今年最初の艦長日誌は,私らしく散財のお話です。
今年はヨドバシの福袋も外れてしまい,買い物しようと街まで出かけることもなく家にこもっていたのですが,世の中少しずつ計器とやらが上向きになっているらしく,初売り,お年玉,というキーワードを何度も目にしました。
正月明けのある朝,いつもなら開かずに捨ててしまうとある通販ショップからのダイレクトメールを,その時は偶然開いて見ていたら,3Dプリンタが税込み,送料無料で24800円で出ていました。
3Dプリンタ・・・言葉がやや一人歩きをしたかなと思われるmakersブームの片棒を担いだ,そう,アレです。
原材料を供給してデータを送り込めば,実体を作る事が出来るという,まさにSFに出てきそうな夢のマシンなわけですが,「これで工場はいらなくなる」だとか「ものをやりとりするのではなくデータのやりとりをする時代が来た」という話に始まり,あげく「大量生産大量消費の資本主義はこれで終焉を迎えた」などと仰々しいことを言い出す人もいたりして,なにやらすごいものらしいと言う印象だけを心の隅っこに残して,人々の記憶から消えていったアレです。
消えたというのは全くのウソで,業務用とでは必須のマシンとなっていますし,個人用途についても低価格化が加速,昨年には3万円で買えるようになりました。
3万円を割ってくると個人でも無理なく買うことが出来るようになってくるわけで,あとはその価値を高め,知らしめることが必要になってきます。今はまさにその大事な時期です。
かつて,コンピュータの周辺機器としてのプリンタは,本体,ディスプレイ,ディスクドライブに次ぐ,末席の周辺機器でした。大きく重く,うるさく高価な割には,紙に印刷する時にしか使わないので出番も少ないという特殊な周辺機器だったわけですが,プリンタメーカーの高画質化と低価格化という技術的な進歩に加え,初期は日本語が綺麗に印刷出来る力の獲得によって「日本語ワードプロセッサ」の出力機器として,後に高解像度なフルカラー印刷能力を手に入れて「写真の印刷」という,いずれもそれまでは専門の業者に頼むしかなかった仕事を,ご家庭で出来るようにするという「用途」の提案の結果,コンスーマ製品として家電量販店で大量に販売されるようになりました。
要するに,安いだけではあきません,性能がいいだけでもあきません,それで出来る事にそこらへんのおっさんが「ええな」と思わないと,個人への普及は望めないということです。
3Dプリンタについては,この「ええな」がなかなか見えてこないのです。
オーケー,好きな形がプラスチックで作れることはわかったよ,じゃ,そのデータはどうすんのさ?
ちょっと考えれば分かりそうな,この大きく高い壁を見上げて,私も何度も先に進めず,引き返していました。私が初めて3Dプリンタを見たのは,2009年に東工大で行われたMakeTokyoMeeting04でしたから,10年近くも引き返し続けていたのです。
いや,自分でデータを作れなくてもいいんです,有償無償を問わず,データが手に入ればそれでいいのです。しかし,そうしたデータはあまり増える事なく,3Dプリンタを手に入れても,ホコリをかぶってしまう事は,明白でした。
データを自分で作れるようになったらいいじゃないかという事もあるでしょうが,思うにメカ設計というのはセンスと慣れがものを言う世界だと思っていまして,私のように絵心もなく,空間の把握が苦手で,学生の頃には随分このあたりの科目で煮え湯を飲まされた記憶しかない人間には,とてもとても厳しいものだと思っていたのです。
この歳で,今さら苦手意識の強い全く新しい分野に踏み込むほど,今の私は暇ではありません。お金を出せば手に入るこの時代,苦労してデータを作る勉強を一から始めるには,相応の勇気が必要です。
しかし,翌日には,その24800円の3Dプリンタの巨大な箱が,私の家に運び込まれていました。
やってしまいました。
新年早々,ややこしいマシンを買ってしまいました。
購入したのは,XYZ Printingのda Vinch miniMakerという最廉価のモデルで,普段でも3万円弱で買うことが出来るものです。カラフルな筐体に親しみやすさを感じつつ,そこはメカメカした3Dプリンタの姿そのものです。
私は3Dプリンタのこともなにも知りませんし,分かりません。使った事もありません。データの作り方も分かりませんし,手に入れる方法もよく分かりません。とにかく買ってみた,と言う状態ですから,Windows95ブームの時にとりあえずパソコンを買ったおっさんと何も変わりません。
それはともかく,定評あるXYZ Printingの3Dプリンタが手に入ったのです。全く何も分からない状態で高額なオモチャを手に入れた子供のように,久々にワクワクが止まりません。
初日はセットアップと,どこかでダウンロードしたデータを試しに打ち出してみました。説明書を見てもよく分かりませんし,言葉も今ひとつピンと来ません。それでもえっちらおっちら3時間ほどかけて,セットアップとキリンのオモチャを打ち出してみました。
6歳の娘は大喜びです。私も大喜びです。
その夜,何か実用的なものを打ち出してみたいなといろいろ考えていたのですが,WEBを見ていると,SR43というボタン電池を,MR-9という製造されていない水銀電池を使うカメラに使う事の出来るような,アダプタを3Dプリンタで作っている例を見つけました。
うちには,オリンパスPEN EEDというカメラがあり,これがMR-9です。よし,このアダプタを打ち出して見る事にしましょう。
データはSTLというファイル形式でダウンロード出来ました。STLとは3Dデータのファイル形式としては最も広く目にするものらしく,多くのCADがこれを吐き出すことが出来,多くの3Dプリンタがこれを受け付けるんだそうです。
daVinch miniMakerも当然対応しているので,さっさと印刷してみます。
いろいろ試行錯誤があったのですが,数個の打ち出しが済みました。バリもあるし,あなが繋がっている部分もあるのですが,PLAという素材で作られたアダプタは意外に強度もあり,いい感じで使えそうです。
これを見て思いました。H-Bという水銀電池のアダプタはどっかに落ちてないものかと。
私にとって思い入れの強いAsahi PENTAXのSPにはこのH-Bが使われるのですが,H-Bが製造中止になるときにペンタックスが安価で販売していたアダプタを手に入れそびれてしまった私は,ポリパテで自作したアダプタでお茶を濁していました。
しかし,経年変化で割れてしまい,今は使えずじまいです。
3Dプリンタを手に入れた今こそ,データの頒布による実体の配布という近未来を実体験するチャンスです。
・・・で,データを探してみたのですが,案外見つからないものです。
結局データを手に入れる事が出来ません。
ないものはつくる。
改めてMR-9アダプタを見ていると,非常に単純な図形の組み合わせで構成されていることがわかります。これなら自分で作れるんじゃないのかと,ちょっと思ったのです。
とはいえ,私はCADから学ばねばなりません。CADはおろか,基本的なメカ設計の仕方がわかりません。
3Dプリンタの全容を掴もうと参考程度に購入した,ブルーバックスの3Dプリンタの本を見ていると,数ページだけデータの作り方が書かれているのに気が付きました。Fusion360という高機能なCADを使い,円柱や直方体を組み合わせて図形を作って行きます。
たった3つの図形を組み合わせるだけで,こんなに複雑な構造を作る事が出来るのか,と何の知識もない私は単純に感動したわけですが,これを見ていると,H-Bアダプタなんてのも非常に簡単にデータが作れるんじゃないかと思えてきます。
早速Fusion360をインストール,クライドベースのCADに少々面食らいましたが,積み木なんかと同じように組み合わせを考えていじっていると,なかなか面白いじゃありませんか。
習うより慣れろ。かの宮永好道先生もおっしゃっていた名言を思い出し,H-Bアダプタを見る事にします。
まず仕様です。ドーナツのような方をしたアダプタで,外側はH-Bの外形と同じ,内側はSR41やLR41をはめ込むことが出来る穴を開けておきます。
電圧の調整はSP専用と割り切れば全く必要がありません。外形寸法の辻褄さえ合わせれば大丈夫です。
手描きで図面を書き,これを元にFusion360でデータを作って行きます。1号機は簡単で,H-Bの縁とLR41の縁を直線で繋いだだけの台形のアダプタです。この形状のアダプタは実際に市販されていますので問題はありません。
円柱を置き,中心部を小さい円柱でくりぬきます。そして面取りをして完成,全く初めての私でも,30分ほどで作業終了です。
これはこれでいいとして,もう少し手の込んだものをつくってみたくなりました。直径の違う円柱を2つ積み上げて,防止のような形を作ります。中央部にLR41がはまり込む穴をあけてから,角を丸めます。そうすると,さらにH-Bに近い外形になってきました。
これを作るのにまた30分ほど。とりあえず両方打ち出してみます。小さいものですから,どちらも短時間で問題なく印刷出来ました。
ちょっと窮屈ではありますが,LR41もSR41もはめ込むことが出来ましたし,ちょっとバリを削り取ってやれば,SPにきちんと収まります。露出計も完璧に動きます。

すばらしい。まさに新しい世界の夜明けです。
この間,わずか2時間ばかり。数時間前にはデータを作る事など全く想像してなかった私が,もっといえば数日前には自分でプラスチック部品を作るなど考えつかなかった私が,今こうしてH-Bアダプタを手に入れています。
自分で図面を描き,それがそのまま出てくる世界。
頭の中にある形が,誰にでも見えるものとして出てくる世界。
この感激には,既視感があります。
それまでプロに頼むしかなかったものが自分で出来るようになった時の感動です。思い出せば,それまで印刷屋さんにお願いしないといけなかった明朝体の印刷が出来るようになったとき,それまで限られた人か作る事の出来なかったCDを自分でCD-Rに焼いてみたとき,それまで写真屋さんにお願いしないといけなかった写真のプリントが美しく印刷出来るようになったとき,雑誌の記事として目にしたプリント基板が,光基板でそのまま自分で作れた時,こうした感動があったことを思いだしました。
そして,その感動を。久しく味わっていませんでした。というより,もうこういう感動をすることは,ないと思っていたのです。
全く新しい事を始めた時の,それが知識だけではなく経験として地と肉となり,全く新しい世界が見えてくると言う経験は,いつ味わってもいいものです。
こんな簡単なものではありますが,データを公開します。ご自由にお使い下さい。ただし,自己責任でお願いします。
20180109151935.zip
さて,これに気をよくした私は,翌日別のテーマに取り組みました。
ニコンの名機,F100のリチウム電池ホルダーの作成です。
F100は単三4本で動作するのですが,単三4本は重いですし,寿命も短く,温度変化に弱いです。そこで内部抵抗の低いリチウム電池CR2を2つ使う電池ホルダーが純正で用意されていました。
しかし私がF100を手に入れた時にはすでにディスコン。入手出来ない私は,当時入手可能だった単三4本のホルダーを改造して使っていたのです。
しかし,あまりに不細工で,危険な香りがします。ホルダー全部を3Dプリンタで作るのは無理でしょうが,CR2をうまくはめ込むアダプタのようなものは,作れそうです。
必要な部品は,CR2を単三電池と同じ長さにするダミー電池です。これを2つ。もう1つは単三電池と同じ長さのダミー電池です。これは本来2本必要なのですが,大きいものの打ち出しは時間もかかり失敗しやすいので,F100本体の接点があたるものだけに用意することとし,もう1本分はリード線を直接ハンダ付けします。
ダミー電池はプラスとマイナスが導通する必要があるので,銅箔テープを両端に回して張り付けます。この時,銅箔テープと絶縁用のカプトンテープの厚みを考える必要があるので,この部分は平面で削り取っておきます。
ささっと図面を描き,印刷をします。今回は高さもあるし,内部を充填したので時間がかかります。途中で倒れてしまい失敗した物が1本でましたが,後は無事出力が終わりました。

写真は出力中の様子です。これ,見ているだけで飽きないんですよ。そして次の写真が出力終了後のものです。単三電池ですが,見事に平面で切られています。これ,削って作るのはちょっと大変ですよ。

バリを取ったりテープを貼って加工して,ホルダー側も少し削りましたが,すべてきちんと収まりました。
そしてF100に装着して動作の確認を済ませました。めでたしめでたし。
数日前まで,その辺にあるものを加工したり工夫したりして使うことしか手がなかった私ですが,これからは必要なものを作り出すことが手段として加わりました。
もちろん,素材や成型方法に起因する,熱や強度への耐性や精度の問題は無視できませんが,使えそうなものを探し,それを切って貼ってすることしか出来なかったこれまでとは,もう根本的に違います。
そのために図面の用意が求められますが,幸い高機能なCADが実質無料で利用出来る世の中になり,後は自分の腕を磨くだけという恵まれた状況でこの世界に足を踏み入れたことはとても幸福なことだと思います。
データの作成にはもちろん困難がありますし,印刷には印刷の難しさがあります。なかなかうまくいかず,今回のような簡単なものでも,試行錯誤が必要でした。しかし,それまで世の中に存在しなかったものが目の前に現れるというのは感動があり,その存在によって得られる成果も一段高いものがあります。
とはいえ,3Dプリンタは大きな設置場所も必要ですし,安定動作の難しさ,メンテナンスの面倒臭さもあって,値段云々よりも,個人での利用がまだまだ難しいです。まずは3Dプリンタがコンビニ設置されるようにならないと,身近な存在にはならないでしょう。
私も,これだけにどっぷりはまり込むつもりはありませんが,欲しい部品を手に入れる銃弾の1つとして,自分に必要なレベルでの鍛錬はしておきたいと思います。
初めて目にして8年半。いたく感動した3Dプリンタを,とうとう手に入れました。そして3Dプリンタで自分で描いた図面の部品を打ち出し,実際にそれが役に立つことを経験出来ました。
一年のスタートに,私も新しいスタートです。