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5月の紫外線とレトロブライト

 多くの製品の筐体に利用されているプラスチックに,ABSというものがあります。粘りがあるプラスチックで,割れにくく,落としてもへこんだり形が変わったりしないし,衝撃を吸収して内部を守ってくれ,軽くて安くて様々な色に着色も可能と,誠にありがたいものなのですが,大きな問題の1つに黄変があります。

 その名の通り,黄色く変色してしまう現象で,古いプラスチック製品が黄ばんでいるのを見たことがある方も多いでしょう。白やクリーム色のプラスチックがまるで煙草のヤニで汚れたように黄色くなっているのを見ると,古さと同時に汚いものだという印象も受けてしまうものです。

 私のように古いPCやポケコン,ゲーム機に愛着を持つ人が増えていますが,そういう方々の頭痛の種がこの黄変で,かつては全塗装するしか解決出来ないと思われてきました。しかし全塗装は同じ色合いを出すのが難しいだけではなく,塗装によって変わってしまう表面の艶やざらつきなどの質感も失われてしまいます。

 しかし,2008年,ドイツのコモドール64のマニアの掲示板で,黄ばんだ部品を過酸化水素水に数日間漬け込むと白色に戻るという発見が偶然されたそうで,これが同じドイツのamigaの掲示板にも飛び火,これを知ったイギリスの化学者を中心に検討が進み,RetrObrightというプロジェクトでその方法が確立しました。

 この話は2010年頃には同じ悩みを抱える日本のマニアの間でも少しずつ広まっていきましたが,海外とは違って高濃度の過酸化水素水の入手が難しいなどの問題もあり,「ハイターEXパワー」を使って長時間(数日)日光に晒すという方法が一般的になって現在に至ります。

 私も2010年頃に,レトロマシンのレストアの最終関門が突破出来る画期的な方法として追試を行うつもりでいたのですが,いろいろバタバタとしていたこともあり,結局追試を行うことはありませんでした。

 しかし,先日手に入れたPC-1475Uのキーがあまりに黄色く(というより茶色)なっていたので,レトロブライトに取り組む事にしました。

 ABSの黄変には2種類あるそうです。1つはABSそのものの変色,もう1つは添加剤の変色です。このうちABSそのものの変色はもうどうにもななりません。

 しかし,添加剤による変色は元に戻せます。添加剤は酸化防止剤と難燃剤の分かれており,それぞれで白くなるメカニズムが違っています。酸化防止剤の変色は酸性溶液に漬け込み紫外線を当てることで元の色に戻るそうです。

 難燃剤の変色は,難燃剤に含まれる臭素が紫外線によって一酸化臭素となることで発生し,元に戻すにはより強い共有結合で水素に吸着させるんだそうです。

 この添加剤による黄変を一気に漂白するのに,過酸化水素水と紫外線暴露が効くらしく,これに漂白を加速するTAEDなどを加えたレシピが確立しており,これにUVランプや日光を数時間照射することで,元の色に戻せるわけです。

 繰り返しますが日本では,このレシピをそのまま再現することは難しいものがありました。しかし,過酸化水素水の濃度が低いことを除いて代用可能なものが,ハイターEXパワーと知られるようになり,日本でも多くの実施例が紹介されるようになってきました。

 しかし,濃度が低いことを長時間のつけ込みでカバーする日本の方法は樹脂の劣化や印刷のかすれを引き起こすこともあり,なからず成功するというものでもなさそうです。

 さて,5月と6月の紫外線は特に強いわけで,この紫外線を使わない手はありません。ドラッグストアでハイターEXパワーを買ってきて,PC-1475Uのキーをレトロブライトしてみることにしました。

 まず分解してキーを取り出します。これを薄いプラスチックの板に両面テープで貼り付けて,ジップロックに放り込みます。ここにハイターEXパワーを注いで屋外に放置,という作戦です。

 途中でキーが剥がれて浮いてしまう等の問題が発生したり,14時頃からスタートしたこともあって翌日の昼過ぎまで時間がかかったなどの問題もありましたが,翌日取り出して見ると,完全ではないにせよ,変色した茶色のキーがかなり元のグレーに戻っているようです。

 これ以上は印刷がかすれてしまうと判断し,ここで中止しました。のべ6時間ほどの照射でしたが結果は良好で,大変綺麗になりました。写真は処理前後の比較です。

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 これに気をよくして,X1turboIIIのキーの黄変を処理してみました。SHIFTやリターンなどのグレーのキーが黄変しているので,これが綺麗になるならと慎重に作業を行いました。のべ5時間ほどの照射でしたが,これも綺麗になりました。

 これだけ綺麗になるならと調子に乗った私は,さらにレトロブライトを進めます。PC-2001のキーと,X-07のキーです。特にX-07のキーはひどく,これが白になるならとてにうれしいです。

 これは処理前の写真です。かなり黄色くなっているのがわかります。

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 まずはX-07の予備のキーを処理。7時間ほど放置したところかなり白くなっています。

 翌日は昨日の続きと,PC-2001のキー,そしてX-07の実機のキーを漬け込みます。X-07の予備のキーは述べ15時間漬け込んだので,もう真っ白です。しかし,印刷も薄くなってしまいましたし,オレンジや青のプラスチックも白くなってしまいました。

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 PC-2001とX-07の実機のキーは8時間ほどのつけ込みでしたが,やはり印刷のかすれや,プラスチック自身の退色が目立つようになっています。PC-2001についてはムラも出てしまい,完全に失敗といってよいと思います。

 印刷のかすれについては,どうも処理後の水洗の時に剥がれたものも多くあるようで,印刷が弱くなっていること,そして乱暴に扱うことでひどくなったようです。

 最後に,PC-386BookLのバッテリのケースが黄色くなっていたので,少し大きめのものをラップでくるんで処理できないかという実験を目的に処理してみました。これは6時間ほどの照射で十分白くなりました。心配していたムラもありません。

 総括すると,

(1)白以外の樹脂も白くなり退色する
(2)印刷が弱くなっているので少し乱暴に触ると剥がれたりかすれたりする
(3)ラップでくるめば十分
(4)5月の紫外線なら処理時間は5時間程度でも秋分

 という感じです。

 X-07は,結局予備のキーからも印刷がかすれていないものを選抜して組み立てることにしましたが,処理時間の違いから目で分かる程度の色の違いが目立ちますし,印刷のかすれも残っています。

 PC-2001はムラがひどく,その原因はわかりません。オレンジ色のキーも退色してしまっているので,さらに失敗だと言えるでしょう。なかなか難しいものです。

 大きなものは処理が難しいとは思いますが,キーや手のひらサイズものであれば,上手く処理できると思います。気を付けないといけないのは,成型色がそもそも白やグレーでないといけないこと,印刷が剥がれる可能性があることでしょう。

 過酸化水素水やTAEDなどの物騒な薬品に,強烈な紫外線を長時間浴びせるわけですから,プラスチックにとってはかなり過酷な状況でしょう。処理は最低限度にとどめ,やり過ぎはリカバー不能な失敗に繋がります。

 なにせお天気まかせですし,数時間から数日かかる処理です。失敗すると元に戻せませんし,処理後のABSが今後数年間でどんな変化をするのかもわかりません。

 気軽に試すものと言うよりも,最後の手段として考えた方がよいというのが,今回の結論です。

 

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