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PC-386BookL,次のステージへ~その1 内蔵メモリ動かす

 先日,ここを読んで下さった方からメールを頂きました。
PC-386BookLのパーツを無償で提供しましょうか,というありがたいお申し出です。

 21世紀も1/4が過ぎた今日において,まるで黎明期のインターネットを支えた性善説を彷彿とさせるお話を,私は最初失礼ながら詐欺かと思って警戒してしまいました。

 不要品を現金に変える仕組みがなかった昔ならいざ知らず,ヤフオクなりメルカリなり,少しの手間でちょっとしたお小遣いが作れる現代,同じような手間をかけて見ず知らずの人に無料で部品を送ろうと思う優しさを,今の私は一瞬とはいえ見失っていました。

 ああ,なんと心の汚れてしまったことよ。

 とても丁寧で心のこもった,そして手作り感のある文面を見て私は,ありがたくそのお申し出を受け,パーツを頂くことにしました。

 数日後私の手元に来たパーツは,以下の様なとても貴重なものでした。

・PC-386BookL専用内蔵RAMボードPCRB6(PCZRM3を3枚実装済みでトータル8MB)
・Lスロット用RAMボードESL-4000
・Lスロット用FM音源ボード FM Station II
・PC-386BookL付属のACアダプタ

 特にすごいのが内蔵メモリです。PCRB6はとても貴重で,ずっと欲しいと思っていたものでしたが,そもそも実物がなかなか出てこないという幻のボードで,これ単体で2MBの容量があります。

 推測ですが,2.6MBが標準搭載されているPC-386BooLCなどのカラーモデルは,このボードが最初から実装されているのでしょう。

 で,このPCRB6には2MBのサブボードPCZRM3が3枚まで搭載出来るコネクタが用意されていて,最大で8MBのメモリを内蔵出来ます。値段はともかくとして,当時このサイズのマシンで8.6MBのメモリを内蔵出来るというのは,なかなか大したものだと思います。

 今回頂いたPCRB6は,このPCZRM3を3枚フル実装してあり,8MBの状態になっていました。生まれて初めて見ました。これは当時相当高かったでしょうねえ,純正ですし。

 改めてボードを見てみると,PCRB6にもPCZRM3にも,4bitx1Mの4MbitDRAMが4つ搭載されていて,これで2MBのメモリを構成しています。ですが,なぜか1bitx1MbitのDRAMも2つ搭載されています。

 おそらく8bitごとにパリティを持っているんじゃないかと思います。だとすればパリティ付きの高信頼性RAMボードというわけですから,これはもう高級品ですよね。

 問題は使い方がさっぱりわからないということです。取説はありませんし,スイッチなども見当たりません。数が少ないので情報も少なく,どうやって動かせばいいのか正確なことはわからないですから,壊れているのか使い方がまずいのか,判断も難しいです。

 さて,ESL-4000もなかなか貴重です。Lスロットの拡張メモリで,メルコのハードウェアEMSボードです。設定次第でプロテクトメモリにもなる多機能ボードではないかと思うのですが,これも取説がないため設定方法がわかりません。

 ただ,MELWAREという付属していたソフトを起動すると,機種や機能に相応しいスイッチの設定が表示されるらしく,試してみる必要があるでしょう。

 FM音源ボードは八戸ファームウェアというメーカーのボードで,26K互換のものです。面白いのは,スピーカーが内蔵されていない機種向けのFM音源ボードゆえ,音をFMラジオ用の電波で飛ばす機能がついていることです。

 確かに当時,こういう商品があったことを覚えています。PC-9801noteシリーズ用110ピンの拡張コネクタに直結するものがありましたが,これもFMラジオで受信して音を聴くものでしたし,そのシリーズでLスロット用のものもあったことを覚えています。

 小さいのに生意気にジョイスティックの端子も装備していて,スピーカーがないことを除けば完全に26K互換なんでしょうが,FMラジオをいちいち用意しないといけないのも面倒で,これはやっぱり小型のスピーカーを内蔵するべきだったんじゃないのかなと思いました。

 最後にACアダプタです。提供頂いた方からは「おかしな臭いがする」というコメントを頂いているので修理が必要でしょう。

 私のPC-386BookLにはACアダプタすら付属しておらず,仕方がないので手持ちの15Vのアダプタが使えるようにDCジャックを交換してしまったのですが,もっと早くにこのアダプタが手に入っていれば良かったのになあと思います。


 ということで,まずはメモリから動かしてみたいと思うのですが,ちょっと液漏れの跡がある電解コンデンサを同じ容量のセラミックに交換してから,の自作の3MBメモリボードを本体から外して準備OK。

 ワクワクしながらPCRB6を底面のコネクタに取り付けて起動します。が,メモリカウントは640KB止まってブートしてしまいます。どうも認識していないみたいです。

 抜き差しを続けるとハングアップすることがあるので,何かが起きているんだと思いますが,規則性がつかめません。1時間ほど試行錯誤をしましたが動かないので,この時はここで一旦終了しました。

 翌日,少し頭を冷やして再チャレンジです。もしかしてクロックを上げているせいかもしれないと,クロックを落としてみました。それでもメモリチェックは640kBまでです。

 ところが偶然HELPキーで初期設定メニューを起動していると,見慣れない設定項目が増えている事に気が付きました。

 お,メニューにメモリボードの設定が追加されています。と言うことは,メモリボードそのものは認識されていたみたいです。

 設定は想像以上に細かく可能で,拡張メモリをRAMディスク,EMS,プロテクトメモリに配分できます。もちろん私は8MB全部プロテクトメモリです。

 設定後リセットすると,うれしいことにメモリカウントが8MBまで進みます。Lスロットの3MBに見慣れた私には,ノーウェイトの拡張メモリのカウントの速さに衝撃を受けました。

 これでDOSを起動しTMEM.EXEでメモリチェックを走らせますが,全エリアOKとなり故障もないことが判明しました。よかったー。

 ただ,この状態でクロックを最速に切り替えると,そこでハングアップします。つまり,クロックのせいで動作しないという問題と,メニューで設定を変更しないとプロテクトメモリとして動かないという2つの問題が重なって,動作してくれなかったんですね。

 偶然とは言え,動くことが分かったので助かりました。こうなってくると,クロックを落として使うか,高速でも動作するようにするか,考えなくてはなりません。

 とりあえずここまで。せっかくの貴重なメモリボードです,焦らずじっくり,気が済むまで検討してみたいと思います。

 それにしても,今回はとてもありがたいお話を頂きました。頂いたものが貴重でありがたいものだったことはもちろんですが,なによりこうして同じ楽しみを持つ方と善意で繋がることのうれしさ,暖かさを久々に感じた,そんな出来事でした。

NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S,買っちゃいました

 買っちゃいました。NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S(以下Z24-70mmF2.8S)。

 いや,GR4の抽選販売が全くあたらず,また今後もあたる気が全然しないということで,衝動的に買ってしまった感じがあります。

 家族からは「毎日外れた外れたと騒いでるけどそんなに毎日抽選ってやってるわけ,GR4って?」などと皮肉を言われてましたが,経済的に退路を断ち,すがすがしい気持ちでこのレンズをお迎えしました。

 実のところ,昨年末の旅行の前にこのレンズが気になったことがありました。II型の登場で新品の在庫処分があり,一時は実質22万円ちょっとという破格値で出ていた事を知ったのですが,この時にはそんな底値のものは払底しており,別のお店で24万円程度でアウトレット品が出ていることを知って,今買わないと後悔するかも,と思ったわけです。

 この時は,新品とはいえアウトレットであること,なのに底値に対して2万円近くも高い,中古との価格差も結構あるという事実に加えて,24-120mmF4Sで画質は十分,しかも便利という実利の面でも,割と簡単にあきらめが付きました。

 しかし,今回某店からのメールを見て,私の心はざわざわしました。新品218900円。

 これは底値です。この値段で新品が出てくることは,円安,インフレなど,値下がりの要素がなにも見当たらない今後,絶対にないでしょう。さらにいうなら,大三元の標準ズームの新品がこの値段で買えるという事は,あらゆるマウントにおいて奇跡です。

 これが,性能や品質に問題があったり,評判の悪くて処分されるようなレンズならともかく,天下のニコン純正,現行Zマウントで,2019年に登場した時にはその画質に絶賛の嵐,そして現在もトップクラスの性能を誇っています。

 ここで買わないと後悔する,この値段でこの性能は破格だと,私はまず自らの気持ちを整理しました。というのも,これは私にとっては大きな方針変更で,ZマウントがFマウントと同じメインのシステムになるということを意味するからです。

 私はフィルムのカメラとレンズを共用したいと思っていたこともあり,Fマウントからの完全移行は考えていませんでした。それに,Zマウントが本当に育つのかどうかも見極めたいと思っていたので,Zマウントへの投資は限定的でした。

 Zマウントのお試しにと,あくまでサブという位置付けでZfcを買ってみたところ,期待以上の感触を得た私は,次に登場したZfでフルサイズを導入します。

 サブに見合った投資で済んだAPS-CのZマウントに対し,一気に投資額が増えてしまったフルサイズZマウントではありましたが,ニコンの最新機種らしい高画質にミラーレスのメリットである静粛性,Zシリーズに共通するEVFの見やすさ,そしてZマウントレンズにハズレなしと言われるほど優れたレンズたちを前に,自然に持ち出す機会が増えていきました。

 とはいえD850は我が家では最も高画素で,その画質も未だ最高です。ZfはまだまだD850の代わりにはなりません。手に馴染んだ操作系であるD850を差し置いて,そんなZfの出番が増えている事は,やはり総合力でZfがよく出来ていることを認めざるを得ません。

 ですが,前述の通りFマウントからZマウントへの移行には躊躇していました。そのうち,Fマウントのレンズの買い取り価格が下がり,売り時を逸したというのが,これまでの経緯です。

 大きくなるとはいえ,AF-S70-200mmF2.8EあるいはAF-S14-24mmF2.8GとFTZの組み合わせでZfに取り付ければ,画質も操作感も問題なく運用できますし,ZマウントのレンズとしてZ24-120mmF4Sを持っていれば画質もほとんど妥協しません。支出もほとんどなく,FマウントとZマウントを使い分けることが出来るこの状況は,非常に望ましいともいえます。

 こうして私のZマウントはメイン並の役割を負いながらも,サブに甘んじていたわけです。

 ですから,大三元の標準ズームをZマウント用に用意するという決定は,Zマウントをメインに格上げすることを意味します。いくら気持ちでFマウントもメインだと思っていても,Zマウントに対する歯止は利かなくなるはずです。

 大げさな話ではありますが,Zマウントを格上げするという決断は,慣れ親しんだFマウントからの距離が自然と出来てしまっていることを追認することになり,大きな転換であることを意識せざるを得ないのです。

 なによりFマウントとZマウントの二重投資になることを許容しなければなりません。D850とZfの使い分けがなくなり,やがてZfに次第に一本化されることにつながるでしょう。ひいてはFマウントレンズの処分も検討する事になるかも知れません。次第にZマウントへの移行が進むことは止められないでしょう。

 一方で,FマウントのAF-S24-70mmF2.8Sはかなり大きく,それに高価だったこともあり,なにか特別な事でもなければ持ち出しませんでしたから,使用頻度は低く,標準とは裏腹に「特殊」だったことは事実で,宝の持ち腐れであったことに後悔があります。

 これがZ24-70mmF2.8Sの導入によって,一気に大三元が日常に降りてきます。これこそ進化ではないかと思ったわけです。
 
 それこそ特別な時に持ち出す14-24mmや70-200mmはFマウントと共用でもいいでしょう。しかし標準ズームはZfにつけっぱなしであることが理想です。それが今なら現実になると結論し,私は目の前に座っている嫁さんに,素直にレンズが欲しいことを打ち明けました。

私:レンズ買いたい!
嫁:いいよ。いくらなの?
私:高いよ。
嫁:15万円くらい?
私:(ぼそっと)もっと高い。
嫁:(しばらく絶句して)22万円くらい?
私:(目を逸らしつつ)うん,そんなもん

 大人の駆け引きが繰り広げられ,かくて私はZ24-70mmF2.8Sを買うことにしたのでした。(なお,この会話で最も重要なことは,嫁さんにとって高価なレンズとは15万円くらいを境目にするということが分かったことでした。)

 そして先日の土曜日,私の手元にF2.8通しの標準ズーム,Z24-70mmF2.8Sが届いたのでした。


 ということで,お約束のファーストインプレションです。なお,私はFマウントでもAF-S24-70mmF2.8GとEを使っていましたので,どうしてもそれらとの比較になります。

・大きさ,質感

 大きさはFマウントに比べて大幅に小さく,軽くて本当に大三元なのか,と思ったほど驚きました。いや,数字上のF2.8通しなら,かつてタムロンから出ていた28-75mmとか,APS-Cの標準ズームにも小さい物はあったと思います。

 しかしZ24-70mmF2.8Sはニコンの看板レンズであり,最高画質を期待するプロの使用を前提とした,その時々の最高水準の技術で作られる,とても高価なレンズです。それがこのサイズです。拍子抜けしました。

 フィルターサイズはも82mmとII型に比べて大きいのですが,AF-S24-70mmF2.8Eを同じだと思えば許せます。ズーム時に鏡筒が伸びることはII型に比べてウィークポイントかも知れませんが,収納時に小さくなることはむしろメリットとも言えます。

 質感は大変良く,さすが高価なレンズだけあります。フードも内側にフェルトが貼られており,そもそもフードなんていらないんじゃないかと思うほどの耐逆光性能を持つZマウントのレンズにそこまでの手間が必要だったかと不思議な気持ちになるほどです。

 デザインもなかなかよくて,調べてみるとこのレンズあたりから,現在のZマウントレンズのデザインになってきたらしいです。なるほど,Z50mmF1.8Sとは違ってゴムの巻かれたリングは手に馴染みますし,シルエットもZ24-120mmF4Sと似たような印象があります。個人的にはZ24-70mmF4Sがとにかく全面的にダメで良い思い出も何もないので,よかったです。

・操作系

 ズームリングやフォーカスリングは使いやすく,滑らかで素晴らしいです。コントロールリングがあるのはさすがにSシリーズで,クリックはありませんが私は絞りに割り当てて使っています。ただ,Zfは絞りのステップが1/3段から変更出来ないので,そこが残念ではありますね。

 Fnボタンも装備していて,被写体を追いつつ操作が必要なシーンで活躍しそうです。。私はAF-ONに割り当てています。それから高価なレンズに象徴的なOLEDのディスプレイには距離だけではなくズームや絞りも切り替えて表示出来るのですが,距離の場合にはAFが停止する直前にぐぐっと少しだけ行きすぎて戻るような表現がなされており,キビキビとした印象を与えてくれます。楽しいですよ。

 正直,目をファインダーからそらしてわざわざ見ることになるレンズの指標を昔から見た事はなく,II型で廃止されたことを考えても,あまり必要のない装備だなと思います。故障する箇所も増えるわけですし,鏡筒が太くなった理由の1つでもあるでしょう。

 ただ,高級なレンズには備わっている装備でもあるので,私はズームの指標にでも使おうかと思っています。

・画質

 肝心の画質ですが,当然ながら文句なしです。本当に良く写ります。良く写りすぎてつまらないくらいです。高解像度でカリカリで色も鮮やかですし,ボケも綺麗。広角から望遠まで破綻なく,同じ画質でズームします。

 もちろん開放から高画質ですが,F5.6くらいまで絞ればさらに画質は向上し,これ以上を望まなくなってしまいます。もはた単焦点レンズを使う理由は,固定された画角による縛りを積極的に楽しむ事くらいなんじゃないでしょうか。

 一方で,当たり前の画像すぎて,冷たい感じがします。何を撮っても真実が写るというのは正しいのですが,時に人間は真実以上に感情を強調したい時があるもので,AF-S24-70mmF2.8GやEにあった線の太さや色のり方が引っ込み,あまりに優等生になってしまっていて,どんどんシャッターを切ろうと言う気持ちに乗ってきませんでした。

 それと,ちょっと周辺光量の落ち方が大きいように思います。広角側もそうですし,望遠側でも絞り開放だとちょっと目立つようです。絞れば改善しますし,現像時に補正することも可能ですが,優等生のくせに周辺光量が落ちることを計算に入れないといけないレンズというのも,大三元としてはちょっと面倒くさいように感じました。

 あと,逆光への耐性ですが,これは確かに強烈です。少し厳しい条件で光が入ってくると,並のレンズならすぐにコントラストが下がったりいろが褪せたりするものですが,全然破綻しません。

・II型と比べて

 II型との比較は,気にはなりましたが行っていません。II型を触る機会が全くなかったからなのですが,画質や操作感を除くと,まずインナーズームであるかどうかがポイントかなと思いました。私は望遠ズームはインナーズームでないと困ると思っていますが,標準ズームなら別に構いません。それより持ち運びが楽なように,小さくなることが大切です。

 II型はインナーズームですがI型に比べて全長が長いので,持ち運びを考えると私はI型の方がありがたいと思います。また,II型はフィルターが77mmだそうで,これはちょっと羨ましいです。

 画質は実写していないのでなんともですが,MTFを見る限りI型の急な落ち込みも改善されているので,全体的に向上していると思います。ただ,I型のMTFも文句なく素晴らしいので,その違いがどれほどの画質の差になっているかは,もうわかりません。

 そうそう,I型はニコンのF2.8通しの標準ズームとしては珍しく,凸先行なんですね。II型もそうですしAF-S24-70F2.8GもEも,凹先行です。

 どちらが優れているとか,そういう問題ではないことを重々承知の上で言うのですが,凹先行型には独特の線の太さやボケの変化があるように思います。凸先行型は線も細く,解像感も高いですし,望遠から広角までとにかく自然にまとまった画です。それがかえって無個性な印象を与えてしまうのかも知れません。大げさに言えば,まるで他社のレンズのようです。

 個人的にはAF-S24-70mmF2.8Gが好きだったので,これと同じ傾向を期待したのですが,F2.8通しの標準ズームがレンズタイプでそんなに変わるものではないと思いつつも,ニコンらしい三次元Hi-Fiを目指して欲しかったとも思うのです。

 II型が凹先行に回帰したからと言って,以前のような味わいになっているとも思いませんが,少なくともI型は「平凡」で「まじめ」な「超」高画質レンズだと思いました。果たしてこれ楽しいかなあ。

・まとめ

 明らかにZ24-120mmF4に比べて高画質で,大きさはむしろ小さいくらい,それでいて1段明るいなんてのは,もう日常にガンガン使えという事でしょう。とはいえ,70mmから120mmまでは実はなかなか美味しいところで,これがないことでZ24-70mmF2.8Sはちょっとしんどいなと思う事もありました。

 しかしZ24-70mmF2.8Sが見せる繊細さや色には,便利ズームが持ち得ない物があります。私が使いこなせていないということの証ですが,Z24-70mmF2.8Sという,ごく普通の標準ズームを進化させたレンズでは,ただ撮影しただけでは作品にはなりません。そこにあるものをただ素直に高解像度で写し取る馬鹿正直なこのレンズを自分の想いのとおりに使うには,また別の訓練が必要になるような気がしてきました。

 AF-S24-70mmF2.8Eに比べて,さらに高画質になったことは実感しました。しかし,被写体を滑らかにふわっと浮かび上がらせる独特の表現が引っ込み,細い線で輪郭を正確に切り抜くような画像が出てくるZ24-70mmF2.8Sは,同じ大三元でも別物だなと感じました。

 20万円を越える高価なレンズですが,温存するのはもったいない。特別なレンズではなく,贅沢な普段使いレンズとして,手に馴染ませて,線の細さも武器にしていければと思います。

気象通報はおわりません

 昨年12月5日に,「気象通報のおわり」と題して,NHKラジオ第2で長く放送されている「気象通報」が,今年3月末で終了すると書きました。

 NHKのラジオ放送の再編で,これまでのAM2波体制から1波に集約,気象通報は引き継がれることなく廃止されること「決まった」ことに,寂しさと諦めを綴りました。

 中学校の理科の授業でも採り上げられる気象通報だけに,この記事はちょっと注目を頂いたようですが,なんとありがたい事に,気象通報は廃止されず,2026年3月末以降もAMラジオで放送が継続されることになったと,2月12日に発表がありました。

 2月12日に正式に引き継がれる番組や廃止される番組が発表になったことをうけ,私も調べてみたのですが,気象通報は月~金の15時45分から,土日は17時05分から,毎日放送されることが確認出来ました。

 また,同日配布された番組表にも,気象通報がきちんと記載されています。よかったー。

 なお,同時に終了すると書いた株式市況は,廃止が決まりました。

 一応,昨年の記事はそれなりの根拠があって書いたのですが,その情報に誤りがあったのか,それとも廃止が覆ったのか,結果的に嘘を書いてしまいました。ごめんなさい。

 個人的には,この番組は最盛期の役割を終えたかも知れませんが,廃止を決断するにはなかなか難しい物があったのではないかと思います。

 1つには,中学校で教えられること。義務教育は強いです。それから,海上や山など,気象が生死を分ける現場で,気象通報が最後の命綱になっていること。この番組で得られる天気図は,まさに天気予報のための基礎的情報です。

 さらに,気象通報用の天気図が今でも販売されていて,登山用品のお店で買えること。気象通報がなくなると,これらの商品も終売になるでしょう。実際に話し合いがあったかどうかは知りませんが,NHKの都合だけで,作ってきた人や売ってきた人たちの仕事が消えてしまうようなことは,彼らが決して大きな商売ではなかっただろうこれらの商品を,社会的な意義で長年支えていた意義に照らして,そう簡単にはできなかったのではないかと思います。
 
 いずれにせよ,この春以降もきちんと毎日,これまで通りAMで夕方に放送される気象通報が残ることは素直にうれしいですし。本当に良かったと思います。

 多くの人が気にもかけず,見過ごしてしまうこの一件で,私はNHKの社会的な使命感と良心を垣間見ました。

とうとう手を出したRoland Boutique,楽しいけど不満の多いJD-08

  • 2026/02/10 15:32
  • カテゴリー:散財

 日本の電子楽器メーカーが,往年の名機を復刻させる話はもはや珍しい物ではなくなりました。コルグがMS-20の復刻を2013年に手がけたかと思えば,YAMAHAとRolandは2015年にそれぞれrefaceとBoutiqueで,名機を復刻します。

 共通するのは気軽に買える安さと小ささです。明らかにステージや音楽制作で機材としてではなく,当時憧れた人たちがついつい買ってしまうことを狙ったものだと思うのですが,中身は本格的で,小さいから安いから,と妥協を強いるようなことがありません。

 その当時に高価な機材に憧れた人たちに買ってもらうには,音や機能に妥協があってはいけませんし,同時に置き場所に困らないようにしないといけません。若いときとは違って,年齢を経ると楽器に人生のすべてをかけられなくなっているものです。

 とまあ,私もこうした復刻シリーズにピクピク来ていた人ですが,結局使わなくなることが目に見えていましたし,小さいとはいえ演奏にも保管にもそれなりの場所が必要になることから,ぐっと堪えておりました。

 しかし,とうとう誘惑に負けてしまいました。買ったのはRolandのJD-08,JD-800の復刻版です。

 実のところ,Roland Boutiqueシリーズには「惜しい!」と思うところがあって,最終的に踏みとどまることが出来ていました。Jupiter-8の復刻であるJP-08は4音ポリであることが致命的だと思いましたし,D-50の復刻であるD-05は別にハードウェアシンセでなければならない理由が見いだせずにいました。

 そもそも限定販売であることが気に障っていて,そういう売り方はオリジナルに失礼だろうと思っていたのです。

 加えて専用キーボードのK-25mの存在です。これとRoland Boutiqueを組み合わせるとA4ファイルサイズのとても可愛い本気のシンセサイザーが完成するのですが,キーボード部分は共通で,本体をとっかえひっかえして楽しめるようになっています。うーん,これは買い集めろという事か・・・

 オリジナルを熱い情熱で維持することを最右翼とすれば,対極に位置するのは合理的にソフトシンセで揃える事です。Jupiter-XやXmのように,1台のハードウェアシンセに複数のオリジナルのエンジンを持つ機材を持つことはやや左,Roland Boutiqueのような小型の復刻機を複数揃える事は少し右という感じでしょうか。

 私はコレクターではありませんので,触って楽しい事や所有欲を満たすことだけではなく,実際に使えることを基準に考えたとき,JP-08やD-05は今ひとつだったわけで,私がJupiter-Xmを買ったことは自然な流れでした。

 そんなわけで気にかけることもなくなっていたRoland Boutiqueシリーズですが,先日偶然JD-08とJX-08を見た事で,少し調べてみたわけです。JD-08は当時一世を風靡した説明不要の名機JD-800の復刻で,オリジナルであるJD-800が出たばかりの当時,ステージ用に新しいシンセサイザーを一大決心して買うにあたり,30万円は出せないなーと,少し安かったD-70を買ったことを思い出させる,小さな心の傷でもあります。

 JX-08のオリジナルはJX-8Pというこれまた名機ですが,アナログシンセのブームがやってきた時期でも不人気のシリーズでした。というか,JX-8Pが評価されるようになったのってここ最近の話ですし,そもそもその評価ってどこからきたものか私にはよく分かりません。

 そんなJX-8Pを私は一時期使っていました。痩せたデジタルシンセの音に加えるべきアナログシンセとして,OberheimのMatrix-1000を導入したわけですが,エディットが本体だけでは出来ない事にフラストレーションがたまり,鍵盤付きでエディットが出来るアナログが欲しいと言うことで,1990年頃最も安く買えたポリシンセがJX-8Pでした。39800円で買った記憶があります。程度は悪かったですが・・・

 いざ使ってみると,確かにウォームな音が大変好ましい上に,FM音源に対抗しようと鋭角的なサウンドも工夫して出るようになっていました。いい音がするなあと思った一方で,Matrix-1000と同じくアナログシンセの終着点として,同じような傾向が見られたことで手放してしまいました。

 ただ,その事を後悔しているのもまた事実で,買い直そうにも10万円近くに値上がりしていること,仮に頑張って買っても置き場所を確保出来ないことから,もうあきらめるしかないと思っていたのです。

 そこへJX-08です。JX-08もどうせ妥協の産物だろうと思っていたらさにあらず,オリジナルを越える20音ポリというではありませんか。この1点だけでもオリジナルを越えるわけで,オリジナルを所有していた私が手に入れる有力な理由になります。

 さらに調べてみると,JX-08はそんなに割引をしていませんが,どういうわけだかJD-08は結構な割引をしています。55000円に10%のポイントですから5万円を切ります。

 JX-8PもJD-800も,私のJuoiter-Xmで再現可能ですが,JX-8Pはかつて持っていたのに対し,JD-800は持っていたことはありません。音もJD-800の方が多彩ですし,1990年代らしい音が出ます。JX-8Pはいい音だとは思いますが,やはりアナログの限界を超えられません。

 私の興味はJD-800の復刻であるJD-08に向かいます。なになに,128音ポリとはオリジナルを超越してるな,音色データに互換性はないのか,など,いろいろ調べていきます。

 そして気が付いたら,ポチっていました。JD-08と専用のキーボードであるK-25mです。

 早速使ってみると,これがまたとても楽しく,時間があっさり溶けていきます。娘に使ってみてよと渡してみたところ,やはり娘の時間も溶けてしまいます。ここ数日どっぷりとJD-08を触って楽しみましたが,がっかりしたこと,期待外れだったこともそれなりに合ったことも事実です。

 JD-08が登場してからかなり時間が経過しています(2021年発売だそうですから5年ですか)が,いつものように勝手気ままにレビューです。

(!)質感,外観

 JD-08本体は金属製の筐体で,結構しっかり作られていますし,ずっしりと重たく本物のシンセサイザーであることを強く主張していて,所有欲を満たしてくれます。加えてJD-800の個性である多数のスライダーとボタンが一回り小さく作られていながらも整然と並んでいて,実にかわいらしいく,かつ格好いいんです。

 しかも,最もJD-800らしい斜めに並んだボタンもパネルデザインに取りこまれていて,一目でJD-800の復刻だと分かるようになっています。使ってみれば分かりますが,このサイズだと斜めにボタンを配置する意味など全くないにもかかわらずです。

 ボタンの押し心地はとても良く,オリジナルを越えたかも知れません。ランプのオレンジも本体色のガンメタリックによく似合っています。特筆すべきはスライダーで,長さは短くなっているし,ツマミも小さくなっていますが紛れもなくJD-800のスライダーです。このサイズによくもまあ,押し込んだなと感心します。

 しっかりした筐体でたわむこともなく,操作もやりやすいのでデジタルシンセで音作りを楽しむというJD-800のコンセプトは間違いなく「復刻」したと言えると思います。

 ところでBoutique用のキーボードであるK-25mですが,これもしっかり作られているので価格相応の質感は保っています。キーも演奏しやすく,こちらもたわんだりしませんし,華奢な感じはしません。

 本体を斜めにセットすると,スライダーがたくさん並んだJD-08がさらに格好良く,シンセサイザーという音を創る楽器と向かい合っている感じがたまりません。


(2)音

 JD-08の音は,そのまんまJD-800といってよいと思います。オリジナルを使っていない私がJD-800にいかに近いと語っても説得力を持ちませんが,D-70を使い込んだ人からすると,1990年代の空気がきちんと出てくる音です。

 ヘッドフォンで聞けば,似ている似ていないという話以上に,いい音だなと感心します。芯のあるしっかりした音も,包み込むような音も,鋭角的なデジタルサウンドも,きちんと出てきます。この小さい箱からこれだけ本気の音が出るなんてすごいなと,その違和感が楽しさを倍加します。

 調べた限りですが,WGの波形はオリジナルと全く同じ,プリセットされたパッチもインターナルについては完全に同じで,これに加えてJD-08用に数個新しいパッチがBバンクに登録されています。この新しいパッチは明らかに1990年代のものとは傾向が違うので,同じシンセサイザーでも時代を経るとこんなに使われ方が変わってくるんだと思いました。


(3)操作性

 JD-08は小さいので,操作はかなり大変です。ツマミが小さいだけではなく,スライダの長さが短いので,ちょうどいいところで止めるのが難しいです。しかし感触は良く,オリジナルをよく再現していると思います。大事な事は,あの膨大なパラメータに向き合って,デジタルシンセの音を作っていこうという気持ちにさせるかどうかです。

 見た目も含めてですが,JD-08は本当によくJD-800の個性を再現していると思います。


(4)気になったこと

 と,散々褒めたところで,悪かったこと,気になったことをここから書き連ねます。

1.25鍵は少なすぎだ
 まずこれ。薄々覚悟はしていましたが,やはり25鍵では音作りで音を出すときくらいしか使い物にならないです。音域が狭いと言うより,両手で演奏出来ないです。せめてもう1オクターブ欲しいです。

 加えて,オクターブ動かす事がさっと出来ません。後述するペダルがない事もあいまって,音域の狭さも克服できません。


2.ベンダーレバーがないのは話にならん

 せめてリードシンセをと思いましたが,ピッチベンダーもモジュレーションもありません。初期のBoutiqueには本体に2つのスライダが用意されていたのですが,JD-08to
JX-08はスペースの関係からか,スライダが廃止されています。

 確かにA4ファイルサイズにするにはK-25mのサイズをこれ以上大きくできないのでしょうが,だからといってシンセサイザーをシンセサイザーたらしめるピッチベンドーとモジュレーションがないのは,あまりにひどいと思いました。

 なにもホイールを2つ用意しろとは言いません。JD-800らしく,というよりローランドらしく,ピッチベンドとモジュレーションを一体化したレバーを小型にしてK-25mに搭載して欲しかったです。


3.ペダルはどこに?

 これもK-25mへの不満になるのですが,ホールドペダルがないのはもう致命的でしょう。せっかくの128音ポリが泣いています。せめてホールドペダルの代わりになる,ホールドボタンがないと使い物になりません。


4.こんなスピーカーならない方がまし

 スピーカーがあるのは便利に思えるかも知れませんが,帯域が狭くてJD-08(おそらく他のBoutiqueもそうでしょうが)の音の良さを殺しています。しかもモノラルで,本体の底面にあるので聞こえにくく,本体を寝かせてしまうと音が籠もり,本体を立てると自分ではなく他に向いて音が出ますから,結局ヘッドフォンなり外部のモニターで音を聴くことになります。これならない方がましかと思いました。


5.キーボードのローカルオフがないのはなんでだよ

 DTMで入力用のキーボードとして使おうにも,ローカルオフがないのでキーボードと音源を切り離せず,シーケンサーからのループバックで動じに音が出てしまいます。私はローカルオフの設定がないシンセサイザーを初めて見ました。正直呆れました。


6.なんでマルチモードがないのよ

 せっかく128音ポリなのに,マルチモードがなく,シングルモードだけなんだそうです。シングルモードはステージで演奏するのに適したモードなのに,ベンドもモジュレーションも出来ずペダルもない25鍵のJD-08がステージで満足に使えるはずはありませんし,むしろJD-08の音の良さをマルチモードで存分に使いたいと思う方が自然なはずで,なにやってんだと思いました。


7.エフェクターの制限が厳しいなあ

 シングルモードしかないJD-08ですが,内蔵シーケンサーが2トラック仕様であることからでしょうか,2パートのマルチティンバーになってます。ただ,パートAとパートBはエフェクタの扱いが違っていて,リバーブなど空間系のエフェクトはパートAしかかかりません。

 てことはなにかい,パートBはベース専用ってかい?


8.4パートはあるように見えるけど実はバグで本当は2パート

 パートAのMIDI CHは2,パートBは3なのですが,いろいろ実験しているとMIDI CHが4と5でも音が出ることが分かりました。それもパートAやパートBと同時にならすことが出来るので,もしかして4パートかもと喜んだのですが,音色の切り替えが出来ずデフォルトののこぎり波しか出ませんし,エフェクトも全くかかりません。あげく,パート切り替えスイッチを一度でも押すとCH 4と5は二度と音が出なくなります。

 DTM Stationというサイトでは4パートと紹介されているので信じたのですが,海外のサイトではこの4パートはバグだと言われていますし,公式には2パートとありますので,やはりバグのようです。


9.JD-800の音色データと互換性がないのは悲しい

 せっかくJD-800をここまで再現出来ているのに,音色データに互換性はありません。なにもシステムエクスクルーシブでオリジナルから流し込めるところまでを期待してはいませんが,せめてソフトシンセのJD-800と音色が共用出来るくらいの工夫は欲しかったです。


10.マニュアルが不親切過ぎる

 音の作り方,活用方法,設計思想などが書かれていないのは残念とは言え,復刻版である以上は仕方がないのかも知れません。しかし,ボタンの説明がないのはあまりに手を抜きすぎです。私は「MANUAL」というボタンの機能が分からず,散々試した後にJD-800の取説を熟読してようやくその機能と使い道を知解しました。

 JD-08は復刻機ですが,それ以前にそれ単体で動作する工業製品です。そこに備わったボタンの説明はひととおり行われてしかるべきでしょう。それがJD-800から引き継がれた物か,JD-08になって用意された物か,私にはわかりません。


11.電源を切っても覚えているパラメータがどれかわからん

 例えばマスターチューニングは電源を切っても設定は残ります。しかし選んだパッチナンバーやキートランスポーズは初期化されます。JD-800とは異なるメモリシステム(例えばパッチはJD-800はインターナルとコモン,JD-08はAからDまでの4バンク)ですし,メモリが消えるというのは致命傷なので,何が残るのか残らないのか,残せないのかは明記すべきだと思います。


12.付属品に電池4本と書かれているけど?

 些細なことですが,取説にもホームページにも,付属品として単三電池4本と書かれています。しかし私のJD-08には入っていませんでした。別にいいけどね。


13.ディスプレイへのリスペクトが足りない!

 JD-800の顔の特徴は,ツマミとボタンとスライダにありますが,同時にオレンジ色のバックライトのLCDと赤の2桁7セグも重要な役割を果たしています。スライダで音色エディットが出来るからといってLCDがいらないという話ではないことを物語っていますが,JD-08は4桁の7セグです。

 無理矢理アルファベットを表示するのでわかりにくいですし,情報量がそもそも少ないのでなにをやっているのかさっぱりです。8桁2行(最悪1行でもいい)の小型LCDか,せめて16セグメントLEDにしてくれないと実用性を損ないます。

 のみならず,オレンジ色のバックライトがJD-800らしさの1つであることを分かって欲しかったです。兄弟機のJX-08だって,オリジナルのJX-8Pは16セグメントのディスプレイを持っていたのですから,ここにこだわらないのはおかしいと思います。


14.キートランスポーズがどうにも中途半端

 キートランスポーズは私にとってはありがたい機能なのですが,JD-08は深い階層に入っているので簡単に変更出来ません。設定があるだけましかも知れませんが,オリジナルの様に独立したキーにして欲しかったと思います。

 さらに,このキートランスポーズの設定はK-25mだけに有効で,USBやMIDIで繋げたキーボードでは無効です。まあこれは,キーボード側でトランスポーズしろよという意思表示なんだろうと思えば納得も出来るのですが,もうちょっと使いやすくして欲しかったなと思います。


 というわけで,近年の私にしてはたくさんの不満が噴出しました。ファームウェアで改善出来ることは少なく,ハードウェアの,それも基本的な仕様やコンセプトに起因する問題点ばかりです。ここを妥協したら実用性が損なわれるとか,ここはこだわるべきだとか,そういう悩みもなかったくらい,あっさりとあきらめている部分も感じます。

 表示の問題はLCDでも良かったはずで,なぜ4桁の7セグというオリジナルにはない仕様をわざわざ実用性が損なわれるのに突っ込んできたのか,ピッチベンドとモジュレーションこそがシンセサイザーのアイデンティティなのになぜないのかとか,大事なところが抜けているように思えてなりません。

 JD-800の復刻として,かなりいい線までこだわっているのに,主に実用性に関する部分でのツメの甘さが散見されるのは,Roland Boutiqueというシリーズが「コレクションアイテム」だといっているように思えてなりません。小さいけどちゃんと使える事がこのシリーズの面白さですし,またそこが評価されているはずですから,フォームファクターを換える必要があるベンダーレバーは別にしても,せめてディスプレイには妥協して欲しくなかったです。

 とにもかくにも,JD-08です。発売5年でまだ在庫があるようですし,値下がりもしています。中古価格も安くなっているところを見るに,今ひとつ不人気のようです。無理もないと思いますが,音そのものは抜群ですし,操作も楽しく,時間が溶けていくのは前述の通りです。

 おそらく新品が安く買えるのは今しかないでしょう。気になっている人は迷わず買って下さい。でも,JD-800を再現するのに他の方法もあります。Jupiter-XmやFANTOMでも再現出来ますから,それでも良いかもしれません。

 

私の助手席自動車列伝

 私の父は典型的な団塊の世代で,昭和の価値観を持つ人でした。この歳になって冷静に思うのは,地主の次男坊に生まれ,病弱で甘やかされて育ち,家を継ぐことも考えず,したい放題が許されて育った故の,自分に甘いわがままな,実にみっともない人だったと思います。

 一方で母は雪国で育った地元の名士の娘で,気位の高さと賢さを備えた人ではありましたが,これもまた自分に甘い人だったので,最初から上手くいくはずがない組み合わせだったのかなと思います。

 父は当時の男としては多趣味な人で,どれもセミプロ級だったとは思います。私のようにインドアでもなかったので,野球にゴルフに釣りにと元気でしたし,模型作りもDIYも料理も上手で,高卒の割には博学だったりして,私は大人になると何でも上手になるんだと勘違いをして育ちました。

 そんな父の楽しみの1つが自動車です。なんとまあお金のかかる趣味だことと呆れるばかりですが,当時はモータリゼーションの勃興期であり,次々に新しい技術を搭載した自動車が登場し,4年に一度のモデルチェンジで乗り換えるのが普通だった時代です。

 父はモータースポーツには興味はなく,また二輪車にも関心はありません。スーパーカーや厳つい車よりも,自分の眼で見て気に入った自動車を選ぶ傾向があったようです。

 小学校にあがって友人と親が乗っている自動車について話をすると,どうも父の自動車の乗り換え頻度は多かったようで,ちょっと珍しい自動車が年に一度くらいの割合でやってくる我が家の状況を,私は密かに得意に思っていました。

 普通の中流家庭だった父がそんなに頻繁に買い換えが出来るというのも,経済的におかしな話だったのですが,父に話を聞いてみると,いわゆるリセールバリューの高い車を丁寧に乗り,価値が下がらないうちに売却し,僅かな追い金で新しい車を手に入れるという仕組みだったみたいです。

 とはいえ,まとまったお金が必要になったのは事実であり,どうやって家計を回していたのかと,今でも不思議でなりません。

 父の自動車遍歴はこの当時としてはなかなかマニアックで,話のネタとしては面白いわけですが,こうした事情もあり根本的なところで肯定的な気分にはなりません。

 ただ,小さい頃からメカ好きな私は,父の自動車の助手席に喜んで乗ったばかりか,週末の洗車やワックスがけ,ちょっとしたメンテナンスも手伝っていて,そんな自動車をまるでオーナーのように間近に触れる経験をしてきたのでした。

 今それらの自動車に乗ろうと思うと大変な手間がかかるわけで,なかなか貴重な経験をしたなと思います。当時の事を書いた本や写真を見ると,懐かしいという気持ちと共に,忘れないうちに書いておこうと思いました。

 ということで,私が(助手席に)乗ったことのある自動車列伝です。


・BMW2002ti

 私の記憶の中で最も古いもので,もはや色も覚えていないのですが,時期的にこれだろうと思うのがBMW2002tiです。小学校に上がる前の話ですので,間違っている可能性も多いです。

 覚えているのは,2ドアであったこと,ビニールのようなペラペラなシートであったこと,丸いテールランプであったこと,そしてホイールキャップがクロームメッキにBMWのエンブレムが入ったものであったこと,ドアハンドルがプッシュ式だったことです。

 どんな乗り味だったかは覚えていませんし,そもそも助手席があったはずの右側に乗っていた記憶も薄いのですが,父もかつて乗っていたと言っていますので,たぶんこのあたりのBMWでしょう。

 私が全く知らない話として,父はあの2000CSにも乗っていたそうです。トランスミッションの歯が欠けてロックし,ギアがフロアから突き出したという事故があり,怖くて手放したと言ってましたが,今ほどBMWが大きくなく,少し前には経営危機でベンツに買収されるかもといわれた時代であった当時に,なぜそこまでBMWが好きだったのかは不思議だなと思います。


・BMW320i(E21) 1982年ごろ

 これは良く覚えています。レモンイエローの2ドアで,乗り降りが面倒だと母は良くこぼしていました。

 子供心に格好いいなあと思った自動車で,もちろん左ハンドルでしたから,高速道路の支払いは私の役目でした。

 明らかに国産車とは違っていたのは,センターコンソールが運転席に向けて湾曲していたことで,ドライバーが主役の自動車であることを強烈に印象づけました。

 ドイツ車らしい重厚さや実直さも印象的でしたし,乗り心地も当時の国産車のようにふにゃふにゃではなく,特に高速道路でのしっかりした走りもあって,子どもの頃に乗った自動車の中では一番良い印象が残っています。

 180km/hを越えた速度計と速度警告音が鳴らないことは,この車が「外車」であることを物語っていて,このあたりも当時の自慢話の1つだったことを覚えています。今思えば高速道路でのエンジンの音はなかなか良かったなあ。

 ヒンジが前にある,逆アリゲータのボンネットも良く覚えていて,当時の国産車によく見られた丸いエアフィルター(ストロンバーグ式のキャブレター)がなく,スッキリとしたエンジンルームでした。

 加えて,父はこの時カーオーディオにも凝っていて,クラリオンのコンポを組み込んでいました。プリアンプとパワーアンプが分かれており,マルチアンプ構成でした。ただ,それで聴いていた音楽が演歌だったのは,ちょっと理解出来ません。

 正確な記憶ではないのですが,たしかパワーウィンドウを装備していたように思います。記憶にあるのは,その前に乗っていたBMWは手回しだったことと,ひょっとしたら三角窓もあったんじゃないかと思うのですが,それに比べてこの320iはなんと先進的だと感じた記憶があります。

 そうそう,ラジエータを繋ぐ15cm程のゴムパイプが破れたらしく,交換にえらい時間とお金がかかったと私に愚痴っていたことや,日曜日に家族で昼食に出かけた帰り,突然エンジンが止まって立ち往生して,母と弟はあきらめて歩いて帰ったのを私は父と一緒に修理に付き合い,私がヒューズを疑ってみたらと何気なく言ったことをきっかけに,本当にヒューズの交換で直ったことや,ボンネットのBMWのエンブレムを盗まれた話,キドニーグリルがどうしても豚鼻に見えたことなど,当時の記憶がたくさんあります。それだけお気に入りの自動車だったのだと思います。


・アクディ クーペ(B2) 1980年ごろ

 BMW320iよりも前だと思うのですが,一時期アウディに乗っていました。叔父が大学生の時に我が家に下宿していたのですが,その叔父と一緒に洗車を手伝った記憶があるので,時期的にも正しいと思います。

 父に,この車はなんという名前だと聞いた時,返ってきたのが「クーペ」でした。何せ初めて聞く単語ですからクーペという固有名詞と思っていたのですが,後に2ドアのボディの一般名詞だと知って,オヤジもたいしたことないなと思っていました。

 ですが先日,B2系のアウディ80の派生モデルとして,本当にクーペという名称で正規輸入されていたことを知り,父が正しかったことを知ったのでした。

 フロントの4つの輪が,オリンピックマークの偽物のように見えて,どうもパチモノくさい印象があったこのアウディですが,父もそれほど気に入ったわけでもなかったようで,短期間で我々の目の前から姿を消してしまいました。


・スカイライン2000ターボRS(DR30) 1983年ごろ

 BMWから,突然赤と黒のツートンカラーを纏った国産車に変わったことはなかなかショックな事件でした。

 ようやく排ガス規制の暗黒時代を乗り越えた国産車が,DOHCだのターボだのとパワー競走に走った時代のスカイラインです。

 父が言うには,もともと試乗車で破格の値段で売ってもらったと言ってました。毎週西部警察を見ていた父ですし,もともと日産車のファンでもあったので,久々のDOHC搭載のホットモデルに,いてもたってもいられなかったのでしょう。

 RSターボと言えば鉄仮面で知られる後期型が有名ですが,うちに来たのは前期型でした。個人的には6代目のフロントデザインは嫌いではないので,もし今RSターボを探すとしても,やっぱり前期型を選ぶと思います。

 赤と黒で塗り分けられたデザインも,ちょっと他に見ない精悍さを放っていましたし,それまでのスカイラインに比べて圧倒的にリアが格好良かったと思いました。テールランプは点灯すれば丸形ですが,四角くコンビネーションされていたのが斬新でした。

 運転席も80年代らしくボクシーで,メーターの初期位置が水平だったことも格好いいと思いましたし,エンジンもヘッドカバーが赤く塗装されていて,特別であることを主張していたように思います。(ヘッドカバーの形をしたキーホルダーがうちにいくつもありました。ノベルティだと思いますが,とっておけばよかったと思います。)

 走りは,ターボが効いてからの加速が強烈で,シートに沈み込むような感覚がありました。1980年代らしい,いわゆるドッカンターボというやつです。ただ,そんな急加速をする父もどうかと思いますし,ターボが効き始めるまでの時間の無力感が際立った当時のターボに,一体何を求めていたんだろうと思います。

 私には面白かったこのスカイラインでしたが,当時の国産車の常として,ふにゃふにゃの足回りに剛性感のないボディで,乗り心地は良くありませんでした。だから,後部座席に押し込まれた母と弟はすぐに酔ってしまい,乗り降りが面倒だったこともありとにかく不評だったようです。

 私の勝手な予想に反し,このスカイラインは短い期間で手放されることになります。理由を尋ねると,ブレーキが甘くて怖かった,加速性能に追いついていないから,といっていました。

 ボディやブレーキに目が向きにくかった,当時の国産車の傾向がよく分かる話です。


・グロリア2000ハードトップジャックニクラスバージョン(430) 1983年ごろ

 ドッカンターボと言われたスカイラインRSターボの後にやってきたのが,グロリアでした。430系ですのでエンジンはL20で,ターボとの組み合わせであの大きな車体を無理に引っ張っていた印象があります。

 ようやく4ドアになり,母も弟も喜んでいたのですが,なにより大きな車でしたのでゆったりできたことを覚えています。

 ジャックニクラスバージョンという,なんとも格好の悪い名前のモデルだったのですが,渋いツートンカラーにサンルーフ,オートエアコンとなかなかの贅沢装備で,これまでになく快適でした。

 個人的には,L20という6気筒エンジンを収めたエンジンルームが堂々としていて,ノーズの長い自動車に格好の良さを感じていました。トランクの鍵穴が隠れる仕組みも高級車だなと思わせましたし,走り出すとロックがかかるオートロックも先進的だと思いました。

 ただ,乗り心地は悪くて,とにかくふわふわと揺れました。スカイラインのMTからATになったのですが,走りも緩慢で面白味に欠いていて,キビキビとした楽しさがなかったことを覚えています。


・セドリック2000ブロアムVIP(Y30) 1985年ごろ

 430のグロリアが,ある時突然真っ白なセドリックに変わっていたから,驚きました。以前のグロリアよりもボクシーになり,ノーズも短くなって伸びやかさがなくなったデザインは私の好みではなかったのですが,父が自慢げに言うには,日本発のV型6気筒であることと,タイムラグをなくした新しいターボを装備していることでした。

 VG20ETと名付けられたこのV型6気筒エンジンは確かに画期的だったのですが,そのせいかノーズが短くなったのは高級車としてどうなんだと今にして思いますが,このエンジンがこの後しばらく日産を支える名エンジンになることを,当時の私は知るよしもありません。

 ジェットターボと名付けられた新しいターボは,タイムラグを小さくすることで,急激な加速よりも運転のしやすさを目指したもので,ターボと聞いてあの加速を楽しみにしていた私は,ノロノロとした加速にがっかりしたものです。

 調べてみるとY30のセドリックって1.5tもあったんですね。ジェットターボ搭載のVG20ETは180psだったそうで,おそらくそんなに非力な感じはなかったんじゃないかと思うのですが,スカイラインRSターボの印象が強く,お行儀の良いVG20ETにがっかりしたんだと思います。

 80年代の王道を行く高級車らしく,装備は充実していて,ステアリングの中央部が一緒に回転せず,スイッチだらけになっているのも初めて見ました。たぶんオートクルーズも搭載していたんじゃないかと思います。


・BMW325i(E30) 1986年ごろ

 セドリックの後にやってきたのが再びBMWの325iでした。今度は白でかつての320iよりはおとなしく,またキドニーグリルも角張ってしまったので,外観は好みに合いませんでした。

 しかし,乗ってみるとそれはもうBMWです。ドライバーに向いたセンターコンソールを見て,BMWのポリシーが変わっていないことにホッとしましたし,相変わらず180km/hを越えて刻まれた速度計にも,ヨーロッパの自動車の頼もしさを感じていました。

 2.5Lのエンジンにはさすがに余裕がありましたが,しっかりとした剛性感や乗り心地にはかつてのBMWの印象がそのまま合致し,いい車だなと思わせるものがありました。

 ただ,この頃になると家族でどこかに出かけることが少なくなり,私も助手席で乗り味を愉しむことは少なくなりました。


メルセデスベンツ300SE(W126) 1987年頃

 とうとう我が家にベンツが来ました。世の中はバブルで,これまでにないくらいベンツが日本に入ってきていて,程度の良い中古車が父のような庶民にも行き渡ったということでしょう。

 私にとってもベンツは初めて乗る車です。私も含めて怖い人が乗る最上級車か,小ベンツと揶揄された小さいベンツしか見た事がないわけで,この300SEというグレードのベンツがどんなものか,私には全く分かっていませんでした。

 家族での移動はほとんどなくなっていた時期でしたが,この時は母方の祖父が手術中に急死するという事件があり,急遽父が私と弟を連れて,このベンツで母の実家に急ぐことになり,期せずして高速道路での長距離ドライブを経験することになったのでした。

 その体験はまさに感動的でした。圧倒的な安定感,疲れることを知らない乗り心地,キビキビとした加速と減速,高速走行でも全く怖さを感じないのです。

 義理の父の急死ということで,父も焦っていたと思うのですが,ほぼ休憩無しで走り続けましたが全く疲れることなく,ここには書けないほどの速度を出しながらも,体感では100km/h未満かと思ったことなど,ベンツの神髄を見た気がしました。

 あれこれと文字を書いていないシンプルなインテリアもドイツ車らしくて素晴らしく,木目の高級感もやはりベンツらしい贅沢感がありましたが,いざ踏み込めばグイグイと加速し,あっという間に国産車が後ろにいます。しかし,フラフラすることもなく,どこまでもまっすぐ走っていく安心感が助手席でも味わえます。

 DOHCでもなくターボでもない,先進の装備もないし,特別流麗なデザインでもなく,目立つのは厳ついベンツマスクで,独特の威圧感がある車ですが,自動車としての本質は今もって最高水準にあるといってよいでしょう。

 ところでこの当時,父が気になる事を言っていました。この300SEには,500SEというエンブレムがついていましたが,これは嘘で本当は300SEだと。そういう話がまかり通ることにベンツの胡散臭さを感じたものですが,今調べると500SEだとエンジンはV8で,これはさすがに庶民が持つ物ではありません。

 私の記憶が正しければ,この車は右ハンドルでした。W126の右ハンドルは300SEにしか用意されなかったそうですので,やはり300SEが正しいのではないかと思います。

 私がこれまでに乗った車で最上のものが,このW126でした。今後もこれを上回る車に出会うことはないと思います。


 このあと私と父は疎遠になり,私も父を避けるようになりましたし,父も我々家族を相手にしなくなりました。私は免許を取り,自分自身が運転する車に夢中でしたから,その頃意向の父の車のことは,全く記憶にありません。

 ベンツのセダンはこの後ちらっと見た記憶があるのですが,残念ながら車種を覚えていません。また,見た事はないのですがSL500に乗っていたという話も本人から聞きました。


 また,ここにあげた車以外にも,ジャガー,マスタングに乗った記憶があります。ただ時期も車種もわかりませんし,印象もほとんど残っていないので,詳しく書くことをやめました。

 そうそう,BMW320iの前後に,318iに乗っていた時期もあったと思います。とはいえ,それほど320iとの違いも分からず,あまり記憶に残っていないばかりか,本当に318iだったのかも定かではありません。

 国産車についても,スカイラインとグロリア/セドリック以外に,ローレルやクラウンに乗っていたことも覚えていますが,これは代車だったみたいですし,父の好みでもなかったのではないと思います。

 私が生まれるずっと前には,110サニーや510ブルーバードSSSに乗っていた(ブルーバードは新車だったらしい)ので,随分といいご身分だったんだなと思います。

 父とはいろいろあって複雑な気持ちがあって,そのせいか自動車についても当時の名車に助手席とは言え乗る機会に恵まれたことを肯定したい気分と否定したい気分の2つがせめぎ合っています。同じように,自動車が好きな自分と嫌いな自分が私の中にいて,自動車を所有することの面倒臭さがその利便性を上回る現実と微妙に重なっています。純粋に自動車のことが好きになれないのは,そういうことなのでしょう。

 

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