いつかはジューキ
- 2021/06/28 15:11
- カテゴリー:散財
うちのミシンを買い換えました。
これまでのミシンは,嫁さんが独身時代に買ったシンガーの機械式の卓上ミシンです。ぱっと見たところ,そんなに安物ではなく,それなりに良いものであったみたいです。
本人は刺繍は好きだがミシンはダメ,といって憚りませんが,ならなんでわざわざ買ったのか不思議ではありますが,とにかく買ったミシンはそんなに悪いものではなさそうです。
ただ,さすがに20年も経過していますし,その間の稼働率も低く,同左音もあまり良い音がしません。頻度が低いことは嫁さんの言い分によると,あまり使い勝手が良くないらしく,まず糸通しが面倒,糸のテンションの調整が難しい,というあたりでくじけてしまうそうです。
私の母親はテーブル付きの本気のミシンを使いこなして自分の洋服を作るのが趣味だった昭和の女性だったので,ミシンはそれなりに良いものを使っていました。(調べてみるとブラザーのペースセッターでした)
私は裁縫は好きではありませんでしたが,それでも市販品に気に入ったものがないという理由で筆箱や巾着袋くらいはさっさと作っていましたので,ミシンの使い心地については全くわからないわけではません。
昨今,巣ごもりということもあってミシンもよく売れているそうです。そんな中,子どものの持ち物を縫ってあげられる程度の安価なミシンが話題となっていて,なかなか評判もいいようでした。
そこで嫁さんに買ってあげようか,と水を向けると,ぜひぜひ,という前向きな返事。嫁さんとしては,ミシンは欲しいけど機種選択が面倒くさい(これは実際やってみて辟易しました)ので,それをやってくれるのが助かるということのようです。
なら結構,「私」がよいと思うミシンを使ってもらおうじゃないかと,ミシン購入プロジェクトがスタートしたわけです。
ミシンというのは,かのシンガーが始め大成功をおさめた月賦販売がビジネスモデルとして定着していて,工業製品としての面白さと同時に,販売面でも特別なものです。家電品のように多くの製品から比較して選んで買うと言うより,メーカー直販のお店で,分割払いから修理まで全部ひっくるめて,セールスマンから買うというのが普通です。
こういう買い方だと,売れるミシンは客が欲しいミシンではなく,セールスマンが売りたいミシンになりがちで,このあたりがなかなか胡散臭いのです。
もちろん,自分で選んで買っても良いのですが,そういうイレギュラーな買い方にメーカーは冷たく,価格に釣られて買った天罰とばかりに,相手にしてもらえないことも耳にしました。
最近は直販店やフランチャイズのお店が減っていますし。そもそも市場が小さくなっていることに加え,量販店や通販が力をつけているのでそんなこともないのですが,高額商品でしたし,修理して末永く使うものだっただけに,一生に一度の買い物で客の経験値も上がらず,胡散臭いまま100年が過ぎたという事ではないでしょうか。
今回も,いつものように通販で買うことにしました。
なんでも,子どもの入園や入学をきっかけに,親が手作りに挑むことがきっかけでミシンを買う家庭が多いようで,その時の価格帯は直線縫いの安いもので2万円くらい,ジグザグで4万円くらいのものが中心なんだそうです。
で,6万円とか7万円になると経験者がステップアップのために買ったり,本気でミシンをやろうと思った人が考えるようになるらしく,家庭用ミシンとしては10万円くらいまでが一区切りになるようです。
てことで,まずは欲しい機能です。うちは洋服を作るような高度なことはしませんし,複雑な刺繍もやりません。まして任意の画像を刺繍するような面白そうな機能も欲しいとは思いません。
よって基本的な直線縫いとまつり縫いなどのジグザグ,ボタン穴くらいでOKです。ですが,薄い生地から厚手のものまで難なくこなす力は欲しいので,送り機構と押さえにはこだわりたいところです。
送り機構は楕円で動く送り歯では安定した送りが出来ません。ここは工業用ミシンと同等の直線的に送る機構が欲しいです。当然ですが7枚刃でしょう。
押さえのバネ圧を可変する機構は様々な生地の厚さに対応するために必須ですが,この機能を持つ機種は少ないです。そういえばペースセッターには付いていました。
そして,しっかりした押さえを支える,筐体の剛性も重要です。歪む,たわむが起きてしまうと,目が揃いません。ということは,ある程度の大きさや重さは許容されるということです。
最後に,これらをなんなく駆動するパワーも必要でしょう。パワーが大きいとそれだけ筐体もしっかり作らないといけないですが,これらは自動車やカメラなんかにも共通する,およそメカものにはついて回る話じゃないかと思います。
意図のテンションを自動で制御する機能は初心者向きかと思っていたのですが,初心者が選びそうな安価なミシンには搭載されておらず,このあたりに矛盾を感じつつも,高価格のミシンに経験者を誘導する手段になっていると推測。いってみればプロ用のカメラに最高性能のAFとAEが惜しげもなく搭載されるようなものかも知れません。
それからフットコントローラは必須です。両手があくことは仕上がりや安全にも直結します。手で速度を可変する仕組みは,速度の調整をどうしてもしなくなりがちです。速度を細かく調整してこそ,短時間で高品質な縫い物が可能になります。(とはいえ,速度や負荷の変動に対しても常に一定の縫い目を実現するのは,なかなか難しい事なはずです)
ということで,大体の姿形が見えてきたところで,メーカーです。日本はミシン大国で,家庭用ミシンでは多くのメーカーが存在していますし,工業用ミシンではほとんど日本製です。
家庭用ではブラザー,ジャノメ,シンガー,ジューキあたりが大手なのですが,ここは私の好みでジューキからまず探してみましょう。ブラザーもジャノメも良いものですし,シンガーもOEM元はしっかりしていますので,なにも問題はありません。
家庭用を中心としたメーカーばかりですので,むしろ家庭用のことをよく知っているだけに,安心という話もあるでしょう。しかし,ここは,工業用ミシンで高いシェアを持つ,プロの道具であるジューキを選んでみましょう。
ジューキは工業用ミシンで圧倒的な力をもつメーカーですが,家庭用としては今ひとつ目立ちません。高いとか直販店が少ないとか,そもそもメーカーが力を入れていないとかいろいろあったと思いますが,ここのところは家庭用にも力を入れており,特に専門学校などで服飾を学んだ人たちからご指名を受けるブランドだそうです。
個人的にもジューキにはちょっとした憧れがあり,死ぬまでに一度は使ってみたいなと思いつつ,きっと一生縁がないんだろうなと思っていましたが,こうしたきっかけがあった以上は,やはり少々問題があっても選びたいものです。
大した問題ではありませんが,ブラザーにしてもジャノメにしても,丸っこいデザインでかわいらしいこと,家庭らしいことを狙っているような感じがします。でもなんかちがう,もっとストイックに,工作用の機械工具であることを狙って行きたいのです。
可愛いから,丸いから女の人向けというのは私は違うと思っていて,そんなものに男も女もありませんから,機能を追求した結果この形になった,と言う機能美こそ,ミシンのような複雑な機械にはあってしかるべきと思っています。
予算に近いものは,ジューキからだとHZL-G100シリーズということになるのですが,5万円を越える割には,本当に基本機能だけのシンプルさです。致命的だったのは糸のテンションが自動ではないことです。この段階でこの機種は候補から外れます。
とはいえ,他社のミシンでもテンションが自動のもので,かつ押さえのバネ圧が可変のものは7万円近いものになってきますから,その価格帯でジューキをもう一度探します。
見つかったのは,HZL-VS200です。
名機と誉れ高いHZL-F400JPからあまり重要ではない機能を削減し,価格を下げた下位機種として誕生したもので,実勢価格は7万円ちょっと。F400JPは古い機種なのでもう売っているお店も少ないのですが,価格は20%程高くなりそうです。
うーん,確かにF400JPは機能も十分だし,液晶もドットタイプでバックライト付き,テンキー操作で使いやすそうです。
VS200はF400JPから刺繍のパターンを減らしたこと,LCDをセグメントにしてバックライトなくしたことが一番目立つ変更で,あとは2本針の対応がないこと,ボタンホールのメス幅が可変出来ないことが違いですが,あとはすべて同一です。
LCDは残念で,バックライトは実際に使い出すと不便だなあと思うようになったのですが,まともそうなお店で安く買えるという魅力に惹かれ,68000円にポイント3000円分で購入しました。
ちょっと使ってみたのですが,思わずうーんと唸るほどの機械です。久々に夫婦で大喜びの買い物となりました。
下糸をボビンに巻き取るのも専用モーターでスムーズ,次に上糸をかけますが,自動糸通しが便利でもう手放せません。
縫い初めに下糸を引っ張り出す作業も必要なく,テンションの調整もいりません。もう何もせずに,いきなり縫い始める事ができます。
押さえを卸してペダルを踏み込み,縫い始めます。
抜群の精度と安定性,そしてゆとりあるパワーとこれを受け止める剛性感の高さがまず伝わって来ます。
速度を可変しても送りは安定し,目は綺麗に揃っています。直線縫いはその名の通り直線が縫えなければなりませんが,歪みが少なく精度が高い事もあり,手を離しても曲がって進もうとはしません。直進安定性は抜群です。
そして自動糸切り。こんなものはおもちゃtのようなものだと思っていましたが差にあらず。とても便利で,作業が捗ります。工業用ミシンに自動糸切りが搭載されたことで生産性が大幅に改善され,衣料品の価格低減に貢献したという話があるんですが,まさにそれを実感しました。
縫い終わりは必ず針が下がった位置で止まります。これも非常に便利です。
次は,自動止め縫い糸切り機能を試します。縫い初めにこのボタンを押しておくと,最初に返し縫いと行ってくれます。そして縫い終わりには返し縫いボタンを押すと,自動的に返し縫いを行い,止まった後に糸切りまでやってくれます。いやこれ,もう超便利ですよ。テンポ良く縫い物が進みます。
糸のテンションも自動で全く問題なし。操作も含め,全く問題なく試し縫いが終わりました。
F400JPとの比較で,やっぱり残念だと思った事もあります。一番大きいのは液晶で,バックライトがないために作業性が落ちます。やはりバックライトは必要だと思います。
セグメントLCDでも実用上は問題ないのですが,ドットタイプのF400JPでは糸を通す順番をLCDに出してくれます。いちいち取説を引っ張り出すこともないので,欲しいなと思った機能です。
あとはジグザグの基線を変更出来る機能もいいなと思います。もちろん計算すれば問題はないのですが,ちょっとした勘違いがあったりすると失敗しますし,縫い物によっては基準線が中心よりも左端にあった方がいい場合もあると思います。
あとはボタンホールのメス幅です。実際に困ったことはまだないのですが,ボタンの厚みに応じてメス幅も変えられた方がいいわけで,ここはもしかしたら公開する部分かも知れません。
F400JPとの比較ではありませんが,重いし大きいことは,ちょっと女の人には厳しいかも知れません。それからケースですが,全体をすっぽり覆うのではなく,上面は本体から出ている取っ手が飛び出すために,大きく切り欠いてあります。ここから誇りが入り込むわけですから,現実にはホコリを防ぐ機能はありません。
そういう細かい事に不満があるのは,本体の基本機能にこれほどの完成度があることを考えると,家庭用に特化したメーカーではないからかも知れません。
ということで,今回の買い物の結論,ミシンは60000円以上のものを買うと幸せになれるということ,そして基本機能がしっかり作ってあるものを選ぼうという事です。見た目のかわいらしさや刺繍のパターンの面白さや数に惑わされてしまうと,本当に使い心地の良いものに巡り会えず,そのうちミシンを使わなくなってしまうかも知れません。
道具は手に馴染んでこそ,いい仕事が出来ます。だからこそ自分の手に馴染んだ道具はお金を出しても買えない財産であり,壊れてしまってはまた何馴染むところからやり直しです。
そう考えると,手に馴染むもの,そして壊れず長く使えるものが,道具には求められると言えて,それは高価なものとは限りませんが,安いものは例外なく,何かに我慢を強いられるものです。
ミシンこそ,安物はダメだと思いました。そうそう何度も買い換えるものではありません。出せる予算よりもワンランク上を,ちょっと無理して買うべきだと感じた買い物でした。