今年の7月頃に,K&Rという会社のイコライザアンプキットを作ったことを書きました。このイコライザはおかしな味付けをせず,何も足さず何も引かずを設計思想に持って生まれたのですが,そのせいか解像度も高く,一方で大変にソリッドな音がするものでした。
それまで私が使っていたイコライザは中域に特徴があり,ボーカルにふくよかさ加味される反面で奥行き感や解像感が薄いものでした。これはこれでいいんですが,性能としてどちらが上ですか,と言われれば,間違いなくK&Rのものになると思います。
それで,その第二弾として,MCヘッドアンプが新発売になったというので,早速買ってみました。キットで9800円。イコライザアンプに比べちょっとお高くなってはいますが,ギリギリ4桁に収まっています。
私がMCカートリッジを使う場合は,このイコライザに昇圧トランスを使っています。ノグチトランスで安売りされていたもので,タムラのものです。
安かったのですが個人的にはなんの不満もなく,MCカートリッジらしいさわやかな音を出してくれていました。ちょっと高域でだれてしまうのと,低域に粘りがないのが気になっていましたが,まあそれも個性です。
ヘッドアンプに対しては悪いイメージしかなくて,半導体である以上ホワイトノイズの発生は避けられません。0.3mVを増幅するアンプですから,どうしたって「サー」というノイズが聞こえてしまいます。
トランスはこうした雑音を発生する仕組みはありません。だから昇圧トランスを始めて使った時に,全くノイズが増えずに静寂の中でMCカートリッジが動いたときには,ちょっとしか感動を味わいました。
ですが,キットの説明には,計装アンプSSM2019を用いたこと,抵抗には超高精度な薄膜抵抗が使われているとあります。なるほど,それで9800円もするわけですね。
ここで普通のOP-AMPなんかを使ってしまうと,オフセットやらノイズやら歪みやらで,これまで通りの普通のヘッドアンプになってしまうのですが,計装アンプを用いたあたりに「おっ」と思わせるものがあります。
私は知らなかったのですが,このSSM2019はプロ用の録音機材などにも使われている,音響用としてもよく知られた存在なんだそうで,そういうことならなお安心です。
ということで,計装アンプと薄膜抵抗という,私にとって未知の部品を使ったヘッドアンプを,早速試してみたくなったわけです。
部品点数も少なく,組み立てやすさはイコライザ以上です。しかし前作同様に基板はしっかりとしたガラスエポキシに金メッキ,抵抗はすべて金属皮膜で温度特性まで管理されています。
コンデンサは今回はあまり重要な部品ではないのですが,それでも音質を気にしたと思われるフィルムコンデンサと音響用電解コンデンサがきちんと使われています。相変わらず部品選びからいい仕事しています。
ちょっと気になったのは,MM用に信号をスルーするために用意されたリレーです。リレーを使ってヘッドアンプをバイパスする仕組みは結構なのですが,このリレーの素性が今ひとつ分かりません。微少信号を扱う訳ですから,それなりに気にしないといけないと思うのですが,そこら辺で見かける普通のリレーのように見えます。
電源はイコライザと同じ±15Vです。大した電流ではないので,出来ればイコライザと同じケースにおさめて,共用にすると楽ですね。(楽をすることはオーディオの瀬愛では御法度とされています・・・)
ついでにリレーのコイルの電源も,この電源で動かします。本当は別電源にした方がいいんですが,面倒なので共用します。
基板が完成して,組み込みを検討する時になって,イコライザのケースを開けると,もうすでにいっぱいで,ヘッドアンプを組み込むスペースなどなさそうです。まして電源まで内蔵したので,トランスからの漏洩磁束が誘導するともう手が付けられません。
ここで引き下がってしまうと面白くないので,なんとか押し込むことを考えます。
ヘッドアンプの入力側は特に入力レベルが小さいですから,出来るだけ配線を短くし,トランスから離します。そうるすと出力側がトランスに近くなりますが,インピーダンスも低いですし,5mV程度ですので,なんとかなるでしょう。
とにかく出来るだけ距離を稼ぐため,イコライザの基板から40mm程浮かせて,天板の真下あたりに配置します。
ここで,MMとMCを切り替えるスイッチをパネルに取り付けてしまうと,もしどうしても漏洩磁束が防ぎきれず,別ケースにする場合に穴が開いたままになるので,まずはバラックの状態で試してみます。
・・・やはり結構のりますね。入力側は大丈夫なのですが,ヘッドアンプの出力(つまりイコライザの入力)にかなりのっているようで,配線を動かすだけで「ブーン」というハムの量が大きく変化します。
しかし,ほとんど無音に出来るポイントが見つかったので,この距離でもなんとか防げることがわかりました。妙な自信に後押しされて,パネルにもう1つ穴を開け,スイッチを取り付けます。もうこれで後戻りは出来ません。
漏洩磁束の対策に効果があるのは,なんと言っても磁気シールドです。薄い物でも構わないので,ステンレスの板でトランスを囲ってしまうと,ぴしっと誘導がなくなります。
手持ちのステンレスの板を曲げてシールドを行って試すと,もう配線の取り回しでハムが変化したりしません。いい感じで押さえ込めているようです。
ただし,それでもハムがのっています。左右でアンバランスなのり方をしているので,配線長の違いなどが原因なんだろうと思います。
ステンレスの小さい板であちこちを遮蔽しても変化がないので,これは漏洩磁束によるものではなさそうです。GNDからの回り込みか,静電誘導によるものでしょう。
銅箔テープでリレーを包んで見ましたがあまり変化はありません。GNDからの回り込みについても,いろいろ試しましたがあまり効果がなく,結構現状で諦めました。
確かにハムはありますが,普通にレコードを聴いていると,スクラッチノイズによってうもれてしまう程度ですので,もうこれでよいことにします。たぶんイコライザ単体でもこれくらいのハムは出ていたはずですし。
さて,組み込みも終わり,評価です。
まず,ノイズはやっぱりありますね。MMからMCに切り替えると,途端に「サー」というノイズが耳に付きます。これだけ大きいと目立つだろうなあと覚悟をしていましたが,針を降ろしてみるみると,気にならなくなりました。
曲間で目立つかと思いましたが,それも気になりません。この心配は消えました。
次に音です。
音は実に好感触。解像感が素晴らしく,奥行きがあります。また,すべての帯域がフラットで,かつ信号レベルによる特性変化が少ないらしく,エネルギーに偏りを感じません。従って大変に素直な印象があります。
いかにも広帯域,低歪みなアンプらしく,高域には雑味がなく,透明度が高いです。しかもよく伸びます。よく伸びるなあと思ったところからさらにもう一発伸びるので,思わず背筋も一緒に伸びてしまいます。
DL103は実はこういう音を出していたのか,と新しい発見にうれしくなった私は,とっかえひっかえ様々なレコードを試してみましたが,どれも同じような素直な傾向を示しています。
設計思想がイコライザと共通しているというのは実に好感が持てることで,設計者が揺るぎない信念で設計を行っている証拠だと,私は高く評価をしています。
シンプルな回路,吟味した部品,新しい半導体,そして揺るぎない設計思想から生まれる素直で解像度の高い音に,最近の半導体アンプはすごいなあと感心しました。
私の知るヘッドアンプは,半導体で構成するにはもうギリギリのところで,ノイズも直線性もかなりの妥協を強いているように感じたものです。無理にイコライザのゲインを上げた物も世の中にありますが,そもそも低インピーダンス,極小電圧のMCカートリッジから出てくる信号を扱うのに,従来と同じ「音響用」の回路では限界があると思っていました。
しかし,世の中にはMCカートリッジ以上に少ない出力しか持たないセンサがあるわけで,それらを使って制御を行う産業機器は,音響の世界以上にシビアでないとうまく動きません。
そうした用途に使われる計装アンプをMCヘッドアンプに持ち込んで,しかも音響用に流用して定評のある部品をきちんと使いこなすというのは,なかなか技術力が必要なはずです。
設計者を,ただのエフェクタ屋さんと思っていましたが,それは大きな間違いだったようです。イコライザアンプの時も「いい仕事してるなあ」と思いましたが,今回のヘッドアンプは「プロだ」と唸らせる仕事でした。
ヘッドアンプはすでに計装アンプです。生半可な気持ちで取り組むと大失敗します。とてもいいキットですし,価格以上の価値があると思うのですが,扱いの難しさゆえに万人にお勧めできるものではありません。
私はギリギリ失敗せずにすんだというところでしょうが,まだまだ不満があります。責めてハムは片付けたいところです。
しかしながら,アナログの世界は面白いですね。手をかければかけるだけ,音が変わっていきます。悪くもなり,よくもなり,同じソースから新しい音が取り出せます。
今回のヘッドアンプは,かなりの情報量をレコードから引き出していると思うのですが,そう考えるとレコードというのは非常に寿命の長いメディア,フォーマットであるとつくづく思います。
amazonでもアナログレコードのコーナーが出来たようですし,個人的には今が一番アナログを楽しめているなあと,思います。