
AppleIIの純正フロッピーディスクは,言うまでもなくDiskIIです。
このDiskII,純正のフロッピーディスクという役割だけではなく,歴史的意味合いも持つ独特の存在意義があります。
それは通常大規模な回路で制御されるフロッピーディスクをウォズニアックが知恵と工夫でとても簡単な回路でAppleIIに用意したとか,シュガート社の世界初の5インチドライブであるSA400の不良品を安く調達し内部の回路を独自のものに置き換えて出荷したとか,その仕組みはMac時代にも受け継がれていてSuperWoz Integrated Machine略してSWIMと呼ばれているとか,いくつかのエピソードと一緒に語られる,とても重要な製品です。
ウォズニアック自身も,DiskIIの開発については生涯で一番素晴らしいものだったと語るほどのもので,実際その回路のシンプルさは,様々な切り口で今なお絶賛の対象です。
本来なら,フルハイトの旧式ドライブを使ったDiskIIはさっさと日本製の高性能で安価なハーフハイトのドライブを使ったものに置き換わってもいいはずなのですが,そうならないほどの完成度を持ち続けていたこと,精度の低さをついたプロテクトのために,高精度な日本製ドライブだとかえってプロテクトに引っかかって起動しなくなってしまったりするというのも,よく耳にする話でしょう。
私はチノンのドライブを使った「飛鳥」というコンパチドライブを1台だけ持っていますが,困った事がないのはもちろん,その安定性や信頼性には絶大なものを置いていますから,DiskIIなど別に欲しいと思っていなかったのです。
ですが,やっぱり2ドライブあると便利だということで,もう1台のドライブを探し始めたところ,ジャンク品を7000円ほどで見つけて即買いしてしまいました。このくらいの程度のドライブなら,10年ほどの前のアキバなら1000円ほどで転がっていたものなのですが・・・
このDiskII,まずケーブルが付属していません。キズも多くて程度も良くなさそうですが,基板は綺麗ですし,メカ的な改造や修理を行った形跡もありませんので、その点では安心出来そうです。
この手のジャンクの場合,メカの不良,例えばフレームの歪みであるとか,モーターの不良やベルトの破損が深刻ですし,ヘッドの断線などがあったらもうアウトです。
そういう致命傷がない事を祈りつつ,手元に届いたDiskIIを見て見ると,とりあえずどうにかなりそうな雰囲気です。(のちのこれが誤りである事を思い知るのですが)
偶然持っていた20芯のフラットケーブルと,これも偶然持っていた20ピンの圧着コネクタを使ってさっさとケーブルを自作します。モーターに12Vをかけて普通に回ることを確認し,Appleのインターフェースに繋ぎます。
おお,とりあえずDOSが起動しました。致命傷はなさそう,というか完動品?ラッキー!
んなわけありません。お約束のSpeedTestを行うと,Fastで振り切った値が出てきます。調整しようと半固定抵抗を回してみますが,全然調整出来ません。蛍光灯を取りだしてきてストロボで速度調整を行ったところ,リードも出来なくなってしまいました。
そして,フォーマットがコケることが多いです。ライトも上手くいったりいかなかったりでとにかく不安定です。調整が狂っているのかも知れないと,恐る恐るサービスマニュアルの通りの波形が出るかどうかを確認して,調整を試みます。
しかし,波形はきちんと出てきますし,調整もほとんど必要がありません。でもリードもライトも不安定ですし,安定するような速度は規定の回転数(300rpm)よりもずっと遅い速度でないといけなかったりします。そもそもSpeedTestはでたらめな値を返してきます。
3日ほど悩んで,波形をじっくり確認したのですが,結局問題はわからず。もうダメかもしれないなあと思って改めて回路図を見ていると,どうも波形はリードを行っている時のもののようで,ライトの時の動作を確認出来るようなものではないようなのです。
とりあえずコンデンサや抵抗を確認しますがこれらも問題はありません。疲れ果て風呂で頭を冷やしているときに閃いたのは,ライトの回路の不良なんじゃないかということです。
ライトの回路は,CA3146というICが担います。ライト用のICといいつつ,このCA3146はトランジスタアレイで,1つのペアトランジスタと,3つのシングルトランジスタの,合計5個のNPNトランジスタを持つものです。
これが壊れることはそんなにないそうなのですが,定番の故障である74LS125も壊れておらず,リード時の波形からリードアンプであるMC3740は無事なようなので,いよいよこれじゃないかと疑ってみたのです。
ソケットからCA3146を取り外し,ブレッドボードに差し込みます。そしてトランジスタチェッカーを繋いで確認すると,なんとまあ,生きていたのは5素子中1素子だけ,あとは壊れていました。
ICの破損とわかってホッとしたのも束の間,CA3146等という変なICは手持ちがないばかりか,入手不可能なんじゃないかと心配になりました。調べてみると案の定,どこにも在庫はなさそうです。DiskIIをもう1つ買って取り外すしかないのか・・・
CA3146というICは,普通の小信号用NPNトランジスタを5つ持つICです。特徴と言えば300MHzあたりまでfTが伸びていることくらいで,高耐圧と言いつつ50V程度ですので2SC1815より低いくらいです。
fTだって,条件によっては2SC1815でも十分対応可能ですし,DiskIIが300MHzの帯域を使うような使い方をしているかどうかが問題でしょう。
DiskIIの回路を見ていて1つだけ注意するべきところがあるとすれば,エミッタを共通で持つデュアルトランジスタで,このペアは特性が揃っているということです。同じダイにあるので温度特性も良好でしょう。ここさえ押さえておけばなんとかなりそうです。
なら,CA3146の互換品を自作することは可能じゃないか?
手持ちの部品を調べると,まずシングルのトランジスタは2SC2712が使えそうです。この2SC2712はよく知られているように2SC1815の面実装版です。さすがに300MHzは無理ですが,100MHzくらいなら余裕です。hFEのランクはYとします。
ペアトランジスタについては,やはり手持ちで2SC4207というのがあったので,これを使うことにしました。特性をみていると2SC2712が2つ入っている感じなので,今回の用途には好都合でしょう。
さすがに面実装品を使って作りますので,14ピンのヘッダピンを出した万能基板上に並べて配線すれば,オリジナルとほぼ同じ大きさの互換品が出来ました。
どうですか?なかなか小綺麗にまとまっているでしょう?
トランジスタチェッカーで誤配線がない事を調べて,ドキドキしながらDiskIIに取り付けて電源を入れ,SpeedTestを起動します。
すると,ちゃんと回転数が表示されるじゃありませんか!回転数調整用の半固定抵抗を回せばちゃんと回転数が変わって表示され,規定の回転数にあわせ込むことも,嘘のように出来ました。どうも上手く行っているみたいです。
ライトのテストを行っても問題なし。フォーマットも問題なし。もうバッチリ動いています。そうか,やっぱり原因はCA3146だったのか・・・
CA3146は世界的に入手が難しくなっているらしく,その需要はDiskIIの修理がほとんどでしょう。2022年の日本で,まさかCA3146の互換品が手作りされているなんて,誰が思うでしょうね。
ということで,DiskIIは動き始めました。大きい,うるさい,使い勝手が今ひとつと,ドライブの価値だけで語れば飛鳥の方が圧倒的に上だと思います。
しかし,DiskIIには純正品という価値以上に,歴史的な意味合いと,本体と一緒に必ず写真に写っている憧れなのです。
2ドライブになったことの便利さと,精度の低さがかえってエラーを許容してしまうこと,そしてあのたたずまいと,DiskIIを常用出来ることにうれしさは,想像以上のものがありました。CA3146が壊れていることを突き止め,互換品を手作りし,動くようになったことも達成感があります。
ケーブルのシールドが不完全で不安定な動きを見せることもありましたが,シールドを銅箔テープで行い,上手く取り回しを行うことでエラーも激減しています。メカ的なトラブルがなかったことは本当に幸いでした。
パネルの傷をタッチアップしようとして,ペイントマーカーのペイントが本体に飛び跳ねてしまい,アルコールで拭けばいいだろうと思っていたら,なんと染み込んでしまって落ちなくなってしまったというミスもやらかしましたが,とにかくDiskIIが動くようになって,良かったなあと思っています。