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2020年06月の記事は以下のとおりです。

さようならRD-700,こんにちはRD-2000

 ローランドのステージピアノ,RD-2000を買いました。RD-700からのリプレースです。

 会社の独身寮を出て,自分の城を手に入れた時に真っ先に考えたのが,ステージピアノの購入でした。RD-600というステージピアノをある楽器店で試奏したときに,その気分の良さに絶対買おうと思ったわけですが,寮を出ていよいよ購入出来るようになるとRD-600はディスコン,RD-700に切り替わっていました。

 RD-600は専用音源だったのですが,RD-700はXVの音源になっており,ちょっと嫌な予感がしていたもののローランドを信じて購入したところ,全然違った弾き心地に絶望したことを思い出します。

 致命的だったのは発音が大幅に遅れることで,これはのちのファームウェアアップデートで改善されたのですが,音そのものが変わることはなく,ダイレクト感のなさだけはかなり辛いものでした。

 これも,のちのちSRX-11というピアノのエクスパンジョンボードでようやく改善され,ずっと演奏していたピアノに生まれ変わってくれたのでした。

 SRX-12というエレピのエクスパンジョンボードにはいたく感動し,タインやリードの劣化具合まで再現した音源に,もう病みつきになったことも思い出します。

 そのごしばらくは楽器を触ることすら少なくなっていったのですが,娘がピアノを始めるにあたってとりあえずこれを使うことになり,RD-700はリビングに置かれることになりました。

 そんなRD-700は,私は2001年の6月に購入していました。ということはちょうど19年。まあ,なんと長持ちなことでしょう。

 実のところ,RD-800が出た時,そしてRD-200が出た時にそれぞれ,買い換えを考えていました。しかし,金額というよりはRD-700の処分について悩んでいるうちに,買い換える気力をなくしてしまっていたのです。

 しかし,6月末で5%還元がなくなること,今ならギリギリ買い取り金額がつくこと,RD-700の鍵盤には持病もあり,いつ壊れるかわからないこともあって,善は急げと急遽買い換えをすることにしたのです。

 RD-700は傷も少なく付属品も揃っていて,最終的に22000円で買い取って頂きました。エクスパンジョンボードも,最初はゼロ円という査定だったのですが,他にお願いして2枚で16000円ほどになりました。

 もともと,粗大ゴミで出すかと思っていたようなものでしたし,この値段で持って行ってくれたことには,何の問題も感じていません。

 そしてやってきたRD-2000。3本のペダルのセット品で,ちょっとお安く買うこともできました。

 ということで,軽くインプレションです。

(1)鍵盤

 真っ先に試したのが,エスケープメントです。グランドピアノには,ゆっくり鍵盤を押し下げていくと,カクンというクリック感があります。これがエスケープメントです。

 押し下げる速度を上げていくとクリック感が小さくなるのが特徴で,直接音に影響しないのですが,弾き心地という面では大きな違いがあります。

 RD-2000に搭載されたPHA-50という鍵盤,RD-700搭載の初代PHAに比べてやや軽くなっている感じがしますが,スムーズに沈むような印象を持ちました。剛性感も高くなっており,特に左右にぶれる感じもなくなっていて,鍵盤に身を任せる安心感,あるいはラフなプレイを受け止めるだけの信頼感が高くなっています。これが心地よさの源泉でもありますからね,しっかり作ってあるのはうれしいです。

 連打もやりやすくなっていますし,指が滑らなくなりました。本当に引きやすい鍵盤になったと思います。

 RD-2000で感じたのは,完全に指を離してしまわないとノートオフしないことです。

 RD-700ではキーから完全に指を離さなくてもノートオフしてくれました。もちろん,RD-2000でも音は消えていますし,演奏上問題になることはないのですが,音色を切り替えた時に前の音色が残るようになりました。

 つまり,鍵盤に指が乗って,少しでも重みがかかると,それは鍵盤を弱く押さえているという判断をされるということですが,これは実に正しく,精密なセンシングをしているという証拠で,慣れないといけないです。


(2)ペダル

 ペダルは3連のRPU-3とセットで買いました。このRPU-3は連続検出というややこしい仕組みを持っているのですが,従来のペダルがスイッチだったのに対し,これは可変抵抗によって踏み加減が検出出来るというものです。

 確かにダンパーなども,踏み加減で音の消え具合,伸び具合をコントロール出来ます。しかし,本物のピアノを触る時間が短い私はそんな練習をしていませんし,スイッチ式のダンパーを長く使っているので変なクセが付いてしまっています。

 ということで,綺麗に音が切れないで困ってしまったのですが,上手く演奏しようとすると確かに本物のピアノを演奏している人のペダリングに近くなるなと思います。

 ペダルはピアノの優雅さを強調しますし,音の隙間を埋める役割とみればピアノ1台で複数の楽器を代替させる力を持たせるものですが,上手く音を繋げる,上手く音を切るということをするためにはなかなか高度な技術がいりますし,それを踏み加減で伸ばす音の音量までコントロールするとなると,もう大変です。

 途方もない高さの山を目にしてすくんでばかりというのもいただけません。練習すること,慣れることが大事だと思います。


(3)V-Piano

 一番楽しみだったのは,ピアノをモデリングした音源である,V-Pianoです。

 V-Pianoが登場した時にも艦長日誌に書きましたが,その後他社も追随し,ピアノ音源の世代がごろっと変わることを期待したにもかかわらず,結局ローランドとヤマハ以外はこれを取り入れず,そのローランドも一部の機種に搭載されるにとどまっていて,庶民がこの音源を手にする機会は少ないままでした。

 本当にV-Pianoが素晴らしいものであるなら,いずれ20万円台の機材に搭載されるようになり,我々庶民にも手が届くようになるだろうと思っていましたし,その時にはV-Pianoで可能になる現実に存在しないピアノを仮想的に創って演奏するという機能ではなく,リアリティの追求という目的に絞り込まれた物になるだろうと思っていました。

 RD-2000(とFP-90)はその通りのV-Pianoで,リアリティの追求以外にできることは削り取ってあります。しかし,それは紛れもなくV-Pianoです。

 大きく重く複雑で高価,そしてメンテが必要なあのピアノを,ソフトウェアで所有するというこの箱庭感が,もうたまりません。ヤマハがVL音源を登場させた時のワクワクが,また甦ってきます。

 実際に音を出してみましたが,もう本物そのものです。ピアニシモからフォルテシモまで,低音から高音までのスムーズな変化はもちろん,どれだけ音を伸ばしてもループせず,時間と共に音が変化していきます。

 このループがないことは本当に素晴らしく,私はいつもループがに気付いたときに「ここからならループでごまかせるやろ,うひひ」といういやらしい想像をしてしまい,がっかりすることが多いです。

 当時評判の良かったコルグのSR-Rackを手放したのは,一発目の音の良さはいいとしても,和音を出したときの共鳴音がいつも同じ大きさで聞こえてくることにありました。これはサンプリングでは仕方がないことであり,これに限らず大なり小なりある問題だと思うのですが,全鍵サンプリングをしてもすべてのベロシティでサンプリングすることは非現実ですし,仮にそれが精密に出来たとしても,他の弦の共鳴音やフレーム,共鳴板の音までを再現することは不可能です。

 逆に言えば,ピアノの音には規則性はなく,同じ音が出ることは極めて希であるということで,それがピアノの音の豊かさであるとか,楽しさだと思うのです。

 サンプリングというのは,これをある規則性に押し込めて情報を丸めて捨てる作業です。サンプリングデータの大小というのは,削ったデータの大きさの違いに過ぎず,根本的な問題の解決にはなっていないということです。

 しかしモデリングは違います。正確なモデリングが出来ていることが前提ではありますが,ピアノそのものを部品レベルで仮想的に動かしているわけですから,それはもうピアノそのものであり,変化も動的です。同じ音が出ることは本物と同じく希だと言えますし,ということは豊かで楽しい音が得られるという事です。

 しかし,モデリングには,鍵盤からの入力情報が,少なくともMIDIと同じ程度では少なすぎます。だからこそソフトウェア音源ではダメで,鍵盤,それも膨大な情報を指先から吸い上げ,吐き出す事の出来るインターフェースとしての十分な性能をもつ鍵盤とセットでなければならないのです。

 私が思うところ,まだ鍵盤は人間の作り出す情報を完全に受け切れておらず,まだまだV-Pianoはこんなものではないと思います。それは今後の楽しみにしておきたいと思うのですが,本物のグランドピアノの,あの指先と音のダイレクト感に近い物を,RD-2000はようやく手にしたと思います。

 ただ,問題点がないわけではなく,一番の問題は発音がやや遅れることでしょう。私は初代V-Pianoを演奏していないのですが,話によると発音が遅れることを指摘されていたようです。

 RD-2000のV-Pianoでは随分改良され,気にならないレベルになったという話も耳にするのですが,それでもやっぱり遅れ気味だと思います。

 嫁さんは最初の演奏でそれを指摘しましたが,私はSN音源のピアノと比べて全然違うことに気が付きました。SNのピアノはとても演奏しやすいですし,スピード感があり,元気に演奏出来ます。

 V-Pianoではやや遅れがちなので,一音一音を大事に演奏することに気を遣い,それがまた演奏の楽しさにも繋がるのですが,発音が遅れることには違いありません。

 膨大な演算量なので遅れることも仕方がないですし,これを短くするにはDSPの性能を上げるしかありません。計算を省略したり丸めたりすると,V-Pianoらしさが消え失せます。

 だからこそ,半導体技術の進歩にきっちり追随し,V-Pianoを完全な物に育てて欲しいと思います。

 なお,少し触れましたが,モデリングではなくサンプリングベースのSN音源のピアノも,悪くはありません。音域,ベロシティに対する音色変化もナチュラルで,演奏者の意図を反映しようという強い意志を感じます。

 でも,時間変化はある時刻をもって消え失せます。そこはやはりサンプリングの限界であり,パターンを選んで出力するという仕組みを持つ以上は,どうにもならないのだと思います。

 ですが,消えゆく余韻に動的な揺らぎが欲しいか,前の音と違う変化がいつも必要かと言われれば,そんなことより元気で明るく,ステージで映える音の方が重要なシーンもあるでしょう。そういう音の延長線上に,SN音源があります。良し悪しではなく,その時々に応じた音を選べるようになっていることが,RD-2000には求められているのだと思います。


(4)デザイン

 デザインはこれまでのRD系とは違い,パネルが寝そべっています。大きなダイアルやボタンの配置はRD-1000へのオマージュで,あの頃のローランドを知るものとしては懐かしいのですが,ずらっと並んだスライダーが示す近代的なデザインと,案外マッチしているなと思います。

 表示も見やすく,ボタンの大きさや配置も良いと思います。ローランドは捨て0時で使いやすいことを目指したそうですが,ステージのような制約の強い環境で使いやすいことは,家でもスタジオでもどこでも使いやすく確実なものであるはずで,ユニバーサルなデザインとしてRD-2000を完成させても良かったのではないかと思います。

 鍵盤の付け根にあるフェルトがえんじ色になったことも私は気に入っていて,これこそピアノです。

 ただ,LEDは明るすぎです。まぶしいですし,気が散ります。ステージは暗いことが多いですが,暗いとますます目に付くでしょう。

 LCDバックライトの明るさを変えることは出来るのですが,LEDの明るさは変えられません。Jupiter-Xmは変えられるのに,惜しいなと思います。


(5)他の音
 SN音源,PCM音源と,合計で1000を越える音色を内蔵しており,音の百科事典としてとても面白いです。個人的にはピアノ売り場にある電子ピアノは音色が僅かで,楽しくありません。

 モデリングで作られたアコースティックピアノはもちろんですが,代表的なエレクトリックピアノを網羅し,ステージでの戦闘力を万全な物にしていると思いますし,ブラスやストリングスと言ったシンセサイザの音も即戦力です。

 電子ピアノがヴィンテージとして収録される時代になったことが個人的には感慨深いですが,RD-1000のSA音源がきちんと収録されており,あの音を自由に演奏出来ます。素晴らしいです。

 FM音源によるあのエレピも,CP-70のあのエレピも,もちろんTINEもREEDも,もうおよそピアノいう名のつくものなら全方位OKという頼もしさです。

 機種名もそうですし,見た目の印象もそうなのですが,とにかくRD-1000というモデルへの敬意が強く感じられる一代です。今さらRD-1000との互換性を取ってどうするんだと思いますが,それくらいRD-1000との近似性が高まっているので,RD-1000の代わりにこれを使うことに全く抵抗がなくなるんじゃないかと思います。

 個人的に気にしていたローズの再現性ですが,以前よりももちろん高まっており,楽しくなるものであることは間違いないのですが,以前のように経年変化を再現して,ヤレた音に調整出来るような仕組みが見当たらなかったのが残念でした。

 発音部が錆びたりすると,歪みも増えますし強弱が付きにくくなります。コンプで潰したような音になるのですが,その具合を調整出来る事にかつてのローランドの電子ピアノは可能でした。

 それとオルガンです。

 バーチャルトーンホイール音源と書かれていないので,VKの後継ではないのが残念ではありますが,音は問題ありません。レスリーも良くかかるので一般的な演奏には問題はないのですが,レスリーの速度を変化させたときに一緒に音まで変わってしまうものがほとんどで,私の趣味にはあいません。

 これがこれがとても残念ですが,今どきはこれが普通なのかも知れません。


(6)エクスパンジョン

 特に面白かったのは,エクスパンジョンです。RD-700のスロットが2つあり,SRXを2枚まで内蔵できました。XVもFANTOMもかつてはそうでした。

 ですが,音源波形の供給をROMで行うなんてのは前時代的で,フラッシュメモリに空きスペースを確保しておき,ここにダウンロードすることで音源の拡張を行う方がスマートです。

 RD-2000も仮想スロットが2つ用意されており,ここに専用のデータを流し込むことでエクスパンジョンが可能です。

 RD-2000の場合無料で6種類提供されています。主に過去のRDの再現データなのですが,最新の2つはオルガンとヴィンテージシンセですので,非常に実戦的です。

 オルガンはVer1.5で追加されたレスリーの新タイプを駆使したもので,どの音も使い物になり,レスリーの速度切り替えで音が変化しないことも手伝って,私が求めていたオルガンそのものと言える出来になっています。これは楽しいです。

 ヴィンテージシンセは,SHやOB,Pro5やJPといった名器からD-50といった新しめの機種まで網羅されており,ステージで使える音が入っています。これも使い物になります。本体内蔵の音とはまたちょっと違った傾向をもっていて,私はこちらの方が好みです。

 ということで,この2つで私のRD-2000のスロットは埋まるのですが,一応RD-600とRD-700の音も試してみました。

 私が買おうと決意したRD-600の音を聞いたとき,そうそうこれこれ,と当時を思い出しました。リアリティは乏しいのですが,ダイナミック感があるというか,ダイレクト感やスピード感があり,とても楽しいのです。

 RD-700では,これがあまりの再現性に,買った当初のがっかり感まで思い出す始末です。ダイレクト感が乏しく,発音も遅れがち,ベロシティに伴う音色変化も感じずに,つまらない音がします。

 RD-600を聞いてRD-700を買ってしまい,とてもがっかりした当時のことを,今まさに追体験することになりましたが,当時の感覚は今でも同じなんだなと,安心した次第です。


(7)外部機器との連携

 マスターキーボードとして使うことも想定されていますが,特にすごいと思ったのはPCのソフトシンセをあたかも内蔵の音源のように使えることです。

 スライダにレベルはもちろん他のパラメータもアサインし,USBで演奏情報を送り込み,音をUSBオーディオで吸い上げてRD-2000の音と混ぜて出力します。こうなるともう中と外を区別する必要などありません。

 ステージで使うにも便利かも知れませんが,これはもう制作現場で便利な機能と言えて,他のDAW連携機能とあわせれば,もう無敵のキーボードといって良いかもしれません。


(7)まとめ

 25万円ですからね,安い買い物ではありません。RD-700を17万円ほどで買っていますから,随分高くなったなと思いますが,考えて見れば20年も前の話です。

 技術の進歩を感じるという月並みな表現にはちょっと抵抗があり,特に鍵盤と音源を一体で語らねばならないピアノの場合,機構部である鍵盤の進化が電子部品よりも遅く,しかしその変化は非常に大きな影響を与えてしまいます。

 特にV-Pianoの音源をドライブするために膨大な量の情報を送り込むPHA-50の進歩は,人間という不確かな生き物から送り出される情報を本物のピアノと同じように吸い上げる必要があるわけで,ただただ弾きやすいとか,それだけで片付けられないものがあります。

 音源の価値,半導体の価値は下がっていくかも知れません。しかし鍵盤の価値はそうそう下がる物ではありません。その点でRD-2000を買ったことは,とても意味のあることだと思っています。

 娘には,RD-700は20年のお付き合いだった,うれしい時も悲しい時もいつも一緒で,うれしいときは一緒に喜び,悲しいときはこれが慰めてくれた。RD-2000は,きっとあなたにとって,これから長く付き合うことになる友人となるだろう,仲良くなかよくして下さい,と,ちょっと偉そうに話をしました。

 ピアノはもちろん,エレピやオルガン,ヴィンテージシンセ,果ては民族楽器などの存在に気が付いて,そうした音色を積極的に弾きこなす将来があるかも知れません。マスターキーボードとして活用される日が来るかも知れません。

 RD-2000が彼女の成長を見守る存在になることを,私はうれしいと思っています。

 

時間泥棒,NanoVNA

 コロナ騒ぎでもう大変な3ヶ月でした。私個人もそうですが,子供の学校が始まらなかったりと,これまでの非日常が日常化する怖さを感じます。

 一度日常になると,元に戻ることはすなわち変化になりますので,これはこれで大変です。こうして日常と非日常が個々人の認識もろとも引き摺り回されてしまうことへの不安が,今の私には大きいです。

 閑話休題。

 先日amazonをダラダラ見ておりましたら,NanoVNAなるものを見つけてしまいました。小型液晶をもつスタンドアロンの測定器で,値段は6000円から7000円とくればよくある中国製の安価なもの,を想像します。

 そう,オシロスコープなんかもそうでしたし,LCRメータであるとかHFEチェッカなんかもそうです。

 特にオシロスコープはその当時インパクトがあり,数万円(それでも数万円ですからね)を出せない今ひとつ電子工作に忠誠を誓えない人達が,このくらいの値段ならと飛びついて買っては,オシロスコープかっちゃったよと自慢げにいう,あれです。

 私も買ってはみましたが,1chしかなく,帯域も200kHz程度,プローブが付属していない事には目を瞑ることができる(別売りですといえばいい)のですが,代わりにBNCコネクタとミノムシクリップが繋がったケーブルが1本付属という,まあなんというかひどい物でした。

 これじゃ,初心者は1:10のプローブの重要性を知ることもなく,音声帯域の波形をちょろっと見える事がオシロスコープの仕事だと勘違いして終わってしまい,見えない物を見ることと,とらえられない物をとらえる,という2つの重要な能力を体験出来ないまま終わってしまいます。

 もっとも,これらを「すごい便利だ」と思えるような問題の解決に使うには,相応の実力を持っていて,それなりに難易度の高い実験をしないといけないわけで,測定器などは誰でも買える値段になってしまうことに,あまり意味がないように感じています。

 NanoVNAについても,私は似たような物だと思っていました。

 VNA,ベクトルネットワークアナライザ,という測定器は,多くの測定器が安価になりアマチュアが一家に一台を標榜できる昨今において,最後の憧れ,見果てぬ夢と目される,測定器です。

 もう名前からして,数学と物理に苦しんだ人々が嘔吐しそうなわけですが,ある一部の人種からすると,もうこれなしでは生きられない,無人島に1つ持っていく物があるとすれば迷わずこれ,といった倒錯した意見が堂々と出てくる程,御利益の大きな代物のようです。

 主として高周波の世界において,革命を起こした測定器がこのVNAで,ここに至るまでのスペクトルアナライザやネットワークアナライザなどの最終進化形が,これと言ってよいのではないでしょうか。

 価格も大きさも破格で,安い物でも50万円以上,高いものだとまさに青天井でベンツが変えてしまうほどのお値段ですし,大きさだって小さめの電子レンジくらいの大きさのものはざらにあります。

 その上,校正キットという標準器のセットがまた高価でこれだけを買うにもそこら辺のオシロスコープくらいの値段がします。

 そう,かつてのラジオ少年が憧れた,まさにプロの道具として憧れる,最後の測定器なのです。

 これがですね,7000円です。画面にはいっちょ前にスミスチャートまで出ています。

 ということで,気が付いたらポチっておりました。

 話が前後するのですが,VNAを簡単にご説明しましょう。VNAを知らない人でも理解出来る範囲で,かつこれだけ知っていればとりあえずVNAってなに?と奥さんや子供に聞かれても大丈夫です。

 コンデンサやコイルに交流を突っ込むと,入り口と出口で振幅と位相が変わります。これはいいですよね。つまり,コイルやコンデンサを交流で扱う場合,2つの情報を一緒に考えないと,真の姿が見えないわけです。

 これに比べると抵抗ってのは楽ちんで,直流でも交流でも位相は変わりませんから,振幅だけ見ていれば問題ありません。

 で,2つの情報を一気に扱うのが,ベクトルという数でした。これは中学生で倣うわけですが,当時は当然ピンと来ません。だけど,コイルやコンデンサのように振幅と位相が同時に変化する場合,片側だけを見ても意味はなく,両方同時に見るからこそ意味があることは,なんとなくわかって頂けるでしょう。

 で,電気の世界では,この2つの量を複素数という数字で書き表すしきたりです。実数と虚数の2つの和として1つの数字を表します。

 複素数なんて知らないで死ぬ人も世の中にはいるくらい,実生活に縁遠いわけですが,最初は数学者のお遊びだった「二乗するとマイナスになる数」が,実はベクトルを表すのに超便利だと後々わかった,と言う程度に覚えておいて下さい。

 ものすごくざっくり言うと,複素数のうち我々が見慣れた普通の数字である実数は振幅を,想像の世界である虚数は位相を表すように割り当てるとすごく便利になりました,と思ってもらってよいと思います。


 さて,VNAは,コイル,コンデンサ,抵抗を含む回路を調べる機械です。入り口に信号を入れ,どんな信号が返ってくるかを調べて,その回路の素性を調べてやろうというものです。

 コイルやコンデンサが相手ですので,入力は交流でなければなりません。また,回路の入り口の抵抗(インピーダンス)がVNAの出口のインピーダンスと一致していないと,反射が起きて信号が戻ってきてしまいます。これは高校の物理で習いますかね。

 難しいという人は,長縄を柱にくくりつけて,片側の手を揺すって波を1つ送り込んで下さい。おそらく波はつつーっと長縄を走り,柱にぶつかって跳ね返ってくるでしょう。これです,これ。

 もし,柱にくくりつけるんではなく,別の人に持ってもらい,一緒に手を動かしてもらえたら,跳ね返ってこないです。これがかのインピーダンスマッチングです。(おおっ)

 VNAは,こういうことを調べながら,どういう回路かを見極める測定器なのですが,これまでは振幅なら振幅だけ,位相なら位相だけしから調べることが出来ませんでした。

 例えばフィルタを調べるなら,周波数ごとの振幅を調べれば通過帯域がわかります。しかし,位相がどうなっているかがわからないと使い物になりません。

 これを一気に一発で調べるのが,VNAなのです。

 VNAでは,回路をブラックボックスとし,入口と出口の2つの口に,信号を入れたり出したりして,4つの測定値を得ます。

 入り口に信号を入れ,入り口から跳ね返ってくる信号の比率,入り口に信号をいれ,出口に出てきた信号の比率,出口に信号を入れ入り口に漏れてくる信号の比率,出口に信号を入れ跳ね返ってくる信号の比率です。これをSパラメータと呼んでいます。

 本物のVNAではこの4つを一気に測定し,中の回路がどうなっているのかを明らかにします。後述しますが,NanoVNAでは,このうち2つしか調べることが出来ません。

 まあ,ここまでわかればとりあえずよし。

 スミスチャートについては,見た目のアレ具合がアレなのでアレなんですが,わかってしまえばなんと言うことはありません。

 とりあえず,測定器の出力インピーダンスと一致した抵抗を繋ぐと,チャートのど真ん中に点が出てきます。抵抗の値が違ってくると点が左右に動きます。

 コンデンサが入ってくると点が下にずれてきます。コイルが入ると今度は上にずれてきます。そして周波数ごとにこの点をいくつも書いていくと,その回路にどんなコンデンサがいて,どんなコイルがいて,それらの周波数ごとの特性がどうなっているかが,手に取るようにわかるわけです。

 先程,インピーダンスマッチングの話をしました。出力と入力のインピーダンスが一致していると反射が起きない,つまり入れた電気が無駄なくすーっと全部入ってくれるわけですが,これってスミスチャートでいえば,チャーのど真ん中ですよね。

 なので,VNAを使ってスミスチャートを描いてみて,その点が使いたい周波数でど真ん中に点が集まれば,見事にインピーダンスマッチングが出来ているとわかるのです。

 どうです,すごいでしょ?

 さてさて,そんな盆と正月が一度に来たようなめでたいVNA,私はかつてRFワールドという雑誌で斡旋していた,PC接続型のVNAである,ziVNAuというものを買っていました。15000円もする校正キットも一緒に入手していたのですが,今ひとつピンと来ないまま,ほとんど使わず放置していました。

 やっぱりよく分からなかったということと,触っていて楽しいと思えなかったからです。

 そこへ,このスタンドアロンのNanoVNAです。これを使えば,VNAをもっと楽しめるかもしれないと直感が働き,買うことにしたのです。

 NanoVNAは,もともとそのRFワールドにも寄稿するようなベテランのエンジニアの日本人が数年前にコツコツと作られたものなのですが,オープンソースにしたことで中国の業者が安価に作って売っています。

 これをけしからんと見るか,よくやったと見るかは人それぞれですが,私はこれが法に触れない限り,よくやったと言いたいです。

 さて,届いたNAnoVNAはシールド板を備えて,ABS製のケースに入っています。ファームもその時最新のもので1.5GHzまで測定出来るという触れ込みです。高周波はややこしいので,ケースに入ってシールドがされているものを,少し高くても選ぶべきと思います。

 7100円だったと思うのですが,校正キットまで含んでこの値段ですからね,びっくりです。

 NanoVNAはSi5351Aを発振器に持ち,50kHzから300MHzまでをスイープして解析を行います。300MHzから900MHzまでは3次高調波を,900MHzから1.5GHzまでは5次高調波を使って測定するのですが,基本波を除去しないので,そこは注意が必要です。

 ダイナミックレンジは70dB程度で,本物のVNAにはかないませんが,それでもそのあたりをよく分かって使えば十分です。

 測定出来るSパラメータはS11とS21のみ。2ポートのVNAで必要最低限とも言えますが,S11だけでもSWRを見る事が出来ますし,S12やS22はアクティブデバイスを測定しない限り必要性は低いと思いますし,ちょうどいい割り切りでしょう。

 ついでに言うと周波数スイープの測定点は108しかなく,かなり荒い印象です,これだとちょうど変化が大きくなる周波数を見逃してしまうかも知れません。

 そうやってあれこれとnanoVNAを触っていると,あっという間に4時間くらい経過していることに気が付きます。まさに時間泥棒,特に何かを測定しようとか,なにかを調べようと思っているわけではないのに,これだけ面白いと思えるのも久々です。


 で,S11を測定する機能でアンテナアナライザにするというのはVNAの定番です。S11は反射ですので,SWRはもちろん,マッチングの具合もスミスチャートで見られるというのですから便利なことこの上なしです。

 手元にあった,多バンド対応のロッドアンテナを繋いで,遊んでみました。長さを変えると共振点が変わり,SWRがが小さくなる部分が変化します。使うバンドによって長さを調整するという根拠が眼で見てわかります。

 次に,FMアンテナの向きを調整する装置としての活用です。これはS21にポートにアンテナを繋ぎ,レスポンスを見るということで可能になります。いわばスペアナ代わりなのですが,スペアナと違って絶対値が測定出来ませんので,あくまで相対的なレベルの大小で済むような用途,今回のようなアンテナの向きを確かめるような場合にのみ有効です。

 まずがSGに繋いで,ちゃんとS21が動くかどうかを見ます。最初はスパンが大きく,上手く中心周波数をつかまえる事が出来なかったのですが,上手く調整するとちゃんと信号の周波数でスパッと縦線が立ち上がって来ます。よしよし。

 周波数変調をかけると,ちゃんとかけた分だけ側波帯が広がって表示されます。立派にスペアナとして機能しているようです。

 今度はFMアンテナを繋いでみます。そうするといくつかの周波数でピークが確認出来ます。そう,放送局をちゃんと拾い上げてくれています。こういうのをバンドスコープというんだそうですが,どこに受信すべき信号が出ているかを視覚的に見せてくれるので,アマチュア無線では便利なんだそうです。

 こうしてみると,80.0MHz,81.3MHz,そして82.5MHzと,主要な放送局がちゃんと入感しています。それぞれの強度が最強になるようにアンテナ向きを調整すれば安心です。(まだやってませんけど)

 さらに,PCソフトを使って外部から動かしてみました。PCのソフトには2種類あるのですが,私はnanovna-serverというものを使いました。

 あくまでUI部分をPCで行うだけのものですが,それでもチャートを重ねるのではなく別々の図として出してくれるを見やすくなり,なかなか便利だと思います。


 ということで,価格以上の価値を持っていると断言出来るNanoVNA。いろいろ制限はありますし,そもそも帯域も狭いと思いますが,一応使い物になる校正キットも込みでこの値段というのは破格で,興味があるなら迷わず持っておくことをお奨めしておきます。

 高周波が苦手なあなたも,スミスチャートも複素数もさっぱりなあなたも,何はともあれNanoVNAを触って見て,実際に体験する中で理解を深めてはいかがでしょう。

 

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