東京からの脱出 : Day3 ~ 富山を離れる
- 2026/01/07 10:58
- カテゴリー:できごと
Day3 : 2025年12月28日
富山地方鉄道特急 10:20宇奈月温泉発 10:37新黒部着
はくたか560号 11:34黒部宇奈月温泉発 13:52東京着
3日目はいよいよ東京に戻る日です。東京は嫌いでもおうち大好きな私をして帰りたくないなあと思わせる,素晴らしい旅行の締めくくりです。
この日は東京に戻ることだけを目標にしたまさに移動日。無理をしない日程を組むことが心の余裕や贅沢感を生むと信じての計画でした。
妻の提案で,富山地方鉄道の電車を新幹線に接続する1本前の物にしました。これだと特急ですので乗車時間は短いですし,お土産や弁当をゆっくり買うことが出来るんじゃないかという作戦です。そもそも新幹線の駅なんだから,時間を潰す方法なんていくらでもあるだろうと思っていた訳ですが,これは後々誤りだったことを知ります。
宿では最後の朝食を頂きます。他のテーブルの人たちはどうやら2日目の朝食がほとんどで,我々の昨日のものと同じようです。我々だけが違ったものを食べていますが,それがまた昨夜の続きのような贅沢なものでした。朝からイカの刺身が出るのか・・・
昨日に続き,特製のだし巻き卵はとても美味しく頂きました。ご飯はおかわりすることが出来ませんでしたが,富山産のコシヒカリを上手に炊くとこうなるという,今どきの美味しいご飯を堪能しました。
こういう食べ物を売りにした宿の本気は,2泊3日でこそ味わえるんだと思います。2日目の夕食と3日目の朝食は,我々専用の特別食かと思いましたもん。
名残惜しい宿を後にし,昨日以上の好天に恵まれた宇奈月温泉駅までを徒歩で楽しみながら進みます。なに,時間はたくさんあります。私にしては珍しくお土産で増えた荷物をぶら下げながら,歩いて行きます。(あ,お土産は基本的には自分たち用で,特に娘が昔から好物なます寿司を3人前,この日の夕食用に買って帰りました)
それでも10時前に宇奈月温泉液に到着,韓国語などの様々な言語が飛び交う待合室で電車の到着を待ちますが,往復乗車券を買ってあった我々は,特急もそのまま乗れてしまうので気が楽です。
ゆっくり座席を確保し,新黒部駅を目指します。たった17分の乗車で,無人駅をすっ飛ばして走りますので,曲がりくねった揺れる線路を,うなりを上げて爆走する電車にちょっと体がこわばります。
定刻通り到着,2日前に吹雪いていた新幹線の黒部宇奈月温泉駅との連絡路にある横断歩道を渡ると,もうそこは東京に繋がる駅です。寂しいなあ。
ところで黒部宇奈月温泉駅は想像以上になにもない駅で,親切された新幹線の駅なんてのは,周囲になにもない上に,駅そのものも殺風景で,どこも基本構造は同じで,お土産を売っているところもなく,駅内のコンビニに少しの駅弁と一緒に売っている程度です。
ただ,その駅弁も富山らしくリーズナブルなくせに贅沢で,これも妻の提案で買ったお重タイプの弁当が,期待以上の豪華さでした。まさか棒巻きや煮こごりまで入っているとは。
行きとは違って特に遅れることもなく到着した新幹線に乗り込みます。ここでも特に外国人観光客のマナーの問題を目にすることはありませんでしたが,彼らは自分たちの周囲の状況に目を配るほどの余裕がまだないとみえて,とりあえずリクライニングを目一杯倒すことに躊躇しません。
誤解を恐れずに言えば,もらえる物はすべてもらうという意識で,自分にとっての適量とか,周囲と分け合うということに,まだ気が回らないんだろうなと思いました。そこに悪意がないから逆に面倒とも言えて,これは少し前の日本人が海外でやらかしていたことと同じだなあと思っては,いずれやってくるゆとりの時代が楽しみになるのでした。
行きと違って,徐々に人が乗ってくる上りの新幹線は,東京に近づくほど気ぜわしさが増します。さっさとお弁当を食べるのがいいんですが,3人で上手く弁当を分けるのがなかなか大変で,疲れもあって我々家族のテンションはやや下がり気味です。
読書をして東京に着いたのが14時前。果たして東京駅のホームは,私がここ数年で遭遇したどんな人混みよりも,混乱していました。ちょうど12月28日と言えばまだまだ帰省ラッシュの激しいときです。我々にとっては帰る電車でも,多くの人はこれから出発する電車になることをすっかり忘れていました。
地下鉄に乗り換えるのに便利な出口までホームを歩こうと思いましたがとてもそんなゆとりはなく,したかがないので途中で階段を降りましたが,これが失敗でした。おかげで予定以外の場所に出てきてしまい,自分のいることがわかりません。しかも人の流れ逆らう方向で歩くことになるため,とにかく前に進みません。お土産もここへ来て大きな負担になります。
改札を出たあたりで紙袋が割けてしまい,思わず「あっ」と声をあげては周囲の注目を浴びるなどと言う,もう何年も経験していない失態をしながら,まさに溺れるように人をかき分けて進みます。
それにしてもなんど人の多いことか。昼時にしては遅いのにどこも飲食店には長蛇の列で,これがまた人の流れを妨げます。しかも,外国人目当てのキャラクターショップが東京駅の地下には軒を連ねているんですね,これがまた人混みを作り,人一人分の面積を専有する大きなスーツケースが我々の行く手を阻みます。
だあああああああああ,もうええかげんにせえよ。
我々が降りた地下通路では,途中から地下鉄への案内が消えていたので,ここで我々は遭難することになったわけですが,ここは妻が機転を利かせ,ipadで我々を誘導してくれました。おかげで少しずつ人が減り,ようやく年末のビジネス街らしい風情になってきました。
地下鉄はやっぱり地元の人の下駄ですよ。周囲の人の表情にゆとりがありますもん。
なんとか大手町までたどり着き,地下鉄で自宅の最寄り駅まで戻ってきました。娘も久々に膝が痛くなったそうです。いやはや,最後の最後にこんな恐ろしいことがあるとは。
いつもそうなのですが,旅行は戻ってくるときの陰鬱な気分が嫌で,それでそもそも行かなくなってしまいました。かといって片道切符というのも悲しい物があるわけですが,それでも自宅に戻るまでの日常が嫌で旅行に出かけるのに,どの道中も旅行の一部とされてしまうことが,やっぱりいつになっても慣れません。
帰宅し,ほっと一息コーヒーを飲み,家族とのんびりしながら振り返ります。徐々に日常にスイッチが切り替わり,そのうちあわただしい年始に向けた準備が始まります。ああ。
帰りは失敗しましたが,ひとまず大きな事故も事件もなく,無事に戻ってきたことに安堵し,根が生える前に洗濯物や荷物の整理をして,今回の旅は終了。
総括すると,富山は観光地ではないかもしれないが,それゆえにゆとりがあり,焦る旅,詰め込む旅にならずにすみました。そして富山は食べることを目指す場所であり,だからこそ富山の人は食べるためにやってきた我々を歓迎してくれ,うれしいことに自分たちと一緒に扱ってくれました。
外国人の観光客も少なく,全体に人が少ないことも楽でしたし,出会う人は基本的に富山の人ばかり。スーツケースを転がす不愉快な音に興ざめする我々にとって,普段着に小さい荷物でうろうろ歩くことをが,純粋に楽めた素晴らしい3日間でした。
食べる事が好きな人が,食べる事を売りにしている場所に,食べる事を目指して旅する。観光客用に作られた観光地を回るのではなく,そこにある普段の生活とその延長にあるものをそのまま出してもらう。観光客にとって,珍しいものや興味深いものは,なにも綺麗な景色やお城やお寺だけではないということです。
富山地方鉄道には地元のお年寄りや,高校生が乗っていました。同じくらいの数,我々のような観光客も乗っていました。そう,彼らの日常に少しお邪魔させて頂いて,そこに住み着いているかのような体験をさせてもらえたことが,私は何よりうれしいと感じました。
夏の富山もいいでしょうね,今度は氷見とか,少し地域を変えてもいいかもしれません。日本海側の冬はもちろん寒いですが,東京のように空気が乾いてカサカサになるわけでも,刺すような空っ風が吹いているわけでもありません。冷たいけどしっとりとした風も,澄んだ空気も,視線を上げればいつも綺麗な山と空が見え,どこにも濁ったものが視野に入ってきません。そりゃそうです,ただただ厳しいだけの冬なら,おそらく誰も住み着かないですもんね。
富山,いいですね,本当にいいですね。
ところで,今回の旅行では,妻の貢献に随分救われました。私は下調べをほとんどせずに,行き当たりばったりの旅を楽しむつもりもあったのですが,それにも限度があって,困るレベルまで調べることをせずにいました。面倒がらずに冷静に調べて対応策を導き出す柔軟性に,私は今さらながら脱帽です。
最後に,お世話になったサン柳亭の方々,そして富山のみなさんに,感謝です。また行きますね,富山。