秋です。電子工作の秋,測定器の秋です。
そんなわけで,アナログテスタを買いました。サンワのYX-361TRです。
小学校の6年生の時に買った1000円ほどのテスタはもちろんアナログだったわけですが,中学2年の時にもう少しまともなものが欲しいと,奮発して買ったのがサンワのBX-85TRでした。
このテスタは当時としては高価な部類に入るものでしたが,友人が持っていた割引クーポンがこの機種限定で,他に選択肢がなかったこともあり,他者も含めた機種の比較検討は全く行っていませんでした。
しかし,このモデル,この個体は大当たりで,機能も精度も使い勝手の良さも,見た目も格好良く,しかも堅牢で壊れることがないと,いいことずくめでした。初期の私の電子工作を支えた,まさにマザーツールです。
この後,デジタルテスタに移行して,BX-85TRの出番は減っていくのですが,デジタルテスタを何度も買い直したことに比べて,アナログテスタを買い直すことはありませんでした。そう,今に至っても,アナログテスタはBX-85TRしか持っていません。
しかし,国内の計測器の需要が落ちているところに,安価な中国製のテスタが大量に入ってきましたし,そもそもアナログテスタが絶滅寸前な現状では,いつアナログテスタの新品が買えなくなってもおかしくありません。
BX-85TRも先日,針の戻り悪く,何度か揺すって復活したこともありますし,旧安全規格品ゆえに今のテスタリードとは互換性がないですし,壊れてしまったらもうおしまいだと不安に思っていました。そう,アナログテスタはメーターがすべてで,これが壊れたらもうおしまいなのです。
そこで,いつか新品のアナログテスタを買っておこうと,数年前から思っていたのです。
そして,ふとしたことから,アナログテスタを買うことを思い出したのです。
心のゆとりがあったその日,早速サンワのページに飛んで,機種選定です。
BX-85TRに近いテスタとして,SH-88TRとYX-361TRの2つを選びました。どちらも仕様はほぼ同じで,なんでどっちも残っているのだろうと思うほどなのですが,きっとなにかが違うのだろうと目を皿のようにして比較を続けます。
名称から,BX-85TRに近いのはきっとSH-88TRなんだろうと思った(BX-85TRからロジックアナライザを省いたモデルにSH-83TRというのがあったのですが,おそらくこの後継でしょう)のですが,YX-361TRの方がフルスケールがわかりやすく(YX-361TRは5の倍数ですが,SH-88TRやBX-85TRは3の倍数だったりします),こちらの方が好印象です。
そして決定的な違いを見つけます。SH-88TRがピボット式なのに対し,YX-361TRはトートバンド式なのです。
メーターの構造による分類なのであまり意識することはないのですが,指針を幅の狭い金属の帯で吊り下げ,ねじれの反発力で針を戻すトートバンド式に対し,ピボット式は指針の回転部を尖った針で支え,ヒゲゼンマイで戻る力を得るという,まるで機械式時計のような仕組みです。
不詳わたくし,アナログメータにこうした違いがあることを知りませんでした。いえ,正確には知っていましたが,どっちも同じようなものだと思っていて,この違いを意識することはなかったというべきでしょうか。
しかし,少し調べてみると,この違いは案外大きいようです。とはいえ,どちらが有利なのか,どちらが高級なのかという話はなかなか出てこず,どちらの構造にも精度が出易いだの高級品だのと,同じ事が書かれていたりします。
ただ,ピボット式が構造的に衝撃に弱いことは事実でしょうし,トートバンド式が利用する金属のねじれによる力はねじれ角度によって変わってくるものなので,動き始めとフルスケール付近では針の反応速度に違いが出ると思います。
また,トートバンド式は,厳密にはリニアなスケールにならないはずで,一長一短がありながらも,ことテスタに関して言えば,ピボット式の方が有利なんじゃないかと思います。
BX-85TRはどうもピボット式のようです。ならば,今回はぜひトートバンド式を買ってみましょう。
ということで,YX-361TRを買うことに決めました。お値段は専用のケースと一緒で,約6100円のポイント10%です。
取り寄せだったのでしばらく待っている間,この機種がどんなものかを調べてみました。するとなんとまあ,YX-360TRというマイナーチェンジ前のモデルが出たのが1970年代の中頃,さらにこのベースとなった360-YTRまで遡れば1960年代の後半にまで行き着くという,大変息の長いモデルだとわかりました。
アナログテスタの完成形とまでいう人がいるくらい,50年近く変わっていないということも驚異的なのですが,1986年頃の雑誌の広告を見ていても,YXで始まる製品は見当たらないのです。1990年頃になるとAXで始まる製品が出てくるのですが,もしかするとYX-361TRは一時中断か,あるいは海外だけに出荷されていたのかも知れません。
このあたりは要研究ですね。
YX-361TRについてはもう1つ面白い話があり,中国製の違法コピー品がたくさん出回っていたということです。SUNWAというパチモノブランドに書き換えたもの,GBW-361と違う名称を与えられたもの,名称までコピーしたものなど様々なんだそうですが,作りは雑で,中身もひどいものだったとの話です。
とはいえ価格は正規品の半額程度で,ある時期秋月でも売られていたというのですから,笑えません。(秋月のパチモノは,ある時から店頭から消えて,八潮店の店頭でひっそりとジャンク扱いで放出されたと聞いています)
これも手頃で実用的な人気機種だったことの証でしょう。
というわけで,届いたYX-361TRは,私が期待した1980年代のかっちりとした日本製テスターのそれではなく,今どきの頑張って作ってます的な,ちょっとやれた感じのアナログテスタでした。
BX-85TRと比べると,それはもう全然感触が違います。30年前に6500円だったBX-85TRと,現在5000円ほどで買えるYX-361TRとを比べるのも無理がありますが,それだけBX-85TRが良く出来ていたということだと思います。
まあ,計測器ですから,精度が命です。さっそく調べてみます。
うちにある基準電圧発生器で,10Vを出して測定です。
・・・9.8Vしか振れません。
うーん,一目盛り少ないというのはさずがにアウトだろうと思って計算して見ると,10Vに対して-0.2Vですから,-2%の誤差です。YX-361TRの仕様では±2.5なので,なんとこれはOKなんです。
いやいや,これだと結果が変わってくるだろうと,あわてて確認を進めます。
基準電圧発生器の問題かもと,HP34401Aでも測定をしますが,やはり10Vです。BX-85TRで調べるとぴったり10V。さすがです。
YX-361TRで10Vになるよう電源を繋ぎ,この時のHP34401の表示を見てみると,10.22Vと出ています。およそ2.2%のズレですから,仕様にはギリギリ入っています。
他のレンジでも調べてみると,やっぱり一目盛り分くらい少なめに出ます。
これ,確かに仕様に入っているとはいえ,実用に適さないレベルの差です。温度や経年変化まで考えると,私の基準ではNGです。
困りました。
なら,自分でなんとかしてみましょう。幸い,アナログテスタには十分過ぎる基準電圧発生器もありますし,高精度な電圧計も揃っています。
しかし,アナログテスタの校正や調整は,もはやメータの性能に依存してしまうわけで,基本的にはAS ISで使うものですから,本当に出来るのかちょっと不安があります。
まずは回路図の入手します。回路は非常にスタンダードなもので,50uAのメーターに分圧器と分流器を切り替えて使うものです。私のYX-361TRはチップ部品が多用された今どきもモデルではありますが,その定数もほとんど変わっていません。
いろいろ試行錯誤をしたのですが,こんな感じで調整を済ませました。
(1)まずメータ感度を調整。910ΩのR1を,750Ωの金皮と100Ωの多回転VRと直列にしたものに交換し,0.25Aレンジで250mAを流し,VRを調整してフルスケールにする。どうも分流器が発熱することで,しばらくすると値がずれるようで,30分ほど放置するのがコツ。
(2)25mA,2.5mAレンジでも確認をするが,分流器の相対比は揃っているようなので,ほとんどに狂わないはず。ちなみに基準となる電流計はHP34401Aと横河の2051,そしてBX-85TRの3つだが,3つともぴったりと値が一致するので実に気分がいい。
(3)次に直流電圧計の確認。よく使う2.5Vと10Vレンジで確かめる。やはり少しズレているので,まず2.5Vレンジの分圧器から調整する。40kΩのR5を33kΩの金皮と10kΩの多回転VRに置き換えて調整。
(4)次に10Vを確かめるが,やはりズレがある。そこで150kΩのR6を,130kΩと15kΩの金皮,10kΩの多回転VRの組み合わせに置き換えて調整。
(5)あとは50V,250V,1000Vでも確認をするが,これ以下の倍率器が揃ってきたこともあり,大きなズレは見られないので,このままOKとする。
(6)抵抗レンジも確認。これはズレがほとんどない。
(7)交流電圧計の確認は,そもそもあまり使わないこともあり,AC100Vでさっと確かめるだけ。問題なし。
(8)そうそう,センターメータも確認しておく。これもばっちり。
ということで,直流電流計と2.5V,10Vの直流電圧計の調整が出来ました。
アナログ電流計というのは今どきなかなか貴重なもので,例えば充電や放電の電流をモニタするのに,駆動のための電池がいらないというメリットがあるのに,数は少ないんですよ。
それに,電流計は安全規格の関係もあり,小型のテスターには搭載出来ないという事情もあって,電流計だけ搭載していないテスターが多いのです。
電圧計も,やはり駆動用の電池が必要ないというメリットは大きくて,長時間のモニターにはぴったりなのです。
それに,今回つくづく思ったのは,電圧の測定にはデジタルの方が便利でも,決まった電圧に調整を行う場合は,アナログのメータの方がずっと楽だという事でした。
ただのノスタルジーということではなく,それぞれの利点を活かして使いこなすことも,とても楽しいものです。現行機種の精度が今ひとつな事には確かにがっかりさせられましたが,他のテスタとほぼ精度を揃える事ができたので,積極的に使っていこうと思います。
それともう1つ,BX-85TRの精度のよさです。購入からすでに30年以上の時間が経過し,大切に扱ってきたとはいえ中学生の荒っぽさに耐えて,ここまで生き残った測定器とは思えないほど,ぴったりの精度を誇っていました。
手に入れた当時もそうですし,その後しばらくの間は,BX-85TRの値を信じるしかなかったわけで,疑うことも知らずその値を信じたこのテスタが,信じるに足る値をずっと出してくれていたことを今知るに至り,私はいいものを手に入れて使う事が出来たことを,本当に良かったなと思いました。
そういえば,初めて買ったデジタルテスタのRD-500との測定値のズレもほとんどなかったんですよね。だから測定器ごとに値がズレるなんて気持ちの悪いことが,それを自力で解決出来なかった当時に起こらなかったことを,運が良かったと思います。
思い起こせば,当然値が一致すると思っていた私に,そうではない現実を突きつけたのは,秋月でMETEXの高級テスタを買って,その値がズレていたときだったと思います。以後,私は精度についてどこで折り合いを付けるか,考え続けることになるのです。