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2016年08月09日の記事は以下のとおりです。

GPSDOで手に入れる高精度クロック[考察編]

  • 2016/08/09 16:19
  • カテゴリー:make:

20160816092537.JPG

 GPSDOを作りました。

 GPSDOとはGPS Disciplined Oscillatorの略でして,GPSによって統制された発振器,GPSを基準に常に調整される発振器のことを言います。

 GPSの衛星には原子時計が搭載されています。すべての衛星の原子時計は完全に同期していることが前提で,複数の衛星を受信機が地上でとらえた場合の,各々の衛星の時刻のズレから,地上での位置を特定するのがGPSの仕組みです。

 当然,時刻の精度が位置を特定する精度に直結するわけで,例えば時計が僅か100nsずれただけでも,測距誤差は30mにもなり,これでは役には立ちません。

 ですから,実用上数mの誤差でなければならず,そうなると時計の精度は10nsくらいのズレに押さえないと厳しいのです。

 衛星に搭載されている原子時計にもいろいろありますが,概ね10-12くらいの精度があるとされています。すべての衛星がこの精度で,完全に同期しているというのもすごい話だと改めて思うのですが,残念な事にこの時刻情報が衛星から電波で届く途中で電波が揺らいでしまい,10-8程度の精度に落ちてしまうと言われています。

 みなさんも,スマートフォンのGPSで,現在地を表示させたことがあると思いますが,その時,現在地の表示がふらふらと数メートルの範囲で動いているのを見たことがあるかも知れません。

 この,フラフラと動いてしまう揺らぎが,宇宙空間を飛んで来る間に生じた揺らぎだと思って間違いないです。電波は光の速度と同じ30万km/秒の速度ですから,10ns程度のゆらぎがあると,3mくらいフラフラ動いて見えると言うわけです。

 さて,私は先日,HP53131Aという周波数カウンタを手に入れました。非常に高性能で,さすが定番と思わせるカウンタゆえに,自作の8桁カウンタは愛着があったにもかかわらず引退を余儀なくされたのですが,レシプロカル方式の高速性と,桁数の多さから,リファレンスクロックの精度が問題になってきました。

 リファレンスクロックが例えば10-6のTCXOとすれば,7桁目から下は値が信用出来ませんし,フラフラと変動してしまいます。ゲートタイムが1秒とか10秒ならそうした変動も丸め込まれるので表面化しませんが,0.1秒くらいのゲートタイムで8桁が表示出来るカウンタだと,本当にフラフラ動くのがわかります。

 そこでOCXOのような,10-9くらいのリファレンスを用意することになるのですが,揺らぎはこれでそれなりに押さえられるとしても,そもそもの周波数が正確な物になっているは限りません。10MHzのリファレンスが欲しいのに,11MHzで安定されても全く意味がありません。

 なので,正確な周波数であり続けること,そしてその周波数から変動しないこと,が高精度な発振器には求められるというわけです。

 こうした高精度な発振器が必要なシーンは,例に挙げた測定器の基準として欲しくなることがありますね。

 他には正確な時計です。1ppmという聞けばとても高精度な発振器のように聞こえますが,これを使って時計を作っても11日で1秒もずれてしまいます。3年で1秒という今は普通の時計の精度を出そうとすると,実に0.01ppmという精度が必要になるのです。

 ちょっと変わったところで,オーディオの高音質化があります。デジタルオーディオは,一定の時間間隔で音を数値化て録音と再生をしていますから,その時間間隔がずれたり揺らいだりすれば,元の音を再現出来ません。これがオーディオで発振器の精度を高める動機になっているのですが,マニアには原子時計を導入している人もあると聞きます。すごいですね。

 波形が変化することは間違いないので,それが分かるほどの高精度なアンプやスピーカーがあり,聞き分ける耳があるなら,間違いなく高音質化に貢献する物です。このあたり,わかりにくい事でもあるのでオカルトっぽく聞こえると思いますが,ある程度は事実として認めてもいいんじゃないかと私は思います。

 さて,こうした精度の話を急にしても,なかなかピンと来ないものです。そこで,わかりやすい「不確かさの目安」を書いておきます。

10-5        0.003年(1日)で1秒 普通の水晶発振子,10ppm
10-6        0.03年(11日)で1秒 TCXO,1ppm
10-7        0.3年(3.6ヶ月)で1秒 OCXO,0.1ppm
10-8        3年で1秒 地球の自転周期
10-9        30年で1秒
10-10        300年で1秒 地球の公転周期
10-11        3000で1秒
10-12        3万年で1秒
10-13        30万年1秒 ルビジウム原子時計
10-14        300万年1秒 セシウム原子時計
10-15        3000万年1秒 一次周波数標準の原子時計

 3万年に1秒といわれてしまうと「なんかわからんがすごい」となってしまいますが,こうして冷静に数字を並べてみると,割に現実味が出てくると思いませんか。また,1ppmというと「百万分の一」で,これも慣れていないとイメージが沸かないものですが,前述のように10日ほどで1秒狂ってしまうほど,いい加減な物だとわかると思います。

 意外なところで,地球の自転周期が10-8,公転周期は10-10と,なかなか高精度なことに驚かれたかも知れません。私は驚きました。やはり地球は大きいし,宇宙は大きいのです。我々人間がいかにちっぽけな存在か,思い知りました。

 こんな感じで,高精度なクロックが欲しいなあと考え出すと,そこらへんのTCXOやOCXOなんかでは全然物足らず,目指すは原子時計ってな話になるのですが,初期投資も維持費も(普通は)個人でまかなえるものではありませんし,しかも寿命が避けられず,いずれダメになってしまいます。

 これらを個人で持つのはやはり非現実だとわかったところで,やっぱり正確な時刻を維持して,かつ揺らぎのない時計が欲しいことには変わりません。

 そうだ,GPSがあるじゃないか。

 GPSは冒頭に書いたように,すべての衛星に原子時計が搭載されており,すべての衛星が同じ時刻で同期しています。これを使えば手元に原子時計などなくとも,原子時計レベルの精度が手に入るじゃありませんか。

 ところが,これには問題が2つあります。

 1つは,GPSで得られる情報は基本的には時刻であり,得られる周波数は1秒に一度,つまり1Hzのパルスだということです。

 もう1つは前述の通り,宇宙空間を飛んでくるときに精度が落ちてしまい,10-8くらいになってしまうという問題です。せっかく10-12レベルなのに,4桁も落ちるなんて・・・

 しかし,この2つを解決すれば,どこでも原子時計が実現します。それがGPSDOなのです。

 GPSDOを実現するには,こんな風にします。

(1)1Hzを変換する

 基準クロックとして測定器やオーディオ機器に供給する周波数が,1Hzであることはほとんどありません。多くは10MHzや1MHzですから,1Hzを10MHzに逓倍することになります。逓倍と言えばPLLです。

(2)揺らぎを押さえる

 揺らいでいるとはいえ,ある周波数を中心に揺らいでいると言うことですので,長い時間の平均を取れば,ある周波数に収束します。別の考え方をすると,1秒に対して10nsの揺らぎがあると,パルスの出るタイミングが少し早かったり少し遅かったりするので,1Hzのパルスの数は1秒に1個かも0個かもしれませんが,100000000秒のパルスの数は100000000個です。長い時間をかけて数えるほど,どんどんタイミングのズレが薄まっていくのです。

 もうちょっと計算すると,1秒のパルスの精度が10-8だとしても,1000秒なら単純に10-11にまで精度があがります。

 しかし,これでもまだ問題はあります。

 PLLを使えば確かに1Hzを10MHzにすることが出来ますけど,基準周波数とVCOの発振周波数を比較するチャンスが1秒に1度になってしまうので,なかなか精度が出ません。それに,GPSで作った基準周波数は揺らいでいますので,この揺らぎに追従してしまうと,10MHzにも同じ程度の揺らぎが入ってきてしまいます。

 そこで,数Hzから数mHzの揺らぎをカットし,これには追従しないようにPLLのロープフィルタを作ります。でも,そうしてしまうと,揺らぎ成分がPLLでロックされなくなりますから,VCOの揺らぎがそのまま出てきてしまいます。

 なら,VCOに揺らぎが少ないものを選べばいいわけです。長い周期の揺らぎはVCOの性能でカバーするという作戦です。

 比較するチャンスが1秒に1度になってしまう問題は,GPSモジュールの性能に頼りましょう。少々ずるいのですが,市販のGPSモジュールには,外部へのタイムパルスの周波数をユーザーが設定出来る物がたくさんあります。

 どんな周波数でも出力出来るようなのですが,基本的に1秒に一度のタイムパルスしか飛んでこないGPSで,他の周波数を作って出すのですから,周波数によっては精度が悪い物もあります。

 先人達は,u-bloxのNEO-6MというGPSモジュールにおいて,10kHzの出力なら非常に高精度であることを突き止めてくれました。10kHzを基準にするのであれば,PLLで10MHzを作る事はそんなに難しいわけではありません。

 この話,既にお気づきの通り,トランジスタ技術2016年2月号に掲載されたGPSDOの製作記事そのままです。これをお書きになった加藤OMはデジタルからRFまで高い技術をお持ちの方で,GPSDOのシステム全体のまとめ方には,思わず唸ってしまう程の見事さがあります。

 私がオリジナル回路で勝負したり,はたまたオリジナル要素を組み込んだりしても,このシステムに並ぶことは無理でしょう。素直にトレースして,GPSDOの世界を探求してみることにします。

 製作編に続きます。

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