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母親の携帯電話を買い換える

  • 2011/12/01 14:42
  • カテゴリー:散財

 母親に持たせている携帯電話が壊れました。

 母親は別にメカ音痴でもなければ文明社会に背を向ける人でもないし,割に新しもの好きな人ですが,携帯電話とかパソコンとかネットワークとか,そういうものを面倒がる人です。

 事実,いろいろと面倒な事が多いのは間違いないし,知ってる人が特をする世界あることにうんざりすることが私にもある訳で,自らそれらに手を出さない母親に気持ちがよく分かります。

 とはいえ,実家に残した母親はもう高齢ですし,何かあったら困ります。直結する連絡手段がないと不安ということで,私が端末の購入から月々の支払いまで全て負担して,持ってもらっています。私がドコモなので,問答無用でドコモです。

 ファミリー割引で契約しているので,この2台の通話料とメールの費用は無料です。2週間に一度くらい,定期的に様子を聞こうと電話をするのに無料というのは気分的にも楽ですし,メールも写真を添付して無料ですので,結構助かっています。

 で,先日,子供の写真を母親に送ったところ,しばらくして実家の固定電話から電話がかかってきました。母親曰く,メールを開いたら,突然画面が真っ暗になって,以後動かなくなったというのです。

 電源ボタンの長押しもだめ,一晩電池を抜いて再度試してもらってもだめ,と言うことで,おそらく壊れたのだろうと思ったのですが,母親が翌日ドコモショップに持っていくと,やっぱり壊れているという話でした。

 さあ,ここからどうやって解決しましょう。

 普通,機種交換とか修理とか,ぱっと考えつきますわね。でも,ちょっと面倒なの
は,このケータイの契約者が母親ではなく,私であること,です。

 まあ,購入して5年以上経過した携帯電話ですので,そろそろ機種交換かなあという話をしていた直後の事でしたし,修理するより買い換えた方がいいだろうということで,話を考えていきます。

 まず,一応修理を考えます。母親曰く,修理代は15000円と言われたそうです。15000円なら修理しようかと考えたらしいのですが,ドコモプレミアクラブに入っていれば5250円以上の修理代は請求されません。

 ですが,このプレミアクラブは回線契約者である私が加入しているので,母親が修理に出せば,それは代理人という形になるんだそうです。そうすると,場合によっては委任状が必要になったり,私に本人確認の電話がかかってきたりするかも知れません。

 このあたりはちゃんと確認していないので,実はさくっと話が通って,母親でも5250円以上の修理代金はかからないかも知れないのですが,どっちにしてもややこしいですし,修理期間が10日から2週間もかかるという話だと,その間の基本料金ももったいないので,もう修理という話はやめにします。

 では,買い換えです。新規は電話番号が変わるので×。MNPも×。従って機種変更だけということになります。

 ところが,確認してみると,機種交換は電話機がないとだめだというのです。以前近所のドコモショップで聞いてみたときには,機種交換扱いで手に入れた電話機を実家に送り,実家の近くのドコモショップでUSIMカードの入れ替えと電話帳のコピーをすればいい,という返事をもらっていたので,なんか話が違うなあと思うのですが,確かにUSIMカードがない人に売るのは,白ロムを販売するようなものですわね。

 なら,母親で機種交換をしてもらうというプランを考えたのですが,これも契約者が私なので,やはり委任状を私から送るか,電話での本人確認が必要になるんだそうです。

 しかも,携帯電話のことは私任せで何も知らずに済んできた母親が,いきなりバリュー一括だのオプション加入だの途中解約は約1万円だのと言われても,さっぱりなはずです。これは危険だと判断し,断念しました。

 そうすると,ドコモオンラインショップで買うという手があります。本人確認済みで購入するわけですから,電話機だけを購入出来る(はず)で,実家に送った後母親にドコモショップに持ち込んで使えるようにしてもらう,という手が使えそうです。

 ところが,ドコモオンラインショップはちょっと高価です。時々古い機種が特価で出ますが,いつもあるとは限りません。壊れた機種がSH851iですので,出来ればシャープ製がいいと思ったのですが,現在の最安値は15000円の機種だけのようです。

 いよいよ手詰まりになってきたので,結局,電話機を送ってもらうことにしました。ごちゃごちゃ考えるより,とっとと送ってもらって,普通の機種変更にした方が全然楽です。それに,電話機が壊れているのですから,どうせ手元に残してあっても使えませんし。

 ということで,壊れたSH851iを持って,何軒かお店を回ってみました。結局,SH-11Cを1万円以下で買う事ができたのですが,いわゆるガラケーも,ここまで来るともう機能的にもデザイン的にも,ほぼ飽和しているなあと感じました。

 私が今使っている携帯電話とそんなに違わないので,以前のように機能的なところで驚くことはありませんが,それぞれの機能の作り込みが進んでいるのは大したものです。ワンセグはアンテナを伸ばさず受信できますし,カメラはもうコンパクトデジカメを持ち歩く必要がないくらい,良くなっています。

 そしてこの大きさと重さで防水です。画面も綺麗ですし,サクサクと素早く動作します。

 今年の秋冬モデルでは,その大半がスマートフォンになってしまいました。このままだと,従来の携帯電話は絶滅してしまうかも知れません。でも,通話とメールが出来さえすればそれでいいという人はまだまだ多いはずで,そのためにスマートフォンを持つ事は,特に維持費の負担が大き過ぎます。

 ですので,まだ機種を選ぶ事の出来る今のうちに,買い換えておくのは正しい判断だったようにも思います。

 そういえば,今日,ドコモがiPhoneとiPadの後継機種を導入するという報道がありました。LTEが条件だったということですが,これはなかなか大きなニュースだと思います。

 母親は,PCは仕事で使っていますが,自宅で使おうとは思わない人ですし,従って常時接続回線も実家にはありません。もしiPadがリーズナブルな費用で持てるのであれば,導入を考えてみてもいいかもしれません。

データブックには酒の肴がいっぱい

 最近は特に登録も必要なく,誰でも半導体のデータシートを無料で手に入れる事が出来るようになりました。データシートで儲けようと考えるメーカーなどないわけですし,そういう点で言えば本来無料で提供されてもよさそうなものですが,印刷物になると実費が当然かかるわけで,かつてはその部品を使うプロの技術者に限定した配布物という性格の強いものでした。

 大きな会社に属する技術者の場合は無償でも,中小企業や個人では,仮にプロの技術者であっても有償だったという話は良く耳にしたものでしたが,これもまあ,仕様書を作る側の言い分としては,決して安くはない分厚い本を,無尽蔵に配るわけにもいかないわけですから,一定の歯止めをかけるという意味で「原則的に」有償配布としていたんだろうと思います。

 もちろん,アマチュアに対しては,無償はもちろん,有償でも配布対象にはなっていませんでした。当時はそれが当たり前だったのです。

 ところがその仕様書を書籍として出版社が販売するようになると,アマチュアだろうが子供だろうが,誰でも買うことが出来ますし,全国どこでも本屋さんを経由して手に入れる事が出来ます。その代わり,出版社はちゃんと儲けないといけませんから,手間のかかる分厚い本にふさわしい価格で販売することになります。

 だから,半導体のデータブックは,誠文堂新光社やCQ出版社からかなりの種類が販売されていましたが,いずれも高価でした。

 これが大きく変化したのはインターネットが一般化した1990年代後半ですが,この時を境に,配布方法はインターネット,費用は無償という方法が普通になりました。

 学生と言うだけで邪気に扱われた苦い思い出がある私にとっては,いい時代が来たものだなあと思ったものです。

 ところが,この配布方法にもちょっと問題が出てきました。

 配布する半導体メーカーが,製造中止にした部品の仕様書の配布をやめるようになったのです。もちろん当たり前のことですし,紙の本の時代から製造中止の部品は掲載されなくなっていましたが,紙の場合は多くの部品が集まったデータ集として手元に残るので,昔の半導体のデータも残っていて,必要な時に見ることが出来るわけです。

 しかし,インターネットで配布されたPDFファイルの場合,多くはお目当ての部品のデータだけをダウンロードして終わりにします。何千とある部品の全てを「将来見るかも知れない」でダウンロードするような人はいないし,また迷惑な話でもあります。

 だから,「まあいつでも見ることができるしね」と油断していると,突然見る事が出来なくなっていることに気付いて慌てることになるのです。

 出来れば,半導体メーカーには,昔の半導体でもデータシートを配布して欲しいなあと思うのですが,これもメーカーの立場で言えば,仕様書を配っているということは,今でも供給されていると解釈されたり,配布物に対するサポートが必要になったりと,配布するだけでその行為に対する責任が発生するわけですから,やっぱり不必要なものは配りたくないのが本音の所でしょう。

 メーカーが自分の判断で配布をやめる場合などはまだいいのですが,吸収や合併,あるいは撤退などで,そのメーカーのデータシートが根こそぎ消えてしまうことがあります。例えば,DRAMのデータシートは日本のメーカーのデータシートがなかなか読みやすくて勉強にもなったのですが,今や東芝も日立もNECも三菱も,DRAMはやっていません。

 なぜそんなに古いデータシートにこだわるかと言えば,1つに歴史的資料という側面があります。例えば,初期のゲルマニウムトランジスタの仕様書をみて,その特性が現在のトランジスタに比べてどう違うかを比較すると,トランジスタの進化の歴史や,そのトランジスタを使う製品の歴史が見えてきます。

 もう1つは,いい教科書になるということです。DRAMの話を例に出しましたが,今配布されているデータシートを見れば全てが分かるかといえばそうではなく,分かっている人向けに書かれている書類だけに,昔から続く基礎的な技術についての話などは省略されている場合も多いのです。

 ところが,その種類の部品が登場した頃の仕様書だと,その当時は最新の珍しい部品ですから,とても詳しく書かれています。これを読んでおくということは,今の仕様書を読むことをとても簡単にしてくれるのです。

 また,この手のデータブックには,個別の部品の情報以外に,必ずその動作原理や基礎理論,使い方のノウハウや応用回路例,信頼性に対する考え方などの,共通した情報がかなり詳しく書かれています。専門書を1冊買って読むほどの内容だと私は思うのですが,半導体を作る人がその専門知識で簡潔に書く解説は,とてもわかりやすくて信憑性も高いものだと思っています。

 これが読めるだけでも,データブックを手に入れる価値があるというものです。


 で,前置きが長くなりましたが,私も最近,古いデータブックを読むのが楽しくて,いくつか買うようになりました。歳を取ったのだと言われればそれまでですが,どちらかというと私が生まれる前の本を読むのが面白く,少なくとも私が目にすることなどなかったはずのデータブックを見てみたいと思うようになっています。

 それら古いデータブックに記載されている部品は,私が子供の頃に部品屋さんで手に取ったり,雑誌で見たりしたものでしたが,その部品の一次情報を手に入れる事など当時は考え及ばなかったわけで,これは私にとっては全く新しい体験なのです。

 ただ,そういうデータブックというのは,得てして高価です。趣味で買うには高価ですし,手に入れた本はボロボロでとても汚く,加えて十中八九,たばこ臭いです。

 そんな汚いものを大事に本棚にいれて置かねばならないわけで,端から見ると嫌で嫌でしようがないんじゃないかと思います。でも,その面白さは一度開くと何時間でも時間がつぶせてしまうほどのものなので,もうあきらめるしかありません。

 データブックはおろか,カタログ類だって簡単にもらうことにできなかった学生時代,当時のエレクトロニクスショーで面倒くさそうに追っ払われた10代の少年は,「どうぞどうぞ」と気持ちよく渡してもらえる仕事に就こうと,その時強く思ったものでした。

 そんな記憶の反動でしょうか,見たことも手に取ったこともないはずの昔のデータブックに,なんとなく懐かしさがあるのです。


・NEC・エレクトロニックス・データブック1964
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 1964年のNECのデータブックです。誠文堂新光社から出ています。当時のNECが扱っている電子部品がほぼすべて網羅されている1200ページ近い分厚い本で,製本上の問題から次の号からは製品ごとに分けると書かれています。

 当時主役だったテレビやラジオ用の真空管に始まり,衛星通信に欠かせない進行波管などの特殊電子管,ゲルマニウムからシリコンに移行しつつあったトランジスタ,そして最先端のエレクトロニクスの象徴だったIC,リレーや真空ポンプなど,巨大メーカーが高度経済成長期に繰り出したパンチの数と重さに,腰が立たなくなる一冊です。

 巻頭の折り込みには,多摩川下流に広がる広大な玉川事業所の全景写真が掲載されており,電子管と半導体,そしてコンピュータ開発の聖地であった当時の様子を見ることが出来ます。

 そしてなにを隠そう,私がこの本を手にしたのは16歳の時。当時バイトをしていた大阪のジャンク屋デジットにあったこの本を休み時間に眺めていたのですが,その面白さにすっかりはまってしまい,店長にしばらく貸して欲しいとお願いしたのです。

 店長はニコニコしながら,「ええよー,でもかえしてな」と許可をくれたのですが,現在も私の手にあるという事は,つまりその,お返しできていないということです。

 当時は他のデータブックと同じく,お店の備品と思っていたのですが(それでも悪いことには違いない),冷静に考えると1964年にデジットがあるはずもなく,きっと店長の私物だったんだろうなあと思います。

 そういえば,当時の売り物に,進行波管がありました。おそらくこれの仕様か何かを調べて,そのまま店頭に置かれていたんでしょうね。

 あくまで「まだ借りている」本ですが,それでも私の宝物の1つです。


・NECエレクトロニクスデータブック1961
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 手帳型のポケットデータブックです。かさばらずポケットに入れておくことが可能なデータブックです。最近古本屋で購入しました。1000円という値段につられて買いましたが,あまりに程度が悪く,食べこぼしなどもあって,さすがに保存には抵抗があって,スキャンして捨てました。

 ポケットサイズとはいえ,かなり広範囲の品種を網羅していて,1964年版のデータブックに近い内容になっていますが,いかんせん文字も図も小さすぎてかなり見にくいです。

 また,真空管については特性の一覧とピン配置が確認出来る程度の資料であり,特性曲線などは掲載されていませんので,まさに現場でさっと確認という目的で作られたものでしょう。

 掲載品種はテレビやラジオ用のメジャーな真空管はもちろんのこと,水冷の送信管やクライストロン,進行波管といったNECの得意技を始め,撮像管,ブラウン管もテレビ用からレーダー用,みんな大好きニキシー管やリレー放電管,光電管まで幅広く,様々な品種のデータが記載されています。

 参考回路もさすが真空管時代の最後のピークといえて,熱陰極グリッド放電管による位相制御,計数管によるカウンタなどが掲載されています。

 半導体は本当に初期のものが掲載されていますが,真空管と違い,特性曲線などの詳細なデータも記載されています。あと,この時すでにバリキャップがラインナップされているんですね。セレン整流器やゲルマニウムの整流ダイオードがまだ現役だった時代ですから,ちょっと驚きました。

 そして,さすがポケットデータブックだなと思うのは,単位の換算表,ギリシア文字の読み方や元素の周期表,三角関数表や摂氏と華氏の換算表,当時のテレビとラジオの周波数と送信電力の一覧,各国の時差と通貨のレート(当時は1ドル360円の固定相場制です)などの便利データが用意されています。

 面白いのは,旅行用品のチェックリストで,19品目書かれています。こうもり傘とか空気枕,みやげというのがちょっとほほえましいですね。

 そして最後に,1961年と1962年のカレンダーと住所録,本籍地や家族の生年月日を書く個人メモ欄で終わっています。いやー,当時の日本人の合理性というか,幕の内弁当っぷりを見せつけられた気がします。


・NEC電子デバイスデータブック〈半導体・集積回路編 1972〉 (1972年)
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 誠文堂新光社刊のデータブックで,A4サイズで1000ページを越える大型本です。1970年代の半導体を見てみたくて,買いました。書き込みからどこかの大学の研究室に置かれていたもののようで,古本屋で最近買いました。確か5000円ほどだったように思います。

 内容はかなり充実しています。本当にこれが1972年のデータブックなのかと思うほどおなじみの部品が出ています。NECは業界でも早くにゲルマニウムからシリコンに移行した半導体メーカーとして知られていますが,その結果完全にゲルマニウムトランジスタは過去のものになっています。

 でも1972年だなあと思うのは,やはりこの頃品種を増やしつつあったICです。TTLが主役になりつつある時代で,まだDTLも使われている時代です。カラーテレビがIC化される時期でもあって,今はもう見る事のない古い世代のICが目白押しです。

 個人的には,uPA63Hなどが登場するもう少し後のデータブックだとよかったのですが,まあ贅沢はいえません。


・東芝半導体ハンドブック1
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 これも誠文堂新光社刊で,昭和37年といいますから,1962年のデータブックです。前書きには,これまで真空管なども全てまとめていたが,掲載品目が増えたので半導体だけ分けたとあります。古本屋で3500円くらいで買った記憶があります。

 この本を買った最大の理由は,ゲルマニウムトランジスタのデータを見たかったからです。東芝は比較的遅くまでゲルマニウムトランジスタを作っていましたし,2SB56などの定番も持っていたメーカーでしたが,よく考えるとそれらのデータを私は見たことがありませんでした。

 そこで手に入れて見たのですが,2SA52,2SB56などの定番とその後継ゲルマニウムトランジスタ,出たばかりのシリコントランジスタ,ダイオードや初期のサイリスタなど,もうウハウハ宝の山という感じです。(現物がないのに宝の山とはいいません)

 はっきりいって,この本の価値は,ゲルマニウムトランジスタ全盛期のデータブックということに尽きます。

 ただし,半導体といいつつ,ICはまだ1つも掲載がありません。1961年のNECのデータブックにも記載はなく,1964年には初期のものが少し登場しているので,まあそんなものという感じでしょう。

 その代わり,B級プッシュプルでは必ず目にした温度補償用のサーミスタやCdSなどが掲載されており,当時の回路と部品の有りようがよく分かります。


・東芝半導体データブック トランジスタ 1980年
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 メーカーから直接配布されていたと思われるデータブックで,緑色の表紙のものです。1980年1月のものですから,実際の内容は1970年代後半で,日本の電子技術がいよいよ世界に勝負を挑む,そんな勢いを感じます。

 このころの東芝は,とっくにトランジスタのシリコン化を終えていまして,ゲルマニウムトランジスタは全く登場しません。また,この段階ですでに2SC1815と2SA1015というスーパーデュオが掲載されていますので,古いという印象は受けません。

 それに,俗に言う「袴つき」のパッケージはもう消え失せています。2SC372も2SA495も,全部TO92です。

 残念なのは,このデータブックがトランジスタに限定されていることです。東芝と言えば国内でも屈指の品種を誇るICメーカーで,1980年代の自社の家電を支えた立役者なわけですが,この頃既にICだけで別のデータブックが出来てしまうくらいの品種が揃っていたのです。

 後にトランジスタでさえ小信号トランジスタだけで分けられてしまうのですが,この頃は民生用のリニアICが百花繚乱絢爛豪華な時代ですから,そんな個性的なICの仕様をこの分厚さの本で見ることが出来たら,枯れることのない泉を止むことなく汲み上げるかのような,満ち足りた気分を味わうことが出来ただろうにと,悔やまれます。


・半導体技術資料 電界効果トランジスタ(FET)第2版1984

 メーカーが配布したものですが,データブックというよりはその名の通りFETに関する技術資料です。この当時,FETといえばオーディオか高周波で,品種も接合型が主役で,一部高周波用には4本足のMOS-FETが少し使われているような時代でした。

 そんな頃のFETだけでまとまった資料はとても詳しく,個別の部品のデータを調べるための資料性の高さに加えて,FETを使うとこんな幸せになるよ,という解説にも主眼が置かれています。

 FETの基礎,原理に始まり,当時開発されたばかりの内部でカスコード接続されている次世代のMOS-FET,2SK241に詳細な解説が出ています。読み応えはかなりあります。

 実はこれ,数年前にスキャンして捨てようと思った事が何度かありました。A4サイズでしたし,2SA30Aや2SA389,2SK170といったオーディオでは今でも使われるものから,2SK19や2SK241,3SK73などのおなじみのデバイスが出ていたので残して置いたのですが,今にして思うと残して置いて良かったと思います。なにより和文タイプの手作り感が,この頃の東芝のデータシートには漂っています。


・1962ナショナル真空管ハンドブック

 これは半導体ではないですし,それに復刻版で10年ほど前に購入したものです。当時のオリジナルも,復刻版も誠文堂新光社から出ています。

 1962年と言えば,真空管はそろそろ下り坂にさしかかるころです。その頃の松下はフィリップスと提携をしており,アメリカをお手本にしてきた東芝やNECとは一線を画した,ヨーロッパをお手本にした優秀な真空管を多数製造していました。

 ある意味では,この頃のデータブックが一番充実していたとも言えるわけで,それがこうして復刻されたという事に,当時もとてもありがたいと思ったものです。

 実は,昨今の真空管アンプブームは,大抵の真空管のデータをPDFで入手出来る環境を作ってくれました。メジャーな真空管は当たり前ですし,特殊なものであっても,市場に出ているものについては誰かが必ず用意してくれているものです。

 ですから,今はこうしたデータブックのありがたみというのは,それ程ではないのが実情です。しかし,巻頭に書かれた解説などはとても興味深く,勉強になるものですし,当時どんなものがラインナップされていたかを知る貴重な資料です。

 惜しいのは,やっぱりトランジスタも見たいなあということです。

 フィリップスとの提携は真空管だけではなく,トランジスタやダイオードも含まれていました。ですからゲルマニウムダイオードは1N34でも1N60でもなく,OA90なのです。

 また,トランジスタもヨーロッパのOC~という品種の互換品を作って2SB~としていたりと,ちょっと他とは違うメーカーでした。例えば2SB178はOC72だったりします。それに,どういうわけだか,日本で一番長くゲルマニウムトランジスタを製造していたメーカーでもありました。

 そんなパナソニックは,現在でもディスクリートのトランジスタやショットキーダイオードの大メーカーとして知られています。

 てな具合に,古いデータブックを積み上げてみると,なんとも言えぬ幸せ感があります。酒の肴にまさにぴったり。当時の独特の文体である「~に好適であります」といった言い回しなど,くーっ,アルコールと一緒に脳のひだひだに染み渡ります。

 たまりません。

キュウリを育てた5ヶ月間

 今年の夏は原子力発電所が停止した関係で,全国的に電力不足が懸念され,節電が大きなテーマとなりました。

 直接の日差しを防ぐために,ゴーヤなどを植える家庭が多かったのですが,我が家はキュウリを作ってみたという話をここにも書きました。

 6月の末という遅い時期から,しかも種から栽培を始めるという初心者ならではの無茶をしたにもかかわらず,立派にキュウリがたくさんなり,夏から秋にかけておいしく頂く事が出来ました。

 そして先週の金曜日の夕方,伐採して片付けました。もっと早くに片付けたかったのですが,どういうわけだか,あまり元気のなかったひ弱な株ほど長生きし,しつこく雌花を咲かせては,かりんとうのような実を付けるのです。

 生きている植物は伐採しないという基本原則に従って,伐採せずにいたのですが,寒くなってしまってからの屋外作業は厳しいので,かわいそうですが生きている株も切らせてもらいました。

 約5ヶ月にわたる楽しみと収穫に,感謝です。


・収穫したキュウリの数

 結局最終的には39本のキュウリを収穫し,全てを食べました。このうち1本は蛾の幼虫に穴を掘られて食べられていたので捨てましたし,伐採時にも3本ほどぶら下がっていたので,実際は40本以上のキュウリがなっていたことになりますが,食べられるものは39本であったということです。

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 収穫したキュウリは全て収穫時に写真に残してあります。写真はその全ての写真をコンタクトシートにしたものですが,縮尺はバラバラですので大きさはよく分からないとおもいます。

 左上から右に,収穫順にならんでいます。大きさは分からないといいつつ,やはり後になるほど細くなったり小さくなったりしているのが,なんとなく分かって頂けるのではないでしょうか。

 ただ,初期に収穫したものはさすがに大きく,成長も早かったのですが,寒くなるに従い細く小さく,なかなか大きくなりません。キュウリの香りも後になるほど強くなり,皮も分厚く,水分も少なめになる傾向があります。
 
 水やりをサボったり,曇りや雨が続くと成長が止まりますし,直射日光が燦々と照りつけると日に日に大きくなるので,やっぱりキュウリは夏の野菜ですね。


・育て方

 2リットルのペットボトルの横に倒し,くりぬいて底面に穴を開け,成分調済みの土を入れてここに種を蒔きました。2週間ほどすると本葉がでて生えそろうので,元気なものをのこして間引きます。

 出来れば間引きたくないなあと思っていたので,ペットボトル1つに3本ほど残したのですが,まさかあんなに大きくなるとは思わず,途中で2本に減らしました。それでもすぐにペットボトルの中身は根っこだらけになり,明らかにまずいという状況になりました。

 事態が深刻になったのは,本格的な夏がやってきた7月中旬です。ペットボトルの保水能力はキュウリには低すぎて,毎朝と夜の水やりでは追いつかなくなりました。1程の成長したとき,帰宅すると全ての株がしおれてしまい,まるで漬け物の様になっていました。これはもう枯れてしまうだろうと,あきらめたほどです。

 あわてて水を大量にやりましたが,翌朝には復活。しかしこの日もまた帰宅後にはしおれています。

 よく見ると,成長に差があり,しおれる具合にも差があります。どうも,コンクリートのブロックの上に置いてあるペットボトルの株が良くしおれている様な感じです。

 コンクリートブロックが焼けているのかも知れないとペットボトルを持ち上げてみると,根っこがペットボトルの底面の穴から出ており,びっしりです。地面に置いてあるペットボトルについては,根っこがそのまま地面に潜り,水などを吸い上げることが出来ているし,温度も上がらずに済んでいるのでしょう。コンクリートの上にあるペットボトルは,すぐに水が足りなくなるのもなるほど道理です。

 そこで,コンクリートブロックを撤去し,すべてのペットボトルを地面に置くことにしました。この結果,株による生育の違いやしおれやすいなどの差が出にくくなりました。

 それでも,8月に入るとさすがに水やりが追いつきません。そこで,2m程のホースを買ってきてキュウリの横に這わせて,先端に栓をして,株の部分に小さな穴を開けて,ごくわずかな水が常に供給されるような仕組みを作りました。

 気温の差によってホースの穴の大きさが変化するので水の排出量が一定にならず,まずい部分もありましたが,とりあえず真夏の厳しさを無事にしのぐだけの機能はあったようです。

 なお,肥料は1ヶ月に一度やりましたが,結局2度ほどやっただけであとはやっていません。


・害虫の被害

 夏頃からアブラムシとテントウムシ,そして蟻が共生するようになりました。これらは全然実害を出さず,見ていても飽きない楽しいものだったのですが,ウリハムシという有名な葉を食べる虫が随分ついてしまいました。

 ウリハムシは身軽で,すぐに飛んでいってしまいます。だから駆除するというのはなかなか難しく,多少葉を食べられてももう仕方がないと,最終的にはあきらめました。

 それより,蛾の幼虫がすごかったです。油断していると手のひらほどある葉をすべて食べ尽くしてしまう勢いです。地面に大量のフンが落ちていると,大体その直上に大きな幼虫が潜んでいます。

 大きさは数ミリから数センチでしたが,とにかくまあよく食べること。秋頃には食べる葉っぱがなくなり,実の表面の皮を食べて,あげくに穴を掘って内部まで食べていました。あと少しで食べられそうと粘っていたら,先に虫にやられてしまったと言うわけです。

 これらの幼虫は,発生に山があるようで,一時落ち着いたと思ったら急に発生します。また,特定の株に発生する傾向があり,それは株そのものが原因なのか,水や日照時間などの差が問題なのか,それはよく分かりません。

 幼虫は見つけ次第,かわいそうですが殺すしかありません。見つけないと葉をどんどん食べられてしまいますし,見つけた限りは駆除することになりますので,心が痛みます。

 割り箸でつまむことは簡単ですが,問題はその後です。焼けた地面に放置とか,踏みつぶさずに済む方法を考えていたのですが,結局アルコールの中に落とすという方法で駆除しました。

 なにがびっくりしたって,そうして駆除した大きな幼虫の死骸を地面に置いておくと,数時間後には跡形もなくなっているのです。蟻が持っていったんでしょうね。アルコール漬けになっているのに,蟻も大丈夫だったのでしょうか。


・食べ方

 真夏になった最初の頃のキュウリは,そのまま塩もみして食べたり,サラダにしたりしました。それも飽きてくると,ニンニクと塩や,豆板醤でさっと炒めて食べました。水分が多いみずみずしいキュウリは炒め物にはあまり適さず,やはり生で食べるのがよいようです。

 秋になってからは,浅漬けにして食べました。なんとなく生で食べる気分でなくなったこともあったからですが,固く水分も少なめのキュウリは,炒めてもなかなかおいしく頂けました。

 でもまあ,ちょっと引っかかるのは,自分の家の庭にぶら下がっているキュウリですから,水も空気も,都会のものなんですね。果たして生で食べていいものかどうか,ちょっと考えてしまいました。


・反省

 なにせ初めての事でしたから,反省点はいっぱいあります。もし次にするときはどうするか,どいう視点で考えてみると,まずは地植えをすることです。そして,株は20cmほどの間隔をあけて,1本ずつ植える必要があると思います。

 水はけはあまり気にしていませんが,水やりを自動で行う仕組みをもう少しまともなものにしないといけないでしょう。

 あと,案外大きくなってしまうので,2mそこそこの高さのネットではすぐに足りなくなってしまいます。さりとて,あまり高くしてしまうと収穫が大変ですし,キュウリは下の方から枯れてくるものなので,クネクネと曲げて這わせるとか,そういう工夫が必要かもなあと思います。

 それと,もう少し早くに種を蒔かないといけないですね。6月末では遅すぎました。出来ればもう2週間ほど早めにスタートしたい所です。

 で,来年やるかといえば,たぶんやらないと思います。毎日の出社前と帰宅後,そして休日の手入れと,楽しかった反面で忙しかったのも事実です。考えてみるとキュウリはお店でいつでも売っていますから,無理に作る事もないという話だってあります。

 ということは,別の作物を育ててみるのもいいかもしれません。でも,スイカとかメロンなんかは,ちょっと違いますしね。どうしたものでしょうか・・・


・総括

 この話をすると,決まって返ってくる反応は,立派に育ったねという言葉です。曰く,キュウリはなかなかちゃんと育てるのが難しく,簡単に枯れてしまう事があったり,キュウリも大きくなる前に茶色くなってしまったりと,思い通りにならないらしいのです。

 しかし,私の場合,5ヶ月にわたって茂っていたし,40本近いキュウリを食べさせてくれました。最初の1本が日に日に大きくなり,いよいよ収穫と言うときのうれしさは,格別でした。

 収穫したキュウリはまだとげとげもありますが,水で洗ってやると綺麗におちて,すべすべの表面になります。ワックスなど使わなくても,これだけ綺麗においしそうになるんだなあと思います。

 聞いた話では,日本の消費者は細く長いキュウリを好むらしく,農家は早めに収穫するんだそうです。だから,私が収穫したような太くて立派な,種が熟す直前のキュウリというのは,ちょっと貴重なのかも知れません。

 キュウリの生育とあわせて,嫁さんのお腹はどんどん大きくなり,収穫したキュウリを栄養にして育った子供は,まさにキュウリと入れ替わるように,生まれて来ました。

 なんでもそうでしょうが,手をかければ,かけただけの成果が得られるという点で,生き物を相手にするのはとてもシンプルだなあと思うのです。もちろん,運とか縁とか,そういうのも関係がないとは言えません。

 でも,おかしな駆け引きもなければ,運や縁の要素が支配的な世界でもありません。とても公平で,手間が結果に直結することが,ひょっとすると農業の醍醐味なのかも知れないですね。

 でもあれか,農業もプロとしてやってしまうと,駆け引きも運も縁も必要になっちゃいますかね。

蔵書のデータを復旧

 先日,蔵書管理ソフトのトラブルと操作ミスから,貴重な蔵書リストが失われてしまい,管理をあきらめた事をここに書きました。

 消えたのは自炊してPDFになった蔵書のリストで,これは7月2日までの登録分はWEBに存在していました。

 ところが,どうもあきらめが付かないのです。

 amazonから書誌情報を引っ張ってくることが出来なくなったということであきらめていたのですが,先日試してみると見事にamazonからデータを取ってくるじゃありませんか。

 あのとき,蔵書の登録をしなければ,誤操作によるデータが消えることもなかったろうに・・・そんな風に思ったりもしましたが,それ以上に登録が出来るようになっていることが悔しいです。

 7月2日(前回書いた7月23日というのは間違いでした)までのデータが,形式は別にして情報として残っているのですから,これを読み込めるように加工すればほとんど復活できます。7月2日以降の追加分はたかだか20冊から30冊ほどでしょうから,こんなのはあっという間に処理できます。

 ということで,作戦を立てます。Books for MacOSXという蔵書管理ソフトはすでに開発が止まったソフトで,せっかくだから別のソフトへの移行も検討しましたが,今のところなんとか3.2.5dという最終バージョンで問題は出ていません。ですので引き続きこのソフトを使うことにしましょう。

 また,このソフトはtab切りテキストをインポートする機能があるので,WEBの情報を変換できればなんとかなりそうです。

 そして,ISBNコードをインポートできれば,あとはクイックフィルを使って開いたフィールドをamazonの情報で埋めることができるはずです。後で分かったことですが,このクイックフィルは一括で処理可能ですので,とにもかくにもISBNコードを吸い込むことが最大の関門です。

 ただ,ISBNコードを持たない書籍のインポートが出来ないと困りますので,書籍名とISBNコードの2つをインポートできるようにしてみます。

 Booksで作成したWEB用のデータベースは,書誌データが記されたhtmlファイルと,表紙の写真であるpngファイルは,書籍ごとにフォルダに分けられています。PDFなり紙で残しているものなり,リストを作って整理したものは,フィルタ済みの蔵書リストがhtmlで作られ,それぞれのフォルダに入ったhtmlファイルへのリンクとなっています。

 残念な事に,PDFの蔵書のリストはリンクばかりが書かれているだけで,ISBNコードは書かれていないのです。そこで,リンクをたどってファイルをまとめて手に入れる,ダウンローダを使って一括で落とします。

 ダウンロードした各htmlファイルはPDFになっている書籍の書誌情報を持っている訳ですから,これを全部連結します。

 ここから先,perlを使うとか,Cで小さいプログラムをさくっと書けば一発で処理できることは分かっているのですが,ちょっと実行環境が用意出来ないので,置換能力の強力なエディタを駆使して,タイトルとISBNのタグを残して,あとは全部消去します。

 この段階で大半のデータは正常に処理できたのですが,最終的に30冊ほどの情報が消えてしまいました。まあ全部で1200冊ほどある登録情報のうち30冊ですので,大したことはありません。

 そしてこのファイルを書名-tab-ISBN-LFの順番で並べたテキストファイルに加工して,Booksでインポートします。幸い,上手くいったようです。そして一括でクイックフィルを行って,蔵書のデータをとりあえず完成させます。

 あとは,地道に表紙の画像がないものは貼り付け,タイトルで文字化けしているものは修正し,ISBNが間違っているものは正しいものを入れて再度クイックフィル,そして最後に抜けている書籍を登録してWEB版の登録データと突き合わせ,数と内容に狂いがないことを確認します。

 終わったら現在までに増えた書籍を登録して,再度確認。さらにPDFになっていない蔵書との重複を確認します。

 作業は丸1日かかったのですが,登録ミスや重複が結構あり,これらが綺麗になったことで,大変スッキリしました。大変な手間がかかりましたが,それでもやっただけの価値はあったかなあと思うようにしましょう。

 そして今度はちゃんとバックアップを取り,万が一の時に備えないといけないですね。TimeMachineも使う事を真面目に考えるべき時かも知れません。

 

FマウントとKマウントを相互変換する

  • 2011/11/22 12:31
  • カテゴリー:散財

 PENTAX Qを買って,一応毎日触っているのですが,少しずつ馴染んできました。大きな一眼レフとは全然違った考え方で撮影をしないといけないことが分かってきたのですが,さりとてコンパクトデジカメと同じように扱うと,楽しく撮影が出来ません。

 一眼レフを使う時のように,RAWで撮ることを前提とせず,JPEGでドンドン撮っていくカメラとして位置づけると共に,コンパクトデジカメではない「何か」を探し当てる道のりはまだまだ遠いです。

 そんなこんなで,「ニコンは一桁以外はダメ」と最初からバカにしていたD700が,実はかつてのF5とF100のようになかなか結構なフルサイズ機であることをつい最近知る事になり,値段も下がっていて万々歳だ買うか,と思っていたらタイの洪水で入手すら不可能という,オリンパスの株価のような乱高下を味わった昨今,悔しいので少ない予算で今ある環境をより楽しめるような方法を考えてみました。

 まず,うちにある主力一眼レフは,ニコンのD2HとペンタックスのK10Dです。

 主力機D2Hは使い慣れていること,アドレナリンがバンバン出ること,とても楽しく撮影出来ることと,ナチュラルで解像感のある画像が大好きなことで,どんなに買い換えようと思っても,15分も触ると,まあもうちょっとこのカメラでいくか,と思い直してしまう,理屈では説明の付かないカメラになっています。

 しかし,レンズが今ひとつつまらないのです。

 そんなときは,K10Dです。優しい眼差しを向けるFA43mmF1.9は本当に買って良かったと心底思えるレンズですが,これを使いたいときに出番が回ってくるのが,K10Dです。

 K10Dは画像はともかく,使い心地は今ひとつなカメラです。AF精度に心配はあるし,シャッターやミラーの動作もどうも緩慢で,例えばファインダーのスーパーインポーズがずれていたりと,ちょっとしたところの詰めが甘く,がっかりさせられるのです。

 別に撮影そのものに支障はないし,いちいちメーカーに文句を言うつもりもありませんが,撮影という感覚の尖った状態では,ちょっとしたことも気になるものです。

 ですが,FA43mmF1.9を使う時にはこれ以外に選択肢がありません。もともと,FA43mmが自分の期待する画像を作り出すことを銀塩で知り,デジタルでも使いたいと考えた結果が*istDLでありK10Dでしたから,K10Dにそれほどの期待はしていません。

 Kマウントについては,FA43mm以外にもFA77mmであるとか,その写りに感動した安い35-70mmのレンズも面白いのですが,なんといってもM42マウントのレンズが守備範囲になってくることがたまりません。とりわけ,SMC-Takumar28mmF3.5は本当に大好きなレンズで,画角といい階調といいコントラストといい,本当に私の理想とすべきレンズです。角形フードも格好いいです。

 ということで,ボディはD2H,レンズはKマウントという,誠に悩ましい状況に甘んじて10年以上。この問題を解決するのはもはや禁断の果実,マウントアダプターに手を出すしかありません。

 よく知られているように,ニコンのFマウントとペンタックスのKマウントは,大変相性が悪いマウントです。

Fマウントのフランジバックは46.5mm。一方Kマウントのフランジバックは45.46mmです。また,Fマウントの口径は44mm。Kマウントの口径は45mmとなっています。

 フランジバックがFマウントの方が長いですから,ニコンのボディにKマウントのレンズを取り付けると1mm分だけ前に飛び出した事になり,無限遠が出ません。昔,ペンタックス純正のM42アダプタを加工してF3にM42のレンズを取り付けたことがありますが,無限遠が出ないのでやめました。

 なら,ペンタックスのボディにFマウントのレンズなら1mm分かさ上げすれば無限遠が出るかといえばそんな事はなく,口径がほぼ同じですのでたった1mmのかさ上げしか許されていない状況で,オスとメスのバヨネットを前後に持つ筒を作る事は不可能です。

 ということで,結局ニコンとペンタックスは,互いに相容れないのですが,この際フランジバックの問題は補正レンズを設けて辻褄を合わせ,フランジバックの制約から解放してやってマウントの変換をしようというマウントアダプターが発売されています。

 補正レンズ付きですので,元のレンズ特性に少なからず影響を与えますし,レンズが増えるので内部反射も起こります。それにレンズがボディから大きく前にせり出すので,画角も変わってしまいます。その上高価です。

 結局オモチャにしかならない保線レンズ入りのマウントアダプターをに手を出すことは避けてきましたが,最近は中国製の安価のものが6500円ほどで買えるのですね。これならまあ買ってみてもいいかと,ニコンのボディにKマウントのレンズを取り付けるものと,逆のペンタックスのボディにFマウントのレンズを取り付けるマウントアダプターを買ってみました。

 中国製でもともと品質に期待しておらず,とりあえず写ればそれでいいかと言うくらいに考えていました。内部反射によるフレアやゴースト,コントラストの低下は当然あると考えているので,そうした厳しい撮影条件では使わないことも考慮済みです。

 さて,届いたマウントアダプターを見てみます。

 加工精度はそれなり,剛性感もそれなりということで,価格相応だなあというのが第一印象です。レンズは一応コーティングが成されていますが,マルチコートではないようです。気分のものかも知れませんが,反射が多そうでどうもコントラスト低下などの影響がありそうな感じです。

 それと,どちらも外形はほぼ同じ。ぱっと見では区別が付きません。当たり前の事なので採り上げるほどのこともありませんが,恥ずかしながらK10DにFマウントをはめ込もうとしてしまったので,一応書いておきます。

 レンズとボディの装着は,そんなに渋くもなく無理をしていない感じではありますが,それでも大事なレンズ,高価なレンズは取り付けない方が良いように思いました。

 では試してみましょう。まずK10DにAiAFニッコール85mmF1.8です。一応かちっと取り付けが出来ます。絞り開放でまず1枚。

 げげ,まるで霧がかかったように画面が白くなっています。乱反射が出ているのかも知れません。あわててF4くらいまで絞り込むと,問題なく写ります。しかしシャープさは失われ,ボケの綺麗さもなくなります。それに,絞り込み測光というのはちょっと面倒ですね。

 テレコンバータでもマスターレンズの性能が重要という事で,気を取り直してPlanar50mmF1.4ZFで試してみます。すると,マウント部に随分とガタが発生しています。フォーカスリングを回す度にガタガタと動いてしまい,ファインダーの像がガクガクと動いてしまいます。これはいかんですね。

 また,K10Dの手ぶれ補正が上手く動いてくれません。メニューから焦点距離を設定しないとだめなのですが,ちょうど1.3倍の焦点距離のものがないので,似たような値をセットしますが,どうも補正能力が低いだけではなく,かえってぶれを引き起こしているような印象もあります。

 ということで,FマウントレンズをKマウントボディに取り付けるマウントアダプタは,基本的には失敗です。

 では,次にD2HにFA49mmF1.9を取り付けて見ましょう。こちらは案外普通に着きますね。絞り開放でも極端な画質低下は見られず,FA43mmのおいしいところはやや薄まりますが,それでもD2Hの使い勝手でFA43mmF1.9が使えるというのはなかなかいいです。

 機械的な精度も悪くないので,こちらはそこそこ使えるかなあと言う印象です。M42レンズを試していませんが,もしかすると(もともと絞り込み測光だし光学性能も高くないという意味では)M42レンズの方が面白く使えるかも知れません。

 正直,6500円という価格については,相応のものだなあという印象を持ちましたが,この手のマウントアダプタは一昔前は1万円から2万円もしたわけで,そう考えると悪い買い物ではないように思います。
 
 それに,マウントアダプタの画質は,ファインダーでは必ずしも確認出来ません。先の霧がかかったような画像はファインダーでは確認出来ず,撮影画像で初めて分かったものですから,銀塩だったら失敗コマを量産していた可能性が高いです。デジ足りカメラの時代になって助かったと言えるかも知れません。

 私の結論としては,K10DにFマウントのレンズを取り付けてもあんまりありがたいものではなく,また性能的にも精度的にも今ひとつなのでこれは失敗と割り切り,逆にD2HにKマウントのレンズとM42のレンズが装着出来ることはとても期待していたことでもあるし,実用レベルだという感じもありますので,機会を見つけて使っていこうと思います。

 これで,次のボディを買うときの指針が出来ました。Kマウントのレンズはもう増えないと思いますので,KマウントのボディはFA43mmとFA77mmのために必要という事で,K10Dでも十分だという判断から,新しいボディはFマウントのボディ,それも出来ればフルサイズのモデルという事にしましょう。

 噂では,ニコンD700の後継であるD800のスペックがある程度の確度で漏れ伝わっています。36Mピクセルというのは私にはちょっと多すぎるし,動画開始のボタンがわざわざ用意される事,ローパスフィルタが省略される事,D3系やおそらくD4と呼ばれる次世代プロ機とは違うセンサを採用することや,ボディサイズが少し小さくなることなど気に入らない箇所も多く,改めてD700が自分にぴったりだったんだなあと思うのですが,それでもD800は発売未定というステータスらしいですから,まあ気長に待つことにしましょう。

 

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