僕のコダクローム
- 2008/01/14 02:39
- カテゴリー:カメラに関する濃いはなし
昨年の12月20日,コダクロームが我々の手を離れていきました。
コダクロームというカラースライドフィルムの国内現像の受け付けがこの日終了しました。一応アメリカ本国で現像は行われていますから,個人で依頼するのも手ですし,コダックが手続きを代行してくれることになってるそうなので,従来通り写真屋さんに現像を依頼すれば,代金は約3500円,期間は中2週間でまだコダクロームを使うことは可能です。
ただ,世界に冠たる写真王国の1つである日本で,コダクロームはこれまでいつでもあえる身近な存在だったのに,それが急に遠くに行ってしまうわけで,感傷に浸る人々が後を絶たないのです。
銀塩フィルムの消費量,生産量の激減と,これに伴う製造からの撤退,品種の整理,価格の上昇という,ファンには不安な風がながれた2007年でしたが,コダクロームの国内現像の終了はまさに2007年の最後にふさわしい事件であると言えるでしょう。
今さらいう事ではありませんが,他のスライドフィルムの現像はこれまで通りです。これは,コダクロームの現像方法が他と異なる唯一の存在だからです。
カラーフィルムには,色素(厳密には違うのですが)がフィルムの中にあらかじめ入っているものと,現像の時に外から与えてやるタイプの2つがあります。前者は内式,後者は外式と言います。
外式の代表はコダクロームであり,同時に人類が初めて手にした写真用カラーフィルムでもあります。そしてそれ以降の我々の歴史は,コダクロームによって記録されてきたのです。
初期のカラーフィルムはすべて外式だったのですが,現像が難しいという欠点があり,これを解決するべく内式が誕生します。現在,コダクロームを除くカラーフィルムは,すべて内式です。
私は技術者ですので,工業的に,あるいは技術的に劣った物が,その欠点を克服した新しい物に淘汰されることは当然と思いますし,その結果がユーザーに還元されることを正しいと信じる事は,技術開発を停滞させないための,技術者に常に求められる心がけだろうと思っています。
だから,コダクロームが1935年の登場から70年以上も生き続けていたことは,工業製品として量産された物が,伝統だの文化を身に纏い,やがて神格化されるという純技術的に望ましくない意識によって支えられていたのではないかと,警戒してしまうのです。
むしろコダック自身が内式のエクタクロームを現在においてもきちんと供給していることや,富士フイルムが内式のみを扱い,その中で世界を変えるような優れたフィルムを開発して,それこそカラー写真の概念を変えるような製品を供給してきたことこそ,実は賞賛されるべき事ではないかと思うわけです。
しかし,コダクロームは単なる現像方法の違いだけで選ばれるフィルムではありません。歴史,伝統,精神性を理由に選ばれるフィルムでもありません。写真フィルムはクリエイター達が使う素材であり,単純な工業製品でもなければ,神格化されたブランドくらいで長生きできるものでもないのです。
だから,もしもコダクロームと同じ結果が得られる現代的なフィルムがあれば,コダクロームはもっと早くに淘汰されていたんじゃないかなと思うのですが,そういうフィルムを今から開発しても売れないくらい,今時の写真の傾向はコダクロームの個性と逆をいっているのだと思います。
だから,文化的にさえ,コダクロームはすでに淘汰されてよいフィルムだと言えるのかも知れません。
確かに,コダクロームには,独特のコクがあるように思います。あくまで自然な発色,個人的にはベルビアが箱庭的に見えるのに対し,コダクロームはまさに窓から覗く感覚です。
ある人が言うのですが,コダクロームは,完全につぶれたと思われるシャドウにも,ちゃんと情報が残っているいるんだそうです。その人は,シャドウに浮かび上がった像を見て,コダクロームの情報量の多さと,粘りの強さに感動したと言います。
現像も難しいが,撮影も難しいフィルムでした。ついでに言うと使用前の保存も難しければ選んで買うことも難しく,乳剤番号に一喜一憂せねばならないことも,あえてこのフィルムを選ぶ人にとっては,儀式のような物だったのかも知れません。
そうした希有なフィルムによって,人類の50年ばかりの時間を記録されていたことは,非常に幸運であったと言わざるを得ません。その後やってくるビデオによる記録で失われた情報の多さは,後の世代が我々の世代を揶揄する材料となりうるでしょう。
ここで,カラーポジフィルムの仕組みをおさらいします。
ネガフィルムもポジフィルムもカラーフィルムの基本構造は同じです。フィルムベースの上に赤に感光する乳剤,緑に感光する乳剤,黄色を除去するフィルター,そして青に感光する乳剤が順に重ねて塗られています。
これでおわかりのように,カラー写真は三原色を深度方向で記録します。CCDなどのデジタル写真は,一部の例外を除き面で三原色を記録しています。本来見えてはならない色が見える「偽色」が出るのは,この面による記録が理由です。
それぞれの色に感光した乳剤は,現像によって我々の目に像を映し出します。
ネガフィルムの場合,現像と発色を同時に行うのですが,ポジフィルムの場合は一手間かかります。まず第一現像という,白黒の現像が行われます。感光した部分が金属銀になることで,その場所が黒くなるのです。この段階ではネガですね。
次に第二露光を行います。先ほどのネガ状態のフィルムに光を当て,金属銀が生じた部分以外を感光させ,結果としてネガポジを反転させるのです。
こうして第二露光で生じた潜像を着色すれば,見事にカラーポジが完成します。発色という処理から定着,漂白については,ネガと同じ処理です。
それで,この発色の方法の違いが,内式と外式の違いです。乳剤にカプラーと呼ばれる,色素を形成するものをあらかじめ入れてあるのが内式,発色現像中に外から与えるのが外式です。
外式の場合,乳剤の層ごとに二次露光と現像を繰り返します。手間も時間もかかりますし,3つの条件が揃ってくれないと,本来の色が出てきません。カプラーを内蔵させることで1度で発色現像が出来る内式の開発は,生産性の向上と品質の安定という量産品が目指す技術開発の結果であると,ここで明確になります。
ただ,私には正確に説明は出来ませんが,この外式のコダクロームは,保存性が抜群に良いのだそうです。カラーフィルムは紫外線や空気中の化学物質によって色素が分解し,退色してしまいます・コダクロームも退色しますが,それでも随分長持ちするのだそうです。
あと,これは結果論でしょうが,やはりその自然で深みのある色合いがコダクロームの個性で,派手さはないが,見たままを写し取るという写真本来の目的のために選ばれるフィルムになっています。
私はコダクロームは,身の丈を超えた雲の上のフィルムだと思っていますので,使った経験はほとんどありません。しかし,乳剤面のデコボコと,本当に見たままになる自然な色合いにちょっとした感激をしつつ,ますます高い敷居を感じて,むしろ避けるようになってしまいました。
昨年3月で国内の販売が中止されると発表された時に,私も数本購入したのですが,あまり積極的に使おうという気分にはなりませんでした。記念品として残しておこうくらいに考えていたのですが,せっかくだからと1本,自宅の周囲をぶらぶらと撮影してみました。
そして現像されたコダクロームを眺めて,やはりため息をつきました。
36枚のうち,ほとんど失敗。ひょっとすると全部失敗かもしれません。しかし,時にはっとさせられるような深みをたたえた素晴らしい色は,まさにコダクロームが唯一無二の存在であることを伺わせます。
惜しいことをしなものだなあと,私は非常に後悔しました。
さすがに3500円も出してコダクロームをわざわざ使うことはないでしょうし,そもそも手持ちのコダクロームも2本ほどしか残していません。もう新品を手軽に買うことは出来ないのですから,これが私にとっての最後のコダクロームになることでしょう。
多くのカメラマンがその時代を記録したコダクロームを,素人の私が使うこともおこがましいのですが,背伸びをしてこの歴史的な瞬間に当事者として加わることが許された事実を,素直に喜ぶべきだと考えることにします。
