聖地巡礼
- 2016/05/27 15:49
- カテゴリー:カメラに関する濃いはなし
先日,念願だったニコンミュージアムに行ってきました。
お金のなかった学生時代には夢と憧れの存在だったニコンですが,その信者になってはや20年,マウント不変のメリットをしみじみ感じています。ニコンでよかった。
そのニコンが,聖地大井町を離れて品川に移転し,その際に公開されたのがニコンミュージアムです。本社のロビーの一角に出来たもので,入場無料ですが,あくまで本社の一部ですから,平日の10時から18時までの開館となっています。
昨年10月にオープンしたこのミュージアムですが,ニコンのファンはもちろん,カメラ好きも巻き込んで,話題になっていました。私もいきたいなあと思いつつ,土日にオープンしていないこと,平日はなかなか時間がないこともあり,ずっと我慢をしていました。
ですが先日,ふいに時間が出来て,念願叶って見学することが出来ました。
個人的な話で恐縮ですが,私はこの界隈に勤務していたことがあり,品川駅からそれなりに離れたこの建物を,とても懐かしく感じていました。港南口の周りの飲み屋街をくぐり抜け,食肉処理場に隣接するこの建物に入り,2つのコンビニと本屋さんを横目に,終端に位置するニコンミュージアムまで歩いてきました。
これまで様々なレビューに目を通していましたが,その上で到着時に感じた第一印象は,思ったほど大きい物ではないなということでした。
ただし,よくあるショールームとは違って,歴史的なもの(それはニコンにとってと言うより産業史としても重要な物)が存在しているという点ですでに興味深いものであると前置きした上で,昨今の博物館がレジャー的な性格を強くしている(かの国立科学博物館もそういう方針で来場者数をうなぎ登りに増加させています)中,規模という制約のために,気合いを入れて見学するぞ,と言う覚悟をかき立てることはなかった,という話です。
面積はそんなに大きくないとはいえ,その展示物は圧巻です。限られた枠の中で意味のあるものを見せよう,という非常に前向きな気持ちがとにかく前面に出ていて,作り手も楽しんでいるという好ましい手作り感が,とても親近感を感じられるものでした。
このミュージアム,見習うべきところが多いと思います。
無論,そんなに頑張らなくても,ニコンは歴史と伝統と技術力,そして長年に渡って世界を相手に先頭を走ってきた自負をお持ちの超一流の企業ですので,見せたい物も山ほどあったでしょう。だから,展示物を限定しても,見た者を満足させることが出来るのは当然ということかも知れません。
しかしながら,押しつけがましい圧力のような暑苦しさは全く感じませんし,見学者を驚かそう,びっくりさせようと,自らの力を誇示するような意図も見られず,これまでの自らの仕事を客観的に並べて,過去と今とこれからを丁寧に説明しているという印象を感じました。よく考えられているなあと思います。
さて,これまでのレビューの多くは,個人法人を問わず,カメラメーカーとしてのニコンという視点で見ているものでした。
ニコンがこれまでに発売したカメラがずらーっと壁一面に並んでいる状況は確かに楽しいのですが,中古カメラ店を毎週(毎日)見て回っていた私としては,実のところ見たことのあるカメラばかりが並んでいる感じがあって,そんなに興奮するようなものではなかったのです。
冷静に考えてみると,そこにあるのはその当時,お金さえ出せば手に入った民生品です。量産品である以上はそれなりの数が製造されているはずですし,カメラはその中でも廃棄されずに残っている可能性も高い工業製品ですから,博物館らしいコンディションの良さに驚くことや,珍しいカメラに感激することはあっても,ここは本丸ではないなと感じました。
ということで,普段あまり見る事のない廉価版の一眼レフやコンパクトデジカメを楽しみ,そうはいっても一度も現物を見たことがない初代のサンニッパなどをじっくり見せてもらいました。
私が感激したのは,後にNikonI型と呼ばれる最初のカメラの試作機(通称No.6091)が出ていた事です。長く行方不明になっていたその試作機は,ある時他のものと一緒に資料室で発見されたそうです。
そのニュースは私のような市井のファンにとっても胸躍るものだったのですが,そんな大事な貴重な物が行方不明になってしまうことには,その当時,今を歩くことに精一杯だったあの時代なら,当然のことかもしれないと思ったりしました。
むしろその疾走感にゾクゾクしてきます。1947年,前しか向いていない人達が作ったカメラ,それがNikonだったわけです。
確かにそれはボロボロですが,姿形は紛れもなく,ニコンです。食べるものにも困ったあの時代に,ちょっと前まで戦争をしていた国の技術者達は,何を思ってこれを削って,組み立てたんでしょう。ああ,写真を撮っておけばよかったなあ。
フィルムを電送するスーツケースほどの装置も初めて見ました。こういうものって,使う人はプロだけですし,中古カメラとしてはあまり価値がないので,我々はほとんど見る機会がありません。
今でこそメカとエレクトロニクスの融合体であるカメラですが,今から30年以上も前に,すでにこうしたものを作り上げるだけの技術力があったことを,思い知らされます。
とまあ,面白かったのはここから先です。レビューでもほとんど振れられていないので存在を事前に意識しなかったのですが,なんと貴重な物が鎮座していることか。
まず,国産ルーリングエンジン。ほとんどの人にとって無関係なこの装置ですが,回折格子という部品を作るため,精密な「ひっかき傷」を付けるための工作機械です。回折格子は分光分析装置という機械の心臓部で,1mmあたり1000本もの線を刻み込む必要があります。
これを製造できるのはごく限られた国でしたが,ニコンはこれにトライします。その成功と失敗の物語はニコンの公式サイトにも出ていますのでぜひ読んで頂きたいのですが,これがやがて半導体製造装置や超精密な測定器に結実するのです。
次は双眼鏡。戦前,海軍の士官達はドイツ製の,それもツァイスの双眼鏡をありがたがったそうですが,軍需に応えるための国策企業として生まれたニコンにとっても双眼鏡は重要な製品だったはずで,特に小型のミクロンシリーズは,今でも本気で「欲しい」と思わせるものでした。(調べて見ると,復刻しているんですね)
そして半導体製造装置。まるでビール樽のような大きな筒に,分厚く大きなレンズがびっしり何枚も何枚も詰め込まれています。そしてその筒には,なんだかよく分からないワイヤーが走り回っています。1980年代のステッパーも秋葉原で売られているような部品がちょくちょく目に付き,本当に手作りだったんだろうなあという雰囲気が漂います。
こういう産業機器で,しかも高額なものは,本当に目にする機会がありません。カメラよりもよほど見るのが困難なもので,私はこれを見る事が出来ただけでも,もう満足でした。
そうそう,LCDの製造装置についても,かなり力が入っていました。現在のニコンの業績は,このLCD製造装置が支えているので,ぜひ自身でアピールして欲しいなあと思っていたのですが,すでにこのミュージアムで行われていたんですね。
確かに現在は,ニコンのキヤノンも半導体製造装置のシェアは激減し,技術的にも最先端からは遠ざかっています。しかし,実はLCDの製造装置のシェアは大きく,直接目にするテレビ用のLCDを作る機械といえば,むしろこちらの方が身近な存在と言えるのかもしれません。
顕微鏡なども,我々の命と健康を支える光学機器です。なんというか,プロ用のマシンの,あの無骨な魅力はなんなんでしょう。
そして書いておきたいのは,日本最古とされるレンズ原器です。1921年に指導に来ていたドイツ人技術者が磨いたものということで,私も写真でしか見たことがありませんでした。こういうものがきちんと残っていることも素晴らしいですし,こうして大事にしていることに,光学メーカーとしての誇りを感じます。
こうして見ていると,全く初めて知るものは少ないです。少ないから駄目という話では全くなくて,これまで門外不出で,その存在は知られていたけども,一部の限られた人しか見る事が許されなかったものを,こうして勢揃いさせているんですね。
それらは,展示用に作られたものではなく,紛れもなく本物です。本物は,その背後にあるエピソードも,雄弁に語ります。
いや,こうした歴史的な遺産を,見せたくても持っていない会社がどれほどあるか。そして持っているからと言って,見せようと思わない会社がどれほどあるか。自分達の業績を誇示しようというだけの,薄い動機で展示内容を決める会社がどれほど多いか。
この小さなミュージアムが語る物は,ニコンの歴史にとどまりません。本物がそこにあることの強烈な体験を,こんなに手軽に出来る事を,我々は喜ばねばなりません。
そしてお約束,ミュージアムショップです。
ニコンようかんはもう定番として,他に何を買うかしばらく迷ったのですが,次に来る機会はないかも知れないと思って,買って後悔することにしました。ニコンFのナノブロック,ニコントランプも一緒に買ってきました。
ナノブロックは噂には聞いていましたが,なかなか手応えのあるピース数で,これから少しずつ作って行こうと思いますが,底板部分を組み立てただけですでに間違いを発見するなど,前途多難な感じです。でも,こういう作業って楽しいです。ナノブロックって,レゴよりも勘合の感触が良くて,パチンパチンとはめ込むのが楽しくって仕方がありません。
トランプは一応ちゃんとしたプラスチックトランプで,2枚のジョーカーを含む54枚に,一眼レフが印刷されています。素人目に見たら同じにしか見えない2枚のカードを,「ほらシャッター速度のダイヤルの上に突起があるのとないのがあるでしょ?」と4歳の娘に語る私も正直どうかしてると思いましたが,我が家にあるニコンのカメラをトランプに見つけた時の彼女のはしゃぎように,私は父親となった世転びを再び噛みしめることになるのでした。
1700円という値段ならもうちょっと上質なトランプであって欲しかったと思いますが,まあこんなものでしょう。
ニコン羊羹も娘と食べました。1つ120円は微妙な値段ではありますが,噂通り味はなかなか良くて,ゴマやゆずといった,ちょっと珍しいテイストが楽しめることが,ただただニコンの名を冠するだけのオモシログッズと一線を画しています。
加えてこれらのオリジナルグッズって,羊羹を除いて,ニコン自らが作って販売しているんですよ。ナノブロックに付属する取説も,完全にニコン製品のそれなんです。手間がかかって儲けもないこうしたグッズって,安易に外に出してしまうものだと思うのですが,製造も販売もニコン(正確にはニコンマーケティング)が手がけているところに,ニコンの真面目さを私は見ました。
ということで,短時間で見られる上に,とても満足度の高い企業ミュージアムです。品川駅からそれなりに歩きますが,ぜひ子供を連れて見に行って下さい。私も娘を連れて行きたいと思います。