,キロ数で考えた場合にオイル交換は3年に一度でも全然構わないと思います。
 ただ,それでもオイルというのは劣化します。高温になれば確かに劣化は早いですが,空気に触れて酸化したり,水分を含んでしまったりするので,乗らなくても1年に一度は交換することにしています。
 以前,オートメカニックという非常に楽しい雑誌を読んでいた時ですが,トヨタのDOHCエンジン4A-GEをばらすという記事があって,これを見ていると,内部が非常に汚く,スラッジたカーボンが付着し,またメタル類もおかしな摩耗をしていました。
 廃車されるまでの10年間で,わずか2回から3回のオイル交換しかされていないものだったということで,まるでヘビースモーカーの肺を見せられたような気分でした。
 幸いにして,オイル自身はホームセンターなどでいいものが安価に売られる時代になっていますから,自分で交換をちょこちょこと出来れば,別に大事にはならず,気軽にエンジンの寿命を延ばすことが出来ます。
 そんなわけで私は数週間前に,100%化学合成油のオイルを4リットル購入してきたわけですが,昨日の日曜日,突然思い立ってオイル交換をしたと,こういうわけです。
 私の場合,こまめにオイルを交換することを昔乗っていたシビックでも行っていましたので,プジョーにしてからも毎年の交換はするつもりでした。
 シビックの頃は「下抜き」といって,エンジンの下部にあるネジ式のフタをあけて,ここからオイルを抜き取っていました。この方法は確実にオイルが抜けることもあっていい方法だと思うのですが,なにせ銅で出来たパッキンが使い捨てですので,ここは新しいものを買いに行かねばなりません(しかもこれは比較的特殊ですから,やっぱりそれなりのお店に行かないと適合するものを見つけるのはメジャーな車でないと難しいです)し,ネジを外す時にオイルが飛び出すので汚れたり,悪くすると頭にかぶってしまったりします。
 恐ろしいのはねじを締める時で,もし斜めにネジが入ってしまうようなことがあって,それを工具で締めたりするとネジ山が壊れます。ちゃんとネジが勘合していても,締めすぎるとなめてしまいますし,かといって緩いとオイルが漏れてしまいます。
 そうでなくてもじわじわとオイルがにじみ出てしまうもので,私もシビックの頃はオイル交換をしてしばらくは,毎日毎日車の下を見たものでした。
 プジョーの場合,フランスの車という事もあって,工具は特殊なサイズのものが使われているという話を聞いていました(306は違うと思いますが)し,そもそも破損したら被害が大きいという判断もあって,これは別の方法を考えないといかんなということになりました。
 考えついたのは,「上抜き」です。
 カーショップでオイル交換をしたことがある人は目にしたことがあると思いますが,オイルゲージを差し込む管に,チューブを差し込んでオイルを上から吸引する,あれです。
 最近はバッテリーで駆動するオイルポンプも安価で売られていますので,これを使えば怖いものはない,という判断になりました。
 ただ上抜きにも欠点があって,細い管を上から差し込むので管が途中で曲がったり引っかかったりしてしまうなどして,きちんと抜けきらないことが多いのです。エンジンの下側がでこぼこしている場合など,仮に管が底にきちんとついていても,最後まできちんと抜けない場合もあります。また,滅多にないことですが,管が他の部品に当たってしまい,壊してしまう場合もあると聞きます。
 それでも,私はメリットが大きいと判断して導入してみました。今回で3回目になります。
 作業そのものは非常に簡単です。ポンプを組み立て,入力側チューブを差し込み,オイルぱっくん(廃油を可燃物のゴミとして処理できる処理箱です)をおいて底に出力側のチューブを挟みます。
 バッテリーにつないでポンプを回すと,おおお,出ます出ます,茶色く変色したいかにも「廃油です」といった風情の汚れた液体が。見る見るオイルぱっくんの中にある紙にしみこんでいきます。
 こうしてめでたく抜けたきったと思ったのですが,やっぱりちょっと量が少ないです。抜く前に油温を上げて抜けやすくするためにエンジンを回したのですが,そのせいもあって抜ける量が減ったみたいです。
 早速新しいオイルを注ぎます。いつも思うのですが,新しいオイルはとても綺麗で,いい臭いがします。
 本当は5リットル近く入るはずなのですが,3.8リットルというところでしょうか,今回入ったのは。4リットルの缶に少しだけ余っているような感じです。
 結構エンジン内部に古いオイルが残っていることになりますが,毎年交換しているのだから,まぁいいだろうとおおらかな気分になって,一応終了としました。
 この間わずか1時間。これくらいの作業でエンジンの寿命が延び,調子も維持できるなら,非常に結構なことですね。
 まだ走っていないので最終的な結果はなんともいえませんし,それに走ったところでそれほど変化があるとは思えませんから,気分的なところで満足したと,そういうことになると思います。たった1時間でこの夏最大のイベントが終わってしまった感じでした。
2001年08月06日 12時55分20秒

自分の用事でない買い物
 先日私がi-Modeを導入したことを知り,友人もPHSからの乗り換えに踏み切ることにしたそうです。
 私の場合,それなりに値段が高いことを知りながら,探すのが面倒ということで,あえて近所の量販店(実は秋葉原とあまり変わらない距離なのですが,大げさな気分がしないという意味ですね。)で買いました。
 まぁ,それはそれで納得して購入したので,別に悔いはありません。
 で,友人に見せびらかしたところ,「私も」という話になったわけですが,機種を聞いてみると,一番人気のNEC製がいいというではありませんか。
 N503iにしても,N210iにしても,他よりも5000円以上高い値段になっているのを知っていましたから,予算的にもN210iが限界だろうなと,そういう話になったわけです。
 世話になってる友人ですから,それなりに安い店を探してあげないといけません。秋葉原に行けば安くなると言う情報と,7月25日から仕切り値がずいぶんと下がったという情報をキャッチしました。
 しかし,給料日あけの土日の秋葉原ほど,頭のおかしくなりそうな場所はありません。しかし,安いと聞けば仕方がありません。涼しくなるのを見計らって出発です。
 電気街口の下りの階段では,体臭と熱気で戻しそうになり,友人も速攻気持ちが悪くなったのですが,辛抱して駅の近くの店で見てみると,やはりそれなりに値下がりしています。
 気をよくして事前に調べて置いたお店の1つに行ってみると,「他はいくらでした?」と聞いてきます。よし,この勝負もらった,とばかりに,さっきの店のN210iの値段を伝えました。
 「はぁ,もうそんな値段がでていましたか・・・ちょっとお待ち下さい」と慌てて店の中へ。電卓片手に出てきた彼の口から出てきたのは,N503iがその値段よりも数百円安い価格でいいという話でした。(N210iは強烈に安かったです。)
 N210iの予算でN503iが購入できるというので,他に探せば安い店もあったかも知れませんが,探すのも疲れるのでここで手を打つことにしました。
 ちなみに,こういう安売りショップは,「縛り」が入ることもしばしばだそうです。そういう縛りは一切なし。
 めでたく購入出来たのですが,来月になると,もっと安くなるかも知れませんね。大体DoCoMoは月初めに価格改定を行うそうです。
 ただ,私が思うのは,他者の追い上げと全体に売り上げが下がったことで,新規加入の人だけは先に来月分の仕切り値で行くようになったんではないのかなと,そう思いました。
 いずれにせよ,安く買えた友人は喜んでいました。毒ガスの充満する秋葉原に来た甲斐があったということでした。私はというと,疲れた割に自分の買い物をほとんどせず,散々疲れたあげくに自分のD503iが随分高い買い物だったと思うに至り,すっかり気落ちしてしまいました。

 
2001年07月30日 16時17分50秒

買ってきたもの
 さて,この土曜日に秋葉原にいったのは,あるものを探しに出かけたからです。
 私は2週間ほど前に,PHSから携帯電話への乗り換えを果たしました。それはそれで面白いものですし,うまく使えばPHSよりも節約できるので気に入っているのですが,これまでに整えてきたPHSでの通信環境が全部パーになることが残念でした。
 ザウルスしかり,PC110しかり。
 買い直すと,ザウルスのケーブルが5000円ほど,PC110で使えるPCカードが1万円ほどします。全部で15000円ですから,結構まな出費です。
 しかも,携帯電話自身がインターネットに接続できますし,なんといっても最大で9600bpsという通信速度では,それほど頻繁に使うようなものとは思えません。
 随分悩んだのですが,中古があれば買ってもいいなと考えて,秋葉原に出かけたのでした。
 中古は,私も昔仕入れから販売までをやっていた関係で,いろいろツボを知ってはいます。なにより,集客力が命です。中古は利益率がいいのですが,それは売れた場合の話。気がついたら売れ残りがたくさんあって,計算する大赤字ということも少なくありません。
 売るためには,いいものを仕入れること。そのためにも,多くの人に売ってもらわないといけません。だから,どうしても秋葉原とか日本橋とかでしか,中古ビジネスは成立しないんですね。
 ということで,ソフマップさんです。老舗になってしまいましたね,この業界では。以前のような元気はないですが,中古はしっかり集めています。
 早速探してみると,ありましたありました。ザウルスの携帯ケーブルが2280円,TDKのPCカードが3800円。まずまずの値段です。とはいえ,最近値下がりが激しい売れ筋のUSB接続のケーブルが使えないというのは,なんだか悲しい気分です。
 早速帰って試してみますと,ザウルスの方は一発でOK。あっけないですが,これがPCとPDAの違いなんですよね。つまらないことで悩める時間がある人は,PDAなど買わないのです。
 しかしはまったのはPCカード。
 PC110でドライバのインストールまでは済んだのですが,アクセスしようとするとエラーが出ます。
 調べてみると,なんとCOM2をIrDAにしていました。PC110を学習リモコンにしようとした時に変更してそのままでした。
 Windows95でIrDAがそのまま認識すれば,PCカードをCOM3にしてくれたのでしょうが,そうはいかないのがWindowsです。IrDAを殺して,再インストールすると,COM3で認識しています。試してみると出来た出来た,使えるようになりました。
 使ってみましたが,やはり遅いですね。メールの取り込みが精一杯でしょう。それでもでかい添付ファイルなどを付けてこられた日にはもう,破産するでしょうね。
 他にも,LAOX楽器館で3800円と安売りしていたローランドのMIDIインターフェース(USB接続です),友人のためのベースの弦,本を2冊と低周波発振器の修理用にとバーニアダイアルを購入して帰ってきました。
 しっかし,アキバは暑いだけじゃなく,変な臭いのする町です。もうくらくらして,用事が済んだらさっさと帰ってきました。渋谷も新宿も似たようなもの(かえってひどいかも知れない)なので,要するに真夏には家でじっとしてるのが最善だと,つくづく思いました。
2001年07月25日 12時50分52秒

640MByteのメモリ
 メモリの値段が随分下がりましたね。すごいです。128MByteのSDRAMのDIMMが5000円を切ったと思ったらあれよあれよという間に256MByteが5000円を切ってしまいました。
 私が会社で使っているPowerMacG3ですが,MacOS Xを入れてからメモリの使用量がよくわからなくなっていました。元がUNXIなんだから当然といえば当然ですが,同じような悩みの人はいるもので,ユーティリティが出ていました。
 これを使って調べてみると,トータル320MByte(これだって少なくはないと思うのですが)をほぼ使い切ってしまっていました。
 IEはずっと起動しっぱなし,Classic環境もずっと立ち上がったまま,メモリについてはいろいろ言われているATOK14も入っています。メールだって数分に一度確認に行くんですけど,フリーエリアが僅かになっているということは,何かの拍子でスワップが起きるという事です。
 会社のマシンですから,本来なら会社のお金でメモリの増設をやりたいところですが,いちいち許可を取るのも面倒なので,土曜日に秋葉原に出かけて買ってきました。
 安いですね。私はT-ZONEで買いましたが,PC133,256MByteのCL3で3400円ほど。気が大きくなって2枚買ってしまいました。これくらいの金額で精神的にも気楽になり,実際の作業にも貢献するのであれば,まぁいいでしょう。最終的には自分のものですから,使わなくなったら持って帰りますし。
 心配だったのは,私のPwoerMacG3。当時最大容量のDIMMは128MByteだったので,256MByteに対応していないということも考えられたのです。現に,AT互換機の方では,古いチップセットでは対応しないなどの問題が出ていると聞きます。
 おそるおそる差し込んでみると,やりました。ちゃんと認識してMacOS Xが起動しています。しばらく使ってみますが,問題は出ていません。
 そうメモリ容量は,なんと640MByte!贅沢ですね。CD-ROMと同じ要領のRAMが実装されています。
 その昔,PC-9801は640kByteの壁というものがありました。これ以上のメモリはそのままでは増設しても使えないと言う制限だったのですが,あれから1024倍にもなっているんですね。すごいです。
 で,動作ですが・・・実はあまり変わってません。フリーのエリアが随分あいたことはユーティリティで確認しているのですが,あまり体感上の気がします。そういえば,ATOKを使う時にスワップがなくなったような気がしますけど,それだって気がしてるだけですね。
 でも,ちょっと違うことをする時にスワップが簡単に発生してしまうことはなくなりました。少々の作業でもへこたれていません。
 メモリの値段は今が底値といいます。そしてそれは市況でも,あるいは生産量の推移からも,メモリチップのメーカーの方針からも,まず間違いなく正解だと思います。在庫の処分にここしばらくは安売りも続くでしょうし,場合によっては値下げもあるでしょうが,そう長くは続かないと思います。なんと言っても,安さを引っ張っていっているのは,128MbitのSDRAMです。各メーカーはより儲かる256Mbit品へのシフトを急いでいます。128Mbitの生産から撤退するメーカーが相次いでいるので,安い原因である128MbitのSDRAMは,売り切ってしまうとそれでおしまい。
 ということで,今が旬だと思います。
 実は秋葉原では他にも買い物をしました。それは明日にも書こうと思います。
2001年07月23日 13時11分10秒

パケット地獄
 iMode利用者という体制に迎合してはや1週間。誰もがこの時期に経験することだと思いますが,あらためてNTTDoCoMoのトラップにかかってしまったことを痛感しました。
 ま,新しもの好きな私としても,2万円以上もして新しいおもちゃを買ってしまったからには,やっぱり散々いじくって遊ぶものです。
 iModeが今までのものと違うのは,遊ぶごとに「課金」がされることでしょう。これまでのようにいじり倒したら,翌月から昼ご飯は素うどんだけになってしまうことも,わかっていたはずです。
 しかし,油断がありました。
 今年の10月までは昨日までの使用料金を教えてくれる自動案内サービス,157というのがあることを説明書を読んで知りました。
 通話料金,パケット料金を教えてくれるもので,あくまで目安という程度のものでしょうが,それでもやっぱりDoCoMoが自らやってるサービスですから,それなりに信用出来るものでしょう。
 指示通りにやってみました。金額が出てきました。
 まぁそんなもんだろうという価格でしたが,アナウンスの最後に「無料通話分を超えた金額は***円です。」などというではありませんか。
 へ?通話料金とパケット料金をそのまま合計しても,私が契約したプランの無料通話分を全然越えていません。越えていないばかりか,超過分が発生しているとは,これはどういうことなんでしょうか。
 ということで,徹夜で検討しました。
 うむー,パケット料金を1.3倍してだな,通話料金と加えてそれから1.05かけて,これを2.71828でわって二乗平均を取るやろ・・・で時間で積分して,それからそれからえーと三角関数の積和の公式ってどうやったっけな・・・ベルヌーイの定理なんて忘れたよー・・・それから通話料金は深夜だと割引になるんだけども,一年割引はどういうあつかいになんねん・・・なに,10日で1割の利子かいな,そら万田はん殺生でっせー・・・うーんうーん・・・
 結論は出ませんでした。どう数字をいじり回しても,この金額にはなりません。
 157は,各種割引サービスには対応していない場合もあるので,正確な金額は出ません。それはわかっています。しかし,割引サービスに対応していなくても,157で出てきた金額の合計が157のアナウンスの中ですでに矛盾を持っているというのは,どう考えてもおかしいです。バグだ,バグに違いない。
 翌日,体制に反旗を立ち向かう最終兵器を手に入れた私は,NTTDoCoMoに電話をしてみました。日曜日だというのに,ちゃんと人が出てきました。ご苦労様ですと思ったところが,すでに大衆と迎合しています。
 事情を話をしてみましたが,うーんと向こうも考え込んでしまいました。
 しばらく悩んだ後,向こうが「日割り計算なんですよ,新規の場合は」というんです。
 は,それだ。
 私は7月7日に契約をしましたから,7月31日までだと25日。確かに基本料金は日割り計算になりますね。
 「もしかして,無料通話分も日割り計算するんですか?」「そうですね」という,実に寒い会話があって,私は静かに受話器を置きました。
 計算再開です。
 無料通話分を31で割って25をかける。これが真の無料通話分。ここから通話料とパケット代を引き算すると・・・おお,確かに超過分がぴったり出てきた!
 ということで,謎が解けました。
 謎が解けてすっきりしたのはいいんですが,超過分が揺るぎのない真実であったことを私は真摯に受け止め,これからしばらくの間iModeを自粛することにしました。とほほです。はっきりいいます。iアプリは,ちょっと通信費がかかりすぎです。
2001年07月16日 18時10分53秒

プジョーとトヨタの提携
 昨月から話はあって,昨日ようやく正式に調印された企業提携に,プジョーとトヨタの提携がありました。結構大きく扱ったニュースもようですから,ご存じの方も多いと思います。
 このニュースの着眼点は,1つは自動車業界の再編劇の1つであるという見方と,もう1つはこれまで戸口のメーカーだったもの同士の提携であるということでしょう。
 この提携は,日本で最も強いトヨタという会社と,フランスで最も大きなプジョーの提携であるという事実に加えて,考えねばならないことがあります。
 トヨタは販売のみならず,従来なら日産やホンダがやらねばならなかったような技術開発の先兵を切って,コンセプトも含めて業界のトップを走っています。今一番意欲的で面白いメーカであることは否定できないでしょう。
 プジョーもそうです。ここへ来て相次いで新車を投入して,勢力を拡大しています。
 両者に共通の企業風土としても,比較的保守的で,万人に受ける自動車を作る一方で,非常にマニアックなニッチな試乗向けの自動車もきちんと出して,支持を集めていることにあります。また,モータースポーツへの参加も熱心であり,出れば必ず良い成績を収めることも,似ていると思います。
 品質は安定していて,手堅い印象さえも与えますが,その技術開発力には定評のあるところです。
 そして,互いに「自分たちだけで完結してやっていける」という強さがあります。
 とはいえ,弱点はある。その弱点が足を引っ張りかねないというのが,業界再編の恐ろしさであって,両者はこれを解消するために,手を結んだのです。
 言い換えれば,別に提携しなくてもいいんだけども,した方がずっと良い成績を出せるだろう,だから,必要な分野だけ手を結び,後は独自でやっていこうよ,無理にあわせることはないよ,という今回の提携につながったのです。
 これが,上下関係を前提にしたルノーと日産,フォードとマツダ,ダイムラークライスラーと三菱,いすずとGMのような提携とは,根本的に違うところなのです。下は,上がいないと,つぶれるしかない。そういう中での提携とは,違うのです。
 面白いですね。
 これで自動車メーカーには3つのパターンが出来ました。1つは,上下関係による提携。1つは,完全な独自路線。ホンダですね。最後に,弱い部分を補完するだけで,あとは勝手にやりましょうという提携。今回のプジョーとトヨタです。
 プジョーもあんな会社ですし,トヨタも提携せずとも十分にやっていける会社だと思っていましたから,両者の企業文化は似ていると思いつつも,提携はないだろうなと思っていました。逆に,提携があるとすれば,この両者だろうなとも思っていました。
 聞けば,トヨタではヴィッツ,プジョーでは106よりも下位に位置する小型車の開発を共同で行うんだそうです。ヨーロッパでは,小型車に対する需要が高まっています。環境への配慮がその理由の1つなんですが,そうした中で各メーカーでは非常に熾烈な闘いが繰り広げられています。同時に環境対応への開発費用の負担が単独では重く,これを解決しようということで始まったのが,2年ほど前にダイムラーベンツとクライスラーの合併に代表される,業界再編というわけです。
 私の中では,トヨタは今,非常にいい印象です。昔は大嫌いだったのですが,ここ数年のトヨタは本当にすごい。まじめに取り組むべき事を,本当に真正面からやってる,唯一の国産車メーカーですね。たいしたものです。
 プジョーは昔からファンでしたから,この両者の提携は私も実に楽しみです。いったいどういった結果が待っているのでしょうか。わくわくします。
2001年07月13日 18時30分47秒

15年間の夢
 実は携帯電話を買う前に,買ったものがあります。
 ずっと前からねらっていた,アナログレコード用のカートリッジです。
 私は中学生の時,叔父の家に遊びに行って,彼が大学生の時に手に入れたというオーディオセットに感動していました。
 プレイヤーがデンオンのDP-3000,カートリッジがシュアーのV15type3。もう,ジャズを聴くのにこれ以上のカートリッジはありません。
 シュアーという会社(Sure Brothers Inc.)は,アメリカの音響機器メーカーで,例えばマイクロホンなどはプロ用にも定番がありますね。
 アナログレコード全盛の頃には,MM方式という大量生産に向くカートリッジの専門メーカーとして,君臨しました。
 MMというのは,Moving Magnetoの略で,針のついた棒(パイプなんですけどね)の反対側の先に取り付けられた小さな小さな磁石が,本体のコイルの中で振動して電気信号が出てきます。
 針には磁石を取り付けただけの簡単な構造ですから,消耗品である針の交換が可能です。また,製造が自動化できるので,大量生産に向き,価格も安くなります。コイルをたくさん巻くことができますから,出力電圧も大きく取れます。その代わり,どうしても振動する部分の重さが増えてしまい,高音が出にくくなります。それゆえ,安かろう悪かろうというイメージがぬぐえませんでした。
 V15というシリーズは,その時々のMMカートリッジの最新技術をまとって,登場しました。もう40年近くになるんでしょうね,最初のモデルが出たのは。
 MMカートリッジの原理はともかく,構造や部品の形など,このV15が出てから移行は,すべてこのV15の亜流になってしまったと言われるほど,MMカートリッジのお手本になったモデルだったそうです。
 特にtype3は,マイルス・デイビス全盛のころで,ジャズ喫茶ではこのカートリッジはなくてはならないアイテムだったそうです。MMならではの分厚い音に,解像度の堅さを持ち合わせたV15シリーズは,MMカートリッジの到達点でした。
 時代は変わり,CDが全盛になります。アナログレコードはその数が激減,当然カートリッジも売れなくなります。
 Moving Coil方式といって,針のついた棒にコイルを巻き付け,磁石を本体に固定する方法は,このコイルを巻くことが手作業でしかできなかったので,当時から非常に高価でした。その代わり振動する部分の重さは軽く,高音はよく出ます。
 MM方式が,数を減らして量産するから1つあたりが高くなったり,採算割れして生産されなくなったりするのと対照的に,MC方式は相変わらずのお値段で作られ続け,いつの間にか主役になってしまったのでした。
 いいMMカートリッジは,そろそろなくなるんじゃないかな,などという話も聞くようになり,私もちょっと焦ったのです。
 中学生の時にV15type3に腰を抜かして,以来ずっとMMのファンでしたが,いつかはV15を・・・という夢は消えずに残っていました。3万円近くもするので,結局手に入れられたのは,先週末のことだったわけです。
 私が手にしたのは,V15typeVxMRという最新版です。V15typeVを基本構造に持ち,針を精密に加工して音溝をトレースする能力を極限まで高めたものです。ヨドバシ27800円でした。秋葉原などでは29800円位しますので,ポイントで10%戻ると思えば,これはかなり安い部類に入るでしょう。
 シェルは,昔からテクニカのMG-10を使っています。安いし,クセがないのでよく使います。
 早速プレイしてみます。
 叔父にもらった,日本発売当時のビートルズのアルバム「Let It Be」です。滅多なことではかけないこの宝物,自分の手にV15を手に入れたこの日に,まさにふさわしいといえるでしょう。
 針を落とします。
 そう,そうなんです,あの時の音です。
 ボーカルに艶があり,ふわっと目の前に飛び出てきて,それぞれの楽器が飛び散らずにぴたっと定位します。重量感,高音の洗練さ,そして解像度,さすがMMカートリッジの歴史を作ってきたシュアーのフラッグシップモデルです。
 他にもいろいろ聞いてみました。同じシュアーの廉価版ME97HEとも聴き比べてみました。(ME97HEは,まだ代理店がベスタックスではなく,バルコムだったころに買ったものです。数千円でした。V15typeIVの廉価版という位置づけです。)
 もう,その差は歴然。解像度,低位,レンジの広さ,艶,全然違います。
 アナログは,お金をかければかけるだけ,その音質は比例して向上していきます。ディジタルは安くてもそこそこの音は出ますが,そこからの向上が難しい。お金をかけてもほんの少しずつしか向上していきません。
 誰もがいい音を楽しめるようになったことはすばらしいのですが,グレードアップする楽しみを失ったことが,今のオーディオ市場の冷え込みを招いたことは間違いないと思います。
 ともあれ,やっと目標であったV15を買いました。はっきりいって満足です。
2001年07月11日 13時31分35秒

どうですか,松任谷さん?今度のiモードは。
 昨日の続きです。
 その,D503iという電話機ですが,市場の評判を調べてみたところ,N503iが一番人気,次にP503iS,そんでもってDとかFがくるそうです。Soは私的には品質の問題で圏外です。
 D503iは,4096色のアクティブマトリクス液晶(あえてTFTとは書いてないんですけど,TFDとかそういう他の方式でしょう),ATOK Pocketを内蔵して賢い日本語が使えること,個人的に折り畳みが嫌いという理由で,選びました。もちろん,昨日のあか抜けないデザインとかも,重要なポイントです。
 で,電源を入れてまず開いた口がふさがらなかったのが,デフォルトの待ち受け画面。液晶は少し白んでいるのであまりきれいとはいえないですが,そうではなく画像そのものです。なんでミラーボールなんですか?
 他の絵を見てみるても,どれもええかげんにせい,という感じです。
 さらにすごいのが,操作の案内をしたり,「はい」とか「いいえ」の画面に出てくるキャラクターがいるのですが,女の子,男の子,サル,パンダと無難な線が来て,なぜか宇宙人のようなキャラクターが入っています。口がとんがってて,手足が長く,緑色してます。かわいくないどころか,気持ち悪いです。
 しかし,私は自らの道案内を,こいつに任せました。このセンスの悪さ,この必然性のなさに私は,戦場にありながら戦士であることを忘れてしまいました。
 ATOKはそこそこに賢いのですが,ATOK6とかATOK7とか,昔使っていたことを思い出させる感覚ですね。当時の16bitのパソコンよりも強力なCPUが入っているのですから,たいしたものだと思いました。
 画面は広くていいんですが,出てくる文字が,なんで今時16ドット(しかも明朝)なんやと,これだけは不満でした。住所録や操作,果てはWEBまで,Windows3.0か, MS-DOS5.0付属の使いにくいシェル(誰が覚えているんでしょうね)みたいです。きーっ,これはいかん!
 幸い,受信メールと送信メールは12ドットに出来るので,これはかなりいいのですが,どういうことか送信メールを作成する画面では16ドット固定。きーっ!
 はっきり言って,これだけでも他社のものにする価値があったと思いました。惜しい,実に惜しい。
 PHSも1年ほど前のものですが,それでも結構ずっしりと重く感じたものでした,今回のD503iは,電池にリチウムポリマー電池という最新の電池が使われていて,電池が入っていないリモコンのような印象を受けます。大きさはともかく,軽くなったもんです。
 全体的に動作は緩慢なんですが,これはもう慣れでしょう。私はすっかり慣れました。Macユーザーは速度に対しては慣用なのです。ユーザーインターフェースには厳しいのですが。
 iModeも同じく緩慢です。Pentium-75MHzでIEを使った時のような感じです。でもまぁiModeはこんなもんですかね。
 問題は,iアプリです。もともとJavaですから,速度には期待していませんでしたが,これが全然全くさっぱり使い物になりません。これで国家主義の象徴であるNTTDoCoMoが許したというのは,担当者がすでに脳改造されていたことを想像させます。
 速度も遅いし,そもそも面白いものがなさそう。私は確かに三菱電機の無料iアプリしか使ってませんが,誰でも最初にダウンロードするはずであるこれらメーカー準備の無料iアプリがこの程度だと,未来は明るくないですよ。
 で,そのiアプリですが,基本的に開発ツールが無料ですから,フリーのソフトがいくつか出回っているんですね。ちょっと探してみただけでも,ポーカーとかオセロとか,3Dシューティングとか,みつかりました。入れてみると,十分遊べるものも少なくはあありません。Javaの実行をすると電池が急激になくなるので注意が必要ですけど,こういうものは使い方次第なんですね。
 特にポーカーですけど,メダルの数をサーバーに残しておけるんです。同じシステムで作られた他のメダルゲームで,メダルを共用できるわけですが,これなんてネットワークゲームですよね。こういうネットワークを使ったものを簡単に作れるというのは,今までだとなかり面倒なことだったわけで,Javaの便利さというか,たいしたものだと正直なところ,感じました。
 着メロはちょっとびっくりしました。ドラムがバンバンなってますし,音も結構すぱーっと出てくるんですね。さすがに16和音の威力・・・待てよ,16音といえば,10年ほど前はプロ用でも通用したやんけ・・・すげー,こんなところに入るようになってる・・・
 4和音のしょぼい「ルパン三世」をあざ笑うかのように,すばらしい音楽になっています。たいしたものです。
 調べてみると,DはPCM音源なんだそうですね。FM音源かと思っていました。
 自作は3パートまでしか入れられないんだそうで,16和音を使い込むには専用のソフトでバイナリの独自フォーマットのファイルを用意する必要があるとのこと。なにが笑ったって,ドラムは10トラック目にしか入れられず,他に入れてもピアノの音になってしまうんですって。
 MIDIチャネルの10をドラムに初めて固定したのは,ローランドのMKS-7,Super Qualtetという音源が初めてです。MKS-7はその昔アムデック(今はローランドに買収されてRoland DGといってますね)が作ったCMU-800という,パソコンでコントロールするアナログシンセモジュールをMIDI対応にしたような感じのもので,今のDTMの黎明期を支えた定番です。
 話が脱線しましたが,MKS-7の後継がMT-32,CM-64となり,GS規格やGMでは,リズムトラックは10ch固定,というしきたりが,正式な規格として現在にも残っているんです。
 それが携帯電話にも引き継がれているとは,いやいやおもしろいものです。
 そんなわけで,まだあんまり使い込んではいませんが,ざっと普通のことは出来るようになりました。iアプリも「サラダの国のトマト姫」が出たら,お金を払ってダウンロードをしようと思います。ははは。
2001年07月10日 15時53分27秒

携帯電話をめぐる熱い戦い
 週末は,長年親しんだPHSに別れを告げ,携帯電話に乗り換えることを急に思い立ちました。思ったすぐ実行するのが私の信条。ということで,ろくに調べもせずに行動に出ました。
 直接の動機は,この蒸し暑さにあります。
 会社の帰り -> 疲れている -> 蒸し暑い -> 駅のホームが苦痛 -> 暇つぶしアイテムがないと狂い死にしそう -> かといってゲームボーイは最近子供でも駅のホームでやってない -> WEBを見よう -> でもごっついケーブルでPHSをザウルスにつなぐというのは,格好悪いことこの上なし -> P-inCompactにすれば解決するけど,じゃ音声通話はどないすんねん -> おお,ブラウザホン(ドコモのPHSにはWEBがみれるものがあります)があるではないか -> 1分15円という時間制の料金体系が気にいらんな -> やっぱiModeなんかなぁ・・・
 そもそも反体制を信条に修羅場をくぐり抜けてきた私が,NTTという国家権力のでっち上げた虚像に迎合することなど,決してありえません。すなわちそれは死を意味します。
 しかし,しかし時代は変わりました。今は我慢の時,潜伏して国家権力の転覆を謀ることにしたわけです。そう,生き延びることこそ,今必要なことなのです。
 で,土曜日の夕方,某量販店に出向きました。
 機種は,せっかくだからD503iにしました。あの頭でっかちでぼってりしたデザイン,あか抜けない色・・・折り畳みが主流のご時世にあえてフリップという伝統のギミック,もうこれしかありません。
 生意気にそれなりの値段がします。くー,私に対する挑戦だな,かかってこい!と購入することにしました。色は最もダメだと思われる青にしました。
 手続きを進めていくうち,免許証を見せろと言われました。誰に物いうとんねんこら,と思いましたがそこは潜伏期間,おとなしくせねば。もしドーベルマンに吠えられでもしたら,組織に仲間に迷惑がかかります。
 免許証,もちろん持参しています。ついさっき,PHSの解約にドコモショップで係りのお姉さんに見せたばかりですので,忘れたなどという愚民のするような失態は,すでにあり得ません。
 ところが,ない。いくら探しても,ない。カバンの中を全部引きずり出しても,ない。
 さぁ,慌てました。電話は加入できないだけのことなので困りはしませんが,免許証ですからね,悪いことしようと思えば,いくらでも出来る,ものすごくお気軽な重要書類です。
 はっと思ったのは,PHS解約時に出した免許証を,少なくとも私はしまい込んではいない,つまり,返してもらっていないということです。
 お店の担当者も慌てています。もうお金を支払い済みにしていましたし,ここで「やめます」なんて話があったら,きっと給料から天引きでしょう。この不景気,それはあまりにむごい話です。
 とりあえずPHSを解約したお店に電話です。PHSを取り出すと,解約したので使えません。慌ててお店で電話を借りましたが,数分の差で「閉店しました」とメッセージが流れています。
 ピンチ到来。もうどうにもなりません。
 ドコモショップは日曜日はお休み。月曜日まで解決しません。その間とても不安な時間を過ごさねばなりません。言ってみれば補給経路を寸断され,仲間から孤立したゲリラのようなものです。
 結局,電話の代金の支払いはすませて,月曜日にまた来るということにしました。免許証がなかった場合,一体お店の人はどうしたつもりだったのでしょうね。それに,月曜日,私が来なかったらどうなったんでしょう。
 失意のうちにお店を出て,待ち合わせをしていた友人に公衆電話であやまりました。ああ,公衆電話なんて何年ぶりだろう。まるでオフクロの味だぜ,などと,一人で悦に入っていました。
 そこで,まるで一休さんのようにひらめきました。
 そうだ,ドコモショップとか不動産屋というのは,大体手続きに時間がかかるので,閉店しても1時間ぐらいは店内に客も店員もいるものだ,まだどうにかなるかも知れない,そう思って,私は走り出しました。頭の中では尾崎豊が回ってます。
 エレベータがすぐに開いて,まるで私を歓迎しているかのようでした。
 しかし,扉は堅く閉められていて,まさに北緯38度線のようです。
 人の気配を本能的に察知した私は,扉を拳で叩き,あけてくれと叫びました。
 なにごとか,と驚いてお姉さんが横の通用口から出てきたのですが,事情を話すと中に入れてくれました。
 店員たちがぞろぞろ出てきて,えらいことになったと騒然となっています。私のPHSの解約を担当した人が現れましたが,彼女がいうには「私は預かってません。その場で見ただけですよ」とのこと。
 う,おそれていた事が起こるのか,ここで見つからなければ,悪い奴らに食い物にされてしまう・・・香港に売られる自分の姿が脳裏に浮かびました。
 私が座っていたカウンターの上に置かれた,好景気ぶりを見せつける分厚いカタログを彼女がさっと動かすと,カタログの中から,するすると免許証が出てきました。まさに腰が砕けるとはこのこと。座り込みこそしませんでしたが,ふにゃふにゃになりました。
 そうです。「世界征服はまず川崎から」のスローガンのもと,まずは買う気のないお店で散々説明をさせて,「またきます」といいつつその足で安い店に向かう悪事を断行したのですが,その時広げたカタログに,お姉さんが確認のため見ただけの免許証を手渡しせず置いたんですね。説明に夢中になったお姉さんがページをめくって,それっきりになったと,こういうわけです。
 悪いことは出来ないもんだなぁ,あぁ神よ私は罪を犯してしまいました,と心の中で懺悔して,店長含め総勢が平謝りになっているところを「いやいや,出てくれさえすればそれでいいですから」と,引きつった笑いでドコモショップを後にしたのでした。
 あとは問題はないですね。携帯電話を手に入れて,これでまた勝者に一歩近づいたと,ほくそ笑んだというわけです。
 買った電話機D503iについては,わかっていたんですけど,とてもおバカな電話で,それだけで1つのネタになります。驚いたこと,笑ったこと,また後日書きましょう。
2001年07月09日 16時53分35秒

魔が差して
 突然ですが,実家がADSLを導入してウハウハブロードバンド生活を満喫し始めたことが妙にうらやましくなってしまって,話題のYahoo!BBへの加入申し込みを済ませてしまいました。
 「世界で一番安いADSLサービス」と自らいう破格値,最大8Mbpsという高速性を武器に,先駆者たちを押しのけて市場を席巻したNTTに殴り込みをかける彼らに,1つは賛同したということもあります。
 そりゃー,安全なのはNTTです。
 携帯電話にしても,市外電話サービスにしても,結局NTTの優位は揺るがず,他の新規参入組の功績は「NTTを本気にさせて値下げさせた」ということくらいというのが,これまでの歴史です。
 おそらく,ですが,このADSLについても,そうなるだろうと思っています。(関係者の方ごめんなさい。悪意はありません。)
 でも私がYahoo!BBに申し込みをしたのは,非常に革新的な出来事であると感じて,その当事者として立ち会ってみたかったということです。
 そうはいっても,まぁADSLの魅力には大きな期待を禁じ得ません。速度もそうですが,なにより常時接続環境がすばらしいですよ。メールもつなぎっぱなし。新聞もテレビ番組表も買い物も,全部ここが「入り口」。インターネットの本質は常時接続でこそ発揮されるというのは,職場や学校でほとんどの人が体験済みでしょうから,異論を挟む余地はないでしょう。
 ただ,私は家にいる時間が短く,そんな中で大きな投資をすることの意味を見失っていました。だからISDNもADSLも導入することはしませんでした。たまに使う程度ならアナログモデムで十分です。
 しかし,それも価格次第。プロバイダ料金やモデムレンタルも含めて2800円というのは,それほどの負担にはなりません。
 で,7月3日に予約申し込みをWEBで行って,7月4日には本申し込みの案内が届きました。その日のうちに申し込みまで済ませたのですが,あとは待つばかりです。
 なんでも,いろいろな掲示板をみていますと,「基地局からの距離が遠くてNTTに断られたんだけどもYahoo!BBでは受け付けてもらえた,なにかものすごい技術があるに違いない」とか笑い話にもならないようなことが書かれていたりするのですが,それはそれ,一日にして日本中のADSL加入者を越える20万人の申し込みがあったというのですから,やることはきっちりやってもらいたいものです。
 私もこのまますんなり行くとは思ってません。いろいろもめるんだろうと覚悟はしています。開通まで起こったことをここに書いていきますので,お楽しみに。
2001年07月05日 12時53分00秒

オイルを買いました
 こないだの日曜日ですが,髪を切りにいって来ました。
 東京に来てから引っ越す前まで,ずっと行っていたところで,いまいち腕も良くないし,愛想も良くない美容院なのですが,かえってその放って置かれた感じが馴染みやすかったりして,そこまで行くのに時間がかかるようになった今でも,行くようにしています。
 帰りは,その向かいにある大手のDIYセンターで衝動買いをするのが楽しいのです。
 今回もそうやってお店に入ったところ,自動車のオイルの安売りが目に付きました。
 私は,自分の愛車は,年に一度,必ずオイル交換をするようにしています。少ないという人もいるでしょうし,多いなぁと言う人もいるでしょう。ただ,私の場合,ちょうど夏頃に交換時期を迎えるので,気分的なものも大きいと思います。
 私のように乗らない人でも,オイルは着実に劣化します。もちろん,よく乗る人は高温による劣化が深刻ですが,乗らない人でも酸化による劣化が起こる以上,変えた方がいいのは確かです。
 また,オイルにはエンジン内部をきれいにするという役目もあります。どちらかというと,その効果も期待しているわけです。10年たっても,エンジンは元気でというのが,私の車の乗り方ですから。
 いつもは,カストロールを選んでいます。化学合成油は非常に高価だった時代を過ごしてきているので,どうももったいないという印象が強いのです。それで,いつもはXF-08という,本当に普通のオイルを入れています。半化学合成油ですから劣化も速く,無理が利かないオイルですが,どうせ1年で入れ替えますし,そもそも無理はしませんから,十分でした。4リットルで大体4000円ですね。
 ところが最近,化学合成油のカストロールRSが同じような価格で売られていることが多くなりました。なんといっても化学合成油ですからね,憧れです。
 うまい具合にそれが売られていたので,買おうかどうか迷いました。
 以前のように,自動車でこの店に来ているのなら問題はないのですが,今回は電車でそれなりに遠方から来ています。4kg近くになる荷物を,しかも電車で持ち帰るというのはちょっと抵抗があります。
 また今度来た時にするか・・・などと考えていたら,足下に別のブランドの化学合成油が,なんと2980円で売られています。聞いたことのないブランドでしたが,最近不勉強なので,私が知らないだけでしょう。今も忘れてしまったのですが,なんでも某カー用品店では6000円以上の価格で売られているのだそうです。
 ものは試し,XF-08よりも安いとはいえ,腐っても化学合成油ですからね,レンジも10W-50と結構ワイド。面白そうじゃないですか。
 というわけで,買って帰りました。もちろん「オイルぱっくん」も一緒にです。
 はっきりいって,自他を問わず,電車に自動車のオイルをぶら下げて乗り込む人を私は今回の自分以外に見たことがありません。非常に怪しい状態でした。
 まだ入れていません。7月の末か8月が交換予定なので,それまでは作業はしません。あまり変化はないと思いますが,低温時の粘度が低いようなので,冬場は始動性などが良くなると感じるかも知れませんね。
2001年07月03日 20時46分32秒

新しいiBookが気になる
 新しいiBookを見てきました。
 先代のiBookは,初代(300MHz,FireWireなし)のブルーベリーを,日本導入と同時に予約して購入し,母親にプレゼントした経緯があります。
 先日はそのiBookが突然壊れ途方に暮れていた時に,Appleから新しいサービスプログラムが導入され,予想よりも安く修理をしてもらったのでした。
 そんな訳で,iBookにはちょっとした思い入れもあります。
 初めてiBookが登場した時,大きい代わりにその時々の実用機として問題のないスペックでしかもリーズナブルであることが気に入りました。以来,それがiBookやiMacのコンセプトになっているようにも思います。
 で,今回のiBookです。
 大きさはアップルの日本法人の原田さんが言われるように,日本からの意見をそれなりに反映してもらっているようで,小振りです。先代のiBookよりもずっと清楚なデザインになっていることも,また12.1インチに液晶にXGAを表示するということで,ピクセル分解能が上がり,文字が小さく見えるようになりました。個人的には高精細で文字の小さなものが好きなので,これはかなり好感触です。
 キーボードは昔と基本的には変わってませんが,押すとへこんでしまってふわふわするような問題はありません。私は押しやすいと感じました。トラックパッドも速度感応式で,より正確に操作できます。これも,これまでのどのノートPCよりも私は気に入りました。
 重さはやや多いかなという印象です。私は持ち歩く気にはなりませんが,このスペックのマシンを持ち運ぶことが「可能である」ということは,それだけでも十分な魅力です。
 CPUは500MHzのPPC750cxで,2次キャッシュが小さいために,2次キャッシュ外付けのG3やG4のような速度は,例え500MHzであっても得られません。また,グラフィックコントローラもそれほどいいものではないので,これもごく普通の感覚です。
 それでも,DVDや128MBのメモリを搭載して,178000円というのはよく頑張っている価格です。特に円安が進んでいる現状で,他社のノートPCと競争力のあるマシンを用意しているということは,それなりに評価できると思います。
 実のところ,私の持っているマシンはすべて数世代前のマシンです。USBも標準搭載されていませんし,FireWireもありません。MacOS Xが走ることを保証されているのは,職場で使っているベージュのG3だけです。
 なので,お店でこのiBookを見た時に,私の使っているマシンと比べても全然進んだマシンなんだなと思う一方で,価格も安く,小さく軽く,電池も長持ちして,それでいてデザインという付加価値を忘れずに持ち合わせてるんだな,と思うと,こんないいマシンを素人の人に買わせていいのか!などと思ってしまいました。私の頭の中では,Macはプロの道具という印象がまだどっかにあるんですね。
 欲しいんですよ,このiBook。DVDモデルが欲しいんですよ。100MbpsのEthernetでネットワークに流れているデータも,DVDでパッケージされたデータも,そして他の機器からFireWireで流れるデータも,全部iBookで扱えるんですよね。しかも持ち運べて,電池で動いて・・・すばらしいですよね。
 価格も安いので,実はお店であやうく買うところだったのです。
 実家では弟がADSLの導入に成功して,今や先進ITブロードバンドウハウハ生活に浸っているのですが,私としても,夏に実家に帰る時,この最新のiBookで寄生虫のように奴のADSLを使ってやろうと思っているのです。
 しかし,小心者の私は,「き,今日はいいか」などと考えてしまい,結局PC110でADSLを使うために,2500円のLANカードを買うにとどまって「へたれやな,オレ」などと落ち込んでしまったのでした。
 うむー,どこで買っても価格は同じ,そう思うと,安い店を探す手間が省けて,ますます敷居が低いですね。やばいです。やっぱり買うかも・・・
2001年07月02日 11時58分05秒

ネコがいる
 1週間ほど前ですが,久々に車のエンジンをかけようとそばによると,ぴょんとボンネットから飛び降りる何があるのに気が付きました。
 ネコです。
 私はネコが大好きです。小学生の頃からヒマラヤンを飼っていました。何度か死にかけましたが,随分長生きして,なくなったのは私が実家を出てこちらで就職してから2年ほど経過してからのことでした。眠るように息を引き取ったのだそうですが,死に目にあえなかったことは今でも残念です。
 冬に引っ越した新しい私の住みかは,野良ネコがたくさんうろうろしています。私は,彼らが昼寝をしてるのを見るのがなにより大好きでした。
 家の近くには3匹のネコがいて,うち2匹はよく似ていて,とてもかわいらしい顔立ちをしています。おそらく兄弟でしょう。子猫だったこともあるのですが好奇心旺盛で,夜私の後をついてきたりすることもありました。かわいかったこもあって,私のお気に入りのネコでした。
 自分の車が昼寝の場所になることくらい,なんでもありませんでした。しかし,ボンネットの上を見てみると,ちょっとがっかりしました。
 随分汚しています。毛が抜けていっぱい張り付いていますし,何かをはき出したような汚物もくっついています。
 物事には限度というものがあります。どんなやつか,見届けてやろうではないかと探してみました。
 すると,水たまりで水を飲んでいる,痩せたネコが目に付きました。変わり果ててはいますが,間違いなく私の後をついてきた,あのネコです。
 そうか,私の車の上で寝てたのか・・・などと思っていたのですが,よく見ると毛がボロボロになって,玉になっています。典型的な皮膚病です。痩せて小さくなって,ふらふらしています。
 どうにかしないといけないとは思いましたが,どうにもなりません。目をしょぼしょぼして私を見ている彼を,私はそのままにしておく他ありませんでした。
 直感的に,もう長くはないなと,そう思いました。
 今朝,私の車の下に,そのネコがうずくまっていました。相変わらず毛がボロボロになっています。驚いたのは,左目が黄色く濁ってしまっていることでしょうか。それは黄色くなったまぶたがふさがっているのか,膿が目を覆ってしまっているのか,それとも眼球が機能しなくなっているのか,それはわかりません。しかし,どちらにしてももう左目は見えていないでしょう。
 本当にもう長くはないと感じました。
 車の下で死なれることも,ありうるでしょう。出来れば他でと思うのも,正気な気持ちです。友人にこの話をしたところ,もし亡くなってしまったら,丁寧に埋めてあげるというのが精一杯だろうね,ということになりました。
 まぁ,ネコはそれでも結構強い生き物ですから,けろっと元気になることも十分にあり得ます。ただ,梅雨時期で不潔になりやすく,夏を迎えて一層ネコには厳しい季節がきます。無事に乗り切れるか,心配ではあります。
 車のボンネットを,気が済むまで貸してあげようかと,今は思っています。
2001年06月29日 14時52分15秒

蛾の襲来
 先日,友人が帰宅すると,ドアの前に雑巾のような白いものが広がって落ちていたそうです。夜でしたし,なんだろうと見てみると,それはなんと大きな蛾でした。
 以外に恐がりな友人はその場で腰を抜かしておそるおそるよけて中に入ったらしいのですが,当然のように翌日にはいなくなっていました。
 そんな話を私は,それをケラケラ笑って聞いておりました。
 その翌日,確か日曜日だったと思うのですが,ちょっと外に買い物に出ようと思って用意をしていると,壁に見慣れないものが張り付いています。
 ?
 蛾でした。
 そうですね,私の手の甲ほどの大きさがあります。白も不気味ですが,私が見たのは普通のゴマダラ模様でした。さすがに昼間なのでじっとしています。
 とりあえずなんとかしないことには外出も気になって出来ませんから,小さな袋をかぶせて捕獲し,外に出しました。眠いのか,暴れることもなくそのまま地べたにはいつくばっていましたが,夕方帰宅するといなくなっていました。
 それから冷静に考えたのですが,彼は一体どこから進入したのでしょうか。それに,私に見つかるまで,一体どこに潜んでいたのでしょうか。
 謎だらけです。
 先日も,気がつくと天井に小さな蛾が止まっていました。面倒なのでそのままにして翌日もう一度見ると,いなくなっています。どこに行ったのでしょうか。窓を開け放してあるのならわかるのですが,そういうことはしていませんし・・・
 虫は私たち人間にはよくわかりません。が,虫も私たちのことがさっぱりわからんだろうな,などと,ちょっと考えてしまいました。
2001年06月28日 16時54分00秒

Alphaの話の補足
 今日は,Alphaプロセッサが事実上の終焉を迎えたお話を書きました。で,Intelへその開発チームも移るだろうという話に対して,彼らはIntelが嫌いなので,他に流れるだろうと書きました。
 これはよくよく考えてみると,すでに過去に起こっていました。
 DECがCompaqに買収された際に,実はAlphaの設計チームが大量に抜けているのです。主なメンバーの行き着いたところはどこかというと,あのAMDなのです。
 そしてAMDで彼らが行った仕事が,そう,当時K7と呼ばれたAthlonなのです。
 Athlonには意欲的で高度な機構がてんこ盛りです。これはかなりの職人でないと設計できません。高速動作,洗練されたアーキテクチャ,そして価格競争力と,現在のプロセッサの中でも最もすばらしいものの1つだと私は思っていますが,これはやはりその名をはせたAlpha設計チームのなせる技でしょう。
 さらにいうと,Athlonのバスは,Alphaの電気的特性と同一です。このあたりにもAlphaの名残を感じさせます。
 思うに,Alphaはそのときすでに死んでしまった,そしてその魂はAthlonとして生き続けている,といういうことではないかと思います。
 そう思うと,急にAthlonでPCを作りたくなって来ました。
2001年06月27日 20時27分14秒

Alphaの終焉
 ちょっとがっかりしたニュースが飛び込んできました。
 Compaqが,AlphaプロセッサのライセンスをIntelに売却したというものです。
 Alphaプロセッサというのは,知ってる人はよく知ってるが,知らない人は名前さえも知らないと言う,マニア向けのCPUです。CPUというとPentiumやPowerPCくらいかな,という人が大半の中で,際だった特徴を持つCPUの1つです。
 Compaqに買収されてしまった名門Digital Equipment(DEC)はその昔,ミニコンピュータというカテゴリを作り出し,自ら君臨したコンピュータ会社です。コンピュータというと数億円の価格,膨大な維持管理費用,空調完備の部屋を占拠する,特殊な装置だった時代に,冷蔵庫一台分,お値段は数千万円で専属のオペレータも必要がないという文字通り「ミニ」なコンピュータを作り出しました。これがヒットし,DECは我が世の春を謳歌したのです。
 DECが作ったVAX-11というマシンは,今でこそ稼働している例はないでしょうが15年ほど前はどこにでもあったミニコンでした。
 DECは,VAXで成し遂げた世界制覇に飽きたらず,次世代のコンピュータ設計に着手します。半導体の進歩がめざましい80年代中頃,VAXに変わるアーキテクチャを検討します。
 VAXは32ビットでした。しかしこの先25年を生き抜くプロセッサは,64ビットであるべきだという当時としては野心的な結論に達し,開発されたのがAlphaプロセッサです。
 Alphaプロセッサのもう1つの特徴は,VAXが究極のCISCプロセッサであったのに対して,究極のRISCを目指したことでしょう。究極と言うからには,RISCの特徴である簡素な(逆の見方をすると制限のいっぱいある)命令セットを持ち,その代わり回路を簡単にして,非常に高速なクロックで全体を高速動作させるという,RISCプロセッサの目指すべき目標を追求したものであるということです。
 Alphaの最初のチップは,1992年に誕生しました。1992年というと,まだインテルは486で66MHzとか100MHzとか,そのくらいの時代だったと思います。ところがそのAlphaは200MHzというとんでもない速度で動作したのです。
 消費電力も桁違いでしたが,そのぶっ飛んだ速さには,マニアは狂喜乱舞したものです。いつしかF1のような「雲の上の存在」という見方さえもされるようになりました。
 Alphaはいつの時代も,その時々に他社が作るプロセッサよりも,常に高速であり続けました。一番最初に1GHzの壁を越えたのも,やはりAlphaでした。これは,Alphaがクロックをあげるために行った機構のおかげです。
 例えば,Alphaには8ビットや16ビットのロード/ストア命令はありません。命令が内だけならまだしも,データバスから8ビットや16ビットだけをアクセスするための機構がそもそもありません。これは他のCPUでは考えられないことです。ですから,まず64ビットのデータを取り込み,マスクや論理演算を組み合わせて8ビット/16ビットのデータをアクセスします。
 また,算術演算の実行中に発生した例外要因に対しても,例外動作には移行しません。スーパースカラーを実装しているため,この機能の追加は非常にハードウェアが複雑になるのです。しかし,旧来のプロセッサとの互換性を維持する必要のあるPentiumなどでは,この機能を実装しないわけにはいきません。
 こうした制約の代わりに,非常に高速で動作するプロセッサになりました。上記の制約を回避しつつ,速度を稼ぐには,不利になる命令を使わないことに尽きるわけですが,それはコンパイラ技術によるところが大きいです。従って,Alphaでは非常に優秀なコンパイラがあって初めて成立する世界がありました。
 こうした意欲的で,25年生き続けることを目標にしたAlphaですが,DECの業績不振により,転機を迎えます。
 同じDECが開発したStrongARMという,これもまたRISCプロセッサの特徴を究極まで突き詰めてそれを消費電力の低減に生かした組み込み用のプロセッサがインテルに売却されました。同じ頃,DECそのものがCompaqに買収されてしまったのですが,CompaqはPCメーカーです。サーバーはインテルのPentiumのラインをすでに持っています。
 Alphaには熱狂的なファンもいますし,WindowsNTもサポートしていましたから,しばらくは開発も継続していました。
 しかし,Alphaの優位性,つまり速度という面において,やがてPentiumやItaniumに追い抜かれてしまうだろうと予測され,それを阻止するのに膨大な開発費が必要になることが次第に明らかになっていきました。Compaqも以前ほど余裕がなく,今回のAlpha部門の大幅な縮小によって,新規の開発が中止されることは確実です。
 インテルとしては,Alphaにある職人間的な設計手法,そしてコンパイラ技術が,Itaniumの進歩に不可欠であると判断したのだと思います。数年前にStrongARMが買収された時にも,同じような事があったことを思い出します。
 1つの時代を駆け抜けた,代表的なRISCプロセッサが過去のものになる日が近づいています。とても残念なことではありますが,それもまたやむを得ないことでしょう。
 おそらく,ですが,DEC時代から開発に関わっているプロセッサ設計者が,また大量に外部に出ることは間違いないでしょう。StrongARMの時にも,多くの人がインテルへは行かず,他社へいったりベンチャーを起こしたりしています。彼らは,インテルが嫌いなのだそうです。Alphaという超強力なエンジンを開発した人々もおそらく同じで,しかも彼らはまさに世界最高の頭脳です。彼らが新しい場所で,どんな力を見せてくれるのか,私はそれを楽しみにしたいと思っています。
2001年06月27日 13時44分25秒

戦後の日本人の体格と外国資本の衣料品販売店との関係
 先日,珍しく洋服を買いに出かけました。
 こんな男ですから,洋服を見に行くよりはラジオデパートを回っている方が楽しいのですが,それでも裸でうろうろするわけにはいかず,かといって誰も買ってきてくれるわけではないので,こればかりはやむを得ません。
 チノパンが好きで,ジーンズは絶対はかない主義なのですが,今持っているものは裾がすり切れそうになっていたり,よれよれになっていたりと,みっともないことこの上なし。現状の打開のため,とりあえず見てみることにしました。
 ズボンは私にとっては最大の強敵です。シャツは気軽に買うのですが,それは「その場で持って帰れるから」です。ズボンだと裾上げが必要で,また来週取りに来ることになります。それはあまりにも面倒くさい。そもそもズボンごときに私の貴重な時間をくれてやるほど,私は寛容な人間ではありません。
 戦うからには,負けるわけにはいかない。それで,ついつい後回しになるのです。
 今回はそれ相応の覚悟で見てみたのですが,私は足が短いですから,裾上げは絶対にいることになると,高をくくっていました。
 あれこれ見てると,いつもの親切なおじいさん(なぜかここに買い物に来ると,いつもこの人が私のそばに寄ってきて,いろいろ見繕ってくれるのです。ありがたいですよ。ちなみに,お店の人です。非常に若い格好を自然に着こなしてられて,足がお悪いのか杖をついてゆっくり歩いてらっしゃいます。通りがかりの第三者ではありません。ないと信じたいです。)がやってきて,いつものようにあれこれとアドバイスをくれます。
 「裾上げはどれくらいでできます?」「中5日もらってるね」「そうですか,来週ですね」「うーん,これがいければねぇ・・・」
 は?これがいければ?いければどうなの?裾上げしないでもいいのか?
 いやー,そんなことはないだろう,私は戦前の日本男児の体格だから,今時の若いもんのズボンなど,切らずに済むわけがない。ユバーサルなものにしておかねば,大量生産のメリットもないし,そうでなければ,それすなわち資本主義への無謀なる挑戦じゃないか。ケインズ万歳!ジーク・マクロ経済学!ボーンインザユーエスエー!
 そんなことを,無限遠を見つめたまま夢想モードで自分一人勝手に考えていると「色はどれにする?」と聞かれ,これと指さすとその山からさっと取り出し,「これ,試着しといで」となどと言います。ああぁぁ,とうとう裾上げ確定か・・・来週もまた来ないといかんのか・・・失業保険を受け取るために職安に通うがごとく,とぼとぼと試着室へ。
 肩を落としながらはいてみると,なんとまぁ,ぴったりではないですか。
 丈も,ウエストも,もう何も手を入れる必要はありません。
 はっとしたのは,書かれているサイズ。細長いシールに書かれた「33×30」は,そりゃー確かにウエストのサイズの事だろうと思ってはいましたが,2つあるのが理解できませんでした。もう1つはきっと秘密の数字,そうだ,アキハバラの電気屋みたいに,きっと値引き交渉の時の「限界価格」の暗号なんだ(んなわけあるかい)と勝手に思いこんで疑うことなく今まで平穏に暮らしてきたのですが,後で知るところによると,どうも33はウエスト,30は股下を意味するらしいのです。(ちなみにインチです。2.54倍すればcmで出てきます。)
 あわてて飛び出し,他の商品を見てみると,この数字,実はいろいろな組み合わせがあります。
 なるほど,ありそうな長さのものを一通り揃えておく訳か。そうすると裾上げなんて,余程のことがない限りしないでもいいわなぁ,などど,随分関心したのです。
 新・資本主義万歳!地平の彼方に新しい日本の夜明けが!目指すは天!
 かくして私は,この数字を元に気に入ったズボンを3本探し,一応すべて試着した上で購入することがかないました。
 めでたしめでたしです。これで,ズボンも臆せず買いに行くことができます。それと重要なことは,私の足は,それほど短いものではないのかも知れないと言う,一条の光明が差したことでしょうか。本日の作戦は,見事大成功でした。
2001年06月26日 13時13分37秒

「クラッシュ」という本
 この週末は久々に本屋に出かけました。とはいえ,じっくり見る時間はなかったので,わずかに15分ほどでした。
 その本屋は自動車関係の本がたくさんあったので好きだったのですが,久々に出かけてみると,随分少なくなっています。
 残念な気分で棚を見ていると,焼けただれたヘルメットの写真が表紙の,なにやらショッキングな本が目に飛び込んできました。
 「クラッシュ」これがその本の題名です。
 著者は,太田哲也・・・はっと記憶がよみがえりました。太田選手といえば,3年ほど前にフェラーリF355GTで富士スピードウェイで大事故に巻き込まれ(彼が起こした事故ではないと私も思っているのでこんな書き方になっています),全身に大やけどをおい,瀕死の重傷を負いながらも奇跡的に助かった,日本を代表するレーシングドライバーのお一人です。
 「日本一のフェラーリ遣い」と言われて,フェラーリF355ベースのGTカーで日本GT選手権に出場,そのアグレッシブな走りと知的で優しい人柄で大変な人気のあった方です。
 彼がその事故に巻き込まれたのは,雨の日のサーキットでした。いつもよりも,そして雨に日にはあまりに危険な速度で走るペースカーが1周したところである車がスリップして壁に激突,視界が極端に悪い中でこれを避けようとした後続の車の中に,彼のフェラーリがありました。
 時速200kmをもの速度で全く前が見えない状態が続き,突然目の目で事故が発生している時,彼の取った回避行動はサーキット脇のグリーンにとまっているポルシェに「安全」ぶつかることでした。
 しかし,ガソリンを満タンにしたタンクをむき出しにしたポルシェに激突,あっという間に立ち上る火炎に飲み込まれてしまったのです。
 車両火災の場合,ドライバーは30秒で窒息すると言われています。JAFの規定では,15秒以内に救出することとなっていますが,このときレースの主催者は一向に消火活動も,救助活動も行いませんでした。1分以上の時間が経過し,後続のドライバーの一人がサーキット脇の消火器を手にして,ようやく火は消し止められました。
 太田選手はその車から引きずり出されていましたが,オフィシャルはなぜか彼を遠巻きに見ているだけ。彼が担架で運ばれるまでには,ずいぶんな時間がかかっていました。
 全身の40%を3度の熱傷。これが彼の診断結果です。普通の人なら助かりません。その時意識は戻っても,長く苦しい重度の熱傷の治療に耐えられない人も多いと聞きます。
 私が読んでいた自動車雑誌Tipoは彼の記事がよく出ていましたが,たまたま私が目にしたその時のTipoには,彼の痛ましい事故の記事が出ていました。
 奇跡的に助かり,ゆっくりではあるが確実に回復していると聞いていた太田選手が,その時の思い記憶を本にしてくれた。これはもう読んでみるしかありません。
 久々に追う活字であったこともありますが,その生々しさ,その力強さに魅了されて,一気に読んでしまいました。
 思ったことは,熱傷のひどさそのものよりは,それによってどれほど心がむしばまれるのか,そして熱傷に打ち勝つために,なんと過酷な試練を要求することか,ということです。
 彼がいうには,幼児化,凶暴化,理性の歯止めが利かなくなってしまうのだそうです。それもそうです。激しい痛み,自由の利かない体,憔悴感と絶望感,生きる希望も失ってしまった状態,私は自分に例えて考えることすら出来ません。
 全身真っ黒な炭のようになり,足はザクロのようにばっくり割れ骨が見えて,鼻は焼け落ちてしまっています。変わり果てた自分の心と体に,どれほどの絶望があるのでしょうか。
 PTSDなる言葉を頻繁に耳にするようになってきました。心的外傷ストレス症候群といわれるもので,私はこれを,確かに深刻で大変な問題ではあるが,実際になったことも,なった人を見たこともないので,いまいち実感がわかなかったのです。
 しかし,太田選手はPTSDになっていました。
 それが,これほど壮絶なものとは。私は驚きました。そして,死を目前にした極限状態が,どれほど過酷であるかを,知りました。
 この本は,車好き,レース好き,あるいは太田選手のファンでなくとも,すべての人に読んでもらいたい本です。どれほど家族に愛されていても,それでもなお孤独感から解放されない闘いを勝ち抜いて,そして彼は再びサーキットに戻ってきました。
 美談だけで語られたものではなく,また努力と根性や強さだけではなく,弱さをむき出しにした等身大で,そのつらい経験を赤裸々にすることが,どれほどの勇気を必要とするかは,読み終えて感じることです。
 くじけそうになった時,あきらめそうになった時に読んで元気づけられたなどという陳腐な感想は出てこないでしょう。それほど強烈に,自分のあり方,人とのあり方,生きることと死ぬことを真正面から考えさせられる,そんな生きた言葉が詰まった,本だと思います。
2001年06月25日 12時39分14秒

RD-700を買いました
 突然なんですが,ローランドの新製品,RD-700というステージピアノを買いました。
 さかのぼること4年前,会社の夏祭りでステージに立つことが決まっていた私は,この機会にピアノタッチの鍵盤を使ってみたいと思っていました。
 いくら強く押さえても飽和しないその絶大なる表現力,88鍵という広大な空間,それがピアノ鍵盤のすばらしさです。友人の家でグランドピアノを弾かせてもらった時の感動は,私のような我流のキーボーディストでも十分にありました。
 ピアノ鍵盤の私にとってのメリットは,まずその重さ。重い鍵盤は押し込む時に抵抗が大きくなるのですが,それがちょっとしたラフなプレイでもミスタッチを減らせます。しかも,その重さに邪魔されて,力一杯押さえても音量や音色の変化がそう簡単には頭打ちにはなりません。そこが底なしなんですね。
 当時,ローランドやコルグといったメーカーは,シンセサイザーの開発競争に一通りの終止符を打っていました。同時発音数や音色数,拡張性やあるいは価格といった面での競争にシフトするわけですが,結果どの楽器も同じような音がする,無個性の時代が訪れたのです。
 そんな中で,培われた技術を生かす模索が続くのですが,その1つがステージピアノとオルガンへの応用でした。この2つはシンセサイザーが登場する前から使われていた古い電気/電子楽器です。ステージピアノといえばローズのスーツケース,オルガンといえばハモンドのB-3,電子化された15年ほど前では,ローランドのRDシリーズ,コルグのSG-1など,ステージで目にするものも多かったはずです。
 このころまでは,シンセサイザーの表現力には限界があり,ステージピアノとオルガンは,シンセサイザーと共存できた時代だといえます。
 しかし,今やアナログ音源さえもDSPでほぼ完璧にシミュレートできる時代です。これらの技術を,密かに需要が高まっていたステージピアノやオルガンに応用することがどれほど有用なことかを,当時知る人は少なかったのではないでしょうか。それも当然の話で,今の技術になってようやく,ピアノやオルガンがまじめにシミュレートできるようになったということなのだと思います。
 ちょうど5年ほど前ですが,ローランドからRDが,コルグからもSGというビッグネームが復活しました。
 夏祭りでまじめに購入を考えていた私はRD-600を楽器店で1時間ほど試奏するほど当時入れ込んでいたのですが,社会人になってまもなくで金銭的な余裕もなければ,大体狭い社員寮には物理的なスペースが全くなかったので,結局断念したのでした。
 今,年齢制限から社員寮を追い出されて少しばかり広いところに住むことが出来ていますが,それがピアノを欲しいと思う気持ちを再燃させました。
 探してみるとRD-600はすでにカタログから消えていて,RD-700なるものが新製品として登場しています。見るとXVシリーズと同じエンジンだそうです。128音ポリというのは,ステージピアノとしてはもう十分なレベルでしょう。大容量のROMを潤沢に使ってピアノを再現しています。タッチはRD-600をさらに改良したとのこと。
 不安材料は,音源部がXVのエンジンであるということです。
 以前書きましたが,XV-3030が登場した時,弟と楽器店に偶然出かけていて,音を聞いてみたところ,ローランドの最も悪い傾向の音が出ていたので非常にがっかりしたのです。線の細さというか,腰の弱さというか,ただきらびやかなだけで華奢であるということが,RS-PCMあたりから始まった圧縮音源以来の,悪しき伝統でったのです。JVにもがっかりさせられましたが,XVはさらにそれを拡大したかのよう。確かに1つ1つの音のクオリティは高いですし,それが1000音色近くも詰まって,しかも128音ポリというのは,それだけでスタジオワークが完結するほどの力を持っているはずで,それはよくわかりますし,現実のプロの現場では,そういうものが求められていることも納得はいきます。
 しかし,JupiterやD-50のような存在感をローランドに求める気持ちもまたあって,XVのようなコンセプトのエンジンが他のシンセサイザに使われるようにならないことを祈っていたのです。
 RD-600がどんなエンジンだったかはわかりません。しかし,RD-700はあからさまにXVと同じです。同じエクスパンジョンカード,SRXシリーズが使えることがなによりもその証です。
 他に迷ったのはカワイのMP-9000。木製鍵盤,本物のハンマーアクションを搭載して,コンサートグランドのサンプリングを使った,本格仕様です。プロの間では絶賛されているステージピアノです。
 価格も似たようなもので,かなり迷いましたが,音を聞いてみたところ,太くて存在感はあっても,ソフトでパワーがなく,ステージでの存在感にはちょっと疑問がありました。それに30kgを越える重さ,身長と同じだけある大きさにも,ちょっと閉口しました。
 それで,RD-700にしたのです。見たことも触ったこともないのに,通販で買いました。明らかにローランドの信用買いですね。
 結論ですが,まずまずといったところです。
 まず音を出してみて早速思ったことは,鍵盤がちょっとイメージと違うということでした。本物のピアノの鍵盤は,大きなハンマーが付いているので,押し込む時には重く,離す時には鍵盤は指よりも遅くに上がってきます。こういう慣性があること,指の動きに対して遅延があるということが,ピアノの鍵盤ではとても大事なように思います。
 RD-700の場合,押し込む重さはそうでもないんですが,戻る速さがとても速い気がしました。
 これも善し悪しがあって,戻る速さが速いというのは,連打性に優れているともいえるわけで,その分演奏に対してフレキシブルであるともいえるのですが・・・
 あと,鍵盤の支点の位置が随分手前にあるなぁということですね。白鍵の手前側と奥側を押してみて,その重さやストロークに差があるのは支点が手前にある証拠で,ピアノは支点は随分奥にあるものです。だから,鍵盤の手前と奥で,同じような感覚で押さえることができるわけです。
 RD-700は支点が手前にあるからでしょうが,それがなくて,シンセサイザーの鍵盤のように手前と奥で随分感覚が違います。
 音そのものは,実は意外に良かったです。XVと同じというので腰の弱さや線の細さ,艶のなさを心配したんですけど,それほどでもないという感じでした。思うのは,音源方式ではなく,一波形データに与えられるメモリ容量が問題なんじゃないかということです。
 RD-700をみてわかったのは,XVのエンジンの圧縮率が2倍であるということです。一緒に買ったSRX-04というエクスパンジョンボードは,16ビットリニア換算で64MByteだそうで,実際に乗っているROMのサイズは,16MByteが2つで32MByte。つまり半分に
圧縮されているんですね。
 ループもわかりませんし,スプリットポイントも,ベロシティでの変化も気が付かない。結構自然につながるので,ここまでくると,あとはもう好みの問題になりそうな気がします。
 音はやっぱり堅いけど,目立つしっかりした音なので,ステージでは十分に使えると思います。線もそんなに細くはないです。他の楽器と十分に戦えるでしょう。
 ピアノもなかなかよかったんですが,他にも使えそうな音がいろいろありました。特にMKS-30とか昔のRDで使われていたSA音源のエレピ,FM音源のエレピ,ヤマハのエレグランド,Jupiter-8のストリングス(これはD-70にも入っていて,D-70とそっくりだったので涙が出そうになった,ずっとアナログらしくなってるけどね)というところです。
 SA音源のエレピは80年代そのもので,とても懐かしいですよね。SA音源は,当時としてはなかなか画期的な音源で,サンプリング音源やったんやけど,当時のサンプリング音源は音程を変えるのに再生時のサンプリング周波数を変えることをやっていたんです。メロトロンの原理ですね。
 ところがこれは,音程がセンターから外れるほど不自然になるし,倍音の組成も変わるので音質も変わる。再生時間も変化するので,あまり良くなかったのです。Emulator-1とかもそういう音源でした。
 で,SA音源というのは,サンプリング周波数を固定にして,内部演算で波形を補完したり間引いたりして音程を変える仕組みです。ピッチチェンジャーと同じで,これをリアルタイムでやる音源だったのです。
 サンプリング周波数が固定なので,DAコンバータの後に付くポストフィルタもカットオフ周波数を固定に出来るし,倍音の組成も大きく変わることがなく,サンプリング周波数を可変するための回路も必要がなくなったので,小型で安価に出来ます。
 S-50とかヤマハのAWM音源とかも,こういった流れで出てきた音源です。サンプラーは単純にメモリの値段が下がったことだけが進化ではなかったということです。
 話がそれてしまいましたが,ローズとアコピをレイヤーにしたものもなかなか80年代後半のノリがあって,私はとても気に入りました。レイヤーにしても64音ポリですから,余裕があるというのは本当ににすばらしいです。
 オルガンも売りの1つなんですが,オルガンシミュレータ以外のオルガンは,ローランドの悪い癖が出てるオルガンです。上品にまとまりすぎていて,使い物になりません。D-70のころのオルガンとなにもかわってないので,大いに失望しました。こんなオルガン,どうやって使えと言うのでしょう。
 オルガンシミュレータは,音そのものはいいけど,エフェクターがさっぱりだめなので,このままステージで使うのは無理だと思います。しかし,いつもながらローランドはなんでオルガンをこんな音にしてしまうんでしょうか。このあたりはコルグとかを見習ってほしいと思います。VK-7とか,いい音してたのですが・・・
 ドラムキットも,年代相応のクオリティではあるけど,やっぱローランドです。あまり使おうという気が起きません。
 ということで,ピアノは80点,鍵盤は75点,それ以外は65点です。
 SRX-04というエクスパンジョンも使ってみましたが,確かにいい音してると思う。だけど,やっぱりいい部分だけを純粋培養してるという優等生ぶりがちょっと鼻につく。これってローランドの傾向なので,いまさらいっても仕方がないことではあるのですが。
 ただ,うなってしまったのは,繰り返しになりますが,確かにすべてが平均以上のこの音で,128音ポリであれば,1台でスタジオワークが完結するよなぁということです。
 XVやJVが,音で選ばれているわけではなく,利便性で選ばれているということを感じました。
 プロの道具としては,昔は音がすべてだったわけですが,十分な音が一通り出るようになった現在,生産性が追求されるのは当然のことだといえて,その要求に応えることも,またプロ用機材を作っているメーカーの仕事なんですね。ローランドの音は痩せてしまったけども,一方でかなり便利で強力な音源になってるのも事実。こういうアプローチの出来るメーカーが,今のローランドのありかたかも知れないなと,ちょっと思いました。
 そうして弾いているうちに,鍵盤が心地よくなってきました。押し込みの重さは,力一杯押しても飽和しない底なしの表現力を,戻りの軽さは連打するときの楽しさを,それぞれ与えてくれます。
 これでもかこれでもかと力一杯叩いて,これ以上無理なくらいに速弾きするんですが,鍵盤は余裕で笑っているんです。昨日は完敗でした。まだ底が見えません。おかげで指が腫れてしまいました。ディジタル音源ですから,MIDIでいうノートメッセージにあるベロシティ値127が最大値のはずで,それ以上は出ないはずなのですが,そういうことをあまり考えさせないダイナミックレンジがあります。
 ふと思ったのは,ピアノという人間の腕とダイレクトにつながった楽器を,人工的に再現したわけですね,このステージピアノっていうのは。全然違う素材や機構を使って,人間の指をだましているわけですし,言ってみればシミュレータみたいなものです。
 それを喜んで弾いている自分とは,なんともちゃちな人間だなとそう思ったのです。
 そんなわけで,当分楽しめそうな,RD-700。意外に使えそうな音も多数は入っているので,それらでなにか作ってみたいなと,意欲がわいてきました。
 楽器を弾くというのは,本当に楽しいことです。
 それにしても,RD-700本体のロゴをみて思ったのですが,RD-700と書かれた文字のうち,D-70の部分は,本家D-70と全く同じ書体なんですね。
 つくづくD-70に縁があるなと思った次第です。
2001年06月18日 15時18分41秒

 私の職業は,エンジニアです。
 こんな仕事ですから,毎日夜遅くまで会社にいます。程度の差こそあれ,この仕事の人は似たようなものでしょう。
 入社の頃は夜遅くまでいることにも,なかなか納得出来ませんでした。
 しかし,今では,自分に与えられる責任範囲,求められる結果に対して,この労働時間は仕方のないことだと思うようになりました。今の私の年齢というのは,それほどの期待があるという意味だと,いいように考えています。
 私は眠らないと,また土日はきっちり休まないと,体調を維持できないひ弱な人間なので,お付き合いで徹夜したり,休日出勤したりすることは極力避けています。
 しかし,自ら進んで徹夜することは最悪あり得るわけで,今日がまさにそれでした。
 誰もいない会社に一人というのは,なかなか新鮮な気分です。誰にも邪魔されず,とても静かで,3時頃までは随分はかどるものです。
 静かであるというのは,他の人になにかを聞きたい場合に途端に困るということでもあって,そういう事態が発生したらもうあきらめて眠ります。
 とはいえ,寝付けないもので,結局あまり寝ていません。
 朝,さっき朝ご飯を買いに出かけましたが,まるで母親の実家に子供の頃帰って,そこで早起きして表に飛び出した時のような,そんな気分でした。
 悪くないな,と思いかけたところで,いかんいかん,これは最悪の事態なのだと,改めて認識するようにした次第です。
 朝一番の人が出社してきました。また,一日が始まります。
2001年06月08日 07時27分31秒

つくづく考えてみた
 昨日の段階で,ほぼMacOS Xが安定稼働するようになり,Classic環境を使うことも,あるいはMacOS9.1に再起動することも頻繁にあるとはいえ,主だった仕事はすべてMacOS Xに移行しています。
 ある方が言われていたのですが,まさに私もその通りだと思うことで,「新しい環境が,自分の好みに進化するのを待つのではなく,自分が新しい環境に合わせることを,昔はごく普通に行っていた」というものです。
 確かに,これまでMacOSが幾度となくバージョンアップするに従って,良くなる面も悪くなる面もあったのですが,特に初期のOS,まだMacOSなどと言われることもなく,System6.0.7などと言われていた頃,文句を言いながらも使いこなしていつの間にか体がすっかり慣れてしまっているということが常でした。
 Windows3.0など,どうしても馴染まないUIももちろんあったのですが,与えられた環境が次第に馴染んでくる快感というのを,どうも我々はしばらく忘れていたようです。
 で,MacOS Xです。
 このOS,それなりにコンピュータの進化を確実に「期待して」作られているところがあります。
 重いOSであること,メモリが大量に必要だという事など,確かにそうですが,そのGUIデザインは,明らかにSXGA以上を目指したものです。
 実は今,15インチのCRTで,SXGAを無理矢理表示させて使っています。従来のOSでは,文字がつぶれてしまって読むことも出来ず,また表示画面のシャープネスも失われてかえって見づらくなるものでしたが,MacOS Xでは違います。
 アンチエイリアスのかかったフォントは少々シャープネスが悪くなってもかえって見やすいくらいですし,128×128ドットで描かれ,かつデザインもよりリアル指向になったアイコンは,まるで写真が画面に張り付いているかのよう。しかも自由に大きさを変えられるので,拡大するとますますリアルになります。
 MacOS Xの魅力の1つは,この「まるで紙が画面に張り付いている」かのようなGUIの美しさですが,これは800×600のSVGAやその上のXGAでは真価を発揮せず,さらにそれ以上のSXGAになると,また新たな美しさに気が付くことになると思います。
 さらに,シャープネスが悪かったり,それ以上に色ズレが起こることからCRTではやはり辛く,液晶モニタをターゲットにしていることも明らかでしょう。
 考えてみて欲しいのですが,1600×1200ドットの液晶パネルを,例えば対角13インチで作ったとしましょう。すると,なんとその解像度は,実に153DPIになりますよね。
 公文書として通用する,10ポイントで24ドットの明朝体を表現するために,一昔前に主流だった24ドットのプリンタの解像度は,160から180DPIです。これに匹敵する解像度をもはや表示デバイスが手に入れようとしているわけです。
 そう,つまり,MacOS Xが目指すのは,まさに「紙」なのです。今は価格や性能の面でこのような液晶パネルが使われることはまれですが,Appleはこれを見越して,MacOS Xをデザインしているのです。
 そんなことを考えていたら,SF映画なんかでよく見る,はめ込み映像がバレバレのコンピュータ画面などが,もう近い将来やってくるかも知れないんだなと,わくわくしました。
 実は,この話を書き出す時には,そういえばBeOSが次世代のMacOSになる可能性も大いにあったんだということを思い出して,それを書こうと思ったんですが,そんなことは,もうどっかに飛んでいってしまいました。
 私にとって,それくらい,この志の高さに気づいたことは,重要な事だといえるのです。
2001年05月08日 19時55分30秒

 この連休はすることがたくさんあって実家に戻ることを断念したのですが,その割には思ったほど作業が進んでいないなという印象で連休を過ごしました。じっくりと時間をかけていろいろなことをこなすことも確かに少なくなっていますが,それ以上に思ったように物事が片づかない,つまり予想もしないことが起こったりして作業の進行が止まってしまうことがしばしばであるということです。
 やったことをまとめてみます。

・MacOS Xの安定稼働とメモリの検討。結論は,PowerMac7600ではいかに5VのFastPageModeのDIMMであっても,バッファなしでは安定しないということ。バスクロックを落としたりメモリの配置を換えたりいろいろやったが,バッファ搭載DIMMだけにすると嘘のように安定する。224MBという以前よりも少ないメモリだがやむを得ない。
・MacのHDDのうち1つがいっぱいになったのでCD-Rにバックアップを取ろうとしたら,突然起動ボリュームがマウント出来なくなった。あれこれやってるうちに初期化する羽目に・・・80GBが吹っ飛んだ時の怖さを思い知った。結局修復に成功し起動ボリュームのバックアップをCD-Rに取るという事でこの作業終了。
・上記バックアップの作成過程で,4倍速のCD-Rドライブを使ったが,なんとバッファアンダーランエラーが発生。今時こんなエラーで失敗するやつは全世界でも私だけだろう。MacOS X導入のためにSCSIまわりを全面的に見直し,すべてのHDDをFastSCSIと標準SCSIの接続したので,それで転送速度が取れない場合があるらしい。何度か設定などを変えて試みたが3度ほど失敗。結局転送元の仮想ボリュームにDiskWarriorをかけ,ディレクトリを連続化することでとりあえず失敗がなくなった。5MB/secの標準SCSIでも4倍速がきついとは,初めて知った。(今まで2倍速のドライブを使っていたもので・・・)
・秋葉原に出かける。会社で使う部品を調達しに行ったが,自分の用事もついでに。買った物はMacOS Xに対応していると思われるUSB接続のスマートメディアリーダー,32MBのスマートメディア,ミニッツレーサーのパーツ(本体価格と同じくらい買い込んでしまった),CD-R20枚,友人へのプレゼント用にハンズフリーの電話機(680円でした),CDプレイヤー修理用の青色LED4本,連休中の大イベントの1つとして計画している高校の時に作ったステレオアンプの大改修用の部品としてボリュームやスイッチ類,今や貴重な150分の8mmビデオテープ10本。人混みで風邪をうつされる。
・高校生の時に購入以来長年愛用しているCDプレイヤー(ケンウッドDP-990SG)の4つある青色のインジーケータの1つが点灯していないことに気が付いた。10年以上も前の物なので当然電球が使われているのだが,これが切れたと思われる。そこで青色のLEDに交換することを思い立って秋葉原で部品を購入。定電流ダイオード付きで1つ260円。早速CDプレイヤーを分解し,豆電球の代わりに取り付けてみたが4つのうち状態によって1つだけが点灯しないといけないのに,全部点灯している。検討の結果,豆電球は非点灯時にも光らない程度に電流を流して球切れを防ぐという方法が用いられているが,そのせいでLEDだと点灯してしまう。そこでその回路を切断して成功。
・半年ほど前に作ったイコライザアンプのノイズとハムが多い原因として,増幅段のFETのIDSSが少し小さいことと考えてこれを交換出来るようにソケットを付けてみた。この過程で配線のミスが発覚,入力段のデュアルFETがパラに接続されていないといけないのに片方のゲートの1つが浮いていたため,ゲインがとれず,ハムを拾うことがわかった。これを修正するとノイズもハムもきっちりおさまったので,ソケットにする必要がなくなり,途中までやった作業を元に戻す。
・ミニッツレーサーに購入した改造パーツを取り付ける。そんなに買い込むつもりはなかったが,なんとラオックスのホビー館でプレステ2のゲーム「グランツーリスモ3」の発売記念とかで,車関係の商品はすべてレジで10%オフになるというので,おもむろにまとめ買いする。今回のパーツで,ミニッツレーサー用のチューンナップキットはほぼ全部投入される。まずデフにLSDをおごる。フロントのスタビライザーと柔らかめのスプリングをセットし,リアはロールダンパーを取り付ける。車体の剛性が相当アップするはず。すべての車軸にボールベアリングを入れて摩擦を低減し,タイヤはソフトタイプに変更。キングピンにはステンレスのものを入れて精度を向上させる。問題はこのロールダンパーの取り付けに失敗したこと。説明書はしっかりネジを締めるように書いてあり,そのつもりでしめているとネジの頭がボキッと折れてしまった。よく読むと途中までしめればいいそうだ。ショック。ちょっと中途半端だけど,そのままで使えなくないので我慢して使う。で,トータルの結果は・・・確かにコントロールがより正確に出来るようになって,カーブを曲がるときの速度が速いままでも大丈夫になった。こういうのを限界が高くなったというが,実車でも同様なチューンナップは行われていて,それをラジコンで体感した結果になる。特にデフの効果は絶大。しかしここまでで本格的な大型のラジコンが買えるほどの出費をしていることに気が付いて激しく落ち込む。
・プレゼント用のハンズフリー電話機を友人宅でテストすると話は出来るが相手の声が聞こえない。白い目で見られながら撤収し帰宅後検討。ヘッドセットのスピーカー部が内部で断線していることがわかり,修理を試みるが私には小型スピーカのボイスコイルを巻き直すノウハウはない。あきらめる。携帯電話用のハンズフリーキットがそのまま流用出来ることがわかったので,友人にはそれで対応してもらう旨電話する。680円なので怒る気もしない。
・友人が炊飯器を買うというのでヨドバシカメラに出かける。友人はなんと3万円もする炊飯器を買った。お金持ちだと思った。私は電動歯ブラシのブラシヘッドと電動ひげそりの交換歯,そして掃除機の紙パックを買って帰る。実は1年ほど前から欲しいと思っているシュアーのV15VxMRという,おそらくこの世で最もすばらしいMMカートリッジをガラスケース越しに眺めていたが,手持ちがないこととミニッツレーサーへの投資ですっかり鬱になっていた私には,買う気力は当然ない。くやしいので15000円ほどで5.1chのサラウンドセットが買えたはずだと無駄遣いを画策するが,商品を見つける前に疲れ果て,敗れ去る。
・久々にX68000を起動する。HDDから異音がするがしばらくしておさまる。液晶モニタでも一応映るが,上下が切れてしまう。メモリを認識しないので焦ったが,バックアップ電池が切れてしまって設定がリセットされてしまったことが原因とわかり,ほっとする。
・数ヶ月前に作った,秋月電子の「スクロールクロック」が,目一杯調整してもまだ激しく進むので,マイコンのクロックを周波数カウンタで測定,水晶発振子に付いているコンデンサの容量を調整してなんとか追い込む。それでもまだ若干進むので後日対策を考える必要あり。でもこれ,キットの製作者にここまでの技術的要求を突きつけるのは少々酷だと思います。>秋月電子さま
・先日買ったゲームボーイアドバンスでミスタードリラー2をやる。が,初級のインドステージを後一歩のところでクリア出来ない。
・秋葉原で購入したUSBカードリーダーは,MacOS XがUSBのMassStrageClassに対応していればMacOS Xで標準サポートがあることを知っていたので,その指標としてWindows2000やMacOS9.0でドライバなしで動く物を探した結果ビクターの物を購入。MacOS9.1では問題なしで快適に使えたが,MacOS XではDOSフォーマットされたスマートメディアを認識出来ず,結果は不調に終わる。がっかりしていたところ,MacOS Xのアップデータをかけた後試すと,なんとまぁDOSフォーマットでマウントが出来ることがわかる。ひょっとしたらアップデート前でも出来ていたのかもしれないが,今となっては知るすべもない。結果オーライとして満足する。
・MacOS Xの最新アップデータが出ていることに気が付く。早速ダウンロード。1時間以上かかる。しかしどういう訳だかダウンロードしたディスクイメージをマウント出来ない。ダウンロードしたディスクイメージが壊れているのかと思って他のディスクイメージで試したがそれもマウント出来なくなっている。MacOS Xはこういう感じで,以前出来た事が急に出来なくなっている事が多く,困りものである。仕方がないので「ソフトウェアアップデータ」を使ってもう一度ダウンロードをする。ディスクイメージを介さない手段であるのですんなりいくはずだったが,インストール終盤のシステム最適化に失敗する。がっくりして再起動をかけて念のために調べると,アップデートが出来ていた。謎である。悔しいのでインストールからやり直そうと思ったが,そんな根性もないのでこれでよしとする。いいのか?
・CS放送でやっている「ガラスの仮面」のアニメを偶然見てはまる。あのテンションの高さは噂通りだ。友人に言わせると,原作のマンガはあんな物ではないそうだ。なんて恐ろしい・・・
・冬物のコートとズボンをクリーニングに出す。翌日出来るというので頼んだ。コート2つとズボン2つで5000円もした。クリーニングって高いなぁと思い,エマールの使いこなしに命をかけようと神に誓った。
・恥ずかしい話だが,CDラックをしげしげと眺めてみて,突然大昔に購入した斉藤由貴さんのCDを聞いてみる気になった。「風夢」「PANT」の2つを聴いてみたが,改めて「捨て曲なし」と知る。鬱になる。
・昔作った曲を一通り聴き直す。改めて思うのは,耳にした曲から新しい発見をすると,それを自分の曲に応用するという実験的要素でのべ4時間ほどの曲がたまっていること。後になるにしたがって完成度が上がっていき,今のスタイルに近づくが,その過程がとてもおもしろい。以外に昔作った曲にも見る物があるなと思って盛り上がっていたが,それは夜中のハイテンション故であると翌朝思う。
・運転免許証の住所変更をする。警察署は市役所の隣にあるという「経験則的思いこみ」があだになり,実は1つ手前の駅で降りなければならないと現地で知る。行った警察署はまるで太陽にほえろ!の警察署のように汚い。私の期待をすべて裏切る川崎市,侮りが足し。
・高校の時の先輩とは今でも仲良くしてもらっているが,彼が大阪に帰省する前に一緒に飲もうということになって出かける。驚いたことやショックなこと(それはとてもここには書けません)もあったが,結果として久々に飲み過ぎて気持ち悪くなる。
・カレーを作る。連休後半にずっと食べれるだけの量と質を目指して頑張る。母親が作るカレーが100点とすると,私がこれまでに作ってきたカレーはコクのなさで30点。はっきりいってまずい。今回は牛肉にちょっといいものを使ったこと,肉を炒めるときに塩とコショウで下味を念入りに付け小麦粉をまぶしたこと,煮込むときに月桂樹の葉を使ったことが功を奏して,なかなかいい味になった。70点としよう。しかし,余ったジャガイモで作った煮っころがしは大失敗。これで-30点とする。
・調子にのって「韓国風お好み焼き」にチャレンジ。といってもそれようの粉が売られているので,これを水と卵でといて,ネギを刻んで入れるだけ。にもかかわらず,味はいまいち。2枚作ったうち焦がしてしまった方は言うまでもないが,そうでない方もいまいちだったのは,何が悪かったのだろう。
・秋葉原で買ってきた部品を使って,高校の時に作ったステレオアンプの大改修を連休の終わりの2日間で実施。ケースに穴あけが必要になるなど,結構大がかりだったが,なんとか終了。テーマは良質の部品で,配線材にはモガミのOFCを全面的に採用。セレクタ用のロータリースイッチには岩崎通信製の高級品をおごる。プッシュスイッチもこれまではジャンクからのはずし品だった(新品が手に入らないので)が,今回はラジオガーデンを探し回って新品を確保。さすがに高校の時に作った物だけに,お金がかかってない部分は本当にゴミのような部品で作ってあるので,ここを交換することが重要。特別大幅な音質の改善などは望むべくもないが,スイッチ類のの操作感には大満足。アースラインの見直しも行ったのでハムは激減した。10年来の問題がやっと解決。しかし,買ってきたシールド線がわずかに足りず,数センチほど単線で継ぎ線をしたことが痛いのと,どういうことか背面のジャックの表示とセレクタの表示が狂ってしまっているので,これは後日また修正か。
・なんだかんだで,プレステ2の「グランツーリスモ3」を買ってしまう。感想としては,久々に遊べた自動車のゲームだなという印象。ゲーム性のためにリアリティを損なうことなく,またシミュレーションにこだわったがためにゲームとしてつまらなくなってしまうことなく,そのバランスは絶妙。車を操るということそのものをゲームとして再現出来た技術力とこだわりに脱帽。リプレイ画面など,実写だと言われても一瞬信じてしまう程のクオリティで,ここまできたのかとしみじみ思う。でも,「エモーションエンジン」というくらいなのだから,ギャラリーが不動というのは,次への課題としたいところだ。
・MacOS Xの調子が非常に悪くなっている。ドライブのアクセス権が勝手に変わっていたり,DiskImageがマウント出来なくなってしまったり。これはまだ未解決。
 こんなところですね。うーん,いっぱいやってるなぁ。そりゃー忙しいと思うはずだ。それでも片づいてないことがあるんですから,忙しいという感覚だけが残るんでしょうね。目一杯頑張っているのが,自分でもわかったところで,まぁよしとしましょうか。
2001年05月07日 16時50分12秒

恥ずかしい話ですが
 先日整理の終わったCDラックを眺めていたことから,それは始まりました。
 目に入ったのは,私が高校生の時に買っていた斉藤由貴さんのCDでした。
 当時,私はすっかり彼女のCDがお気に入りで,ずいぶん聴いていたものです。オーディオをするのも,楽器を弾くのも,作曲の勉強をするのも,結局彼女のCDに集約されて,その最も活動的な時期のエネルギーを受け止める受け皿となっていたのでした。
 斉藤由貴といえば,ミスマガジンからラーメンのCMで衝撃的デビューを飾り(実はその前に映画にちょっと出ているのですが),「はね駒」というNHKのドラマで国民的アイドルと呼ばれるに至った女優さんです。現在は比較的地味ではありますが,それも彼女独特の世界観が一般ウケせず,少し怖さを持って伝わっていることもあるのではないでしょうか。
 スキャンダルもありましたが,今は普通のサラリーマンの方と結婚され,お子さんもいらっしゃると言いますから,青春を捧げた私にはややショックな現実もあったりします。
 今としては信じられないですが,彼女のシングルはヒットチャートのベスト10に必ず入り込んでいた時代もあったわけで,つまるところ彼女の曲を聴いて過ごした人はそれなりにいるはずだということなのです。
 私もそんな人ですが,私が他の人と違うのは,比較的遅くまで彼女のCDを買い続けていたことでしょう。
 ファーストアルバム「AXIA」と続く「ガラスの鼓動」は,いかにもアイドルのアルバムといった方向性で,虚像である「かわいらしさ」を全面の押し出すことがテーマです。作曲の大半を筒美京平が手がけると言えばなるほどと思う人も多いでしょう。アレンジは武部聡志がほぼ全面的に受け持っていますが,さすがにシングルカットされたものは松任谷正隆がやったりしてると言うから,お金のかけ方が違いますね。
 この武部聡志という人,80年代後半の日本の音楽シーンを支えた一人で,例えば今井美樹なども彼のアレンジによって開花した人です。
 斉藤由貴という人は,ヴォーカリストとしてはさっぱり評価されていません。当たり前ですけども,彼女の持つ空気感を実にうまく解釈してアルバムを作り上げたのは,この武部聡志の功績でしょう。
 崎谷健次郎という売れっ子も関わっていますが,このときはそれほど数をこなしていません。他の仕事が忙しかったのかも知れません。で,当時はTMネットワークが流行り始めたりして,YMOに続く第2次シンセサイザーブームを迎えていまして,このホームページの主題である「LA音源」もこのころ登場しました。私が鍵盤を触り始め,音楽理論を学び始めたのもこの頃です。実のところ,キーボードプレイヤーに武部聡志や崎谷健次郎が好きな人は結構いて,その流れで斉藤由貴を聴いていた人はそれなりにいるようです。
 アイドル時代が過ぎ去り,彼女は彼女の自我を確立していきます。3枚目の「チャイム」では谷山浩子とMAYUMIによる黄金コンビが成立し,引き続きアレンジを担当した武部聡志によって至高の宝石となります。
 4枚目の「風夢」でも基本路線は同じではありますが,このあたりから完全にアイドル路線の偽りがなくなり,彼女のつかみ所のないアンニュイな方向性が明確になります。いわゆる人気は下がりはじめ,変わり者女優の烙印が押されるのもこの頃からでしょう。
 彼女は,音程も不安定で,声の太さもないので,ヴォーカリストとしては失格です。しかし,口の小ささからくる「ぼそぼそ」とした感じ,線の細さや吐息を効果的にミックスすることで,うまくフレンチポップスのノリを出そうとしていることが分かります。その意味では決して下手ではなく,使い方で非常にうまみが出てくる声といえます。
 さて,5枚目の「PANT」でも武部聡志が仕切ります。このころから彼女自身が詞を書くことも始めるのですが,やはりまだまだという感がぬぐえません。私はこのアルバムまでを1つの区切りとして考えています。それは,これ以後,売り上げや評判を意識せず,またレコード会社もそれを彼女に期待しなくなったことで,彼女が本当にやりたいことをやるようになったからです。
 6枚目の「age」では,それまでの武部聡志に代わって,アレンジャーに崎谷健次郎が全面的に関わります。80年代を代表する彼らしく,見事にあか抜けた感じと影の感覚が同居するアルバムです。しかし,私は個人的にはそれほどの評価をしていません。崎谷健次郎のねらいがみえみえだからです。
 で,7枚目「LOVE」ですね。実は,今これを聴いています。91年のアルバムで,90年代の流れをつかむことのなかった斉藤由貴の,最後のオリジナルアルバムです。
 作詞は全部彼女の手によるもので,作曲に当時非常に注目されていた山口美央子を全面的に起用しています。アレンジは上杉洋史が担当するという新しい布陣で臨んでいます。
 個人的にはこのアルバムが,斉藤由貴の中では最高のものであり,さらにいうと私が無人島に持っていくCDの1つであると言い切ってしまいましょう。
 まず,作詞家斉藤由貴の凄さ。戦前の文学を思わせる語彙と,女性であることを非常に強く意識した複雑で深遠な内容が少ない言葉で綴られ,山口美央子の美しい旋律と上杉洋史のストレートなアレンジに乗せられています。彼女自身も自分の声を武器にしていることは明白であり,自我を確立したことの強さを感じさせるものとなっています。
 著作権の関係もあるので引用しませんが,もし機会があればその詞をご覧になると,きっと驚かれると思います。語彙の豊かさ,感性の鋭さ,注目点の特異さをベースに,励ましと絶望,喜びと悲しさ,つかみ所のなさとソリッドな切れ味,そんな反目する要素をきっちり同居させています。「紡ぐ」という表現がこれほどしっくり来ることも,そうそうないでしょう。
 山口美央子の曲の美しさも高く評価されるポイントです。何でもないコード進行なんですが,一度聴くと彼女の作品と分かる個性を持ちながら,非常にキャッチーな世界を作り出しています。どの曲も1つ,必ず心に響く部分を持ってきます。もしねらってやっているなら,すごいと思います。当時,私はもっと注目されるべきだと思っていましたが,最近はさっぱり目にすることがなくなりました。90年代は彼女にとって逆風の吹く時代だったということでしょう。
 かつて私の高校の恩師は,「心に残る小説というのは,10代,20代,30代,40代,と読むたびに違った印象を持つものだ。」と言いました。当時の私は「そんなもんか」と思っただけでしたが,実にまもなく30歳を迎えるに至って,若い頃読んだ小説と共にこの「LOVE」というアルバムに,同じような印象を持ってしまいました。
 経験が,その印象をいかようにも変化させ,そしてそれを知るのは,その経験をもう一度繰り返せない程に時間が経った時だ,というのが,私のこのアルバムを8年ぶりに聴いた感想です。
 みなさんも,高校時代に聴いた音楽を,もう一度聴かれてみてはいかがでしょうか。単なる懐かしさ以外に,何か見える物があると思います。

 
2001年05月07日 01時54分46秒

憲法記念日に考える
 連休も後半に入った5月3日,今日(厳密には昨日)は憲法記念日です。日本は太平洋戦争に敗れ,敗戦国として復興につとめてきましたが,その過程での最も尊い成果が,平和憲法である「日本国憲法」の成立と遵守の歴史ではないでしょうか。
 この種の問題は,何かと物騒な論議になりがちです。ですから私がこれから書く考えにも,大きな物から小さな物まで様々な考え方の違いがある物と思います。何が正しいという結論ではなく,一市民の意見として読んでくだされば幸いです。
 先日就任した小泉首相の考えは,改憲論が基本です。自衛隊という実質的な軍事のための組織が存在し,またアメリカとの安全保障体制が永続的に続く現実に対して,これを「憲法の解釈」として解決することは不自然であるから,不自然にならないように憲法を変えてしまおうというのが,その根拠です。
 確かに,国連平和維持軍への参加の問題,安全保障関係にあるアメリカとの協調関係,自衛隊の存在そのもの,今非常に不安定な東アジア情勢,また国連への常任理事国入りを目指す政府の目標など,自国の問題だけでは片づかない問題が急激に増え,そこに現憲法の問題が浮上していることは認めざるを得ないでしょう。
 かつての改憲論は,現憲法が戦勝国からのお仕着せであり,日本が独立国として独自に策定したものではない,というのがそのベースにありました。しかしこれは説得力に欠けています。なぜなら,我々国民は戦後一貫して,戦前の明治憲法と戦後の日本国憲法との違いを,3つ柱・・・つまり基本的人権の尊重,国民主権,戦争放棄という世界的にも類を見ない高い理想を掲げ,これを守ってきた事への誇りが教育されてきたからです。
 この美しい理念を高々と掲げた憲法に戦後の日本人は胸を張り,誇りにしてきたところもあるわけです。いわば,これは戦後の日本人のアイデンティティであり,非常にピースフルな愛国心であると思います。
 そういった側面に加えて,いわゆる彼らの言う「自主憲法」にメリットを感じない,言い換えれば現状に特別不満のない民衆が,それを支持することはありません。だから一部のタカ派の人々の持論にとどまり,少数意見としてここまできたのです。
 しかし,時代は変わります。日本はその技術力と経済力で国際的な発言力を持つようになり,特に今まで一方的に養護を受けてきたアメリカを,分野によっては脅かす存在になりつつある中で,戦争放棄という,ある側面では非常に自分勝手な論理が通用しなくなっていることに,問題が出てきているのです。
 PKOの問題が話題になった時期がありましたが,国連平和維持軍への派兵がないことで,日本人は派遣を実施している国の人々に比べて,圧倒的に犠牲者が少ないのです。ここに国際的批判を受ける日本の「自分勝手」さが浮き彫りになるわけです。
 誰だって自分の国が豊かになり,国際的に発言力を増すことを望むものです。特に政治家というのはそういう向上心も原動力になります。今の情勢で邪魔になるのは憲法9条,戦争放棄をうたう,この条項なのです。
 しかし,ここで冷静に考えねばならないことは,その憲法9条がなにゆえ,あそこまで徹底した形で戦争の放棄を高らかにうたいあげたのか,つまりその真意と目指す物,ではないでしょうか。
 明治以来,日本は富国強兵を旗印に,日清,日露,日中,そして太平洋戦争と戦いに明け暮れてきました。なるほど,そういう時代背景もあってでしょうが,戦前の日本はアジアの名門としてその名を知られた近代国家の1つにまで成り上がりました。軍事力の増強と植民地の確保が先進国の証であった時代,日本が朝鮮半島や中国,東南アジアを植民地化しようとすることは当時としては自然な考えであった事と考えられます。(事の善悪は別です。ただ植民地が合法だった当時の国際情勢を考えると,いわゆる列強の仲間入りを目指した日本の目標がそこに置かれたということは,無理からぬことだと思います。当時は,植民地を持つか,植民地になるかの2つしか選択肢がなかったのです。当時の指導者が植民地になる事を拒めば,自動的に選ぶ道は決まったということなのです。また,当時は欧米の列強から搾取されるアジアの人々を日本が開放するという正義感を信念にする人も少なからずいたようです。これも思想と言うよりは運用の方法に誤りがあったということでしょう。)
 しかし,その結果,非常に悲惨で恐ろしい結果を招きました。多くのアジアの人々を苦しめ,生命と財産を奪い,文化を踏みにじり,彼らの心と体をずたずたにしました。もちろん,我々日本人も同じように,心と体を切り刻まれました。
 その不幸な歴史が,大きな反省となって,今の憲法があるのです。文言や解釈の問題ではないのです。
 ドイツでは,ユダヤ人迫害の歴史を恥とし,移民を受け入れるという政策やナチズムを合法的に弾圧する制度としての仕組みを備えているばかりでなく,ナチズムや他民族の迫害を最悪とする国民感情が強く根付いています。彼らは深い反省に立って,自らの過ちを二度と繰り返さないことを次世代の人間にも約束しようとしているのです。
 日本も,確かに主にアメリカの圧力で現憲法が施行されて(蛇足ですが今の憲法は明治憲法の改正憲法であり,戦後新しい憲法が策定されたわけではありません。)います。でもそれは問題ではなく,その平和憲法を成立させ,そしてこれまでかたくなに守ってきたことの意味を,今こそ問うべきなのです。
 世界で1番目と2番目の原子爆弾投下,沖縄での敗北,大都市の空襲,南方での玉砕など,50年前の日本人は,それはもう地獄の中を生きていました。なぜだ,それは戦争がいけないのだ,ならもう戦争はしない,と,この結論に至った我々の先輩の志を,我々は勝手に踏みにじってしまってよいものでしょうか。この気高い志を,わずか50年ちょっとの時間しか守ることが出来ずに,我々の世代が勝手に歪曲してしまって果たしてよい物でしょうか。
 今,崇高で誇るべき平和憲法が,危機にさらされています。いっていれば「現実にあわせた修正」程度の動機で,世界最高峰のこの憲法の理念が根底から崩されようとしています。かつて吉田茂首相は,朝鮮戦争の時に自衛隊を軍隊にすることを迫ったアメリカに,「日本は軍隊を持つことを憲法で禁止しているのでそれは絶対に出来ない」と言い切ったと言います。独立したての弱小国日本が,胸を張って世話になり続けている大国アメリカに意見出来たのは,そこに強い信念があったからでしょう。(無論政治的駆け引きもあったでしょうが・・・)
 今の日本は,最近の教科書問題などを見てもわかるように,その歴史観が非常に危険な方向に向かっています。かつては少数派であったこれら右翼思想が,非常に大きな勢力となりつつあります。そしてこれが改憲論の原動力になっています。アジア諸国の方が大きな不安を覚えることは当然でしょう。
 こうした勢力の拡大を底辺で押さえ込んでいるのが,現憲法の基づく恒久平和の理念と平和教育なのです。なるほど,環境権など新しい権利を現憲法に加える必要はあるでしょう。しかし,平和はいつの時代も不変の真理です。この部分に手を入れるのは,改悪に他なりません。今の憲法から戦争放棄が削除されると,いつかその平和への理念が消え失せた憲法になることでしょう。そうなっては遅いのです。
 徴兵制度を他人事と思っていませんか?志半ばで戦地で死ぬことが自分でないと,自分の愛する夫や子供ではないと言い切れますか?自分と人殺しが無関係なことだと思っていませんか?
 憲法という,国家最高の法規に,戦争放棄が明確にうたわれているこの国を私は誇りに思います。そして,戦争放棄と恒久平和こそ日本人のアイデンティティとすべきであると,思うのです。
 日本は民主主義国家です。憲法で主権在民がうたわれる,れっきとした近代国家です。国民が望まないことは,実現されません。そのシステムが整備され,国民はそのための力を持つことが保証されています。
 つまり,国民が平和を望めば,憲法を変えたくなければ,変わらないはずなのです。そのための仕組みを,我々はもっと知るべきですし,それを行使するべきです。
 以前に比べて政治はわかりにくくなっています。でも,任せっきりに出来た時代はもう終わりを告げています。自主的に自分たちの向かうべき道を選ぶことを,まじめにやってみる時期がきているのではないでしょうか?
 夏には選挙が予定されています。これを機会に,選んだ政治家が何をたくらんでいるのか,まじめに考えてみてから投票してみませんか?
2001年05月04日 03時25分02秒

GBA買いました
 昨日ラジコンの話を書きましたが,実はこの日,やはり別の散在をしていました。
 ラジコンとバドミントンセットを手に持ってレジに並んでいると,私の後ろに小汚い太った兄ちゃんがいます。フケだらけです。手にしている物をふと見やると,「ゲームボーイアドバンス」なる文字が!
 なに,在庫があるのか!私は浮き足立ちました。
 ゲームボーイアドバンスは,3月の末に発売になった次世代のゲームボーイです。これまでのゲームボーイに変わる物として市場に投入されましたが,旧機種との互換性を確保,2Dゲームに特化した性能でベストバランスと評価の高いものです。数が出ることを約束されたからこそ出来たあの性能とあの価格。同じエンジニアをやる物としては,まさに「桁違い」の製品なのです。液晶にはシャープ自慢の反射型TFT液晶,CPUは徹底的な消費電力削減のため,ポケットステーションにも使われたARM7というCPUを約40MHzで動かしていると言います。それで1万円。
 別にポケモンをやりたいわけでもないですし,電車に乗ってまでゲームをしたいとは思いませんが,そういう製品だけに非常に気になっていたのです。しかし,国内受注100万台に対して50万台の出荷にとどめ,生産が間に合わない中で北米へ商品を回す任天堂の戦略には,これが日本の企業なのかと思うグローバルな視点が見え隠れします。
 そんなわけですから,6月頃にならないと在庫なんてないだろうと思っていました。予約してまで欲しいと持ったわけではないので,手に入るのはそれ以後だなとあきらめていたのです。
 ところが,在庫があるようなんです。これは買うしかないでしょう。
 ラジコンの会計が終わってからあわててゲーム売り場に直行。ありましたありました。色は1つしかなかったですが,ありました。9980円か・・・ラジコンと同じなのね。
 ゲームがないとむなしいだけなので,ミスタードリラー2を買いました。
 ラジコンに飽きてから遊んでみました。
 うーん,確かにすごい。スーパーファミコンが手のひらサイズになったという評判は本当ですね。反射型のTFT液晶も見やすく,音もすばらしい。任天堂系のゲームマシンは実は私は初めて買うので,ちょっと操作とか慣れない物がありましたが,これは受けるはずです。
 十分に楽しんだ後,もうプレステ2までの性能がどうして必要なのかと,疑問符が出るほどです。
 おそらくいいゲームがたくさん出るでしょう。ポケモンだけではなく,高年齢層にもアピールするゲームも出そうです。(とりあえずファイナルファイトは買いますよ,私は)
 こういう商品に関わることが出来るエンジニアは幸せでしょう。大規模な開発も結構ですが,あれくらいの小型機器を数人単位で作るというのは,とても楽しいことだと思いました。

 
2001年05月03日 01時51分53秒

小さなラジコン
 今年の連休に実家に戻ることをしなかったのは,一つの消極的な理由に資金難があります。やはり家賃が思った以上に大きな負担になっているというのが実態で,気分的に数万円の出費が必要な規制という物にある程度の抵抗がでてくるのは,これやむを得ないことかと思います。
 では,無駄遣いをしない慎ましい連休を過ごしたかといえば,その心がけはあったとしても,早くも破られる結果となりました。
 連休初日の28日,そのあまりの天気の良さに自転車で近くのトイざラスへ出かけてしまいました。この連休中に河川敷でバドミントンでもやるかと友人と盛り上がったので,それらグッズを調達に行ったのです。
 ところがだめですね,あそこはホビーな人の琴線に触れてしまいます。ラジコンがありました。
 職場の先輩で,えらくラジコンにはまっている人がいて,彼がしきりに私を洗脳しようとしたのですが,私はこらえてここまできたのです。
 最初は2000円とか3000円の安物を考えていたのですが,どうも安っぽい。プロポもスイッチ式だったりするので,微妙なコントロールが出来ません。これでは面白さが台無しです。
 だからといって8000円くらいまで上がると,さすがに財政的に厳しいです。踏ん切りがつかなくてやめようと思ったその時,目の前に「KYOSHO」の赤いロゴが・・・
 KYOSYOと言えば,ラジコンメーカーでは有名で,そのこだわりには多くのマニアから高い支持を得ています。その時,その職場の先輩が「ミニッツレーサーってかなりいいよ」と言っていたのをそれとなく思い出したのです。
 ミニッツレーサー,一瞬スケールモデル(スタイリング重視で飾ることを目的としたプラモデルのことです)と見紛うばかりの完成度の高さ,アクセルとステアリングが完全なサーボ機構によって無段階に変化する本格的なプロポ(送受信機とサーボモーター一式のシステムをいいます)を搭載。ミニはミニでも本格的なラジコンレーシングカーのシリーズです。価格も14800円と内容にしては非常に安い。
 値札をみると10000円となっています。確かに高いですが,内容を考えると決してやすくはない。4000円でカスみたいなものも売られているのですから,これはなかり遊べるはず。
 私の覚悟は決まりました。購入決定です。ホンダのS2000と日産のスカイラインGT-R(KPGC10って
いえばわかりますね,ハコスカGT-Rです)の2つがあって,私はスカイラインを選びました。
 早速友人の家に上がり込んで,そこで走らせてみることに。おお,小さいくせにデフギアがついてるじゃないか,なに,モーターの制御はインバーターによるPWM制御か,まるでロボットのアクチュエータだな,とか,スケールモデル並みに細かくきれいに出来ているボディだなとか,随分驚かされつつも走らせてみます。
 すごいです,これは。なめらかな加速,切れ味抜群のステアリング,思いのままに操れる操作性,ステアリングもニュートラルステアで,自分の思い描いた走行経路をそのままトレースします。最初は確かに難しかったのですが,慣れてくると何でもない。すいすい走れて,自宅に戻ってからさらに2時間も遊んでしまいました。
 とはいえ走らせてみると何かと不満はある物。一番の問題はデフでして,やっぱりスリップしてスピンするんです。このあたりは実車と同じ挙動です。そうなるとやはり,LSD(ノンスリップデフ)が欲しくなります。
 ちゃんとあるんですね,LSDがオプションで。これは購入決定。あとサスペンションやステンレス製のキングピンも用意されていて,これはもう揃えるしかないと決意も新たに頑張る所存です。
 大きなラジコンは用意が大変ですし,遊ぶ場所も限られています。小さな安物は所詮安物で,コントロール出来る範囲が限られていたり,思い通りに動かすことが出来ない物です。しかしこのミニッツレーサー,本格的なラジコンの要素はそのまま受け継ぎながら,それを小さくまとめたという優れものです。いわばラジコンの大きさはそのままに,家の中が広くなったも同然であると,言い切ってしまいましょう。
 子供の頃から本格的なラジコンに憧れていた私としては,この年にしてようやくそれを手にすることが出来ました。それは金銭的にも,そしてラジコン技術の進歩にも,助けられてということでしょう。
2001年04月30日 18時06分32秒

ATOK14forMacOS Xはいい感じです
 経営状態が悪くなって,外部の資本を受け入れてからのジャストシステムは,それまでの彼らを知る者にとっては信じられないほど,低姿勢になりました。
 というより,一太郎と呼ばれる日本語ワープロが猛威をふるっていたことが,彼らに現実を見せなかったのでしょう。
 当時の私は,X68000というマシンを使っていました。X68000が真の「パーソナルワークステーション」になるためには,日本語環境の整備がもっとも重要だったわけですが,シャープの責任者もそれはわかっていたようで,ジャストシステムに一太郎とATOKの移植をお願いにいったらしいのです。
 しかし,あっけなく断られたそうです。それが原因だとはいいませんが,X68000の日本語環境は,アメリカ生まれのマシンでありながら,当時からVJEなどが移植されていたMacintoshにさえも負けていたのが現状です。
 そんなことがあって,私はすっかりアンチジャストシステムでした。真偽のほどはわかりませんが,それ以外にも非常におごったところが見え隠れしていた会社だったので,大嫌いでした。
 路線の変更から低価格機種がでるようになると,日本国内のMacintoshの立場も少しずつ向上し,参入するソフトハウスも増え始めました。そんな1つにジャストシステムがあったわけです。
 Windows95が登場し,WordとExcelがセットで使われる時代になると,ジャストシステムの業績は一気に低下し始めます。お馬鹿さんと揶揄されるMS-IMEもバージョンアップを繰り返していますし,結局それをそのまま使い続ける人が多い中,わざわざ1万円出してIMEを新調するということも考えにくいのでしょう。
 そんなわけで,ジャストシステムは大手電機メーカーの資本を受け入れたりして積極的に再建を果たそうとします。彼らが持っている最も魅力的な製品はATOK。これはいわば,一太郎で儲かっていた頃に蓄積できたノウハウが今にも通じる物であるという証ではないでしょうか。
 一時期Macintosh用のATOKは開発がストップしていたようで,ATOK8が初めてのMac用ATOKとして登場してから数年間,アップデートがありませんでした。次にでたのは業績が悪くなったころにATOK11がでます。ようやくWindows版とのタイムラグがなくなったわけです。以後,12,13と順調にアップデートします。
 そして今回,ATOK14がMacOS Xにも登場しました。MacOS Xで初めての,サードパーティーによるIMの登場です。
 私は,ATOK8からATOKの人に宗門替えしました。PC-9801の時代にはWX2を使っていましたが,Macでは素直にATOKを使ってみようと思ったのです。
 そして,彼らがユーザーサポートを非常にまじめにやる会社であることを知りました。私がATOK8を購入したのが6年前,以後,きっちりアップデートを行っていました。
 MacOS Xはまだまだ未完成なOSでありながら,WEBのブラウズとメールであれば,十分その恩恵に浴することのできるOSです。しかし,日本人にとって,あのことえり2は厳しすぎます。そこに,あのATOKが一番乗りを果たそうというのですから期待も大きな物があるわけです。
 しかし,出荷が遅れるという話。5月20日に発売がのびたのだそうです。バグか?と思ったのですが,優待版を申し込んだ人は4月20日に送られてくるということで,私は本日手にすることができました。ジャストシステムシステム,約束をしたお客さんにはあくまで守ろうとする必死の態度に,かつての殿様商売の片鱗は感じられません。偉いと思います。
 早速インストール。
 うん,いい感じです。MacOS9での環境を引き継げないなど問題もありましたが,そんなことは些細なこと。変換効率はATOKそのものですし,気になる変換速度も十分。ことえり2よりも高速で,しかも賢い。これでMacOS Xの日本語環境は心配なくなったといえるでしょう。
 わずか1万円で,ここまで根本的に幸せになれる話って,近頃ないものですよ。いやいや,ジャストシステムさん,本当にありがとう。
2001年04月22日 01時18分50秒

格闘の日々
 MacOS Xという新しいOSを導入して,もうすぐ1ヶ月になります。
 日本語IMがことえり2しかない(今までことえりなど一度も使ったことがなかったのですが,実際に使ってみてここまおバカさんだとは思っていませんでした。)ということも,動作速度が極めて遅いことも,周辺機器がことごとく未対応であることも辛抱して,それでもなおかつ使ってみようと思わせる魅力がこのOSにはあります。
 ここまでに遭遇したトラブルを並べてみると,まずなんといっても私のマシン,PowerMac7600は未対応のマシン。でも世界は広いものでこういった昔のマシンでもちゃんと動くようにすることを考える人がいるものです。OSにパッチを当て,PowerMac7600や8500で動くようになったおかげで,ようやく話が先に進むようになりました。
 次はMAXPowrG3のL2キャッシュをオンにするする作業。MAXPowrG3は年末に倒産したNewerTechnologyという会社が作ったCPUアップグレードカードなんですが,私の場合は2年程前に海外から通販で購入したものを400MHzにオーバークロックして使っています。が,どの会社のアップグレードカードもL2キャッシュをオンにすることができなかったんです。(今は数社でユーティリティが用意されるようになりました。)
 これもOSにパッチを当てた外国の方が汎用のユーティリティとして用意してくれたツールによって解決しました。いやいや,1996年生まれのPowerMac8500系のマシンが,ベージュPowerMacG3よりも快適に動作するとは,ちょっと驚きでした。
 次の問題はSCSIまわり。問題は2つあって,1つはMacOS XがSCSIのターミネーションに厳しくなったということ,もう1つはもともと未サポートの機種であるPowerMac7600はSCSIがFastSCSIとSTD-SCSIの2つのバスを独立して持っているということです。
 私の場合,この2つの標準搭載のバスに加えて,Centuryという会社のSCSIカードをPCIに差し込んで使っていましたから,ますます話がややこしいのです。
 まずこのSCSIカードはMacOS Xでは未対応。よってここにMacOS Xで使うデバイスは繋がりません。HDDはこれまで使っていたIBMの9.1GBに加えて,今回はMAXTORの81GBのIDEドライブを購入して,これをCenturyのIDE-SCSI変換キットでSCSIにして,9.1GBにMacOS Xを,81GBは3つのパーティションにわけてMacOS9を入れてみました。
 ところがCD-ROMドライブ(Plextorの40倍速)をつなげると,起動しなくなります。さぁ,困った。私はこの問題の解決に2週間かかったのですが,Fast-SCSIのバスには9.1GBだけを,STD-SCSIのバスには81GBとCD-ROMドライブを繋ぎました。これでなんとか動いています。しかし,バスの速度がボトルネックになって,ドライブ自体の速度が出ていません。調べてみるとSTD-SCSIに繋がった81GBなど,バスの理論値ギリギリの数字が出ています。実に勿体無い話です。しかし,バスを入れ替えると起動しなかったりドライブを認識しなかったりして問題だらけですので,仕方がありません。
 次にMOドライブ。これまで使っていたIBMの初期型はMacOS Xでは未対応のようです。偶然秋葉原で見つけたジャンクの640MBのMO(購入価格12000円)は富士通製なので,そのまま使えるだろうと思って試しましたが,ダメでした。
 ドライブの設定をいろいろいじった結果,SCSIのホストに対して光デバイスではなく,汎用のストレージとして返事をしないとMacOS Xでは認識されないことがわかりました。設定を変更して(とはいえ,このMOドライブはその設定変更もなかなか大変だったのです。ジャンパで出来るわけではなかったのです。),今はきっちり動いています。
 USBについては,USBカードをPCIに差し込んでいますが,マウスやハブについてはすぐに認識して使えるようになりました。しかし,ヤノのPCカードリーダは認識しません。これはこのPCカードリーダがUSBのMassStrageClassではないから(マウスはHumanInterfaceDeviceClassです)ですが,例えばハギワラのスマートメディアリーダはドライバの追加無しで動くという報告があるようです。MassStrageClassで実装されているんでしょうね。
 プリンタは最悪の答えになったものの1つです。私が永年使っているApple純正のLaserWriterSelect300は,速度や印字品質は現在でもまだまで使えるレーザープリンタなのですが,これはシリアル接続のプリンタで,なんとMacOS Xではシリアル接続のプリンタが全部サポートからはずされたようなのです。こうなるともう私の手におえるようなものではありません。悪いことに,Classic環境でも使えないので,このままMacOS Xに移行すればこのプリンタは,粗大ゴミになってしまいます。まだまだ十分使えるのに,非常に勿体無い話です。無論,対応したUSB接続のインクジェットが安く買えることは知っています。しかし,今使っているものに不満がないのに,なにか吹っ切れないものがあるのです。
 MacOS9にブートしなおせば使えます。そんなに何度も使うものではないですから,これでいくしかないなというのが私の今の結論です。
 最後にRAM。G4Cube等でファームウェアをアップデートするとメモリが認識しなくなったという問題がここ数日話題になっているのですが,これはアップデータを出したAppleが,拡張メモリのチェックを非常に厳密に行うようになったことが原因です。思うに,MacOS Xはかなり高度なOSであって,今までなら問題ならなかったようなちょっとした問題でも,OSに深刻なダメージを与えることが懸念されたからではないでしょうか。
 同じことが私の所でも起こっています。MacOS9では問題がなかったメモリですが,MacOS Xにすると起動しなかったり,起動してもフリーズしたりカーネルが落ちたり,アプリケーションが起動しなかったりします。
 問題のあるメモリは特定できたのですが,これを引き抜くとメモリ不足になります。MacOS Xで快適な環境を作るには,少なくとも300MBを超えるメモリが必要なのです。
 悪いことに,PowerMac7600で使っているメモリは168ピンのDIMMですが,5VのFastPageDRAMなのです。128MBのSDRAMが5000円を切る御時世に,64MBが3万円する代物です。私の場合は工夫してなんとか総容量を304MBにする予定でした。
 しかし,前述のようなトラブルが出てしまって,困っていました。不思議なことにさす順番を入れ替えると安定度に変化があるので,うまく動く順番を手探りで見つけていって,これもどうにか動くところまで持っていくことが出来ました。不安定なのは,メモリの問題なのか,OSの問題なのかそれともオーバークロックしたCPUのせいなのか(とはいえ,メモリを少なくしてやれば安定するので,CPUの可能性は低いと思っています。),どうもはっきりしないのですが,ここまでくればあとは微調整の範囲でしょう。
 約1ヶ月間,私のマシンはふたをかぶせることができませんでした。が,今日ようやくきちんとしまうことが出来ます。近年稀に見る手強さでした。あらゆる問題が複合的に起こって,どれもまだ実績がないという状況で,やはり諦めないで頑張ることだけが解決への道でした。
 まだまだ小さいトラブルは残っています。ちょっと関連の掲示板をのぞいてみると,みな同じようなトラブルに引っ掛かっていることがわかります。私も,こうしたMacにとっての歴史的瞬間に当事者として立ち会っていることがむしろ楽しいので,地道に頑張っていこうと思います。
 4月20日にはATOK14が手に入りますし,少しずつ環境も良くなっていくでしょう。早速MacOS X自身のアップデータもリリースされました。マイクロカーネルを持つMachカーネルのUNIXという先進的かつ強力なOSに,優しいユーザーインターフェースをかぶせたOS,MacOS X。原始的なUNIXであるLinuxも,全く新規に開発されたNTカーネルを持つWindows2000も,1つの答えでしょう。
 それぞれに個性があるから面白いわけですが,私はやはりMacOSが好きです。
2001年04月15日 21時29分55秒

CDラックも買いました
 自転車を買った話は昨日書きましたが,実は自転車以外に買ったものがありまして,それがCDラックなのです。
 CDの導入は私が高校生のころの話(それまでLPレコードが普通だった私にとって,CDを聴けるようにすることは一大決心だったのだよ,若人諸君。ちなみに当時のCDの価格は3200円,LPは2800円でした。)
 以来自分の趣味の変化と紆余曲折を共に過ごしたCDの枚数は増えつづけ,現在300枚ちょっとというところになっています。この枚数,私の周りでは少ないほうです。
 寮に入っていた時には部屋が狭いのでCDラックなどという気の利いたものを置くと立って寝ないといけないので泣く泣くCDを平たく山積みにしていたわけですが,これは取り出しにくいばかりか探すのは大変だし山は崩れるし,挙句ケースが重みで割れてしまうんです。
 せっかく広いところに引っ越したのですから,CDラックくらいは買わねばと,2週間前に買いに出かけたのです。
 私は今オーディオ機器をエレクターなるラックに入れているのですが,これにそっくりなCDラックが12000円ほどで売っていたので,これを買うことにしました。
 しかし,売り切れ。次の週に入ってくるというので,とりあえず予約して帰りました。
 取りにいったのがこないだの土曜日で,その日のうちに組み立ててみました。
 枚数的にはぴったりです。かなり大きいラックですが,キャスターつきなので使わないときにはすみっこにやっておけます。
 私はハードロックとジャズの人だと思っていたので,そのつもりで枚数の割り振りをして棚をわけたんですけど,いざ詰め込んでみるとなぜか邦楽のCDがおさまらない。
 なんでだろうなんでだろうと思考錯誤をしているうちに,なぜか全部収まったんですが,気がつくとジャズの棚が1つ減っています。
 つまりですね,気取っていても,実は邦楽のCDがたくさんあったんだということなんです。
 これからは心を入れ替えて,邦楽もいっぱいあるよと隠さずいうようにしたいと思います。
2001年04月03日 14時06分22秒

自転車買いました
 念願の自転車を買いました。
 今まで寮にいた時には自転車を持つ気もなかったのですが,少しゆとりのあるところに引っ越すと,移動手段として自動車だけでは不便を感じるようになっていました。
 特別自転車が好きというわけではないのですが,それでも中学生の時には1日で70km以上走ったりしたことがあるほど,自転車には楽しさを感じる人でした。
 自動車は確かに楽ですが,移動先に車がとめられるところがないと困ります。自転車の場合,よほどのことがない限りそういうことはないでしょう。
 そういうわけで,買った自転車はプジョーのものです。
 いわゆるMTBだと思うのですが,町中を乗る事も楽しく出来ます。
 日曜日に引き取りにいってきたのですが,受け取って漕ぎはじめると,なんと足が届かない。
 自分の足の短さにショックを受けた上に,足がつかないから危なくて仕方がない。
 それで行った先の友人宅で六角レンチを借りてサドルを下げたのですが,足がつく程に下げると格好悪い上に疲れるんですよ。
 おかしいとおもって説明書を見ると,MTBというのは,足がつかないのが正しいのり方なんだそうです。
 足がつかないから危ないので,MTB特有の止り方をマスターしなさいとあります。
 なんでも,サドルからおりて,フレームをまたいでおりるんだそうです。その時,片足はペダルにかけておき,発進の時はその片足を支えにサドルに飛び乗るんです。
 確かに,サドルをあげるとずいぶん楽に走ります。停車も発進も慣れました。
 自転車にしては高価な物を買ったからでしょうけど,随分軽いんですね。リムもアルミだったりするんですよ。これが運動性能に与える影響は大きく,こんなに乗りやすく,スピードにのるのが楽しい自転車は初めてです。
 そんなわけで,昨日は随分走り回ったおかげで,太ももがパンパンです・・・
2001年04月02日 22時51分22秒

MacOS Xを使ってみた
 私がMacintoshを触るようになって,もう10年以上の時間が流れています。その間に,Macintoshはずいぶんと進化してきたなと感じます。
 Macintoshは当時,すばらしく洗練されたユーザーインターフェースを持つことで,ユーザーにとって非常に使いやすい物となったわけですが,一方でそれは開発者にとんでもない苦労を強いることになったのです。
 開発環境の未整備,当時はまだ理解が難しかったオブジェクト指向,少ないメモリとユーザーインターフェースに燗する厳しい規定は,「すばらしく使いやすいが,とんでもなく開発が難しい」世界をMacintoshに招いてしまいました。
 一方Windowsはどうだったかというと,当時のものはMacに比べて遥かに使いにくく,合理的でないところがあったため,ユーザーには大きな歩み寄りを要求しました。でも,開発者はそれほどの苦労をすることもなかったわけです。
 この状況は,Windows95になっても変わりません。むしろ,Windows95の方が洗練され,開発環境がより強力になったことで,ますますMacの世界は開発者に厳しい物になったと言う感じさえします。
 ここではっとするのは,多くの消費者がなぜユーザーにとって使いやすかったはずのMacではなく,開発者に問って有利だったWindowsを選んだのかです。
 答えは昔から言われているように,Macでは一般の消費者がしたいと思うことが,できるソフトがなかったからです。
 前置きが長くなりましたが,MacOS Xです。
 MacOS Xは,もう今さら説明の必要もないでしょうが,それまでのMacOSと違い,中身はUNIXそのものです。
 昔,私がUNIXを中心に使っていたころ,「UNIXにMacのユーザーインターフェースが被ったOSがあると,どんなにすばらしいだろうか」と夢のようなことを考えていた時期がありましたが,なんと新世紀にそれが実現するとは。
 そのUNIXも,今はやりのLinuxやSolarisのようなものではなく,もとはNextSTEPです。Machカーネルを持ち,最も先進的なモダンOSと呼ばれるこのNextSTEPが,MacOSに使われるようになった経緯は,みなさんももう御存じでしょう。
 MacOSの伝統として,直感的な操作感と合理性,そして遊び心があります。UNIXにもWindowsにもない,良き伝統です。
 先日の3月24日,そのMacに革命を起こすはずのMacOS Xが発売になりました。Copland,Rhapsodyと言う具合にことごとく失敗してきたAppleのOS戦略に対する不信感から,本当に出るのかと思っていた私には,まさに感慨深い気持ちでその日を迎えました。品不足も心配されていましたが,当日の午後秋葉原に出かけても,どこにもたくさんの在庫がありました。
 早速インストールです。マシンはPowerMacintoshG3(ベージュ)の300MHzです。メモリは220MBほど入っています。
 パワー不足は明らかですが,とにかく触ってみたいのです。
 CD-ROMドライブがATA Bus1のプライマリでないといけないとか,すんなりインストールができなかったり,インストール後もログインウィンドウが出なかったり環境設定が強制終了したりと問題だらけですが,騙し騙し使っています。
 さて,感想。
 Macintoshは,画面のデザインやフォントから,ある種の子供っぽさがあったと思います。そうですね,小学生くらいまでの子供が持つ,かわいらしさとでもいうんでしょうか。多少わがままでも許して仕舞える,また本人も許されることを期待してしまう,そんな空気がありました。
 MacOS Xは,それが若者に成長したという印象です。物腰が柔らかくなり,相手にあわせることを覚える青年は,しかし遊び心をさらに高等な技術で楽しむようになっています。
 成長の遅いOSなんだなぁと,つくづく思います。まるで人間の様です。Windowsが短期間に成長したことは,そうですね,うまれてすぐに歩き出し,いわゆる文化の継承を時間をかけて行わなくても良い,野生動物のようなものでしょうか。
 速度は遅くなりました。それは成長すると,体重や身長が増えて,食べ物もお金もたくさん必要になるのと同じこと。必要悪でしょう。
 古いアプリケーションは,昔のOSでしか動作しませんから,MacOS9.1をMacOS X上の1つのプロセスとして起動しておき,その上で動かすと言うこともやってます。
 しかし,これがまた非常に良く出来ています。互換性,速度など,全く問題はありません。おかげで,MacOS Xのアプリケーションがほとんどない現状でも,きちんと移行が可能です。
 最初の違和感は,もうどこかへいってしまいました。日常よく使うメールクライアント(私はARINAを使ってます)と,IM(ATOK14です)が,MacOS Xで動くようになることを願っています。
 先進のOSだとか,安定性だとか,カーネルがオープンソースだとか,PPPoEがOSレベルでサポートされたとか,そんなことは私にはどうでもいいとさえ思えます。(そんなことはないんですけどね)それほど,このMacOS X,私にとって非常に気持ちのいいOSであると,感じています。
 まだまだサポートされていない機能やハードウェアがたくさんありますし,アプリケーションも揃ってない。なによりバグだらけで安心して使ってられないという問題もありますが,まぁそれは初物のOSにはつきもの。これから先の10年を支えるOSである以上,そういった成長もある意味楽しみなところです。
 というわけで,なんだか新しいMacが欲しいなぁ・・・PowerBookG4とか・・・いいなぁ,速いだろうなぁ・・・かっこいいなぁ・・・などと思う,今日この頃です。
2001年03月29日 15時18分46秒

古パソ夢の跡
 先日私が引っ越したところは,それまで私が住んでいたところと違って,燃えないゴミの回収が小さな物なら無料です。
 だからというわけではないでしょうが,まるで20年前に戻ったかのような錯覚に陥る程,家電製品が毎週毎週捨てられています。
 今朝も燃えないゴミの日だったのですが,その中に古いパソコンがありました。
 1つはPC-9801LV。NECのPC-9800シリーズが全盛を誇っていたころ,初のラップトップモデルとして登場したマシンです。モノクロのSTN液晶,FDD2機のみでHDDは内蔵できない,CPUはV30の10MHzと,まさにPC-9801VMをラップトップにしたモデルです。
 近年,エミュレータの世界が賑やかで,実機を持つことでのみBIOSの使用権利が発生する(実際のところ本当に発生するのかは意見が別れていて,限り無く黒に誓いグレーだと思いますが・・・)ので,壊れていても実機を持つ意味はないわけではありません。
 しかし,すでに実機を持っている私にはあまり食指を動かされることはありませんでした。
 また歩いていくと,今度は枕型のパソコンが捨てられています。おお,PC-8001mk2です。
 私がパソコンに初めて触れた時に現行機種の1つであった,NECの8ビットパソコンです。名機PC-8001の後継機種として登場しました。
 PC-8001に比べると様々なところが強化されたのですが,ライバルであったFM-7などに比べても見劣りし,下位機種のPC-6001mk2など比べても差がないという中途半端な位置付けで,結局PC-8801という上位機衆が8ビットマシンの王座を手に入れたことは,その後の歴史が明らかにしているところでもあります。
 しかし,価格がリーズナブルであったこともあって,それなりに売れたマシンではあります。
 私自身は,このPC-8001mk2は入手したことはありません。店頭で触ってみてもあまりいい印象がなかったことも影響してるでしょう。しかし,歴史的なマシンであることには変わりはなく,廃棄物として発見した時に,かなり私の心は動きました。
 学制の時なら,迷わず拾っていたことでしょう。しかし,会社へ向かう道中です。引き返すことも時間的に無理ですから,今回はそのまま素通りしたのでした。
 これは,過去の私にはあり得ないことです。PC-8001mk2に対する懐かしい気持ちと同時に,自分が変わってしまったことに対する寂しさも感じた。今日の朝でした。
2001年03月28日 13時00分25秒

ふう
 6000カウント突破,ありがとうございます。
 ここしばらく日誌を書いてなかったので死亡説やら逃亡説やら亡命説やら拉致説やら巷で飛び交って,街の人々は毎日の話題にも事欠かない様子だったようですが,どっこいいつもの毎日を過ごしておりました。
 この日誌は私自身がその時々で何を考え何をしてきたのかということを記録するという,非常につまらない目的で続けてきたことですが,それだけに私の中でのプライオリティが低く,特に時間というより気持ちにゆとりがないと書こうという気持ちも起きないものなのです。
 ですので,決して書く事がなかったから逃げていたということではないので,ファンの方はご安心ください。
 さて,ここひと月のネタです。
 まず,何を置いても引越しです。年齢制限から会社の寮を出ることになった私は,2月中旬に引っ越しました。
 男の一人暮らしで安月給のくせに,なんと6畳の洋室,7.5畳のリビング,4.5畳の和室という3部屋です。確かに家賃は無理をしていますし,部屋数も1つ多いくらいです。ただ,駐車場が安く借りられるので,駐車場込みの相場を考えると普通ではもう1部屋少ない物件しかないと思います。ですから,同じ価格でもう1部屋増えてお得だった,と考えています。
 で,先日実家から念願のアナログプレイヤーを送り,広くなった部屋に持ち込む事が出来ました。マイルス・デイビスの「プラグド・ニッケル」のアナログ盤を手に入れていたので,これをようやく聴けました。
 年末に自作したイコライザアンプは,レンジの広さやスケールの大きさは私の耳には十分だったのですが,非常にノイズが多いのです。そうですね,ダイナミックレンジを簡単に測定をすると40dBほどしかないですね。これではカセットテープなみのレンジの狭さです。スピーカで聴いている限り,あまり気にはならないのですが,ヘッドフォンをすると耳ざわりです。これは失敗策ですね。早急に対策をとる必要があります。
 3月の初旬に,大学時代の友人の結婚式にいってきました。大阪の友達で,新居も大阪になるのですが,嫁さんの希望で実家のある横浜で行われたんですが,大学時代にいつも一緒につるんでいた他の2名はそれぞれ大阪,名古屋から新幹線でやってきました。
 大学卒業以来,始めて顔をあわせる友人もいてそれなりに楽しかったのですが,なんというんでしょうか,私生活まで知らないということが不文律だった間柄でしたので,数時間もするとネタが尽きるようになりました。(別に不仲ということではありません,とても仲良しですよ)
 肝心の結婚式ですが,非常にいい結婚式でした。私は礼服で出たのですが,前回使った祖母の葬式からそのままにしてあったポケットの中の数珠が突然出てきて,私も周りも慌てたりしました。
 披露宴では,抜きうちでスピーチが回ってきまして,酔って真っ赤な顔でおかしな事を口走って帰ってきました。
 先週末は,寝ている部屋が真っ暗で,自光式の時計が欲しかったので,秋葉原の秋月電子で「スクロールクロック」のキットを買ってきました。
 これはですね,10×10の合計100個の発光ダイオードが1つのパッケージに集積されたを表示デバイスを使い,街の電光掲示板のように横方向にスクロールして時刻を表示するものです。
 土曜日に買ってすぐに作ったんですが,ビールを飲みながら作ったのでICを逆に挿してしまいました。圧電スピーカのつながる端子に電源電圧が直接かかってしまったためでしょうけど,音が出なくなってしまいました。
 別にアラームなどあてにしてなかったので構いませんが,肝心の見栄えはいまいち。スクロール速度を落としてもどうも文字が読みにくいのです。おせじにもフォントがいいものだとは思えず,他の数字と見間違えてしまうのです。2000円のキットでしたが,ちょっと期待外れだったような気がします。
 新しい引越し先は1階なので,ベランダがありません。ゆえに柵もないので晴れた日に布団を干すのを断念せざるを得ませんでした。悔しいので洋服をかけるスタンドのようなものを外に出してこれに布団をかけておくことにしました。
 その日は風の強い日だったわけですが,案の定風で倒れてしまいました。布団が泥にまみれたので,シーツをはずして洗濯し,スタンドを錘で固定しておいたのですが,また強風でダウン。今度は本当に布団まで汚れてしまいました。
 失敗の原因は,スタンドについていたキャスター。こいつがあることで重心が高く,不安定になっていたわけです。それでキャスターをはずすとびくともしません。これで布団を干すのも心配なくなりました。
 てなわけで,ここ1ヶ月ほどを振り返ってみたわけですが,実はいろいろ書きたいことも山積みです。MacOS Xを導入したことや自転車を買ったこと,iBookがこわれてしまったことなど,本当にいろいろあるので,これからは少しずつ書いていこうと思います。
 これからもどうぞ,よろしくお付き合いください。
2001年03月27日 22時00分04秒

訃報
 実は,年齢制限から会社の独身寮を出なければならなくなっていまして,そのために物件探しやら手続きやら引っ越し業者の手配やらに追われ,この2週間ほど非常に忙しかったのです。
 さらに先週の末には引っ越しをすませ,この連休は大変な思いをしました。
 初日にはシャワーの蛇口が壊れて水が噴き出し,照明器具を買いに行こうと車に乗ればエンジンがかからずJAFを呼ぶ始末。
 やっと一息付けると思った夜には,弁当を床の上にひっくり返すし,朝起きてみればダニと思われる虫さされが体中に出来てかゆいかゆい。
 てんやわんやの状態だったのですが,そんな中,とてもとても悲しいことがありました。
 高校の時の級友たちと昨年の5月に再会を果たし,それを契機に私がホームページを立ち上げて,みんなが集まる場にしようという話は,昔ここにも書いたことがありました。
 あと3ヶ月ほどで1周年を迎えるというところで,無事に21世紀も迎えられてほっとしていたわけですが,1週間ほど前,訃報が掲示板に書き込まれていました。
 同い年の女性です。今はデザイナーを仕事としています。高校生の時から,絵をとてもうまく,文化祭の立て看板なども彼女の制作でした。
 明るく快活で,非常に賢い女性だっただけに,彼女に悪い印象を持つ級友は皆無であろうと思います。
 非常に健康そうにしていただけに,その突然の知らせには,私は事態が飲み込めませんでした。
 数人の書き込みを読むと,原因は結局わからないということ。事故?病気?でも,それを知ることそのものに,どれほどの意味があるのでしょうか。
 とても悲しい気分で,掲示板の過去の書き込みを一通り読んでみると,頻繁に書き込んでくれています。
 特に,婚約者との結婚を,今年の2月頃にしたいなという書き込みがあったところで,私は言葉を失いました。
 今,ちょうど2月。お葬式に出た人間の話では,婚約者の指に,指輪が光っていたとのことです。
 なんということでしょうか。
 夢も希望も未来もある若い人が,志半ばで命を落とす。私がその立場なら無念で無念で仕方がないことと思います。
 そして一方で,残された人間の立場になって考えてみても,その悔しさに胸が詰まります。
 こんな形で,お別れしなければならなくなってしまいました。取り返しのつかないことなんだなと思えば思うほど,気持ちが沈んできます。
 後少しでホームページ開設1周年。それまでに仲間を失ったことは,非常に残念なことでした。
2001年02月14日 20時51分17秒

頑張れセガ
 火のないところに煙は立たぬ,とはよく言ったもので,まったく可能性がないことについて,噂が立つことはなかなかないですね。
 今回の,セガのドリームキャスト製造中止の話というのは,予兆として年末からの一連の噂,任天堂との合併,あるいはソフト供給といった結果としてのガセネタがあって,今になってそれが「しかるべき機関」によって正式決定したものだと,思います。
 セガという会社が,非常に優秀なソフト開発能力を持ちつつも,大きな赤字を出していたのは,昔からセガ信者を惹き付けてはなさない「商売下手」な要素が,非常に大きかったんではないかと思います。
 勝てば官軍という言葉通り,敗北を認めたセガが今までにとって来た対策は,いかなるものも敗者の理論でしょう。
 ただ,私が思うのは,被害を大きくした1つの要因として,20年近く家庭用ゲーム機をやり続けた老舗の意地と,そして次こそ業界の覇者になるという決意だったんではないかと思います。
 セガほど起死回生という言葉が好きな会社もなかったでしょう。ファミコンに敗れ,スーパーファミコンに敗れ,プレイステーションに敗れ,ゲームボーイに敗れ,普通の会社ならとても出来ないような,粘りがありました。
 それはひとえに,アーケード部門の高収益に支えられていたということでしょう。
 現実は厳しいです。アーケード業界の冷え込みは非常に深刻で,これも最近ようやく収益が改善されてきたとはいえ,一種の設備産業ですから負担が大きくなることは否めないところです。
 そこへ,ゲームビジネスのビジネスモデルの変化が追い打ちをかけます。
 ハードは赤字でも構わない,その分ソフトが売れれば全体として儲かるという,ソフトオリエンテッドな考え方は,10年前は最先端の商売でした。
 いい物は売れる時代が過ぎ,いいものでも売れないこの世の中,ゲームというなくても困らない,でも非常に高価な品物が,そんなたくさん売れるはずもなく,そんな幻想がようやく虚像であったことを,知ることになったわけです。
 そういう時代があったときに,ゲーム業界は大きくなりすぎました。膨大な資金,頭数としての大人数,動画の垂れ流しによる記憶媒体の増大など,ゲームの本質をゆがめてしまう変化が確実に起きて,数が出ないと儲からないという,巨大資本でのみ成立する半導体産業のような世界になってしまったのです。
 これらが売れねばどういうことになるか。つまり,ハードウェアを持つこと,いわゆるプラットフォームホルダーというのは,それだけ体力のいる立場であるということなのです。
 セガは,前述のような意地のせいで,自分の身の丈が見えてなかったところもあるでしょう。宣伝も下手ですし,そういったノウハウや体力は,20年やってきた老舗でも,なかなか手に入らないものだったわけです。
 ハードウェアのエンジニアをやってる私としては,セガのハードはいつも結果として1世代遅れたものになってるという印象があります。
 これは,単純に遅れているということではありません。セガのハード設計のスタンスは,その時代に存在するゲームマシンの延長線上にあるものとして,最高性能を発揮するように設計されているので,その意味において非常に意欲的です。
 しかし,他の会社から出る新概念のハードウェアが出ることで,一気に陳腐化するんですね。
 延長線上では最高性能だが,すぐにそれが役に立たなくなる。変化を好まない保守的な人間にとって,その延長線上の最高性能は非常に魅力的で,そこがまたマニア層と呼ばれる人々に強くアピールする。
 そんな悪循環も,あったような気がします。
 私も体感ゲーム世代の人間で,メガドライブに青春をかけた男です。セガにはずっとついていってました。それだけに非常に残念な結論ではありましたが,それはそれでいいと思ってます。むしろ喜ばしいかも知れません。
 金のかかるプラットフォームホルダーにはならずとも,そのテイストが楽しめることこそ重要なのです。ハードウェアで天下を取って,それでどうする,私はそう考えています。
 幸いにしてSCEは好意的ですね。今後に期待しましょう。
2001年02月01日 17時08分51秒

復活
 いやいや,長い間ご無沙汰しておりました。年末31日から全く更新されておらず,ひょっとするとG-SHOESは年を越せなかったんではないかと邪推された方もいらっしゃったと思いますが,そんなことはありません。こうして立派に生きております。
 ただ,年末からものすごく忙しく,気持ちのゆとりがないとかけない日誌というのは,なかなか更新する機会を失うものです。
 と,いいわけはこのくらいにして,とにかく年末からこっち,いろいろな事がありました。全部書きたいところなのですが,それも大変なので一部だけにします。
 まずトップニュースは,私G-SHOESの物理アドレスが変わります。といってもここのURLが変わるとかそういううれしい話ではなくて,私個人が引っ越すと言うだけのことです。
 今私は会社の寮にいます。ここはとても狭く,ウナギ部屋と揶揄されることもしばしばなわけですが,そんな寮でも一応規則上,年齢制限がありまして,私の退寮期限が今年の4月となっていたのです。
 そもそも保守的で,狩りをする遊牧民よりは定住を始めた農耕民族を先祖の持つこと疑いなしの私としては,引っ越しなるものがとにかく嫌いでして,物件探しから家賃という形の出費や近隣の住民とのつき合い,引っ越し業者の手配から荷造り・荷ほどき,役所まわりなど,もうとにかく面倒面倒で。
 物件探しは先週の日曜日に済ませたのですが,引っ越し業者を決めて届いた箱に,早速本類を詰めることにしたんです。
 2トン車の荷台の面積よりも少しだけ大きい面積の部屋に入っているものが,2トン車に載らないわけもなかろうという話になってもらった箱を,すでに半分使い切ってしまったのですが,一切荷物が減っていません。一体どこに入っていたんだと思う一方で,高密度パッケージング技術の高さを自画自賛した次第です。
 んなことはどうでもよかったですね。えとですね,寮にいると,宅急便の受け取りをやってくれます。そこで買うなら今しかないとばかりに,念願の液晶モニタを買いました。
 8年ほど前から14インチCRTの名機,GVM-1400というソニーのモニタを,テレビと兼用で使っていましたが,XGAに対応しないということで現在はテレビ(というかビデオモニタ)としか使ってませんでした。
 ところがそのGVM,きーんとおかしな音を立てるようになったんです。テレビの異音は怖いです。ぼんとかぱしゅっとか,音も臭いもすごいですが,やっぱり恐ろしいのは見る見るゆがんでゆく画面が,ビジュアル的にも恐ろしさを倍増します。
 てなわけで,消費電力や接地面積を考えると,少々高くついても液晶モニタがいいなと考えて,年末からいろいろ探していました。
 三菱の型落ち品が9万円くらいでたたき売られているのでそれにしようかとも思いましたが,これ,あまり綺麗な絵が出ないんですね。色も悪いんですよ。階調が出てないという印象です。
 そこで現行機種に目を向けると,大体12万円くらいになる。高いなぁと思っているところで,kakaku.comで調べてみると,シャープのLL-M1500という機種が10万円を切っているんですね。即決。購入。液晶でシャープなら,少なくとも悪いものではないだろうと言う,一種のブランド買いですね。
 Macをつないで見たところ,これはかなり綺麗です。ブラウン管はもう必要ないかもしれません。確かに階調が出にくいというのは確かです。とはいえなかなかもの。普通の作業にはなんら問題はありません。
 ビデオ入力やテレビは,ちょっといまいちかなと思います。特に青が出にくいんですね。青を出そうとすると他が濃くなったりするんで,調整が難しいですね。
 あと,どうしてもエッジが丸くなる。GVMがいいシャープネスを持っていたので,これは目が慣れるまでは大変でしょう。調整でシャープにすることも出来ますが,そうするとどうしてもエッジが白くなりますんで,かえって見にくくなります。
 15インチの液晶は14インチのブラウン管よりはずっと広いので,テレビは見やすくなりました。
 しかし,なにより置き場所が少なくていいというのがすばらしいです。奥行きがないので,キーボードの手前にスペースが出来るようになったんで,非常に快適です。視野角も随分広くなっているんですね,今の液晶というのは。大した物です。
 高い買い物でしたが,これはなかなか満足ですよ。
 てなわけで,久々の更新でしたが,今後もどうぞよろしくお願いします。
 
2001年01月22日 12時58分31秒