ワンダースワンも死んだ,なぜだ!
- 2024/12/06 11:49
- カテゴリー:マニアックなおはなし
私がこれまでに見て来て,その生い立ちに共感したものの1つであるワンダースワン。先日のスワンクリスタルの電池液漏れ(とLCDのビネガーシンドローム),ワンダースワンカラーのLCD破損によりカラーモデルを失った私に,更に追い打ちをかける事実が発覚しました。
ひょっとしてと胸騒ぎがして倉庫から出してきた初代ワンダースワン(クリスタルブラック)のLCDが,見るも無惨に死んでいたのです。グレーだったLCDはなぜか黄緑色に変色し,ひび割れています。こんなものでもビネガーシンドロームは容赦なく襲いかかり,その命を奪ってしまうのか・・・
しかし,私はこれを割に軽く考えていました。モノクロ液晶でしょ,なら手持ちのモノクロ用の偏光フィルムに交換すれば済むよ,と。
ですが,その考えは甘かったと言わざるを得ません。劣化したLCDを見て,あれ,ワンダースワンのLCDって緑色だっけな?と思ったのですが,これはきっと偏光フィルムが劣化しているからだと都合良く解釈して,自分の浅はかさを押し隠しています。
分解してLCDを取り外し,酸っぱい臭いも強烈な劣化した偏光フィルムを剥がしてみると,見慣れたグレーの画面が出てきます。確かこのグレーに黒の表示だったと思うんだけど考えながら,手持ちの偏光フィルムを重ねてみます。
すると,緑色に・・・これで動かしてみると,緑バックに青色で表示されました。ああ,なんと,昔々のゲームボーイか,昔々のワープロ,あるいは昔々のPC-98LTじゃないですか。
だんだん思い出してきました。TFTのLCDが高価すぎて高嶺の花だった20世紀末,庶民にとっての現実解はSTN液晶でした。
STN液晶はTN液晶の改良版で,どちらもパッシブマトリクス液晶の代名詞となっていますが,これは液晶の動作モード(ねじれ具合とでもいいますかね)の分類です。
一方のTFTというのは駆動方式による分類であって,実は動作モードとしてはTNであることを,ちょっと液晶テレビに詳しい方ならご存じでしょう。
TN液晶は,あらかじめ90度ねじってある液晶に電圧をかけると液晶の並び方が変化してねじれがなくなることで,表面の偏光フィルムを光が透過したりしなかったりすることで表示をします。しかし,90度しかねじる事が出来ないために問題がありました。
それは,解像度を上げるとコントラストが下がる事。解像度と言うよりも走査線の数なんですが,パッシブマトリクスでは全ラインにまとめて電圧をかけることになるので,1ラインあたりの電圧はラインの数が増えるほど小さくなります。
この小さい電圧で液晶をねじる必要があるので,少しの電圧でも急峻にON/OFFする特性がなければ,コントラストが下がってしまって,やがて何も見えなくなってしまいます。
これを打破するために登場したのが,STN液晶です。
SはSuperのSで,ねじる角度をアップして,なんと260度とか270度くらい(ただしねじりの向きはTNの逆です)です。
TN液晶は単純なシャッターで表示を行っていましたが,STNではこのねじれのせいで生ずる複屈折による色の変化で表示が行われます。
この結果,電圧の変化に対するON/OFFを急峻にすることができ,コントラストが向上しますし,解像度も上げられるというわけです。
しかし,STNには致命的な欠点がありました。白黒表示ができないのです。TN液晶は文字と背景を白と黒に出来るのではっきり見やすいのですが,STNでは背景と文字が黄緑と青になってしまうのです。これは先程書いたように,STN液晶は複屈折を利用しているため,避けようがありません。
この複屈折というのは,屈折する光が1つではなく,2つになることを言うのですが,2つがどれくらいずれるかは,その光の振動面にも物質にもよります。
そして,ずれた2つの光には速度差があるので位相差が生まれます。これを最終的に1つの偏光板で合わせると,位相差によって色がついてしまうというわけです。
色がついてしまうという事はカラー化は無理ですし,モノクロであっても見にくいですよね。初期のSTN液晶を搭載したワープロやラップトップPCに,黄緑色と濃い青の表示のものがあったのは,そういう理由です。
そこで,もう1枚液晶を重ねる方法で白黒にする方法なんかも開発されたのですが,決定打になったのはFSTNというものです。位相差が原因で色がつくなら,その位相差を打ち消すような逆の位相差を生む複屈折を起こすようなフィルムを挟めばいいんじゃないか,という発想で生まれた技術です。
プラスチックには大なり小なり複屈折性を示すものが多いので,都合のいい物を上手く選べばそんなに高価でもありません。これを偏光フィルムの前に置きさえすれば,あのSTN液晶が白黒で表示出来るんですから,こんな美味しい話はありません。
このフィルムを位相差フィルムとか,補正フィルムと呼びます。偏光フィルムとLCDのガラスの間に挟んで使うとあら不思議,綺麗な白黒になってくれるというわけです。
こうすることで見やすいモノクロLCDとして,あるいは安価なカラーLCDとして,一気に普及し始めます。カラー化したガラケー,小型のノートPC,ゲームマシンと,市場が望んだカラー表示の時代がやってきました。
しかし,それもTFTが安くなるまでの話。応答速度が極端に遅く,角度によって色が大きく変わってしまう,発色もコントラストも悪いし,暗い所で良く見えないというSTN液晶を,今見る事はほとんどありません。ああ,ロストテクノロジー。
さてさて,ワンダースワンのモノクロLCDも,実はFSTNです。だからきちんと白黒ひょうじだったのです。しかし,そのキーテクノロジーだった位相差フィルムこそが,実はビネガーシンドロームの張本人で,偏光フィルムを剥がした後にもガラス面に残って,酸っぱい臭いを放っているのです。
もちろん,位相差フィルムがなくても偏光板だけで表示は出ます。出ますが,コントラストは低いですし,色も緑と青になり,およそ見やすいとは言えません。某レトロゲームショップが公開しているワンダースワンの修理はこの方法なので,オリジナルから遠い,品質の低い修理方法と言えるでしょう。
同じ理由でワンダースワンカラーも単なる偏光板では修理出来ません。スワンクリスタルが採用しているTFT液晶でも,見る角度によって色が変わることを防ぐ目的で位相差フィルムが使われていて,これがビネガーシンドロームの原因になっています。。
つまるところ,セグメントやパターン,ポケコン程度の解像度のLCDの修理に使う偏光フィルムでは,STNやTFTのLCDの修理は出来ないという事になってしまうわけです。
さて困りました。これで,我が家のワンダースワンは,カラー/モノクロを問わず,すべて死んでしまいました。グンペイもワンダースタジアムもギレンの野望もMSVSも,もう遊べません。
なんと言うことか!
某レトロゲームショップによると,ワンダーウィッチプレイヤーのカートリッジの買い取り価格が3万円だそうです。私,持ってるんですが・・・
そんなわけで,全滅したワンダースワンたちが三枚おろしになって眼前に広がっています。どうすることも出来ない状態ですが,オリジナルの状態への復活は難しくとも,なんとか自分なりの方法で決着を着けねばなりません。
ついでにいうと,昭代のゲームボーイアドバンスのLCDも,ビネガーシンドロームで死んでいました。一応表示は出るのですが,フィルムが浮いたり,ひびが入ったりしています。
GBAについてはゲームボーイアドバンスSPがありますし,NintendoDSで代用が利くのでとりあえずいいとしても,ワンダースワンが全滅していることはかなり深刻な問題です。
これは長期戦になるかもしれません。