フジフイルムのX halfというカメラ,2025年に登場したときには随分と話題になり,賛否両論があったことを思い出します。私はと言えば,フジフイルムのカメラという事で眼中になく,今の今まで無関心だったのです。
とはいえ,フジフイルムのカメラには1つ,とても羨ましい機能がついています。それはフィルムシミュレーションです。世界屈指のフィルムメーカーであり,Kodakの背中を追い続けて走り,いつしか先頭に躍り出たフジフイルムが,その財産である様々な自社のフィルムを文字通り「シミュレーション」して再現してくれます。
ニコンにしてもキヤノンにしてもそうですが,綺麗な写真や美しい写真を本命に切磋琢磨してきましたから,モノクロしてもセピア色にしても古い写真っぽい色褪せた色にしても,所詮はお遊びの設定に過ぎなかったと思います。
もちろん,カメラメーカーは本気でそれらを作り込んでいたかも知れませんが,フジフイルムが有利なのは,それらを実在するフィルムのシミュレーションとして実装できることにあります。
考えてみると,かつてVelviaで作品作りをしていた本気のカメラマンがですよ,Velviaモードで撮影したビビッドな写真を,お遊びだとバカには出来ないでしょう。
同じビビッドな写真であっても,それがフジフイルムによって,Velviaをシミュレーションしたものですと言われたものなら,そこに強烈な説得力が宿るわけです。私はここに,銀塩フィルムの文化的側面を見ます。
1980年代中頃,それまであきらめていたネガカラーの発色が,Realaというフィルムで劇的に改善されたとき私はとても感激したのですが,今のデジカメの色の美しさはRealaやその後継であるReala Aceを遙かに凌駕しつつも,そこに記憶や感情といった,経験によるいわばノイズが入り込むことで,その人にとって特別な美しさになることを,私はとても豊かな体験ととらえています。
ただ,フジフイルムは「わかっている」会社なので,フィルムの銘柄が記憶と結びつくことの出来る資産であることを理解していて,だからこそ他社との差別化の材料に積極的に活用出来ているわけですが,そのフジフイルムのカメラは,ニコンやキヤノンとは違った軸で勝負しているので,私の肌には(価格的なものも含めて)ちょっとあわないところがありました。
なのでずっと興味を持たずにいたのですが,ある友人とフジフイルムのXシリーズについて話をしていて,急にフジフイルムのカメラが視野に入ってきてしまったから,もう大変です。
X halfという個性の強いカメラがキャッシュバックで25000円戻ってくるという話,ヨドバシで50000ポイントもたまっているという話,娘が修学旅行で沖縄に行く話・・・どうせ買うなら安い値段の在庫があるうちにということで,X halfを昨日買いました。
ええ,賛否両論,というよりネガティブな意見が多いことは重々承知しています。曰く,安っぽい,RAWがないのは致命的,トイカメの延長線上にある,カメラとしての性能がいまいちなのに高すぎる,などなど。
ただ,X halfの支持者が20代,30代の若い人であることや,発売当初は品薄だったことを考えると,声の大きいベテランたちが期待するものと,ずれているんじゃないかとも思ったのです。
画質を云々する声があったとして,フジフイルムが本当に画質をないがしろにするのであれば,1インチのCMOSセンサを搭載することも,5群6枚非球面搭載のレンズを奢ることもなかったと思います。
10万円のカメラですから,さすがにただのオモチャというわけにはいかないでしょう。そこはフジフイルムを信じて,買ってみることにしたわけです。もっとも安くフィルムシミュレーションを楽しむ方法でもありましたしね。
とはいうものの,10万円から5万円のポイントとキャッシュバックを引き算すると25000円です。この値段なら失敗してもあきらめがつくなという事で買ったことは否定しません。
てことで,レビューです。今回は先に悪かったところをあげつらいます。
(1)質感,外観
軽いのは正義です。小さいのも正義です。しかし,なんというか,スカスカな感じがして,メカとしても凝縮感がありません。筐体がプラスチックであることはひとまず置いておいても,精密機械としての密度感って,フィルムカメラに目覚めた若い人たちにも重要な感触なんじゃないですか?
なにががっかりって,絞りリングやフォーカスリングのしっとりとしたトルク感がないことです。コストの問題もあるんでしょうが,ここにこだわって欲しいと言う声は必ず上がってくるわけで,この程度で妥協して欲しくなかったです。
塗装は美しく,デザインも悪くないのですが,シャッターボタンのストロークにこだわりが感じられないこともそうですし,売りの1つであるレバーも回転角が小さく,またフィルムカメラのそれとは似ても似つかない感触です。
別に,ヒンヤリした感触が欲しいわけではないので金属製にとまではいいませんが,その代わりもう5mmほど薄くしてカバンやポケットに入れやすくすることは出来たでしょうし,レバーもついつい動かしてしまうような気持ちよさにこだわって欲しかったです。
(2)画質
2:3の2000万画素1インチセンサを4:3で使い1774万画素にしたこのカメラ,実は結構いい画を吐き出してきます。コンデジやスマホのカメラと違ってダイナミックレンジもそれなりに広いので,それらとは明らかに違う画質に気が付きます。
とはいえ,そこは所詮は1インチです。APS-Cやフルサイズに見慣れた目では,ゆとりのなさが気になります。
それに,高感度領域が厳しいです。ノイズもそうですが,色の乗り具合から考えて,実質的にISO1600くらいが限度じゃないかと思います。これって10年以上前のカメラの水準ですよね。
ISO感度の設定はオートが3種類あります。ISO200-800とISO200-3200,そしてISO200-12800の3つです。
先程書いたようにISO1600までを限度としたい私としては,ISOオートの設定にISO1600までというのがないことがとても不満です。ISO800ではシャッター速度が足りずブレてしまい,かといってISO3200では画質が厳しいのです。
Pモードのプログラムラインにも疑問があり,ISO3200にしてでも1/125秒をキープしようとします。そこはISO1600で1/60だろうと思うのですが,35mm換算で30mm程度の焦点距離でも手ぶれを防ごうと1/125秒を選ぶのだとしたら,手ぶれ補正がないことがこんな所にも影響しているわけで,とてもがっかりな話です。
思い出して欲しいのは,銀塩フィルムが全盛の頃でも,手軽に手に入るフィルムはISO1600までだったことです。それに,ISO400の4倍増感でISO1600という方法も一般的でした。
だから,X halfでフィルムカメラでの体験を1つの軸においたのであれば,ISO感度は1600までを一区切りとしたほうがよいと思うのです。もちろん,感度上限を任意に設定出来ることでもよいのですが,それだとフジフイルムのメッセージが伝わらない気もするので,ISO3200を上限とする設定をISO1600までに抑えて欲しいと思いました。
私の記憶では,ISO3200のフィルムはフジフイルムからは出てなかったはずです。一方ISO1600は高画質なフィルムの開発に成功し,名機NATURAに詰めてストロボなしの撮影をNPモードとして積極的にアピールしていたはずです。フィルムカメラの体験を大切にしているなら,こういうところも思い出して欲しいです。
(3)UI
まず物理的なUIから。電源スイッチの方向が反対です。右に動かすとON,左に動かすとOFF,もうこれは人類共通の認識です。わざわざ逆にされると本当に困ります。プロが使うカメラならあり得ない仕様だと思います。
どうもレバーとの関連でこのような仕様になったらしいですが,本末転倒だと思いますし,そもそもフィルムのカメラでも右でONが普通でした。
フジフイルムのカメラすべてが左でONだというならやむを得ないところもありますがそうではなく,X halfだけの仕様です。これは市場に出る前に誰かが止めないといけなかったんじゃないでしょうか。
で,そのレバーですが,これもなかなか中途半端です。あのレバーは,カメラの象徴であり,どのモデルでも,そのカメラの主張が入る,流れるような美しい曲線で作られているものです。
X halfのレバーはどうかというと,短い,角度が浅すぎる,トルク感がない,しかもトルクの変化がない,ということで,もう一度あのレバーの感触を楽しみたいからシャッターを切るという,フィルムカメラの操作への渇望の1つが,見事にそぎ落とされています。
設定などのUIも混乱があります。LCDが狭いからと言うのもあるのでしょうが,情報が少なくて混乱しがちですし,左側の縦長のLCDとの併用も慣れないと厳しいでしょう。
あと,UIにいれて良いのかどうか分かりませんが,オレンジ色の日付を映し込む機能は良いとして,ACROSで撮ったモノクロの写真でもオレンジ色というは頂けません。これなどはもはやバグでしょう。
(4)LCD
縦長の異形のLCDを2枚というのはさすがに難しかったようで,フジフイルムの設計者は1枚の横長のLCDを,枠を重ねて2枚に見せることを選んだようです。そのせいもあってか,とにかく小さい,狭いです。操作も上手くいかないことがあり,イライラします。
せっかく縦長のLCDなのに,狭いせいで画像が小さいです。老眼の人の悲鳴が聞こえます。
また,発色もそれ程良くないようで,フィルムのシミュレーションの違いがわかりにくいです。
(5)ファインダー
ファインダーは0.38倍の逆ガリレオタイプで,目を近づけるとLCDがオフになる手の込んだものですが,ガラスになにもない素通しで,本体のなんの情報も得られません。
せめてブライトフレームがあると,精緻な光学機器を触っている感触があったのになあと残念でなりません。また,ストロボのレディランプやAEの範囲を超えているなどのLEDがあっても良かったんじゃないかと思いますが,このあたりはベテランでないとのかも知れません。
(6)手ぶれ補正がない
これもなにげに厳しいです。ISO1600までで室内で撮影すると,シャッター速度は1/15秒とか,それ以下になります。LCDが小さいので気が付きませんが,実は結構手ぶれしているものなので,2段くらいでもいいので手ぶれ補正が欲しかったです。
(7)小気味良い動作速度
なんというか,全体としてもっさりとした動きです。GR IVのようなキビキビした動きまでを求めませんが,もう少しサクサクと動いて欲しいです。
特にがっかりしたのは,撮影画像の再生です。画面を拡大すると,もやーっと甘いんです。これが0.5秒ほどするとシャキッとした画像に再描画されます。最初から再描画されたシャープな写真を出して欲しいです。
シャッターのレスポンスも一呼吸ありますし,メニューなどのスクロールも遅くて指についてきていませんし,決定からの動作も遅いです。まるでチェキを触っているかのような感じです。
(8)ストロボ
ストロボといってもキセノン管ではなくLEDです。キセノン管の瞬間的なエネルギー放射にLEDは叶わず,少し被写体と離れると全く使い物になりません。使い方をよく考えないと,ただ迷惑な人になってしまうでしょう。ここはキセノン管でいって欲しかったです。
というのも,キセノン管の発光時間は1万分の1秒と非常に短く,暗い所では被写体を確実に止める事が出来るんですね。シャッター速度を遅くして動かない背景を長時間露光で,動く被写体はストロボの光で止めるというスローシンクロという手法が使えると,高感度に弱いX halfの活躍の場はぐっと広がったはずです。
(9)オプションの選択肢のなさ
この手の趣味性の強いカメラって,いろいろカスタマイズをするのが楽しいんです。シャッターボタンにネジを切ってあるのはギリギリOKとしても,フィルターのネジを切っていないこと,専用のケースが出ていないことなどは,ちょっと問題だと思います。
特にフィルターのネジについては,フィルターだけではなく,フードもいろいろ選べようになったはずです。もちろん,今どきフードなんかいらないという合理的な考えもわかりますが,ドレスアップの1つとしてフードを選ぶのは楽しいものです。
(10)高い
カメラとしての完成度を考えた場合,とても10万円を越えて出せるものではありません。7万円,円高だった5年前なら5万円台が妥当なところなんじゃないかと思います。ただ,56000円くらいだと,その程度のカメラと逆に馬鹿にされたかも知れません。
悪いところを列挙しましたが,X halfはとても良いカメラだという前提があっての話です。
これ,本当にいいカメラだと思います。楽しいです。
トイカメラと思わせて1インチ1774万画素,5群6枚非球面,F2.8の明るいレンズで高画質,フィルムシミュレーションは高級機とほぼ同じものでとても楽しく実用的です。(プロネガがないのはとても残念ですが)
こうなるとRAWなどはむしろ邪魔とも言えて,JPEGのみという潔さはむしろその画質の完成度の高さを誇っていると解釈してもよいでしょう。私が常用するZfやGR IVとこれだけコンセプトが違うと,もう比較する気も起きません。
チェキのプリンタと直接繋がるのも面白いですし,2in1も手軽に組み写真を手軽に楽しめます。
縦長のフォーマットは縦位置を多用する私にはとても自然なフォーマットですし,絞りリングをAから数字に動かすだけで,PモードからAモードに移行するというUIは昔ながらのカメラのお作法です。
MFにもさっと切り替えることが可能で,パンフォーカスもOKとくれば,スナップシューターとしても活躍するでしょう。
そしてなにかと話題のフィルムカメラモード。最新のファームで12枚が選べるようになりましたが,1枚1枚レバーを動かす必要があったり,12枚撮り終えるとカウンターが巻き戻ったりと,なかなかにワクワクする仕様です。
しかも現像が必要というのもなかなかストイックです。ただですね,現像がスマホだけというのはどうにも・・・PCでも現像出来るようになってほしいです。でないと,印刷までもって行けませんから。
確かに現像するまで何が写っているか分からないのは正しいのですが,12枚撮影後にも本体で中身が見られないというのは,ちょっとやり過ぎかもと思います。メモリ容量が足りなくなって,撮影が続行できない場合に,なにを消そうか検討できないというのは,撮影機会を逃すことに繋がります。
本物のフィルムカメラなら当然だろうという声が聞こえてきそうですが,不便と不可能は別次元の話です。不便は楽しめますが,不可能は悔しいだけです。
キャッシュバックでユーザーが増え,そこにVer2.00の新ファームの投入です。まだしばらくはファームウェアアップデートによる機能追加を期待出来ると思いますし,後継機種にも期待したいところです。
気軽に持ち出せ,偶然性と作り込みを両立するカメラって,案外ないものです。そういう需要が根こそぎスマホに持って行かれたのも事実ですが,そこはフジフイルムの資産であるフィルムシミュレーションで,ただ綺麗なだけのつるんとした画像とは違う,撮影者の意思を反映した画像を残す機材として,その役割を果たして欲しいと思います。