以前から圧力鍋には興味がありました。
いや,料理が趣味とか,そんなことは全くありません。
そもそも男の子はですね,いくつになっても「高温高圧」とか「エネルギー充填」とか「爆発」とか「臨界点突破」とか「チェレンコフ光」とか好きなわけです。そんな中で圧力鍋というのは賢い奥様の強い味方である前に,ワクワクするような実験用具なのです。
結果として(あくまで結果として)その「高温高圧」が,お肉が柔らかくなるとか,カボチャに5分で火が通るとか,極めて平和的に利用されることに,科学の勝利を確信するのです。
圧力鍋は,今はなき名著「エピソード科学史」によると,1679年にフックの助手だったフランス人のパパンという人が発明した鍋で,当時はsteam digesterと言われていました。圧力をかけると沸点が上がるという理屈を応用した鍋で,訳あってイギリスで活動していた彼の発明品をチャールズ二世は「科学の鍋」と絶賛したとのことです。
面白いのは,それまで普通では食べることの出来なかったものをおいしく調理できるようになったこの鍋を,自らの著作でレシピ付きで紹介しているのですが,どんなにおいしく出来るか興味のある人は,王立協会まで食べにきてください,と書いてあるんですね。どれだけの人が行ったか知りませんが,サロン文化華やかな時代でもあり,パパン主催の夕食会には著名な人もたくさん招かれて好評だったということですので,科学と料理が結びついた事がいかに実利の伴うものであったかを,当時の人も知ったことでしょう。
で,私の場合,電磁調理器が1つしかありません。コトコトと煮物をすると,ご飯すら炊けない(私は炊飯器は故障して以降完全に廃止しました)という有様です。これはさすがに不便なので,どうしても先にご飯を炊き,蒸らしている15分で出来るおかずしか作ることが出来ません。
てなわけで,料理時間が短縮される圧力鍋は是非欲しかったのですが,2万円以上するという固定観念があり,なかなか機会に恵まれませんでした。ところが最近は安いんですね。アルミ製のものなら1000円からあるとか。それって安全なんか?と思うわけですが,先日の友人の結婚式でもらったカタログギフトに,小型の圧力鍋が載っており,これはよい機会だとお願いすることにしました。
届いたのはワンダーシェフという会社のロタというシリーズで,2.5Lのものです。普通は付いているとされるスノコなども同梱されていません。この会社のホームページを見ても同じ製品は見つかりませんので,絶版品かカタログギフト用の特別品なんでしょう。
このカタログギフトの他の製品から想像すると,この圧力鍋の大体の価格もわかろうというものですが,そういう野暮なことはしないのが男です。
早速,ジャガイモを茹でてみることにします。ジャガイモ4個を半分に切り,水にさらしてさっとアクを抜いて,カップ2杯の水と大さじ3杯の醤油,大さじ2杯のみりんにほんだし(この辺がすごい手抜き)を投入し,フタをしてIHのスイッチを入れます。
この圧力鍋は,最初に取っ手側の「フロート式安全装置」なる弁から蒸気が出始め,圧力が上がってくると弁が閉じ,圧力が上がり始めます。

圧力が上がってくると今度はおもりでふさがれていた穴が開いて蒸気が漏れるようになり,圧力が一定に保たれます。ここで火を止めてもおもりのおかげで鍋は密封されて圧力を保ち,さらに調理が進みます。そして冷めて圧力が下がると,先程のフロート式安全装置がカチャンと落ちて,弁が開きます。
実はこのフロート式安全装置,弁が閉じている間はフタを開ける事が出来ないようにロックをかけます。だから安全装置というのですね。
ところが,15分待っても,このフロート式安全装置が閉じてくれません。圧力が上がってないのかも知れませんが,蒸気が漏れているんだから当たり前でしょう。かなりグツグツと煮込んでしまい,これだけ強火で煮れば普通に煮ても食べられるよなあ,と思いつつ,心配になって箸でフロートをツンツンと突いてみると,「かちゃっ」と弁が閉じました。びっくりしました。
そして圧力が上がると,おもりが浮いてシューシューと蒸気が抜けていきます。圧力は無事に上がったようです。
ここから5分ほど加熱(実は3分ほどでよかったらしい),そして火を止めます。ここから10分ほど放置すれば,もうほくほくのジャガイモが食べられるといういうわけです。
安心した私は部屋から出たのですが,やっぱり念のため3分後に様子を見に行くと,すでにフロート式安全装置が下りていて,圧力が抜けていました。
へ,こんなもんなの,圧力鍋というのは?
びっくりしてふたを開けてみると,そこにあるはずのジャガイモは,わずか3かけらになっていました。あとは全部崩れて,溶けていました。
形に残っているジャガイモも,箸で挟むとボロボロと崩れていきます。そりゃそうですね,15分も強火で煮込んだあげく,5分も加圧しているわけですから。
しかし,結局ジャガイモを茹でるのに20分も使ったわけで,圧力鍋のメリットなど何にもありません。私の頭は?が渦巻いていました。圧力鍋とはこのくらいのことでチャールズ二世に絶賛されたのか?
そこで実験です。
この説明書には,細かい文字でいろいろと書かれているのですが,どうも理屈っぽくて途中で読む気がなくなる,不思議な説明書です。人のことは言えませんが。
1.~は禁止,2.~も禁止,3.~は1.に違反するので禁止,4.~も1.と2.に違反するので禁止,てな具合です。3.と4.の禁止の理由が1.と2.に違反と言われてもこっちはしったことではありませんし,普通に3.も4.も禁止としておけばいいだけのことなのに・・・
さらに,正常な状態の時の動作と,それぞれの時間についても,わかりやすく書いてありません。結局,不良なのか故障なのか正常なのかを判定する方法が見あたらないのです。
実際に水を入れて沸騰させ,火を止めてからフロート式安全装置が下がるまでの時間を測ってみました。すると,火を止めてから3分から3分半で,圧力が抜けてしまうことがわかりました。
確かに,火を止めてからもずっとシューシューと蒸気がどこかから漏れているので,当たり前かなあと思います。
説明書を見ると,パッキンやOリングの不良,ネジのゆるみなどが書かれていましたが,一度分解して見る事に。すると,圧力調整機構のOリングが正しく取り付けられておらず,ネジに噛み込んで変形していました。初心者並みのミスですね,こりゃ。
蒸気漏れの原因はこれだと断定し,なんとか正しく取り付けて,確認もせずにいきなりご飯を炊いてみることにします。0.7合のお米と同じ量の水を入れ,フタをします。吸水はしないでいいのが圧力鍋の存在意義ですから,ここは速攻でIHのスイッチを入れます。
こないだと同じように箸でフロート式安全装置を突っついて弁を閉じ,おもりが浮いて蒸気が出てくるようになったらそこから3分加熱,火を止めてから10分放置のつもりだったのですが,またしてもフロート式安全装置が3分ほどで下がってしまいます。他から蒸気が漏れているみたいです。
ふたを開けると,そこにはおかゆにもなっていない無残なご飯が・・・ご飯マニアの私には正視できない凄惨な光景でした。
他の部品の増し締めを試みて,いくら何でも水が不足しているだろうと少しだけ水を入れてもう一度火にかけます。しかしやはりうまくいきません。半分パニックになりながらもう一度点検し火にかけると,今度は焦げ臭い匂いが・・・
あわてて中を確認すると,しっかり焦げていました。鍋底にこびりついた部分はすでに真っ黒になっています。しかし大半はまだおかゆ状態です。お茶碗に食べられそうな部分だけすくい取ると,量が2/3程になっていました。米という漢字はね,八十八と書くんだよ・・・という今は亡き祖父の声が聞こえてきます。
ことここに至り,私の怒りゲージは頂点に達しました。いや,ワンダーシェフに連絡して交換なり修理なりしてもらえばいいんですが,なにせ大阪の会社です。傍掲示板によるとサポートの電話は要領を得ず,電話代が無茶苦茶かかりそうですし,メールでは無視されるとのこと。しかも修理に送った鍋がなかなか戻ってこないと,ことサポートについては良い評判は出てきません。
しかも今からだと確実に年末年始に引っかかります。うむー。
とにかく,蒸気漏れを防ごう,話はそれからだと,よせばいいのに検討モードSwitch-On!です。
まず,安全弁です。どうもここからは漏れていないようです。
次,フロート式安全装置。ここは取っ手の部分と繋がっているので,先に安全装置をねじ込んで,これから取っ手をフタに締め付けないと変形し,蒸気が漏れることが分かりました。適当なトルクで締め付けて,漏れないことを確認。
もちろんフタのパッキンも確認しましたが,ここは全然大丈夫です。
となると,やはりおもりですね。
おもりを用いた圧力調整機構の仕組みは,小さい穴をおもりの載ったニードルでふさいでいるというものです。蒸気圧がおもりの重さに打ち勝つと,ニードルが浮いて蒸気が漏れて圧力が抜けてくれます。
やはりここが原因のようです。火を止めておもりが落ちても,ニードルが穴をふさぎきれず,ずっと蒸気が漏れています。そうこうしているうちに圧力が下がり,フロート式安全装置が下りてしまうようです。
そこで,穴とニードルを磨いて,真円度を上げ,かつ密着するようにしてみました。
すると3分程度だったものが4分半まで改善。でもまだまだです。
そこで,改めてフロート式安全装置をさらに観察すると・・・これはとんでもないものを見つけてしまいました。

フロートは軽く作るために,アルミで出来ています。さらに縦方向と横方向に穴を開けて軽くしているものと思われるのですが,この縦方向の穴開けに失敗して,センターを出せずに穴を開けています。
写真のように,フロートの外壁を突きっていますね。これって,やっぱり不良品なんじゃないでしょうか。
安全に関わる高圧部分で,このいい加減な加工は,命を預けるには不足です。しかもこれがリジェクトされず,エンドユーザーに渡るなど,カタログギフトをなめているにも程があります。
さらにニードルを磨き,フロート式安全装置の弁の部分も研磨して蒸気漏れをふさいで,時計を見ると夜中の2時半・・・こんなことを5時間もやってるんですか,私は。
睡魔と疲労に魂を吸い取られそうになりながら,研磨が終わって組み立ててみようとすると,シリコンゴムの弁をフロートに固定するスナップリングが見あたりません。
うわああ,最重要部品をなくしてしまいました。これで万事休す。圧力がかかるとフロートだけすっとんでいってしまうので,こんな危険なものは絶対に使えません。
しかし,研磨の効果はみてみたい・・・そこで様子を見ながら時間を測定してみました。結果は,3分。全然だめです。
ここで,私の体力は限界に達し,風呂に入って寝ました。
冷静に考えてみると,ニードルを削って加工したり,穴にテーパーを付けて磨いたり,フロート式安全装置を研磨したりと,どう考えても「壊した」と判断されるレベルになっています。これをメーカーに「初期不良だ」と送り返しても,到底気持ちのいい対応を期待できないでしょう。
ま,そもそも年末年始にサポートを期待できないという気分から「壊した」わけですが,今にして思うとフロートの加工ミスがあっただけでも,立派に返品理由になったんじゃないかと思います。
どうせもらい物ですし,販売店に交換をお願いするという普通の対応が難しいカタログギフトですから,運が悪かったとあきらめたわけですが,本来なら洗米-吸水-炊飯-蒸らしで軽く1時間かかる普通の鍋での炊飯が,わずか20分で済んでしまう強烈体験を味わってみたいですし,しかもそのご飯はとてもおいしいらしいじゃないですか。
あきらめきれない私は,ちゃんとした圧力鍋を物色,フィスラーとWMFで迷った結果,「ドイツでは嫁入り道具」という噂もあるWMFの3Lのものを注文しました。「ドイツ」と「嫁」のダブルフラグにはあらがえません。
あまり不良品のことをいうのは気が向きませんが,とりあえずこのワンダーシェフという会社,中国製でも日本で加圧試験をやってるので問題なしと豪語する割には,テストしていればすぐ分かる不良をそのままギフト用に回すということで,私の中では久々に最低最悪のフラグが立ちました。それよりなにより,安全装置の加工がこんなにいい加減(これが良品だという基準ならもっとやばい話です)というのは,もうあきれてものも言えません。
特に安全に関わる装置です。場合によっては怪我をしたり,最悪の場合命に関わるもので,かつ長く使われる性質のものです。実際に昨年事故も発生しています。コスト優先も大事ですし,圧力鍋を庶民に広めた功績は大きいと思いますが,それでも圧力鍋のようなものは,最低ラインを割ることは許されないことだと,このメーカーには苦言を呈しておきます。
あ,ところで,なくしたスナップリングですが,昨日掃除機をかけていたら見つかりました。一応圧力鍋として使えるようにはなったのですが,火を止めて急冷し直ちに圧を抜くような調理方法では,使えるかも知れません・・・