電子工作の40年
- 2025/05/09 16:02
- カテゴリー:マニアックなおはなし, make:
恐ろしいもので,ハンダゴテを初めて使って電子工作を始めてから,40年以上の時間が経過してしまいました。ハンダ付けという新しい接合法を習得して可能になった工作範囲は広く,一気に電気の世界に踏み入れることになったわけですが,キットの製作で始まった電子工作も,雑誌の製作記事を見ながら作るようになってくると,自分で部品集めをすることになります。
この部品集めという作業がとにかく面白いわけですが,初めは記事にあるとおりに部品を揃えることが精一杯だった私も,次第に手に入る部品で作る事を覚え,やがて回路設計の世界に踏み出すことになるのです。
小学生の頃から,日本橋の部品屋さんで部品を探し,工作で使う部品の変遷をずっと見て来た私は,先日ふとこの40年で使えなくなった部品,変わってしまった部品について考えてみましたが,以外に使えなくなった部品というのはないもので,40年前の製作記事をそのまま作る事は案外簡単にできたりします。
変化の激しいエレクトロニクスの世界において,これはなかなか驚きでして,例えば1980年代に1950年代の製作記事をそのまま作る事はほぼ絶望的だったことを考えると,最先端とホビーとの間の差がどんどん広がっている時代なんだなと思います。
ということで,40年前,あるいは30年前を振り返り,変わってしまったこと,変わっていないことをつらつらと書いてみます。
(1)基板
40年前に基板と言えば,片面ベークが当たり前,ガラスエポキシは余程の事がないと手が出せないものでした。多層基板など存在は知っていたものの見た事はなく,両面基板も自分には関係がないと思っていたほどでした。
初心者は平ラグ版,中級者はサンハヤトの万能基板,上級者は自作基板と相場が決まっていて,銅箔板に直接油性ペンで書き込む手書きか,サンハヤトの感光基板を使って基板を作ると,もうそれだけで1つの工作を仕上げたような気分になったものでした。
それでもこうした基板はベークが大半で,まさかガラスエポキシがこんなに手軽になり,一般的に使われるようになるとは思いませんでした。
平ラグ版はもちろん,サンハヤトの万能基板(定番のICB-88やICB-93)も全く問題なく入手可能,感光基板も露光時間が短くて済むタイプにリニューアルされて現在も手に入ります。
大きく変わったのは,少量の基板を海外に発注して作ってもらうことが個人でも可能になったことで,PCに無料で使える基板CADを使えば,数日の間に完成した綺麗な基板が届きます。これはもう,当時は考えられなかったことだと思います。
もちろん,自分でエッチングする基板にも価値はあり,CADの操作を覚えずとも思い通りのパターン(特にアナログでは重要)が描けますし,なんと言っても待っている時間がありません。
感光基板以外の方法で基板を作る方法がもっと進歩するかなと思っていた時期もあるのですが,アイロンプリントも今ひとつ盛り上がりませんでしたし,小型フライス盤を使う方法も下火になった感じです。
自作の基板には穴開けが面倒という話もついて回るのですが,高周波の基板ならほぼ面実装ですし,パターンも簡単なのでなんならエッチングをせず,Pカッターで直接銅箔を切っていく方法で作る事が出来たりします。
どっちにしても,基板は40年前から大幅に進歩しつつ,でも昔ながらの方法も選ぶ事が出来そうです。
(2)ブレッドボード
基板と関連があるのですが,ブレッドボードがこれほど一般化するとは思いませんでした。40年前を思い出すと,輸入品があるにはあったが高価で,本当に実験用の特殊なものだったように思います。
私も30年ほど前に手に入れて使ってみましたが,当時はハンダ付けする方が楽だと,結局使わずにいました。しかし一度ブレッドボードで作る事に慣れてしまえば楽ちんで,食卓で製作が出来るお手軽さにはあらがえない物があります。
(3)ハンダ
電子工作の世界では,40年前からスズ63%の共晶ハンダがおすすめされています。20年ほど前に吹き荒れた鉛フリーの流れが,工作の世界ではそれほど影響を与えなかったようです。
鉛フリーのハンダは融点が高く,ハンダ付けも難しいです。ハンダゴテも温度調整機能のある高価なものが必要だったので,工作にはなかなか普及しなかったと思います。
なら,有鉛の共晶ハンダが未だに使われるのって危ないんじゃないかと思うかも知れませんが,素人が工作で使う量などたかが知れているので,規制の対象にならないのでしょう。というか,日本には有鉛ハンダを取り締まる法律はないそうです。
ということで,ハンダは未だに有鉛の共晶ハンダが一般的で,どこでも普通に手に入ります。むしろ無鉛ハンダの方が入手が難しいくらいです。
(4)ハンダゴテ
一方のハンダゴテですが,こちらは随分と進化しました。40年前,鉄でコーティングしていない昔ながらのハンダゴテがまだまだ残っていましたから,ハンダが乗らなくなったらヤスリで削れといわれていました。
さすがにそんなハンダゴテは一部でしか使われる事はなくなり,今はどんなに安い物でも鉄でコーティングした長寿命のコテ先が使われています。
進歩したのは,温度調整機能がついた物が安価になったことでしょう。10年ほど前まではコテと本体が分かれていたのですが,今は安価な一体型が手に入るようになり,ハンダ付けが劇的に楽になったように思います。
(5)抵抗
抵抗は今でも1/4Wや1/6W,誤差5%のカーボン抵抗が手に入ります。これは40年前から変わりません。サイズは小さくなっていると思いますが,リードタイプであればなにも問題はないでしょう。それより,安価で簡単に手に入る抵抗があることが重要です。
こうしたリード部品の進歩はほぼ止まっているのですが,この40年の間に抵抗は完全に面実装品に切り替わりました。しかも小型化の流れは止まらず,30年前は2012,20年前は1608,10年前は1005,今は0608かそれ以下というサイズになり,もう気軽に工作で使える物ではなくなってしまいました。
量産で使われるものが一番安く手に入りやすいものですから,今は2012や1608はリード部品よりもかえって入手が難しいくらいで,価格も高めです。しかしこれらのサイズの抵抗は2.54mmピッチの万能基板にぴったりなので,私はたくさんストックしています。
これらのサイズの抵抗も当時は高周波用の特殊な部品という扱いでしたが,今はすでに生産されていない過去の部品です。そんな中で,もっと古いリードの抵抗が生き残っているというのは,ホビイストにはうれしい話だと思います。
(6)コンデンサなど
コンデンサの世界は大きく変わったように見えます。まずリードのコンデンサはフィルムと電解コンデンサくらいになってしまい,それ以外には手に入りにくくなっています。
セラミックコンデンサはほぼチップに置き換わっています。また,バイパスコンデンサに使われる小型大容量で誤差が大きく温度特性も悪い高誘電率タイプと,従来からある特性の良い低容量品にくっきり分かれました。
前者は耐圧も下がり,特性も犠牲にすることで,米粒程の大きさで100uFが当たり前になっています。こうした用途でリードの物は需要がありませんので,私は売られているのを見た事がありません。
後者についてはもともと高周波用なのでチップの方が有利なのですが,そもそもラジオやテレビなどで一般的だったアナログの高周波回路が衰退し,精度や温度特性を優先した高周波用のコンデンサの需要が消えてしまい,とても入手が難しくなっています。
これはリードタイプでも同じで,コイルの温度特性を相殺するために,コイルとは逆の温度特性をもつセラミックコンデンサを並列に繋いで温度特性を相殺するような場合に使われる温度補償用のセラミックコンデンサなど,もうどうやって手に入れればいいのやら見当も付きません。
フィルムコンデンサは集約が進みました。かつては値段と性能で使い分けをするのが当たり前で,温度特性や精度でスチロール,一般用にマイラー,高容量でポリカーボネート,という感じでしたが,スチロールは高温で劣化するので量産時のリフローが使えず消えましたし,それ以外の用途には安くて特性の良いポリプロピレンコンデンサに統一された感じがします。
マイカコンデンサも高級なコンデンサの代名詞でしたが,高価で小型化できず小容量品しかないコンデンサを積極的に使うこともなく,今や絶滅危惧種になっていると思います。
検討しているのはアルミ電解コンデンサで,これは40年前から入手性も変わらず,定番であり続けています。20年ほど前,携帯電話の基地局で大容量の電解コンデンサが大量に使われたことから原材料が不足して入手が難しくなった時期もありましたが,スイッチング電源に必須なアルミ電解コンデンサの需要は安定しているみたいで,入手の心配はありません。
これに対してタンタル電解コンデンサはほぼ消えました。40年前は高性能電解コンデンサの代表選手だったのですが,故障時にショートするという特性が致命的で,まず量産の設計から駆逐されました。
そうそう,電解コンデンサといえば,4級塩の話を忘れることは出来ません。30年ほど前に電解液を高性能化して,小型で特性の良い電解コンデンサが作られ,大量に使われたのですが,10年ほどすると電解液がゴムのパッキンを劣化させて漏れてしまい,基板ごと溶かして壊すという問題が多発しました。
コンデンサのメーカーはおろか,最終製品のメーカーも公式には認めていないと思いますが,この頃の電子機器ではもう当たり前の故障原因で,当時作られた機器を使い続けるための最大の難関となっています。なんといっても基板を溶かしてしまうのですから,もう手が付けられません。これ,日本のメーカーの黒歴史だと思います。
(7)LED
40年前のLEDは高価でしたし,色も品種も少なく,暗かったです。私が初めて買ったLEDは東芝のTLR103でしたが,1つ100円もしました。
赤や黄色は当時とそんなに変わらないと思うのですが,黄緑は波長が変わっていて,昔の黄色に近い黄緑は本当にほたるのように美しく,大好きでした。今の黄緑は緑に寄っているので,今ひとつ好きにはなりません。
だから,40年前の「電子ほたる」などと銘打って出ていた製作記事を今再現しようとしても,実はLEDの色でほたるにならないかも知れません。
しかし,青色LEDが一般化したことで,様々な色のLEDが手に入るようになりました。30年前,SiCの青色LEDを秋月電子で買いましたが,今のLEDに比べると全然暗く,むしろ神秘的な感じさえしました。
気を付けないといけないのは,電流が少なくなっていることです。40年前,10mA流すこともざらだったLEDは,今や1mAも流すとまぶしいくらいです。昔の記事の通りに作ってしまうとまぶしいばかりか,劣化が進んでしまうので,再設計が必要かも知れません。
(8)トランジスタ
40年前にはすでにシリコントランジスタへの移行が終わっていたので,当時の製作記事で工作するためにゲルマニウムトランジスタを探し回ることはしなくていいと思います。
ただ,当時から定番だった2SC1815と2SA1015はすでに廃品種になっていて,この世界にもチップ部品の並が押し寄せています。
とはいいつつ,2SC1815は似たような特性の互換品が安価に出回っていますので,普通の用途では困ることはないでしょう。2SC458や2SC945,2SC828といった汎用のトランジスタは全然手に入りませんが,これらも普通は2SC1815の互換品で間に合いますので,心配はありません。
工作で良く使われたものとしては,2SD235があります。パワートランジスタですが,これも2SD880の互換品が出回っていますので心配ありません。
問題はFETで,高周波用のかつて3SK59などのダブルゲートFETを駆逐した2SK241が,すでに貴重品になっていることでしょうか。代わりになる後継品種はなく,互換品種ものきなみ入手困難,中国製は手に入りますが,性能面で互換といっていいか微妙なところです。FMチューナー用に多用された画期的なデバイスでしたが,FMラジオの需要が小さくなった今,この部品が欲しいのはアマチュアだけですし,無理もないところです。
それでも,まだリードタイプの定番トランジスタがちゃんと揃っているのはすごいとしか言いようがなく,40年前の工作の大半はカバー出来ると思います。
(9)アナログIC
アナログICも,定番と言われるものは40年前から変わらず入手は難しくありません。ただ,業界の再編が進み,フェアチャイルドは元モトローラであるオンセミコンダクタに買収されて消滅,ナショナルセミコンダクタもまさかのテキサスインスツルメンツに買収されて消滅し,オリジナルのメーカーはほぼテキサスインスツルメンツに一本化された感じです。
しかしそのテキサスインスツルメンツは代理店経由で販売をしないことになり,我々のようなホビイストがテキサスインスツルメンツのICを手に入れる事は難しくなりました。
日本のメーカーも自社製品に組み込むことがなくなったことで生産されなくなり,今や東芝とローム,JRCあらため日清紡くらいのものです。
案外STmicroのICが手に入りやすいようなので,40年前の工作をするならこういうところも活用した方がいいかも知れません。
中国製のセカンドソースが安く入手が簡単になっているのですが,特性的に心配だったこともあって手を出さずにいました。しかし,今やそうも言ってられない状況で,上手く使い分ける必要があります。
とはいえ,製作記事に出ていたNE555やLM386,7805やuA741,RC4558等は今でも互換品が簡単に手に入ります。このあたりはなにも心配ないでしょう。
(10)デジタルIC
一方のデジタルICは結構深刻だと私は思います。あれほど当たり前に売られていた74LSはもう絶滅危惧種ですし,74ALSや74Fは貴重品です。さらにいうと時々目にした74Sはさらに入手困難です。
かろうじて74HCが手に入るので置き換え可能ですが,厳密には互換性はないので代わりにはならない場合もあります。4000シリーズは今でも手に入る可能性が高いですが,ちょっと変わった品種は難しいでしょう。
いずれにしても,DIPのものは入手が難しくなりつつあり,SOPやTSOPが普通になってきます。ただ,需要のある品種しか手に入らないので,例えば74141や74181などはそもそもSOPなど存在しません。
30年前には一世を風靡したPALやGALはもう全く見かけなくなりました。今やPALASMを走らせるのも一苦労ですから,入手出来ても仕方がないのかも知れません。
もっというと,専用のICはアナログICも含めて絶望的と言えるでしょう。CPUやマイコンのペリフェラルはまだ探せば手に入ると思いますし,DRAMやSRAMも同じような状況です。
しかし,ちょっと特殊なIC,例えばフロッピーディスクのVFOであるとか,CB無線用のPLLであるとか,RTCのICだとか,FM音源であるとか,CPUでもマイナーなものなどは,かなり探さないと難しいと思います。カスタムICに至ってはもう入手は諦めるほかありません。
ただ,そんなものは40年前の製作記事にも出てきません。設計の厳しさで考えると,今手に入る74HCか4000シリーズで十分動く工作ができると思います。
とまあ,思いつく物を書いてみました。こうしてみると,この40年で大きく変わった世界ではありますが,昔ながらの物も手に入る状況は続いているので,昔の製作記事で工作することも十分可能みたいです。
失われた30年と言いますが,日本はこの間進歩していないという言い方も出来るかも知れず,ちょっと複雑な気分になります。