フィルムカメラを復活させるという,日本の大手カメラメーカーがやるようなことではないプロジェクトが立ち上がり,言葉は悪いですが半信半疑で眺めていた私は,先日そのプロジェクトが成就したことを知りました。
PENTAX17の発売です。
いやその,本気で驚いたというわけではなく,昨年の秋頃には多分出るだろうなあと思っていたのですが,こういうのって土壇場でコケたりするものですし,やっぱり発売にこぎ着けたことには素直に感動しました。
うがった見方をすればですが,ちょいちょいプロジェクトの進捗状況を公開することで,上層部も含めて引っ込みがつかなくなくなるように,中の人が仕向けたのかも知れませんし,とはいえビジネスの現場は情でどうにかなるような甘いものでもないので,進捗状況の公開とそれに対する反応の良さがあったことは想像に難くないです。
もちろん,一番頑張ったのは関係者で,それは技術的なことはもちろん,営業的な話,そしてなにより商品企画の話と,あらゆる面で逆風が吹く中,よくもここまでやる遂げられたと,拍手するしかありません。
もう一度書きますが,好きだからOKとか,熱意があれば大丈夫とか,情熱は他人を動かすとか,そういう話が日本人は好きですが,それをやって会社が潰れたらなんにもならんわけで,ビジネスの判断というのは実にシビアです。
でも,それでも,会社は人の集まりで出来ています。人間が人間の熱意に動かされないわけはなく,それぞれの立場の違いはあれど,みんな同じ景色を見ていたことが,なんともよい話ではないかと私は思います。
こういうとき,あまり話に上りませんが,説得される側,つまり経営判断をする側の人も,きっとこういう話って大好きなはずです。でも,それだけではダメな立場にある人は,なんだかんだと上手くいく理由を考えて,この話を形にしたのでしょう。
さて,今回登場した奇跡の一台,フィルムカメラの新製品「PENTAX17」ですが,これがまた往年のPENTAXファンを唸らせる,そんな実にニヤニヤするカメラになっています。
表向き(でもないか)若い人向けということになっていますが,PENTAXも若い人だけではなく,きっとお金を持っている年寄りが懐かしいといって買ってくれることを期待しているのでしょう。そんな年寄りにも刺さる工夫があります。
(1)デザイン
いや,これ,やっちまった,というやつだなと最初は思いました。だって,ファインダーが中央部にあるんですよ,眉間にしわを寄せたようなデザインは,違和感があるだけではなく,被写体が怖がるんじゃないかと,私はちょっと嫌悪感を持ちました。
ファインダーを中央に持つカメラは別に珍しいものではなく,GR1だってそうですし,一眼レフはほとんどすべてがそうです。でも,ことさらそれを注腸するのはどうかなと思います。
カメラのレンズは,人間の瞳を連想させると言います。ファインダーはレンズではありませんが,ガラス製であり,その向こうには本物の瞳があるという点で,実はもっとも視線を感じる部分じゃないかと思うのです。
それがこれだけ被写体に主張されれば,やっぱり緊張しますよね。私がこのカメラを向けられたら,申し訳ないけどぎょっとします。
小型で手におさまるサイズ,上面から見るとSPなどのオクタゴン(8角形)ですし,PENTAXらしい張り皮,右側のグリップは80年代を彷彿とさせます。
背面のフィルムフォルダーも実にキャッチーですし,なによりカメラらしくレンズが一番偉いという主張がたまりません。
しかしなあと思うのは,肩がすぼまっているデザイン,これって80年代のPENTAXにも良くあったデザインですが,単純に好みの問題でこれは好きにはなれません。
あと,色も今ひとつ。シャンパンゴールドみたいなカラーは,90年代や2000年代を思わせますが,このカメラってそれがテーマなんですか,と問いたいところです。
ここは重厚な塗りのブラックか,梨地のシルバーです。と書いていて思いついたのですが,GR1へのオマージュなら,肩がすぼまっていてもマグネシウム独特の梨地も許せます。色はもちろん,GR1と同じ,グレーがかったシルバーです。
あー,これなら欲しい。
(2)ハーフサイズ
最初に触れないといけないのは,なんといってもフォーマットの話,そうハーフサイズというやつです。
昔々,オリンパスPENやリコーオートハーフなどで一定の支持を集めたハーフサイズですが,もともとフィルムが高価だったことから,倍の枚数の撮影が出来ることでお得感があり,それでよく売れたんだそうです。
ですが,フィルムの値段が下がってしまえばハーフサイズのメリットはなくなり,むしろ画質の問題というデメリットが目立って来ます。
あと,これは実感としての話ですが,往時の同時プリントの代金というのは現像代の大体500円くらい)に,一枚30円のプリントです。36枚撮りならざっと1500円ですが,このうち1000円がプリント代です。
これがハーフで72枚撮りなら,実に2500円。1本フィルムを現像すると,2500円かかるわけです。普通の人は,現像とプリントの違いを明確にはせず,プリントも現像の工程の1つと思っています。それに現像だけに出来ると知っても,ネガを現像したところで全く写真を鑑賞出来ないので,話になりません。
確かに,フィルム代と現像代はハーフサイズでも同じですので,1枚あたりのコストは半分になりますが,プリントはハーフサイズでも1枚あたりの金額は同じですから,枚数が倍になったらプリントの枚数も倍,従って代金も倍です。
私などは,ハーフサイズというのは,むしろお金がかかるという印象しかなく,また現実的に72枚もの写真を撮りきるのが難しいことから,現像に出したいがために無駄なショットを増やすことになるという点で,なにか大切なものを失っているんじゃないかと思った記憶があります。
もちろん,これは80年代,90年代の話です。今は同時プリントはしないのが普通ですし,フィルムの値段も60年代,あるいは70年代に匹敵するくらい高価になっています。手軽に現像に出せる環境でもなくなっているので,フィルムと現像のコストが下がる事は,むしろハーフサイズ全盛期よりも大きな意味を持つようになったと思います。
加えて,フィルムの性能向上でハーフサイズでも十分高画質であること,フィルムの給装方向から縦長のフォーマットが標準いになることは,今だからこそハーフサイズであることが強みになるといってよいでしょう。
縦長,もう普通になってますよね。一番の功労者はスマートフォン(少し遡ってガラケーでもいいんですが)の写真でしょうが,チェキも大きな貢献を果たしていると思います。
今だから欠点のない,むしろメリットばかりになるハーフサイズ。これは大正解だと思います。
(3)レンズ
レンズは25mm/F3.5で,35mm換算だと37mmあたりになります。これも昨今ブームになっている40mm付近に持ってきたあたり,なかなか憎いです。私も40mmは大好きです。
明るさはF3.5ですのでやっぱり暗いと思います。思いますが,これもフィルムの性能向上で,ISO400でも十分な画質ですので,F3.5でも困ることはないというのが判断にあったのかも知れません。
しかしですね,40mmでF3.5はいかにも惜しいのです。開放で被写体を浮かび上がらせるには,やっぱりF2.8は欲しいです。明るさにしてもF2.8とF3.5の違いを意識させられるシーンは,夕方とか雨の人か,案外日常に転がっているものです。
後述するように,ゾーンフォーカスという仕組みもF3.5になったきっかけのように思いますが,Rollei35にもF2.8の高級モデルがあるように,ここはF2.8にして欲しかったと思います。
それと,レンス構成です。PENTAX17は,いわゆるトリプレットです。トリプレットは大変合理的で高画質なレンズ構成ですので,これで直ちにダメとはいいません。でも,やはりもう1枚増やしてテッサーにして欲しかったと思います。
テッサーの高画質は,トリプレットとは別の次元といっていいので,ぱっと見の印象で違いがわかります。当然テッサーも検討したと思いますが,もしもフィルムだから,ハーフサイズだから,ゾーンフォーカスだから,若い人だから,のどれか1つでもトリプレットにした理由になったのだとしたら,その段階でPENTAX17は失敗作だったと断言してもよいでしょう。
ということで,私個人は,やはりRollei35の経験から,テッサーであって欲しかったと強く思います。
(4)露出とフォーカス
コンパクトカメラですので,露出は基本的にはオートです。それでも,絞り開放を優先するモードや低速シャッター速度を優先するモードなど,カメラの理屈を詳しく知らなくても多彩な表現が出来るようなモードを用意しているのはさすがだなと思います。
欲を言えば,マニュアルモードがあったらなあとか,せめて絞り優先が欲しいなあとか思うかも知れませんが,そこはほら,コンパクトカメラですので,こうして複数のプログラムラインをダイヤルで選択できるというのは,とてもよい仕組みだと思います。
フォーカスは繰り返しているようにゾーンフォーカスです。私,ゾーンフォーカスが苦手です。難しい操作はいらないし,速写性に優れているので,良い仕組みだとは思うのですが,私個人はゾーンフォーカスの歩留まりの悪さに閉口します。
目測が下手くそだからに尽きるのですが,ハーフサイズにした理由が高価になったフィルムを大切に使うことになるのだとしたら,ゾーンフォーカスではなく距離計を持たせるか,AFにすべきだったと思います。そう,AFです,AF。
昔のコンパクトカメラにもちゃんと二重像式の距離計が備わっていたことを考えると,PENTAX17でも決して無茶な話ではないと思います。全く個人的な値頃感で言えば,今回のPENTAX17お値段なら,距離計があったら即買いだったと思います。
ですが,距離計連動型はなにかと難しいですよね。特に作るのは大変だと聞きます。だからこそAFです。思うに,フォーカスをマニュアルで操作することを,若い人はきっと楽しんでいないんじゃないかと思います。というか,そもそも写真を撮るのにフォーカスを合わせる必要があるとは思ってない人も多いんじゃないでしょうか。
考えてみて下さい。チェキや写ルンですに,ピントを合わせるという儀式がありますか?
80年代以降のコンパクトカメラでAFではないモデルって,ほとんどありませんよね。一眼レフなら言わずもがな,です。
フィルムカメラが楽しい,というなかに,巻き上げやメカシャッターの感触,独特の色合いや粒状性があることは言うまでもありませんが,フォーカスが楽しいというのはマニアだけじゃないでしょうか。
露出と言えば,シャッターです。絞り兼用のビハインドザレンズシャッターということですので,シャッター速度と絞りは独立して設定出来ないはずです。かつて多くのコンパクトカメラが採用したシャッターと同じであれば,絞らないとき(開放に近い時)は高速シャッター,絞った時は低速シャッターになるという原理的な性質をそのまま「プログラムモード」として利用していると思います。
(5)操作性
操作性,もっというと上面のデザインは,これはもう最高でしょう。
AOCoマークなどはちょっとうるさすぎるし,本来の意味を持たない,いわばWindowsマシンに貼り付けたリンゴのシールみたいなこっぱずかしいものだと思いますが,これを付けられるのはPENTAXだけですから,大目に見ましょう。
巻き上げレバーはAuto110,巻戻しクランクはMEあたり(LXと言う人もいますがもうちょっと古いモデルのように思います),シャッターボタンはMZシリーズですね。個人的にはSFXもどっかに入れて欲しかったですが,まあマイナー機種ですので仕方がありません。
あと,SPの美しさは,レンズが少し左に寄っているところにあると思うので,PENTAX17でも少し左よりにしたらSPのように美しくなっただろうと思います。
まあ,デザインの素人の私がいうようなことではないですね,すみません。
操作性とは違うのですが,あまり皆さん突っ込まないこととして,電池寿命が短いことを指摘しておきたいです。
CR2という高容量のリチウム電池を使っておきながら,フィルム10本というのは,ちょっと寂しいです。いや,ハーフサイズであることを考えると,実質20本ですし,半分がストロボによる撮影ですから,ストロボを使わないならもっと持つのですが,CR2が高いこと,そして案外入手が難しことを,もう少し考えて欲しかったと思います。
(6)価格
これも怒られることを覚悟で言いますが,やっぱりちょっと高いです。値頃感は6万円まで,欲を言えば5万円までなら,私も即予約したと思います。
いや,実売88000円というのがこの時代では破格であることも十分理解していますし,新品で全国どこのカメラ屋さんでも買えて,保証もあって修理もメーカーで出来るという新品として当たり前の事をフィルムカメラでやると言うのに,この値段ではむしろ安いことも承知しています。
でも,やっぱり,88000円で手に入る体験として,これはちょっと高いです。
この値段なら,若い人はスマートフォンを買い換えるでしょう。
円安が憎いですね・・・1ドル120円くらいだったら,あるいは69800円や59800円もあったかも知れません。
(7)戯れ言
えとですね,私はレンズ交換式も少しだけ期待していたのです。技術的に難しい薄々分かっていますが,マウントはPENTAX Qと同じで,イメージサークルはハーフサイズという新しいレンズラインナップでPENTAX17を作ってくれたら,どんなに面白かったかと思います。
可能なら,その新レンズはPENTAX Qでも使えたりするんですよ。ワクワクしてきませんか。考慮すべきはマウント径とバックフォーカス,そして電気接点です。
これが出来たら,超小型レンズ交換式フィルムカメラが完成するわけで,もしかしたらレンズでも儲かる仕組みが作れたかも知れません。
(8)買うのか?
うーん,買いません。
理由は,ハーフサイズの高画質なカメラはすでに持っていることが大きいです。唯一無二の存在でないものに,やっぱり9万円は出せないです。
PENTAXであることも引っかかっています。メーカーの修理が出来ることが新品としての価値の1つと言われていますが,PENTAXの修理ってそんなに胸を張っていいものでしたっけ?
私は,PENTAXに修理を頼んでも,絶対に1回では片付かず,くだらないミスで再修理になることを何度も経験しているので,彼らの修理レベルには疑問を持っていますし,そのおかげでPENTAXという会社の製品に対する信頼もどん底にあります。
よって,10万円近いものをPENTAXで買うつもりはありません。他人に勧めることも出来ません。
もし,売れのこって3万円とか4万円で処分されるようなことがあれば,買うかも知れません。それは,修理が出来る事,保証があることに相当する金額を引いたお金しか出せないと思うからです。
いまやPENTAXの修理が,リコーで行われるものではなく,すべて外部の業者に投げられていることを,どれほどの人が知った上でPENTAX17を賞賛しているのでしょうか。修理に出す度にその質が目に見えて低下して,一向に上向く気配がないことを経験した人が賞賛しているのでしょうか。
発表から2日,すでに想像を超える売れ行きで予約を締め切ったという話を聞きます。予約出来ても発売日に手に入るとは限らないというアナウンスもメーカーから出ています。
原因はきっと企画台数を小さく見積もったからじゃないかと邪推します。私のような人間がなびいていないのですから,まだそんなに数が出ているわけでもないんじゃないでしょうか。
嫌な言い方をしますが,昨今の日本のカメラメーカーの商売の仕方を見ていると,飢餓感を煽ってるんじゃないかと,うがった見方をすればあるかも知れません。少し冷静になって,本当にこのカメラで幸せになるのかどうか,考える時間を持ってもいいんじゃないかと思います。