FMチューナーの調整のための環境を,それなりの覚悟で行ったのはいいのですが,どうも調整しきれずにモヤモヤとした気分のままに,使い続けている状態です。
まあそのうち,今後の課題だな,と問題の棚上げをずっとし続けるわけにもいかず,特にステレオ時の歪率やS/Nの測定値が非常に悪いことに,決着を着けないといけないなと思っていました。
測定値が悪いのは,FMのステレオ放送の方式によるものなのか,あるいは本当に実力が低いのか。
そう,F-757にしても,KT-1100Dにしても,こんなに悪いはずがないのです。やっぱり19kHzのパイロット信号が漏れていて,これが歪率を悪化させていると考えるべきです。
では,どうすれば正しく測定出来るのか。かつてケンウッドでFMチューナーを設計されていた方のサイトに記載があったのですが,なんでもFMチューナーの測定用に用意された,専用のフィルタを通して測定するのが正解なのだそうです。
IHF-BPFと呼ばれるそのフィルタは,オーディオアナライザに標準搭載されることが多いので,特に断りもなくこれを使って測定を行うものなのですが,FMチューナーの測定を行うことが少ない現在,そうしたフィルタの存在は非常に希薄で,あまり話題に上がることはないように思います。
私も偉そうなことを普段は言っていますが,やっぱり未熟者ですので,そうしたフィルタの存在をきちんと意識して測定していたとは言えません。だからFMチューナーの測定を,単純な30kHzのLPFで済ませては,結果が芳しくないと悩むことになるわけです。
で,そのIHF-BPFですが,google先生に聞いてみても,案外ストレートな答えが出てきません。IHFという団体は名称が変わっていますし,国内の測定規格についても削除や変更があって,今どうなっているのかがよく分からないのです。
しかし,フィルタの特性をきちんと合わせないと,公平な性能評価も出来ません。カタログに書かれた値に近づけて初期性能に戻して上げることも出来ません。やっぱり,IHF-BPFは,FMチューナーの調整環境には必須なのです。
私のVP-7722Aには,このフィルタが標準では入っていません。オプションで内蔵できるようになっています。
高級機なんだし最初から入っていて欲しいんですが,冷静に考えるとデジタルオーディオにも対応出来るくらいの高精度なオーディオアナライザゆえに,測定対象に合わせたフィルタを選べるようになっているんだなあと思います。
内蔵はカードエッジコネクタに専用の基板を差し込むだけで終わります。それでフィルタ選択キーの「OPT」が有効になるという仕組みです。でも,そのオプションが今どき中古で市場に出てくる可能性はほとんどありません。
なら,自作するか。
IHF-BPFの特性がわかれば,それに準じたフィルタを作り,入力端子の前に置いてやるだけです。内蔵するのとは違って使い勝手はよくありませんが,なんとなくこれで十分な気がします。
しかし,肝心な特性がよく分かりません。19kHzだけトラップするだけで済ませてもいいように思いますが,厳密に言えばIHF-BPFは400Hz以下をカットし,15kHz以上もカットして,送信されてくる音声信号以外をすべてカットするようになっているはずです。
あーややこしい。
ということでずっと棚上げになっていたのですが,ある時偶然,VP-7722Aのサービスマニュアルを見る機会がありました。珍しい物なのでじっくり見たのですが,ここにオプションのフィルタの回路図が出ているではありませんか。
見てみると,そんなに難しいものではありません。2回路入りのFET入力OP-AMPであるNJM082Dが2つ使われているだけのものです。カードエッジコネクタのピン配も書かれているので,うまく作れば互換ボードを作って内蔵できそうです。
よし,作ろう。
とはいえ,GPSDOもNutubeも先に片付けたかったので,VP-7722A用のIHF-BPFはずっと後回しになっていました。コツコツと部品を集めて,8月頭には全部揃ったのですが,取りかかったのは9月末です。
まず,必要な部品について。半導体は大した事はありません。どこでも売っている,安価な部品ですので足を引っ張ることはありませんでした。
問題になるのは抵抗とコンデンサです。いずれも誤差は1%,抵抗に至ってはE96系列です。抵抗はアキバに行けばなんとか買えるとして,コンデンサは最近1%精度のフィルムコンデンサが軒並み製造中止になっているので,簡単には手に入らないでしょう。
誤差が1%を要求しているということは,相応の性能の抵抗とコンデンサを求めているということですから,温度特性も校了しないといけません。カーボン抵抗を100本買って選別を行っても,温度特性でアウトなわけです。
そこで,ちょっと考えました。抵抗については,多回転型の半固定抵抗(サーメット)と切りのいい値の金属皮膜抵抗を使い,指定の値の抵抗を作ります。抵抗値は実測で追い込む事になりますが,幸い秋月に50円くらいで売られているサーメットが温度特性も良くて,好都合です。
このサーメットは横型なのですが,抵抗と組み合わせると立てて基板に取り付けることが出来ますから,今回の回路の実装にはかえって好都合です。
とはいえ,安いと言っても50円です。組み合わせる金皮抵抗が10円として合計で60円ですから,アキバでE96系列の金皮抵抗を買っても,この値段以下で買えるんじゃないかと思います。
コンデンサについては,共立エレショップで1%を可能な限り買いました。ここは数年前まで1%品のフィルムコンデンサを常備してくれたお店だったのですが,生産中止だけはいかんともしがたく,今は在庫だけが買えます。
例えば,2000pFは1000pFを2つ並列にして作るとか,そういう工夫でなんとか揃えて行きます。1000pFのようにたくさん使うものは,多めに買って実測して,ちょうど2000pFになる組み合わせを作っておくことも可能です。
部品が揃ったら,今度は基板です。ユニバーサル基板で作る事は決まっていましたが,コネクタをどうするかです。適合するカードエッジコネクタが手に入ると考えていなかったので。分解してコネクタから直接配線を引っ張り出して内蔵することになるだろうと思っていたのですが,実際にVP-7722Aを覗き込むと,2mmピッチ,片側10ピンのコネクタでした。
そういえば2mmピッチのカードエッジコネクタってあったかもとジャンク箱をひっくり返すと,ありましたありました,ミニコンピュータかなにかの拡張ボードを作るための,専用ユニバーサル基板がジャンクで安く出ていたときに,5枚ほど買っておいたのが出てきました。
基板もそのまま使えるかと思ったのですが,ベークで片面,しかも電源は配線済みということで,アナログ回路を作るにはちょっと厳しいですから,コネクタ部分だけカットして,10ピンにしました,
これを,両面スルーホールのユニバーサル基板の端っこにくっつけます。試しにVP-7722Aに差し込んで見ると,うまく刺さってくれます。よしよし。
ところで,回路規模はそんなに大きくはないのですが,なにせCR類が多いですし,複雑に繋がっているものですので,あまり基板が狭いと配線が綺麗に出来ず,特性が出ないかも知れません。
こういうのって勘に頼るところが大きいわけですが,後で悩むのも面倒なので,ちょっともったいないのですが大きめの基板を使うことにしたのです。
先に手配したサーメットと,手持ちの金皮抵抗を組み合わせて,所定の値の抵抗を作って行きます。面倒ですが一応4端子法で測定していきます。
コンデンサも実測して組み合わせを作りました。どうしても5%品しか手に入らないものもあり,実測しても結構ずれてしまうものがありましたが,もう仕方がありません。
部品も揃ったので,コツコツとハンダ付けです。カードエッジコネクタから入り,同じ所に出て行くので,信号の流れはU字型になります。あまりこういう配線になれていないのですが,信号の流れに沿って回路をぐるっと旋回させて配線をします。
正負両電源を配線し,あいた部分は銅箔テープでGNDに落として,完成です。
特に電源部分の配線間違いがあると,VP-7722Aを壊してしまうかもしれないので,組み込み前に外部に電源を用意して,正常に通電できるかどうかだけ確認してみます。
そうすると,案の定間違ってました。正負両電源のマイナス側を逆にしていたので,OP-AMPにかかる電圧が正負の電圧の差になってしまい,まともに動かなくなっていました。
これを修正,ついでに一部GNDに落ちていない配線も見つかったのでこれも修正しました。ところが電源器に繋ぐ時にうっかり間違え,電源を逆接続してしまいました。このOP-AMPはもう壊れてしまったかも知れません。
そこも修正,今度は電流もたくさん流れないし,なにやら出力に信号も出ているようなので,もうVP-7722Aを壊すことはないでしょう。思い切って内蔵です。
まずはOPTキーでこのフィルタに切り替わるかどうかですが,これは問題なし。
ですが特性を見てみると,もう全然ダメです。本当なら,下の図のような特性にならないといけないのですが,19KHzのディップは全く出てきませんし,30kHz以上の帯域も-30dB程度の阻止能力しか出ていません。明らかにおかしいです。
配線間違いが大半だろうと何度も確認をしますが,なかなか尻尾がつかめません。電源ラインに入ったフィルタ用の15Ωが,マイナス側だけ75Ωになっていたのでこれを修正しましたが,変化はありません。
うーん,困った。
作っている間に調整したサーメットが狂ったかも知れないと回路から切り離して測定しますが問題なし。
何段かになっているフィルタの回路を順番にバイパスしていき,どこの回路が正常に動いていないかを調べて,そこを重点的に確認すると・・・あったあった。
1000pFを付けないといけない部分に,なんとまあ2700pFが付いているではありませんか。大きさも色も形もそっくり,ちょっとだけ2700pFの方が分厚いかなと思う感じなのですが,マーキングが他の部品で隠れていたため,確認が漏れていたようです。
それにしても,部品の値を間違うとは・・・情けないです。
交換してやると,期待通りの特性が出てきました。いや,よかったよかった。
では,調整です。このボードには2つの半固定抵抗があります。1kHzでのゲインと15kHzでのゲインです。
特性図を見ると,1kHzと15kHzで0dBにすればいいように思うのですが,調整を試みると15kHzでは0dBになりません。調整範囲の上限と下限を見てみると,どうも-12dBぴったりに合わせるのが正しい様な感じです。
ということで,1kHzと15kHzのゲインを交互に調整し,1kHzで0dB,15kHzで-12dBになるように調整をします。
調整が終わってから,改めて動作の確認です。
先に記載した特性図とほぼ同じような特性が出ています。19kHzのノッチフィルタついては,ちょっと周波数がずれてしまっていて,一番低くなる周波数が18.8kHzになりました。残念な事に19kHzでは-50dBは出ず,-46dBくらいまで悪化します。
これでは今ひとつなんですけども,もう追い込むのも面倒なので,このままいきます。
歪率やS/Nを確かめましたが,どちらもフィルタの有無で差が出ません。うまく動いているようです。
取り付け場所が狭く,基板がショートしそうなので,ここにプラスチック板を張り付けて絶縁し,完成です。
やれやれ,やっとIHF-BPFが内蔵できました。近いうちにFMチューナーの特性を測り,調整を行おうと思います。
そうそう,1つ書き忘れていました。
VP-7722Aをラックから引っ張り出したのですから,digikeyで買ったリレーに交換したのです。安いリレーを外し,DS2G-S-DC5Vに交換です。
結果は当然のことですが,問題なし。特に良くなったわけではなく,正直言って交換の必要があったのかどうかもよく分からないのですが,こういうのってしばらくしておかしくなるものだったりするので,今交換しておく事で安心が得られるならちょうどよかったと思います。
とはいえ,レンジの切り替えがあるとレベルが変わったりしますし,オシレータの周波数のズレも大きくなっているようですので,そもそもこのVP-7722Aの程度がだいぶ悪くなってきていると考えるべきでしょう。
もちろん,再調整をすることでなんとかなりそうな気もしますが,やっぱり面倒ですし,歪率やS/Nにそんな厳密な測定結果が欲しいわけではありませんので,とりあえずこれでいいです。