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ユーザー「gshoes」の検索結果は以下のとおりです。

MacBookProにUSB3.0を用意する

 先日ACアダプタが壊れたMacBookProですが,もうしばらくうちのメインマシンとして使うにあたり,心許ないのが外部ストレージです。

 1つには大容量の光学ドライブ,もう1つは接続インターフェースです。

 前者はBlu-rayディスクへの対応ですが,正直なところ,いまさら片面1層で25GB程度の光学ディスクが焼けたところで,手間ばかりかかって大したメリットはありません。

 大容量のHDDが安く買える今,すでに光ディスクの役割は終わったなあと,磁気&光メディア大好きの私は寂しい思いをするわけですが,この考えを少し変える出来事がありました。

 2002年頃に導入した,HDD/DVDレコーダーで録画した番組を発掘したことです。

 あれから10年を経て,DVD-Rにかき込まれたテレビ番組をPCでコピーしH.264に変換していたのですが,それなりに読めるんですね。もっとも読み込みをあきらめたものもありますが,ほとんど大丈夫でした。

 HDDにこうした番組を記録しておいたとしても,きっと読み出す事なしに,消えていたでしょう。また,容量が大きなHDDは壊れると被害も大きく,実は正月明けに2TB近いデータが消失し,そのフォローに1ヶ月もかかったことがありましたが,この時に大容量HDDの怖さを思い知ったのです。

 25GB程度に小分けされたデータであれば,1枚2枚読めなくなっても大部分は救えます。機械部分が別体になっていて,その気になれば新品を調達出来る光ディスクのシステムは,その点でとても合理的です。

 加えてBD-RはDVD-Rと違い,無機材料を使って作ります。有機材料を使うCD-RやDVD-Rは紫外線や温度変化に対しての変質が起きやすく,保存性がいまいちだったわけですが,BD-Rはこの点で期待が持てます。

 MacOSXでは正式サポートのないBDですが,次世代光ディスクのアナウンスがなく,民生品としての最終品になるであろうBDを,こなれてきた今導入するのは良い機会と言えるでしょう。

 で,BDの導入の話は後日。

 もう1つ,接続インターフェースです。

 HDDがSATAに移行して久しく,内部接続用途としては決着が着いた高速インターフェースですが,外部用についてはまだまだ規格の乱立が続いています。勝者USB2.0はすでに時代遅れになりましたが,その椅子を狙ういくつかの規格のうち,最近USB3.0が頭一つリードしている感じです。

 私も,HDDが1TBを越えたあたりで,インターフェースの見直しを行ったのですが,結論はeSATAでした。当時はこれが最速であったこと,HDDのSATAとほとんど変わらない信頼性を持つこと,そしてMacBookProで用意出来ることが理由でした。

 安定性と言えば,express cardで増設を行う以上,非常に不安定です。最初期は数回に一度は必ずフリーズし「カーテン」がするすると降りてきましたし,今でも不安定なときがあります。Macにおいて安定するのはやはりFireWireであり,標準装備でドライバも完備しているという純正の安心感は,何にも代えがたいものがあります。

 大事なデータはFireWire800で運用していますが,eSATAの魅力は裸のHDDをそのまま繋いで使えること,なにより高速であることです。しかし,eSATAはあくまでHDDを繋ぐためのものであり,カードリーダや光学ドライブを繋げるのは一般的ではありません。

 MacはThundervoltを採用していますが,世の中の流れは明らかにUSB3.0です。USB3.0の対応機器が増えて,非常に安く買えるようになってきました。最新のMacなら対応出来るこれらの機器を,なんとか私のMacで使えるようには出来ないものでしょうか。

 ちょっと調べてみると,express cardでUSB3.0を増設する方法があるようです。

 以前検討したときには,まだまだ安定せず,高価で,接続機器が限定されたり,ドライバが専用だったりと,手を出すには早いという感じがありました。

 ところが今は状況がかなり変わって来ています。そこで,express cardという難易度の高い仕組みを使って,新機能の追加をしてみることにしました。

 思い起こせば,PowerMac7600にUSB2.0をつけたり,ATAを増設したりと,随分延命をしたことが懐かしいです。あのころはPCIを使って,安いPC用のカードを使って楽しんでいたのですが,やっていることは全く同じですね。

 さて,MacBookProのexpress cardでUSB3.0を使うにはドライバが付属したものを買うか,PC用の安いものを買ってドライバを別途用意するかの2つに別れます。前者は確実ですが高価ですし,ドライバの更新がそのメーカー任せになるので,陳腐化する心配があります。

 後者は言うまでもなく非対応機器ですから,駄目で元々です。しかもドライバの導入はかなり危険で試行錯誤が不可欠,うまく動いているように見えて実は駄目でしたという事を見抜く目も必要なので,技術と時間がないと出来ません。

 その代わり安いし,最新デバイスを使えるし,ドライバもうまく選ぶと常に更新されたものを使えたりしますので,こちらの方が知的好奇心を満足できることは間違いありません。

 私はもちろん,PC用のカードを使います。ざっと状況を調べます。

 まず,ドライバは3つの方法で用意することが出来そうです。1つは他社製のカードのドライバをそのまま使う,あるいはApple純正のドライバにパッチをあてる,最後の1つは有志で作られた汎用のドライバを使うことです。

 そして,カードそのものについては,チップが実質ルネサスのuPD720200シリーズに限られていることから,あまり気にしなくても良さそうです。

 動作実績や価格,出っ張りがないことや入手性から,いつもの玄人志向から選びます。PITAT-USB3.0R/EC34という製品で,チップは最新のuPD720202です。価格は2000円ほど。amazonで買える便利さがいいですね。

 土曜日に届きましたので,早速検討開始です。

 まず,他社製のドライバをそのまま入れて見ます。LaCieのドライバを入れて見ますが,これで動いたという報告とは裏腹に,全然動かず。まあ当たり前ですね。

 次にApple純正のドライバにパッチを当ててみます。IOUSBFamily.kextの中にあるAppleUSBXHCI.kextを,パッチを当てたものと入れ替えます。パッチはカードのIDを変更するのが目的です。

 この方法だと,express cardを認識し,ドライバがロードされていることが確認出来ました。システムプロファイラでも,USBにSuperSpeedと表示されているので,動いたと喜んでいたのです。

 ところが,実際にカードリーダを繋いで見ても,全然動いてくれません。接続時に点灯するLEDも消えたままですし,システムプロファイラでも接続されていないことになっています。

 これは,カードが壊れているか,ドライバがおかしいか,どっちかです。壊れているならお手上げですから,とりあえずドライバを入れ替えることにします。3つ目の作戦,有志が作った汎用のドライバです。

 結論から言うと,これで動きました。

 導入は実に簡単で,有名なMultiBeastを使います。

 まず,tonymacx86のサイトにユーザー登録。次にMultiBeast-Mravericks6.1をダウンロードし,起動します。ここからUSB3.0用のGenericなドライバをビルド&インストールし,再起動です。

 再起動後,USB3.0カードを差し込んでシステムプロファイラを見れば,ドライバもロードされ,USBもSuperSpeedで認識しています。

 ここにカードリーダを差し込むと,ちゃんと動作します。ぱっと見たところUSB3.0として動いていそうです。

 しかし,電力不足はいかんともしがたく,USB3.0対応のポータブルBDドライブはスピンアップでこけます。セルフパワーにすると動くようになるので,注意しないといけません。

 気をよくした私は,最も需要の高いD800用のコンパクトフラッシュの読み込みを,従来のexpress card経由からUSB3.0に移行させようと考えました。USB3.0でCFおよびSDに対応し,CFはUDMAに対応していることが条件で,ざっと探してバッファローのBSCR17TU3が2400円ほどで買いました。

 早速,お約束のベンチマークです。USB3.0でちゃんと動いているのか,express card経由の方が有利なのか,そのあたりが気になるところです。

 まず,express card経由での速度を取り直します。環境も変わっていますからね。使うCFは前回と同じで,D800に使っているWINTECというアメリカの会社の製品で,3FMCF64GBP-Rというものです。容量は64GB,リードは90MB/s,ライトは45MB/sとうたっています。

Sequential
Uncached Write11.00 MB/sec [4K blocks]
Uncached Write9.20 MB/sec [256K blocks]
Uncached Read15.64 MB/sec [4K blocks]
Uncached Read78.87 MB/sec [256K blocks]
Random
Uncached Write0.88 MB/sec [4K blocks]
Uncached Write8.72 MB/sec [256K blocks]
Uncached Read7.40 MB/sec [4K blocks]
Uncached Read74.16 MB/sec [256K blocks]

 以前取ったときよりも全体に速度が落ちていますが,それでも256kのリードが80MB/sec近く出ています。シーケンシャルでもランダムでも余り差がないのは,ブリッジチップに起因するんじゃないでしょうか。

 次に,USB3.0です。これは2回測定しました。

Sequential
Uncached Write31.51 MB/sec [4K blocks]
Uncached Write30.81 MB/sec [256K blocks]
Uncached Read6.28 MB/sec [4K blocks]
Uncached Read92.46 MB/sec [256K blocks]
Random
Uncached Write0.80 MB/sec [4K blocks]
Uncached Write17.27 MB/sec [256K blocks]
Uncached Read4.90 MB/sec [4K blocks]
Uncached Read54.03 MB/sec [256K blocks]

Sequential
Uncached Write27.24 MB/sec [4K blocks]
Uncached Write23.66 MB/sec [256K blocks]
Uncached Read6.25 MB/sec [4K blocks]
Uncached Read92.36 MB/sec [256K blocks]
Random
Uncached Write0.81 MB/sec [4K blocks]
Uncached Write17.41 MB/sec [256K blocks]
Uncached Read4.88 MB/sec [4K blocks]
Uncached Read53.95 MB/sec [256K blocks]

 まず,256kのシーケンシャルリードが90MB/sec越えですので,USB3.0で動いていることは間違いないと思います。読み取ったデータも問題なく扱えていますので,正しく動作しているとみて良いでしょう。

 express card経由との比較は傾向がつかめず,ちょっと難しい所です。シーケンシャルリードは高速ですが,ランダムリードは25%近くも遅いです。そうかとおもうとシーケンシャルのライトが3倍も速かったりと,よくわかりません。

 確かによくわかりませんが,このくらいの読み書き速度が出ているなら,わざわざexpress card経由で読み書きする必要はありません。安心ですし,CFとSDが同じカードリーダで扱えるようになるメリットは大きいです。

 ついでに,SDカードも測定してみました。GRに使っている,トランセンドの32GB,SDHCのclass10,UHS-Iに対応するものです。

Sequential
Uncached Write21.67 MB/sec [4K blocks]
Uncached Write26.36 MB/sec [256K blocks]
Uncached Read4.78 MB/sec [4K blocks]
Uncached Read41.85 MB/sec [256K blocks]
Random
Uncached Write0.77 MB/sec [4K blocks]
Uncached Write3.54 MB/sec [256K blocks]
Uncached Read3.74 MB/sec [4K blocks]
Uncached Read35.84 MB/sec [256K blocks]

 CFと比べてみますと,リードは遅い一方で,ライトはそんなに悪くありません。これはNANDフラッシュの速度がボトルネックになっているからでしょうね。

 後で分かったことですが,これまでよく使われていたuPD720200という初期のチップに比べて,今回私が買ったカードに使われているuPD720202という新しいチップは,USBでの転送速度が30%ほど向上し,消費電力も下がっているんだそうです。

 シーケンシャルのリードが90MB/secを越えているというのは出来すぎですが,もしかするとこのチップの性格を示しているのかもしれないです。

 いずれにせよ,USB3.0が私のMacBookProで動くようになりました。普及速度があがり,安い対応機器が入手しやすい形で提供されていることを横目で見ながらの生活はこれで終わりです。

 PCが陳腐化する3大理由は,メモリ不足,インターフェースの陳腐化,最新OSの対象機種から外れる,だと思うのですが,インターフェースの陳腐化についてはUSB3.0が動くようになったことで,もう心配はなくなりました。

 BD-Rの書き込みが出来るのか,外付けHDDがちゃんと動くのかなど,いろいろ試さねばなりませんが,少なくとも懸案だったSDカードの高速化とCFカードとの統一環境構築が達成出来たことは,大きな収穫だったと思います。

壊れたMacのACアダプタを買う

  • 2014/02/17 13:32
  • カテゴリー:散財

 2008年6月に購入した,私のMacBookPro。Ealry2008と呼ばれ,ユニボディになる前の最終モデルに該当するこのマシンは,購入から5年半を経過した現在でも主力機として,私の日常を支えています。

 バッテリーが取り外せるという事は,取り外せる機構がなければ駆動時間の短さや電池の寿命そのものが尽きることが問題なんだという裏返しで,すなわちこのMacBookProの弱点を物語っているといえるわけですが,その後出たモデルが電池をはめ殺しにした構造になっても,特にそれが大きな問題を起こしていたり,不評を買っていたりしないことを考えると,当時は交換が出来ない事を疑問視する声が大きかった事を考えると,アップルはちゃんと技術的な裏付けを行っていたんだなと,感心します。

 電池交換可能,光学ドライブ,アイソレーションタイプではない旧式のキーボード,FireWire400/800を標準搭載,ExpressCardスロットがある,MagSafe,などなど,やはり古いマシンなんだなと思う一方で,それらレガシーなものを便利に使っている私などは,最新のマシンに移行するのがためらわれてしまいます。

 6年近くも使っていますが,OSは幸い最新になりますし,それなりの処理能力があるので,快適とは言えなくても,ちゃんと私の期待に応えてくれる,頼もしいやつです。

 いつものように,ちょっと重たい処理を続けていた私は,ふと画面上の電池残量表示が50%近くになっていることに気が付きました。ACアダプタで使っているのに,電池が減るとはこれいかに。

 おかしいと思ってMagSafeを見ると,ランプが緑にもオレンジにもなっていません。消灯しています。一度抜いてもう一度刺しますが,状況は変わらず。Mac本体はACアダプタが挿されていない状態となっているようです。

 ACアダプタが動いていないと言うことですから,AC100Vを確認しますが,これも問題なし。代わりにMacBookAirのACアダプタを刺してみると,ちゃんと動きます。

 ということで,とにかくACアダプタ自身が壊れたことだけはわかりました。そうこうしているうちにどんどん電池が減ってしまって困るので,嫁さんのMacBookのACアダプタを借りてきて,これでしばらく使う事にします。

 MacBookPro付属のACアダプタは85W。MacBook付属のものは60Wで,Air付属のものは45Wです。うちにはこの3つがあるわけですが,さすがに45Wでは充電は出来ず,本体の動作が精一杯です。60Wなら処理の軽いときに充電をちょっとずつ行うようで,充電完了までに5時間以上もかかると出ています。

 6年近く前とはいえ,メモリは6GB,SSDに入れ替えてあるMacですから,まだまだ使うつもりです。ACアダプタが壊れたくらいでマシンを買い換えるのは,あまりに早計です。そこでACアダプタを買い直すことにします。

 事情通の方なら,そのアダプタはリコールかかってるよ,と親切に耳打ちしてくれるかも知れません。確かにMagSafeはコネクタの根元の設計が悪く,ねじれると網線が露出してショートすることから,無償で交換される場合があります。

 私も一瞬考えましたが,私のACアダプタを見るとねじれた様子も網線が露出している様子もなく,とても綺麗です。しかもこの交換プログラムは日本では結局アナウンスされなかったようですし,アメリカでも2012年頃に終わっているそうです。

 そもそも,大電力を扱っていた電子機器が5年以上も動き続けていたわけですから,さすがにこれをメーカーの責任にするのは気が引けます。

 交換の交渉はアップルストアに出向く必要がありますし,急いでいたこともあって,今回は新しいものをさっさと買うことにしました。

 純正品は7800円です。高いですね。以前,PowerBookで安価な互換品が出回っていたことを思い出し,amazonを探してみます。

 有名なメーカーの互換品は全然見つかりませんが,ノーブランドのものが2000円台で買えたりするようです。

 レビューを見ていると,すぐに壊れた,煙が出たなど,散々な評判です。いかに安いとはいえ,こんなものに手を出したら火事を出してしまいます。

 4000円くらいで有名メーカーの互換品があったらいいなと思っていた私は,価格と信頼性の大きな開きに,めまいを起こしていました。

 調べてみると,MagSafeの仕様が公開されなかったため,有名メーカーは互換品を投入出来なかったそうで,純正品かアングラ品の二者択一という困った状況になっているようなのです。困りました。

 もうこの際新しいMacを買うかなーとつぶやくと,嫁さんが鬼の形相で「またそういう極論を」と言いながら,私を睨んでいます。新マシン導入計画はわずか数秒で頓挫しました。

 仕方がありません。根気よくもう少し調べてみます。

 amazonを見ていると,5000円台の商品が時々目に付きます。正規品ではないのですが,互換品というわけでもないという微妙な商品です。いわく,純正のバルク品だと。

 ものが純正品なら別にどんなものでも構わないのですが,本来出回らない形でなぜ純正品が出てくるのかちょっと不安を感じつつ,3000円近く安いという現実に目が眩み,アップル純正という触れ込みの商品をポチりました。

 しかしながら,amazonのレビューは,特にマーケットプレイスの場合には,複数の業者が1つにまとめられているので,どの業者のレビューなのかわからない仕組みになっているんですね。まともな業者はとばっちりを受けるだろうし,そうでない業者は労せず良い評判を得られることになるので,我々利用者も気をつけないといけません。

 最初にお願いした業者は海外からの発送という事で,納期が2週間近くもかかってしまうことから,申し訳ないけどキャンセルさせてもらい,国内発送の業者に再度お願いすることにしました。

 途中で祝日を挟んだことと,違う住所に配達されるという事件のせいで受け取りが遅くなりましたが,なんとか入手しました。

 開けてみれば,間違いなく純正品です。ドキドキしました。もしパチモンが入っていたら,泣くに泣けません。

 当然,普通に使えます。充電もばっちり,システムプロファイラーによる診断でも,ちゃんと85Wの純正品として認識されています。発熱や発煙もなく,なんら問題なく使えています。

 価格は送料込みで5200円でした。これも少し前なら5000円未満だったらしいですが,ここのところの円安傾向で,値上がりしたんでしょう。こうしてジワジワと物価が上がっていく感じがこわいです。

 毎日酷使していますが,1週間ほど経過した現在のところ,なんら問題はありません。もうしばらくこのMacを使い続けることになりそうです。

PC雑感

 PCはいつから,こんな「面倒な存在」になってしまったのでしょうか。

 そんなことをつくづく考えさせられる事が続いています。PCという事業からの撤退や売却です。

 1980年代を駆け抜けたメーカーは,その出自も含めて強い個性を放ち,製品と共に我々ユーザーに強力なアピールを続けてくれていました。これらメーカーの動向をウォッチすることは,それ自身がとても楽しい行為でした。

 思えば,作り手も使い手も,共に模索し,成長をしていた時代だったということなのでしょう。

 しかし,気が付けば,縮小,撤退,売却と,暗いニュースばかりがウォッチされ,変化が進歩と同義である時代は,終わってしまっていました。

 TK-80を経てPC-8001,そして我が世の春を謳歌したPC-9801を生み出したNECと,PCの本家本元でありDOS/Vで日本のパソコンを根底から覆した日本IBMは宿敵のライバル同士であり,それこそ汎用機から個人用のPCまで,まさにあらゆる分野で競い合った間柄でしたが,PC事業は共に中国発祥のレノボに売却されています。この両者がボロボロになった末に同じ傘の元にいることなど,誰が想像出来たでしょう。

 日本のパソコンの先駆けであるMZ-80を世に問うたシャープもPCからは撤退,世界最高水準の半導体と汎用機をバックに持ち,日本で最初のパソコンであるベーシックマスターを作り上げた日立も法人向けをOEMで扱うだけで事実上の撤退,かつて御三家と呼ばれたパソコンメーカーのうち,今でも頑張っているのはFM-7の富士通くらいのもので,そこはさすがにコンピュータ専業メーカーの意地なんだなと思わせるものがあります。でもきっと苦しいでしょうね。

 日本初の16ビットマシンであるMulti16を投入した三菱電機は随分昔にPCからは撤退,ビジネス機からホビー機まで節操なく作っていた三洋電機は会社自体がなくなりました。

 強力な半導体開発力を持つ東芝も早くからパソコンに参入したメーカーです。でも富士通とは違ってコンピュータを作るきっかけは,その部品,演算素子である真空管のトップメーカーであったことが大きいと思うのですが,ふと見渡すと,1980年代から業態を変えずに総合電機メーカーとして生きているのは,東芝だけになってしまったことに気が付きます。

 Dynabookという固有名詞は,アラン・ケイによって創造された言葉ですが,これに(アラン・ケイの理想とは少々違ってはいても)実態を与えた東芝は,もっと評価されてしかるべきではないかと思います。

 あとはエプソンです。時計メーカーとして誕生し,プリンタで独り立ちしたこのメーカーは,時計で培った低消費電力の半導体技術を生かして,世界で最初のモバイルパソコンHC-20を生み出しましたが,PC-9801の互換機でパソコンメーカーとして強い印象を我々に与えて,今もちゃんとPC事業を営んでいます。

 そして1980年代にSMC-70という独自マシンを発売し,その後MSXでリベンジ,一方でUNIXワークステーションであるNEWSを手がけ,QuarterLという業務用パソコンから満を持してVAIOで個人用PCに再参入を果たしたソニーが,とうとうPC事業を切り離します。

 パイオニア,キヤノン,セガ,ソード,松下電器,日本ビクター,リコー,カシオなど,会社自身がなくなったり,パソコンをやっていたことすら知られていないメーカーもたくさんあるわけですが,新しい製品が市場を作り,その成長期には様々な分野からの参入が相次いで激しい闘いが繰り広げられた後,敗れた多くが静かに消えゆくという図は,別に珍しいことではありません。

 日本国内の工業製品に限った場合でも,バイクがそうでしたし,自動車もそうでした。カメラもそうですね,かつてはメーカー名の頭文字がAからZまで全部揃うと言われたほどあったのですが,今は数えるほどしかありません。

 しかし,これらとパソコンとの大きな違いがあります。メーカーは減っても製品そのものは進化を続け,その製品が十分に魅力的で,技術的にも経済的にも文化的にも先頭を走っているのか,そうでないのか,ということです。

 一言で言うと,その製品への周囲の期待度の差というのでしょうか。注目度の差というのでしょうか。突き詰めればその製品が放つ輝きの差とでもいうのでしょうか。

 PCはコモディティ化が進み,道具になったと言う人がいます。だから魅力を失ったという人もいます。しかし,本当に素晴らしい道具には,それ自身の魅力があり,大きな期待がかかるものです。果たして今のPCにそんな魅力があるでしょうか。

 似たような製品があるとすれば,電卓がそれでしょう。非常の高価なものがどんどん安く,小さくなり進化を続けて多くのメーカーが一気に参入,その後価格が下がって撤退が相次ぎ,今は数社しか残っていません。進化そのものも止まり,どこでも買えるものではありますが,どれを買ってもそんなに違いはありません。

 電卓とPCに共通するものは,それがビジネスツールであったことです。ビジネスツールに求められるのは,個人用のものとは根本的に違い,効率が優先されます。横並びで安く,必要最小限の機能があればよく,個性はむしろ疎まれます。

 しかし,業務用と個人用は,元来お互いに食い合うものではありません。例えば自動車のように業務用のトラック,ワンボックスカーやライトバンが,SUVやミニバン,ツーリングワゴンと名を変えて売られることに違和感を持つ人はいないでしょう。

 ではなぜ,PCではそうならなかったのかというと,業務用のPCをそのまま個人用に持ち込んでしまったからです。これは電卓もしかりです。

 先程の自動車の例では,トラックやワンボックスカーがそのままSUVになったりミニバンになったりしているわけではありません。初期にはそうであったかも知れませんが,進化と共に乗用車をもとにした製品に生まれ変わり,個人が所有するにふさわしいものになっています。

 PCはどうでしょうか。CPUやメモリー,HDDなどは別に共通でも構いません。自動車のエンジンやタイヤが,業務用と個人用で多少の差はあっても基本的な違いがないことと同じです。

 人に触れる部分,キーボードやマウス,ディスプレイはどうでしょうか。これは自動車で言えば,ハンドルやレバー,ペダルに相当しますが,これも多少の差はあっても根本的には違いません。むしろ違っていると同じ操作ができなくなってしまいます。

 では,残った部分,OSと,OSが提供するユーザーインターフェースやユーザー体験はどうでしょう。

 ここではっとするのは,会社のPCと自宅のPCが,いかに外観が違っていても,動き出してしまえば「全く同じもの」であることです。

 会社で表計算ソフトを使う,あるいはワープロを使う,一方家ではゲームをする,音楽を聴く,という風に違う目的で使うのに,画面も操作感も全く同じ。あのいつものWindowsです。

 PCは,その筐体を眺めることが目的ではありません。もっと言えば,操作を始めてしまえば,誰も外観など気にしません。注目するのは画面の中です。

 その画面の中は,会社でも家でも,全く同じなのです。

 果たして,それで楽しいでしょうか。面白いでしょうか,操作することそのものに,興味を持てるでしょうか。

 自動車には,目的地に人や物を移動させるという,業務用と個人用とに共通した本来の目的があることに加えて,個人用に特有である「運転することの楽しさ」と「所有することの楽しさ」があります。

 逆を言えば,運転することと所有することが楽しくないなら,個人用の自動車ではないということです。だから,どの自動車メーカーも,個人用の自動車には運転することの楽しさと持つ事の楽しさを,非常に大切な要素として貪欲に取り込んでいます。そしてそれが,自動車が単なる道具に成り下がることなく進化を続けていることにつながるのです。

 PCは,情報処理という業務用と個人用に共通の目的があります。もしPCに単なる道具以上のものを付加して進化を自動車と同じように望むのであれば,個人用のPCにはこれ以外の目的がなければなりません。

 個人用の自動車が備える目的である,運転という行為に相当するのはPCを操作することです。PCにも所有する楽しさが見いだせればいいのですが,これはかなり高度で難しいことですから,そこまでは望めなくとも,「操作することが楽しい」状況がない,それどころか,会社のPCと全く「同じ」という状況に疑問を持たず,それをずっと個人に押しつけてきた怠惰を,PCを提供する立場にある人々は,猛省すべきです。

 ここで私がメーカーと言わずに,「提供すべき立場」と書いたのは,そこにOSのメーカーであるマイクロソフトの責任が大きいとみるからです。

 マイクロソフトの大きな勘違いは,自分達がOSを独占できたことを,Windowsが万人に広く支持されたと解釈したことです。PCは生産性を向上させる道具ですから,自ずと業務用が大きな数を占めます。そこで支持されたことが,すべての人々に支持されたと勘違いしたことに,罪深さがあるのです。

 商用車のジャンルにライトバンがあります。乗用車の扱いやすさとたくさん荷物が積めるという利便性は個人用途にも魅力的で,1990年代には個人用にもツーリングワゴンとしてブームとなりましたが,この時自動車メーカーはライトバンをそのまま個人用に売るのではなく,ちゃんと乗用車として作って個人用に販売し,その期待に応えてきました。

 PCだって同じです。仕事の道具をそのまま個人に売るのではなく,個人にふさわしいものをちゃんと丁寧に作り込んで,提供することをなぜしなかったのでしょうか。

 私は,PCにおける唯一の勝者といっていいマイクロソフトの奢りがすべてであったと思います。専門家にとってWindowsを操作することは,業務用のマシンを操作することと同じ楽しさを味わえるかも知れません。しかし世の中の大半の人々は,バスやトラックを運転して楽しいとは思わないのです。

 繰り返しになりますがマイクロソフトは,業務用と個人用を分けるべきでした。同じ物をほとんど同じ状態で売ったことは,厳しい言い方をすれば個人のユーザーの感性を低く見積もった結果だと言えるでしょう。

 その意味では,PCメーカーは実質的なOSの選択肢がなかったことで,業務用と個人用を根本的に作り替えることが出来ず,限られた方法で窮屈な試行錯誤を余儀なくされたわけで,すなわち彼らもまたマイクロソフトの犠牲者だったと,言えるかもしれません。

 すでに個人は,そうした状況を意識するかしないかは別にしても,すでにPCを見限り,高性能化したスマートフォンやタブレットに移行しています。いずれもアップルが道を開いたものですが,アップルが個人に問うたのは,自らも製品を持っているPCを進化させて個人用に提供することではなく,全く別のデバイスを作り上げたことが非常に興味深いところです。

 ここで,アップルは,PCが個人にそもそも適したものではないと考えていたことに気が付きます。マイクロソフトが大きくて運転が楽しくないトラックをそのまま個人に買わせようとしたのに対し,アップルはトラックではなく,もっと小さな自動車を自ら作り,運転そのものも楽しくしました。

 PCは大きな節目を迎えています。

 かつては人間よりも快適な環境に鎮座し,専任のオペレータにお願いすることでしか利用出来なかったコンピュータはまさに神であり,オペレータは神に仕える巫女でした。

 やがて神は新しく生まれた技術によって,気付かないうちに我々の身近なところにいる存在となりますが,それでも我々とは直接会話をすることも見る事もない,特別な神のままでした。

 そんな状況の変化に気付いた一部の人々は,ただ神と直接話がしたいという知的好奇心だけを理由に,巫女を介在しない直接の対話を目指し,寝食を忘れてその作業に没頭しました。

 結果,我々一人一人が直接神と対話し,神を独占できるようになったのです。ここに至って神は,そうした熱意ある人々の,とても親しい友人になりました。

 この友人は,最初は本当になにも出来ず,ただ知的好奇心を満たすだけの話し相手に過ぎませんでした。それでも,それまで直接話をすることさえ許されていなかった互いが友情を育むのに,そんなに時間はかかりませんでした。

 この友人は,我々の想像を超える速度で成長を遂げ,少しずつ我々の可能性を拡大し,生活を豊かにしていきました。そして遂に,この小さな神が互いに繋がって世界中を覆うようになり,爆発的な速度でその能力を高めていったのです。

 そんな小さな神は,一番の理解者である親友と共に,とても幸せな時間を過ごしていましたが,そんな緩やかな時間は長くは続きませんでした。

 あるとき,驚異的な能力を持つ小さな神をみた商人が,「これはもしかするとお金儲けに使えるんじゃないか」と思いついたのです。

 神は,お金儲けを考えた人達の,その潤沢な資金と組織力によって,一気にお金儲けをするための道具に作り替えられていきました。

 そして,良き友人は,ただのお金儲けの道具になってしまいました。あらゆる商人が群がっては,その力をむしり取っていきました。

 時は流れ,その道具は特別なものではなくなり,もはやお金が稼げなくなっていました。お金を儲ける事が出来なくなった小さな神は,役立たず,穀潰し,いくらお金をかけたと思ってるんだと商人に罵られながら,あるものは潰され,あるものは外に売られていきました。

 かつて,今よりもずっと力がなかった小さな神様と,親友として過ごした楽しい時間を覚えている人々は思います。多くの人が見捨てても,我々はずっとそばにいようじゃないか。だって,我々は親友なんだから。

20年前の日本橋の食事事情

 ふと,大阪に住んでいた頃を思い出すことがあります。もう20年も前の話ですが,学生だった当時,私は毎日バイト先の日本橋に通っており,小学生の頃からの夢であった「日本橋で売る側になる事」をかなえて,毎日を楽しく愉快に暮らしておりました。

 今にして思うと,なにがそんなに面白かったのかと思いますが,当時はまだまだバブルの残り香が町を賑やかに彩っていて,人も物も多く,最先端の電子機器と古い町並みが同居するといった,妙に猥雑なところを職場としていたことが,浮き足だっていた理由かも知れません。

 当時の日本橋は「ものを買う町」であり,そこにあるのは販売店です。ここを訪れる人もそれは分かっているからか,食事をしようという話になりにくいようで,飲食店は非常に少ない地域でした。

 しかし,販売店で働く店員さんも人間である以上,ご飯は食べないといけません。そういうプロのお腹を満たすお店だけがあったのが,当時の日本橋という所です。

 ちなみに店員さんは,交代で昼ご飯を食べに行きます。早い人は11時頃から,遅い人はもう夕方になる頃,昼ご飯を食べに行くわけです。ですから,オフィス街の定食屋さんと違って,12時に集中して極端に混雑することもなければ,日替わり定食に時間制限があったりするわけでもありません。

 私も店員として,この街の関係者に成り立ての頃は,数の少ない飲食店を探し回っていて,新世界や難波あたりまで足を伸ばすこともありましたが,次第にお気に入りの店が出来て,そこで済ませることが多くなりました。

 今でこそ日本橋は食べるに困らないだけの飲食店を抱える町になりました。しかし,当時私が通った店は,買い物に訪れる人ではなく,店員さんを相手にしたお店であって,そのへんがちょっと違うんだろうなと,思ったりします。

 そんなわけで,もう20年も前の話ですが,当時よく通ったお店を思い出しながら書いてみたいと思います。

 先に書いておきますが,そんなにあちこちいっていません。毎日のことですから,同じ店に通うようになるからです。


・やまちゃん

 デジットの隣にあった定食屋さんです。小さいお店でしたが,安くて美味しい,いかにも大阪な感じの定食屋さんでした。なにが助かったって,ここは日替わり定食が美味しくて,確か550円だったと思うのですが,旬の食材を使って値段以上の食べ物を毎日食べる事が出来ました。

 毎日「何を食べるか」で悩むことなく様々な食事にありつけて,値段も決まっており,しかも美味しいという事で,飲食店は日替わり定食がどれくらい美味しいかで評価するという,私の基本ルールが確立したお店でもあります。

 また,好き嫌いがそれなりにあった私でしたが,選ぶのが面倒という理由で余程の事がない限りは頼み続けた日替わり定食のおかげで,今まであまり好きではなかったものが本当はすごく美味しく,好物になったこともありました。

 それでも,牡蠣フライとか出てしまうとさすがに駄目で,こういう時はカツ丼です。やまちゃんのカツ丼はかなり味が濃いのですが,これぞ大阪のカツ丼という味で,これも振り返ってみると,今の私の丼物の味の基準になっています。

 はじめてやまちゃんに行きだしたのは高校生の時ですが,当時デジットでバイトをしていた私が,1週間ほどしてから毎日の昼ご飯にいよいよ困って,近くのお店で済ませようと思ったのがきっかけでした。以後,大学生で別の店で働くようになっても,ここに毎日通っていたのです。

 ところで,やまちゃんの大将はとんかつの有名店「こけし」の大将の弟さんだと聞いたことがあります。そのこけしも今や二代目だそうですし,やまちゃんも2005年に閉店したとのことです。さみしいです。大将とメガネの若いおにいちゃんとおばちゃんの3人で切り盛りしていたお店でした。懐かしいなあ。

 そういえば,私の父親がふらっと日本橋にやってきて,一緒に昼飯でも食べようというので,日替わり定食がうまい店にいこうとやまちゃんに来たところ,その日の定食はなんと「カツ丼」で,ちょっとバツが悪かったことを思い出しました。

 そのやまちゃんには,1つだけ難点がありました。それは,日曜日は定休日だったのです。だから,日曜日はどうしても別のお店に行かねばならないのです。


・こけし

 やまちゃんの近くですが,ここは有名なお店で,今さら説明のないほどです。私が生まれるずっと前の昭和40年に開店したと言いますから,高度成長期の電気街を支えたお店だと言えるでしょう。

 ここはとんかつ丼ととんかつカレーしかない店ですが,卵の数ととんかつの枚数,そしてご飯の量を選ぶというシステムで注文をします。

 味は割に薄味で,素材の良さを前面に打ち出すお店でした。そのかわりお値段は当時としてもやや高くて,毎日通うわけにはいきません。800円も出せば,もう食べられないものはないと言うくらいに選択肢があったのが,当時の大阪の昼ご飯なのです。

 とんかつしかないこと,お高いことで,私の同僚の間でここで昼ご飯を食べる人はまれでした。だから,有名で知らない人はいないお店でしたが,案外思い出がありません。

 滅多に日本橋に来ない友人を案内するときなんかに,ここで食べる事がありました。確かに美味しく,当時の私には「ご馳走」という印象が強いお昼ご飯でした。

 こけしは,先程書いたように先代が既になくなっており,その味をシステムを引き継いだ二代目が今も営業を続けています。ただ,町に活気がなくなってきたこともあるのでしょうが,これまでの大きさのお店では厳しくなったということで,お隣の少し小さいお店に移転したとのことです。


・ポミエ

 旧丸善無線,のちのOAシステムプラザの向かい側に,無線機屋さんがありますが,そこからさらに難波の方にいくと,ポミエという喫茶店があります。

 やまちゃんが休みの日曜日に,どうしたものかと彷徨ってたどり着いたのがこのポミエで,私が入った時は開店してまだ数日でした。手持ち無沙汰なおばちゃんが数人いて,大丈夫なんかいな,と思ったものです。

 当時は今ほど人気店ではなくて,いつもすいていました。あったメニューは鶏の唐揚げ定食や豚生姜焼き定食といった当たり前のものだけで,値段は500円程度とリーズナブル。味はなかなかよかったので,日曜日にはよく来た覚えがあります。

 私は食べたことがないのですが,ここは焼きそばとお好み焼きも美味しかったらしく,同僚には頻繁に行く人もいました。

 そのポミエは今でも同じ場所で営業中ですが,角煮定食といったヒットメニューの開発に成功したらしく,いつも満席の有名店になっているようです。

 いかにも慣れていないおばちゃんが,たどたどしい手つきで,不細工に盛りつけられた唐揚げをテーブルまで持ってきたことを,今も思い出します。


・サンブリッジ

 先程の無線機屋さんの隣にあるカレーショップです。私が大学生の時に開店しました。案外カレーの専門店というのは当時はなくて,珍しさもあって開店当日に行った覚えがあります。その時もらった記念品の時計付きボールペンを,当時仕事で使っていたなあ。

 黄色のライスにかかったカレーはしっかり辛く,美味しかったことを覚えていますが,さすがに毎日というわけにはいかず,結局数回しか行かなかったと思います。

 実は,当時一緒に働いていた先輩の友人が始めたお店という事で,後日私もそこで同じ店で働いているという話をした記憶があります。仲間内ではサンブリッジとはいわず,「吉田カレー」とよんでいました。

 今思うのは,当時の日本橋には,そこで働く人向けの飲食店はあっても,ここを訪れるお客さん向けの飲食店は非常に少なく,カレーという無難な食べ物を,入りやすい雰囲気のお店で用意してくれるサンブリッジは,なかなか貴重だったと思います。

 聞けばこのサンブリッジ,今でも同じ場所で営業しているそうですが,当時のメンバーは新世界で別のお店をやっているらしく,別の人が続けているそうです。


・餃子の王将

 今でこそ餃子の王将は大人気のお店ですが,1990年代の初頭はそんなに人気のある店ではなく,うまいし安いが店は汚く,客も垢抜けず,とても家族で来るような所ではないし,どちらかというと低く見られたお店でした。

 ちょうど通天閣の下あたりにあったので,気が向いたらここで天津飯を食べていました。私は今でもそうですが,王将に行けば必ず天津飯です。当時はスープ付きで確か370円でした。餃子を付けても500円程度です。安いです。

 東京に来てから知るのですが,大阪の天津飯というのは東京では食べられないんですね。初めて食べたときに「おいしいなあ」と思ったことが忘れられず,今は自宅で大阪の天津飯を作って食べています。


 こんなところです。他にも,こけしの向かい側にある喫茶店で食べたり,ほっかほか亭が出来たときにはここで弁当を買って帰ったり,昔OAシステムプラザがあった山田ビルの1階にあったスーパーダイコクで弁当を買ったりと,いろいろ試していましたが,結局上記のお店に収れんしました。

 やまちゃんは閉店しましたが,大阪で飲食店が長く続くというのはとても大変なことで,早くて安くて何よりおいしくないと,あっという間に潰れてしまいます。つくづく思うのは,高級なお店ではなくとも,こうして長く親しまれるお店で毎日ご飯を食べたことで,大阪の庶民の味を覚えるきっかけになったんだろうなと思います。

 これはなかなか貴重な経験だったかも知れません。普通の学生をやっていたら,毎日使える定食屋さんに出会うこともなかっただろうし,そういうところで食べる必要性もなかったでしょう。どの世界でもそうですが,プロが支えるものというのは,確実なものが多いんだなあと思います。

 早くて安くてうまい,これが生き残る飲食店の条件です。

 

10年ぶりに腕時計を新調

  • 2014/01/27 13:48
  • カテゴリー:散財

 腕時計を買いました。

 私は趣味で腕時計を買う人ではありませんので,これまで長く使っていたシチズンのプロマスター以来,実に10年ぶりになります。

 2003年9月末に買ったこのプロマスターは,電波時計でかつ太陽電池でしたから,精度は抜群,閏年や閏秒も自動で補正,太陽電池で電池切れも起きず,20気圧防水で汚れたら水でジャブジャブ丸洗いと,本当にメンテフリーでした。

 ケースもバンドもチタンコーティングで傷も付かず,本当に悪くなる部分,消耗する部分がない,優秀な時計でした。問題があるとすれば,結構大ぶりなことと,実用性の反面で今ひとつ格好良くないということでしょうか。

 そして私の趣味とはちょっとずれていて,最近は違和感がありました。買った時はまだ若かったのですが,ちょっとフォーマルな場には使えないなと思っていました。

 高校生の時に使い出したセイコーのクオーツは皮のバンドで,何度も交換しましたし,電池も交換しました。パッキンが悪くなって水が入り込み,8年ほどで壊れてしまいました。

 その後,大学卒業時に総長賞でもらったセイコーのクオーツを就職と同時に10年ほど使っていましたが,記念の時計でもガンガン常用したため,傷がついてしまいました。

 しかも,秒針が外れてしまい修理に出したのですが,元の部品は手に入らずちょっと違う部品で修理をしました。

 自分で電池交換をするとパッキンを壊すのでいつも時計店に頼んでいましたが,プロでもヘマをするらしく,水が入っていて,オーバーホールも必要になりました。やっぱり記念の時計を常用するのはやめようと,その時思ったのです。

 皮バンドは交換が面倒臭い,電池交換は故障のリスクが大きいという事で,結論はメタルバンドに太陽電池,そして防水です。この条件を満たしたのが,先のプロマスターでした。

 こいつは本当に手がかからない素晴らしい時計でしたが,正確な時刻は携帯電話で手に入る現在,腕時計にそこまでの精度が必要だろうかという疑問もあり,機械式の時計に興味がわいてきたのが,1年ほど前の話です。

 そんな折,セイコーが文字盤をホーローで作った機械式時計を限定で生産したのが一昨年の末で,シンプルなデザインに,透き通るような白い文字盤がとても綺麗で,欲しかったのですが,すでに完売。

 縁がなかったのだと諦めていたところが,今年1月にカタログモデルとして販売されることを知りました。1月24日発売という事で値段を見れば,そんなに高いものではありません。定価で84000円です。

 いい大人が10万円を割るような時計をするのもどうかと思いましたが,気に入ったのがたまたまその値段だったわけですから,あきらめるのもおかしな話です。

 いろいろ迷ったのですが,結局シンプルな3針式の安いモデル,SARX019を予約しました。ポイント10%で,実質6万円ちょっとというところでしょう。

 実は,この時計を予約する前に,激安の機械式時計を買って使っていました。amazonのタイムセールを見ていると,ブルッキアーナという聞いたこともないようなメーカーの腕時計が5800円でした。すぐ壊れた,精度が良くないなど,定価18万円とはどういうことだ,などなど悪い評判ばかりが目に付きますが,なによりこの値段で機械式ですから,おもちゃとして買ってみるのも悪くないでしょう。安い時計を安いものとして使う分には,別に恥ずかしいことではありませんし。

 それまで,時計に全く手間をかけることがなかった私が機械式のような面倒な時計を本当に扱えるのか,とにかくこの時計で試して見ることにしました。実際に使ってみると,毎朝家を出る前にさっと時刻を合わせることは思ったほど面倒ではなく,これは苦になりません。自動巻のくせにゼンマイが切れていたことが2度ほどありましたが,1日30秒ほどの誤差はあっても,別に実生活で困ることもありませんでした。

 それより,機械式時計のがっしりとした存在感が好ましく,使っていて楽しいものであることがよく分かりました。針が太いのは機械式の特徴ということで,クオーツだと消費電力低減のために,細い針しか使えないんだそうです。

 果たして,1月24日に届いた,自分で買った初めての機械式腕時計は,想像以上の上品さでした。数字上は大きいなと思っていた厚みも,実際には全然気にならず,機械式時計らしくうまくデザインとしてまとめてあります。

 針は青色で,バンドもクロコダイルの黒地と,シワの部分に紺色が使われていて,とても綺麗です。そして文字盤はホーローの白さが際立っているのと,ぽってりとした厚みがまた素晴らしくて,良く出来ているなあと感心することしかりです。

 これが6万円ほどで買えるんですから,日本という国は大したものだと思います。

 精度については,まだ使い始めたばかりで馴染んでいませんが,日差で10秒ほどとい感じです。これなら全然問題はありません。

 SARX019はプレサージュという中級シリーズに該当するらしく,そのキャリバーである6R15は,低コストで精度も高いベストセラーとして,セイコーの機械式時計のラインナップを支えており,機械式時計を親しみやすいものにしています。

 早速常用することにしましたが,純正のバンドは同じ物を数年後に手に入れるのが難しいし,高価だと思うので,消耗品として別のものに交換することにしました。紺色のクロコダイルを選びましたが,そんなに悪くはないという感じです。

 機械式時計は,3年くらいでオーバーホールに出す方がよいということですが,そうやって一生使えるのもまた魅力といいます。もとが安い時計ですからオーバーホールなんてもったいないような気もしますが,買い換えるというのが当たり前のクオーツ時計と違って,機械式時計には長持ちさせようという気持ちにさせるものがあるようです。3年はともかく,5年ほどしたらオーバーホールにだしてみましょうか。

 ということで,シンプルな文字盤に皮のバンドの腕時計を,20年ぶりに常用することになりました。時計に手がかからない10年を過ごして来ましたが,時計にちょっとした手間をかけることが苦にならないよう,ギアを1段落としていきたいものです。

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