シャーシパンチを知っていますか
- 2012/01/24 17:19
- カテゴリー:マニアックなおはなし
シャーシパンチという工具をご存じでしょうか。
アルミなどの金属の板に,大きめの丸穴を開ける工具です。通常,丸穴を開けるというとドリルを思い浮かべますが,これはドリルではなく,一種のプレス加工です。
仕組みは簡単で,穴を開けたい金属板を,穴の直径のくぼみを持つウスと,それより少しだけ小さいカッターで挟み込み,カッターをネジを使ってジワジワと押し込んで,切り抜きます。ウスもカッターも鋼で出来ていて,ウスには軸をねじ込むネジを切ってあります。
もともと真空管のソケットの穴を早く綺麗に開けるために用意された専用工具といってもよく,7ピンミニチュア管のソケット用の16mm,9ピンミニチュア管ソケット用の21mm,GT管のソケット用の30mmなどを一発で開けることの出来る優れものです。
その昔は定番の工具として知られ,真空管の時代が終わると特殊な工具となりましたが,真空管のアンプ製作には必須の工具ですので,それなりの知名度があります。
20mmくらいまでの穴ならテーパーリーマーで8mmくらいの穴を少しずつ広げていきますが,やったことのある人ならお分かりのように,なかなか綺麗に広げるのが難しいのです。力加減が強すぎると花びらのような形に広がりますし,かといって弱すぎると,金属がカットされずにバリとなって残ってしまいます。
調子に乗って広げるとすぐに大きすぎる穴になってしまいますし,断面もテーパーがついてしまいますので,板の表と裏で微妙に穴の大きさが違うのです。
30mmにもなるとリーマーでも無理で,小さい穴を円周に沿って開けてこれをニッパーで繋げ,丸ヤスリで仕上げるという手順になりますが,完全に手作業ですので綺麗に穴が開くわけでもなく,しかも小穴をたくさん開けるので,板の歪みも結構出ます。なにより,その労力が大変で,1つや2つならいいですが,これを10個も20個もヤレ,と言われれば,もうへばってしまうでしょう。硬質のアルミや鉄なら途中であきらめてしまうかも知れません。
工場では欲しい穴径や形状の金型を作り,これをプレス機を使って打ち抜いていくわけですが,金型を起こすなど素人には無理ですし,プレス機など置く場所もなければ,危険ですしうるさいです。
そこでシャーシパンチです。径の違う丸穴用に数種類の金型をあらかじめ作っておき,これをプレス機の代わりにネジを使って締め込んで打ち抜きます。
とても便利な工具だったのですが,いよいよ入手が難しくなってきているような感じです。
私が入手したのは今から15年ほど前で,ホーザンのK-82という安価なものを買いました。下穴用のテーパーリーマーのような余計な工具も付属しておらず,穴径も3種類のみですが,たしかこれを1500円ほどで買った記憶があります。
その前に,同じホーザンから出ていたミニパンチを中学生の時に買いましたが,ちょうど9mmや10mmといった穴を綺麗に開けることが出来ずに四苦八苦していた時に,同じ趣味を持つ友人に「こんなのがある」と教えてもらって,その便利さに驚嘆したという経緯がありました。
シャーシパンチも,別に真空管の工作を行うために買ったわけではなく,大きな穴を綺麗に開けたいという事から,買うことにしました。事実,RCAのピンジャックなどは,10mmでは穴の内側にGNDが接触してしまいそうな感じですが,16mmだと上手く取り付けられます。(本当は13mmのミニパンチがベストかなあ)
さて,このシャーシパンチですが,ホーザンはK-81,K-82,K-83というラインナップを古くから持っていたのですが,K-81もK-82もすでに廃番となり,入手出来ません。K-83は5種類もの穴を開けることが出来るのと,下穴用のテーパーリーマーまで揃っていますが,お値段は1万円近くします。電気ドリルが数千円で買えるこの時代に,とても高価な工具になってしまいました。
エンジニアからもT-15というシャーシパンチセットがありました。値段は5000円ほどで安価ながら,ホーザンのK-83とほぼ同じ内容ですので,こちらがおすすめと言いたいところなのですが,驚いた事にこれは昨年秋に廃番となっていて,今は店頭の在庫だけになっているようです。
エンジニアは後継品を用意していませんので,結局ホーザンのK-83のみになります。
そもそも消耗品でもなく,需要が激減しているであろうシャーシパンチが絶滅することは想像に難くなく,もし欲しい方は今のうちに買った方がよいのではないかと思います。
私は実物を見たことはありませんが,その昔「スコヤパンチ」なるものもあったそうです。シャーシパンチは丸穴を開けるものですが,スコヤパンチは角穴を開けるものです。スコヤ,というのは,英語のスクエアがなまったものです。
真空管ラジオ,特に5球スーパーがメインだった時代には,IFTの角穴を開ける必要がありました。ですが角穴は丸穴よりも難しいでわけで,これを一発で開ける工具はさぞ重宝したことでしょう。しかし,真空管でラジオを作る事がほぼなくなった時代に,それこそオーディオアンプには全く使い道のない角穴を開ける専用工具が絶滅するのは至極当たり前のことで,今実物を見るのは至難の業でしょう。(なんとgoogleでもひっかかりません)
また,先程のミニパンチも絶滅しました。私はホーザンのものしか知らなくて,K-71,K-72,K-73の三種類があったことを覚えています。K-71は7mmと8mm,K-72は9mmと10mm,K-73は12mmと13mmだったように思います。
私はK-71とK-72を持っているのですが,K-71は3mmもあるアルミを無理に抜こうとして,ネジを折ってしまいました。代わりになるものもなく,部品の供給もないので復活の目処は立っていません。
K-72はよく使う工具ですが,ある時9mm側のウスに10mmのカッターをねじ込んでしまい,カッターを壊してしまいました。新品をもう1セット買いましたが,もったいなくてこちらはほとんど使わずに,壊れてしまったカッターを騙し騙し使っていますので,あまり綺麗に穴が開きません。
出来ればこのミニパンチを再販して欲しいのですが,なにぶん廃盤になってから15年以上経つようですし,絶望的だなあと思っています。
個人的に思うのですが,切る,開ける,磨く,という作業に,これほど多種多様な工具が存在するのは,作業効率の向上や仕上がりの綺麗さというメリットを追求したゆえで,お金のない子供の頃には,それらの工具をそもそもしらないか,知っていても高価で手が出ないものです。
そんな子供の工作は,あり合わせの材料とあり合わせの工具で行いますので,どうしても綺麗に仕上がらないものです。
しかしある時,そうした専用の工具を手に入れると,ビックリするほど作業が楽で,かつ綺麗に完成することを知ります。そして,工具が欲しくてたまらなくなるのです。
良い工具を揃えることは,工作を素早く,綺麗に,かつ安全に行う秘訣といってよいでしょう。
シャーシパンチもその1つだと思うのですが,1000円ちょっとで買えた工具が,今や1万円です。工作を取り巻く環境がどんどん悪くなっていくなあと,残念な気持ちです。
一方で,電気ドリルなどのパワーツールは,安く簡単に買えるようになってきました。パワーツールが安くなるのは数が出るのと,中国などで生産されるからでしょうが,私に言わせると一体誰がそんなに電気ドリルを買っているのか,そんなもん普通の人に使う機会があるのか,と思ってしまします。加えて,やっぱり安物は使い心地も悪いし,効率も落ちるし,仕上がりも汚いので,使い物になるのは相変わらず高価なものしかなかったりします。
まあ,パワーツールは目立ちますし,わかりやすいし,とりあえず買っておこうという人がいるのはわかりますが,工作の基本は手動で動くハンドツールです。ハンドツールに良質なものがないと,裾野が広がって行かないよなあと,心配になります。
その意味では,ホームセンターも随分様変わりしたものだと思います。私が子供の頃は,どんな工具もそれなりに高価でしたが,買って失敗することは少なかったと思いますけど,今は安いものがある代わりに,それらは大体失敗します。またそれらは概して長持ちしないものですが,工具に対する愛着がわかないという意味でも,今の子供達はかわいそうだなあと思ったりするのです。