2000年に作った6V6GTのシングルアンプを改造しました。
改造と言っても性能の向上はなにもありません。このアンプは自分でゼロから設計したものだったのですが,案外性能が平凡で,特にこのアンプでないといけないような音でもないことから,ほとんど使っていません。
自分で設計をしたということもそうですが,旧タンゴが廃業した時の,最後の生産分として入荷したU-608というトランスを手に入れたことがきっかけでした。5Wくらいのシングルアンプを作るのに,どんな真空管を選べば良いかを考えたのですが,どうせメインのシステムにはならないだろうし,ヘッドフォンジャックも付けておきたいということで,あまり欲張らないようにしたのです。
U-608はUL接続用のタップが出ていませんので,五極管を使う場合でも素直に五極管接続をするか,あるいは三極管接続をする,もしくは最初から三極管を使うしか選択肢がありません。
三極管はすでに5998のプッシュプルがありますし,ここで2A3みたいな本格的なアンプはドライブも大変なのでちょっとしんどい。かといって6BQ5や6BM8みたいなタマでは,最後のタンゴトランスがもったいないので,悩んだ末6V6にしたのです。
スクリーングリッドへの電圧供給はなにかと面倒ですし,出来ればUL接続したかったのですが,仕方がないので設計課題の1つとして,真面目に五極管接続をすることにしました。
電源トランスはいつもお金がかかるものなのですが,新規の投資をしたくないという気分もあって,手持ちにあったST-220の中古品を使うことにしたのです。ところがこのST-220というトランスB電源を220mAも確保されていて,6BQ5や6V6のプッシュプルに対応できるちょっと大きめのトランスです。今回の6V6シングルでは100mAもあれば足りると思っていたのですが,まあいいかと使うことにします。
ところが,電流が少ないのでやはり電圧が高めに出てしまうことと,サイズが大きく重たいことで,小型のシャシーではたわみが大きく,また配置にも無理があることなど,かなり不自然な状態で使っていたのです。
ま,それはそれでなんとかあわせ込んで,4.5W+4.5Wの出力のシングルアンプが完成したわけですが,すでにあれから8年。
昨今の原材料高騰からトランスの値段もうなぎ登りです。1.5倍から2倍になったトランスもざらです。いわば贅沢品ですし,食料品と違って1回買うと数年は買いませんから別にいいのですが,それでも出来るだけ「鉄の塊」には投資をしたくないものです。
そこへノグチトランスというトランスの専門店が値上げの予定を発表しました。ST-220などというオーバースペックのトランスから,適当なサイズのトランスへ交換しないといけないなと思って矢先の話で,以前なら5000円を切っていたPMC-100Mという手頃なトランスも,今や6000円近い値段になっています。
これ以上値上がりすると,価格的に交換する意味もないですから,こういうのはさっさと注文するのがよいです。
出てきたST-220で,ちょっと出力の大きめのプッシュプルアンプを作ることが出来ない物かと考えたのですが,220mAという電流も,280Vという電圧もちょっと小さくてダメそうです。(この段階で電圧に思い違いをしていて,40Wクラスのプッシュプル用出力トランスを2つ注文済みであったことは内緒です。)
そこで考えたのは,ST-220を5998プッシュプルに転用,5998プッシュプルについていたPMC-283Mを,新しいプッシュプルアンプに使ってはどうか,ということです。
PMC-283Mは320Vで280mAですから,6CA7でプッシュプルを組むと30Wくらいはいけそうです。しかも120V巻線も出ているので,固定バイアス用の負電圧も作ることが出来ます。(ST-220にはありません)
このトランスも10年前は1万円くらいだったのですが,今は結構高いですねえ。
しかし,問題は5998プッシュプルにST-220が使えるのかどうかです。
固定バイアスではありませんし,電圧も280Vあれば十分なのですが,電流が220mAは実は少ないのです。5998Aのアイドル電流が1ユニットあたり60mA,これが4つ分ですでに240mAですから,軽くオーバーです。
まあ,少々多めに電流を取っても電圧が下がるくらいでたぶん使えると思うのですが,長時間の使用は難しいでしょうね。
しかし,ST-220を使わないともったいないですから,やっぱりこの作戦でいきましょう。
こう決めて,6V6シングルの改造を始めます。トランスの配線を外し,シャシーからST-220を取り外します。ここにPMC-100Mを取り付けますが,幸いなことにちょっとヤスリで削るだけで固定穴を作ることが出来ました。しっかり固定できます。
しかし,合計100mAのトランスというのは,小さくてかわいらしいものです。
配線を終えて,各部の電圧を測定すると,当たり前ですが改造前と全く同じです。これなら間違いないだろうとさくっと音出しをします。
ハムも全然なく,ノイズもほとんど聞こえません。まずは成功でしょう。
しかし,音を出すと,スケール感がないのです。広がりもなく,随分と頭打ち感がします。ジャズは言うまでもなく,クラシックはもう苦痛というくらいの狭さです。
効率のいい大きなスピーカならもっと鳴るんでしょうが,やはりドライブ能力が特に必要と言われるCM1では,全然だめですね。いやー,がっかりです。
試しに5998プッシュプルに切り替えると,広がりはそこそこ,低音もしっかり出てきますが,高音に伸びがありません。やっぱ頭打ち感があります。クラシックで顕著ですね。
それならばとうちの常用機である300Bシングルを投入,自然な伸びはあるのですが,低音のモコモコとした分離の悪さ,スケール感のなさからくる広がりのなさに「こんなに悪かったかうちのアンプは?」と思うほどでした。パワー不足です。
最後の手として,MOS-FETの40Wアンプです。これはあまりにソリッドな音でつまらないのですが,どうしてどうして,クラシックを鳴らしてみると一番ましなのです。友人も「これでやっと普通になった」といってましたし,確かにすべての音が等しいバランスで鳴っています。
やっぱクラシックのようなスケール感重視の音楽は,パワーが必要なんだなあと思ったことと,変に特性に偏りのある「個性の強いアンプ」ではなく,ストレートでソリッドなアンプこそクラシックには適しているのではないかと,そんな風に思った次第です。
楽器の数が少なく,ボーカルやピアノなどの柔らかい音が主役なら,負帰還の少なめのシングルアンプは,本当にいい音を出すと思います。
一方で,6CA7やKT88,6L6GCなどの銘球を使った大出力プッシュプルアンプも,音楽のジャンルに関わらず昔から高い評価を得ています。五極管でアンプを作るくらいなら半導体でいいじゃないかと思っている私ですが,UL接続という絶妙な負帰還システムは半導体では実現できず,ここに試してみる価値があるのではないかと思います。