AMラジオの役割
先日,民放ラジオ各社がAM放送をFM放送に転換するという発表を行いました。
テレビのニュースでも報道されていたくらいなので,impressなどのインターネットメディアでも詳しく報道してくれるかと思っていたのですが,案外静かなもので,注目度の少ないニュースとして流れていってしまいそうな感じです。
AM放送の設備はFM放送に比べて大規模で,設置も維持もお金がかかるというのは本当の話ですが,その代わりサービスエリアは広く,受信機が簡単で済み安いですから,多くの人に聞いてもらえます。つまり,全国共通の内容が中心になるということです。
それに,なんといっても,とても貴重な中波という周波数帯です。ここは国際的にも放送波に割り当てられていて,簡単に手放すというのはもったいないかもなあと思ってしまいます。
FM放送はVHF対を使いますので,見通し距離しか電波は届きませんからサービスエリアは小さくなりますし,だから出力も小さく,設備も小さく済みます。だから,FM放送は地域ごとに放送局や番組内容が異なっていて,地域色が豊かなのです。
ただ,そういう特徴をもってしても,昨今のラジオ放送の経営環境は厳しくなっていて,公共性の高いラジオ放送であっても,経営判断が必要になっているということなんだと思います。
すでにFM補完放送というわかったようなわからんような名前で,AM放送と同じ内容をFMでサイマル放送する仕組みが続いているわけですが,これもAM放送の設備の重さに耐えられないという放送側の都合の結果始まったものと記憶しています。
そういう背景がありつつ,結局2028年にどうなるかというと,全国の民放各局はFM放送に移行します。ただ,直ちにAM放送を停波するということではなく,当面は同時放送という形を取るようです。
ただし,秋田県と北海道についてはサービスエリアが広いためFM放送への移行はせず,現状のままとなりそうです。また,NHKについても2023年にAM放送を1波に集約してからは当分AM放送を維持するという事になっています。(NHKはつい最近放送設備を更新したので,停波する理由もありません)
厳しいのは在京大手の3社で,ここは免許の更新年にあたる2028年にAMも停波することを目指しています。ただ,その段階でFM補完放送に対応したラジオ(90MHzから108MHzまでが受信出来るラジオ)が今のAMラジオなみに普及しているかどうかが問題になるはずで,停波した結果リスナーが減ったとあればスポンサーも離れていってしまうでしょうから,慎重に判断することになるでしょう。
ただ,VHFは遠くに飛ばなくても,インターネットは遠くに声を運びます。FM放送の中継局に音声を配信する仕組みがある現在,FM放送のサービスエリアは十分に広いと考えるのも,正しいかも知れません。
ここでちょっと考察してみます。
なんでこのタイミングでこんな話が出てくるのか。もちろん2028年に免許の更新時期を迎えることや,設備の老朽化の問題が避けて通れないこと,リスナーの減少で経営環境が厳しい事もあると思いますが,それにしても「今」浮上する話としては今ひとつ説得力がありません。
思い出されるのは,VHF-Lowと呼ばれる周波数帯の,総務省の失策です。もともとここはアナログテレビの1chから3chに割り当てられていたのですが,地デジへの移行によって空き地になりました。
非常に貴重な周波数帯なのでいろいろな活用法が考えられたのですが,きっといろいろあって結局東京FMの子会社が「デジタルラジオ」放送を行う事になりました。これが大コケにコケて会社は清算,周波数帯は返上という話になったのでした。
このまま一等地を空き地にするわけにもいかず,総務省もはやくなかったことにしたいということで,新しい技術開発の必要な用途ではなく,手っ取り早く有効活用できる(したように見える)FM放送の拡張を行い,ここにAM放送を移籍させることにしたんじゃないかなあと思っています。
なんだか,AM放送各社が自分たちの都合でFM放送にするという話になっているようですが,実のところ総務省の強い意向があったんじゃないかと,まあそういうわけです。
考えてみると,AM放送とFM放送では,なにからなにまで違います。もし総務省がそれぞれの放送局に「同じ事が安く出来る」などといってそそのかしているのだとするなら,総務省はどれだけラジオ放送を軽視しているのかと思います。ああ,かつて頼もしい(かつ怖い)存在だった郵政省はどこにいったのでしょう。
当然,教育テレビは無駄とかAMを2つも持つのは無駄とか,FMなんかやめてしまえといっている識者といわれる人々の声に推されて,当然NHKにも同じような圧力をかけているのだろうと想像出来ますけど,それでも当初の予定通りAMは1波にして続けますと言い切るんですから,NHKよくやったといってやりたいです。
それから,これは私が一番懸念することなのですが,ラジオの自作がもう出来なくなるなあということです。FM放送では,電池を必要としないゲルマラジオを作る事が現実的に出来ません。
本来電波を受信して復調することに電源を持つ事は必要なく,電波それ自身がエネルギーを持っていることを,ゲルマラジオは教えてくれます。グルグルと巻いたコイルにバリコンとダイオードと抵抗,そしてイヤホンがあれば電池もいらないラジオが出来上がるというのは,電気がないと動かない家電製品に囲まれた子どもたちを驚かせるのに十分なのです。
それほど簡単な仕組みでラジオが完成するのは,これはいってみれば放送局側が負担してくれているからでもあって,FMラジオが安くなかった時代においては,この受信機の簡便性というのはとても大きなメリットでした。
AMラジオは実用的な回路でも規模が小さく,自作にもってこいです。いまさらラジオを作る子どもがどれほどいるのかわかりませんが,自分で作ったラジオが市販品と同じ放送を受信して音声を出すその瞬間を目の当たりにすれば,そこに感動が生まれることは間違いないと思います。
前述のゲルマラジオの始まり,トランジスタを減らしたレフレックスラジオ,かつての定番6石スーパー,ICを使ったストレートラジオ,果ては真空管を使って作る事も出来ます。でも,AMラジオに比べて回路の複雑なFMラジオを作るには,現実的にIC以外の選択肢はありません。
殊更ラジオや無線の対するノスタルジーを協調したいわけではありません。ただ,FM放送に移行し,AMラジオが「ゴミ」になってしまうような時代になると,ラジオの自作はもう行われなくなってしまい,過去の文化になってしまいます。
電子工学がとかモノづくりがとか,決して大げさな(かつありがちな)話では無く,夏休みの工作の選択肢がまた1つ減ってしまうという小さなレベルでも,私はとても残念な事に思えてならないのです。
FMラジオにもキットはあるよ,という方の声も聞こえてきますが,それらは残念ながら,主要な回路は組み立てと調整まで済んでいる事がほとんどです。はじめてハンダゴテを使う人に,FMラジオの回路の組み立ては難しく,調整に至っては手も足も出ないものです。
基板をネジ留めしてFMラジオを作ったことに出来るなら,どんなものでも手作り可能と強弁できます。ですが,それはAMラジオの自作とは根本的に異なる世界である事に,我々は気が付かねばなりません。
そしてもっとも大切な事として,なぜ自作したラジオから音が出るのか,というラジオの仕組みを考える際,はるかに複雑なFMラジオの仕組みはAMラジオのように簡単に理解出来ないのです。
作っておしまいなら,プラモデルと同じです。作る事をきっかけに学ぶことは,FMラジオでは難しいといわざるを得ません。だからAMラジオなのです。
NHKだけでも残ってくれて良かったと思います。全国で放送が行われますので,地域によってAMラジオを自作する意味があったりなかったりするという差がなくなります。私はこの1点でNHKに受信料を払う理由があると思うほどです。
AMラジオを維持するにはそれなり体力が必要であることは承知しているので,民放各局に期待はしません。ただ,NHKともう1社,どこか大手がしっかりとAM放送を続けてくれることを,望みたいと思います。
総務省がまたスケベ心を出して中波帯で新サービスを考えついて,また哀れな民間会社が天下り先という使命を帯びて作られては消えてを繰り返すのは,もうみたくありません。