Jupiter-Xmはシンセオタクの夢
- 2019/11/26 14:53
- カテゴリー:散財
私の目の前に,先日発売になったばかりのJupiter-Xmがあります。
小振りなモノシンセか,あるいはかなり大きめのポータブルキーボードか,という外観は,その実1980年代前半のローランドを文字通り代表するJupiter-8へのオマージュにあふれています。
ローランドは,アナログシンセサイザーを育ててきた自負からか,パラメータに直結したツマミとLEDを簡単には捨てずにいました。
DX7の登場でシンセサイザーはパラメータを内側に隠し,我々はそこへのアクセスに深い洞窟に潜り込むことを余儀なくされました。
洞窟ですから,もちろん周到な準備が必要ですし,手探りで進まねばならないときも,そして引き換えさねばならないときもあります。
ローランドもその時流に抗うことはできず,アナログシンセサイザーであるJX3PやJX8Pからツマミを取り上げてしまいました。それでもシンセサイザーメーカーとしての矜恃からか,あるいはある種の罪悪感からか,パラメータをダイレクトに操作できる専用のプログラマーをオプションとして提供するあたり,それが本意ではなかったことを我々に想像させます。
デジタル化してもアナログを意識した音源であったローランドは,D-50でもその後のシンセサイザーでも,パラメータをダイレクトに動かす事で得られる音作りの快感を忘れることが出来ず,JD-800を世に問います。
その音の良さと存在感,シンセサイザーの原点に立ち返ったことの格好良さが受け入れられてヒットすることで,ローランドは自らの進む道の1つに確信を持ちました。シンセサイザーは音を創造する楽器である,私個人もそのメッセージに共感した一人です。
ただ,そうした音作りがお金を稼ぐ手段にならないのも現実で,ライバルメーカーのシンセサイザーは言うまでもなく,自社の別機種もプレイバックサンプラーとしての使い勝手を追求するものがヒットし,ローランドはシンセサイザーを一体どうしたいのか,そのメッセージが焦点を結ばなくなってきました。
昔のものをただ復刻することはしない,という方針だったローランドが方針を転換したのは,皮肉にも創業者が表舞台から姿を消し,外資が入る様になってからのことです。
私は,ようやくローランドが過去の自分の仕事に向き合って,冷静に自分の姿を振り返る事ができたのだろうと,そんな風に思いました。
確かに,過去の遺産を食い潰すだけでは先細りです。Jupiter-8も,D-50も,XVもそれまでにないものを作り出せたから,当時も今も圧倒的な名声を勝ち得ています。過去と断絶したオリジナリティは最も歓迎されるべきものでしょうが,過去の実績を冷静に見つめることも,また許される事だと思います。
妥協なきフラッグシップにJupiter,安価でカジュアルなJunoというブランドを復活させ,それまで頑なに拒んできたTR-808やビンテージ機の復刻を行うようになってきましたが,そうした流れの中でローランド自らが純粋に「欲しいな」と思ったシンセサイザーを形にしたのが,Jupiter-Xmです。
ローランドは個々の設計者があまり外には出てこない会社でしたが,Jupiter-Xmを見ていると,本当にシンセサイザーとシンセサイザーを演奏することが大好きな人達なんだなあと思えてきます。
単純にJupiter-8を真似るだけで満足してはいけません。Jupiterを最新のPCMシンセと重ねることで,互いを活かすことが出来ます。しかし,複数のシンセサイザーを上下左右に積み重ねて演奏出来る人は限られていて,ましてそれらを一式持ち運んで演奏するなどあり得ません。
Jupiter-Xmは,それが出来るシンセサイザーです。Jupiter-8の美味しい使い方ができる環境そのものを,この小さな筐体に押し込んだものといってよいでしょう。
スピーカーが内蔵されていることも,電池駆動出来る事も,Bluetoothを内蔵していることも,XV-5080やRDの音源まで搭載していることも,ミニ鍵盤を採用したことも,すべてそのためです。
なるほど,Jupiter-Xmでやりたいことはわかった,しかしそのために,具体的にどんな機能を搭載し,どういう操作をさせるのか,それはとても難しい問題です。
私は,Jupiter-Xmが持つ機能から,これが今自分にもっともフィットしたシンセサイザーであることを確信しました。そして,事前に予約し,発売日に楽器店で購入しました。高校生の時に初めて買ったD-20以来,本当に久々に楽器店の店頭でシンセサイザーを買いました。
楽器店に向かう高揚感,支払いの時の背徳感,ちょっとした待ち時間に感じたムズムズした感覚,そして電車で持ち帰る間の自意識過剰な優越感と,まさに当時の私が味わった時間を,今こうしてまた過ごしています。
欲しくてまたらなく,でも分不相応なことも痛いほどわかっていた,憧れに過ぎなかったJupiter,その末裔がここにあります。マーケティングの結果ではなく,シンセサイザーが大好きな人達が作った理想が,形になっています。私がその理想に一票入れて,今手元にあります。シンセサイザーという楽器には,こんな力もあるのです。
早速Jupiterの音を出します。
正直に言って,ピンと来ません。そのはずです。私はJupiterを弾いたことが数えるほどしかありません。Jupiterでギターとやり合ったこともなければ,他のシンセサイザーと重ねたこともないのです。
シンセブラスを出してみます。ストリングスを出してみます。あれ,こんなにヘロヘロな音だっけ?
しかし,重ねてみると,別の表情を見せます。そう,欲しくて欲しくてたまらなかった,あの音がでています。
Junoにします。これは何度も演奏していますが,その頼りなさに不安を感じた,あまり思い出したくないモヤモヤがまた甦ります。コーラスを切った時のがっかりも,完全再現です。
JX-8Pは,廃棄したことを特に後悔しているシンセサイザーです。もう二度とその音を聞くこともないと諦めていましたが,出てきた音はまさに私が演奏したJX-8Pの音です。まさかこんな形でJX-8Pの音に再会することになるとは,夢にも思いませんでした。
SH-101は,ポリフォニックシンセサイザーしか興味がなかった私には,安物モノシンセというイメージしかなく,しかも当時なにげに流行していたシンセサイザーの通信講座の教材に使われていたりしていて,嘲笑の対象でした。(DX100,CZ-101,SH-101が通信講座の定番でした)
SH-09を今でも持っていますが,これは純粋なアナログのくせに,音が細くてちっとも使い物になりません。安いものはそれなりだという法則に則り,SH-101にも過度な期待はしていませんでしたが,その音を聞いて驚きました。この伸びやかなシンセリードなら,きっとギターと互角に戦えます。
XV-5080はどうとらえていいのかわかりません。「これ一台で何でもOK」の多用途音源として使いこなせばいいのか,JupiterやJXを重ねるための引き立て役として扱えばいいのか,それとも1990年代や2000年代を再現する過去の音源として向き合えばいいのか。
ただ,使える音がたくさんあります。逆に使えない音も満載です。
RDはRD-700GXだそうです。うちは初代RD-700をまだ現役でつかっています。壊れやすいと評判の鍵盤も元気で,娘のピアノ練習もRD-700です。これも比較的初期に買ったのですが,最初のうちはとにかく音が遅れて全然ダメで,何度目かのアップデートでようやく改善されたことを懐かしく思い出します。
しかし,RDはちょっと厳しいです。入っている音色がアコースティックピアノだけで,しかもバリエーションがほとんどありません。RDに恥じないエレクトリックピアノが何種類か入っていることを期待しましたが,それはXVでカバーせよという事でしょう。しかし,RDとXVでは,エレクトリックピアノの音も違うのです。
リズム音源も悪くないです。スネアは良く通りますし,シンバルも良く出ています。バリエーションも多くて,使えるキットがたくさん見つかります。
これらトーンを最小単位とし,これをリズム用1パートと4つのパートにアサインして,マルチ音源として使うも良し,レイヤーで重ねるも良しで,ローカルのキーボードからもMIDIからも鳴らしていくのが,パートです。
パートごとにエフェクトを調整出来ますが,パートに共通する設定まで含むのが,シーンです。シーンを切り替えれば,手元の4台+1リズムのセットが一気にごっそり切り替わります。肉体労働はありません。すばらしいです。
気温を測定し,その結果でモデリングされたVCOやVCFの特性を変化させることも可能というこだわりが実用的かどうかは不明ですが,エージングというパラメータを目一杯まで大きくすると,まさに壊れたポリシンセが再現できます。調子の外れたVCOが1つあると,ここにアサインされた時にその音が狂ってしまうのですが,その時のあのがっかり感というか,悲壮感というか,そういうものまで再現するというのは,もはや実用的かどうかではなく,アナログシンセサイザーへの興味と関心,そして尊敬によって実装されたような気がします。
しかし,この調子外れの音は,何度聴いても悲しくなります。ビンテージアナログシンセサイザーが,入手の難しさだけではなく,維持の難しさからも,限られた人しか持つことを許されないことを訴えて来るからでしょう。
エフェクトもよくかかりますね。今どきのシンセサイザーは当たり前なのでしょうが,リバーブも透明感があり,良く抜けていきます。コーラスは往年のBBDをよく再現していて,ウォームで心地よいです。そして高品位だからなのでしょう,ディレイが上品で良く馴染み,邪魔になったり浮いたりしません。
Bluetoothで音楽を飛ばし,これにあわせて一緒に演奏することは,とても良い練習になりますし,音の評価にも有用です。こうしてあっという間の数時間を過ごして,Jupiter-Xmの全貌がようやく見えてくると共に,残念と思う部分に押さえつけられるような,ストレスを感じてもいました。
まず,パートが少ないです。
複数のシンセサイザーを上下左右に並べる環境を再現するのがJupiter-Xmのコンセプトなら,台数分だけのパートがないと説得力がありません。いいですか,リード,ピアノ,ベース,PAD,ドラムで既に5パートです。ここにブラス,ベルやチャイム,オルガンを加えるとき,使っていないパートをあてがっていちいちプログラムチェンジで音を切り替えて,PANやエフェクトまで変更しないといけないのでしょうか?
確かに,Jupiter-Xmを複数台接続することでこの問題は解決しそうです。でも,それはJupiter-Xmのコンセプトを自ら否定していることになりませんか?
ただ,この4パートまでという制限は,BMCという音源チップの能力限界からくるものだそうで,確かにどうにもならない問題のように思います。これを解決するにはBMCチップを強化するか,BMCを2つ搭載するしかありません。
些細なことですが,MIDIチャンネルが固定される事も気分的によくないです。特にリズムパートは,伝統的にCh10であって欲しかったです。
パネルに並んだツマミは,分解能も素晴らしく,ひょっとすると本物以上に滑らかに音が変化します。しかし,今変化しているパラメータはどのパラメータなのかが今ひとつピンと来ていないので,結果オーライになっていることも否めません。これでは再現性が低くて,レコーディングには使えないように思います。
ディスプレイにも限界があります。小さい画面に情報を詰め込みすぎていて,意味がわからなくなっています。大画面である必要はなく,その時欲しい情報だけをシンプルに表示してくれればそれでいいのにと思います。
スピーカーは頑張っていると思いますが,残念な事にせっかくのJupiterの音が再生出来ていません。Jupiterの音を出しても,それがJupiterらしく聞こえないくらい,情報が落ちています。もう少し頑張って欲しいです。
リズムパターンを入れておいて欲しかったです。なにも入っていないと,練習すら出来ません。
LEDが白色だけというのも,ちょっとさみしいものがあります。せっかくカラフルなJupiterなのですから,もう少しいろいろな色を使って操作性向上に役立てて欲しいなあと思いました。
そうそう,ミニ鍵盤は,私にはやっぱりしんどいです。慣れていないだけかも知れないのですが,鍵盤の間隔と言うよりも,奥行きが短すぎて辛いです。それに,もう少し重みのある鍵盤であって欲しかったなと思います。今のままだと本当にカシオトーンの高級版って感じです。
アフタータッチは是非欲しかったです。JX-8Pはアフタータッチがあって,とても楽しく演奏していました。私はまだ捨ててしまったことを後悔しなければならないようです。
ピッチベンダーとモジュレーションホイールも,ローランド独自のレバータイプも選べるようにして欲しかったです。世界的にはホイールが主流なのでしょうが,長年レバーになれてしまった私には辛いものがあります。また。ベンドしながらビブラートとか,そういうことが出来ないのにもフラストレーションがありますし,ビブラートを戻すのに,いちいちホイールを回さないといけないというのも面倒です。
最後,今後への期待です。
近日中にVer1.02から1.03にアップデートされることは,マニュアルにも記載されています。僅かとは言え新しい機能やパラメータが追加される可能性があるので,どう変わるかが楽しみです。
それと,新しいモデルの追加もワクワクします。今のところJupiter,Juno,JX,XV,RDですが,ここにさらに追加されることもさりげなくアナウンスされています。
Jupiter-Xmの音源というのは,BMCと呼ばれる音源チップがまず存在します。これは高い処理能力を持つDSPで,このDSPに実装されるソフトウェアフレームワークとして,汎用音源のZEN-Coreがあります。
ZEN-CoreはバーチャルアナログとPCMをカバーする守備範囲の広い音源で,ここがXVやRDを作っていたり,あるいはJupiter-X独自の音を作り出すと言って良いでしょう。
BMCにはこれだけではなく,JupiterやJunoを再現する音源も別に入っています。これがABMです。ローランドのビンテージ音源と言えば高い再現性を持つACBが有名ですが,ACBが1つ1つの部品レベルでのモデリングからボトムアップして積み上げて行くのに対し,ABMはツマミや音などの振る舞いを上流から再現していく点で大きく異なり,再現性は完全ではない一方で,飛躍的に演算量を減らすことが出来ます。
いってみればACBが仮想的に電子回路を動作させて結果としてもその音を再現しているのに対し,ABMは回路や仕組みは違っているが最終的な音を似せている,ということになります。
どちらも理屈の上では,JupiterやJunoの音を再現出来ることには違いはありません。もちろんABMには微妙な再現性まで期待出来ないのですが,その代わりたった1台でJupiter-8を4台レイヤーすることも可能になったりします。
このZEN-Coreを使うのがよいのか,ABMを使うのが良いのかはわかりませんが,今度追加して欲しいシンセサイザーとして,やはりD-50,D-70,JD-800,RD-1000,VK-8,VP-330はぜひ欲しいなと思います。現実的にD-50あたりは実現するんじゃないかと思っていますが,仮想的にトーンホイールがずっと回り続けているというVK-8も,ぜひ再現して欲しいなあと思います。
さて,まさに古今東西のローランドの音がぎっしり詰まったJupiter-Xmですが,今後はこれを基本形として,様々なシンセサイザーが登場するのだろうと思います。BMCチップとZEN-Coreが熟成され,さらに可能性が広がる間に,私もJupiter-Xmを使いこなせるように,身近において楽しんでいこうと思います。