エントリー

ユーザー「gshoes」の検索結果は以下のとおりです。

デジタルカメラ列伝 その3~PENTAX K10D

・K10D(PENTAX,2006年)

 King of SLR ---

 かつて,戦争に敗れ貧しく疲弊した東の国に,アサヒフレックスと名付けられたカメラが生まれた。彼の国が世界のカメラを席巻する,その種が蒔かれた瞬間である。

 日本で初めての一眼レフを生んだ小さな工場は,やがて創業者が「一眼レフの王たれ」と夢を託した,ASAHI PENTAX Kを誕生させる。ドイツの名門の血を引くマウントを引き継ぎ,忠誠を誓う宰相Takumarも,もちろんそばにひかえている。

 そう,レンジファインダーを備えたカメラが,すべての頂点だった時代の話である。

 次なる王は,長く続いたドイツ生まれのマウントから脱却し,新しいマウントを備えた次世代カメラとして生まれた。ASAHI PENTAX K2と名付けられたその一眼レフには,当時考え得るあらゆる可能性を盛り込んだマウントが備えられていた。

 高性能レンズの設計を容易にする大口径,連動ピンを内部に持つ信頼性,プラクチカマウントと同じフランジバックを引き継いで,簡単なマウントアダプタでも完璧な精度が出る巧妙な仕組み。そして門外不出であるはずの仕様の公開。

 最新の高性能レンズと,過去のレンズ資産との共存。全てのレンズが跪く。誇り高き王にふさわしく,そのマウントはKマウントを名乗った。

 かように,ペンタックスにとって,Kとは,特別である。

 Kとは,これすなわち王である。しかるに妥協があってはならない。

 6x7や6x4.5といった中判フォーマットの最高級機でさえ,Kを名乗る事は許されなかった。この事実は,重い。

 時は流れ,旭光学はペンタックスになり,ASAHI PENTAXはPETAXになった。しかしペンタックスはあえいでいた。銀塩時代から続く不振と,高度化する技術に振り回される。先頭集団からの遅れは開き,買収の噂は絶えず,事業撤退の危機と隣り合わせの状況に,玉座の主がいないまま,ペンタックスは疲弊してゆく。

 そんな中生まれた待望のデジタル一眼レフ*istDは,高い評価を受けながらも,その凡庸さゆえ,会社を救いはしなかった。続く機種にも,迷いがある。

 まだだ,まだKを名乗ってはいけない。

 満を持して誕生した三人目の王は,K10Dと言った。

 防塵防滴という鎧をLXから譲り受けた新しき王K10Dは,伝統の小型軽量のボディを纏って我々の眼前に姿を現し,玉座に着いた。

 王者のマウントに忠誠を誓うあまたのレンズに,K10Dは1000万画素の高画質と,センサ駆動式手ぶれ補正を分け隔てなく与えた。かつて祖父が苦楽を共にしたTakumarにも,王はねぎらいの言葉と共にその手をさしのべることを厭わず,のみならず,すでに没落したドイツの名門に生まれたカビだらけの老兵にさえ,最新技術の恩恵を与え賜うた。

 ペンタックスのAFレンズには,古いものでもMTFのデータが書き込まれている。今すぐ役に立つ事はなくとも,いずれきっと役に立つときが来る,そう信じて,生みの親たちはMTFのデータ密かに埋め込んだ。

 Z-1とMZ-Sから受け継いだMTF優先プログラムAEによって,眠り続けたMTFデータは覚醒しその真価を発動させた。K10Dを通して設計者のメッセージを受けとった我々は,そのレンズの真の姿に触れる。

 ペンタックスの王は,常にレンズと共にある。誇らしげに,瞳に王冠を奢った御旗を掲げて。

LaCie d2 Quadraを買うが大失敗

  • 2012/10/01 13:08
  • カテゴリー:散財

 なにかと入り用な昨今ですが,またも掟破りの散財をしてしまいました。

 LaCie d2 quadraです。1TBです。

 理由は,安かったからです。7980円でした。もちろん新品です。

 1TB?8000円もする外付けHDDが「安い」だなんてぷぷ。

 そんな嘲笑が聞こえてきますが,私は20年来の筋金入りのMacの人ですから,そんな嘲笑にはすっかり慣れています。むしろ,最近のAppleのメジャーっぷりには,尻のムズムズした落ち着かない感じが実に心地悪いです。

 Macの界隈では,LaCieというメーカーは有名です。高価ですがしっかり作ってある,老舗でMacが独自路線の頃からサポートしてくれていた珍しいメーカー,ということで,それこそ20年前の日本においてはヤノかLaCieかって感じでした。

 そんなミーのおフランス調のシェーな(実年齢以上におっさんくさいなおい)LaCieも今はエレコムが代理店をやるようになり,大手の流通に乗るようになったのですが,そのエレコムはロジテックを買収したことで,ロジテックのアウトレットに並ぶようになったのですね。

 箱が壊れている代わりに安いというアウトレットを見つけて,10分悩んで買うことにしました。(しかして翌朝には売り切れていました)

 決め手はいろいろありました。

 増え続けるデジタルカメラのRAWデータを外付けHDDに移民させてすでに5年。RAWデータが独立戦争を挑んでくる事はありませんが,データ量が膨大になりUSB2.0では作業が止まる時間が長くなって,効率が悪いのでeSATAにしていることは何度もここに書いています。

 MacBookProでeSATAを使うにはExpressCardを使うしかありませんが,こいつが実にじゃじゃ馬でして,認識しない,レインボーサークルが回りっぱなしになる,突然カーネルパニックが発生するなど,不安定なことこの上ないのです。

 一時期安定し始めたので気をよくしていたのですが,今はとにかく不安定で,なにがきっかけなのか分からずじまいなのですが,結局何度かExpressCardを抜き差ししして,騙し騙し使っている状態です。

 2.5TBのHDDで,中身はすでに2TBほどありますから,データのロストが一番怖いわけで,マウント中に突然動かなくなったりするともう心臓に悪くて仕方がありません。

 かといって,USB2.0は今さらないと思いますし,USB3.0の導入はMacではなかなか高い壁です。USB3.0搭載機種への買い換え以外では,GbEthernetでNASに書き込むのが一番高速なんじゃないかと真面目に思います。

 そんな中で,Macにおいて最も信頼できるインターフェースがあります。FireWireです。今となってはすっかりレガシーなインターフェースですが,開発がAppleなだけに純正です。申し訳ないですがUSBよりも崇高な理想を掲げたインターフェースで,もともとSCSIの高速化を図る中で生まれたものです。

 USBが12Mbpsでよちよち歩いていた頃,FireWireはいきなり400Mbpsでした。しかもプロトコル的にもハードウェア的にもホストのCPUの負担が小さく,理論上の速度と実際の速度の差が小さいこともメリットでした。

 専門的な話になりますが,FireWireもUSBもシリアル伝送ですから,クロックとデータの分離が必須です。データにクロック成分を練り込んで,これを受信したときに分離するための仕組みはなかなか大変で,USBではごく当たり前にPLLを使っています。

 PLLは純粋なアナログ回路ですから,USBインターフェースをLSIにする時には,デジタルとアナログの混載となり,この手のLSIには荷が重いのです。

 これを見越したFireWireは,DSリンクという巧みな方法を採用しています。データとストローブという2つの信号を使うのですが,この2つをXORするとあら不思議,クロックがちゃんと分離できるのです。信号は2つになりますがクロックをそのまま送るわけではないので周波数は低く抑えられますし,XORですからアナログでもなんでもなく,LSI化するのに何の問題もありません。当然低コストになるはず,でした。

 しかし,かのドズル中将が述べたとおり,戦いは数だよ兄貴,です。

 圧倒的な数が出荷されたUSBは,PLLなどなんのその,USB2.0はさらに高精度な物が要求されたにもかかわらず,FireWireよりも安い値段で市場を席巻してしまいました。

 つまりですね,連邦軍の勝利は,ガンダム一機でもたらされたわけではなく,その低コスト版であるGMの量産に成功し,実戦配備出来た事によるものなわけです。

 閑話休題。

 FireWireはMacにはずっと標準で装備されたもので,OSでのサポートもしっかり行われており,高い信頼性を持っています。しかもFireWireも一度だけアップデートがあり,2つ束ねて800Mbpsに速度アップしたIEEE1394bがこなれてきており,USB3.0やeSATAが登場するまでは,最速のインターフェースでした。

 しかし,マイノリティというのはいつも不遇です。FireWire搭載のHDDは,数が少なく,しかも非常に高価なのです。USBだけなら1000円のHDDケースは,eSATAが付くと3000円,FireWireが付くと一気に1万円になります。

 高嶺の花であったFireWireが,しかも800Mbps対応のLaCieが,8000円。なにかと調子の悪いeSATAでデータを吹っ飛ばしてしまってからでは,遅いと考えて,買うことにしたのです。

 無論,1TBでは少なすぎますから,保証が効かなくなることは承知の上で,2.5TBのHDDに入れ替えます。1TBのHDDはそれでもそこそこ使い道がありますので,動画ファイルの保存にでも使うことにしましょう。

 で,先日届きましたので,早速HDDを入れ替えて見ましたが,ここで撃沈。2.5TBのHDDが認識しません。いわゆる,2TBの壁を越えられないブリッジチップだったようです。

 やられました。このd2 Quadraには3TBの品種もあり,きっと大丈夫だろうと思っていましたが,冷静に考えると今回買った商品は箱潰れのアウトレットです。古い物であることは当然考慮すべき事でした。

 事実,内蔵されていた1TBのHDDはHGSTのもので,2010年の製造のものでした。内蔵のHDDが2年前なら,ブリッジチップのファームウェアも当然この時代のものでしょう。

 LaCieですから,ファームウェアのアップデートがあるかと思い,探してみたらいろいろ出てきます。対応してそうなものをダウンロードして片っ端から試してみましたが,どれもだめでした。1つ,途中まで進んで途中で失敗するというアップデータがあったのですが,これもOSのバージョンを変えたりしても改善されず,結局ファームは古いままです。

 ただ,これだと完全に使えないかと言えばそういうわけではなく,eSATAならちゃんと2.5TBで認識します。ブリッジをバイパスするからだと思いますが,あてにしていたFireWireを使えないのは残念だとして,最悪捨てるという事は回避出来そうです。

 これを踏まえて,とりあえずHDDを入れ替える前にベンチマークです。いつものようにXbenchを使います。

 まずは,eSATAから。

Sequential101.44
Uncached Write192.29 118.06 MB/sec [4K blocks]
Uncached Write132.96 75.23 MB/sec [256K blocks]
Uncached Read44.70 13.08 MB/sec [4K blocks]
Uncached Read230.45 115.82 MB/sec [256K blocks]
Random42.26
Uncached Write13.90 1.47 MB/sec [4K blocks]
Uncached Write138.91 44.47 MB/sec [256K blocks]
Uncached Read101.56 0.72 MB/sec [4K blocks]
Uncached Read176.08 32.67 MB/sec [256K blocks]

 100MB/sec越えということで,やっぱり高速です。このHDDのパッケージにも,eSATAなら120MB/sec出るよと書いてありましたので,まさに偽りなしです。といいますか,HDDの速度がそのまま外に出ている幹事ですね。

 次に,本当は使いたかったFireWireの800Mbpsです。よく考えたらこのMacBookで,初めて使うんですね,このポート。

Sequential84.23
Uncached Write110.35 67.75 MB/sec [4K blocks]
Uncached Write91.84 51.96 MB/sec [256K blocks]
Uncached Read47.31 13.85 MB/sec [4K blocks]
Uncached Read156.23 78.52 MB/sec [256K blocks]
Random40.30
Uncached Write13.73 1.45 MB/sec [4K blocks]
Uncached Write97.07 31.07 MB/sec [256K blocks]
Uncached Read104.31 0.74 MB/sec [4K blocks]
Uncached Read152.92 28.37 MB/sec [256K blocks]


 うーん,eSATAよりは遅いのですが,それでもリードで78MB/secですから,理論値である800Mbpsに対して8割ほど出ています。USBなら半分くらいしか出ませんので,これはさすがにFireWireです。

 動作も安定していたし,これが使えないというのは残念です。

 最後に,参考までにFireWireの400Mbpsでも試して見ます。

Sequential57.70
Uncached Write63.78 39.16 MB/sec [4K blocks]
Uncached Write53.77 30.42 MB/sec [256K blocks]
Uncached Read45.20 13.23 MB/sec [4K blocks]
Uncached Read77.41 38.90 MB/sec [256K blocks]
Random38.75
Uncached Write14.00 1.48 MB/sec [4K blocks]
Uncached Write73.76 23.61 MB/sec [256K blocks]
Uncached Read103.04 0.73 MB/sec [4K blocks]
Uncached Read116.87 21.69 MB/sec [256K blocks]


 ここまで来ると,さすがにインターフェースによる速度限界が見えてきます。40MB/secですから,一昔前なら十分高速だったのですが,今となってはさすがに見劣りします。

 USB2.0は・・・面倒なのでやめておきます。

 ということで,高級品のLaCie d2 quadraを安く買うことができました。しかし,安いなりの結論になり,その不安定さ故に出来れば使いたくなかったeSATAを使う事になってしまったのは,大きな誤算でした。

 確かに,2TBまでのHDDにすれば使えるはずで,一時は2TBにしようかなと思ったのですが,D800の吐き出すデータが膨大なため,すぐに窮屈になるのは目に見えています。それを2TBに制限して,FireWireにこだわって運用するというのも,あまり賢い方法とは思えません。

 ということで,FireWire800はあきらめ,eSATAにします。より高速なわけだし,まあいいか。今使っているMarvellのチップを使ったExpress/34カードはどうも不安定ですから,昔使っていたカードに戻してみたところ,動作も安定して快適に使えるようになったようですから,これでもういいことにします。

 悔しいので,LEDも変えてみました。LaCie d2 quadraにはまるでHAL9000のような大きな目玉が付いており,これが青く光ります。あまりに青いので気持ち悪く,青緑のLEDに交換したのですが,より一層気持ち悪くなりました。

 そこで,白色に交換です。目玉が水色ですので,白色のLEDだと綺麗に光ります。よし,これでいい。

 結局根本解決には至りませんでしたが,eSATAのバイパスの仕組みも,このd2 Quadraが採用しているOxfordのチップだと,チップ内部で切り替えるもので,少しは安心でしょう。安いチップだとバイパスと言うよりパラレルで繋いであるだけだったりして,不安が拭えませんから,とりあえず問題なく動作してくれれば,もう文句は言いません。

 ついでにいうと,NASへのアクセスも,OSが10.8.2になってからよくなりました。10.8になってからプログレスバーが長い間止まったままになり,バックではちゃんとコピーは続行しているというややこしい問題がありました。

 これが,NASのドライブをマウントしていると,eSATAでも起こってしまうので困っていたのですが,10.8.2ではNASでもそういう問題は起きなくなりましたし,もちろんeSATAでも問題なく動くようになっています。

 こういうマイナーなトラブルは油断していると足下をすくわれますので,心してかからないといけません。特に私は,子供の写真のRAWデータを大量に失っていますので,この手の失敗でデータを失う事があると,ダメージは計り知れません。

 問題は,いずれやってくるMacBookProの買い換え時にどうするかです。

 MacBookProの現行モデルには,ExpressCardが使える機種はありません。ThunderboltではFireWireに変換することは出来ても,まさかeSATAにすることは出来ません。ThunderboltをExpressCardにするものは売られていますが,こういうイロモノに手を出すのも怖いです。

 ThunderboltネイティブのHDDケースを使えばいいのでしょうが,これはこれで高価ですし,USB3.0を搭載するMacもまだまだマイノリティです。Macをとりまくストレージ環境は,まだまだ過渡期という感じです。

デジタルカメラ列伝 その2~SIGMA DP1s

・DP1s(SIGMA,2009年)

 レンズメーカーとしての名声が,もはや揺るぎないものとなったシグマは,しかしながら,焦っていた。

 自分達の手塩にかけたレンズ達は,本当にその実力を出し切っているのか。画質を決めるボディが,あるいはセンサが,自分達の誇りであるレンズの真価に邪魔をしているのではないか。

 レンズ屋ふぜいがなにを言うか!ボディを作り,マウントを持つ大手カメラメーカーの嘲笑が聞こえる。

 シグマは考えていた。今のCCDにせよ,CMOSセンサにせよ,足りない情報を計算で補完している以上,それはウソである。ウソは偽色として視覚化され,しかもウソをウソで塗り固めるために,せっかくレンズが集めた情報を削るローパスフィルタまで使っている。

 こんなバカな話はない。レンズメーカーの誇りにかけて,なんとかしなければ。

 シグマは,長い旅に出る。まず銀塩時代から酷評されつつも続けていたオリジナルのボディをデジタル一眼レフとして新開発。搭載するセンサに,FoveonX3の採用を決定する。

 FoveonX3は三層構造をもつ,全ての色をピクセル単位で取り込む事の出来る希有なセンサである。ウソがない,それがすべてだった。やがてシグマは,このセンサを開発するベンチャー企業を子会社にしてまで,FoveonX3の「正直さ」に惚れ込んでいく。

 こうして誕生したSDシリーズは,唯一無二の画像を吐き出すカメラとして,その名が少しずつ知られてゆく。

 そしてシグマは考えた。このセンサを使えば,究極のコンパクトデジカメが誕生するのではないか。他社がそのレンズ設計で躊躇するAPS-Cサイズのコンパクトデジカメは,自分達だからこそ到達出来る頂ではないのか。

 無骨で飾り気のない金属ボディ,あえて明るさを欲張らずに追い込んだ性能で一眼レフも真っ青な単焦点広角レンズ,そしてウソをつかないFoveonX3。役者は揃った。

 しかしシグマは自らの見通しの甘さに,愕然とする。まともな画が出ない。

 やってもやっても,これだけの素質を持つカメラにふさわしい画像が出てこない。死屍累々,もはや場当たり的な対策でしのげるレベルの話ではないと判断した時,シグマは開発中止ではなく,もう1つの険しい道を選んだ。

 作り直す。

 大幅な発売延期の結果,ようやく我々の目に前に姿を表した究極のコンパクトデジカメ,DP1。ホワイトバランスは外れ,AFは遅く,あげくに合焦しない。露出も外しがちで,2枚目の撮影まで延々待たされる。電池も早く切れて,カメラとしては最悪といってもいい。

 しかし,出てくる画に,息を呑む。

 不自然な色の強調や過度なシャープネスなど,画像そのものは幼稚であっても,そのポテンシャルの高さに気付いた人は,まるで秘密の金鉱を掘り当てた気分がした。RAWの深い淵に静かに潜む,膨大な情報。今目の前にある画像を構成しているのは,そのほんの一部に過ぎない。

 あふれんばかりの情報にどれだけ手が届くのか,狂信者はその挑戦を,嬉々として続ける。

 被写体を選び,構図を決め,光を読み,さらに一歩前に踏み出して,シャッターを切る。渾身のRAWデータを納得ゆくまで現像し続ける。暗部に隠れた輪郭が浮かび上がり,声を上げる。1枚のJPEGを得るのに,いったい何時間かかるのか。すべては,この戦いに勝利するため。

 DPシリーズは,28mm相当のDP1シリーズと41mm相当のDP2シリーズが誕生し,それぞれが初代,s,xと,着実に進化している。

 そして志半ばで故人となったFoveonX3の生みの親からその名をもらって,4600万画素相当の新世代センサを搭載したDP1Merrill,DP2Merrillが,今,圧倒的な高画質で高い評価を得ている。

 しかし,DPシリーズを愛する狂信者にとっては,自らがRAWにたゆたう豊かな情報を引き出さねばならない事実に,変化はない。

 手伝ってくれとは言わない,むしろ邪魔をするな。

 果たして,それは誇り高きレンズメーカー,シグマ自身の声ではなかったか。

デジタルカメラ列伝 その1~Nikon D2H

 私はカメラが好きですが,デジタルカメラの時代になってから,機材の陳腐化が頭の痛い問題になってきました。

 撮像機構がリムーバブルで,規格に従って作られており,最新技術で改良が続き,その結果50年前のカメラでも最新の画像が手に入るという銀塩カメラの世界は,私にはとても居心地の良いものでした。

 もちろんデメリットもあり,これを根本から解決したのがデジタルカメラなわけですが,失ったものも大きく,あくまで趣味の世界の贅沢品として,銀塩カメラが残ってくれたらいいなあと思っています。

 そうはいっても,デジタルカメラは便利です。それに,最新の技術はもう銀塩カメラではなく,デジタルカメラのために開発されます。

 こうみえて私はデジタルカメラを手にしたのは案外早く,最初のデジカメはコダックにもOEMで供給された,チノンのES-1000で,確か1996年の事でした。

 しかし,最近は新しいものを買っていません。数年前のものをそのまま,大事に使っています。画質はもう私の要求に達しましたし,慣れて馴染んだカメラだけに,買い換えても今以上の写真が撮れる気がしないのです。

 改めて自分の愛機を並べてみると,変な機種ばかりです。僭越ながら私の愛機を紹介します。

 第1回目は,NikonのD2Hです。


・D2H(Nikon,2003年)

 「これがデジタル時代の到来なのか - 」

 それまで特殊な装置と考えられていたデジタル一眼レフは,ニコンが放ったD1シリーズによって一気にプロの世界を席巻した。保守的でありながらも,自らのメリットになる変革にはいつも貪欲な彼らの目には,確実に次の時代が見えていた。

 フィルムの時代が終わる。次のオリンピックは,全てがデジタルで残される事になるだろう。

 こうして初代皇帝D1が築いた王朝を継承し,世界中のフォトグラファーの忠誠と尊敬の独占を宿命付けられた正統後継者,D2Hが誕生する。

 最速を極めたレリーズタイムラグ,秒間8コマを支える超高速なレスポンス,新開発のセンサ「LBCAST」,デジタル一眼レフ専用設計のメカ,低消費電力化とリチウムイオン電池の採用が可能にした連続動作時間の長さ。

 しかし,時が経つにつれ,賞賛は沈黙に変わった。
 
 400万画素という当時にあっても見劣りする画素数,ラーメンどんぶりの模様が浮かび上がるといわれた未熟な画像処理,そして特に高感度域でのひどいノイズによって,ハレの舞台であったはずのアテネオリンピックで,永遠のライバルであるキヤノンの前に惨敗する。

 たなびく勝者の軍旗のように,キヤノンの「白いレンズ」がアリーナを埋め尽くす。

 その悪夢のような光景に,ニコンの伝統を信じた者は言葉を失い,ただ立ち尽くすのみ。後に「アテネの悲劇」と語り継がれることとなる。

 やがて多くのプロが,ニコンを捨てた。なぜなら彼らは写真で食わねばならない。ニコンは,彼らを引き留めることは出来なかった。

 D2Hは都を追われた。そしてその個性を深く愛する一部の狂信的アマチュアだけが,細々と使い続けていた。

 だが,D2Hの実力は,彼を愛したアマチュア達によって開花する。

 まるでリバーサルフィルムと錯覚するほどの狭いラチチュードのLBCASTは,的の中心を射貫くがごとく,適正に決めた露出によって,独特の深い色と画素数を超えた解像感ををたたき出す。

 未成熟だった画像処理は,RAWデータをPCで現像することで生まれ変わった。400万画素という画素数はデータサイズが小さく,そのハンドリングの軽さはクリエイターの思考を妨げない。

 切れの良いシャッターは官能的で,一度シャッターを切ると脳内麻薬が吹き出し,快楽におぼれたその体は,次のシャッターレリーズを求め続ける。

 1kgを越える重量を全く感じさせない絶妙なグリップ感は,6時間握りしめても疲れを知らず,闘い終えてカメラを置いては,腕の痛みでその撮影の過酷さを知る。

 やはり,ニコンのフラッグシップである。その血統に偽りはない。

近況

 こういうところで,あまり個人的な事を書くのもどうかと思って避けていたのですが,大きな変化が起こっているので,メモついでに簡単に書いておこうと思います。

・娘の成長

 娘はとても朗らかで,いつもニコニコしてくれています。そりゃ,オモチャを取り上げれば目を三角にして怒りますが,それも自己主張のうちですし,一人で勝手に怒ることはありません。

 寂しければ泣きますし,構って欲しければ大きな声を出します。しかしぐずることは少ないですし,もうすぐ11ヶ月になろうというのに,病気らしい病気も全くせず,いつも元気にしてくれているので,本当に手がかからない子供です。

 そんな彼女は,身長も体重も平均より小さいことがやや心配でした。しかしここへ来て急激に身長(というより手足)が伸びてきました。しかも,足のサイズがどうも10mmほど大きいようです。祖母などは「きっと大女になるよ」と言っていますが,私個人は背の高い女の人は好きですので,全然良いのではないかと思っています。

 それで,ハイハイをした時も,つかまり立ちをした時も,大変感激をしましたが,この土曜日にはとうとう2,3歩,二本足で歩き始めました。

 嫁さんとあれこれ話をしているときに,ふと娘の方に顔を上げると,ふらふらと立ち上がって歩いているのを目撃したのですが,娘が頑張って努力してようやく歩いたわけではないだけに,我々夫婦は偶然に目撃したその光景が,実は娘にとって大事件であることに気が付くのに,しばらくの時間がかかったほどです。

 9月23日,娘はようやく自分の足で歩き始めました。

 彼女にとっての,本当の意味での,第一歩を歩み始めたのです。


・家を買う

 私はヨレヨレのサラリーマンで,収入も人並み程度,しかし嫁さんも同じ仕事をしていますので,世帯収入としては2倍です。つまり,私が出世して偉くなって,高給取りになったに匹敵するわけですね。

 一方で,我々夫婦は贅沢を知りませんので,家は物であふれていますし,無駄遣いも多いですが,それでも高額商品を買うことに躊躇する気の小ささが幸いしてか,貯金が知らぬ間にたまっていました。

 この低金利時代です。しかも世界経済は不安定で,資産運用もなかなか難しいご時世です。その貯金はなにも生み出しません。もったいない話です。

 そこで,娘もすくすく大きくなることですし,ここは人並みに,住むところに投資してみるかという話になったのです。

 嫁さんが間取りマニアで,ダラダラと不動産のサイトを見ていると,我々の貯金で実は買えてしまう一戸建てを見つけたのがきっかけです。後になってそんな甘い話はなく,いろいろウラがあることを知るわけですが,それでも住宅ローンを併用すればなんとかならない範囲ではありません。

 6月の後半から活動を開始,当初は建て売り,中古など様々な可能性を捨てずに動いていましたが,結局土地から注文建築で戸建てを立てる事になりました。

 集中的に土地を探して8月末には土地の契約を済ませ,並行してハウスメーカーを決定,現在間取りを検討中です。このまま順調に進んでくれれば,12月には着工,来年4月には引き渡しとなるので,春には新生活をスタートできることになります。

 繰り返しますが,平々凡々なサラリーマンの我々夫婦が,親や親戚を含めて誰の世話にも一切ならず,自分達の力だけで作る家です。狭いし小さいし,贅沢など全くできません。都内とは言え20坪ない土地に,3階建てを建てて住むのですから,今から足腰が不自由になる老後が心配でたまりません。

 でも,公平に半分ずつ出し合います。私だけでも,また嫁さんだけでも,買うことが出来なかったものです。我々夫婦だけではありません。土地を探す,半日かけて契約の手続きをする,ハウスメーカーの担当者と打ち合わせをする,キッチンを選びにショールームに行く,なにをするにも娘をだっこして,一緒にこなしてきました。

 いずれ娘が大きくなったとき,あなたと一緒に探した土地に,あなたと一緒に頑張って建てた家なのよと,そんな風に言ってあげようと思います。1歳未満の子供がその時の記憶を持っているはずはありませんが,自分の住んでいる家が生まれながらに存在したわけではないと知ると,少しは自分が住むところに対しての意識が変わってくれるかなあと,そんな期待を込めてです。

 我々は,本当に他の人に頼るような,つてがありません。どんな事も,頭をゴンゴンぶつけながら,自分達でなんとか解決していくしかありません。それは我々夫婦はもちろんですが,娘もやっぱりそうです。

 与えられるのをただ待つのも,子供のうちはよいでしょう。しかし,子供であっても自分の欲しい物に積極的に手を伸ばし,考え,行動すれば,待っているよりもずっと良いものを,納得して手に入れる事ができる事に気が付いて欲しいと思っています。

 つまり,当事者意識ですね。お尻を叩かれて渋々動くのではなく,自分で動けば楽しい上に,もっとよい結果がついてくることを味わってくれれば,人生を豊かに生きることができるでしょう。

 娘は大人の都合に振り回されながらも,今年の猛暑をよく頑張りました。本人の記憶になくとも,彼女の頑張りがあってこそ,我々家族の新生活がスタートするのです。その貢献に胸を張り,誇って欲しいと思うのです。

ユーティリティ

2026年04月

- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

ユーザー

新着画像

過去ログ

Feed