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ユーザー「gshoes」の検索結果は以下のとおりです。

健康な私とお医者さん

 先日,人間ドックなるもので,初めて「問題箇所」を指摘されました。肝臓のある値が基準値を大きく超えているということと,便潜血があるという2点です。

 肝臓については,基準値を超えているという話ですから,その基準値の妥当性についても,もっというと検査の数値そのものの誤差や変動をどこまで考慮するかによって,OK/NGが変わってくると思うのですが,便潜血については出てるか出てないかの二択ですので,出ていると言われれば「何かの間違い」という話にはなりません。

 素人があれこれと気に病んでも仕方がないし,かといって放置するのがいいのかどうかもわかりません。ここは専門家である医者に判断してもらうのが得策でしょう。

 6月のある日の午後,予約を取って病院に出向いたところ,肝臓についてはその場で血液検査となりました。結果は問題なし。値は随分改善していましたし,お医者さんによるとそもそもこのくらいの値なら心配ないよ,ということでした。

 まあ,人間ドックは早期発見や予防に大変効果があるのですが,一方で病院にとっては貴重な収入源です。しかもここで「再検査」と出れば,多くはその病院で再検査を受けようとするでしょう。いきおい,基準値は厳しいものに設定されがちです。

 いや,それがいかんというわけではないのです。厳しめにすることで,確実なスクリーニングができます。疑わしいものは確実に引っかける,これが分野を問わず,予防ではとても良い方法なのです。(コストを度外視すれば,ですが)

 まあ,人間ドックの学会が出した基準値が他の学会の基準値と違うという事が先日のニュースでも報道されていたくらいですので,値の大小で一喜一憂することがどれほどバカバカしいか,わかろうというものです。

 しかし,便潜血は前述のように,出ているか出ていないか,です。出ていなければ見落としがあるかも知れませんが,出ているという以上「出ていない」ことには出来ません。

 ということで,私が相談したお医者さんは,速効で「大腸内視鏡,ポリープが見つかったら切除手術,よって1泊2日の入院,ここにサインを」と畳みかけてきます。気が付いたら入院の手続きをして帰宅し,3週間後の検査に怯える毎日を過ごすことになりました。

 結論から言うと,この検査では全く異常は見つからず,従ってポリープの切除も生検用の組織サンプルの採取もなく,なにも処置されずにその日のうちに「帰れ」と言われて夕方には自宅に戻ったのですが,日帰りでも入院という扱いになるので,私は生まれて初めて入院をしたことになるのでした。

 こんな風に,深刻な病気が見つからないのはいつものことなのですが,その度に予期せぬ事件が起きるのが私の面白いところで,今回はちょっと過去の経験を書いてみようと思います。


(1)首が曲がった

 中学生の時ですが,体の大きかった私は,組み体操の人間ピラミッドではいつも一番下の土台を割り当てられていました。それはそれで別にいいんですが,なにがまずいって,中学生ですから,崩れるときに面白がって下の奴を踏んづけたりするわけです。

 これは今にして思うと非常に危険なことで,いってみれば将棋倒しで大事故になるようなものと同じだと思う訳ですが,今から30年ほど前は大らかだったんでしょうね。

 で,いつものように土台をやり,いつものように崩れた時,誰かの膝が私の首を直撃し,私の首は曲がったままになってしまいました。痛くてまっすぐにできないのです。

 母親は心配になって私をかかりつけの病院に連れて行ったのですが,そこの院長がまじまじと私を見つめて,「痛いか」と尋ねます。

 痛いです,と答えたあと,先生はゆっくりと私の頭のてっぺんと顎を掴んだと思ったら,おもむろに反対側にぐいっとひねったのです。

 あまりの痛さに中学生の私は「痛いがなー」と叫んで手を払いのけたのですが,先生はふむふむ,といった面持ちで,「やっぱり痛いか」とつぶやきました。

 何をしたかったのか今でもわからんのですが,医療行為としてはこれで終わりで,検査も無し,湿布がでて終わりました。

 2週間ほどすると,徐々に首もまっすぐになってきましたが,ちょうどその頃撮影した,電話級のアマチュア無線の免許用の写真をみると,無理してまっすぐにしている様子がわかります。

 まあその,後遺症とかなくて幸いでしたが,今ならこでほっとくことはないでしょう。2週間ほど首が痛くてまっすぐにできないなんて,立派なけがですからね。それにしても,痛めた部分を無理にひねるなんて,絶対にやったらだめなことだと思うんですけど・・・ちなみにこの院長,私の尿路結石を「急性腎炎」と誤診し,以後私の生活を数年間不自由にさせた張本人でもあります。


(2)尿路結石で体育をサボる

 ある寒い朝,腰に鈍い痛みを感じた中学生の私は,腰をぐいっとひねって,「うおー」と言いながら大げさにその場に倒れ込みました。ところが,その鈍い痛みは弱くなるどころか徐々に痛みが増し,最終的には動く事すら出来ないほどの強い痛みになりました。

 ヒーヒーいってる私を,そばで見ていた弟は「いつまでやってんねん」という感じで私を半分無視していたので,自ら大声を出して母親を呼んだのですが,余りの痛みに腰は伸ばせず,立ち上がることも出来ず,抱えられるようにどうにか病院に到着したのです。

 病院では痛み止めの点滴がまず打たれ,私は次第に消えてゆく痛みの中で意識が薄れていったのですが,検尿の結果,大量の赤血球が検出されたという事でした。お医者さんの診断結果は,急性腎炎とのこと。毎週検査に来いということでした。

 母は,急性腎炎から慢性腎炎に移行し,あげくに人工透析,腎移植という大げさなシナリオを勝手に描いては戦慄していたようですが,本人はと言えば別に問題はなく,至って普通に元気にしていました。

 ただ,検査は毎回僅かずつでも赤血球が出ており,お医者さんは毎度毎度「うむー」とうなっていたのですが,一貫していたのは急性腎炎はここで食い止めなければ,慢性に移行してしまうので,とにかく減塩と運動の制限をしようということでした。

 ということで,体育はそこから基本的に見学。以後軽いものから授業に参加することにしましたが,私はこれを理由に,とにかく嫌で仕方がなかった水泳の授業を中学2年から高校3年まで,ずっと見学することになります。

 確か高校生になったときくらいの話だと思うのですが,ちっとも状況に変化がない私に「慢性になったかも」とお医者さんがいったことでちょっとした騒ぎになりました。

 ですがおしっこに砂粒のようなものが出てきたことから「尿路結石」じゃないのか,と詰め寄ったところ,渋々それを認め,これまでの診断が誤診であったことを認めたのでした。

 しかしですね,こんな美味しい免罪符を誤診ごときで手放す私ではありません。その後も学校には「腎炎」という病気を訂正せず,そのまま水泳の授業を休み続けました。

 腎炎でも出来るだけ頑張って授業は参加します,だけど水泳だけはやめときます,という積極姿勢を見せつつ,ちゃっかり水泳だけはサボるという技で私は高校3年間,一度もプールに入ることなく過ごすことに成功したのでした。

 当時の私としては,とはいえ本当に腎炎の可能性もあるわけだし,仮に誤診であったとするなら,そのことで受けた不自由を考えるとこのくらいのズルはいいよなあ,という気持ちもありました。

 この10年後,再発した私は,空豆のような自分の腎臓のレントゲン写真に,いくつかの石があることを見る事になり,この誤診が本当に誤診であったことを知る事になるのです。


(3)鉛筆がぐさっと足の裏に刺さる

 小学校の4年生の時だと思うのですが,当時通っていた学習塾で机を跨いで先生の所に行こうとしたとき,足を引っかけてしまいました。

 右足を降ろしたところで激痛が走り,私はその場に倒れ込みました。いつものように大げさに「うおー」といっていたのですが,なんだか本当に痛いし,周りの様子もおかしいので,私も心配になってきました。いや,本人は鉛筆の先がちょこんと当たったくらいのことと思っていたのですよ。そこは大阪人らしく「おいしいネタ」になると,大げさに振る舞っていたんです。

 そのうち,どうも鉛筆が足の裏にささっていて,抜こうとしての抜けないという話が聞こえてきました。私は傷みのせいで,目の前にあった机の脚にかじりつく始末。

 先生の自動車で病院につれていかれたのですが,痛みは変わりません。自分では全く見えませんし,どういう状況なのかもわかりません。

 病院に着く頃,仕事先から母親が飛んできてくれたのですが,私はもう何が何だかという状況です。まずレントゲン,そしてベッドに押さえつけられ,ペンチでその鉛筆を引っこ抜くようなのですが,途中で鉛筆は折れていて,足の裏からは少ししか飛び出していないようです。

 硬いものがするすると抜けたような感触があって,どうやら鉛筆が抜けたことは分かったのですが,地獄を見たのはここからです。なんだか分からないのですが,とにかく強烈な,過去に体験した事がないような激痛が襲いかかります。病院のベッドの柵に噛みついたり,暴れたりと,尋常ではない傷みを覚えています。

 ようやくこの地獄から解放され,落ち着いた頃に先生から説明を受けました。足の裏から5センチほど鉛筆が刺さっており,足の骨のアーチになっている部分にぶつかって止まっているということでした。

 もうちょっと強い力で刺さっていたり,あるいは骨を避けていたら,おそらく鉛筆は突き抜けていたのでしょうね。おそろしいです。先生も,うまく鉛筆が折れたおかげで大事に至らなかったということでした。

 で,お医者さんからではなく母親に聞いたのですが,私が経験したあの激痛は,鉛筆を抜いたあとに,鉛筆の破片が中に残っていないかを確かめるため,ピンセットを突っ込んでグリグリまさぐったらしいのです。そりゃー痛いわ。

 というかですね,抜いた鉛筆を見れば,残っているかいないか,分かるんとちゃうの?

 
 神経を切っているかも知れず,感覚がなくなるかもと言われたりしましたが,その後順調に傷はふさがり,特に化膿することも後遺症が出ることもなく,いつしか歩けるようになりました。今は傷痕だけが残り,歩くことも走ることも問題なく,痛みもありません。

 それにしても,大人の私があれを思い出すと,もう気を失いそうになるほど恐ろしいわけですが,子供だった当時,痛いことが終わってしまえば後は案外平然として,いつの間にやら治っていました。大きくなるほど臆病になるものなんですね。


(4)胃の内視鏡で死ぬかと思った

 ここで一気に時間が進みます。30歳前半のことですが,胃が重く苦しく,食欲が出ず,困っていました。公私ともにいろいろあって滅入っていたこともあり,これは胃を悪くしたのであろうと,病院にいくことにしました。

 最初は若い女の先生が,大した問診もせず,決まり通りに胃の薬を出して終わりで,これが2ヶ月ほど続いたのですが一向に症状は改善せず。ちなみにこの先生は「処理能力」が高く,他の数人の先生に比べて圧倒的に順番待ちの番号の進みが早いのです。

 ええかげんにせいよ,という空気を感じたのか,内視鏡検査をしましょうという話になりました。最初からそうしてくれれば,と思いつつ予約を取り,検査当日を迎えます。

 私は「おえっ」とえづいてしまう人なので,内視鏡はおそらく苦戦するだろうと思っていました。しかし何事も経験です。それに,内視鏡も年々改良が進み,かなり負担が軽くなっていると聞いていますし,これだけ進歩した医学の世界で,オエオエいうような話もなかろうと,安心していました。

 まず,検査室に通され,ゆったりとした背もたれある椅子に座らされました。そして,えづくのを防ぐ為に,喉の部分に麻酔をするといって,コップに入った麻酔をわたれました。

 これを口に含み,感覚がなくなってきた頃に内視鏡を突っ込もうという話です。

 看護師さんがいうには,ツバを飲み込む部分も麻痺するので,唾液が飲み込めずにそのまま気管に入ってしまうから,口にためておき,もしいっぱいになったら吐き出して下さいということでした。

 次第に喉の感覚が消えていき,唾液が口に溜まってきます。うかうかしていると勝手に流れ込んで盛大にむせてしまいます。

 そうしていると,私を担当するお医者さんがなにやら緊急事態とかで,病棟に走って行きました。私の周辺はなにやら騒がしくなり,私はぽつんと放置されてしまいました。ちらっと私を認めたある看護師は「急患が出たので待ってて下さい」と,満足に話の出来ない私から去っていきました。

 私は,軽いパニックになりました。唾液はどんどん流れ込んできます。その度に私は呼吸困難になり,ゴホゴホをむせて,唾液を吐き出すことになります。もはや唾液が溜まったかどうかも分からなくなっています。

 これは本当に死ぬかも・・・

 30分ほどの孤独な闘いを経て,徐々に感覚が戻ってきました。もう唾液も飲み込めます。やれやれ,助かったと思ったところに,先生が「おまたせー,さあやろうか」とやる気満々で戻ってきました。

 私は,麻酔をやり直してくれると思ったのですが,あっという間に私はベッドに横たわり,なにやらおかしなマウスピースを口に押し込まれて,モガモガいうのが精一杯です。そのうち,黒い細長いものが私の口に入ってきます。もう私は拒むことが出来ません。

 その頃,すっかり麻酔が切れていた私は,もうとにかくえづいてえづいて,大変でした。生まれてから,あれだけ連発してえづいたこともないと思います。もう涙でぐしゃぐしゃですし,じっとしていられません。

 見かねた看護師さんはまるで子供をあやすように,30歳を超えたオッサンの背中を「くるしいねくるしいね」と優しくさすってくれますが,かえって惨めになって,苦しさ倍増です。

 そんなこんなで,検査のことはちっとも覚えていません。苦しさに始まり,苦しさに終わった検査で,終わってからも私はしばらく放心し,ぐったりと動く事ができませんでした。

 後日結果を聞いたのですが「いやー綺麗なもんですよ」とお医者さんはいいます。ということで,私の胃は健康そのものということになりました。

 なにが幸いするか分からないのはこの後です。この先生は消化器系を専門とする先生で,しかも漢方を処方することに抵抗がない方でした。こういう場合は漢方を使ってみましょうか,ということで,私は漢方薬を飲み始めたのですが,これがまあ抜群に効いて,気分の悪さもなくなり,食欲も戻って,胃の悪さは完治したのです。

 

(5)嗚呼私の純潔

 腎臓に結石がある私ですが,大きくならないうちに出してしまうのがこの病気との上手な付き合い方です。

 20代後半のある夜,強烈な腹痛に身動きが出来ず,当時入っていた独身寮の寮母さんが救急車を呼んでくれました。

 深夜に大学病院にかかり,点滴とレントゲンで様子を見たのですが,やはり結石があります。ちょうどひまわりの種くらいのトゲトゲの石が,3から4ミリくらいのゴムホースに斜めに引っかかっている様子を想像して下さい。

 痛みはしばらく続きましたが,痛い場所が徐々に動くのが分かります。その後痛みが薄れたかと思うと,なにやら違和感があってトイレに行くと,ぽろっと石が出てきました。いやー,なにやら肉片がくっついてますよ・・・痛そうです。

 これを拾い上げて綺麗に洗って,お医者さんに持っていきました。成分を調べるという事だったのですが,その先生はなにやら偉い肩書きの先生のようです。

 もう痛みはないと伝えて,これで思った瞬間,「はい,そこになって」とベッドに寝転ぶよう促されました。

 おかしいな,もう痛みなんかないんだけどなあ,と思っていると,若い学生とおぼしき人達がぞろぞろと数人,入ってきます。

 先生が私を見下ろし,「パンツを脱げ」と言いました。

 は?と聞き返すと,イライラしながら「さっさと脱ぐ!」と私を急かし,気が付いたら私の下半身は大勢の男たちの目の前に晒され,隠すことを許されない私はなにも出来ずにただ横たわるだけでした。

 なにをされるのだろう,と不安に駆られていると,先生の背中に突如黒いオーラが立ち上り,おもむろにゴム手袋をきゅきゅっとしたかと思うと,私の足を広げ,私の「穴」に指を差し込んだのです。

 !

 私を取り囲む男たちの眼は,先生の華麗な指使いに注がれています。私は声を出すことも抵抗することも出来ず,なにをされているのかもわからず,ただただ,されるがままになっていました。

 男たちは,なにやら必死にメモを取っている様子。看護師さんは遠くで私を見ています。

 やがて。長く感じたその時間が終わり,先生の指が私から離れていきました。先生の「よし」という声と,達成感に充ち満ちたその表情が,私を見下ろします。

 事が済み,背中を向けた先生に,男たちが追随し,私はそのままの姿で放置されました。なにがなんだかわからず,何も出来ずに放心している私に,そっとタオルをかけてくれた看護師さんを見ると,彼女は私を哀れむ眼をしていました。

 先生曰く,背中からお腹の痛みは,直腸からの触診で異物感がないかどうかを判断するのだそうで,私の場合もこれで異常なしと判定することが「必要」だったとのことでした。結石だとはっきりしているんですが・・・

 まあその,偉い先生でしたし,学生をぞろぞろ引き連れていましたから,こういう触診を率先してやって見せてその重要性を説く姿は,今思えば立派なもんだと思う訳ですが,それならそれでそういう話を事前にしてくれればよかったと思うし,なにより患者の了解はなくても良かったんかいな,と疑問も感じます。

 かくて,私のバージンは,こうして奪われたのです・・・

 

またまたURLが変わりました

  • 2014/07/02 14:25
  • カテゴリー:備忘録

 またまた,URLが変わりました。

 新しいURLは,

http://gshoes.dyn.dhs.org/

 です。

 ダイナミックDNSをまた乗り換える必要が出たために,こういうことになりました。

 dyndnsからno-ipへ移行したのがこの春なのですが,昨日から艦長日誌が開けなくなっていました。

 IPアドレスを直接打ち込めば表示されるので,どうやらDNSだろうと調べてみると,なんとまあno-ipのトラブルというではありませんか。

 詳しい事情は私もよくわからないのですが,マイクロソフトがno-ipのドメイン管理権限を取得し,不正なトラフィックを制御する措置を執ったという事に関連があるようです。

 もともと,no-ipはマルウェアの拡散に使われることがあったりしたのですが,マイクロソフトによるとこうした声にも耳を貸さず事態を放置しており,裁判所に仮差し止め命令の申し立てが認められた6月30日に,無料ドメインの管理権限を取得,マルウェアのトラフィックを操作するシステムを構築し,稼働させたというのです。

 悪意のあるドメインだけに影響が出ているなら誠にめでたい話なのですが,問題は何も悪いことをしていないユーザーのドメインにまで影響が出ていると言う事実です。そして私のドメインも,これに引っかかったようです。

 なかには,no-ipの有料サービスを申し込んでいた人もこの影響で使えなくなっているケースがあるらしく,こういう場合ってno-ipからお金を返してもらえるのかどうか,ややこしい話になっています。

 マイクロソフトとしては,良かれと思ってやっているのでしょうが,問題はそのやり方です。悪い奴をつかまえるためには,善良な市民の犠牲も厭わないという姿勢です。極論すれば,犯罪者が逃げ込んだ町を町ごと焼き尽くすようなものです。

 ただ,その犯罪者をかくまうことにした町にも問題があるわけで,私はその町の住人に,わざわざ最近なったわけですから,ちょっと浅はかだったかなあというのが本音の所です。

 ということで,あまりドメイン名をコロコロ変えることは好みませんが,マイクロソフトに爆撃されてしまった町にはもう住めません。違う町に引っ越す事にしましょう。

 この例えで言えば,長年済んでいたdyndnsに立ち退きを迫られ,家を失った難民が数多く流れ着いたno-ipが犯罪者の巣になってしまい,マイクロソフトに吹っ飛ばされ,またも流浪の民となった,という感じでしょう。

 しかし,1つ大事な事があります。私は確かに流浪の民となりましたが,dyndnsにしてもno-ipにしても,そこに済むための対価を,支払っていないということです。(とはいえ,no-ipには対価を支払っても住めなくなったでしょうが)

 そんなわけで,新しいURLで引き続きよろしくお願い致します。

もう一度こんにちはPS3

  • 2014/06/30 12:46
  • カテゴリー:散財

 PS4も世に出ているこのご時世に,あえて先日PS3を買いました。

 2012年の8月に最初に買ったPS3が壊れたことを艦長日誌に書いていたのですが,あれから約2年,別に何かしようと思っていたわけではないのですが,買うことにしました。

 というのも,PS3が出てからもPS2が長く利益に貢献していた話と違い,PS4が好調ゆえにコストも下げ止まったPS3は案外早く生産中止になるのではないかと,勝手に思ったのです。

 別にPS3なんかなくなっても痛くもかゆくもないと言いたいところなのですが,実はダウンロードで購入したゲームが2つほどあり,これを手元にとっておくため,本体を今のうちに買わないといけないと思っていたのです。

 DVD-ROMなりBDのパッケージメディアで供給されるゲームであっても,結局本体がないと動かせないわけですから,ダウンロードであるかどうかどうかはあまり関係ないような気もしますが,なにせ買ったゲームが手元にあるかないか,というのは気分的に結構な問題なので,ちゃんとダウンロードが出来るうちに,いずれ買えなくなる本体を買っておく必要を感じていたわけです。

 で,24000円ほどで買えた本体ですが,随分随分小さくなっていると思いましたが,それでも安っぽくなっていないあたり,さすがだなあと思いました。ドライブはトップローディングに変わっていましたが,フタはボタンを押すとシュッと小気味良く左側にスライドしますし,開いたフタを右側にスライドすれば,まるで吸い込まれるようにシュッと閉じます。これは癖になる感覚です。

 動き出せばそれはもうただのPS3です。特に以前のPS3に比べて変わったところはありません。それがまたゲームコンソールのいい所でもあり,面白くないところでもあるわけですが・・・

 とりあえずPSNにログイン,PlaystationStoreから購入済みのゲームソフトを再ダウンロードして,遊べることを確認しました。そして,ついでにゲームのラインナップをざっと眺めてみました。

 モデル末期の最後の輝きとも言える,きら星の如く瞬くギャルゲーの数におののきつつ,案外昔のゲームが多いことに気が付きます。そうなんですね,これがまたオッサンホイホイなわけで,価格も安く,今どきのゲームにどっから手を付ければいいか分からない我々の世代でも,即楽しめるのが,20年ほど前のゲームなわけです。


 今さらDAYTONA USAなんか面白いのか,と思うのですが,824円だったので買ってみました。いやはや,おもしろいですよ。レースゲームならグランツーリスモ6があるのですが,ここまで真面目でストイックだと本当のマニアしか,面白いと思えるレベルまでやり込めません。

 でもDAYTONA USAなら,およそ実写の感覚とは違う「別の乗り物」でかっ飛ばす爽快感があり,短時間で遊べることも非常に楽しいです。思うに,やはりアーケード向けに練り上げられたゲームは,短時間で確実に愉しんでもらう工夫に満ちあふれているなあと・・・ああ,いい時代だったなあ・・・

 で,ここで1つ気が付いた事があります。ギャラクシーフォースIIもダウンロード出来るようになっていましたが,これってPS2版そのものなんですね。

 事象ギャラクシーフォースマニアの私としては,これは一応買っておく必要があります。ダウンロードして遊んで見ると,やはりPS2版そのままです。画面はもちろん,メニューの構成などもそのままです。

 ここでピンとくるものがあります。PS3で走る,PS2の互換機能をソフトで実現出来るのかどうか,です。

 初代PS3は,PS2と同じチップを内蔵して,力業でPS2との互換性を持っていました。いわばPS2をそのまま内蔵したこの構成は高コストであり,次の世代からは省かれてしまったのです。

 多くのユーザーは,高いコストをかけてまでこだわったPS2の互換性が簡単になくなるわけはないから,ハードによる互換性が省かれたのはきっとソフトによる互換性に目処がついたからだと思いましたし,毎度多くの機能が実装されるアップデートが頻繁に行われている事も考えると,そのうち標準機能になるだろうと思っていたはずです。

 しかし,実際に,PS2の互換性が復活することはありませんでした。

 数年前まで,やっぱりソフトによるPS2互換は技術的に難しいから出来ないのだ,という話もあったり,いやいや技術的には可能なはずだと反論があったりと,なかなかホットな議論がありました。技術論もさることながら,「SCEがエミュレータ技術に長けたエンジニアを募集している」といった話も出てきて,いちいち一喜一憂したものです。

 私自身は,この艦長日誌で,PS2互換を実現するためになにが一番大変で,それは技術的に打破可能なのかどうかを考察したことがありました。結論として,技術的には十分可能と書きました。

 しかし,その考察が正しかったことを示してくれるはずの,PS2互換は結局実現しなかったのです。そして2014年,もうそんな話が合ったことすら,すっかり忘れていました。

 それが,PS2版そのままのギャラクシーフォースIIを見て思いだしたのです。これこそ,まさにPS2互換機能だ,と。

 今さらこんな話で恐縮なのですが,そうなんです。PS2互換はすでに実現していたのです。ただ,その使い方は,PS3の機能拡張ではなく,PS3のコンテンツを増やすためだったというわけです。

 もちろん,PS2互換機能が,互換というには厳しい互換性しか持てなかったせいかもしれません。性能面では十分ではあっても,すべてのPS2ソフトの動作検証を行う為のお金と時間がかかりすぎたせいかも知れません。

 だから,特定のPS2ソフトをPS3のソフトとして動かすための仕組みとして使うようにしたのかもしれません。

 でも,SCEの人材募集に応募して,PS2互換の実現に邁進したエンジニアが,その成果物をこんな限定的な使われ方で済んでしまい,しかも大して話題にもならずに終わってしまったことに,私はちょっと不憫なものを感じます。

 今からでも遅くはないので,PS2互換を入れて欲しいなあと思います。最後の大型アップデートとして,PS3をこれまでのPSの集大成として末永く使うため,ぜひお願いしたいです。

D810雑感

 D810が発表になりました。

 こういう高級機は,慎ましい生活を愉しむ私にはあまり関係がないのですが,なにせ私はD800を背伸びして購入したユーザーであり,その後継機種は買うか買わないかに関係なく,興味がわくものです。

 その意味では,D810の噂がポロポロと出始めた頃からウォッチしてきたのですが,D800の時程ではないにせよ,いい意味で期待を裏切る進化を遂げていました。

 詳しい話は他にふさわしい場所を見て頂ければと思いますが,個人的に思う所を少し並べてみます。

・ローパスレス

 D800はフルサイズで3600万画素ということですので,画素ピッチは3.9um程度です。D800が出た当時,このピッチでローパスレスにするべきかどうかは意見が分かれており,ニコンとしてはどちらが主流になるか,判断しかねたのではないかと思います。

 その後,ローパスレスのD800Eが思った以上に売れたことと,ほぼ同じピッチのAPS-Cで2400万画素でもローパスレスが支持され始め,今はすでに高画素機のローパスフィルタの必要/不必要については,もう軍配が上がったと考えて良いでしょう。

 これは,ローパスレスによるデメリットである,モアレの発生がそんなに頻繁に起きない上に,画像処理でそこそこ消せることが分かって,メリットである高精細な画質に軸足を移すべきと,ユーザーが考えた結果だと思います。

 まあ,実際にモアレが出るシーンというはそんなにないし,出ても意外に気が付かないものですから,100枚のうち1枚にモアレが出るより,100枚とも高精細である事の方が,わかりやすいだけという話かも知れません。メーカーとしては,その1枚のミスショットを問題としましたが,私はそれをカメラメーカーの良心ととらえます。

 個人的には,折り返しノイズを後処理で除去できないことが理論上はっきりしている以上は,ローパスフィルタは必須と考えているのですが,そもそもローパスフィルタが必要ないような低周波数しか存在しない画像なら,別にあってもなくてもいいですし,折り返しノイズが出るような高周波数が豊富な画像なら,モアレが出るのでローパスフィルタがなければ成立しません。

 モアレが出た場合には,構図を変えたりして出ないようにすることも行われますが,これって結局構図を変えて,モアレと認知できないような周波数に折り返しノイズをシフトしているだけで,他に折り返しノイズが出ていることに気が付かないだけか,さもなくば折り返しノイズが出るような高周波数が貼ってこなくなっただけの話です。いずれの問題も,ローパスフィルタがあれば綺麗に解決するお話です。

 なのに,どうしてこんなにローパスレスが支持されるのかなあと考えたのですが,それはローパスフィルタの弊害が大きいことがあげられるでしょう。その弊害は2つで,画質の劣化と価格です。

 ローパスフィルタが純粋に高周波数のカットを行うだけの素子ならば問題はなにもありませんが,実は低周波数にも影響を与え,最終的に画質の劣化を起こします。これがモヤモヤとスッキリしない画像に繋がっていると思いますし,発色についてもやっぱりローパスレスの方が良かったりするのでしょう。

 それと,性能の良いローパスフィルタほど,高価です。安いデジカメと高価なデジカメの差にはいろいろありますが,ローパスフィルタの性能差も大きいです。高級機のローパスフィルタは,それだけでコンパクトデジカメが何台も買えてしまうほど,高価だったりします。

 これが一気に不要という事になれば,それはコストを削減するのに心血を注ぐメーカーに取って,この上なくありがたい話ですね。メーカーとしては,ちょっとでも可能性のあるモアレの発生を「機会損失」ととらえて完全防止することに大きなコストをかけていたのに,ユーザーの「そんなもんいらん」という錦の御旗を手に入れたという感じではないでしょうか。

 いずれにせよ,ローパスフィルタにはメリットもデメリットもあります。あるならあるで,ないならないで,上手に使いこなす必要があるということです。でも,ローパスフィルタありなしのカメラを,メーカーがチューニングをしたローパスフィルタありのカメラ同様に使いこなすのは,私はかなり難しいんじゃないかと思いますが・・・


(2)センサ

 センサは微妙に画素数が変わりましたし,低感度域が広がったこともあって,全く別のセンサに変わったようです。従来のセンサには定評があり,私も満足して使っていましたが,新しいセンサがどういう画像を吐き出すのか,ちょっと興味があります。

 センサが変わったという事は,そもそもRAWのデータが変わったということですので,画像エンジンが変わったという話よりももっと大きな話です。カメラの性格が根本から変わってしまう可能性もあるわけで,いい意味で挑戦的だなあと思いました。


(3)メカ

 メカも手が入っているようです。シャッターとミラーが改良されたらしく,その一番の恩恵は連写速度でしょう。私はD800の不満点に連写速度を上げていて,それは実際の連写速度と言うよりも,その速度に耐えうる骨格と筋肉を備えていることが重要と考えていたからです。

 DXで最高7コマ/秒というのは,D300に近い数字で,スポーツなどの動きの激しいものにも,それなりに追随できる性能です。もう一息欲しいところですが,7コマあればD800では対応出来なかったシーンでも活躍できることでしょう。

 また,骨格と筋肉はそれにふさわしいものになったことで,シャッター音も切れ味が出て良くなったと思いますし,その点でもD810には期待出来ます。

 ただ,1つだけ気になっていることがあります。それはレリーズタイムラグです。D800は0.042秒でD4などと同じ,一方でD810は0.052秒と随分遅くなっているのですね。

 この数字を信じるなら(信じるもなにもニコンの公式サイトにある数字ですが),この0.052秒というのは結構問題かなと私は思っています。

 GRやPentaxQなどを使っていて思うのは,今見たものが記録されていないという,タイムラグの深刻さです。それほどシビアな撮影ばかりではないのでGRもPentaxQもちゃんと使えているわけですが,D800をわざわざ持ち出すのは,やはりそこに高速レスポンスに期待するものがあるからです。

 0.052秒と言えば,D7100と同じです。またキヤノンの5D3なんかに近い数字のはずで,あのくらいの緩慢さというのは,0.042秒に慣れた人には結構辛いものがあるんじゃないでしょうか。

 私としては,他が素晴らしいだけにD810への買い換えも検討しましたが,このタイムラグの数字を見て,その気が失せてしまいました。


(4)有機EL

 ファインダーに投影される情報が,従来のLEDから有機ELに変わったそうです。このくらいのサイズの有機ELには十分は実績もあるし,実用上のデメリットはほとんどないのですが,個人的にはやっぱり寿命が短いことと,湿気による劣化の恐れがあることが心配で,LEDを使ったD800の方が安心して使えると思っています。


(5)LCD

 背面LCDはさらに高画質化したようです。従来の92万画素から120万画素に向上し,しかもRGBに加えてWまで加わったもので,これはかなり良くなったのではないでしょうか。

 そもそもD800は,発売直後に色がおかしいと散々クレームがついたカメラで,サービス対応で色の調整が行われるに至った程です。私は背面LCDに最初から期待していなかったので全然気にしていませんでしたが,ここまでよいLCDが搭載されるなら,もっと積極的に使って見ようかなと思わせます。


(6)電子先幕シャッター

 とうとうこれが搭載される時代が来たか,と感慨深いものがあるのですが,電子シャッターを先幕だけにしておくと,メリットは大きく,デメリットはほとんどありません。

 D810での電子先幕シャッターは,シャッターによる振動を減らしてブレを押さえるという,高画素機ならではの目的で搭載されたものですが,つまるところD800でもシャッターによるブレを押さえ込めていないはずということになってしまい,3600万画素を完璧に使い切れていないという話になるわけです。

 どのみち,手持ちであれば,シャッターはおろか,ミラーショックでさえも誤差となるほど,手ぶれの影響が大きいですから,そこは使い道の違いなんだろうと思いますが,この機能がライブビュー時にしか使えない事を考えると,ライブビューで撮影する(つまりミラーレスでよいという)理由が1つ増えるということになるのでしょうか。


(7)現像ソフト

 D800はCaptureNX2で現像可能なのですが,D810は不可能になるそうです。CaptureNX2の後継であるCaptureNX-Dで現像して下さいという話らしいですが,NX-Dはフリーになるとはいえ,NX2とは大きく異なるものです。

 一番大きいのは,NX2で使えたコントロールポイントが使えなくなることです。これはNIKの技術が使われているのですが,NIKが買収されたことでNX-Dには使う事が出来ないのでしょう。

 NX2の操作系はコントールポイントを軸にしたもので,慣れれば意のままに画像を調整出来る優れものでしたが,あまりに特徴的なものだっただけに,他のソフトへ簡単には移行できないんですね。

 私はNX2が高速で動作するマシンを持っておらず,その操作性の素晴らしさは認めていたものの,レスポンスが悪くて使わなくなりましたし,もっといえば他のカメラのRAWを現像するのに,結局他のソフトを使うことになってしまうので,NX2に慣れる前にLightroomへ移行する事にしました。だから,D810でNX2が使えなくなる問題は些細なことなのですが,NX2を愛用する人にとっては,D800からの買い換えを踏みとどまらせるほどインパクトがあるようです。


 てな感じです。

 D810いいなあ,かなり欲しいなあ,と思っていた私を,今一歩のところで踏みとどまらせたのは,やはりあのレリーズタイムラグの悪化です。僅かではなく,10msも遅くなるのは,もう普通にバレるレベルでしょう。いくら連写に強くなっても,これが悪くなっていることは,無視できません。

 また,D800Eなら買い換えたかも知れません。しかし私はローパスフィルタ信者です。おそらく3600万画素機でローパスフィルタを搭載するカメラは,D800が最初で最後になるでしょう。その意味で無印のD800が分類上貴重な存在になっているわけで,これを手放すときにはそれなりの覚悟が必要になるんじゃないかと思います。

 そもそも,D800に不満をちっとも感じていませんし,まだまだ使いこなしが出来ていません。もっと素晴らしい写真が撮れるはず。今のレベルでD810へ買い換えても,またカメラに振り回されるだけと思って,D800で精進したいと思います。

壁にUSB

  • 2014/06/23 21:04
  • カテゴリー:make:

ファイル 700-1.jpg

 電気工事の総仕上げとして位置づけていた,USBコンセントの取付が,先日終わりました。

 これまで,リビングに作ったカウンターテーブルの下側にコンセントが集まっていたのですが,上側にこのUSBコンセントとACのコンセントを増設したのです。

 今年5月に発売になったUSBコンセント「WN1471SW」が品薄で納期がかかり,ずっと作業が出来なかったのですが,ようやく手に入ったので作業を完了したというわけです。

 以前も書きましたが,私自身はこのUSBコンセント「WN1471SW」には少々懐疑的で,いずれもっと大きな容量のものが出てくるだろうとか,2口のものが出てくるだろうとか,ACアダプタの方が安いとか,思ったのです。

 しかし嫁さんに言わせると,カウンターテーブルの上側にあるので抜き差しが楽で,充電とデータの転送を同じケーブルで行う時に楽なんだそうです。私ならもう1つケーブルを買いますけどね・・・

 ACアダプタを上側に出すのは邪魔ですし,壁から直接USBが出ていると言うのは,それはそれですっきりします。もしどうしてもカウンターテーブルの上にUSBが欲しいなら,まあ壁に埋め込むしかないでしょう。

 私の場合,むしろ一緒に増設されることになるACのコンセントが便利かなと思っていました。デジカメの電池の充電するのに,カウンターテーブルの下側に潜るのはちょっと面倒ですし,異常に気が付きにくく不安だったのです。1つくらいコンセントが出ていないと,なにかと不便だなと思っていました。

 と,ここまで考えてWN1471SWを注文しようとしたのが5月末。当初5月中旬だった発売日が5月下旬になり,6月上旬となっていたのは知っていましたが,結局発売が遅れているだけの話だと思っていました。5月末に注文を出せば,発売後に手に入るだろうと思っていたのが,甘かったです。

 どうも,5月中旬に「新発売」として即納していた業者があり,ここに注文を出すとメーカー在庫切れで7月になると回答があったのです。まあ,どこまで本当かわかりませんし,話半分で聞いて頂きたいのですが,どうやら5月下旬に発売したのは本当で,ただ数が少なくてすぐに注残を抱える羽目になり,増産をかけても納期が7月になるという話のようなのです。

 実は,ある業者に注文を出したところ,7月上旬という回答をもらい,別の業者をみると即納とあるので,先に注文した業者をキャンセルさせてもらい,即納の業者にお願いしたところ,結局ここも7月上旬という話になったのでした。

 支払いも済ませたし,どこに頼んでも同じだろうと,もうここに任せたのですが,6月22日に私の手元に届いたというわけです。まあ10日ほど早まった計算ですね。

 作業そのものは難しいものではなく,壁の適当な場所に穴をあけ,配線を引っ張り,スイッチボックスをはめ込み柱にビスで固定,そしてコンセント取付枠にWN1471SWとACコンセントWN1001SWを取り付けて配線し,スイッチボックスに固定して,プレートをはめるだけです。作業そのものは1時間ほどで終わりました。

 WN1471SWを,取り付け前にしげしげとみていると,娘がトコトコとやってきて,じーっと見ています。気になる様子なのですが,「これはお母さんへのプレゼント」と説明すると,喜んでどこかに行きました。

 そして,子供を寝かしつけて一緒に昼寝をしていた嫁さんが,作業終了後にやってきたときに,「はいプレゼント」と壁を指さしたところ,今ひとつピンと来ない様子でしたが,ようやく意味がわかったらしく,「ありがとう」といってくれました。

 まあ,USBが壁から出ている一戸建ては,まだ少ないでしょう。今のうちから接客アイテムとしても活躍してくれそうですが,何にしても危険がないようにだけ,気にしないと行けません。様子をよく見て,危なそうならすぐに確認するという姿勢が大事だなと思います。

 ところでこのWN1471SWですが,仕様としては5V2Aということで,10Wクラスのアダプタです。一応iPad2,Walkmanあたりの充電は出来ています。どんな機器で充電出来るのか,充電出来るとして500mA以上の電流を引ける仕組みに準拠しているのかどうか,そのあたりははっきりせず,様子見という感じなのですが,とりあえずこれで壁からUSB充電計画は完了,です。

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