V15typeIII用の互換針が1つ余っていて(V15typeIVの動作確認用にとにかく安い使えそうな針を探したところ,動作確認後に不要になってしまった),せっかくの楕円針ですし,使わないとなあと思っていました。
V15typeIIIの動作品を何度か手に入れようと思っていたのですが,V15typeIIIの価格が私の想像を遙かに超えるような高価格である事を知り,入手はあきらめてしまいました。
ふと思いついたのは,楕円のダイヤモンドチップを他のカートリッジに移植しようという話です。この方法で一部の好事家はカンチレバーが折れたカートリッジや,針交換できないMCカートリッジを修理しては現役に復帰させていいるわけですが,私はこれまで自信がなくて,行って来ませんでした。
そもそも,カンチレバーを折ってしまうと心の傷が大きくて,物理的に修理出来ても立ち直れないという私自身の狭量さに問題があります。これを癒やすには,お金をかけて針交換をし,「なかったこと」にするしかありません。
この,お金で解決という,日本人が誠に嫌う札束で頬を叩くような行為に対する背徳感が,また自分のやらかしたことの大きさを増幅するわけで,若かりし頃の私は,そもそも折らなければいいんだと気が付いて,以来無事故無違反を続けています。
そんなこともあり,カンチレバーの移植という技は全く磨いてこなかったばかりか,経験したこともないという状況ですが,もし針が折れて安く売られているカートリッジがあれば,このV15typeIIIの互換針で修理しても面白いんじゃないかと,そんな風に思ったわけです。
早速某オークションを見てみると,結構あるものです。ただ,価格は全般的に高め。半年くらい前まではこの半分くらいの価格で落札できていたようですが,昨今のアナログブームで価格が上がっています。って私もその片棒を担いでいるわけですが・・・
せっかく手間暇と新品の交換針を突っ込んで修理を行うわけですから,修理後に実は方chが断線してましたとか,もっと安く交換針が売ってましたとか,そもそも不人気で誰もありがたがりませんとか,オリジナル以外の音は認めないという原理主義者が跋扈しているとか,そういう話は避けたいところです。
探していると,オルトフォンのMC20シリーズが目に付きました。チップを飛ばしたというMC20mkIIとMC20superがあり,どちらも動作品だったという個人からの出品のようです。
MC20といえば,1970年代に登場したオルトフォンの柱の1つです。MCの原器とも言えるSPUを持つオルトフォンが,さすがに20年前の設計ではなあと,何度かSPUの次世代機を作るわけですが,中でもMC20は今もその後継機が登場する,代表的なモデルです。
伝聞で恥ずかしいですが,SPUのナローレンジで重たい音に対し,ワイドレンジで軽快な音がMC20の狙いだったそうで,当時の軽針圧化(ハイコンプライアンス)の流れに沿うような設計を行ったのでしょう。
本家MCカートリッジの構造を踏襲し,ダンパに工夫を凝らして出来上がった軽針圧SPUはまさにファンの期待に応えて,こうして40年も続くシリーズになっています。
これも伝聞で恐縮ですが,MC20から廉価版のMC10,そして主にダンパを一新したMC30を登場させたあと,その技術を中核モデルのMC20に転用しMC20mkIIとなります。当時から不評だったプラスチック製の外筐をアルミの押し出し材に変更した(もちろん変更はそれだけではないでしょうが)MC20superになって,CDに席巻され絶滅寸前のアナログオーディオの1990年代をしぶとく支え続ける事になるわけです。
MCカートリッジはDJには使えませんから,その需要はHi-Fiオーディオだけです。だから,とっくの昔に消えてなくなってもいいくらいなのですが,MCカートリッジが手作り可能なくらいに少量の生産にも対応出来る構造であること,針交換は原則的に現行機種の同等品へ交換となるので本体への需要が一定数あることもあって,今もこうして我々は,MCカートリッジの新品を手に入れる事が出来るのです。ありがたい。
で,もう本質的にMCが引き出せる情報量にMMは絶対にかなわないと確信した私は,個性の差ではなく優劣としてこの2つを比較するようになっています。
いや,反論もあると思いますが,MMに10万円かけてもSPU#1から出てくる情報量に勝てないなあと思うので,それなら潔くSPU#1を買えばいいと思うのです。MMを選ぶのは,あのブーミーな低音が欲しい時,ジュークボックスから出てくる音などの当時の雰囲気を味わいたいときになると思っていて,DJ向けの需要も減っている今,MMは確かに生き残ることが難しいだろうと思います。
閑話休題。
紆余曲折がありましたが,結局MC20mkIIを,少し前なら完動品くらいの価格で手に入れました。チップが外れて飛んでしまっていますが,それまではきちんと動作していたものだということです。だからカンチレバーもほぼそのまま残っています。
まあ,これに47000円足せば針交換対応として最新のMC Q20が手に入るのですから,MC Q20の新品を買うより合計で1万円ほど安くなるとは思います。ただ,MC Q20もなかなか微妙な評判のようで,ライバルたちも交換用の種としてではなく,修理用して復活させMC20mkIIの音を楽しもうと考えていたのではないでしょうか。
9000円ほどで手に入れた不動品のMC20mkIIは,心配していた断線もなく,チップがない以外は正常です。30年以上も前のものですので汚れもサビも浮いていますが,それは綺麗に磨けば済む事です。(この後済まないことが起こるわけですが)
ところで,届くのを待っている間に私はふと,V15typeIIIの互換針を潰してしまうのはもったいないかもしれないと思うようになりました。極論すると欲しいのはチップだけです。
なら,V15typeIIIのようなメジャーな高級カートリッジではなく,国産の名もないカートリッジの互換針でいいんじゃないかと,そう思い至ったのです。ただ,名もないカートリッジのしかも互換針が出回っている時代ではすでになく,しかも最低楕円針で,V15の互換針の価格(約3000円)よりも安くないといけません。
そんなのあるわけないなあと思っていたら,ありました。0.3mil x 0.7milの楕円針が付いた国産カートリッジ用互換針が2000円です。ムク針ではありませんが,私はそこにはあまりこだわらないので,早速手に入れます。
届いてみると,どうも複数機種に使い回せるよう,共通化したカンチレバーの外側に少し太いアルミのスリーブを差し込み,反対側にマグネットを差し込むという構造になっているようです。サスペンションワイヤもなく,ゴムのダンパに差し込んであるだけの簡単な構造も,この値段の理由でしょう。
さて,役者が揃ったところで作業開始です。まず,修理前に本体を磨きます。メタリック塗装ですので,指紋がくっきりついて艶もなくなっています。コンパウンドで磨きますが,あまいr磨きすぎると下地の銅めっきが出てきますので,注意して磨きます。
写真ではくすんだ銀色だったものが,綺麗なシャンパンゴールドになってきました。
不幸はこの時起こります。磨いている間に,手元が狂って残っていたカンチレバーに激突,「あっ」と思ったあとには,無残にも90度に曲がって横を向いたカンチレバーがありました。
やってしまった・・・
この時,どうやって修理をするか,まだ決めかねていました。カンチレバーをできるだけ残した方が,オリジナルの音に近づくはずです。カンチレバーがほと丸々残っているのですから,出来ればチップだけ移植したい所です。
しかし,今回のチップは楕円です。向きを正確に出さないといけませんから,チップだけの移植はあきらめます。そうするとカンチレバーのどこまで残すか,大いに悩むわけです。
厳密に言えば,共振の節の部分で繋ぐとか,そういうことも考えないといけないのでしょうが,そんなことより確実にまっすぐ繋いで,強度を持たせる事が優先です。
でも,それぞれのカンチレバーの太さも内部構造もわからないなかで,最適解など出るはずもなく,運次第でうまくいくという現実に,なかなか踏ん切りが付かずにいました。
実のところ,カンチレバーを派手に曲げてしまった瞬間,まずいと思うよりも,これで方針が決まったと言う安堵感の方が強くありました。だから,曲がったカンチレバーを反対側に曲げて折ってしまうことにも,何の躊躇もありません。
しかし,あくまで方針が定まったというだけの話で,次の問題が私の前に横たわります。
カンチレバーが,あまりに根元で折れてしまったのです。
カートリッジの表面から飛び出ている部分がほぼすべてなくなってしまった状態で,折れた部分のすぐ先には,もうコイルが巻いてあります。
幸い,移植する予定のカンチレバーは十分に長いことがわかり,移植出来なくなってしまうことは避けられたのですが,ほとんどゆとりはありません。
それに,接合する場所は本体の中に潜り込んでしまうわけで,これで作業をするのはかなり難しいだろうと思いました。加えて進んだ老眼は,作業そのものを難しくします。
どっちにしても,移植予定のカンチレバーの降誕にあるマグネットを外し,太くなっているパイプをMC20側に差し込んで接着するしかありません。マグネットを外し,長さを揃えるところまでは,やっておきましょう。
ここで頭を冷やすため,寝ます。
翌日,潰れた切断面をまち針で広げる作業でウォーミングアップ完了。
そして,事前に考えた作戦をおさらいします。
作業を確実に行う為に,本体を可能な限りばらします。まずは邪魔なケースは外してしまいます。場合によっては前側のポールピースも外してしまい,接合部分を露出させます。ただ,それだけコイルの断線を引き起こしやすくなりますから,細心の注意が必要です。
早速,カバーを外します。上面にあるシールを剥がし,爪で引っかかっているプラスチックのカバーをゆっくり下げていきます。この時,背中側にある端子盤も一緒に動いてきますが,なんとここにコイルの細い線が直接繋がっているので,動かないように気を付けてカバーをずらしていきます。
ここでポールピースを眺めてみると,接合部がちょうどポールピースの穴の中です。これでは作業できませんので,ポールピースも外します。マイナスネジを緩めると,マグネットと前後のポールピースが外れますが,強力な磁石で工具が持って行かれないようにすることと,コイルが宙ぶらりんになるので,断線に気を付けることがとにかく必要です。
ポールピースを外したら,そのままネジを戻して仮留め,マスキングテープでベースに固定して接合作業を進めます。
まず,そのまま移植するカンチレバーがささらないか確かめますが,さすがにそれは無理。そこで,もとのカンチレバーの残った部分を抜き取り,コイルのボビンからでている接合部を1mmほど露出させます。
口で言うのは簡単ですが,なにせすぐそこにはコイルがいます。小さいニッパーで力加減を工夫して外側のアルミスリーブを切り取っていくわけですが,下手をするとコイルもダンパも壊してしまうわけで,そうなったらもうすべてがおしまいです。
実体顕微鏡で様子を確認しながら,少しずつ剥いていきます。
よし,ひとまわり細い棒が出てきた。これなら刺さるはず。
先にまち針で広げた,少し太めのアルミパイプがとりあえず刺さることを確認出来たら,これを接着して固定するため,2液混合のエポキシ接着剤を練ります。ほんの少しだけ塗って,新しいカンチレバーを差し込んでみます。
5分で硬化しますので,それまでに位置を出します。上下左右からみてまっすぐかどうか,針は傾いていないか,針の先端の場所は適切かなど,これも顕微鏡を見ながら確認して修正をしていきます。
5分経過し,正しい位置で固着しました。指で触っても大丈夫です。
本気で使うには24時間経過しないとだめですが,音出しくらいは出来るでしょう。慎重に元通り組み立ていきますが,ポールピースの取付には随分と遊びがありますので,固定する位置を慎重に出していきます。
ケースも,外すときはカンチレバーが折れてなくなっているので気にしませんでしたが,組み付けるときは針が突き出ていますので,引っかけてしまわないように,信用に被せていきます。
取り付け,針圧をとりあえず1.7gかけて,音を出します。心配なのは断線です。
左から音が出ません。やってしまったーーーー。
・・・と思ったら,ラインケーブルの接触不良でした。ややこしい。これもどうにかしないと。
とりあえず,音は出ているようです。そして私は,その伸びやかさとみずみずしさに,心を奪われました。
もっときいていたい,と思いましたが,接着剤がきちんと固まっていないのに,2g近い針圧をかけていいはずもなく,早々に切り上げました。
修理完了後の写真が,これです。

どうです,接合部が奥に引っ込んでいるせいで,綺麗に修理が出来ているでしょう。
本格的な視聴は後日やります。シェルはどうしよう,針圧はどれくらいかけよう,オーバーハングも調整しないとなあ,テストレコードで性能の確認も必要だと,いろいろやることがあります。
でも,とにかく音を出してみて,その素性の良さは一発でわかります。SPUは濃密ですがきらびやかさはなく,DL-103は情報量は多いですが凡庸で,AT-F3/2は派手ですが希薄で重心が高く,うちのMCは各々のカバーレンジが小さい事が悩みでしたが,MC20mkIIは濃密さと情報量はSPUゆずりで,程ほどの重心の低さと華やかさが備わっています。これはどんなジャンルの音楽でも,華麗にならしてくれるのではないでしょうか。
1つ気になる事があるとすれば,出力電圧が非常に低いことでしょうか。DL-103では0.3mV,SPU#1では0.18mVであるのに対し,MC20mkIIは,なんと0.09mVです。
実際に音を出してみても,小さいなあという印象が強くありますし,レベルを上げればイコライザアンプやヘッドアンプのノイズが目立って来ます。トータルのS/Nの良さはMMにかなわないというのがMCの弱点ですが,MC20mkIIは特に厳しく,気にならない程度を越えてしまっています。
MC20mkIIを本気で使うなら,このS/Nの悪さを解決しないといけないですね。