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2025年08月08日の記事は以下のとおりです。

Matrix-1000のメンテ

 実家の荷物をすべて引き上げることになったのが2021年の9月末,そこからもう4年も経過するというのですから,時間の経過というのは残り時間が少なくなるほど早く感じる,残酷な物だなあと思います。

 多くの所有物を心を無にして捨ててきましたから,現在残っている物にはそれなりのワケがあるわけで,可能な限り残しておきたい(私の手元にという意味もありますが,他の人の手に委ねてでもという意味もあります)と考えて引き上げてきたものをほったらかしにするわけにいきません。

 そんな品々の中に,OberheimのMatrix-1000というアナログシンセがあります。1980年代に登場した「最も安いオーバーハイム」で,デジタルシンセ全盛の時代に登場したモダンなアナログシンセです。

 Matrix-6というアナログシンセと共通の音源(といっても細部は違うようです)を持つラックマウントの音源モジュールですが,音色のエディット機能は持っておらず,プリセットされた音色を選ぶだけという割り切った仕様で,低価格と1Uラックサイズを実現しています。

 そのプリセットはなんと1000音色。どれもオーバーハイムらしい音色であり,それはすなわちアナログシンセの神髄を存分に楽しめるという事です。

 スペックを並べてみると,2DCO+1VCF+1VCAの6音ポリという王道の構成で,名前の通り強力なMatrixModurationも装備しています。DCOはVCOに比べて1ランク下のイメージがありますが,ピッチの安定度は実際にVCOのシンセを使ってみると,とてもありがたいものです。

 8254というタイマーICからの矩形波をのこぎり波や三角波にするWave shaperとVCF,VCAをワンチップにしたCEM3396を使って部品点数を極限まで減らしたシンプルな構成は,アナログシンセの完成形と言えるでしょう。

 アナログ末期の製品ということで,ベロシティとアフタータッチにも対応していて,なんとベロシティはノートオンだけでなくノートオフベロシティにも対応するという充実ぶりです。これらをMatrixModurationで縦横無尽に割り当てることが出来ます。

 USA製と日本製の2つがあるとされていて,音の違いもあるとかないとか。数も出たし安価だったこともあり,目にする機会も多かったオーバーハイムでした。

 かくいう私がこれを手に入れたのは高校生の時です。当時の唯一の音源だったD-20の音の細さと同時発音数に限界を感じていて,パッドやストリングスにアナログシンセを導入したいと考えていました。

 そこに偶然,弟から「友人がMatrix-1000を売りたがっている」と話があり,私が買うことにしたわけです。金額はもう覚えていませんが,当時の中古の価格と同じ程度だったと思います。

 手に入れた私は初めてのアナログシンセをワクワクしながら触ってみたのですが,まず出力がモノラルであることに衝撃を受けました。リバーブもコーラスもなく,1000音色もあるというのに使えそうな音が数個しかないという現実に,アナログシンセが時代遅れの楽器であることを思い知ったのでした。

 今ならそれが間違いである事を理解していますし,実際改めて1000音色を聞いてみると,どれもとてもアナログらしいいい音で,即戦力になる音も100個は下りません。要するに当時の私のレベルが低かっただけのことなのですが,それでも当時,お気に入りのPADやストリングスを,深めのエフェクトをかけて使っていました。

 1Uのラックマウントとはいえ奥行きがあり,重量も重かったので持ち運ぶことはしなかったのですが,あの当時にブラスやリードの戦闘力に気付いていれば(そしてそれらを使いこなせていれば),VintageKeysの代わりに持ち歩いていたんじゃないかと思います。

 そうそう,1996年のことだったと思いますが,電源投入から10分ほどすると暴走するという故障がありました。原因はマスクROMの不良で,読み出せるうちにさっとEP-ROMにコピーを取り復活させました。

 2021年の秋に自宅に引き上げてきた時,バックアップ用のリチウム電池は交換したのですが,その後は一度も電源を入れず,音も出していません。もう壊れているかもしれないなと思いつつ,なんとなくそれを知るのが怖くて,今まで屋根裏部屋に放置していたというわけです。

 ここ数年,夏の暑さが厳しい事もあって,そろそろメンテをしないといけないと重い腰を上げ,まずは簡単な動作の確認をしました。うれしいことにちゃんと音が出ています。心配していたVOICE間のバラツキもなさそうで,あのオーバーハイムの音がちゃんと出てくれて,胸をなで下ろしました。ただし0-199までのプリセットは消えていました。

 ということで,電解コンデンサの交換が主なメンテナンスになりますが,ぱっと見るところ音に直接関係しそうな電解コンデンサはなさそうで,良い設計だなあと感心しました。

 心配なのは電源の平滑用の4700uFと6800uFが,高さ25mmの低背だったことです。秋月を含め,さすがに25mmのものは入手出来ず,やむなく30mmのもので手を打ちました。もし天井にぶつかってしまうようなら交換をあきらめることになりそうです。

 交換用の電解コンデンサを秋月電子に注文し(電解コンデンサは生ものなので,使う時に買うのが鉄則です),届いたら早速交換作業開始です。

 Matrix-1000の基板はガラエポの両面で,パターンが弱く剥がれやすいです。丁寧にハンダ吸い取り機を使って古いコンデンサを外して行きますが,やはりいくつかのパターンは剥がしてしまいました。これが後々仇になります。

 新しいコンデンサに付け替えて作業終了です。1時間半ほどの作業ですが,単純な交換作業ですので大丈夫だろうとテストもしないで組み立ててしまいました。

 電源を投入し起動を確認したら音出しです。しかし,出ない音があります。アナログのポリシンセで和音を演奏し,ちゃんと音が出ていないVOICEに気付いた時の,あの絶望感は体験した事のある人しか分からないでしょう。

 テストモードで調べてみるとVOICE2が全く機能していません。音がおかしいとか小さいとかではなく,全く音が出ていません。むしろこういう故障は判断が楽なので,気をよくして交換したコンデンサの周辺を確認します。
 
 すると,VOICE2のCEM3396の周辺にある4,7uFの電解コンデンサのパターンが切れているのがわかりました。他のVOICEと比較しても,このパターンが切れていることは明白で,ここをとりあえず繋ぐ必要があります。

 バラしてパターンを修復し,また組み立ててテストです。今回は問題なく,どのVOICEも綺麗に音が揃いました。この感激もアナログポリシンセの修理でしか味わう事の出来ないものでしょう。

 初期化,キャリブレーション,DAC電圧の調整(ExtFunc -> 7 -> 2 -> EnterでDAC電圧をVR701を調整して0mVにする)を済ませ,消えた0-199のパッチをロードし,バッテリーを交換して修理完了。心配していた平滑用の電解コンデンサはぎりぎり天井にぶつかりませんでした。

 キーやツマミも水洗いし,中も外もすっきりしたMatrix-1000ですが,改めて音の良さと使いやすさを見直しました。どの音もちゃんとオーバーハイムの音ですし,さっと呼び出すだけで戦闘態勢になるというのは,ライブでもきっと重宝したでしょう。

 アナログシンセと言っても80年代中頃のDCOポリシンセは,それ以前のヴィンテージシンセとは全く別物で,これはこれでとても魅力的な音がします。安定したピッチに故障知らず,場所も取らず持ち運びが楽で消費電力も小さくて,音もモダンで存在感があり,しかも使い道が豊富とくれば,一家に一台ぜひ,という感じです。

 また,どうしてもDX7を意識しなければならなかったJX-8Pなどの当時の国産アナログに比べ,この頃のアメリカ製のシンセサイザーには堂々とした風格があります。交換した電解コンデンサを調べてみましたが,どれも容量抜けもなく,きちんと性能を維持していました。部品の品質もよかったみたいで,当時のアメリカの丁寧なものづくりを垣間見た気がします。

 しかし,こうなってくると,故障したときが心配です。CPUやRAMなどの汎用品はどうとでもなるとして,キーパーツであるCEM3396だけはストックもありませんし,入手も難しいでしょう。あるところにはある部品なのでしょうが,CoolAudioが互換品を作っているという話も聞いたことがありません(似たような機能をもつV3397というチップは作ってるようですが,互換品ではありません)ので,それなりに苦労しそうな気がします。

 パターンの修理やROMの交換,電解コンデンサの容量の違い(リセット回路の15uFは入手の関係で22uFに置き換えました)もあってオリジナルと胸を張って言えなくなってしまいましたが,おそらく死ぬまで持ち続けることになるMatrix-1000を,実際に演奏して楽しみたいと思います。


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