PENTAXという会社は,とても好きな会社です。真面目ですし,鼻にかけない,決して完璧な物を作るわけではないですが,知恵と工夫で面白いものを作り上げるメーカーで,その結果「売れなかった」商品も数知れず,なところが親近感を持つのです。
私は自分で工作を楽しむ人ですから,セオリー通りに作るのではなく,いろいろ工夫をしてその結果を楽しむ術を知っています。だから,エンジニアが「楽しい」と思える設計がどんな物かを知っているつもりで,PENTAXという会社にはそれを許す文化があるんだろうなあと思うのです。
もちろん,会社ですし,お金も潤沢にあるわけではないでしょうから,いつもそういう楽しさがあるとは思いません。ここ数年は特に鬱屈した日々を過ごされた方も多かったかも知れません。
だけど,PENTAX Qを見ていると,いいなあ,と思うのです。そう,買っちゃいました。PENTAX Qのレンズキットを,TOY LENS 04を一緒に買いました。
もともと,ミラーレスのレンズ交換式一眼デジカメには興味がなくて,買うつもりなど全くなかったのです。ミラーレスなのに一眼?コンパクトデジカメがレンズが取り外し可能になっただけのカメラに,なにを期待するかです。
ところが,嫁さんが「シャッターボタンを押すだけで失敗なく良く写るカメラがうちにはない」と言い出しまして,よく考えたらそうだなあと思ったのです。
K10Dは?
-> でかい
Cybershot U20は?
-> 携帯のカメラの方がずっと高性能じゃなイカ
DP1sは?
-> 良く写るなんて本気で思ってるわけ?
GR1は?
-> フィルムやんけ
D2Hは?
-> 殺す気か
実は,うちにはCoolPixS6があります。ところがこれ,私がちょっと使ってみても,ちっとも使い心地が良くない,カメラとしては誠につまらない代物なのです。レスポンスは悪い,ボタンの感触は最悪,持ちにくい,ゆえに手ぶれが連発,レンズの性能も悪い,画像も破綻気味,ノイズも多く,色も悪い,唯一の個性である無線LAN内蔵は全く使い物にならず,設定はPCからしか出来ないので動かすことすらままならないと,良いところがないのです。
嫁さんは,最初これを使うと言っていたのですが,さすがにこれではだめだろうと,次世代のお手軽カメラを選定することになりました。
選定基準は,少々高くても画質が良いこと。完成された画像も,素材としてのゆとりのある画像のどちらも吐き出してくれることが1つ。
小さく軽く,ややこしい操作を必要とせず,シャッターボタンを押せばぱぱっといい写真が撮影出来ることが1つ。
そして,私が使って楽しい事。これは微妙ですが,要するにボタン1つで綺麗な写真が撮影出来ることと,マニアックな楽しみの両方を両立するカメラであること,という話なんですが,そんなカメラなど,ないですよね・・・
・・・ありました。PENTAX Qです。
少し前にも書きましたが,PENTAX Qほどメッセージがまっすぐ届くカメラも少ないでしょう。他には富士フイルムのX10くらいじゃないでしょうか。
PENTAX Qのメッセージは,画質と表現力に大きなデメリットがある撮像素子の小型化というタブーにあえて挑み,大型の撮像素子を持つデジタルカメラの画質にどこまで迫ることが出来るか,と言う挑戦です。
PENTAXは撮像素子を内製していませんので,既製品を使う事になります。PENTAXに出来る事は他社製の部品の使いこなしということになりますが,それにしてもコンパクトデジカメと同じ撮像素子をわざわざチョイスするというのは,なんと強いメッセージでしょうか。
画質と表現力に不利な小型の撮像素子を使った事で,10万円に近いプレミアムなデジタルカメラとして認知されるにふさわしい画質を実現することは,相当のプレッシャーがあったと思います。
一方で,小型の撮像素子を選んだ事で可能になった圧倒的な小型化には,一目で分かるアピールがあります。つまり,これで本当に一眼レフに近い画像が出てくれば,撮像素子が小さいから画質が悪いとか,やっぱり小さいカメラはそれなりだなとか,そういう「常識」が覆ってしまうくらいの,大事件になるかも知れないのです。
でも,そういう錨肩のがっついたシルエットは,不思議とPENTAX Qにはありません。たたずまいもそうですし,高性能と高画質を遊び心にちゃんと振り分けています。さすがは女王様です。
ということで,木曜日の夜に注文,土曜日のお昼に到着したPENTAX Qを,この週末少し触ってみました。色はブラック,35mm換算で約47mmの単焦点レンズを同梱したレンズキットに,TOY LENS 04という35mm相当の広角レンズを一緒に買いました。
(1)たたずまい
小さく,軽く,でもしっかりとした剛性感があり,凝縮感があって,手にすっぽり収まる満足感は大したものがあります。ボタンやダイアルの感触も素晴らしいですし,特にシャッターボタンは良く出来ていると思います。
ボディは軽く,ヒンヤリとした金属的な感触もないので,そういう高級感を期待するとがっかりするかも知れませんが,手に馴染む合成皮革を貼り付けてあり,カメラが高級品だった時代のあの感触を手が覚えている方は,思わずおっ,と声を出してしまうでしょう。
レンズのマウントはあまりにかわいらしいものですが,レンズをはめ込んでかちっと言うまで回す感触は,一眼レフのそれとなにも変わりません。
ストラップホールもボディの左右に2つあり,この小型のボディを両吊り出来ます。首から提げられるわけですね。
(2)レンズ
レンズも小さく,かわいらしいです。付属の点焦点レンズでさえもプラスチックが多用されており,見た目も触った感じも高級感に乏しいことが残念ですが,それゆえ,一眼レフのレンズの「おもちゃ」のような雰囲気です。
しかし,この付属レンズはF1.9という明るさを持ち,35mm換算で約50mmという使いやすい焦点距離と相まって,使いこなしがとても楽しいレンズです。そして結構大事な事ですが,20cmまで寄れます。
贅沢にも2枚の非球面レンズを奢り,1/2000秒のレンズシャッターを内蔵しストロボとは全速同調,絞り羽根は5枚ですが,口径が小さいこともあって綺麗な円形絞りを実現していて,しかもF1.9という明るさを生かすためにNDフィルタまで内蔵するのですから,かなり「話の分かる」レンズです。ワクワクします。
実際,これで撮影すると,その性能の高さには舌を巻きます。まず一発でわかるのが解像度の高さです。細い線を見事に表現しており,収差も良く補正されていて,まさに万能選手です。
階調の豊かさや色のりは画像処理との兼ね合いもありますので一概に言えませんが,PENTAXのレンズの個性だと私が勝手に思っている「暖かさ」は継承されていると感じました。一歩前に進んで,ぐっと寄って人の顔を撮影すると,その表現力の高さに驚くことでしょう。
もう一方のTOY LENS 04ですが,これは構造的にTOYと言うだけで,レンズそのものは立派なものです。これが実売6000円ですからね,大したものです。
TOYだなと思うのは,絞りが固定であること,メカシャッターを内蔵しないこと,マニュアルフォーカス専用だけども回転角が小さすぎ,また距離目盛りもないことでしょうか。
特に残念だったのは,パンフォーカスの撮影が全く出来ないことです。せっかく高感度まで撮影出来るカメラなのですから,パンフォーカスが出来るようになると良かったのになあと思います。
ん,これはつまり,スナップ用の28mm相当の高級レンズが出るという予告,かも知れませんね。
(3)ボディ
ボディは10年ほど前の携帯電話くらいの感じですが,電池やメモリカード,ストロボや各種コネクタを差し引くと,もういくらも容積が残らず,そこにこれだけの機能を押し込んだことは素晴らしいと思います。
スペックは明らかに一眼レフに匹敵し,センサ移動式の手ぶれ補正とホコリ除去をワンセットで持つこと,RAWの書き出しに対応していること,色空間にAdobeRGBが設定出来ることなど,明らかに「普通の人向け」ではない機能が用意されています。
各種の記事にありますのでもうわざわざ書きませんが,アスペクト比を選べること,クロスプロセスやモノクロ,昭和のネガフィルム調などの画像調整が出来る事など,特徴的な「遊び心」も満載です。
誰の目にも分かるわかりやすさと,マニアを唸らせる懐の深さ,この2つを両立していることに私は感心しました。
そうそう,ストロボは面白いですね。ぴょこっと飛び出すストロボは,見た目の面白さと実用性を両立するギミックですが,意外に頑丈な感じがあって,しっかりしています。小さいカメラになるほどストロボの場所は難しくなるのですが,ケラレを防ごうという真面目さを,こうした面白さでカバーするところには,こっちまでうれしくなります。
(4)画質
先程も書きましたが,画質に文句はありません。特にレンズの性能の高さは素晴らしく,頼もしささえ感じます。
このサイズの撮像素子でも,これだけの画質と表現力を持っているのですから,正直言ってもう大きな一眼レフでなくてはならないシーンは,限られてくるのではないかと思う程です。
かつて,Auto110という一眼レフがありました。PENTAX Qがお手本にしたカメラとして知られるようになった超小型システムカメラですが,110カートリッジフィルムで一眼レフを作ったら,と言う「遊び」を実に真面目に実現した物です。
カメラの性能の高さの一方で,フィルムの画質向上が進まなかったことと,種類があまり出なかったために,結局画質で評価されるカメラにはなりませんでした。
しかし,PENTAX Qは画質で選ばれる可能性が十分にあります。
この小さな撮像素子で,どれだけぼけるのかと思うかも知れません。しかし,ボケは適切な量を美しくかける事が重要なことであり,被写体の一部がぼけてしまうほどのボケは使い方が限られるし,そういうボケにはうるさくない,綺麗なボケが必須です。でもこういうレンズは,高価なんですよね。でも,PENTAX Qのレンズは,ボケも綺麗です。コントロールできるほどのボケ量はないのですが,とても上品です。
必要な事は,ぐっと寄って撮影することです。単調点で,収差をきちんと追い込んだ高性能レンズから,このレンズを信用して,しっかりぼけるくらい,被写体にぐぐっと寄ると,本当に楽しく綺麗に撮影出来ます。
(5)使用感
基本的に満足です。レスポンスも良く,感触も良いのですが,水準が高いのでちょっとしたことが気になります。
まず右側の十字ボタンです。右手の親指の付け根あたりにボタンが来るのですが,カメラを構えないで持っているとき,シャッターのモードを切り替えるボタンを押し込んでおり,気が付いたらセルフタイマーや連写モードになっていました。これは大変困ります。これらのボタンはロックがかかるようになって欲しいですね。そういえば,ニコンのプロ機には,十字ボタンをロックするスイッチが付いています。
次にAFです。AFはミラーがないので位相差方式は使えず,当然コントラストAFです。ですからAFが動作すると,目一杯フォーカスを外して,そこからあわせに行きますが,この時の「大ボケ」に,一瞬戸惑います。ささっと動くAFに慣れた人には,ちょっと厳しい感覚かも知れません。AFの速度そのものはそこそこ速いですし,精度も良いですから実用上の問題はありませんが,一瞬の間が撮影のテンポを乱すかも知れないなと思いました。
次にてんこ盛りの機能の整理です。メニューの階層に潜る事以外に,一覧から設定を変えることが出来るのでかなり楽に切り替えできますが,現在どの状態にあるかという事がわかりにくい(記号とかアイコンとかが多すぎる)ので,設定が変わっていることに気が付かない時の被害は大きいと思います。気をつけねばなりません。
電池の持ちは良くありません。これが唯一の問題かも知れませんね。初日に少しだけ使っただけで,1目盛り減ってしまいました。予備の電池は必須だと言われていますが,それは本当かも知れません。
最後にカメラ前面のダイアルです。5ポジションで,とても使いやすい位置にあり,感触も良いダイアルなのですが,このダイアルにアサイン出来る機能がどれもぱっとしません。アスペクト比を変えることや,画質のモードを変えることがさっと出来る事がどれほど大事なことかと思います。
ダイアルという装置には,その位置によって現在どういう状態にあるかが一目で分かるという優れた機能があります。この機能を生かせない設定なら,このダイアルにアサインする必要はないわけで,私としては全ての設定を一発で呼び出せる機能を入れて欲しかったです。嫁さんは簡単綺麗でsRGB,私はマニュアル素材重視でAdobeRGB,という設定を一発で呼び出したいです。
(6)期待
Qマウント初代機としてのPENTAX Qですが,これだけ完成度が高いと,次に何を期待するかという話はなかなか難しくなります。ボディについて言えば,廉価版を出すことが可能性としてはあるでしょうけども,これはそれほど重要ではありません。
もしかすると,未公開のイメージサークルが案外大きくて,撮像素子をもっと大きくしたモデルが出たりするかも知れません。でも,PENTAX Qに込めたメッセージを全否定するような製品は,出さないでおいて欲しいです。
となるとレンズですが,とにかくマクロレンズと広角レンズは必須でしょう。マクロレンズは出来れば90mm付近で,ちょっとした望遠にも使えるといいし,広角は28mmでスナップシューター用ですね。これらはもう既定路線ですし,きっと発売されることでしょう。
問題はそこからです。25mmとか20mm付近の超広角はどうか。面白い画角なのですが,使いこなしは大変かも知れません。
では望遠はどうか。70mm-200mmくらいの望遠ズームは欲しいですが,これも間違いなく出るでしょう。それ以上の超望遠は,私もあんまり欲しいと思わないし,仮に35mm換算で500mmのレンズなんかが出てきても,使い方が限られますので,どうもぱっとしません。
それより,マウントアダプタです。Kマウントのアダプタは間違いなくでると思いますが,望遠系はこれでカバーです。FA77mm/F1.8が420mmの大口径望遠というのは強烈でしょう。
それより,私はライカのMマウントのアダプタが欲しいです。というかすでに売られていますが,例えば私のNoktonClassic40mm/F1.4が200mmの大口径レンズになるなんてワクワクします。ガウス型の200mmですからね,未体験ゾーンです。
でもあれですね,メカシャッターがないので,現実的には使い道が限られるのが,マウントアダプタの悲しさでしょうか。もしかすると,短いフランジバックを生かし,シャッター内蔵のマウントアダプタが出てくるかも知れませんが,ここまで来ると純正品以外で出てくることはあり得ませんから,PENTAXがカメラをもう1台作るくらいの覚悟が必要とされる,シャッター付きのマウントアダプタを作ってくれるかどうか,楽しみにしていたいと思います。
(7)結論
まず,このカメラは,コンパクトデジカメの代わりに使って違和感のないカメラです。しかし出てくる画は一眼レフ並みに素晴らしく,情報量が落ちません。
そして,マニアックな使い方にも対応出来る深いカメラです。手動で操ればそれだけ楽しむことが出来ることは間違いありません。加えて,手間をかければそれだけの見返りのあるカメラです。そこが楽しさとしてちゃんと残してあることがうれしいじゃありませんか。
そして安価なTOY LENSで遊ぶことは,もうPENTAX Qを買った人だけの特権と言えるでしょう。値段は安いですが,ロシア製トイカメラにはほど遠い「高画質」で,普通に使えてしまう優秀なレンズです。
普通の性能のレンズとして普通に使うことはもちろん,適度に残った収差を生かして作品に生かすも良し,安いレンズなのでラフに使って今まで難しかったシーンに活用するのも良し,です。
付属のレンズは,特に標準レンズの性能の高さはほれぼれする程で,もう1つのズームレンズは私は使った事はありませんが,特に欲しいとは思いません。
最後に,動画についてです。高性能レンズに高画質か画像処理エンジンを持つカメラのフルHD画像ですので,そこらへんのビデオカメラを越える物であることは間違いないと言いたいところですが,ビットレートが低く,記録用に使うのは厳しいでしょう。あくまでおまけ,遊びの一環だと割り切るべきかも知れません。まあ,期待しないで使うと素晴らしいけども,期待するとがっかりする,というレベルでしょうか。
という感じで思ったことを書いてみましたが,よくよく考えてみると最新のデジカメとしてやってきたPENTAX Qが,使いやすく画質がいいのは,古い機種ばかりが揃っている我が家においては,ごく当たり前の事かも知れません。
それならそれで結構です。時代の進歩が1/2.3インチという小型のセンサで,これだけの高画質を得られるようになったことを素直に喜んで,良い写真と撮影したい物だと思います。
さて,次は魚眼かな。