ハモンドオルガンを私ごときがあれこれと語るのはおこがましく,しかし憧れだったその楽器について,私はようやく自分のものとして語ることが少しだけ出来るようになりました。
本物のハモンドオルガンで一番安く一番小さい,M-soloです。やっと買いました。
現代にハモンドオルガンの新品を買うことの出来るこの幸せ,もちろんヴィンテージではなく,デジタルでモデリングかもしれないけれど,それは紛れもなくハモンドオルガンの純血種であり,だからこそ「B-3をモデルに」と公言できるのです。
もちろん作り手にも,歴史と伝統,そして文化を創った楽器であるハモンドオルガンを名乗ることに,それなりの覚悟があるでしょう。果たして,その覚悟は私のような中途半端なハモンドオルガンの信奉者にも伝わって来たのでした。
M-soloは,前述のようにハモンドオルガンの最新機種であり,歴代最小最軽量,そして歴代最安のモデルです。さっとスタジオに持ち運び,セッションに参加出来る可搬性,わずか13万という価格,音は上位機種のXB-4と同一の最新のモデリング音源,そしてなによりユーザーインターフェイスはハモンドオルガンの「それ」,ドローバーです。
本気のレスリーのシミュレータも内蔵,オーバードライブもコーラスもリバーブも入っていて,あの大げさ極まるハモンドオルガンのシステムをこれ1つで完結することが出来ます。
さらにうれしいのは,M-soloがパフォーマンスキーボードであって,リアルタイムでドローバーを動かして演奏するという,ハモンドオルガンのあり方に徹していることです。
おかげで音色を記憶しておくメモリは3つしかありません・・・このストイックさよ。
個人的にはこれだけでお腹いっぱいなのですが,ハモンドオルガン以外のトランジスタオルガンも(サンプリング音源ですが)内蔵,そして一度は使ってみたかったストリングスアンサンブルに加えて,8音ポリのアナログシンセも搭載というのですから,もう60年代からDX7が出る直前まで,ピアノ以外は任せておけというキーボードです。
パフォーマンスキーボードというので,スタジオワークやDTMを狙ったものではありません。つまりは鍵盤をある程度演奏出来ることがこのキーボードに必要な最低限の技能という事になるので,きっとトランスポーズなどの甘い機能は搭載しないと思っていたところ,ちゃんと搭載されていることにまた涙。
これってもしや,私のために作られたハモンドオルガンじゃないのか。
ただ,私ももういい大人です。都合のいい誤解でポンポン高価なものを買うほどだらしなくはありません。
だから,昨年秋に登場したときも心惹かれましたが辛抱し,一目見ただけでハモンドオルガンであることを主張してくる「バーガンディー」というカラーバリエーションが初回限定だと聞いたときも,私はぐっとこらえたのでした。
しかし,5月下旬のこと。ある楽器屋さんのサイトに,M-soloのバーガンディーが復活とありました。いわく,前回瞬殺だったバーガンディーが,セカンドロットでまさかの限定復活とのこと。
限定と言う言葉に惑わされ正気を失って買ってしまったM-soloユーザーには申し訳ないのですが,一度諦めたバーガンディーが復活,これを逃したら,もう二度と手に入らないでしょう。
うーん,煩悩を断ち切ったはずの私に「ほんまにええのん?」と耳元でささやく悪魔が降臨します。
恐ろしいことに,私は1週間ほど悩んだ末,その悪魔の囁きに屈してしまい,予約注文をしてしまったのでした。まあ,気が変わったらキャンセルするわ,と少しだけ逃げ道を残しつつ,です。
しかし,そういう煮え切らない態度は失敗のもとです。このお店,予約注文でもキャンセル不可であることを後で知りました。カメラ業界では考えられない状況に戸惑いつつも,これはもう神の啓示のようなものです。私は,発売予定とされている6月下旬をおとなしく待つことにしたのです。
そして,とうとう届きました。
家族にはそのうち説明するつもりで,とうとう言い出せずその日を迎えました。私が在宅の時間帯に配達してもらう手はずを整えましたが,配達の方の呼び鈴に,少しだけ初動が遅れ,いつもならのんびりしている嫁さんが機敏な動きで応対,インターホンのカメラに映った大きな箱に,
「なんか大きなものがきてるよ?なによ,なんなのよ,大丈夫なの?」
と強烈な不信感を持たれてしましました。
慌てて玄関に突進,そんなに大きい箱なのかとビビりつつ,佐川急便のたくましいお兄さんが片手でひょいと担いだその箱を受け取りました。コソコソと中身を出して,とりあえず使われていない部屋に運び込みます。
しかしながら箱をそのままにしておくと嫁さんに100億%バレます。ゆえに箱は潰して自室の隅っこに隠しておかねばなりません。
まあ,それはいいです。目の前に,いよいよ本物のハモンドオルガンがあるのですから。
ああ,思えばハモンドオルガンを意識したのが中学校の時,それがハモンドオルガンであることを知ったのは高校生の時,この時まではエレクトーンとの違いがわかりませんでした。
発音原理を学びハモンドオルガンがそこらへんの電子オルガンではないことを知ったのが大学生の時,そしてそれが「ハモンドオルガン」という唯一無二な楽器として認知され愛されていることを知り,強い憧れを持つに至ったのが20歳のころです。
当時,EmuのVintageKeysにサンプリングされていたハモンドオルガンのB-3が,私にとってのハモンドオルガンのすべてでした。
音そのものは今思い出しても使えるよい音だったと思うのですが,サンプリングですので奏法を駆使することも発音原理に由来する音の変化を付けることも出来ず,ハモンドオルガンを演奏したことには全くなっていなかったのでした。
後に手にするRD-2000でも,内蔵されたバーチャルトーンホイールをいじることはあっても,それが最終的にハモンドオルガンの奏法にどう繋がって行くのかがわかっておらず,結局最終的な音が気に入ったかどうかだけで演奏していました。レスリーのシミュレータについても「そういうもの」で終わらせていて,結局のところ曲の最後から最後まで同じ音で弾きっぱなしというのが,私の限界だったのです。
しかし,それでも世の中の素人キーボーディストの中では,まだハモンドオルガンのことを理解している方で,それらしい演奏が出来るだろうと,そんな風に思っていました。
それは思い上がりでした。M-soloを手に入れ,XK-5やXK-4,SK PROのマニュアルを読んでみると,その奥深さと共に自らがいかにものを知らなかったかが浮かび上がってきました。
小さくても軽くても安くても,M-soloは演奏中にどんどん音色を変化させて演奏するハモンドオルガンそのものです。
きっとすぐに演奏出来る,そう思って電源を入れました。キーを押します。
しかし,音は全く出ません。そう,ドローバーを全部押し込んであったのです。そんなこともわからず,音が出ないと接続を確認したり,ボリュームツマミをいじったりした私は,こんなことさえもわかっていないド素人だったのです。
自分の程度を思い知らされた私は,試しに,Rainbowの1976年のミュンヘンでのライブ演奏からKill the kingをバックに,M-soloを弾いてみました。
これが本物か。リアルタイムで音をどんどん変化させていく楽しさ,もうとにかく楽しくて仕方がありません。音はバックの演奏に溶け込み馴染み,浮いてきません。
楽勝だと思って入った洞窟は足下まで真っ暗で,少しの先も見えません。歩いても歩いてもまだ先は見えず,全くうかがい知ることの出来ない出口の果てしなさに心が折れそうです。
しかし,音を出せば楽しくて仕方がありません。あっという間に時間が過ぎていきます。こんなみずみずしい体験は,いつ以来のことでしょう。
前置きが長くなってしまったのですが,この感動を未だ家族と分かち合えない私は,もはやこの場にぶつけるしかありません。
(1)大きさ,重さ,全体の印象
ぱっと見ると重そうなデザインですが,ひょいと持ち上げることの出来る大きさ,軽さです。バーガンディーカラーは上品で,鍵盤のベージュ色やドローバーのツマミの色とマッチし,とても高級に見えるのですが,パネルはプラスチックですし,決して剛性も高くありません。
見た目が非常に良く出来ているので,実物のチープな感じは触って感じるものだと思いますが,これを軽くするためと考えればとても好印象です。
デザインにはB-3をモチーフにしたと思われる角のRなどもあり,思わずにやけてしまいます。
小さくとも,遠くから見てもすぐにハモンドオルガンとわかるデザインには惚れ惚れしますし,小さいディスプレイを覗き込まずとも状態を一発で把握出来るパネルレイアウト,すべてがリアルタイムの演奏のために作られています。
これで鍵盤がウォーターフォールだったらなあ。
(2)バーガンディーカラー
セカンドロットでも用意されることになったバーガンディーという色ですが,ぱっと見ると木に見えるような色です。ハモンドオルガンですから,キャビネットは木製が基本。鍵盤の色ともマッチしていて,なぜバーガンディーを標準カラーにしなかったのか理由がわからないくらい,ハモンドオルガンらしくてとても良い色だと思います。
近寄って見るとメタリックが入っており,これもまた上品でよいです。
(3)鍵盤
49鍵の鍵盤は,いわゆるシンセサイザー向けの柔らかい鍵盤で表面もツルツルしていて指のかかりもよいとは言えません。こういう鍵盤って久々だと思ったのですが,弾きやすいのは事実です。黒鍵は先端が緩やかに曲がっていて,手前になでるように演奏する時にはとても演奏しやすいなと思いました。
白鍵の色はベージュでこれも上品,グラグラすることもなく,グリッサンドも気を遣わずに出来そうです。
残念なのは,鍵盤がウォーターフォールでないことです。形の違いだけですので見た目の差だけだと分かってはいるのですが,やっぱりハモンドオルガンですから,ウォーターフォールであって欲しかったと思います。
49鍵という鍵盤の数は少ないように感じますが,もともとB-3のようなオルガンは2段鍵盤で,1段では49鍵程度ですから,名前の通りソロを演奏する楽器としてなら,十分です。
では,それ以外のジャズやロックで演奏するオルガンとして49鍵は不足かというとそんなこともなく,ちゃんと両手で演奏出来るので大丈夫です。
とはいえ,左手でコード,右手で何らかのフレーズを演奏する時,ちょっと高い音で存在感を示そうとすると,もう1つ2つ鍵盤が足りなくなることがあります。
特にソロの場合はそうなのですが,こういう場合はさっと左側のオクターブキーを動かして,高い方にシフトさせることになります。
49鍵くらいあれば高い方も低い方も1つずつしかシフトしないので,今どこの音域にあるかをあまり意識しなくても済みますのでありがたいです。
冷静に鍵盤だけ眺めてみれば,コンパクトなくせに弾きやすいキーで49鍵ですから,これはこれで他の音源を鳴らせるんじゃないかと思ったのですが,残念な事にホールドペダルがありませんので,無理でしょう。
ところで,近年のハモンドオルガンには,仮想マルチコンタクトという機能が搭載されています。B-3などの往年のハモンドオルガンでは,鍵盤を押すと同時に9個のドローバーの音が出てくるのではなく,それぞれの音が出るのに時間差があり,9個の音がパラパラと出てくるのですが,それを再現したものです。
ハモンドオルガンの発音機構を考えるとなるほどと思うのですが,B-3などは鍵盤を押し込むごとに9つのスイッチが順不同で入っていき,全部のスイッチがONになったとき,ドローバーで設定された9つの音がすべて出てくるのです。
XK-5で搭載された仮想マルチコンタクト(以下VMC)は,こんな風に音がパラパラと出てくる事を再現しようと試みた機能です。
オルガンは音の強弱を付けることが出来ません。ですから,鍵盤を浅く押した時と,深く押した時で出てくる音が違ってくれば,これを利用して表現力を高める音が出来ます。
B-3では浅く押した時にはプチプチというクリックノイズやパーカッションだけがでてきますし,深く押し込むごとにドローバーの音が揃ってきます。確かにこれを精密に弾きわけるのは至難の業でしょうが,もっとも違いが出るのはグリッサンドでしょう。
XK-5(おそらくSK PROやXK-4も)には,VMCのために順番にONになる3つの接点を持つ鍵盤が使われているようです。この3つで最初の音の発音開始と,2つがONになるまでの時間,そしてキーが完全に押し込まれて3つすべてがONになるまでの時間を使って,9つの音をそれぞれどのタイミングで出すか決めています。
なので,これらの楽器をMIDIでつないだ外部キーボードで演奏すると,3つの接点の情報が得られず,鍵盤を押した時の速さ(ベロシティ)という乏しい情報だけでVMCを作動させねばならなくなります。
ベロシティが小さい時は次の音が出るまでの時間を長く,逆に速い場合には次の音が出るまでの時間を短くしてそれぞれの音を出すようにすることで,出来るだけリアルなB-3を再現しようとしています。
ベロシティは2つの接点がONになる時間を使って得る情報ですので,1つ目の接点がONになったときに発音することは不可能で,2つ目の接点がONになってベロシティ情報が生成されてようやく音を出すことが出来ます。
ただ,2つ目の接点がONになるのはそんなに深く押し込んだところである必要はなく,1つ目と2つ目の接点の時間差を得るのが目的ですので,完全に沈み込むまでキーを押さずとも発音はします。
ということで2接点のキーの場合,ゆっくりキーを押して途中で止めても順番に9つの音は出てきてしまいます。オリジナルのB-3とは全く異なる挙動ですが,9つの音が出きってしまう前にキーを離してしまえばそこで発音は止まりますので,一度発音させれば9つの音がすべて出てくるというようなことはありません。
だから,素早くキーを離してしまえばクリックやパーカッションだけを発音させることも出来ますし,グリッサンドも綺麗に出来るはずです。さすがハモンドオルガン,さすがVMCです。他社のオルガンやシンセサイザーではこうは行きません。
さて,XK-4やSK PROでは,VMCの動作を3つの接点で行うランダムモードと,キーを押す速さで行うベロシティモードの2つを選ぶ事が出来るのですが,M-soloではベロシティモードしか選ぶ事が出来ません。
設定パラメータとしてVMCデプスという項目があるのですが,これは9つの音それぞれが出るタイミングを短くしたり長くしたりするもので,ゼロにするとVMCをオフにすることが出来ます。
ここから推測するに,M-soloの鍵盤は,XK-5やXK-4で使われているような3つの接点を持つ特殊なものではなく,シンセサイザーなどに使われる2つの接点だけベロシティを得る,一般的なものであるということです。
こういう鍵盤はコストも安く済みますし,処理も軽いですから,M-soloの価格で可能なものとして割り切られ,上位機種との差別化を図ったのではないかと思います。
ですが,そもそも9つの音が同時に出ずばらけて出てくるというだけで,すでに他社のものとは大きく違います。本物との間に違いはありますが,違いを頭に入れて実際に演奏すれば,その違いが問題になることはなく,オリジナルが持つ多彩な演奏法を受け止める楽器であることは間違いないと思います。
(4)MIDIで鳴らしたとき
ちょっとややこしくなるのはMIDIで繋いだ時です。M-soloをMIDIで鳴らす時に気を付けないといけない事として,B-3の発音はノートオンを受けてからになるという点です。
前述のように,本体の鍵盤で演奏する時は,キーを少し下げた1つ目の接点がオンになると発音を開始,押し込んだところで2つ目の接点がオンになりベロシティが算出されます。
そしてこのベロシティを使ってVMCが動作するわけですが,MIDIで鳴らす場合はノートオンで発音開始,この時同時に送られるベロシティでVMCも動作を開始します。
ということは,外部の鍵盤ではキーを浅く押さえた時には発音しないのです。
しかも,M-soloを演奏しながらMIDIアウトからのデータをMIDIシーケンサーで記録し,後でシーケンサーからM-soloを演奏させたときには,もとの演奏が再現されないのです。
これは結構衝撃です。M-soloを優秀なハモンドオルガン音源として使うことも出来なければ,リアルタイム入力で打ち込んだデータが元の演奏を再現しないということですので,つまりM-soloのMIDIは実質使い物にならないということです。
ほんまかいな,と思ったので,実験してみました。
M-soloの鍵盤と音源をローカルスイッチの設定で切り離し,MIDIケーブルでM-soloのINとOUTを繋いでしまいます。
これでB-3を演奏してみたところ,やはり推測は正しく,浅い位置では発音せず,完全にキーを押し込んだところで発音,その時のベロシティで9つの音の発音タイミングのズレが変化しました。
キーを浅いところで発音させ,即座に指を離してやると9つのドローバーのうち低音部が発音する前に音が消えるのですが,MIDIではそれは再現されません。ということは,MIDIではグリッサンドやスタッカートの時に意図して付けた変化が出ないということになりますし,MIDIで記録することも出来ないのです。
ではどうしたらいいのか,というと,実はどうにもいいアイデアがありません。MIDIはノートオンとベロシティを同時に送信しますので,M-soloのようなケースには対応出来ません。
キーが浅い位置でノートオンを出してしまうのも手ですが,その場合ベロシティが不明ですので固定されてしまいます。ならばもう1つ接点を増やして,浅い位置でノートオンとベロシティを送信出来るようにすれば良いように思いますが,今後はキーを押し込んだ時の情報を利用出来ませんから,結局普通のキーボードの,ノートオンが出るキーの深さを浅くしただけのものになってしまいます。
さらにいうと,グリッサンドもスタッカートも速度そのものは速いですから,ベロシティは大きな値で送信されるでしょう。これではVMCの動作が演奏者の意図から大きく外れてしまいます。
うーん,ここら辺がMIDOとハモンドオルガンの限界なのかも知れません。こういうケースは今どき珍しいことではなく,本体の鍵盤ならベロシティは1024段階でも,MIDIなら128段階になってしまうピアノもあります。発音速度ももともと違いますし,そもそもハモンドオルガンは鍵盤と音源を切り離せない楽器です。
ということで,M-soloはMIDIで繋いで使うような物ではなく,スタンドアロンでリアルタイムで演奏する楽器なんだという認識を,しっかり持っておく方が良さそうです。
(5)ハモンドオルガンとして
ハモンドオルガンとして大切な事は,音の良さもそうですが,様々な奏法を可能に出来るかどうかです。グリッサンドに始まり,リアルタイムでドローバーを動かしたり,パーカッションを付けたり,もちろんレスリーをSLOW/FASTで切り替えたりという,演奏者の操作による音の変化がオリジナルに忠実なものかどうかが問われると思います。
M-soloはこんなに小さいのに,立派にハモンドオルガンです。ハモンドオルガンを演奏しているという楽しさに満ちていて,この楽しさはきっと周りにも伝わるのではないかと思います。
もちろん,2段でもなければフットペダルもありませんから,ハモンドオルガン上級者にはお笑いぐさかもしれません。しかし,ジャズやロックで耳にするあのハモンドオルガンの音をこんなに簡単に得られるというのは,とてもよい時代になったとしか言いようがありません。
左3本のドローバーを手前に引き切って,パーカッションのスイッチを4つすべてをONにするFOUR UPで,レスリーをSLOWで回して演奏すると,自分が上手くなったように錯覚します。良い楽器を手に入れると上手くなったように感じるものですが,それは電子楽器でもそうなのです。
(6)音の良さ
で,そのハモンドオルガンの音ですが,MTWIIという最新の音源だけに,文句はありません。上品すぎず,でも荒っぽくなく,柔らかい音も掴み掛かるような音も,ドローバーでどんどんデザイン出来ます。
スキャナービブラートも秀逸です。私はハモンドオルガンというのは,トーンホイールとレスリースピーカーであの音が出るものと思っていましたが,ビブラートとコーラスが非常に重要であることを学びました。
オーバードライブのかかり方も派手ではありませんし,リバーブも控えめです。しかし,それでも十分に存在感のある音を聴かせてくれるのはさすがです。
普段は邪魔で耳障りなクリックノイズがこれほど心地よいと思ったことはありませんし,正確無比なデジタル楽器と違ったメカニカルな電子楽器らしい,いい意味でいい加減なところも再現されていて,生きている楽器と対話しているような気分になります。
おそらくですが,ほかの楽器とアンサンブルをすると,この音の良さが際立つだろうと思います。大きな音を出しても耳障りでなく,ギターと対等に対話できるはずで,そんな機会がないことを私はとても残念と思いました。
(7)レスリーシミュレータ
知らなかったのですが,鈴木楽器はハモンドだけではなく,レスリーの商標も買っていたのですね。つまり,M-soloに入っているレスリーのシミュレータは,本物のレスリーなのです。
M-soloはXK-5やXK-4と違い,細かい設定が出来ません。キャビネットの種類も,SLOWからFASTに切り替わる時間も,マイクの位置も固定されています。
しかし,その固定された設定が大変良く出来ていて,本当にレスリーを使って自分の意のままに操っているような気分になるのですから,良く出来ています。
確かに,曲によってはもうちょっと設定をいじれたらな,と思う事もあると思います。でも,そこに達するのはまだまだ先の話でしょう。それに,レスリーのような大きな機材は,一人一台がせいぜいで,使い分けをしたり改造したりは特殊な話だろうと思います。
つまり,今目の前にあるレスリーが,自分にとってのレスリーのすべてです。そしてそのレスリーは,非常に良く出来ているレスリーです。これ以上望むのは贅沢だと思います。
欲を言えば,スイッチの位置が遠いので,演奏中に無理なく切り替える事が難しいです。フットスイッチを使えば良いのですが,残念ながらSTOPはフットスイッチで操作できません。うーん。
(8)エフェクト
エフェクトといってもオーバードライブとコーラス,リバーブくらいです。どれも上品で,良い感じのエフェクトです。浅めにかかる上,派手さもありませんが,とてもシルキーですし,しかしONとOFFとで違いがはっきりわかるので,十分な戦闘力を持っていると思います。
これもまあ,欲を言えばイコライザーは欲しいところですし,リングモジュレータやフェイズシフターも欲しかったと思いますが,それをディスプレイなしで扱うのは難しいので,割り切ったことは正しいとも思います。
(9)他の音色
ちょっと微妙な感じがするので,なんとも言えません。
オルガンタイプ,Vx,Ace,ファルフィッサはサンプリングということですが,使う気が失せるほど当時のトランジスタオルガンを再現していると思います。私はこれらのオルガンを演奏したこともなければ積極的に使ってみようと思ったこともないのですが,Aceなどは確かに60年代のGSをやるには必須かも知れません。
が,そもそもGSなんて,やるか?
VxはAceよりも使い道はありそうですが,Vxがイメージを決定するような曲を,演奏するシーンなんて,あるか?
ということで,これらは私にとって宿題です。
お次はストリングスアンサンブル。これもまあ微妙です。
ポリフォニックシンセサイザーが登場する前,和音が出る電子楽器の1つとして使われていたのがストリングスアンサンブルです。
のこぎり波で和音が出るという,オルガンにはない特徴で当時のバンドでは重宝したらしいのですが,実際に音を出してみるとなんとも微妙だなあと思います。
確かにアンサンブルではストリングスっぽく聞こえると思いますし,うまく混じってくれると思いますが,もっといい音がシンセサイザーで手に入る昨今,これを個性として前向きに活用するのはちょっと難しいかなと思いました。
もちろん,機材運搬の関係で,M-soloしかステージで使えない場合などは重宝すると思いますが,それくらいならもうずっとB-3の音でやりきれよ,って思います。
一方,クワイアはなかなかよいです。これは使えます。実のところ,この手の合成音声丸出しの機械音がするクワイアっていうのはなかなか使い道がある癖に,シンセサイザーのプリセットには入っていない事が多いです。わざわざ作る事になるのですが,そんなことをしなくてもM-soloを持っていけば解決です。コーラスとリバーブを深めにかけると即戦力です。
(10)アナログシンセサイザーとして考えると
M-soloには8音ポリのアナログシンセサイザー(もどき)も入っています。これがサンプリングなのか,それともモデリングなのか,もっと単純なものなのかはわかりませんが,ドローバーの数に制約を受けた少ないパラメータで,どこまで使えるかを考えます。
8音ポリでアナログシンセですから,とりあえずストリングスやパッド,シンセブラスを考えるのですが,ちょっと今ひとつな印象です。
まず,のこぎり波がおとなしすぎて,物足りません。2VCOでもないので音の厚みは期待出来ないのですが,その代わりサブオシレータが良く出来ているので,これは使い勝手があります。
それから,フィルターのキレが良くないです。カットオフあたりがルーズな音がします。レゾンナスももっと強烈にかかってもいいです。
エンベロープはパラメータが少ないので仕方がないとしても,キースケーリングがないので高音域でフィルターを開けるとか,低音域で倍音を減らすとかできないのは,我慢や辛抱でどうにかなる話ではありません。
ということで,残念ながら倍音の少ないパッド系の音ならどうにかという感じです。シンセリードなんかの存在感のある音は最初から無理だと思いますが,今ふと思いついたのは,B-3とリングモジュレータの組み合わせで変な音を出す技がありますよね,あれをこのシンセサイザーで代用するというのはありでしょう。
(11)残念な事
イコライザーがありません。これは残念です。スタジオでもステージでも,常に自分の頭の中で鳴っている音が出るとは限りませんが,それをイメージに近づけるのがイコライザーですから,これがないのはちょっと致命的かなとおもいます。
大した手間でもないでしょうし,リアルタイムでいじれなくても構わなかったので,イコライザーは本当に欲しいと思います。
もう1つ,電源のON/OFFについてです。電源をOFFにした時に,それまでの状態が記憶されないのは,ちょっとどうかなと思います。
電源を切る直前の状態のうち,記憶しておいて欲しいのは,選んでいる音色(プリセット3つかもしくはマニュアルか)と,もしマニュアルを選んでいた場合にはオルガンタイプ,コーラス/ビブラート,レスリー,オーバードライブとリバーブ,パーカッションの各設定をきちんと復元しておいて欲しいということです。
例えば,ACEやVXを中心に使っている人が,電源を入れる度にB-3に戻ってしまうのは悲しいです。ACEやVXをプリセットに記憶しておいても,電源ONではMANUALに戻りますので,やはり一手間かかるのです。これはちょっと厳しすぎます。
最後に,これはM-soloの性格上やむを得ないことなのですが,プリセットを呼び出した時に,それがどんなドローバーの設定だったのかがわかりません。プリセットからドローバーを変化させた時に,元の状態からどのくらい変化させたのかもわからなければ,他のドローバーの位置もわかりません。
その状態で出来上がった音をプリセットとして記憶させると,結局ドローバーがどんな位置かを知らないまま演奏することになります。これ,思った以上に気持ち悪いです。だって,ドローバーの位置がそのまま音に反映されるのが,リアルタイム指向の真骨頂でしょう?
(12)まとめ
確かにこれは"B-3"ではありません。ですが,ハモンドの名前を冠する「ハモンドオルガン」であり,B-3への尊敬がM-soloには宿っています。
一生懸命試行錯誤を繰り返して,どうしたらハモンドオルガンっぽい音が出るかを模索したのに,M-soloを使えば簡単に実現してしまうのですから,とても楽しいです。
今回わかったのは,やはりハモンドオルガンというのは,多列接点にあるのだなあということです。クリック,チャタリング,グリッサンドで出る音の「らしさ」も,結局この多列接点にあったということです。そりゃー,他社のオルガンではかなうはずもありません。
まだ断言出来ませんが,ハモンドオルガンをハモンドオルガンたらしめているのは,
・トーンホイールによる音源
・一体化している鍵盤と音源
・リアルタイムで動かせるドローバー
・スキャナービブラートとコーラス
・キークリックとチャタリング
・パーカッション
・レスリースピーカー
・これらを駆使した奏法
ということが,はっきりわかりました。特にキークリックとスキャナービブラートは,ハモンドオルガンで最も重要な要素の1つじゃないかと思ったほどで,でもこれを語る人って少ないですし,他のメーカーの製品でここにこだわったという話を耳にすることはありません。ハモンドオルガンに詳しくない人の中には,これらの単語を知らない人だっているんじゃないでしょうか。
私は幸いにして,M-soloという形でハモンドオルガンのほんの一部を知ることが出来ました。今なおハモンドオルガンが世界中で愛されていることの理由が見えた気がします。
同じ鍵盤楽器ですし,これまでにもよく使っていた音ですが,新しい楽器に手を出して,練習して少しずつ弾けるようになっていく,そんな経験を新たにする機会になりそうです。楽しくなるなあ。