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時間泥棒,NanoVNA

 コロナ騒ぎでもう大変な3ヶ月でした。私個人もそうですが,子供の学校が始まらなかったりと,これまでの非日常が日常化する怖さを感じます。

 一度日常になると,元に戻ることはすなわち変化になりますので,これはこれで大変です。こうして日常と非日常が個々人の認識もろとも引き摺り回されてしまうことへの不安が,今の私には大きいです。

 閑話休題。

 先日amazonをダラダラ見ておりましたら,NanoVNAなるものを見つけてしまいました。小型液晶をもつスタンドアロンの測定器で,値段は6000円から7000円とくればよくある中国製の安価なもの,を想像します。

 そう,オシロスコープなんかもそうでしたし,LCRメータであるとかHFEチェッカなんかもそうです。

 特にオシロスコープはその当時インパクトがあり,数万円(それでも数万円ですからね)を出せない今ひとつ電子工作に忠誠を誓えない人達が,このくらいの値段ならと飛びついて買っては,オシロスコープかっちゃったよと自慢げにいう,あれです。

 私も買ってはみましたが,1chしかなく,帯域も200kHz程度,プローブが付属していない事には目を瞑ることができる(別売りですといえばいい)のですが,代わりにBNCコネクタとミノムシクリップが繋がったケーブルが1本付属という,まあなんというかひどい物でした。

 これじゃ,初心者は1:10のプローブの重要性を知ることもなく,音声帯域の波形をちょろっと見える事がオシロスコープの仕事だと勘違いして終わってしまい,見えない物を見ることと,とらえられない物をとらえる,という2つの重要な能力を体験出来ないまま終わってしまいます。

 もっとも,これらを「すごい便利だ」と思えるような問題の解決に使うには,相応の実力を持っていて,それなりに難易度の高い実験をしないといけないわけで,測定器などは誰でも買える値段になってしまうことに,あまり意味がないように感じています。

 NanoVNAについても,私は似たような物だと思っていました。

 VNA,ベクトルネットワークアナライザ,という測定器は,多くの測定器が安価になりアマチュアが一家に一台を標榜できる昨今において,最後の憧れ,見果てぬ夢と目される,測定器です。

 もう名前からして,数学と物理に苦しんだ人々が嘔吐しそうなわけですが,ある一部の人種からすると,もうこれなしでは生きられない,無人島に1つ持っていく物があるとすれば迷わずこれ,といった倒錯した意見が堂々と出てくる程,御利益の大きな代物のようです。

 主として高周波の世界において,革命を起こした測定器がこのVNAで,ここに至るまでのスペクトルアナライザやネットワークアナライザなどの最終進化形が,これと言ってよいのではないでしょうか。

 価格も大きさも破格で,安い物でも50万円以上,高いものだとまさに青天井でベンツが変えてしまうほどのお値段ですし,大きさだって小さめの電子レンジくらいの大きさのものはざらにあります。

 その上,校正キットという標準器のセットがまた高価でこれだけを買うにもそこら辺のオシロスコープくらいの値段がします。

 そう,かつてのラジオ少年が憧れた,まさにプロの道具として憧れる,最後の測定器なのです。

 これがですね,7000円です。画面にはいっちょ前にスミスチャートまで出ています。

 ということで,気が付いたらポチっておりました。

 話が前後するのですが,VNAを簡単にご説明しましょう。VNAを知らない人でも理解出来る範囲で,かつこれだけ知っていればとりあえずVNAってなに?と奥さんや子供に聞かれても大丈夫です。

 コンデンサやコイルに交流を突っ込むと,入り口と出口で振幅と位相が変わります。これはいいですよね。つまり,コイルやコンデンサを交流で扱う場合,2つの情報を一緒に考えないと,真の姿が見えないわけです。

 これに比べると抵抗ってのは楽ちんで,直流でも交流でも位相は変わりませんから,振幅だけ見ていれば問題ありません。

 で,2つの情報を一気に扱うのが,ベクトルという数でした。これは中学生で倣うわけですが,当時は当然ピンと来ません。だけど,コイルやコンデンサのように振幅と位相が同時に変化する場合,片側だけを見ても意味はなく,両方同時に見るからこそ意味があることは,なんとなくわかって頂けるでしょう。

 で,電気の世界では,この2つの量を複素数という数字で書き表すしきたりです。実数と虚数の2つの和として1つの数字を表します。

 複素数なんて知らないで死ぬ人も世の中にはいるくらい,実生活に縁遠いわけですが,最初は数学者のお遊びだった「二乗するとマイナスになる数」が,実はベクトルを表すのに超便利だと後々わかった,と言う程度に覚えておいて下さい。

 ものすごくざっくり言うと,複素数のうち我々が見慣れた普通の数字である実数は振幅を,想像の世界である虚数は位相を表すように割り当てるとすごく便利になりました,と思ってもらってよいと思います。


 さて,VNAは,コイル,コンデンサ,抵抗を含む回路を調べる機械です。入り口に信号を入れ,どんな信号が返ってくるかを調べて,その回路の素性を調べてやろうというものです。

 コイルやコンデンサが相手ですので,入力は交流でなければなりません。また,回路の入り口の抵抗(インピーダンス)がVNAの出口のインピーダンスと一致していないと,反射が起きて信号が戻ってきてしまいます。これは高校の物理で習いますかね。

 難しいという人は,長縄を柱にくくりつけて,片側の手を揺すって波を1つ送り込んで下さい。おそらく波はつつーっと長縄を走り,柱にぶつかって跳ね返ってくるでしょう。これです,これ。

 もし,柱にくくりつけるんではなく,別の人に持ってもらい,一緒に手を動かしてもらえたら,跳ね返ってこないです。これがかのインピーダンスマッチングです。(おおっ)

 VNAは,こういうことを調べながら,どういう回路かを見極める測定器なのですが,これまでは振幅なら振幅だけ,位相なら位相だけしから調べることが出来ませんでした。

 例えばフィルタを調べるなら,周波数ごとの振幅を調べれば通過帯域がわかります。しかし,位相がどうなっているかがわからないと使い物になりません。

 これを一気に一発で調べるのが,VNAなのです。

 VNAでは,回路をブラックボックスとし,入口と出口の2つの口に,信号を入れたり出したりして,4つの測定値を得ます。

 入り口に信号を入れ,入り口から跳ね返ってくる信号の比率,入り口に信号をいれ,出口に出てきた信号の比率,出口に信号を入れ入り口に漏れてくる信号の比率,出口に信号を入れ跳ね返ってくる信号の比率です。これをSパラメータと呼んでいます。

 本物のVNAではこの4つを一気に測定し,中の回路がどうなっているのかを明らかにします。後述しますが,NanoVNAでは,このうち2つしか調べることが出来ません。

 まあ,ここまでわかればとりあえずよし。

 スミスチャートについては,見た目のアレ具合がアレなのでアレなんですが,わかってしまえばなんと言うことはありません。

 とりあえず,測定器の出力インピーダンスと一致した抵抗を繋ぐと,チャートのど真ん中に点が出てきます。抵抗の値が違ってくると点が左右に動きます。

 コンデンサが入ってくると点が下にずれてきます。コイルが入ると今度は上にずれてきます。そして周波数ごとにこの点をいくつも書いていくと,その回路にどんなコンデンサがいて,どんなコイルがいて,それらの周波数ごとの特性がどうなっているかが,手に取るようにわかるわけです。

 先程,インピーダンスマッチングの話をしました。出力と入力のインピーダンスが一致していると反射が起きない,つまり入れた電気が無駄なくすーっと全部入ってくれるわけですが,これってスミスチャートでいえば,チャーのど真ん中ですよね。

 なので,VNAを使ってスミスチャートを描いてみて,その点が使いたい周波数でど真ん中に点が集まれば,見事にインピーダンスマッチングが出来ているとわかるのです。

 どうです,すごいでしょ?

 さてさて,そんな盆と正月が一度に来たようなめでたいVNA,私はかつてRFワールドという雑誌で斡旋していた,PC接続型のVNAである,ziVNAuというものを買っていました。15000円もする校正キットも一緒に入手していたのですが,今ひとつピンと来ないまま,ほとんど使わず放置していました。

 やっぱりよく分からなかったということと,触っていて楽しいと思えなかったからです。

 そこへ,このスタンドアロンのNanoVNAです。これを使えば,VNAをもっと楽しめるかもしれないと直感が働き,買うことにしたのです。

 NanoVNAは,もともとそのRFワールドにも寄稿するようなベテランのエンジニアの日本人が数年前にコツコツと作られたものなのですが,オープンソースにしたことで中国の業者が安価に作って売っています。

 これをけしからんと見るか,よくやったと見るかは人それぞれですが,私はこれが法に触れない限り,よくやったと言いたいです。

 さて,届いたNAnoVNAはシールド板を備えて,ABS製のケースに入っています。ファームもその時最新のもので1.5GHzまで測定出来るという触れ込みです。高周波はややこしいので,ケースに入ってシールドがされているものを,少し高くても選ぶべきと思います。

 7100円だったと思うのですが,校正キットまで含んでこの値段ですからね,びっくりです。

 NanoVNAはSi5351Aを発振器に持ち,50kHzから300MHzまでをスイープして解析を行います。300MHzから900MHzまでは3次高調波を,900MHzから1.5GHzまでは5次高調波を使って測定するのですが,基本波を除去しないので,そこは注意が必要です。

 ダイナミックレンジは70dB程度で,本物のVNAにはかないませんが,それでもそのあたりをよく分かって使えば十分です。

 測定出来るSパラメータはS11とS21のみ。2ポートのVNAで必要最低限とも言えますが,S11だけでもSWRを見る事が出来ますし,S12やS22はアクティブデバイスを測定しない限り必要性は低いと思いますし,ちょうどいい割り切りでしょう。

 ついでに言うと周波数スイープの測定点は108しかなく,かなり荒い印象です,これだとちょうど変化が大きくなる周波数を見逃してしまうかも知れません。

 そうやってあれこれとnanoVNAを触っていると,あっという間に4時間くらい経過していることに気が付きます。まさに時間泥棒,特に何かを測定しようとか,なにかを調べようと思っているわけではないのに,これだけ面白いと思えるのも久々です。


 で,S11を測定する機能でアンテナアナライザにするというのはVNAの定番です。S11は反射ですので,SWRはもちろん,マッチングの具合もスミスチャートで見られるというのですから便利なことこの上なしです。

 手元にあった,多バンド対応のロッドアンテナを繋いで,遊んでみました。長さを変えると共振点が変わり,SWRがが小さくなる部分が変化します。使うバンドによって長さを調整するという根拠が眼で見てわかります。

 次に,FMアンテナの向きを調整する装置としての活用です。これはS21にポートにアンテナを繋ぎ,レスポンスを見るということで可能になります。いわばスペアナ代わりなのですが,スペアナと違って絶対値が測定出来ませんので,あくまで相対的なレベルの大小で済むような用途,今回のようなアンテナの向きを確かめるような場合にのみ有効です。

 まずがSGに繋いで,ちゃんとS21が動くかどうかを見ます。最初はスパンが大きく,上手く中心周波数をつかまえる事が出来なかったのですが,上手く調整するとちゃんと信号の周波数でスパッと縦線が立ち上がって来ます。よしよし。

 周波数変調をかけると,ちゃんとかけた分だけ側波帯が広がって表示されます。立派にスペアナとして機能しているようです。

 今度はFMアンテナを繋いでみます。そうするといくつかの周波数でピークが確認出来ます。そう,放送局をちゃんと拾い上げてくれています。こういうのをバンドスコープというんだそうですが,どこに受信すべき信号が出ているかを視覚的に見せてくれるので,アマチュア無線では便利なんだそうです。

 こうしてみると,80.0MHz,81.3MHz,そして82.5MHzと,主要な放送局がちゃんと入感しています。それぞれの強度が最強になるようにアンテナ向きを調整すれば安心です。(まだやってませんけど)

 さらに,PCソフトを使って外部から動かしてみました。PCのソフトには2種類あるのですが,私はnanovna-serverというものを使いました。

 あくまでUI部分をPCで行うだけのものですが,それでもチャートを重ねるのではなく別々の図として出してくれるを見やすくなり,なかなか便利だと思います。


 ということで,価格以上の価値を持っていると断言出来るNanoVNA。いろいろ制限はありますし,そもそも帯域も狭いと思いますが,一応使い物になる校正キットも込みでこの値段というのは破格で,興味があるなら迷わず持っておくことをお奨めしておきます。

 高周波が苦手なあなたも,スミスチャートも複素数もさっぱりなあなたも,何はともあれNanoVNAを触って見て,実際に体験する中で理解を深めてはいかがでしょう。

 

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