左手の中指の先端を,もう少しで切り落としてしまうところだったD-70の修理作業ですが,ようやく傷も癒えてきたので,再開することにしました。
ベロシティのおかしいキーがある,その原因はキー自身にあった,よって新品に交換すると直るはず,というのが前回までのあらすじだったわけですが,接着剤の溶け出し対策を自分行った交換用の黒鍵が用意できたこともあり,さくっと交換,組み立てて終わりにしようと考えました。
・・・甘かったです。まさかここまではまるとは。
意気揚々とキーボードを組み立てて,自信満々でテストをしてみると,ある特定のキーで音が出ません。どうしてだろうとキーを外して,ゴム接点を直接押してみると先に接触する接点が反応していないようです。
以前も書きましたが,D-70の場合はキーベロシティを検出するのに,1つのキーの中に2つの接点を仕込んだゴムキーを使います。2つの接点は順番に接触するように作られていて,1つ目が接触してから2つめが接触するまでの時間を計れば,ベロシティが測定出来るという仕組みです。
1つめの接点だけを接触させれば最低の,1つめと2つめを同時に押せば最高のベロシティが計測されるわけですが,今回問題となったキーは,1つめの接点を押しても音が出ません。2つめの接点を押せばベロシティ最強で音が出ます。
以前の修理で,溶けた接着剤がキーボードのフレキシブル基板を溶かしまい,ある1つのキーで同様の症状が出たことがありました。この時はさすがにあきらめそうになったのですが,結局面実装のダイオードに被せてあった樹脂をほじくって,ダイオードの足に直接ハンダを付け,リード線で中継基板に持ってくるという無茶っぷりで修理をしました。
同じ話だろうと,今回も該当するキーのダイオードの足までほじくり,リード線をハンダ付けします。
思えばこれが失敗の原因だったのですが,どこが接触不良を起こしているかをちゃんと確認しないでこんな後戻りできない処置を行うのは,本当に無謀です。
確かに問題のキーは直りました。しかし,他のキーにも同様の問題が出ていることがわかったのです。同じように片っ端からほじくって直していきます。確かに端っこから8つまでのキーは,完璧になりました。しかし,9つめのキーから,また音が出ていないものが現れます。
キーは8つごとにまとめられており,キーマトリクスを構成しています。前回の故障はキーフレキの故障によるキー単独の不良でしたが,今回は8つごとですので,キーから後ろ,中継基板までの間で起こっていることになります。
しかも悪いことに,ほじくって熱をかけたダイオードは,フレキとの接触を維持できていない上,パターンも切断されている箇所があります。本当に余計なことをしてしまったわけです。
では原因はどこだと見てみると,キーフレキと中継基板を繋ぐ,コネクタが付いた別のフレキがあやしいようです。このフレキとキーフレキとは,透明なプラスチックで押さえて接触させてあるように見えたので,指でぐいぐい押して,接触を確保しようとします。
ところが悪化。8連続で音が出ないゾーンが出来るなど,余計に接触が悪くなったようです。
単純な接触なら,アルコールで掃除すると復活するので,この部分を分解してみることにしたのですが,ペリペリという何かが剥がれたような音がします。
接点をよく見ると,黒いカーボンの塗料が剥がれて,銀のパターンがあらわになっています。どうやら,黒いカーボンを導電性の接着剤にして,2つのフレキを電気的・物理的に接合してあったようです。
剥がれてしまったものは,もう元には戻せません。かといって手元に導電性の接着剤などありませんから,なにか他の方法を考えねば・・・安易な検討が招いた結果に動揺しつつ,必死に対策を考えます。
考えた方法は,中継基板用に向かうフレキのパターンに合わせた形で銅箔テープを貼り,これをキーフレキの接点に圧着するという方法です。銅箔テープを使えばそこにハンダ付けが出来ますので,私の得意技を封じることは出来ません。
問題は圧着です。幅が5cm程,全部で16の端子がある接点をきっちり押さえ込むのは難しいのですが,0.8mmのステンレスの板を弓のように湾曲させ,これを押し当てるように両端をビス留めします。
うまく締め付けトルクを調整しないと,均等に力がかからないので調整が難しいのと,調整後はダブルナットでゆるみを防止する必要もあるでしょう。
この方法で仮組みしてテストをしますと,一応音は出るようになったみたいです。しかし,ダイオードの足をほじくってハンダ付けを行ったときにパターンを壊したみたいで,8つおきに音のでないキーが3つほどありました。これはもうあきらめて,すべてのダイオードの足をほじくってハンダ付けします。これでテストをすると,一応全部のキーの音が出ています。よかった。
嬉々としてキーボードユニットを本体に組み付けてみますが,ここでテストをすると,最低音域の8つと,そこから2オクターブ行ったところの8つのキーのベロシティが最強になっています。
しかも,どういうわけだか作業中にSRAMの内容がぶっ飛んだらしく,電源を入れると「No RAM Card! 」とメッセージが出てきます。EXITボタンを連打して通常の画面が出てくると,文字化けの嵐です。メモリも消え去ってしまいました。
いやー,本当にがっかりです。この時すでに夜の11時。もうがっくりと力が抜けてしまいました。これまでの8時間は一体何だったのか・・・フレキの破損はモグラ叩きで,1つ直せば次がまた壊れる,こんなことを繰り返していても,もう絶対に直せない・・・その上メモリまで消えるとは。
もう修理はあきらめて,寿命が尽きたとして捨ててしまうかと思いました。
しかし,いかにデジタルくさい音とはいえ,個性の強い音を持つD-70です。ベルやチャイム系,パッド系,そしてJupiter8を模したとされるストリングスの音は,ちょっと手放すのが惜しい,私の原点です。
寝る前に,メモリの初期化だけやってみようと,8キーを押しながら電源を入れます。初期化するかと聞かれたので「本当にサヨウナラだな」と思いながらENTERキーを押すと,いつもの起動画面が出てきました。
しかし,完全初期化されたため,すべてのパッチやトーンが消えています。そればかりか,システム系の設定も全滅で,全く音が出てきません。
デモプレイの音は出るので,オーディオ系は大丈夫ですが,とにかくキーを押して音が出るようにならないと話になりません。
RAMカードを差し込んでみると,自分の作った音は再現できそうです。しかし相変わらず音は出ません。システム設定を見てみると,ローカルオフになっていたことが判明,これをオンにすることで,とりあえず音が出るようになりました。
しかし,今度は最低音域で音が出なくなっています。もちろん2オクターブ上の8つは最強で出てくる事に変わりはありません。
そこで,キーフレキを押さえているステンレスのバネ圧を調整するため,ビスを回してみます。最低音域で音が出るようにすると,なんとベロシティが有効になっています。気をよくしてもう少し調整すると,今度は全部のキーでベロシティが有効になりました。
しかし微妙な調整です。少し緩んでも締めても誤動作します。こんな信頼性の低い状態ではどうにもならないなあと思いつつ,それでも一時的とはいえ全システムが正常になったということは,頑張ればここまで到達できるというゴールが見えたことと同じです。
なんだかうれしくて,涙が出そうになりました。
立てかけてあったD-70を床に置いて,RAMカードに入れてある自作のストリングスやエレピを少し弾いてみました。うん,違和感はありません。狙ったベロシティで音が出てきます。なんと心地よいことか。
解決しないと行けない問題は,まずファクトリープリセットの再現です。私はD-70は,自分でいじった音はRAMカードに入れてあり,基本的にプリセットの編集を直接行う事はしませんでした。
一部うっかり上書きしたものとかありますが,ファクトリープリセットを戻すことがとにかく先決です。これについては,海外のサイトに初期状態に戻すデータを見つけました。システムエクスクルーシブメッセージで送信するのですが,MIDIシーケンサーから用意しないといけないので,ちょっと手間がかかりそうです。
キーの問題は,時間が経過するとステンレスのバネも馴染んでくるでしょうから,その段階でもう一度調整を行ってネジロックをし,組み上げようとおもいます。
はっきりいって,もうライブには持ち出せません。こんな信頼性の低い機器を使うのは恐ろしいくらいですが,購入から5年間は毎日毎日弾き,毎週のようにスタジオに持ち出した相棒ですから,簡単に捨ててしまうのも心が痛みます。
いっそのこと内部の基板を2Uのケースに入れてラックマウントにすることも考えましたが,やっぱり鍵盤があってのD-70ですから,やれるところまで頑張ってみる事にします。
参考までに,キーのウェイトを固定する接着剤が溶け出す大問題は,D-70/VK-1000/JV-80/JV-1000/U-20/JD-800で発生するそうです。対策品は接着剤が黒色で,ピンク色のものは未対策です。なんか,結構高価なキーボードが多く含まれているように思えるのですが・・・
ローランドはこの問題を修理対応で処理したようで,修理に出すと部品代は無料,技術料の1万円弱で交換されたようです。私も知っていればそうしたのですが,何万円もかけて修理するのは中古の価格の方が安いという話から躊躇し,修理でまさか対策品になるとは思ってなかったこと,それに接着剤が溶けるだけならなんとか自分で出来るだろうと思ったことで,もう修理に出せない状況になってしまいました。
板バネを使ったキーもいまいち感触が悪く,D-70の不満な点でしたが,同じ構造はJD-800でも使われており,JD-800があっという間に世の中から消えた事も頷けます。
私のD-70は,すでに5,6箇所のタッピングビスがなめています。特にキーの横にあるプラスチックの部品に立ててあるボスなどは完全に割れていて,ビスがほとんどとまりません。
ただでさえ76鍵という長い鍵盤ですから,ねじりにも弱いはずで,こうした強度不足は実に不安です。それに内部の部品も劣化が進み,あらゆる部分が危うい状況です。
満身創痍とはまさにこのこと。もうあちこちから悲鳴が聞こえるD-70を見ていると,もっと長持ちして欲しいなあと心から思います。
実は,私が気に入って使っている学習リモコンも,フレキが壊れて使い物にならなくなりました。D-70もフレキのトラブルでこんな状態です。フレキはほぼカスタム品ですから,壊れていても汎用品に交換出来ません。修理はハンダ付けが出来ないので実質的に不可能です。
こんな危ういものが,案外寿命が短く,簡単に壊れてしまいます。同じように故障すると手が出せないものに半導体がありますが,半導体は滅多に壊れませんから,簡単に壊れてしまうフレキとは別次元です。
MiniMoogは30年でも生き続けますが,おそらく80年代後半から90年代のシンセサイザーは,10年くらいでだめになるでしょう。それが果たして楽器と呼べるのか。シンセサイザーがようやく「楽器」として認められた世の中にあって,新しいシンセサイザーほど作り手側が楽器として扱っていないんじゃないのかと,そんな風に感じました。