さようならRD-700,こんにちはRD-2000
- 2020/06/23 13:48
- カテゴリー:散財, マニアックなおはなし
ローランドのステージピアノ,RD-2000を買いました。RD-700からのリプレースです。
会社の独身寮を出て,自分の城を手に入れた時に真っ先に考えたのが,ステージピアノの購入でした。RD-600というステージピアノをある楽器店で試奏したときに,その気分の良さに絶対買おうと思ったわけですが,寮を出ていよいよ購入出来るようになるとRD-600はディスコン,RD-700に切り替わっていました。
RD-600は専用音源だったのですが,RD-700はXVの音源になっており,ちょっと嫌な予感がしていたもののローランドを信じて購入したところ,全然違った弾き心地に絶望したことを思い出します。
致命的だったのは発音が大幅に遅れることで,これはのちのファームウェアアップデートで改善されたのですが,音そのものが変わることはなく,ダイレクト感のなさだけはかなり辛いものでした。
これも,のちのちSRX-11というピアノのエクスパンジョンボードでようやく改善され,ずっと演奏していたピアノに生まれ変わってくれたのでした。
SRX-12というエレピのエクスパンジョンボードにはいたく感動し,タインやリードの劣化具合まで再現した音源に,もう病みつきになったことも思い出します。
そのごしばらくは楽器を触ることすら少なくなっていったのですが,娘がピアノを始めるにあたってとりあえずこれを使うことになり,RD-700はリビングに置かれることになりました。
そんなRD-700は,私は2001年の6月に購入していました。ということはちょうど19年。まあ,なんと長持ちなことでしょう。
実のところ,RD-800が出た時,そしてRD-200が出た時にそれぞれ,買い換えを考えていました。しかし,金額というよりはRD-700の処分について悩んでいるうちに,買い換える気力をなくしてしまっていたのです。
しかし,6月末で5%還元がなくなること,今ならギリギリ買い取り金額がつくこと,RD-700の鍵盤には持病もあり,いつ壊れるかわからないこともあって,善は急げと急遽買い換えをすることにしたのです。
RD-700は傷も少なく付属品も揃っていて,最終的に22000円で買い取って頂きました。エクスパンジョンボードも,最初はゼロ円という査定だったのですが,他にお願いして2枚で16000円ほどになりました。
もともと,粗大ゴミで出すかと思っていたようなものでしたし,この値段で持って行ってくれたことには,何の問題も感じていません。
そしてやってきたRD-2000。3本のペダルのセット品で,ちょっとお安く買うこともできました。
ということで,軽くインプレションです。
(1)鍵盤
真っ先に試したのが,エスケープメントです。グランドピアノには,ゆっくり鍵盤を押し下げていくと,カクンというクリック感があります。これがエスケープメントです。
押し下げる速度を上げていくとクリック感が小さくなるのが特徴で,直接音に影響しないのですが,弾き心地という面では大きな違いがあります。
RD-2000に搭載されたPHA-50という鍵盤,RD-700搭載の初代PHAに比べてやや軽くなっている感じがしますが,スムーズに沈むような印象を持ちました。剛性感も高くなっており,特に左右にぶれる感じもなくなっていて,鍵盤に身を任せる安心感,あるいはラフなプレイを受け止めるだけの信頼感が高くなっています。これが心地よさの源泉でもありますからね,しっかり作ってあるのはうれしいです。
連打もやりやすくなっていますし,指が滑らなくなりました。本当に引きやすい鍵盤になったと思います。
RD-2000で感じたのは,完全に指を離してしまわないとノートオフしないことです。
RD-700ではキーから完全に指を離さなくてもノートオフしてくれました。もちろん,RD-2000でも音は消えていますし,演奏上問題になることはないのですが,音色を切り替えた時に前の音色が残るようになりました。
つまり,鍵盤に指が乗って,少しでも重みがかかると,それは鍵盤を弱く押さえているという判断をされるということですが,これは実に正しく,精密なセンシングをしているという証拠で,慣れないといけないです。
(2)ペダル
ペダルは3連のRPU-3とセットで買いました。このRPU-3は連続検出というややこしい仕組みを持っているのですが,従来のペダルがスイッチだったのに対し,これは可変抵抗によって踏み加減が検出出来るというものです。
確かにダンパーなども,踏み加減で音の消え具合,伸び具合をコントロール出来ます。しかし,本物のピアノを触る時間が短い私はそんな練習をしていませんし,スイッチ式のダンパーを長く使っているので変なクセが付いてしまっています。
ということで,綺麗に音が切れないで困ってしまったのですが,上手く演奏しようとすると確かに本物のピアノを演奏している人のペダリングに近くなるなと思います。
ペダルはピアノの優雅さを強調しますし,音の隙間を埋める役割とみればピアノ1台で複数の楽器を代替させる力を持たせるものですが,上手く音を繋げる,上手く音を切るということをするためにはなかなか高度な技術がいりますし,それを踏み加減で伸ばす音の音量までコントロールするとなると,もう大変です。
途方もない高さの山を目にしてすくんでばかりというのもいただけません。練習すること,慣れることが大事だと思います。
(3)V-Piano
一番楽しみだったのは,ピアノをモデリングした音源である,V-Pianoです。
V-Pianoが登場した時にも艦長日誌に書きましたが,その後他社も追随し,ピアノ音源の世代がごろっと変わることを期待したにもかかわらず,結局ローランドとヤマハ以外はこれを取り入れず,そのローランドも一部の機種に搭載されるにとどまっていて,庶民がこの音源を手にする機会は少ないままでした。
本当にV-Pianoが素晴らしいものであるなら,いずれ20万円台の機材に搭載されるようになり,我々庶民にも手が届くようになるだろうと思っていましたし,その時にはV-Pianoで可能になる現実に存在しないピアノを仮想的に創って演奏するという機能ではなく,リアリティの追求という目的に絞り込まれた物になるだろうと思っていました。
RD-2000(とFP-90)はその通りのV-Pianoで,リアリティの追求以外にできることは削り取ってあります。しかし,それは紛れもなくV-Pianoです。
大きく重く複雑で高価,そしてメンテが必要なあのピアノを,ソフトウェアで所有するというこの箱庭感が,もうたまりません。ヤマハがVL音源を登場させた時のワクワクが,また甦ってきます。
実際に音を出してみましたが,もう本物そのものです。ピアニシモからフォルテシモまで,低音から高音までのスムーズな変化はもちろん,どれだけ音を伸ばしてもループせず,時間と共に音が変化していきます。
このループがないことは本当に素晴らしく,私はいつもループがに気付いたときに「ここからならループでごまかせるやろ,うひひ」といういやらしい想像をしてしまい,がっかりすることが多いです。
当時評判の良かったコルグのSR-Rackを手放したのは,一発目の音の良さはいいとしても,和音を出したときの共鳴音がいつも同じ大きさで聞こえてくることにありました。これはサンプリングでは仕方がないことであり,これに限らず大なり小なりある問題だと思うのですが,全鍵サンプリングをしてもすべてのベロシティでサンプリングすることは非現実ですし,仮にそれが精密に出来たとしても,他の弦の共鳴音やフレーム,共鳴板の音までを再現することは不可能です。
逆に言えば,ピアノの音には規則性はなく,同じ音が出ることは極めて希であるということで,それがピアノの音の豊かさであるとか,楽しさだと思うのです。
サンプリングというのは,これをある規則性に押し込めて情報を丸めて捨てる作業です。サンプリングデータの大小というのは,削ったデータの大きさの違いに過ぎず,根本的な問題の解決にはなっていないということです。
しかしモデリングは違います。正確なモデリングが出来ていることが前提ではありますが,ピアノそのものを部品レベルで仮想的に動かしているわけですから,それはもうピアノそのものであり,変化も動的です。同じ音が出ることは本物と同じく希だと言えますし,ということは豊かで楽しい音が得られるという事です。
しかし,モデリングには,鍵盤からの入力情報が,少なくともMIDIと同じ程度では少なすぎます。だからこそソフトウェア音源ではダメで,鍵盤,それも膨大な情報を指先から吸い上げ,吐き出す事の出来るインターフェースとしての十分な性能をもつ鍵盤とセットでなければならないのです。
私が思うところ,まだ鍵盤は人間の作り出す情報を完全に受け切れておらず,まだまだV-Pianoはこんなものではないと思います。それは今後の楽しみにしておきたいと思うのですが,本物のグランドピアノの,あの指先と音のダイレクト感に近い物を,RD-2000はようやく手にしたと思います。
ただ,問題点がないわけではなく,一番の問題は発音がやや遅れることでしょう。私は初代V-Pianoを演奏していないのですが,話によると発音が遅れることを指摘されていたようです。
RD-2000のV-Pianoでは随分改良され,気にならないレベルになったという話も耳にするのですが,それでもやっぱり遅れ気味だと思います。
嫁さんは最初の演奏でそれを指摘しましたが,私はSN音源のピアノと比べて全然違うことに気が付きました。SNのピアノはとても演奏しやすいですし,スピード感があり,元気に演奏出来ます。
V-Pianoではやや遅れがちなので,一音一音を大事に演奏することに気を遣い,それがまた演奏の楽しさにも繋がるのですが,発音が遅れることには違いありません。
膨大な演算量なので遅れることも仕方がないですし,これを短くするにはDSPの性能を上げるしかありません。計算を省略したり丸めたりすると,V-Pianoらしさが消え失せます。
だからこそ,半導体技術の進歩にきっちり追随し,V-Pianoを完全な物に育てて欲しいと思います。
なお,少し触れましたが,モデリングではなくサンプリングベースのSN音源のピアノも,悪くはありません。音域,ベロシティに対する音色変化もナチュラルで,演奏者の意図を反映しようという強い意志を感じます。
でも,時間変化はある時刻をもって消え失せます。そこはやはりサンプリングの限界であり,パターンを選んで出力するという仕組みを持つ以上は,どうにもならないのだと思います。
ですが,消えゆく余韻に動的な揺らぎが欲しいか,前の音と違う変化がいつも必要かと言われれば,そんなことより元気で明るく,ステージで映える音の方が重要なシーンもあるでしょう。そういう音の延長線上に,SN音源があります。良し悪しではなく,その時々に応じた音を選べるようになっていることが,RD-2000には求められているのだと思います。
(4)デザイン
デザインはこれまでのRD系とは違い,パネルが寝そべっています。大きなダイアルやボタンの配置はRD-1000へのオマージュで,あの頃のローランドを知るものとしては懐かしいのですが,ずらっと並んだスライダーが示す近代的なデザインと,案外マッチしているなと思います。
表示も見やすく,ボタンの大きさや配置も良いと思います。ローランドは捨て0時で使いやすいことを目指したそうですが,ステージのような制約の強い環境で使いやすいことは,家でもスタジオでもどこでも使いやすく確実なものであるはずで,ユニバーサルなデザインとしてRD-2000を完成させても良かったのではないかと思います。
鍵盤の付け根にあるフェルトがえんじ色になったことも私は気に入っていて,これこそピアノです。
ただ,LEDは明るすぎです。まぶしいですし,気が散ります。ステージは暗いことが多いですが,暗いとますます目に付くでしょう。
LCDバックライトの明るさを変えることは出来るのですが,LEDの明るさは変えられません。Jupiter-Xmは変えられるのに,惜しいなと思います。
(5)他の音
SN音源,PCM音源と,合計で1000を越える音色を内蔵しており,音の百科事典としてとても面白いです。個人的にはピアノ売り場にある電子ピアノは音色が僅かで,楽しくありません。
モデリングで作られたアコースティックピアノはもちろんですが,代表的なエレクトリックピアノを網羅し,ステージでの戦闘力を万全な物にしていると思いますし,ブラスやストリングスと言ったシンセサイザの音も即戦力です。
電子ピアノがヴィンテージとして収録される時代になったことが個人的には感慨深いですが,RD-1000のSA音源がきちんと収録されており,あの音を自由に演奏出来ます。素晴らしいです。
FM音源によるあのエレピも,CP-70のあのエレピも,もちろんTINEもREEDも,もうおよそピアノいう名のつくものなら全方位OKという頼もしさです。
機種名もそうですし,見た目の印象もそうなのですが,とにかくRD-1000というモデルへの敬意が強く感じられる一代です。今さらRD-1000との互換性を取ってどうするんだと思いますが,それくらいRD-1000との近似性が高まっているので,RD-1000の代わりにこれを使うことに全く抵抗がなくなるんじゃないかと思います。
個人的に気にしていたローズの再現性ですが,以前よりももちろん高まっており,楽しくなるものであることは間違いないのですが,以前のように経年変化を再現して,ヤレた音に調整出来るような仕組みが見当たらなかったのが残念でした。
発音部が錆びたりすると,歪みも増えますし強弱が付きにくくなります。コンプで潰したような音になるのですが,その具合を調整出来る事にかつてのローランドの電子ピアノは可能でした。
それとオルガンです。
バーチャルトーンホイール音源と書かれていないので,VKの後継ではないのが残念ではありますが,音は問題ありません。レスリーも良くかかるので一般的な演奏には問題はないのですが,レスリーの速度を変化させたときに一緒に音まで変わってしまうものがほとんどで,私の趣味にはあいません。
これがこれがとても残念ですが,今どきはこれが普通なのかも知れません。
(6)エクスパンジョン
特に面白かったのは,エクスパンジョンです。RD-700のスロットが2つあり,SRXを2枚まで内蔵できました。XVもFANTOMもかつてはそうでした。
ですが,音源波形の供給をROMで行うなんてのは前時代的で,フラッシュメモリに空きスペースを確保しておき,ここにダウンロードすることで音源の拡張を行う方がスマートです。
RD-2000も仮想スロットが2つ用意されており,ここに専用のデータを流し込むことでエクスパンジョンが可能です。
RD-2000の場合無料で6種類提供されています。主に過去のRDの再現データなのですが,最新の2つはオルガンとヴィンテージシンセですので,非常に実戦的です。
オルガンはVer1.5で追加されたレスリーの新タイプを駆使したもので,どの音も使い物になり,レスリーの速度切り替えで音が変化しないことも手伝って,私が求めていたオルガンそのものと言える出来になっています。これは楽しいです。
ヴィンテージシンセは,SHやOB,Pro5やJPといった名器からD-50といった新しめの機種まで網羅されており,ステージで使える音が入っています。これも使い物になります。本体内蔵の音とはまたちょっと違った傾向をもっていて,私はこちらの方が好みです。
ということで,この2つで私のRD-2000のスロットは埋まるのですが,一応RD-600とRD-700の音も試してみました。
私が買おうと決意したRD-600の音を聞いたとき,そうそうこれこれ,と当時を思い出しました。リアリティは乏しいのですが,ダイナミック感があるというか,ダイレクト感やスピード感があり,とても楽しいのです。
RD-700では,これがあまりの再現性に,買った当初のがっかり感まで思い出す始末です。ダイレクト感が乏しく,発音も遅れがち,ベロシティに伴う音色変化も感じずに,つまらない音がします。
RD-600を聞いてRD-700を買ってしまい,とてもがっかりした当時のことを,今まさに追体験することになりましたが,当時の感覚は今でも同じなんだなと,安心した次第です。
(7)外部機器との連携
マスターキーボードとして使うことも想定されていますが,特にすごいと思ったのはPCのソフトシンセをあたかも内蔵の音源のように使えることです。
スライダにレベルはもちろん他のパラメータもアサインし,USBで演奏情報を送り込み,音をUSBオーディオで吸い上げてRD-2000の音と混ぜて出力します。こうなるともう中と外を区別する必要などありません。
ステージで使うにも便利かも知れませんが,これはもう制作現場で便利な機能と言えて,他のDAW連携機能とあわせれば,もう無敵のキーボードといって良いかもしれません。
(7)まとめ
25万円ですからね,安い買い物ではありません。RD-700を17万円ほどで買っていますから,随分高くなったなと思いますが,考えて見れば20年も前の話です。
技術の進歩を感じるという月並みな表現にはちょっと抵抗があり,特に鍵盤と音源を一体で語らねばならないピアノの場合,機構部である鍵盤の進化が電子部品よりも遅く,しかしその変化は非常に大きな影響を与えてしまいます。
特にV-Pianoの音源をドライブするために膨大な量の情報を送り込むPHA-50の進歩は,人間という不確かな生き物から送り出される情報を本物のピアノと同じように吸い上げる必要があるわけで,ただただ弾きやすいとか,それだけで片付けられないものがあります。
音源の価値,半導体の価値は下がっていくかも知れません。しかし鍵盤の価値はそうそう下がる物ではありません。その点でRD-2000を買ったことは,とても意味のあることだと思っています。
娘には,RD-700は20年のお付き合いだった,うれしい時も悲しい時もいつも一緒で,うれしいときは一緒に喜び,悲しいときはこれが慰めてくれた。RD-2000は,きっとあなたにとって,これから長く付き合うことになる友人となるだろう,仲良くなかよくして下さい,と,ちょっと偉そうに話をしました。
ピアノはもちろん,エレピやオルガン,ヴィンテージシンセ,果ては民族楽器などの存在に気が付いて,そうした音色を積極的に弾きこなす将来があるかも知れません。マスターキーボードとして活用される日が来るかも知れません。
RD-2000が彼女の成長を見守る存在になることを,私はうれしいと思っています。