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さようなら,東芝未来科学館~その1

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先日,とても残念なニュースが目に入りました。

 東芝未来科学館が6月いっぱいで一般公開を取りやめるというものです。

 いち企業の展示施設が一般公開をやめるからと言って大騒ぎするようなものでもないのはずですが,ニュースになるくらいのインパクトがあるお話なのだと思います。

 東芝未来科学館は,10年ほど前からなにかとお騒がせな東芝が運営する施設で,川崎にあります。日本を代表する製造業の企業博物館ですので,その展示内容は自社の紹介でありながら,同時に日本の電気に関する産業の歴史を網羅します。

 前身であった東芝科学館(これは川崎駅からバスで10分ほどかかる東芝の事業所の中にありました)が1961年にオープン,2014年に現在の場所に移転して通算63年もの間,大きすぎて見えづらい東芝という会社と我々一般の人との間の接点を果たしてきました。

 大企業の展示施設でありながらその志は高く,その存在意義を「先端科学技術・事業の情報発信」「産業遺産の保存・歴史の伝承」「科学技術教育・啓発活動の推進」と定義し,本気で取り組んでいた様は東芝という会社の真面目さを象徴するものであったと思います。

 特に,産業遺産の保存と科学技術教育の啓発には熱心で,前者は日本初,あるいは世界初の製品を世に送り出した企業の足跡が即科学技術の歴史になるという希有な立場を負担に思うことなく,その責任を進んで果たしていたように思いますし,後者は特に子どもたちへの温かい視線が時代を超えても変わらず,多くの小学生の社会科見学を受け入れていたことからも頷けるものがあります。

 もちろん,時代と共に展示内容は変わりますし,子どもたちの興味も変わるわけですが,ちゃんと学芸員の資格をもつ方々によって「本気で」運営されていたガチの博物館という点は変わらず,自社の紹介を目的とした単なる広報施設を越えた社会的使命を長年にわたって務めてこられました。

 東京や川崎の周辺で子ども時代を過ごした人にとっては馴染みのある東芝未来科学館ですが,私のように大阪で生まれ育った人にとっては憧れの聖地でありました。

 大阪ですから,テレビも冷蔵庫も洗濯機も東芝よりは松下,シャープなわけですが,子供心に東芝という会社への「こちらを見てくれている」という安心感は強くあり,そのおかげか今でも東芝には特別な思いが残っています。

 というのも,東芝は昔から子どもに優しかったのです。サザエさんでその存在を知ったあとは,おもちゃを買えばついてくる電池は「キングパワー」です。

 キングパワーにはベルマークがついていて,遊んだ後は学校に持っていくと,それがいつしかボールに変わっていたりするわけです。

 やがて電子工作を始めれば「初歩のラジオ」で使う部品の多くは東芝製。古くは2SB56,2SC372,そして定番2SC1815です。C-MOSの4000シリーズも東芝のものが多く使われました。そして特殊なICになるリニアICも,なぜか東芝のものは頻繁に顔を出しました。

 本来,この手の電子部品というのは家電などの量産品を作るために用意されるものであり,大口の顧客相手にしか販売されないものです。1つ2つ欲しい人のために一般の販売店で小売りされるには価格が安すぎて商売になりません。

 だから電子部品のメーカーは(売ったもののサポートも含めて)小売りを嫌がるのですが,東芝は初歩のラジオに広告を出すほど,こうした小売りを大切にしてくれていました。

 いってみれば大口の客のおこぼれが工作少年の手元に届いていたわけで,それも東芝という会社の余力と気高いポリシーによるものだったんじゃないかと思います。

 とはいえ,電子部品ですのでその性能が悪かったり,品質のばらつきが大きかったり,はたまた高かったりしたら話にならないのですが,東芝の電子部品はアマチュアにはもったいないくらい高性能,品質も安定していてハズレなし,しかも安くて手に入りやすいということで,私にも「東芝なら安心だ」という気持ちがあったことを覚えています。

 子供の科学には家電品の仕組みを解説したページを長年持っていましたし,初歩のラジオには「東芝ラジオ教室」なる製作記事のページをスポンサードしていました。雑誌が広告の役割を強く持っていた時代ならではですが,自社の製品を売るためというよりは,もっと広い意味で子どもたちの目にとまることを期待していたように思います。

 そんなイメージの東芝が,まさに子どもをメインに考えて運営していた施設が東芝科学館でした。子供の科学を愛読していた小学生の私は,時折見る紹介記事を羨望の眼差しで眺めておりました

 しかし遠く大阪に暮らす私にはどう転んでも見学は無理な話です。いつか機会があったら行こうと心に決めたわけですが,就職して東京に来てみれば「結婚して子どもでも出来れば」と後回しになってしまいました。

 いざ子どもが出来ればそれどころではなく,やがてコロナがやってきて,そのうちにそのうちにと言っているうちに,一般公開終了のアナウンスです。

 あぁこうしてはいられない,ここで見学しないままいたら,死ぬときにきっと後悔すると思った私は,意を決して会社を休み,平日の見学を決行するに至ったのでした。

 そもそも,土曜日はすでに予約でいっぱいで見学できません。ですが仮に土曜日に予約が取れたとしても,平日は人数が少なく,じっくり見ることが出来る事も大きいので,会社を休むことに罪悪感はかけらもありません。

 ということで先日,念願の東芝未来科学館に足を運んだのです。

 もちろん,産業史が大好きな私は図録である「東芝1号機ものがたり」を事前に入手してあり,予習に抜かりはありません。しかし,そこにあった実物には,実物だけが持つ圧倒的なリアリティで強く訴えかけるものがありました。

 また,「東芝1号機ものがたり」にあったそれぞれの解説は,実物の前では非常に控えめであるとわかります。そう,実物を見て,アテンダントの方の説明を聞きながら当時の状況を想像すると,解説に書かれたことはかなり遠慮がちであり,実はもっと大きな意義がある事に気が付きます。

 東芝は,我々に,普段から,もっともっとアピールすべきだったと思います。

 そんなわけで,早速見学開始です。受付でQRコードをかざすだけで手続き完了。あとは好きなように見ていくだけなのですが,私は本命のヒストリゾーンから見学です。

 と,ちょうど私が入った時に,からくり人形の実演が行われる事になりました。人が集まってくるので静かに見学したかった私には複雑な気分があったのですが,言われてみれば滅多に見られるものではないですし,楽しみながら見させて頂きました。

 茶運び人形はテレビでも動く様を見ていましたし,原理も分かっているので復習のようなものでしたが,驚いたのは鳥かごに入った小鳥が鳴くからくり人形「からくりほととぎす」でした。

 ふいごを使って鳴くようになっていたのですが,実際の音(声)を聞いたのは初めてだったので,これは素晴らしい体験でした。

 いわゆる白物家電のうち,洗濯機と掃除機,扇風機は動かして頂いたのでこれも感激しましたし,電気蓄音機もその音を実際に聴かせて頂いたので,オーディオ好きとしては思いがけず感動。動く状態を維持することはとても難しいので,とても丁寧に愛着を持って収蔵品を管理されていることにもう一度感動です。

 こうしてみると,東芝という会社は,芝浦製作所の流れを汲む重電と家電品の流れと,東京電気の流れを汲む電球と電子部品の流れに加えて,合併後に生まれたコンピュータや放送機器といった別の流れがある事に気が付きます。

 特にコンピュータについては,大型コンピュータから早期に撤退したことで,後にドル箱となるシステム開発力を得ることが出来なかったと指摘する意見もあるようですが,富士通やNECなどのやり方が必ずしも正しいとは思っていない私は,東芝がとりわけコンピュータを苦手にしていたとは考えていません。

 もう1つ感じた事は,ヒストリゾーンが小さいなという事です。自社の製品の歴史を語る展示なのであまり大きくするのも憚られたのかも知れませんが,東芝ほどの歴史があり,東芝ほど世界初,日本初が多く,IEEE等からも表彰を多数受けるという実績があって,実際に多くの製品が我々の日常生活を豊かにしながら科学技術に大きな貢献をしている会社は決して多くなく,公平な目で見てもっとたくさんの実績を展示しないとかえって東芝という会社が正しく表現出来ないのではないかと思いました。

 具体的には,まず鉄道車両です。日本で最初の国産電気機関車については触れていますが,戦前の直流電気機関車EF52やEF53,戦後の新性能電気機関車の嚆矢であるED60,交流電気機関車であるED71,そして当時狭軌最大と呼ばれたEF66と,その開発に東芝の貢献は非常に大きいものがあります。

 のみならず,VVVFインバータでは日立と並んで先駆的な役割を果たし,現在も多くの車両に搭載されていますし,現役のEH200やEH800は東芝製です。鉄道車両では日立が最近なにかと表に出てきますが,いやいや東芝もすごいんですよ。

 それからトランジスタ。東芝は真空管に強くてトランジスタに乗り遅れたと言われていますが,それも最初の頃の話で2SB56では日本の標準品種になりましたし,2SC1815はラジオやテレビからモータードライブ,LEDのスイッチまで,まさになんでもこなす汎用品として安価に出回ったくせに,そこら辺のオーディオ用トランジスタよりもローノイズで音も良く,もはや究極の万能文化トランジスタと言っていいかもしれません。

 ICは自社のテレビやオーディオのために,非常に高性能なものが多数開発されていました。価格も安くなぜか入手も容易だったことで,自作のラジオが製品並みの性能を手に入れる,まさに魔法の部品でした。

 LCDも実はすごいものを持っていました。超高精細なTFTのカラーLCDを作る技術に長けていましたが,最終的に売却し東芝としてはLCDから撤退したのであまり紹介されていません。でも当時どれほど先頭を走っていたか・・・

 まだあります。そう,医療機器です。国産第一号のX管を開発したことはよく知られていますが,レントゲン装置でもトップメーカーでした。

 そしてイギリスEMIとの関係から国産のCTスキャナとMRIの開発に成功し,GEやシーメンス,フィリップスといった競合と熾烈な競争を繰り広げていました。世界のトップ集団にいたことは間違いなく,まさに抜きつ抜かれつだった伝統あるこのカテゴリを,あろうことか東芝は売却してしまいました。

 電池もおなじみでした。乾電池のブランドであるキングパワーは,松下のハイトップと並んでよく知られていましたが,子どもの工作に関係する雑誌にはなからずと言っていいほど広告が出ていて,子どもたちにはすっかりおなじみでした。

 プラス側の電極に紙の帯がかかっていて,使う前にはこれを破って端子を露出させます。不要なショートを防ぐと共に新品の証明になっていたわけですね。ついでにいうとここにベルマークがありました。

 ボタン電池,コイン電池,Ni-CdやNi-HMの二次電池は言うに及ばず,現在も産業用にSCiBという独自のリチウムイオン電池を作っていて,ハイブリッド車やN700A新幹線にも採用されています。これ,結構すごい電池なんですよ。

 電池に関して私が特に言いたいのは,ベルマークです。自分が小学生の時と,自分の子どもが小学生になったときしか意識しないベルマークは,その仕分け作業が過酷で無駄なPTAの仕事の代名詞としてやり玉に挙がることが多いのですが,その志は高く,実際にベルマークで学校の備品や施設が拡充されてきたことは事実です。

 そんなベルマークも近年協賛する企業にゆとりがなくなってきたからか,離脱する会社が後を絶ちません。もし関心があれば調べてみて下さい。昔当たり前のようにあったベルマークが,今や目にすることがなくなってきていることに驚くでしょう。

 TDKも富士フイルムも今やベルマークから離れています。そんな中,東芝は電池でベルマークを続けてくれています。Ni-MH電池の4本パックなどは高額なのでベルマークも10点を超える高得点なのですが,この電池に支払った金額の一部が学校に行くのかと思うと,決して楽ではないはずの東芝が未だにベルマークを続けている事に感心するほかありません。

 異色なところでは,音楽です。日本のビートルズのファンで,東芝EMIを知らない人はいないはずです。そしてつい最近まで,東芝は音楽レーベルを持っていて,クラシックからヘビメタ,歌謡曲から落語のテープまで,まさに幅広く音楽を作っていたのです。

 ソニーが後に音楽や映画で多くの利益を上げていることを考えると,東芝もそうできたはずです。残念でなりません。

 こうしたことをなぜもっと発信しないのか,それも東芝未来科学館という施設を持っていながら,なぜアピールしないのか,控えめにも程があると思うのです。


 さて,東芝未来科学館の見学記をこうして書いていたら,1回や2回で書いてしまうともったいないくらい面白い体験であったことがわかってきました,今回はこのくらいにして,展示品に関するお話は次回以降に続けていこうと思います。

 洗濯機や冷蔵庫などの家電品は身近ですしわかりやすいので,東芝未来科学館の紹介記事では必ず目にするでしょうし,アテンダントの方々の説明にも気合いが入ります。

 しかし,それ以外の展示品にも見るべきものがあります。だからこそ厳選されて展示されているのですが,記事にすらならないそれらは,知識や興味がないとその意味が見えてきません。

 次回以降では,私の心を震わせたマニアックな展示品を語ろうと思います。他では写真入りで取りあげることも少ないでしょう。

 一般公開がなくなれば,いよいよそうしたものを目にすることがなくなり,自ずと話題にも上らなくなります。社会的に消えてしまうのと同義ですが,私はそれが残念でならないので,せめてここで書いておこうと思っています。

 続きます。

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