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2025年12月の記事は以下のとおりです。

キヤノンPIXUS PRO-100はいつまで動いてくれるのか

 うちには写真印刷用のプリンタとして,キヤノンのPRO-100があります。

 調べてみると2014年の5月末に4万円半ばで購入しているということですので,もう10年以上使っています。我ながらすごい。

 これに,2022年の生産終了を受け,今や伝説となっている富士フイルムの画彩写真用紙proという印刷用紙を組み合わせるのが私にとってのベストで,よく使うKGサイズを買いだめて今も使っています。

 とはいえ,以前とは違ってそんなに頻繁に印刷をすることもなくなり,今は年賀状の印刷(今どき年賀状というのもすごいですが)で年に一度12月にまとめて印刷というのが定着しました。

 しかしここ数年,さすがにPRO-100のノズルが詰まってしまい,印刷が出来ない状態が起きています。

 いや,最終的には詰まりも解消して印刷を終えて年を越すのですが,この時の対応策が年々大変になっていくのです。最初は詰まったノズルが数個に過ぎず,クリーニングを数回やればテストプリントで問題がなかったものが,今ではすべてのノズルが詰まってテストプリントは白紙で出てきますし,クリーニングだって何度繰り返しても半分くらいのノズルが開通する程度です。

 もちろんこれでは印刷に使えませんから,すべてのノズルを開通させる必要があるわけですが,3年ほど前からはヘッドを取り出しアルコールでゴシゴシ擦らないとだめになりましたし,今年はとうとうインク吸込み口に直接アルコールを流し込まないとだめになりました。

 そういえば数年前はヘッドと本体の接触不良で全滅というのがありました。この時は接点をアルコールで磨いて難を逃れたのでした。

 そうやってその場しのぎでなんとかしてきたのですが,今年は特に絶望的で,いよいよだめかと思うほど時間がかかりました。クリーニングの回数も数え切れないほどで,最後まで開通しなかったブラックについては,全くインクが減らない状態でインクカートリッジの交換が必要になってしまうほどでした。

 これにはちょっと説明が必要です。PRO-100のインクカートリッジは,実際のインクの残存量を調べるのではなく,インクの排出回数をカウントすることで交換のアラームを出します。ですので,今回のようにインクが詰まっていてインクがカートリッジに残っていても,クリーニングを繰り返すとインクを交換しないといけないわけです。

 これを使えるようにするのはリセッターが必要になりますが,そんなことまでやってられませんし,実は期限切れのインクだったりするので,もったいないですが捨てざるを得ませんでした。

 ある色が完全に出ていない状態だと,インクが詰まったと言う原因ではなく,ヘッドが壊れたとか制御回路が壊れたとか,他の要因も考えられるのですが,少しでも出てくれれば望みが出てきます。特にPRO-100についてはブラックやグレーと言った黒系のインクで詰まりやすいようですから,もったいないとか言ってないで,とにかくつまりを解消するしかありません。

 時間はかかるしゴミ箱に次々に捨てられるインクカートリッジにめまいがしますが,これを防ぐには月に一度くらいのテスト印刷を行う,特にインクが固まりにくい温かいときにやっておくのが良さそうです。昨年は一度も動かす事なく,丸1年放置していましたから,こんなにひどい事になったのだと思います。

 しかし,BCI-43というPRO-100用のインクカートリッジも,そろそろ生産終了の足音が聞こえてきますし,廃インクタンクの問題もあるので,買い換えを検討しないといけません。

 順当に行けばPRO-100の後継であるプロもしくはハイアマチュア用の写真プリンタから選ぶ事になるのですが,PRO-100を実際に使ってみて,さすがにここまでやらんでもよかったなと思う事もありました。

 まず,A3ノビまでは必要ありませんでした。4つ切りを印刷するにはA3ノビが必要ですが,実際には六つ切りやA4がいいところです。一番印刷したのはハガキサイズでしたから,どう考えてもオーバースペックでした。

 なら,同じインクを使ったA4モデルがあるといいのですが,少なくとも現時点で写真印刷に特化したA4モデルはキヤノンにはないようです。

 そうなってくると,複合機で左心印刷に強いモデルから選ぶ事になるのですが,それがどのくらいの画質を備えているのか不明ですし,それに印刷ソフトの問題もあります。PRO-100はPrint Studio Proという良く出来た印刷ソフトがあり,Lightroomからこれを呼び出して印刷することで,高画質な印刷が可能になっています。

 複合機はPrint Studio Proから印刷出来ませんし,そうなるとLightroomから直接印刷することになりますが,その場合のカラーマッチングはどうするか,そもそも私の古いLightroom6で印刷出来るのかなど,難しい問題を解決しないといけません。

 これをきっかけにLightroomもサブスクリプションに移行し,写真編集もMacBookAirで行うようにすればすべて綺麗に解決しそうですが,作業効率を除けば古いMacに古いOS,古いLightroomで十分に自分の意思を込めた写真印刷が出来ているので,大金をかけてシステムを総入れ替えするだけのモチベーションが沸いてきません。

 そのうち娘も撮られるのを嫌がるようになるでしょうし,そうなるともう写真を撮ることすら減っていくことになるでしょう。このまま延命をするのが一番だという結論にいつも達して,そうやって年を越すことになるわけです。
 
 今年もそんな感じで年末になりました。一番先に壊れるのは,やはりメカもののプリンタでしょう。ハガキサイズばかりでとはいえ4300枚の印刷を行った老兵は,もういつ止まってもおかしくありません。

 自宅で写真の印刷を行うと言うこと自体,大昔は考えられない事でしたし,それが30年ほど前に現実的に可能になり,私も良い時代になったものだと思ったものですが,年賀状の衰退と高コスト,そして写真印刷がコンビニで出来るようになって,自宅での印刷は風前の灯火となりました。

 当然プリンタの新機種も以前より出なくなりますし,たくさんあった高性能な写真用紙も入手が難しくなっていきます。どこでも買えたインクカートリッジは通販でしか買えなくなり,それもいずれ生産中止になります。

 こうして年々状況が悪くなる未来を当時の私が知るはずもなく,この分野に限らずあらゆる事で「今日より明日が悪くなる」ということが起きている事は,とても寂しいと同時に受け入れなければならない現実として,私に重くのしかかっています。

 ここに至って,とにかく延命です。そしていよいよダメになってしまったときには,もう悪あがきせずスッパリあきらめることも,必要になると思います。

 ここで改めて,便利な生活というのは,誰かがそれを実現してくれているからだと痛感するわけです。

 この先,どうなるのかなあ・・・

KODAK Charmeraが面白い

 トイカメラが流行ってます。エモいとかいろいろ言われていますが,スマホ以外の撮影機材を若い人が興味を持って選択するときに常に壁になるのがズバリ価格で,デジタルカメラが高価だからフィルムカメラ,フィルムが高価になってしまったからコンパクトデジカメ,そしてとうとうコンパクトデジカメも高価になったのでいよいよトイカメラに,と対象が変わって来ただけではないかと思う所もあります。

 もちろんそこには画質や機能,質感に大きな差があるわけですが,スマホの高画質カメラがベースを押さえているので,サブとして使うカメラはもはやどんなものでもよく,面白ければもうなんでもよいんです。

 インフルエンサーが採り上げたことで認知され流行するという話ももちろんそうですが,そもそもインフルエンサーがなぜ採り上げるのかというところまで考えると,やはり彼らの評価軸に,スマホのカメラにない別の個性が魅力的に見えているかどうかが決め手になっているように感じるわけです。

 実際,トイカメラは随分昔から売られていましたし,トイカメラと言うだけあって現在においても性能の向上や機能アップがあったようには見えません。相変わらずトイカメラはトイカメラとして,昔ながらの画像を吐き出し続けています。

 では,それら傍流であるトイカメラがなぜ,KODAK Charmeraになるとこれほどヒットするのか・・・

 そんなもん決まってます。かわいいからです。

 58×24.5×20mmで30g,プラスチッキーなまるでカプセルトイで,まんまキーホルダーなのに,レンズもLCDも物理ボタンも備えた,ちゃんとしたデジカメです。

 小さくて丸い物が本能的に大好きな哺乳類にとって,これほど愛でるべきカメラがあるのかどうか。

 スペックを書くのも野暮ですが,1/4インチのCMOSセンサー,1440x1080というフルHDですらない画素数,20年前のデジカメにすら負けている160万画素,その割にレスポンスは凡庸でキビキビ動くわけでもない。レンズは35mmF2.4と無難な画角でパンフォーカス。しかもプラスチック製。動画撮影対応でも今どきAVIファイルです。インターフォンのカメラの方が高性能かも知れません。

 しかし,USBはtype-Cで充電もデータ転送も対応,電池は200mAhの電池を内蔵していて,LEDによるフラッシュも内蔵しています。記録メディアはmicroSDで128GBまでOK。つまり,昔ながらのトイカメラを現代風にアップデートしてあるわけです。

 そうすると見えてくるのが,レトロな画質の現代のカメラという個性です。地デジ同等の少ない画素数,すぐに白飛びするダイナミックレンジの狭さ,淡泊な色とコントラストに盛大な収差,JPEGノイズと輪郭強調で破綻した画像・・・20年前の画質です。

 しかし,これにオレンジ色の日付を入れればどうか,面白いフレームやフィルターでさっと画像を加工出来たらどうだ,それらをさっとスマホに転送できたらどうだ。難しい操作も知識も必要なく,電源を入れてシャッターボタンを押すだけの簡単操作はどうだ。
 
 そして価格は$30(今B&Hをみたら$39でした)。円安の日本ではこれを6000円で売っています。

 大切な事を忘れていますが,この価格で買えるデジカメは,いわゆる幼児向きのオモチャを除くと,もうあんまり選択肢がなかったりするのです。

 "写ルンです"でカメラの面白さに目覚めた人がランニングコストに耐えかねて中古のコンデジを買ってみたものの,電池は死んでいるし記録メディアも見た事のないへんなものでどこにも売っていない,幸運なことに付属していても撮影枚数が少なすぎるだけでなく,PCやスマホで読み込む方法が見つかりません。もう途方に暮れるしかない・・・

 そういう声をちゃんと聞いて作ったんじゃないかと,私は感心したわけです。

 そんなカメラを,KODAKブランドで出す。しかも6種類がランダムに売られていて,1/48の確率でシークレットが入っているんですよ。集めたくなるじゃないですか。

 それぞれ1980年代を彷彿とさせるデザインで,もちろんKODAKイエローも健在。これをデジカメとしてではなく,チャームとして売るんです。そりゃ流行しますわ。

 ということで,私も買いました,KODAK Charmera。

 とはいえ,存在を知ったのが11月末と遅く,娘に「こんなんあるで」と紹介したのが10日ほど前の事です。すでに流行が過熱し,年内の入手は絶望と言われていました。

 中学生の娘なら知っていて,みんな持ってる私も欲しい,というかなと思ったのですが,案外そういうわけでもなく,初めて見たと言ってました。見た瞬間,欲しいと言い出したのですが,これは入手が難しいからしばらく無理だなあと言ってなだめたのでした。

 ところが先日,大手量販店がお一人様3個限定で緊急販売をスタート。私も乗り遅れることなく家族全員分のCharmeraを買うことが出来たのでした。

 翌日届いた3台のCharmeraを,家族で一人1つ手に取って開封しました。黄色が欲しいなあと思っていたのですが,結果は黒と赤が2台。赤は今ひとつ琴線に触れなかったのですが,まさかそれが早速ダブるとは,なかなか幸先の悪いスタートです。

 手持ちの16GBのmicroSDカードをフォーマットすると約58000枚。娘には32GBのものを渡したので,99999枚でカウントストップです。もう無限に撮影出来ると言っても過言ではありません。

 電源を入れて初期設定をしますが,独特のUIで混乱します。でも簡単なのですぐになれます。このあたりは悪くないですねえ。

 そして撮影。電源を入れるのに長押しはカバンの中で勝手に電源が入るのを防ぐためなのでよいとして,起動後すぐに撮影可能な状態にならず,静止画か動画を選ぶところから毎回スタートするのは確かにまどろっこしいです。

 ですが,シャッターボタンがすぐに静止画モードに移行するショートカットボタンですので,大した手間ではないと思います。

 書き忘れていましたが,ここまで何かと音が出ています。起動音やボタンのクリック音など,結構うるさいです。シャッター音も出ます。消せません。

 撮影しますが,ズバリ楽しいです。我々が忘れていた何かが,ここにはあります。小さなLCDはファインダーとしても撮影後のプレビューとしても案外使える印象で,むしろ小さく画素数が少ないため,画像の粗が目立ちにくくて「お,案外綺麗に撮影出来るんだな」と騙されてしまいます。

 でもそれがいい。騙されましょうよ,この際ですし。

 フィルタも楽しいですよ。個人的には2値化もKODAKのレトロフレームもいいんですが,モノクロも楽しかったです。

 それから動画です。動画こそオマケだと思っていたのですが,30FPSですし,生意気に音声も録音されました。ちゃんとマイクも内蔵しているわけで,オマケとして真面目です。マイクがなくて音がない動画でも,このカメラなら誰も怒らないと思いますよ。

 欠点はですね,消費電力が大きいので,電池が結構早くなくなるということです。ここはこのカメラの本質でもあるので,頑張って欲しかったです。

 それから,付属のUSBケーブル。本体側のtypeCはともかくとして,反対側がtypeAってどうなのよ。もしここにtypeC-typeCのケーブルだったら,スマホと直結できて便利だったはずです。充電だって今どきtypeCで困る人などいないでしょうし,typeAの方がむしろ困るくらいでしょう。

 設定項目が少なすぎるのも問題です。いや,誤解のないように言っておくと設定項目などゼロが理想です。ただそれは理想的な設計が成されている商品という意味の裏返しであって,通常は設定を変更出来ないと困ることも多いです。KODAK Charmeraの場合,音が出ないようにする設定がないこと,フラッシュの発光禁止が設定出来ないことが問題です。

 特にフラッシュは致命的で,フラッシュ撮影禁止の場所では実質使えません。まだ目が弱い赤ちゃんの撮影で使うことは避けたいところですし,そもそも光が弱すぎてほぼ役に立たないフラッシュを発光させることにはデメリットしかありません。

 最後にちょっと強度が心配です。特にキーチェーンを取り付ける部分が,すぐに壊れてしまいそうで,そうなるといつの間にか落として紛失,仮に見つかってもチャームとしての価値はありません。ここはしっかり作って欲しかったなあと思います。

 ということでKODAK Charmera,娘は早速カバンにつけて学校に行きました。全く同じ形でKODAKでないものも売られていて,それらはもうちょっと安かったりするのですが,中国で標準品として作られて供給されているトイカメラが,KODAKブランドでうまくマーケティングすると世界的なヒットになるという,誠に面白い例でした。

 いやでもまてよ,そんな風に斜に構えなくても,十分に面白いんじゃないかい,これは。

 

気象通報のおわり

 NHKのラジオ第2放送が来年2026年の3月末に廃止になることが決まったそうです。

 ラジオ第2は普段滅多に聞かないラジオの中でも,とりわけ聞く機会がないラジオで,私自身も廃止はやむを得ないかなと思うところがあります。

 驚くほど簡単な自作のラジオから出てくる声は,その電波の強力なNHKにほぼ限られ,さらに強力だったラジオ第2はゲルマラジオでも綺麗に受信出来ました。腕が上がって難しいラジオを作るようになればなるほど,ラジオ第2以外の放送局が増えていくという感じだったので,私のような子どもの頃からラジオを作ってきた人にとって,ラジオ第2というのは原体験というか故郷というか,そんなものじゃないでしょうか。

 さて,ラジオ第2は1931年に放送を開始したといいいますから,あと5年続けてくれていれば100周年というところだったのですが,中波ラジオの放送設備は規模も大きく維持もお金がかかりますので,民放はすでにAM放送をあきらめ,設備の軽いFM放送に移行しつつあります。ワイドFMという,わかったようなわからんキャッチで呼ばれているこのサービスですが,確かに音質もいいですし,実用面で言えばFMへの移行は悪い話ではないと思います。

 ただ,NHKだけは中波放送を続ける意向のようで,当分の間は小学生の夏休みの工作にゲルマラジオを作る事が出来そうです。(ただ,先日高速道路のトンネル内のラジオの再送信が廃止になるという話を見て,自動車のドライバーでさえもラジオを聞かなくなったのかと驚愕しました)

 ラジオ第2はもともと,すでに始まっていたラジオ放送から教育に関する放送を分離して立ち上げたもので,そういう経緯もあって現在も語学を中心とした番組が多いです。

 AM2波,FM1波という贅沢な媒体を維持し,様々な番組をもれなくカバーしていたNHKのラジオですが,リスナーの減少やラジオの役割の変化,そしてインターネットとスマートフォンの普及がとどめを刺すような形で,ラジオはとうとう削減に舵を切ったことになります。

 確かに,NHK-FMなどは,聞きたいと思う放送をやってないですもん。高音質という特徴を持つFMでは,放送の機材もエンジニアもスタジオも超一流。ライブ番組などは出演者も新人からベテランまで登場して頻繁に方法され,お金を出しても手に入らない音源が,それこそ垂れ流されていた時期が続いていました。なんと贅沢なことか。

 それが今や,トーク番組もばかりです。それだってインターネットラジオに移行していないだけましなのかもしれませんが,知らない音楽に出会うきっかけになったFM放送が,その役割を変えたのは,私は残念でなりません。

 こうして隙間の出来たFMに,ラジオ第2の番組の多くは移行する事になるそうです。語学番組がFMに移行するわけですが,これはこれで良いことかもしれません。発音は高音質で聴きたいですからね。

 そんななかで,移行されずに廃止されると言われている番組があります。1つは株式市況,もう1つは気象通報です。

 株式市況は1925年スタートしラジオ第2に移行して今日まで続く最長寿番組だそうで,すでに100年です。すごいなー。これは上場企業の株価を読み上げるだけの番組なわけですが,ネットでいつでも確認出来る株価を定時にラジオで放送する価値は確かに薄いように思いますし,同様の番組が他で放送されていることを考えると,そんなに悲観するようなことではないように思います。

 悲しいのはもう1つの,気象通報の廃止です。こちらは1928年に放送開始で,ラジオ第2に移行してから今日まで続く,これまた長寿番組です。聞いたことがないという人は実は少ないんじゃないかと思うのは,これ,天気図を手書きするための放送で,中学校の授業で聞かされたり書かされたりした経験のある人を以外に見聞きするからです。

 私もそうなのですが,私はもうちょっと濃い関係がありました。中学生の頃,電子工作(あわよくばパソコン,というかゲーム)がやりたくて入部した科学部で,まず最初にやらされたのが気象通報で天気図を書くことだったからです。

 お天気に全く興味がなく,天気図なんて新聞に出ているものをちょっと見る程度だった私が,いきなり白地図のような紙を渡され,お経のような声を聞き,理由もなく天気図を書けと突然言われたときの戸惑いを想像して頂きたいのですが,私以外の部員は何の疑問も持たずに,死んだ魚の目でその声を聞き,地図になにやら書き込んでいきました。

 雰囲気に飲まれた私も同じように,読み上げられた地名に風向,風速,天気,気圧,気温を書き込もうとするのですが,まずその地名がわかりません。石垣島?南大東島?ハバロフスク?アモイ?

 1つ分からなくなると,もうそこで置いていかれます。リアルタイム書き込みはそこで終了です。そうなると2回目,3回目の聞き直しを強要され,完成まで拘束され続けます。

 これが,部活の始まる16時からの,科学部の日課でした。

 ところが,中学生の柔軟性はすごいもんです。しばらくすると地名と場所は完璧に分かるようになり,読み上げの順番も覚えてしまうので,目と手が自然に次の地名に移動するようになります。

 とはいえ,天気がレアな「地吹雪」だったりすると,天気の記号がぱっと出てこずにリアルタイム書き込みから脱落することがありました。そんなとき,終わってから友人達と「いやー地吹雪はないわー」と文句を言い合うわけです。ああ,なんと不健全な中学生なことか!

 続いて船舶からの報告です。これは場所の指定を地名ではなく,緯度と経度で行います。当然毎日同じ場所からということはありません。これが始まる直前,皆にピリピリとした緊張が走ります。

 ここをなんとか切り抜けると,引き続き緊張を維持したまま漁業気象になるのですが,これは高気圧や低気圧の位置,前線の場所を読み上げていきます。聞き漏らさないようにゴリゴリと書き込んでいきます。

 そして最後の難関,等圧線です。等圧線は,その日の代表的な気圧の等圧線が通る緯度と経度を連続で読み上げていきます。素人はその緯度と経度に×印を付け,放送終了後に繋いで完成させるのですが,慣れてくるとリアルタイムに滑らかな等圧線を直接書くことが出来るようになっていきます。ここまできてようやく一人前。

 そして放送終了後の仕上げに,各地点の気圧と等圧線の関係から,他の気圧の等圧線を何本か滑らかに書いて完成となります。

 実のところ,私も半年ほどでここまですらすらと出来るようになっていました・・・

 出来るようになってしまうとこれがまた得意になるもので,あるとき理科の授業で天気図を気象通報から書く実習が行われたとき,同じクラスにいた私を含む3人の科学部員が,多くが脱落して行くのを尻目に,等圧線までリアルタイムで書いて行くのを見て,「すげー」と喝采を浴びたことを思い出します。

 そんな気象通報,中学三年間ずっと聞き続けていましたから,今でも親近感があります。娘にそんな話をしてもピンと来なかったようですが,中学生になり学校の授業で気象通報を聞かされて,ああこのことかと思ったらしく,私に「あれを聞いて直接地図に書き込めるなんておかしい」といってました。中学生の私に,将来そういう会話が自分の娘との間にあることを私は教えてあげたいです。

 もともとこの気象通報,天気図という画像情報を広範囲に確実に伝送するための唯一の方法でした。テレビもインターネットもなく,画像の伝送は新聞が最速だった時代において,新鮮な天気図を手に入れるには気象通報から天気図を書き起こすのが最も優れた方法だったのです。

 テレビが使える時代になっても,船舶で天気図を手に入れるのに気象通報は最善でした。テレビは遠距離で受信出来ませんし,受信出来ても詳しい天気図は出てきませんし,保存も出来ません。無線を使ったファックスは高価ですしいつも受信出来るとは限りません。一方で船舶の安全な航行には気象の情報は不可欠で,人の命がかかっているだけに,今日はまあいいや,というわけにはいきません。

 そこで気象通報です。毎日定時に確実に放送されますし,電波は中波のAMですから遠距離でも届きます。紙に書き起こした天気図は消えることはありません。じっくりこれからの天気の移り変わりを検討できます。

 いってみれば,天気図を書くために必要なパラメータを,あるフォーマットにエンコードしてシリアル通信で電波で送信し,受信者はデコードして元の天気図に戻すという作業を行うことで,画像伝送を行う仕組みだったわけです。

 そして私がやった訓練というのは,そのデコードをリアルタイムで行うだけの処理能力を身につける作業だったことになります。

 いってみれば特殊技能だったと思いますが,技術の進歩というのはそんな技能を陳腐化させていく歴史でもあります。スマートフォンがあればどこでも新鮮な天気図が手に入りますから,ここに至って気象通報の意味はなくなったといってよいでしょう。

 もちろん,すでに業務の無線では廃止されて久しいモールス信号による通信が,アマチュア無線では今になって主流になっていることを考えると,単に非合理的だからという理由だけで消えてなくなったりするわけではないのですが,趣味の話と業務の話はやっぱり別で,仕事の話は経済性が重要だと考えると,使う人が少なくなった気象通報を漫然とノスタルジーで続けるような話は,やっぱりないなあと思うのです。

 それともう1つ,これは当時の科学部の先生から聞いたんじゃないかと思うのですが,NHKのアナウンサーの教育にこの番組が使われると言う話でした。地名や数字をはっきりと,噛まずに正確に発音するだけではなく,聞き取りやすく,しかも20分という放送時間ぴったりに読み上げが終わるような速度でなければなりません。

 なので,アナウンサーの技術向上にもってこいだったらしいです。しかし,これも2016年頃に自動音声に切り替わってしまった事から,その役目をすでに終えていたことになります。

 
 そんな気象通報も,ラジオ第2放送の廃止と共に,終了の予定です。

 長く続いたなあと感心する一方で,さみしさというより,世代を超えた共通の話題がまた1つ減ることに,もったいないという気持ちがわいてきました。娘との共通の話題に間に合ったことは幸いなことでありました。

 最後の放送くらいは録音しておきましょうかね。

 

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