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年末年始

 2010年になりました。新年おめでとうございます。

 さて,年末年始に数日間実家に戻ったのですが,その間にあった話を少しまとめてみたいと思います。

・実家の地デジ対応

 これがこの年末年始の一番大きなテーマだったのですが,結論からいうととても簡単に解決しました。

 DXアンテナから出ている「UHA-800」という平面アンテナを秋頃に調達し,実家に送ってあったのですが,このアンテナが思いの外性能が良く,魚の骨のような八木アンテナをわざわざ買う理由はもはやないのではないか,と思うほど満足な製品でした。

 カタログスペックでは一般的な八木アンテナと同じ程度のゲインを誇り,BSやCSのパラボラアンテナと同じ感覚で取り付けできるように考慮されている点で,アンテナもここまで進化したのだなあと感慨深いものがあったほどです。

 昨年の秋に室内アンテナでもなんとかギリギリ受信出来ることを確認してありましたから,UHA-800なら間違いなく受信出来るだろうという目処は立っており,気になるのは取り付け場所と向き,そして配線という点でした。

 まず実際の取り付けですが,現在は使っていないCSアンテナを外し,その場所にUHA-800(どうでもいいことですが「さようならどらえもん」で登場したUSO-800とかぶるネーミングですね)を固定しただけでおわりました。

 向きを調整するチェッカーも持っていったのでいちいちテレビとアンテナの間を往復することも必要なく,とても簡単に向きも合わせることが出来ました。

 問題は屋内配線です。ここで頓挫することも覚悟したのですが,実家の新築の際に予備の配線を1本通してくれてあることがわかりました。惜しいのは,この予備の配線は分配器もブースタも通っておらず,直接リビングの2つ目のアンテナコネクタに繋がっているため,他の部屋では見る事が出来ないという点です。

 しかし,現実的に,現在実家にある地デジが受信出来るテレビはリビングにあるものだけです。その他はアナログのままだったりするので,変に配線をいじる訳にもいきません。

 本来なら,難視聴対策の共聴システムからやってくるU/V混合波からUとVを分離し,このVとUHA-800のUとを再混合,ブースタで増幅してBSと混合し分配器で各部屋に分配するのが正しい方法だとは思いますが,そこまでの手間をかけて結局2011年までしか役に立たないというのは割の合わないお話です。

 なら,2011年になってアナログ放送が止まってから,完全に共聴システムからのU/V混合波を切り離し,UHA-800の信号をブーストBSと混合して分配する方がよほど綺麗です。なので,母親と相談して,2011年にもう一度考えることにしました。

 もし,他の部屋で小さい地デジテレビを買った場合には,不要になった室内アンテナを使ってもらうことにします。

 母親の話では,アナログ放送では難視聴対策が必要だったケースでも,地デジになると個別のアンテナで十分高品質で受信出来るという話が出ているらしく(そりゃそうですね),共聴システムを改修する費用が非常に大きいことを考えても,おそらく個別でアンテナを用意してもらうことになりそうだということでしたから,100%完璧ではないにせよ,実用レベルで何ら問題のない地デジ移行に,随分喜んでいました。

 最初は地デジへの切り替えなど,なんと余計なことをするものだと思ったものですが,受信障害が軽減されること,高画質であること,アンテナが小型になること,そしてトータルの費用が随分安くなったことを考えると,ようやく最近になって移行する価値があると思えるようになってきました。


・日本橋を歩く

 伊丹空港から実家までの間に寄り道して,年末恒例の日本橋を巡ってきました。ここでなんども書いていますが,私は16歳と17歳の夏にジャンク屋として知られたデジットでアルバイトとして使って頂き,当時の店長さんから多くのことを学びましたし,19歳から22歳までの3年間,OAシステムプラザでアルバイトとして使ってもらい,主に中古パソコンとMacを得意として,仕入れからサポートまでを一通り勉強させて頂きました。

 浪人中は難波の予備校でしたから,その頃を含めほぼ毎日日本橋に通っていたわけで,何かを作る時でもこまめに部品を買いそろえることが出来ますし,買い忘れれば翌日昼休みにまた買いに出かけるということが出来ました。それに,新しいお店が出来れば出向き,つぶれれば残念がりと,その時期の街の変化を随分楽しんだものでした。

 ですから,私にとっての日本橋は電気街でもヲタクの街でもなく,通天閣でも黒門市場でも大阪球場でもなく,生まれ育ったふるさと,のような感じがしています。

 それだけに,昨今の寂れっぷりを見るのは正視に耐えないものがあるわけですが,電子部品屋さんが全国区のお店として知られるようになってきたことと相まって,ここ数年で少々落ち着きを取り戻した感があります。

 自販機が撤去されていよいよ地下に潜るかと思っていたマジコンも,「マジコンR4」と書かれたのぼりを立てて堂々と店頭販売するあたり,アキバとは違う文化だなあとちょっと笑ってしまいました。

 私もあちこち回るほど元気ではなかったですし,お店の数も場所も随分と変化しているので,結局立ち寄ったお店は5つほど。完成度が高いと評判だったトミックスのC57が,ジョーシンのキッズランドに1つだけ残っており,10%割引のはがきと組み合わせてトータル3割引で買いました。


・デジットへ向かう

 次に向かったのはデジットです。私がいた頃に比べて随分小綺麗なお店になりましたし,怪しいジャンクの数が減ったことは,過去にはやばいジャンクを出していた会社がまともになってきたことの証でしょう。思わず遠い目になります。

 磁気カードのリーダ/ライタとか,工業用の高出力炭酸ガスレーザとか,ATMの部品とか,ちょっとここではかけないようなものもゴロゴロしていた当時に比べ,随分まともになったものです。

 ただ,消費税を取らないことは当時のまま,店員さんも大きな声で愛想良く,知識も豊富で気軽に相談できる雰囲気と,居心地の良さは我々の頃からの伝統です。うれしいですね。

 ここで見つけたのは,大型の16セグメントLEDです。1個50円。安いので買い占めようかと思いましたが,多くの人に使って欲しいので6個だけにしておきました。それでも300円ですからね。1個100円でもいいと思うのですが,このあたりがデジット(というか共立電子産業)の欲張らないところです。ちなみにこれ,シリコンハウスにも置いてありましたし,通販でも買えるようです。

 あとはICで74LS181という,その筋では結構貴重とされているICを3個ほど調達しました。それとデジットには,誤差1%のポリプロピレンコンデンサが安価で売られています。0.001uFと0.1uFをかってきました。0.1uFで確か150円だったと思います。

 というのも,AVRを使ったコンデンサ容量計を作ろうと画策していて,その校正用のコンデンサが必要だったのです。素人が使うものですから,まあ1%程度でも十分でしょう。それより,温度特性や浮遊容量の方が深刻ですよ。

 そうそう,ダブルバスレフのスピーカーのエンクロージャのキットの音を聞いてきました。なかなかしっかり出てくるものです。置き場所さえどうにかなれば,私も1つ欲しいと思いました。


・シリコンハウス共立に向かう

 デジットでのアルバイトは,当初シリコンハウスに「バイトしたい」といきなり電話をした時に,シリコンハウスはいっぱいなので,デジットならどうですか,と言われたことがきっかけでした。

 当時の社長さんに,簡単の口頭試験をされたことを覚えています。A級,B級,C級増幅の違いは何か,だったですかね。

 今はどうか知りませんが,当時はシリコンハウスもデジットも店員さん同士は同じ場所で働いているという仲間意識も強くて,私も閉店後にシリコンハウスでカウンターの中に入れてもらい,自分で欲しい部品をせっせと棚から出して,他の方にレジをうってもらったりしていました。そういえばバイト初日は,シリコンハウスで自己紹介したなあ。みんな大人だったから,随分かわいがってもらいました。

 そのころのシリコンハウスとはお店も変わっているし,若干ですが雰囲気も変わっているので,今のお店には懐かしさはありませんが,日本を代表するパーツ屋として,すでに有名な存在です。

 失礼ながら,私が子供の頃は,電子部品はアキバが本拠地,日本橋はその代用品くらいの感じだったのですが,最近は拮抗しているというか,綺麗に棲み分けがなされているという感じがします。ネットや物流の進歩によって,もはや地域性より個性こそ重視されるようになったという,1つの例でしょう。

 2階で電池ケースをいくつか買って,3階で30円と処分価格だったスタンダードTTLの74181を6個買ってきました。これでも32bitのALUは作る事ができないんですねえ。

 あと,TC9245Nも5個ほど買ってきました。1つ210円というのは安いと思っていましたが,昔からこの値段なんですね。しかし冷静に考えてみると,48kHzまでしか対応しない民生用のDAIレシーバICなど,5個も買う必要があったのでしょうか・・・

 他にも数点トレイに入れてレジをお願いします。シリコンの店員さんはデジットの店員さんと違って声も小さく,愛想がよいとは言えません。こころなしか内々に籠もっている感じがします。それで,会話を楽しもうなどと言う気持ちは全くなかったのですが,デジットと2階での買い物をみた店員さんが,青い色のしっかりしたバッグを用意してくれました。

 ついでにカレンダーも入れておきます,と言ってくださったので,この時期恒例の味マップもお願いしました。

 味マップは年末の楽しみの1つで,私が子供の頃から名物になっていました。なんと37年も前から続いているそうで,これだけ続けばそれだけで立派なものだと思っていると,「実は今年は危ぶまれたんですよ」と店員さんがいいます。

 え,どうしてですか,と聞き返すと「昨今の経済状況ですから」と答えが返ってきたのですが,確かに直接売り上げに繋がらず,また以前のように食べるところに全く困らなくなった日本橋では,あまり必要とされていないのかも知れません。

 そういえば年々,店頭で目に付くことも減ってきたなあと思ったりしましたが,「楽しみにしているので来年もお願いしますね」といささか無責任ではありますが,エールを送って来ました。やや無愛想だった店員さんも,このころにはすっかり和やかな表情をしてらっしゃいました。

 4階では,0.2mmのポリウレタン線500gをリールで買いました。おそらく死ぬときにも残っていると思われますが,こういうのは残りを気にして使っていたらダメです。湯水の如く使って初めて作業に没頭できるというものです。

 私の勘違いでなければ,デジットが200gで2200円,シリコンハウスが500gで2500円ちょっとだったと思うので,随分値段が違うものだと思いました。どおりでデジットではホコリをかぶっていると思いました。

 今年はシリコンハウスで随分と気持ちのいい買い物をさせて頂きました。これはもう仕方がないことなのですが,以前店員さんの知識のなさで簡単に在庫切れ,とされて,釈然としないまま引き下がることが度々ありました。

 説明をしてようやく出してもらっても,プライドの傷ついた彼はその後無言でレジを打つ,ということが何度か続き,もうシリコンハウスには行かないでおこうと思ったことがありました。しばらくぶりの今回も,明るい雰囲気だとは思いませんが,売る側と買う側が対等で楽しく過ごすという商売の原点が戻ってきたような気がします。

 これは,もしかすると,電子工作復権の兆しかも,知れません。


・4時まで飲んだ

 高校時代の友人と会うことになり,彼と会うときにはいつもいく居酒屋に向かいましたがあいにく満席。数件まわりましたがどこも満席で,地方都市でもこんなことがあるのかと彷徨っていたところ,どういうわけだかガラガラのお店を発見。

 ここで11時ごろまで飲んでいたのですが,そろそろ場所を変えようと店を出ました。

 我々は話し込むと長いので,基本的に追い出されることがお開きのトリガなのですが,まだ追い出されないのかなあ,とふと時計を見るとすでにその時点で2時をまわっています。どうも一晩中やっているお店だったようです。

 いつもの居酒屋は12時には閉店するので,ごく一般的な飲み会になるのですが,今回は大変なことになりました。私を含めダラダラと酒を飲み,友人の一人が「もう眠い!限界!」と白旗をあげてようやく終了。4時を回っていました。

 どんな話をしていたのかも覚えてなければ,いったいいくらだったのか,誰が払ったのかも覚えていません・・・

 4時ですから電車はなく,タクシーで帰ることになります。私を除く二人は地元で歩いて帰ることの出来る人だったのですが,こんな時間にタクシーなどつかまるはずもなく,さりとて私を真冬の4時過ぎに一人で放置するのも悪いと思ったのか,しばらく一緒にタクシーを探してくれました。

 しかし,タクシーはおろか,自動車も人影もありません。こりゃ絶望だなあとあきらめて,1時間ほどかかる実家まで歩こうと腹をくくったとき,友人が「迎車」とサインを出しているタクシーを見つけ,すたたた,と駆け寄ったと思ったら,おもむろにゴンゴンとガラスをノックをしているではありませんか。

 「それはなんぼなんでもあかんて」とさすがに焦ったのですが,友人は自らも早く帰りたい一心でさっさと交渉を成立させ,果たして私の目の前でドアが開いたのでした。

 めでたく私はタクシーに乗り込むことが出来て,友人達に見送られたのですが,その後運転手さんと話をしたところ,どうやら私がタクシーを呼んだ,まさにその人だと思ったらしいのです。

 要するに,友人は「あんたを呼んだのは私らや」とウソをつき,私を乗せたということになります。いやー,酔っぱらいってのはたちが悪いです。ああはなりたくないものですねえ。おかげで助かりましたが・・・

 しかし,彼らはいいけども,その後家まで送ってもらう私が運転手に怒られるとか,そんな風に考えなかったんでしょうか。

 私の家までは10分ほど。少し待たせてしまうけれども,私を降ろしてからまた引き返します,といわれていましたが,謝る私に全然怒った様子もなく,私が高校時代の友人と一緒にいた,という話をすると,それはよかったですねえとニコニコしてくれたことが,かすかな記憶として残っています。

 なお,4時半過ぎに家に戻った私が母親に怒られたことは言うまでもありません。この年齢になって,まさかこんなことで怒られるとは思っても見ませんでした。

・ということで

 ということで,数日間を過ごした実家では,それなりに楽しく過ごして戻ってきました。少し気が滅入っていたこともあって,いい気分転換になりましたが,最大の誤算は4時まで飲んだことでしょうか。その後数日の間,しばらく調子が悪く,もう若くないんだなあと思い知った次第です。無茶はやめましょう。

 コンデンサ容量計については,部品を揃えたつもりだったのですが,金皮抵抗を買うのをすっかり忘れてしまい,また当分お預けです。

 年々正月気分が薄れているなあと感じるのですが,それでも1年の節目には変わりません。今は毎年実家で過ごしていますが,それもいつまで続くかわかりません。どちらにしても,慌ただしい年末が過ぎれば年が明け,そしてまた普段の生活がやってきます。

 今年もどうぞよろしくお願いいたします。


 
 

VirtualBoxで手に入れるもう一台のPC

 AVRの開発環境を実現するために,MacBookProに仮想環境として,VitrualBoxを導入したことは先日書きました。このVirtualBox,実に良くできているので,簡単に紹介しておきたいと思います。

 VirtualBoxはSunMicrosystemsの製品で,無償かつオープンソースの仮想マシンソフトです。ライセンスはGPLv2に準拠していて,個人・商用を問わず利用出来ます。エンタープライズ用途向けに24時間対応のサポートが受けられるオプションもあります。

 個人的には,エンタープライズ用途向けをちゃんと目指していることを評価していて,その上きちんとアップデートを継続していることもよいと思います。現在のところ最新版はVer.3.1.0ですが,特にVer.3以降はかなりこなれてきたという印象があります。

 そもそも論ですが,昨今はやりの仮想マシンというのは,実機の上に複数のマシンを独立で構築する仕組みです。Windows上でX68000を再現するX68000エミュレータも一種の仮想マシンですし,Javaの実行環境はJavaVMといって,これも仮想マシンの一種です。

 これらは,ソフトウェアで別のマシンを実装するもので,実機のCPUが仮想マシンのCPU向けの命令をソフトウェアでいちいち翻訳しながら動作しています。だから動作が低速になることは想像が付くと思います。

 で,最近よく耳にする仮想マシンには,x86の上で,複数のx86を動作させる仮想マシンの話が多いようです。そういえば昔仮想86モードなんてのを耳にしましたね。あれは80386上で仮想8086を実現するものでしたが,言ってみれば仮想8086が仮想x86に昇格した,という感じかも知れません。

 1台の実機上で複数のマシンを稼働できると,古い機種でしか動作しないソフトウェアをそのまま動作させる事ができたり,それぞれで異なるOSを動作させることができたりしますし,またそれぞれのマシンを完全に独立させることが出来る事から,セキュリティや信頼性の向上が期待できます。

 さて,仮想マシンの実装には,元々1つしかないリソースを複数で共有し,互いに影響を与えないようにするために,仮想マシンモニタと呼ばれるソフトウェアがリソースの配分などを行う必要があります。

 ただ,この仮想マシンモニタはオーバーヘッドが大きく,処理速度の低下が深刻であったため,出来るだけオーバーヘッドが発生しないよう,機能の一部をハードウェアで支援できるような拡張が,近年のCPUには実装されつつあります。

 例えばx86(正確にはIA32プログラミングアーキテクチャ)の場合,リング0からリング3までの特権レベルがあり,OSの低レベルの部分などはハードウェアリソースのほぼすべてにアクセスが可能なリング0で実装されてきたのですが,仮想マシンを実装する上で,OSがリング0で動作していては他のOSへの影響が避けられないため,仮想マシンモニタをリング0で動作させ,OSはリング1から3で動作させることになります。まあ当然ですね。

 ところが,OSにはリング0のみ許される特権命令が含まれているため,リング1から3で動作している状態では例外が発生します。

 これを回避するため仮想マシンモニタが例外を監視し,例外が発生したら命令をエミュレートして,OSに結果を返すようにしていたのです。なんか,非常に重たそうなことをしないと,x86で仮想マシンを実現出来ないっぽいですね。

 もう1つ,x86で仮想マシンが面倒臭いというお話をしましょう。こっちはちょっと笑えます。

 popf命令などが例ですが,なんとユーザーモードと特権モードで動作の異なる命令がx86では存在しています。建て増しを繰り返してきたから,という意見もあるのですが,どっちにしても同じ命令で動きが違うなんて,ちょっとビックリです。

 これは仮想マシンモニタにすれば非常に迷惑な話で,この命令がリング1から3で動作しているOS上で見つかった場合,それは本来リング0での動作を期待されていて,リング1から3では動作させてはならないので,例外によって知らせて欲しいのに,実際にはどちらのリングにも存在する命令ゆえに,例外すら発生しないのです。

 ということは,リング1から3で動作しているOSが発行する命令を,常時監視しなければならないわけです。これはたまりません。

 VMwareなどは,こうした仕組みを実装し,もともと仮想マシンを考慮していないx86で仮想マシンを実現していました。これらの仮想マシンが高い評価を受けているのは,こうした重たい処理を必要としながらも,実用的な速度で動作する仮想マシンを実現したことにあると思います。

 ところが,こうした不細工な方法で無理矢理仮想マシンを実現するというのは,決して褒められたことではありません。そこで,x86にも仮想マシンをハードウェアで支援する機構が用意されるようになってきました。インテルではIntel VT,AMDではAMD-Vと呼ばれるものです。それぞれ異なるものではありますが,やってることは基本的には同じです。

 まず,リングプロテクションに関する支援です。リング0から3までをそれぞれ持つ,VMXrootとVMXnon-rootの2つのモードを用意しました。VMXrootでは仮想マシンモニタが動作しており,VMXnon-rootモードではOSを動作させます。

 もしOSが特権命令を発行した場合にはVMXrootモードに移行し,仮想マシンモニタに制御を移します。このように仮想マシンモニタが特権命令を監視しなくても良いので,オーベーヘッドは大幅に削減されることになります。

 また,仮想マシンごとにレジスタなどのコンテキストを保存する専用領域を用意してあり,これらの切り替えが自動化されるようになっています。このこともオーバーヘッドの削減に寄与しています。

 さらに,I/Oについても仮想マシンの実装支援が行われています。VT-dなどと呼ばれている機能です。

 仮想マシンでは,I/Oはそれぞれのデバイスのエミュレーションによって実装され,DMAを行う場合はアドレスのリマップが必要となります。

 このことは速度の低下に加えて,エミュレートされたデバイス用のデバイスドライバが必要になるため,従来のドライバをそのまま使用できなくなる場合があります。

 そこで,ハードウェアによってDMAのアドレスをリマップする機能を用意しておきます。こうすれば速度的にも有利な上,I/Oのエミュレートを行わないので従来のデバイスドライバがそのまま使えるようになります。

 こうした支援機構によって,従来に比べて2割ほど性能が向上するそうです。

 現在利用されているx86用の仮想マシンは,別にこれらの支援機構が必須になっている訳ではありません。しかし,多くがこれらの支援機構を利用出来るようにもなっており,対応したCPUを使えば,さらに速度や利便性の向上を期待できるというわけです。

 話をVirtualBoxに戻しますが,VirtualBoxも,Intel VTのうちVT-xとAMD-Vに対応しています。ただ,過去にはこれらを使うと速度が低下したケースもあったそうですし,他にもいろいろ問題が出ていたようですので,ちゃんと考えて使わないと失敗しそうです。


 さて,私のMacBookProにインストールしてみます。ホストOSはSnowLeopardで,64bitカーネルです。ここにVirtualBoxの最新版である3.1.0をインストールしますが,これはあっさりと終了。

 VirtualBoxを起動すると,最初にディスクのイメージファイルを作る事になります。仮想ドライブの容量と同じ大きさのイメージファイルを作る方法と,イメージファイルの大きさが可変するものの2つを選ぶことが出来ますが,後者はドライブの容量サイズを変更できるという意味ではなく,これは最初にしていした容量のまま変えることが出来ません。あくまで仮想ドライブにデータを書き込むと,イメージファイルの大きさも大きくなるという仕組みで,ホストOS上に無駄にでかいファイルを置かずに済むということを狙ったものです。

 ここにWindowsXPをインストールします。MacBookPro内蔵のDVDドライブもVirtualBoxの支配下にあり,ここにWindowsのCD-ROMを入れて置けば,インストーラが起動して,いつものようにWindowsXPがセットアップされます。

 なお,仮想マシンのメモリですが,あまり巨大なものを設定すると,ホストOSでスワップが発生し,パフォーマンスががた落ちになります,私の場合4GBを搭載しているので1GBくらいなら設定してもよいだろうと思いましたが,考えてみるとホストOSにとって1GBも占有するソフトが起動するというのは結構きついことで,スワップが発生すると大変なことになります。WindowsXPなら512MBもあれば十分です。

 インストールが終わればMacの画面上でWindowsが動くという見慣れない状況が起こりますが,それぞれちゃんと動いています。当たり前なのですが感動的です。

 デバイスドライバも普通のデフォルトでインストールされるので,特に問題はなく動くのですが,ここでGuestAdditionをインストールしておきます。VirtualBoxのメニューからGuestAdditionのインストールを選ぶと,Windows上でインストーラが動き出してさらに便利な仕組みが使えるようになります。

 特に便利なのが,マウスカーソルの移動です。デフォルトでは左のコマンドキーを押すごとにマウスカーソルがホストOSとゲストOSで切り替わるのですが,これが案外面倒です。ところがGuestAdditionをインストールすれば,VirtualBoxのウィンドウの上では自動的にゲストOSのものと判断され,そこから外れた領域ではホストOSのものとされます。つまり,通常のMacOSのソフトと同じようにマウスが動かせるということです。

 ネットワーク関連ですが,ここはなにも考えず,NATで設定すればOK。ホストOSとは異なるIPアドレスを割り振る必要があるだろうと思っていたのですが,NATを実装してあるので,ホストOSのネットワークを,ゲストOSが失敬するような仕組みになっているようです。

 グラフィック周りは期待しない方がよいのですが,一応2Dと3Dのアクセラレーションが有効に出来るようです。ただ,2Dのアクセラレーションはしない方がいいと警告されますし,3Dの方はチェックしても私の環境では有効にならないようでした。

 2Dのアクセラレーションが有効にならないという事はDirectXを使ったソフトは動作しないという事になるので,実は結構な数のソフトが動作しません。古いパソコンのエミュレータを動かそうと思っていましたが,ほとんどが無理でした。

 画面関係でいえば,最大解像度がXGAまでなので,これで狭いと思っても手がありません。MacBookProの画面の大きさを考えると,ホストOSの邪魔をしないようにするにはXGA位が適当だと思うので私はそれほど問題とは思っていませんが,確かに開発系の統合環境などは,窮屈な感じがします。

 USB周りは今回の目的,開発環境の動作のためには妥協できない部分です。そもそもハードウェアリソースとしてのUSBをホストOSとゲストOSで共有することになるのですから,排他使用になる事は当たり前です。

 どちらかでしか動作しないデバイスなら別にいいのですが,USBメモリのようなどちらでも使えるものはどうするか,です。

 なにも設定をしないと,まずホストOSでマウントします。この状態でゲストOSでマウントさせようとしても,グレイアウトしてマウントできません。

 そこでホストOSでアンマウントすると,ゲストOSでマウントします。しかし,いちいち面倒ですね。そこでVirtualBoxでは,USBのIDを登録しておき,どちらのOSで使用するかを設定することが出来るようになっています。

 この方法で,AVRライタやMSP430のデバッガ,USB-シリアル変換ケーブル,USBメモリを登録しておきました。それぞれ,Windows用のデバイスドライバでなんの問題もなく動作しています。これは本当に期待通りです。

 ファイル共有ですが,VirtualBoxの設定からホストOS上のフォルダを指定しておきます。例えばそのフォルダがhogehogeだったとすると,これがゲストOS上では\\vboxsvr\hogehogeとなりますので,これをネットワークドライブとしてマウントすればOKです。

 この程度の環境設定を行って実際に使ってみると,Macで動かしているという感覚を忘れてしまうほど,そのまんまWindowsです。速度も全く問題なく高速で動きますし,ホストOSに悪さをするようなこともありません。音もきちんと出ますし,光学ドライブもちゃんと共有出来るようになっています。

 VirtualBoxでWindowsを動かしつつ,iChatAVを使ってビデオチャットということも問題なく出来ていますので,メインはMacだが時々Windowsが欲しい,という程度の話であれば,それぞれに妥協をすることなく,両方のOSを同時に使用することが十分出来ると思います。

 本当に処理速度が欲しい,あるいはスタンバイや休止状態を確実に使用したい,グラフィック関係が動かないといけない,という場合にはBootcampで再起動をかけるしかありませんが,逆に言うとVirtualBoxでダメな場合にはBootcampという手があるという事ですから,MacBookを持っている人は無敵のパソコンを手に入れたに等しいと,私は感じました。

 以前からちゃんとした仮想マシンに興味があって,それは利便性だけではなく技術的な興味関心から,実際に使ってみたいと思っていたのですが,これだけ簡単に導入でき,しかも十分実用になるというのは,良くできているなあと感じました。


 私は以前PowerMac7600をPowerPCG3の500MHz程度で使っていた頃に,Connectixという会社のVirtualPCを使っていたことがありました。Windwos95を入れて,当時使っていたシャープのザウルスの母艦にしていたのですが,動作はあまりに遅く,忍耐なしで使う事は不可能でした。

 ほぼすべてのデバイスをエミュレーションするだけでななく,CPUでさえもエミュレーションしなければならなかったVirtualPCと比べるのはかわいそうですが,互換性においても速度においても,ただ動くというレベルから使えるレベルになっていることは,ユーザーにとって大きなメリットになっていると思います。

 ゲストOSが有償なら当然買う必要はありますが,VirtualBoxは無償で利用出来ますから,特にMacの人は便利だと思います。それまで一般のユーザーが使うことの出来なかった高度な技術がいとも簡単に利用出来るのが,PCの世界です。

 高速なクロック,膨大なメモリ,スーパースカラ,ベクトルプロセッサ,仮想メモリ,賢いコンパイラ,プリエンプティブカーネル,そして今回の仮想マシンと,すべて大型機のために開発された技術ばかりです。それがこうして安価に提供され,コンスーマ用に新しい活用方法が提案されて,より便利になっていきます。

 これから先,お手本とすべき大型機が不在になるなか,PCの進化はどちらを向くことになるのでしょうか。楽しみです。

GPS時計 - 完結編

  • 2009/12/11 14:31
  • カテゴリー:make:

 GPS時計ですが,その後も毎日のように検討を続けていました。

 GPSを使って時刻情報を得ていながら,1秒近くずれるというのはもはや言語道断といえて,何とかなるならしてみたいし,駄目な場合でも駄目な理由を理解してからあきらめたいと思ったからです。

 さて,前回,UARTのボーレートを38400ボーにするということと,使っていないセンテンスは送出させないようにしたこと,それと1秒に1回だったデータの送信周期を1秒に2回にしたことで対応を図ったが,あまり良い結果が得られなかったことを書きました。最大で1秒弱の遅れは解消されず,遅れる時間も長かったり短かったりとバラツキがみられます。

 そして,根本的にGPS本来の精度の時計を作るなら,GPSモジュールから1PPSの信号を得なければどうにもならない,ということもはっきりしました。ここまでが前回までのお話です。

 一般論としてですが,どうもGPSモジュールから出てくる時刻情報は,実際の時刻よりも少しだけ進んでいるのが普通のようです。少しだけ進んだ時刻をマイコンが取り込み,その後やってくる1PPSの信号で表示を更新することで,GPS本来の精度の時計が実現出来るというわけです。

 今回使っているGT-720Fというモジュールはこの1PPSの信号が出ていませんので,そもそもGPS時計を作るのに適していないモジュールを選んでいることになります。

 それに,これまでいじった結果として感じるのですが,少し進んだ時刻が出ているかどうかもあやしいです。

 ということで,1PPSがないと正確な時計を作る事が出来ないなら,GT-720Fから1PPSの信号を引っ張り出せないか,と考えました。

 幸いないことに,GT-720Fで使われているベースバンドチップは,Venus621LPというもので,1PPS信号の出力を持つLSIです。きっと,モジュールのどこかに1PPS信号が出ているに違いないと考えました。

 そこで背面のシールドケースをあけ,1PPS信号を探したのですが,結論からいうと見つかりませんでした。Venus621はBGAパッケージのLSIですから,端子から直接信号を取り出せません。基板上のどこかに出してくれていることを期待したのですが,スルーホールや抵抗などの部品をすべてあたっても,1PPSの出ている箇所を見つけることができませんでした。

 ならば,と衛星をつかまえたことを示すLEDはどうだろう,と考えました。GT-720Fは,衛星をつかまえていない時はLEDが点灯,つかまえると一定間隔で点滅します。

 このLEDの点滅が1PPSに同期しているなら,1PPS信号として使えるでしょう。いい所に気が付いたと思ったのですが,残念ながら全く同期しておらず,無関係でした。この段階で,GT-720Fから1PPS信号を得る事はあきらめ,外したシールドケースを元に戻しました。寂しいですね。


 ここに至って,1秒近く遅れる,という人間の感覚でもばれてしまうズレを,せめて意識しないで済む程度にする,という消極的な方法しかなくなってしまいました。

 そのためには,前回も書きましたが,何らかの理由でずれた時刻が送られて来ても,更新周期を早めて表示を頻繁に行うのが有利です。周期が短いほど,ずれた時刻の表示が正しい時刻になるまでの時間が短くなります。

 そこで,GT-720Fの設定ツールを使って,更新周期を設定可能な最大である1秒間に10回に設定しました。

 また,ボーレートを19200ボーに下げました。これは,38400ボーに上げたところで数msしか高速化されませんし,96バイトとバッファサイズを大きくしてまでこのボーレートで受け取るのは無駄で,64バイトのバッファで受信可能な19200ボーが最適という判断です。

 前回書きましたが,バッファを64バイトにすれば,リングバッファの実現が条件分岐ではなく,ANDによるマスクという処理だけで可能となります。これは処理速度にもコードサイズにも有利です。

 さらに,LCDへのデータ転送タイミングには十分すぎる時間を確保してあったのですが,これを大幅に切り詰めました。LCDへの転送クロック周期はスペックでは500nsから1000ns程度なのに,2msと2000倍も長くとってありました。動作は確実でしょうが,処理時間の大半はLCDへの転送にかかっていたことになります。

 試したところ,確かに見た目のズレはかなり軽減されています。しかし,そのズレ方は一定ではなく,1/10秒くらい遅れているときもあれば,ほとんどずれていない時もあります。

 この違いはなんだろう・・・はっきりしないと,時計として全く信用できません。

 この疑問は,GPSモジュールの吐き出すセンテンスを直接PCで見た時に氷解しました。

 実は,GPGGAにしてもGPRMCにしても,時刻情報として

133227.999

 というデータが,13時32分28秒の段階で送り出されていることがあるようなのです。

 27.999秒というのは,もうほとんど28秒なのですが,1/10秒以下を無視してしまうと,27秒と表示されてしまいます。

 もし,1秒間に1度の更新周期なら,次のデータは28.999秒となり,実際の時刻である29秒との表示のズレは,またしても1秒出てきてしまいます。こうして,GPSモジュールが何かのきっかけでxx.999ではなく,xx.000を出してくれるようになるまで,この1秒の遅れは続きます。

 もし1秒間に2回の更新を行う場合,送られて来るデータは

133227.999 133228.500 132228.999 133229.500

 という順番で出てくる事になり,ズレは0.5秒まで軽減されます。とはいえ,0.5秒のズレはばれてしまいますね。

 さらに,もしなんらかの理由で,

133228.000 133229.000

 という形で送られて来るようになると,.xxxを無視して表示すれば,ほとんどずれることなく表示が出来る事になります。

 さらに調べていくと,.xxxの部分は一定ではなくばらつくこと,バラツキの大きさによって遅れる時間が変わることも分かりました。

 これが,表示時刻が不規則に遅れる理由でした。

 少し実験をします。PCで.999というデータが出ていることを確認した上で,実機の表示を1/10秒まで表示させてみました。すると秒の桁が,

11.1 -> 11.2 -> 11.3 ... -> 11.8 -> 11.9 -> 11.9 -> 12.1 -> 12.2 ...

 という具合に変化します。1/10秒にゼロが表示されないことと,1秒の桁は11.9では変わらず12.1で変わるので,実際の時刻よりも1/10秒遅れているのがよくわかります。

 また,PCで.000で揃ったデータが出ている状態で同様に確認すると,ほとんど同時に表示も変化するようになります。これではっきりしました。

 そこで,暫定的に.999になったら秒のデータに1を加えるという簡易的な方法を試してみたところ,表示は概ねずれることなく更新されるようになったのですが,

18.8 -> 18.9 -> 19.0 -> 19.1 ... 19.8 -> 19.9 -> 1:.0 -> 20.1 ...

 という変則的な表示となり,見た目が非常に悪くなりました。キャラクタコードに1を加えただけの手抜きはダメで,やっぱり真面目にやるしかありません。

 そこで,さらに大幅な変更をします。日付はともかくとして,時刻だけはちゃんと処理する事にしましょう。日付は24時間に一度変化しますが,GPSからのデータの取得はは1秒おきですので,1秒だけ32日とか出てしまうことが考えられますが,まあいいでしょう。メモリも足りませんし。

 このため,これまで直接リングバッファの値を表示用の関数に渡していたものを,一度グローバル変数に取り込んで,文字列-から数値への変換,補正や表示を行う事にしました。

 あと,潜在的なバグとして日付の処理に問題があり,UTCで9日をJSTに変換するところでくだらないミスをしていたため,10日とならず,0:日と表示されていました。配列の宣言のミスで,暴走一歩手前だったことも白状します。お恥ずかしい。

 そうこうして出来た最終的なソースが,以下です。


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鉄道データファイルが完結

 長く続いた「鉄道データファイル」がいよいよ最終回を迎えました。

 長かったです。辛かったです。毎週火曜日にやってくる「こなさねばならないもの」を1週間かけて読むことは習慣にこそなりましたが,できればその習慣は,一日も早く断ち切りたいと思う,忌むべきものでした。

 ならさっさとやめればいいじゃないか,と思われるでしょうが,途中で辞めてしまう事への純粋な不安,これまで頑張ってきたことが無駄になることの怖さと,希に面白い記事に巡り会う事への期待があって,もう少しだし頑張って見るかと,買い続けてきました。これが,ディアゴスティーニの本当に怖さでしょう。

 当初200号だか250号だかで終わる予定だったはずなのですが,スイッチバックをやたら詳しく説明したり,私鉄のロマンスカー(いわく,一方方向に向きを揃えたクロスシートを備えた優等列車をロマンスカーというのだそうです)を会社・時代ごとにまとめ直してみたり,ダイヤ改正を地域ごとに詳細に書いてみたりと,はっきりいって冗長な内容に気持ちよくお金が払える状態ではありませんでした。

 開いた口がふさがらないのは,ロープウェイやらケーブルカーが追加されたことです。確かに鉄道には違いないですが,問題は読者がそれらに興味を持ち,それらの情報を求めているかどうか,です。スキー客が激減してロープウェイの存在が薄くなる昨今,スキー場にぶら下がるロープウェイの写真を見せられて「知らんがな」と思った人は私だけではないでしょう。

 280号くらいからでしょうか,途中で辞められないようにするためと思われる,歯抜けにしてあったシートの補完がやっつけ仕事で急激に進められ,計画性のなさにため息が出ました。そうやって膨大な補完を行うため,ページ数が増えても内容は薄く,しかも出てくる記事があちこち飛びまくっているので,読了するのが本当に辛くなっています。

 よく言われているように,誤字脱字などの間違い以上に,著者の知識不足や誤った理解も目に付きますし,作者の趣味を反映した東南アジアの旅行記などをだらだらと作文のように読まされることも苦痛だったりしましたが,そもそもこのあたりの週刊誌に過度な期待をする方がおかしいと,私は思っています。

 悪いことばかりではありません。アメリカやヨーロッパの鉄道に興味を持たせてくれたことはきっかけとしてありがたいものですし,車輌だけ,あるいは駅だけ,というものではなく,全般を一通り取り扱っていることから,システムとしての鉄道に関心が沸いたことも事実です。

 とはいえ,さすがに300号買い支えた私は,本当にバカだと思います。あまりに恥ずかしく,一号も欠かさず買い終えた事は,死んでも黙っているべきです。

 しかし,300号までの道程をしみじみと思い返してみると,まさに私の平坦な人生において,激動期と重なっていたように思います。

 ちょうど創刊号が出た頃,ちょっとした鉄道ブームが起こっていました。理由は分かりませんが,1つには団塊世代の引退があるのではないかと思います。

 私は団塊の世代もなく,まして退職したわけでもないのですが,たまたま立ち寄った家電量販店のオモチャ売り場で,処分のワゴンに入っていたマイクロエースのED17が特価で売られており,私がNゲージで遊んでいた子供の頃とは精密度が全然違うことに驚き,買って帰ったことに端を発します。

 以後,次々と鉄道関係の本が出たり,魅力的で個性的な車輌が模型化されたり,DCCという鉄道模型に革命を起こすシステムが一般化したりと,まるで私を狙い撃ちしたかのような状況になっていきました。

 おそらく,このED17を買うことがなければ,鉄道に興味を示すことはなかっただろうと思うのですが,ひょっとすると,こんなふとしたきっかけで鉄道に回帰した人が多く,それがブームに成長したのだとしたら,私もブームに乗っただけの人だったことになるのでしょうか。

 鉄道データファイルの第1号が登場したのは,2004年2月3日でした。それから約6年,毎週毎週出続けたことになります。最終号を手にとって,この6年間の自らの境遇を,ちょっと思い出してしまいました。

 2004年は,自分の希望で慣れた職場を飛び出したはいいが,すっかり行き詰まってしまい,毎日が沈んだ日々を送っていた年でした。その職場の近所の本屋に毎号買いに出かけていました。この職場はやがて解散となってしまうのですが,ここで出会った,一生の宝となる方々には,後日随分と助けて頂くことになります。

 2005年は,結局もとの職場に戻ることになり,自分の居場所を見つけた時でした。自分が思い描いていた仕事をフルパワーでやっていた時期です。毎日が楽しく,難しい事にも果敢に挑み,充実した日々をおくっていました。仲間も出来ましたが,敵も作りました。この頃,毎週出る鉄道データファイルが楽しみで,職場から少し離れた本屋に出向くのが楽しくて仕方がありませんでした。

 2006年は,心血を注いだ仕事が水泡に帰し,その上職場を追われた時でした。別の部署に引き取られましたが,私はここで干されてしまい,ろくな仕事のない時でした。そのうち「ここにはあなたの仕事はないから」と部長に言われて職場を追われました。

 2007年は,次の職場を選んでいた私が,かつての上司に言葉巧みにだまされて,おかしな職場に引っ張り込まれた時でした。当の上司は私が異動した初日にとっとと逃げ出してしまい,私だけが置き去りとなりました。事前に聞いていた話とは全然違い,わずか1ヶ月でプロジェクトから外され,この年の夏には席まで隔離されてしまいました。そういえば「会社に残りたければ雑巾がけをやれ」と人事に言われたのもこの年でした。本当に辛い時期でした。

 2008年は,設定された期日を過ぎても異動先がなく,退職の覚悟をした後に,全く縁もゆかりもなかった職場に本当に偶然拾ってもらった年でした。ここで自分の得意な小型マイコンを使う事があったり,今も友人として親しくしている社外の方とも出会う機会があったりと,朽ちる寸前だった私の心に少しずつ血が通い始めた時でした。

 2009年は,リストラのあおりをうけてその職場も追い出され,今の職場に流れ着いた年でした。会社に対して,あるいは人間に対しての,不信感と言うよりそれらへの虚無感を抵抗なく受け入れて,まあ世の中そんなもんだと割り切って生活するようになった時期です。もっとも,一番よい仕事の出来る時期を成果も無しに過ごしてしまったことは決して取り返すことは出来ず,そのことをふと思い出した時に,ダメ人間というのはこうやって出来上がるんだなと,しみじみ思うのです。

 かくてこの6年,長かったようで短かった時間でした。いろいろあって,生きること以外のすべてを否定されても,それでも生きていかねばならないことの辛さを知った,そんな時だったように思います。

 そんな日々を送っていても,毎週火曜日には必ず鉄道データファイルの号数が1つずつ増えていきました。思い起こすと,どんなに辛いときにも,どんなにうれしいときにも,必ず枕元には鉄道データファイルがありました。無神経とさえ思うことがありました。

 鉄道データファイルが自分を支えたとは全く思いませんが,変わってゆく自分と同じ時間軸にある変わらないものに,もしかしたら,少しはもたれ掛かっていたのかも知れません。

 さてさて,これで終わったと思ったら,来年からはシリーズ第2弾「鉄道データファイル プラス」が始まるそうです。いやー,まさかの続編とは。~プラスって流行ってるんですか,もしかして。

 定期購読をお願いしているいつもの本屋さんに,いつものように火曜日の朝,最終号を取りに行くと,すっかりおなじみになったいつもの店員さんに「今日でおわりなんですよね。ありがとうございました。またきてくださいね」と,言われました。

 私も,「またきますよ」と言って,お店を後にしました。

 変わらぬ事が変わってしまった,瞬間でした。

アメリカンなハンディクリーナを買う

  • 2009/12/09 16:20
  • カテゴリー:散財

 工作をするとゴミが出ます。切りくずや削りカスなどは掃除機がないと片付かないわけですが,私の掃除機は15年ほど前に買った何の機能もない無骨な掃除機でして,これを引っ張り出すのがいつも億劫でした。

 そもそもゴミを出さないように工作すればいいのですが,ゴミごときに気を遣って集中できないのも男としてどうかと思いますし,それが作品のクオリティを左右するなら本末転倒です。汚れないように泥遊びをしろと子供に言ってもかわいそうでしょう。

 泥遊びをする子供と同じレベルを脱せず,自分が大人であることをすっかり忘れていていた私は,大人の責任を果たすべく,手軽にゴミを片付けられる方法を模索していましたが,1つの解決策がハンディクリーナの導入です。

 ・・・またおかしな理由を付けて散財か,とか思わないでやってください。

 いや,数年前からハンディクリーナを探していたのです。しかし,まだ実家にいたころの経験で,コードレスタイプは吸引力が弱く結局使い物にならない,ACタイプは吸引力は十分だが機動性に欠け,しかもケーブルが邪魔で片付けるのも面倒,ということで,どっちも次第に使わなくなってしまいました。だから非常にネガティブな印象しかないのです。

 そんなおり,なかなか良さそうなハンディクリーナを見つけたので買うことにしました。ブラック&デッカーというメーカーの,Z-PV1000という機種です。

 PV-1000といってもカシオが1980年代初頭に出していたゲーム機ではないですよ。2006年に登場したサイクロン式のハンディクリーナです。

 ブラック&デッカーという会社は日本では馴染みもないですが,本国アメリカでは有名なDIY関連の道具のメーカーで,日本で言うならリョービとかマキタとか,そのあたりの感じでしょうか。

 Z-PV1000は,吸込仕事率26Wとそれなりに強力であること,電動工具ではごく普通に行われている12Vという電源電圧を誇らしげに謳っていること,4時間充電で10分使用可能というスペックはハンディクリーナとして実用上なんとかOKであること,吸い込み口が回転して使いやすそう,そういえばサイクロン式って私は使ったことが一度もなかった,ということで,この機種を選びました。

 そうそう,価格もなかなか手頃で,安いお店では5000円ちょっとです。私の場合,ALESIS micronを買ったときに約1800円分のポイントがもらえたので,このポイントが使えるお店を探した結果,6300円で見つかりました。最終的にポイントを充当して4500円ほどを支払い,数日後に届きました。

 届いたZ-PV1000の印象です。

・結構大きい
 丸みを帯びたデザインなので小さく見えるかも知れませんが,床に置いて遠目に見ると結構存在感のある大きさをしています。ちょうど香箱を組んだネコくらいの大きさでしょうか。
 充電はスタンドに立てて行うのですが,立てるとこれまた結構な存在感があります。スタンド置き場所は慎重に考えた方がよいでしょう。

・結構重い
 見た目以上に結構重いです。絶対的な質量よりも,ノズルを伸ばした時の全長が長いため,手首だけで上下左右に動かすと結構力がいります。それもあってか無意識のうちに強く握りしめているようで,使用後に手に力が入らなくなるほどでした。
 ただ,重量バランスはよく考えられていますし,モータが横置きされており,回転によるモーメントの発生方向が左右ではなく前後なので,持ちにくいという印象はありませんでした。

・結構難しい
 別に操作が難しい,というわけではないのですが,先程の若干重いこと,大柄なので狭いところで苦労することもあって,ノズルが狙った所にさっといかないのがもどかしいです。
 前述のように,全長が長いことで振り回すのが大変な上,ジャイロ効果もあって,手首にぐぐっと力が入ってしまうのだと思います。

・結構うるさい
 26Wの吸込仕事率だけに,音はかなりうるさいと思います。騒音に対する配慮が全くないのではないかと思われる,遠慮のない出方です。
 が,無骨な掃除機を長年使っている私にすればこんなもんだと思います。ちなみにZ-PV1000はハンディクリーナとしては珍しく,強弱の切り替えがあります。弱ならそれほど目くじら立てるほどのものはないと思うのですが,常識として深夜には使うべきではないでしょう。

・結構電池が持たない
 約10分の使用時間ですから,それを前提にした使い方をするべきなのでしょうが,良く吸い込むハンディクリーナなので,ついつい目に付いたところをついでに掃除してしまいます。そうするとあっという間に吸引力が落ち,充電が必要になってきます。
 充電すればいいだけのこととはいえ,なにせ4時間かかりますからね,本当に必要なときに電池切れになっていないように,多少考えながら使う必要があるかも知れません。

・結構雑な作り
 今時中国製は珍しくもなんともないのですが,日本のメーカーだと中国製でも国産と同じクオリティを目指して頑張るので,最近はぱっと見ただけだと中国製かどうかわからないものですが,アメリカのメーカーはそういうわけではないようで,一瞬で中国製とわかる作りの雑さがあります。
 無用な隙間がある,成型条件が悪いのかムラがある,全体的に厚ぼったい,ビスを隠そうとしない上,そのビスがまたとても格好の悪い色や形をしていて,安っぽいのです。
 ACアダプタもトランス式で,非常に大きいです。はっきりいって邪魔な大きさです。

・結構吸い込む
 ハンディクリーナとしては十分な仕事をします。ハンディクリーナといえば,先端のゴムへらやブラシで舞い上げたホコリを吸い込むもの,という印象が私にはありましたが,Z-PV1000について言えば,ちゃんとホコリを浮かせて吸い込む力があります。
 私にとって重要な,ハンダくずの吸い込みも問題なしです。ただし,吸い込み口が小さいので,大面積のゴミを吸い込むのは,取り回しの大変さと相まって苦手です。
 強弱の切り替えがありますが,普段は弱で十分,ここ一番で強にするという使い方が私の場合はよいと思いました。

・結構ゴミが早くたまる
 ダストボックスの中心部には大きなフィルタが取り付けられていますが,このためゴミが実際にたまる空間は結構小さいです。だからちょっとゴミを吸い込むとすぐにいっぱいになります。
 ゴミがたまってくると吸い込んだゴミがノズルから出てきてしまいますので,こまめにゴミを捨てる必要がありそうです。
 
・結構ゴミ捨てが大変
 そのゴミ捨てですが,これだけが気に入りませんでした。ダストボックスの横にあるフタを開けて捨てるのですが,ふたの開く角度がちょうど90度しかなく,ゴミがフタにかかってしまいます。
 また,ゴミ箱にフタにぶつからないように注意していると,思わぬ所からゴミがこぼれてしまいます。細かいホコリもダストボックスの縁に付着しますし,ゴミ捨てがとにかく嫌になる機種だと思います。


 とまあ,GMやクライスラーが丸っこい小さい車を作ったような,そんな無理矢理な感じがなきにしもあらずなZ-PV1000ではありますが,そこはアメリカンV8の国,
ストイックな電動工具のDNAを受け継ぐだけに,実用性という点における欠点は見あたりません。

 国産品の細やかな配慮を期待するのはそもそも難しいと理解しながら,このかわいらしいデザインに惑わされないように実直に使いこなすことを前提におけば,これは優れたハンディクリーナと言えるでしょう。少なくとも私にとって,使っていて楽しい製品であることは確かです。

 普通の家電メーカーが掃除機の小型版としてハンディクリーナを作るのと,ドリルなどの充電式電動工具の派生としてハンディクリーナを作るのとでは,こんなに違うものなのかと感じた次第です。

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