空間系のエフェクトをPRO-800やMatrix-1000にかけようと,Pocket Masterを買ってみたものの,ギターでは思いのほか楽しかった反面,本来の目的が今ひとつ達成されなかったことをうけ,新しいエフェクタを用意しなくてはならなくなりました。
Pocket Masterが悪いのか,それとも記憶に残るヤマハのリバーブが良いのか。
回り道をするのも面倒ですので,私が昔々に使っていたR100を手に入れる事にします。某オークションで探してみると,終了まで2時間で安い物が出ています。
傷だらけで程度は悪そうですが,雑に使われた感じでもないですし,壊れていてもR100なら修理出来ます。安いのが正義でしょう。
他の方と少し競争がありましたが,送料込みで3500円ほどで決着。思ったより高いなと思いましたが,ACアダプタ付きですし,仕方がないでしょう。
調べてみると,ヤマハの80年代のリバーブは,ギターの世界で特に人気があるらしく,とあるヒット曲で耳にする,とあるスタープレイヤーが奏でる独特の音が,この時代のヤマハのリバーブでしか再現出来ないのだそうです。でもそんな音いるか?
本物はSPX90で作られるこの音,R100でも出来ると知れてから人気も価格も上昇とのことで,それでも数が出ているから貴重品にならずにすんでいるみたいです。
そういう事情があるとは知らず,気に入った音が出るから欲しかったR100は,久々に私の目の前に姿を現したのでした。
手にしたR100は汚れて傷だらけで触るのも気持ち悪いレベルですが,丁寧にレストアしていきましょう。
まず分解。出来るだけ分解したらツマミや筐体を全部ハンドソープで洗います。落ちない汚れはアルコールでさっと拭き取ります。
ケースの両サイドが,なにやら尖った物でひっかいたような悲惨な状態でしたので,黒のつや消しスプレーで補修します。
そして基板です。基板は一見すると非常に程度が良く,分解前の通電テストでも正常だったので,それほど手間はかからないと思います。
まず電解コンデンサの交換。しかし4級塩の電解コンデンサが使われる前なので,液漏れもなく,容量ヌケもなくて,非常に良い状態です。いちぶバイポーラの電解コンデンサが使われているので要注意です。
加えて2箇所,電源部にタンタルコンデンサが使われています。当時は高級な部品だったタンタルコンデンサですが,今はもう時限爆弾みたいなもので,見つけたら即交換しないと恐ろしいことになります。これは同じ容量のセラミックに交換です。
次にバッテリーです。メモリーバックアップ用のCR2032を交換するのですが,せっかくなのでソケットにします。外した電池の電圧はまだ3Vをキープしており,35年たってもメモリーを維持するこのマクセルの電池には感動しました。マクセルすげー。
ソケットの足はそのままでは基板に取り付けできないので1mmの穴を新たに基板にあけて,ソケットをハンダ付けします。
そして最後にOP-AMPです。OP-AMPは音質やノイズに直接関係のある部分に使われているのですが,三菱のM5238と新日本無線のNJM4558です。
M5238はFET入力のTL082の改良品らしく,音にも定評があるようですが,いかんせん設計も古いですし,ここは同じFET入力のOPA2134にしましょう。
NJM4558もオーディオ用にはノイズや帯域で今一歩なところがあるので,その改良品種であるNJM4580にします。NJM4580は本当にいい音がします。幸いにしてどちらも面実装品が手元にあるので,なにも考えずに交換します。
ここまでで筐体に取り付け,通電テストをします。同時に電源電圧を測定して問題がないことを確認出来たら詳しいテストと調整です。
まず,BYPASSとPARAMボタンを押しながら電源を入れます。これでテストモードに入りますので,MEMORYキーのあとUPやDOWNキーでファンクションを選び,RECALLで決定します。
まずはファンクション1のLEDです。すべてのLEDの点灯を確認したら,ファンクション2のキーに進みます。
左から順番にキーを押すとLEDの数が増えていきます。最後にフットスイッチまで確認出来たらd2と表示されるので,次に進みます。
ファンクション3はADコンバータのオフセットです。0.1秒おきに位相を入れ換えるように動作しますが,もしオフセットがあるとクリック音が出るので,出力にアンプを繋いでVR104を調整し,クリック音が最小になるようにします。
ファンクション4はメモリーの初期化です。電池を入れておけば内蔵メモリが元通りに復活します。
ここから先はオーディオのテストと調整ですが,入力に1kHz,-20dBmの信号を入れ,出力に-10dBmが出てくるようにVR102を調整します。
最後にノイズをチェックして,-85dBm以下にいなければ,VR104を少しだけ動かして範囲に入れます。あまり大きく動かすとオフセットが出てしまいますので,出来るだけ触らない方が無難です。
と,まあここまでスムーズに行くと思ったのですが,いろいろ大変でした。
まずノイズ。実は音を聴かずに測定器だけで調整を進めたからでもあったのですが,最後のノイズのチェックで,まさかの-60dBmというとんでもなく悪い値が出てきました。これはおかしいと音を聴いてみたところ,ビーというかギャーというか,マイコンがいかにも出しそうなノイズがはっきり聞こえます。
さらによく聴いてみると,LEDの表示によって音が変わります。点滅すればその周期に合わせてノイズが出たり引っ込んだりするので,これはLEDの表示まわりの回路から電源に回り込んだノイズが原因でしょう。
交換した部品はコンデンサとOP-AMPですので,順番に元に戻すというのも考えたのですが,それもまた面倒なので回路図を見ながら可能性のある部分に対策を打っていきます。
この件の原因は,タンタルコンデンサをセラミックに交換したことにありました。タンタルコンデンサを同じ容量のセラミックに交換することは割と普通に行われているのですが,そうはいっても主波数特性は異なりますし,セラミックは電圧がかかると容量が減るという特性もあります。今回の条件では電源を綺麗に出来なかったんでしょう。
対策はセラミックコンデンサに並列に大きめの容量のアルミ電解コンデンサを取り付けました。これで嘘のようにノイズが聞こえなくなり,最終的なスペックも-90dBmとなりました。
次に調整の問題。dBmという単位は電力の単位で,dBm=1mWを示し,電力ですから負荷抵抗には無関係に使える単位ではあります。実際R100の出力レベルは負荷抵抗10kΩで測定するように指示があります。
ただ,同じ1mWでも負荷抵抗が変わると電圧レベルは変わってしまいます。私が使うオーディオアナライザではdBmで出力を設定したり測定値を表示したり出来るので心配ないわ,と思っていたのですが,そのままではどうも上手く調整出来ていないことに気が付きました。
簡単に言えば-20dBm入れて-10dBm出るようにするというのが調整のゴールです。ただ,電圧ではなく電力であり,電圧で調整をするのではないということを頭に入れておく必要もあります。
メーカーの言うように,本当に負荷10kΩで-10dBmにするなら,1Vrmsというかなり大きな電圧に合わせることになってしまいます。一報の入力である-20dBmも,標準的な負荷である600Ωで扱いますから,実際にR100に入る電圧は一体どのくらいなのかは,測定しないとわかりません。
私の場合,無負荷での-20dBmの電圧は0.156Vrmsでした。この電圧をそのままdBmで書くと-14dBmになってしまうので,600Ωの負荷をちゃんとくっつけて,その時の電圧で見る必要があるということです。おそらくもう6dBm下がって-20dBmになるんでしょう。
どっちにしても,今回調整したいのは電圧ゲインであって,無理に電力で扱う必要はありません。
ただ,最初はオーディオアナライザを無条件に信じてdBm表示で調整を試みました。試行錯誤をしたのですがどうも元の半固定の位置から大きくズレてしまうので,自分自身の解釈を疑っては何度もやり直すことになりましたが,冷静に考えればとても簡単な話です。
-20dBmから-10dBmということは,電力比で10dBですから,10倍のゲインです。電力が10倍になるのは,電圧と電流がSQR(10)ですから,電圧が3.16倍になればいいわけです。
私のオーディオアナライザの-20dBm出力の電圧は前述の通り0.156Vrmsでしたから,その3.16倍の0.493Vrmsに合わせるとOKです。これだともとの半固定の位置から大きく外れず,実際に使ってみても違和感はありません。
ただ,この場合でも入力ボリュームの位置によっては,ノイズがバリバリ出ることがあります。これはかなり面倒なのですが,どうもオフセット調整とも関連がありそうで,何度かやり直して,ようやく普段使うところでノイズが小さくなるように調整出来ました。
ということで,電気的にはこれでいいんですが,もう1つ大きな失敗をしました。LEDの窓のスモークです。
パネルを何度か付けたり外したりしているうちに,LEDのスモークの裏側を触ったらしく,指紋がついてしまいました。気持ち悪いので拭き取ろうとしたのですが,ここでアルコールを使ったのが失敗。なんとこのスモークは,アルコールで剥がれてしまう塗装でした。
濃いめの紫のスモークでしたので,てっきり塩ビかアクリルだとおもっていたのですが,まさか塗装とは。仕方がないので全部アルコールで剥がして吹きとりましたが,そうすると完全な透明になってしまい,LEDの下地である白色が丸見えです。
こういう失敗をやらかすのが私の鈍くさいところで,本当に情けないことです。気を付けて触らなければこんなことにはならなかったはず。せめて水拭きで済ませればまだよかったのに,そこでアルコールなどを使うからこんなことになるんです。
外側からは見えなく,内側からのLEDは透過するような,そんな都合の良い材料があればいいんですが,なかなかいい物が浮かんできません。
しばらく考えてなんとか思いついたのが,LCDの偏光フィルムです。試したところ1枚では薄くて下地が見えてしまいます。そこで2枚ずらして重ねて,透過量を調整ながらスモークフィルムを作る事にしました。
なんどもやり直しましたが,きりがないので我慢出来るレベルで手を打ちました。
こうしてようやく完成したR100,早速実際に使ってみることにします。
改めて音を聴いてみると,懐かしいです。そうそう,こんな音でした。アーリーリフレクションの強い音を選ぶと左右に音が広がり,PADに適したエフェクトだと当時は多用した物です。
でもさすがに今のリバーブとは演算精度もメモリ容量も段違いに少ないですから,不自然な音の消え方をしますし,当時は気にならなかったようなノイズも耳障りに聞こえます。これ,さすがに今使うのは厳しいかもなあと思いました。
これもまあ,個性と考えればいいのかも知れません。ヤマハのリバーブはパリッとした透明感のあるリバーブという印象で,今どきのしっとりした音とは違った個性を持っていて,欲しい音が手に入って満足です。電池も交換しましたし,これで当分使える事でしょう。
・・・単体のリバーブが絶滅したのは事実なんですが,実は安いミキサーにも内蔵されていることを,つい先日知りました。15000円の6chミキサーに,わりとちゃんとしたリバーブが入っているの知り,こっちの方が良かったかもなあと,ちょっと後悔しました。やっぱりデジタルリバーブは安くなっているんですね。