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D-70にファクトリープリセットが戻った

 昨日,少し時間が出来たので,D-70のファクトリープリセットの再現を試みました。

 D-70は,5キーを押しながら電源を入れると,内部のSRAMの状態をバルクデータとしてMIDI経由で出し入れすることが出来ます。

 海外の有志が随分昔に,工場出荷状態(といわれている)データを用意してくれていて,これを書き込めばよいのですが,問題はその書き込み方法です。

 幸い,SMFになっているものが見つかったので,シーケンサーで送り込めば良さそうな気もしますが,バッファ容量とか,大容量のバルクデータの送受信を想定していないソフトだと,案外うまくいかなかった経験があります。

 こういう時は,データの転送を想定したものを使うのがよいのですが,手軽なのはローランドがファームウェアのアップデートに使う目的で配布しているSMFの送信ソフトです。RD-700のファームウェアアップデートでも使った経験があるソフトで,どういうわけだか現在はリンクが切れていてダウンロード出来なくなっています。

 今回はこれを使う事にしました。

 MacBookProにUA-25をつなぎ,さらにUA-25とD-70をMIDIで繋ぎます。送信ソフトを起動するとMIDIインターフェースを選択出来るので,ここでUA-25を選びます。

 D-70を5キーを押しながら電源を入れ,データ受信モードを選択して,ENTERを押して受信状態にしてから,送信ソフトでデータを送信します。

 D-70の画面にデータの受信状態が表示されて,しばらくすると受信が終わります。EXITキーで受信モードを抜け,電源を再投入すると,あの見慣れた画面が出てきて一安心。

 鍵盤を押せばちゃんと音も出ます。しかし,いつもの起動画面がスキップされているので,ちょっと違和感があります。3キーを押しながら電源を入れると,いつもの起動画面に戻ってくれました。この点から考えると,本当の意味での工場出荷状態のデータというわけではないようです。

 しかし,気になったのはこの点だけです。いつもの場所にいつもの音色が配置され,いつもの音が出てくるようになりました。

 キーも一部反応の悪いキーがありますが,実用範囲なのでもうこれで終了としたいと思います。

 まだ組み上げたわけではないので完成というわけではありませんが,とりあえず危機は脱したと思います。つくづく,インターネットのありがたみを感じました。

 ということで,おまけ。D-70のキーデバイスの一覧です。

N80C196KB - CPU
SRM20256LC-12 - 8 x 32K SRAM
M5M4464AP-10 - 4 X 64K DRAM
LH5164DL-100 - 8 x 8K SRAM
PCM61P - 18-Bit Monolithic Audio DAC
M51953AL - Reset IC
PC910 - Opto Coupler
MB87419 - Custom PCM Chip
MB87420 - Custom PCM Chip
MB834000A-20-G-3B1 MASK ROM - PCM Wave A 4Mbit
MB834000A-20-G-3B2 MASK ROM - PCM Wave B 4Mbit
HN62304BPE98 MASK ROM - PCM Wave C 4Mbit
HN62304BPH57 MASK ROM - PCM Wave D 4Mbit
HN62304BPH58 MASK ROM - PCM Wave E 4Mbit
HN62304BPH59 MASK ROM - PCM Wave F 4Mbit
SSC1000 - Gate Array (key scan)
TC23SC140AF-007 - Custom FX Chip
MB87424 - TVF Chip
SLA7160FIC - Gate Array
uPD65005G-062 - GateArray (IC card)
HG61H15B72FS - Gate Array (input/output)
AM27C512-125DC Eprom A 512kbit
AM27C512-125DC Eprom B 512kbit

 CPUはインテルの組み込み用マイクロコントローラである80C196です。私はMCS-96シリーズは良くわからんのですが,一応16bitのCPUで,ひところのIBM製のHDDなんかによく使われました。D-20やW-30なんかには8097が使われているようです。

 汎用のCMOS-SRAMやDRAMはさすがに当時強かった日本製が使われていますね。DRAMなんか三菱製です。

 PCM61は18bitのDACです。これも当時はよく見ました。JD-800でも使われていますね。

 MB87419とMB87420はカスタムICなので詳細はわかりませんが,PCMを処理する「音源チップ」なんでしょうね。そのPCMは4MbitのマスクROM6個に格納されており,全部でトータル3MByteという大容量!です。JD-800との比較ですが,実は全く同じ容量だったりします。

SSC1000はキースキャン用のIC,TC23SC140はエフェクタ用のICですが,どっちもカスタムなのでよくわかりません。MB87424はTVFとありますが,D-70はRS-PCMキーボードであるU-20の系統のシンセサイザーですが,U-20やU-220との違いはTVFがあるかないかでした。開発中はU-50と呼ばれたD-70が,U-20にTVFチップであるMB87424を搭載して生まれたというストーリーは,なかなか辻褄が合っているように思います。なお,このMB87424,SSC1000は,JD-800にも使われているようです。

 SLA7160もuPD65005G-062もHG61H15B72もゲートアレイで,詳細はわかりません。ですが,uPD65005G-062はD-20やD-50に使われているようですし,HG61H15B72についてもD-20やU-20なんかには使われているゲートアレイなんじゃないでしょうか(確認したわけではありませんが)。

 これらの回路図を手に入れるのは難しいものですが,もし手に入ったらきっと楽しいと思います。回路図こそ,設計者の意志が投影されたものですし,回路図上の変化から時間軸上の変化,変遷が見えてきます。

 というわけで,私は回路図を酒の肴にたしなむ人です。

D-70,苦難の道

 左手の中指の先端を,もう少しで切り落としてしまうところだったD-70の修理作業ですが,ようやく傷も癒えてきたので,再開することにしました。

 ベロシティのおかしいキーがある,その原因はキー自身にあった,よって新品に交換すると直るはず,というのが前回までのあらすじだったわけですが,接着剤の溶け出し対策を自分行った交換用の黒鍵が用意できたこともあり,さくっと交換,組み立てて終わりにしようと考えました。

 ・・・甘かったです。まさかここまではまるとは。

 意気揚々とキーボードを組み立てて,自信満々でテストをしてみると,ある特定のキーで音が出ません。どうしてだろうとキーを外して,ゴム接点を直接押してみると先に接触する接点が反応していないようです。

 以前も書きましたが,D-70の場合はキーベロシティを検出するのに,1つのキーの中に2つの接点を仕込んだゴムキーを使います。2つの接点は順番に接触するように作られていて,1つ目が接触してから2つめが接触するまでの時間を計れば,ベロシティが測定出来るという仕組みです。

 1つめの接点だけを接触させれば最低の,1つめと2つめを同時に押せば最高のベロシティが計測されるわけですが,今回問題となったキーは,1つめの接点を押しても音が出ません。2つめの接点を押せばベロシティ最強で音が出ます。

 以前の修理で,溶けた接着剤がキーボードのフレキシブル基板を溶かしまい,ある1つのキーで同様の症状が出たことがありました。この時はさすがにあきらめそうになったのですが,結局面実装のダイオードに被せてあった樹脂をほじくって,ダイオードの足に直接ハンダを付け,リード線で中継基板に持ってくるという無茶っぷりで修理をしました。

 同じ話だろうと,今回も該当するキーのダイオードの足までほじくり,リード線をハンダ付けします。

 思えばこれが失敗の原因だったのですが,どこが接触不良を起こしているかをちゃんと確認しないでこんな後戻りできない処置を行うのは,本当に無謀です。

 確かに問題のキーは直りました。しかし,他のキーにも同様の問題が出ていることがわかったのです。同じように片っ端からほじくって直していきます。確かに端っこから8つまでのキーは,完璧になりました。しかし,9つめのキーから,また音が出ていないものが現れます。

 キーは8つごとにまとめられており,キーマトリクスを構成しています。前回の故障はキーフレキの故障によるキー単独の不良でしたが,今回は8つごとですので,キーから後ろ,中継基板までの間で起こっていることになります。

 しかも悪いことに,ほじくって熱をかけたダイオードは,フレキとの接触を維持できていない上,パターンも切断されている箇所があります。本当に余計なことをしてしまったわけです。

 では原因はどこだと見てみると,キーフレキと中継基板を繋ぐ,コネクタが付いた別のフレキがあやしいようです。このフレキとキーフレキとは,透明なプラスチックで押さえて接触させてあるように見えたので,指でぐいぐい押して,接触を確保しようとします。

 ところが悪化。8連続で音が出ないゾーンが出来るなど,余計に接触が悪くなったようです。

 単純な接触なら,アルコールで掃除すると復活するので,この部分を分解してみることにしたのですが,ペリペリという何かが剥がれたような音がします。

 接点をよく見ると,黒いカーボンの塗料が剥がれて,銀のパターンがあらわになっています。どうやら,黒いカーボンを導電性の接着剤にして,2つのフレキを電気的・物理的に接合してあったようです。

 剥がれてしまったものは,もう元には戻せません。かといって手元に導電性の接着剤などありませんから,なにか他の方法を考えねば・・・安易な検討が招いた結果に動揺しつつ,必死に対策を考えます。

 考えた方法は,中継基板用に向かうフレキのパターンに合わせた形で銅箔テープを貼り,これをキーフレキの接点に圧着するという方法です。銅箔テープを使えばそこにハンダ付けが出来ますので,私の得意技を封じることは出来ません。

 問題は圧着です。幅が5cm程,全部で16の端子がある接点をきっちり押さえ込むのは難しいのですが,0.8mmのステンレスの板を弓のように湾曲させ,これを押し当てるように両端をビス留めします。

 うまく締め付けトルクを調整しないと,均等に力がかからないので調整が難しいのと,調整後はダブルナットでゆるみを防止する必要もあるでしょう。

 この方法で仮組みしてテストをしますと,一応音は出るようになったみたいです。しかし,ダイオードの足をほじくってハンダ付けを行ったときにパターンを壊したみたいで,8つおきに音のでないキーが3つほどありました。これはもうあきらめて,すべてのダイオードの足をほじくってハンダ付けします。これでテストをすると,一応全部のキーの音が出ています。よかった。

 嬉々としてキーボードユニットを本体に組み付けてみますが,ここでテストをすると,最低音域の8つと,そこから2オクターブ行ったところの8つのキーのベロシティが最強になっています。

 しかも,どういうわけだか作業中にSRAMの内容がぶっ飛んだらしく,電源を入れると「No RAM Card! 」とメッセージが出てきます。EXITボタンを連打して通常の画面が出てくると,文字化けの嵐です。メモリも消え去ってしまいました。

 いやー,本当にがっかりです。この時すでに夜の11時。もうがっくりと力が抜けてしまいました。これまでの8時間は一体何だったのか・・・フレキの破損はモグラ叩きで,1つ直せば次がまた壊れる,こんなことを繰り返していても,もう絶対に直せない・・・その上メモリまで消えるとは。

 もう修理はあきらめて,寿命が尽きたとして捨ててしまうかと思いました。

 しかし,いかにデジタルくさい音とはいえ,個性の強い音を持つD-70です。ベルやチャイム系,パッド系,そしてJupiter8を模したとされるストリングスの音は,ちょっと手放すのが惜しい,私の原点です。

 寝る前に,メモリの初期化だけやってみようと,8キーを押しながら電源を入れます。初期化するかと聞かれたので「本当にサヨウナラだな」と思いながらENTERキーを押すと,いつもの起動画面が出てきました。

 しかし,完全初期化されたため,すべてのパッチやトーンが消えています。そればかりか,システム系の設定も全滅で,全く音が出てきません。

 デモプレイの音は出るので,オーディオ系は大丈夫ですが,とにかくキーを押して音が出るようにならないと話になりません。

 RAMカードを差し込んでみると,自分の作った音は再現できそうです。しかし相変わらず音は出ません。システム設定を見てみると,ローカルオフになっていたことが判明,これをオンにすることで,とりあえず音が出るようになりました。

 しかし,今度は最低音域で音が出なくなっています。もちろん2オクターブ上の8つは最強で出てくる事に変わりはありません。

 そこで,キーフレキを押さえているステンレスのバネ圧を調整するため,ビスを回してみます。最低音域で音が出るようにすると,なんとベロシティが有効になっています。気をよくしてもう少し調整すると,今度は全部のキーでベロシティが有効になりました。

 しかし微妙な調整です。少し緩んでも締めても誤動作します。こんな信頼性の低い状態ではどうにもならないなあと思いつつ,それでも一時的とはいえ全システムが正常になったということは,頑張ればここまで到達できるというゴールが見えたことと同じです。

 なんだかうれしくて,涙が出そうになりました。

 立てかけてあったD-70を床に置いて,RAMカードに入れてある自作のストリングスやエレピを少し弾いてみました。うん,違和感はありません。狙ったベロシティで音が出てきます。なんと心地よいことか。

 解決しないと行けない問題は,まずファクトリープリセットの再現です。私はD-70は,自分でいじった音はRAMカードに入れてあり,基本的にプリセットの編集を直接行う事はしませんでした。

 一部うっかり上書きしたものとかありますが,ファクトリープリセットを戻すことがとにかく先決です。これについては,海外のサイトに初期状態に戻すデータを見つけました。システムエクスクルーシブメッセージで送信するのですが,MIDIシーケンサーから用意しないといけないので,ちょっと手間がかかりそうです。

 キーの問題は,時間が経過するとステンレスのバネも馴染んでくるでしょうから,その段階でもう一度調整を行ってネジロックをし,組み上げようとおもいます。

 はっきりいって,もうライブには持ち出せません。こんな信頼性の低い機器を使うのは恐ろしいくらいですが,購入から5年間は毎日毎日弾き,毎週のようにスタジオに持ち出した相棒ですから,簡単に捨ててしまうのも心が痛みます。

 いっそのこと内部の基板を2Uのケースに入れてラックマウントにすることも考えましたが,やっぱり鍵盤があってのD-70ですから,やれるところまで頑張ってみる事にします。

 参考までに,キーのウェイトを固定する接着剤が溶け出す大問題は,D-70/VK-1000/JV-80/JV-1000/U-20/JD-800で発生するそうです。対策品は接着剤が黒色で,ピンク色のものは未対策です。なんか,結構高価なキーボードが多く含まれているように思えるのですが・・・

 ローランドはこの問題を修理対応で処理したようで,修理に出すと部品代は無料,技術料の1万円弱で交換されたようです。私も知っていればそうしたのですが,何万円もかけて修理するのは中古の価格の方が安いという話から躊躇し,修理でまさか対策品になるとは思ってなかったこと,それに接着剤が溶けるだけならなんとか自分で出来るだろうと思ったことで,もう修理に出せない状況になってしまいました。

 板バネを使ったキーもいまいち感触が悪く,D-70の不満な点でしたが,同じ構造はJD-800でも使われており,JD-800があっという間に世の中から消えた事も頷けます。

 私のD-70は,すでに5,6箇所のタッピングビスがなめています。特にキーの横にあるプラスチックの部品に立ててあるボスなどは完全に割れていて,ビスがほとんどとまりません。

 ただでさえ76鍵という長い鍵盤ですから,ねじりにも弱いはずで,こうした強度不足は実に不安です。それに内部の部品も劣化が進み,あらゆる部分が危うい状況です。

 満身創痍とはまさにこのこと。もうあちこちから悲鳴が聞こえるD-70を見ていると,もっと長持ちして欲しいなあと心から思います。

 実は,私が気に入って使っている学習リモコンも,フレキが壊れて使い物にならなくなりました。D-70もフレキのトラブルでこんな状態です。フレキはほぼカスタム品ですから,壊れていても汎用品に交換出来ません。修理はハンダ付けが出来ないので実質的に不可能です。

 こんな危ういものが,案外寿命が短く,簡単に壊れてしまいます。同じように故障すると手が出せないものに半導体がありますが,半導体は滅多に壊れませんから,簡単に壊れてしまうフレキとは別次元です。

 MiniMoogは30年でも生き続けますが,おそらく80年代後半から90年代のシンセサイザーは,10年くらいでだめになるでしょう。それが果たして楽器と呼べるのか。シンセサイザーがようやく「楽器」として認められた世の中にあって,新しいシンセサイザーほど作り手側が楽器として扱っていないんじゃないのかと,そんな風に感じました。

 
 

電子楽器の進化の渦中にいて

 友人がCDジャーナルを買ったので一緒に見ていたのですが,特集の電子音楽の世界,の突っ込みの浅さには,少々がっかりしました。

 電子楽器ではなく電子音楽ですから,範囲の広さが半端ではないし,技術志向と言うよりは芸術を軸足に置いた立ち位置ならやむを得ない所があるとは思いますが,電子音楽を支える電子楽器が,従来の楽器達とは違う育ち方をしたことに注目しないことは,少々物足りなさを感じずにはいられません。

 ここから先は電子音楽と言うより,電子楽器に向けた話をします。

 我々は,今その時代に生きているので余り意識することもないのですが,思うに我々は,音楽と楽器において実にダイナミックな時代にいるのではないかと思うのです。

 楽器は工業製品である以上,設計や生産をする技術者が必ずいます。彼らはその昔職人と呼ばれていたかも知れませんが,その役割は同じです。

 一方で楽器は,それを使って音楽という作品を作る芸術家が存在します。作曲家,演奏家と呼ばれる人々です。

 いずれの職業も高度に訓練された特殊技能を必要とする職業であり,少ない例を除き,基本的に分業がなされます。ピアニストはピアノを作る事はしないのです。

 楽器の開発は,大なり小なり過去の楽器の問題点を解決するという目的があります。異論はあるかも知れませんが,全くの新規で誕生したものは少なく,何らかの起源を持つと考えています。

 そうして時の技術者が楽器の改良を重ね,改良された楽器を演奏家なり作曲家たちが使いこなし,それがさらに楽器を改良に導く,と言うのが楽器の発展の歴史です。どちらか一方だけが頑張っても残りません。楽器と音楽は,両者ががっぷり組み合って初めて,残るものです。

 電子楽器を見てみて下さい。電子楽器の代表であるシンセサイザーが登場して30年ちょっとが経過していますが,この30年,まさにそうした組み合った状態が,現在においても続いていることがおわかりになるでしょう。電子回路によって発生した音は,演奏者や作曲者を鼓舞し,彼らのやむ事なき要求が技術者を挑発することを繰り返しています。

 こんな事は,そうそう滅多にあるものではありません。確かにエレキギターは偉大な発明であり,アンプとエフェクターも含めたシステムで考えると,音楽シーンを一変させてきたことは確かです。しかし,根本的な音楽のあり方をも変えてしまった影響力を考えると,電子楽器の比ではありません。もっというなら,電気ギターはエフェクターに入る時点でディジタル信号に変換され,以後電子楽器と同じ仕組みで音が出ているケースも多いのです。

 例えばピアノを考えてみると,いわゆるチェンバロの音量が小さく,強弱も付かなかったことで表現力に限界があったものを,コンサートホールでも十分響くだけの音量と,強弱を自由に使い分けることが出来,しかもたった一人でオーケストラに匹敵するだけの音域をを操ることの出来る楽器として「改良」されることで,演奏者や作曲家の魂に火を着け,ここまで発展し,今やなくてはならない楽器として不動の地位を誇っています。

 18世紀に誕生した時や,いわゆるモダンピアノへと進化した19世紀にかけての劇的に変化したその時の,感動と興奮はいかほどのものであったか。そしてこうしたダイナミックな時代は,そんなに何度もやってこないのです。

 電子楽器の世界は,今まさにそうした,人類にとって希有なる感動と興奮の時代にいるのではないかと,私は思っています。

 ところが,従来の楽器の進化と,電子楽器の進化の間には,決定的に異なる事があります。それは,発展の原動力が,多の産業と深い関連を持っていることです。

 シンセサイザーは,トランジスタという半導体素子の発明と発展がなければあり得なかったでしょうし,概念的にもアナログコンピュータの考え方がなければ誕生しなかったでしょう。デジタルシンセサイザーへの過程では,LSI技術とデジタル信号処理技術がなければならなかったでしょうし,現在主流のサンプリング方式はメモリーの劇的な大容量化と低価格化がなければなりませんでした。

 特にデジタルシンセサイザー以降は,膨大な演算能力と膨大な記憶容量によって,その進化が加速されてきたという事実があります。気をつけねばならないのは,その両方が,楽器のために生まれた技術ではないということです。むしろ,他の産業の要求によって発展し,その応用として電子楽器に転用されたという事実を無視できません。

 もちろん,デジタル技術によって,あらゆる情報が数値化され,同じベースで処理できるようになり,それが楽器の世界でも例外なく行われたと見る向きもあるでしょうが,電子楽器専用のCPUや電子楽器専用のDSP,電子楽器専用のメモリが必要だったとしたら,ここまでの発展はなかったでしょう。

 こうして,電子楽器は他の産業との強い関連性を持つ事で,過去に例を見ないスピードで進化してきました。楽器製造が単独の産業であった時代とは,ここが根本的に異なる点です。

 ところで,ピアノについても,モダンピアノへの発展には,強いテンションでも切れることのない強い弦の開発と,その強いテンションをしっかり支える金属製のフレームの開発がなければならず,いずれも他の産業によって生まれた新しい素材によって実現しているわけで,その点で言えば電子楽器の発展の歴史と比べて,程度の差はあれ根本的な違いはないと考えることは可能でしょう。

 つまり,産業革命以降,工業製品の発展が楽器という芸術分野の道具についても積極的な影響をもたらすようになったと考えることが出来るわけで,機械工学や金属加工技術が最先端だった当時ならではの応用がピアノであり,電子工学やコンピュータ技術が最先端である現代ならではの応用が電子楽器であるということなのです。

 しかし,電子楽器の,他の産業への依存度は,あまりに大きなものがあります。すでにパソコンをソフトウェアでシンセサイザーにすることは日常的に行われており,ハードウェアはすでに事務用品と同じものを使うに至っています。ピアノのフレームにしても,弦にしても,その素材の源流は他の産業からの要求で生まれたものとはいえ,やはりフレームに適した鉄,弦に適した鉄として生産されているわけであり,電子楽器用の部品が他の産業で使われることを前提とした,全くの汎用品であることとは,ちょっと違っているように思います。

 私は,こうした理由で電子楽器の世界を大変に躍動的な分野と見ています。電子楽器が現在進行形で音楽という芸術世界を大きく変化させていることと,楽器の歴史の中で過去にないほど他の産業との結びつきが強い中で発展していることを,極めて特徴的であると考えているからです。

 こうしてみると,CDジャーナルの特集の突っ込みが,あまりに物足りないものであることが分かって頂けるのではないかと思います。もちろん技術論に偏ることはせず,かといって文化的側面ばかりを手厚くするわけでもなく,100年単位でしか訪れることのない楽器と音楽双方のせめぎ合いの現場を,もう少し客観的にまとめて欲しかったと思います。

チキショー,ローランドめ

 先日の日曜日ですが,満身創痍のD-70の鍵盤の調子が悪く,修理を行う事にしました。私が購入したのは1992年頃ですのでもう17年ですか・・・その頃生まれた子供はもう高校生ですよ・・・

 D-70にはよく知られた欠陥があって,最も有名でかつ最も深刻なのは,鍵盤に貼り付けられたウェイトが剥がれ落ちる問題です。接着剤が経年変化により溶けてしまい,水飴のように柔らかくなってウェイトもろとも落ちてきます。

 この接着剤が非常に厄介で,長い時間を経ても固まったり乾いたりせず,いつまでもドロドロと柔らかいまま,少しの斜面でも流れてきます。しかも付着すると水はもちろん,洗剤やアルコールでも簡単には剥がれません。強力な溶剤には溶けますが,そんな溶剤はプラスチックも容赦なく溶かしてしまいます。

 その上,この接着剤はある種のフィルムを溶かしてしまうようで,キースイッチ部のフレキシブル基板を溶かして,キーが電気的に切断されてしまうような深刻な事態が私のD-70には起こっていました。これは絶望的な故障です。

 もちろん黒鍵も同様ですが,黒鍵の方がややこしい場所にウェイトがくっついているので,なおたちが悪いです。

 そんなわけで,昨年の春だったか,鍵盤のウェイトにシリコーンの充てん剤を塗り込み,接着剤が落ちてこないようにするというやや後ろ向きな対策を行ったのですが,この対策後,特に黒鍵の反応の悪いものが出始めました。

 弱い打鍵で反応がない,あるいは遅れて発音するという症状で,ベロシティをセンスする仕組みから考えると,最初に接触するスイッチの接触が不良だろうと思われます。

 キーの組み付け精度の問題だろうと考えて,おかしいキーを外してきちんと組み付けてみたのですが,全然変化がありません。

 これはメンブレンスイッチに問題があるのかも知れないなとカーボンの接点を清掃してもう一度組み上げますが,結果は同じ。おかしいと思いキーを正常な位置のものと入れ替えて見ると,問題はキーそのものにくっついていきました。

 試しにメンブレンスイッチを直接指で押してみると,正常な場所と問題の場所で,音の出方に変化はありません。これはキーに原因があるようです。

 シリコーンを充填したときにはみ出た充填剤が悪さをしているか,あるいははみ出た充填剤をカッターで削ったときにキーの内側も一緒に削ってしまったことが問題なのだろうと考え,はみ出た充填剤を丁寧に削り,組み上げますが変化無し。ならば誤って削ったキーの内側が原因かと,少し削って0.4mmのプラ板を接着してみることにしました。

 悲劇はこの時起きました。

 大きめのプラ板を接着し,乾いた頃にカッターでプラ板を切ることにしたのですが,あいにくその日は愛用のクラフトナイフが見つからず,やむを得ず普通のカッターナイフを使っていました。さらに悪いことに,カッターの刃が短くなっていたので,新しいものに交換を済ませたばかりでした。

 グリスで滑りやすくなっていた手は,押し当てたカッターの力に負けて滑り,角度の変わったカッターの刃は,私の左の中指の先端に,音もなくずぶずぶと入り込んでいました。

 いやー,びっくりしましたよ。反射的に左の手をぶんっと振り回し,「えらいことをした」と大慌てで流し台に行くのですが,血は床に飛び散っているし,止めどなく指から流れ出ています。流れ出るというより,吹き出る感じでしょうか。血というのは,盛り上がって出てくるですね。

 恐ろしくなったのですが,水でよく洗い,心臓よりも高い位置に傷を上げて血が止まるのを待ちます。不思議なことに,全く痛みはありません。

 傷口を見ると,見事なくらいバックリいってます。斜めに入ったようですが,爪に当たって止まった感じです。骨の上をかすめたのか,骨に当たって止まったのか分かりませんが,どっちにしても最深部で5mmくらいはありそうです。長さは15mmくらいですので,これは結構大きな切り傷です。

 血が吹き出るのを止めるのが先ですが,なかなか止まってくれません。血で染まったティッシュを何度か交換して1時間近く経過して,ようやく止まってきました。やれやれです。

 なんといっても痛みが全くありません。良く切れる刃物で切ると痛みがないといいますが,やっぱそんなものかも知れませんね。

 傷をずっと見ていると,勢いが強くてこのまま爪ごと指先を切断してしまったら・・・とか,骨を切ってしまっていたら・・・とか,とにかくぞっとするような想像ばかりをしてしまいます。私はこんな人ですが,自分の血を見てもふぅ,となってしまうほど,グロには弱い人です。某「けいおん!」のベーシストにも負けず劣らずの,痛い想像が大の苦手です。きっと彼女とはわかり合えることでしょう。

 ということで,こういう時は仕事をするに限ります。左手は頭の上まで上げ,右手だけで汚した床を掃除します。それが終わると作業を再開し,先程接着したプラ板をニッパーで切りそろえ(最初からニッパーでやっときゃよかったんです),その効果を見てみます。

 結果は失敗。何の変化もなし。私の血と肉は全くの無駄となりました。

 しょぼくれていても仕方がないので,問題のあるキーとないキーを良く見比べて見ますが,私の目には違いが分かりません。確かに微妙な削れはありますが,少し角が取れている程度の話です。この程度でこれだけの差があるなら,もうこのキーは使い物にはならないでしょう。残念ですが廃棄するしかありません。

 廃棄・・・そういえば,私は練習にライブにと必ずD-70を担いでマスターキーボードとして使っていたわけですが,ラフなオルガンプレイでキーを壊してしまったことから,補修部品として交換用のキーをストックしてあったことを思い出しました。

 こういう時のために交換部品を持っているわけですし,もう17年も使っているキーボードのキーをもう一度交換しないといけないほど,今後使い込むとは思えません。そう考えて押し入れにしまってあった部品を取り出して見ると,恐れていたことが起こっていました。

 当たり前の話ですが,このキーの対策品がローランドから出てきたのは90年代後半の話で,私が手に入れたキーはもちろん未対策品。よって綺麗にビニルで包まれたキーは,まるで血みどろの様相で,そこに収まっていました。

 あまりにひどい。あまりにむごい。

 白鍵は1つ100円,黒鍵は1つ200円なのですが,合計で数千円にもなるストックは全滅。例外なく接着剤が溶け出しています。取り付け済みの鍵盤と違い,溶けた接着剤はキーのあらゆる部分に回り込み,もう壊滅状態です。これを綺麗に拭き取るだけでも大変な時間と手間がかかるでしょう。

 5つあった黒鍵を取り出しましたが,そのまま使えそうな状態のものは皆無です。やむを得ずアルコールで少しずつ拭き取り,シリコーンを充填して,なんとか交換出来そうな状態に仕上げました。我ながらよくやりますねぇ。

 しかし,シリコーンが硬化するまで時間がかかりますし,両手が必要な作業は続行できませんので,バラバラになったD-70をとりあえず片付けて,今日の所はあきらめることにします。無理に片手で検討を続行しようとしてメイン基板をショートさせ,ヒューズをポンと飛ばしてしまったことは内緒です。

 そんなわけで,ようやく血が止まり,週末のお約束の掃除機がけと食事の用意を,不自由しながら行ったわけですが,傷口を見るとやっぱりおそろしい。パカッと1mmほどの真っ赤な隙間をさらしています。おそらく刃の通った部分だと思うのですが,傷の深いところが黒い色をしています。うずきもしないし,痛みもない,腫れもないので,本当に不思議ですが,指先の感覚はあるようですので,神経は大丈夫なようです。

 考えてみると,左の中指を失うと,ギターもキーボードも今までのようには楽しめません。利き手である右手も大事ですが,私にとっては左手も同じくらい重要であることがつくづくわかった気がします。

 血が止まってからは,本当になんともないという感じです。汚れないように絆創膏を貼っておきますが,血がしみ出てくることも少なく,本当に実害がありません。

 そんなだから,お医者さんに行くべきかどうか考えたのは落ち着いてからで,こんな状況ならいかなくてもいいんじゃないかと様子を見る事にしました。

 翌日,化膿すると第一関節から先を失うかも知れないと,また恐ろしい想像をしてしまったので,ドラッグストアに出向いて,塗り薬の抗生物質を買ってきました。塗る度に思うのは,やっぱりすぱっと先を切り落としてしまっていたら・・・という怖い想像と,こんな深い傷,本当にほっといて直るのかなあという心配です。

 google先生に相談すると,同じような思いをした人の体験談をたくさん見せてくれました。気分が悪くなり,くらくらするような思いをしながら読んでいくと,小さい傷でも医者に行くべき,医者にかかると治りが早い,医者にかかるなら怪我の直後に行くべき,ということでした。

 まあ,素人判断で取り返しが付かなくなるのも嫌ですし,長くて深い傷なので縫ってもらう方がいいかも知れないと,火曜日の午前中にお医者さんに行きました。この段階で,かなり傷はふさがっており,おかしな腫れも痛みもなく,悪い兆候はなさそうです。

 お医者さんはニコニコしながら,「どれどれ・・・うーん」と困った顔をしています。私は「もうこうなってしまうと,どうしようもないですよね」と,負けないようにニコニコしながら言うと,先生は「そうだねえ,どうしようもないねえ」とさらにニコニコしておっしゃいます。

 おもむろに「テープ!テープでがちっと留めよう」と,看護師さんにテープを持ってくるように指示を出します。細いテープで固定するのではなく,大きめのテープ1本で,傷を閉じるようにがちっと固定しようということのようです。

 先生は「いまごろくるなよ」と愚痴りたいのを我慢しつつ,慣れた手つきで,しかも傷の部分だけは自らの手で遮って私に見せないように配慮され,気が付くとこれまた痛みも出血もないまま,テープで綺麗に固定されていました。

 えらいもんですね,それまで伸ばせなかった指が,少し伸ばせるようになります。テープで固定というのは,上手にやるとこんなに効果があるものなんですね。

 「これで様子をみましょう。なにかおかしくなったら来て下さい」とニコニコして言われた先生は,4日分の飲み薬の抗生物質と消炎剤を処方され,この日の診察は終わりました。

 まあ,ここまでくればもう心配ない,念のため,という感じだったのでしょうが,塗り薬はなにかと不便なので飲み薬はありがたいです。

 工作好きの人間ですから,怪我は日常茶飯事のことです。指先を切るなど珍しくもないのですが,そんな趣味の人だからこそ指を失うことは恐ろしいことでもあります。これまで最も深い傷でも3mm程度だったことを考えると,今回の5mmというのは過去最大です。

 なんだそんな程度かよ,というなかれ。怪我はしないに越したことはありません。怪我自慢は自慢にならん,が私の持論です。

 でも,今回の一件は,非常にいい勉強になりました。気乗りしないときの作業は特に気をつけること,グリスなどで滑りやすいものを相手にするときにはさらに気をつけること,刃物を扱う基本をもう一度見直すこと,深さ5mmくらいなら直る,それでも素人判断はしないで潔くその道のプロに任せるべし,そしてテープを上手に使うと随分楽になる,と言うことですね。

 心配事が消えて,あとは怖い想像と戦う日々になりそうですが,子供の頃はもちろん,若い頃は怪我をしても落ち着いたらなんとも思わなくなっていたのに,歳を取るごとに精神面が弱くなっているなあと感じますね。皆さんはそんなことはないですか?

 爆発でもなんでもそうですが,理屈の上では,細い部分やくびれた部分が応力に弱いわけで,まずそういう部分からちぎれたり飛んでいったりするものです。昔,かんしゃく玉を指先で爆発させたことがありますが,子供の柔らかい指先が無事だったことは,今にして思うと奇跡的なことだったのかも知れません。

 おしりとか太股とか,そういう部分は少々深くてもどうにかなるでしょうが,指は簡単に取れてなくなるでしょうから大事にしないといけないなあと,怖い想像におびえながら,つくづく考えてみる機会となりました。

DxVAによる動画再生のハードウェア支援

 先日,GeForce6200Aのグラフィックボードを買ってはみたものの,地デジ視聴時のあまりのコマ落ちに使用を断念,その後ドライバを古いものにすることでなんとか実用レベルに引き上げた話を書きました。

 この話,その後もぼちぼち調べてみると,技術的にもなかなか興味深いお話が分かってきました。まず,動画再生のような重たい処理は,ハードウェアの支援があった方が合理的なわけですが,それをGPUがちゃんと果たしているという事実です。

 実のところ,この手の「ハードウェアによる支援」というのは案外眉唾なイメージが私にはあって,確かに積和演算を専用ハードウェアで行うのは合理的でも,結局上位のアプリケーションからハードウェアに到達するまでにドライバだのラッパーだのHALだのといろんなソフトウェアが間に挟まって,結局軽くならないという馬鹿馬鹿しい事を何度も見せつけられてきました。

 だから,それらオーバーヘッドを少なくする工夫をすることと,オーバーヘッドがあっても全然得をするくらい高速な演算器を用意することが,成功の鍵だと思っているわけです。そう考えると,3DグラフィックにGPUを用いることが当たり前になった事実は,非常にわかりやすい成功例と言えるのかも知れません。

 同じ話を動画再生にもという話な訳ですが,動画再生は高速なCPUを使ってもどうにかなる世界ですから,GPUがないとどうにもならない3Dグラフィックとは,必要度が違ってくるように思います。ですから,私はGPUによる動画再生の支援などは,セールストークの1つだと考えていました。

 しかしこの考えは甘かったです。

 結論からいいますと,これまでCPU負荷が40から50%程度だったものが,20%前半から30%前半程度と,一気に半減しました。さらに負荷の変動も小さく,安定したものとなっています。結果,コマ落ちはほとんどなくなり,実に快適に地デジ視聴が可能になりました。すごいです。

 なにをしたかと言いますと,MPEGデコーダの設定を,DxVAを使用する設定に変更しました。レンダラはVMR7を選んでいます。VMR9だとコマ落ちがひどいです。

 WindowsXPですから,DxVAが必須ではありませんし,メモリ消費が増えてしまったり速度が低下することもあるということで,私は使わずに使っていました。また,この設定が有効になるのが,TVTestの再起動によることを知らず,ONとOFFで差がないと簡単にあきらめてしまったことも失敗でした。

 GeForce6200AにはPureVideoという動画支援が実装されています。世代が古いので大したことは出来ませんが,これを使うにはDxVAでなくてはならないです。DxVAを使わずにVMR7を使うと,DirectDrawが利用されるので,ここの速度が低下する最新のドライバでは盛大なコマ落ちが起こるということでしょう。

 DxVAでは,MPEGデコードをGeForce6200Aとドライバが行うようで,デコード時の色相の設定は,MPEGデコーダの設定から行わず,nVidiaのドライバから行うようになります。

 やったことはこれだけです。こういうことなら,もしかするとドライバを最新にすると,さらに軽くなったり,さらに画質が向上したり,さらにMPEGデコード時の調整項目が増えたりするのではないかと思うのですが,ドライバ周りをいじくるのもしんどいので,もうこれでよいことにします。

 歴史的経緯の把握も必要な,Windowsのグラフィック周りの技術的なお話は,それらと無縁な生活を送ってきた私には,相当ハードルの高いお話です。ですのでこの理解が正しい自信もありませんし,もっと良い設定があるのかも知れません。

 ただ,大変面白いのは,やはりGPUをおごったことは正解だったということです。期待以上の性能向上が得られ,実際にそれがこれまで不可能だったことを可能にしてくれています。PCIという前世紀のバスに繋いでもこれだけの恩恵が受けられるというのは,すごいものだと感心しました。

 理屈はともかく,オンボードのアナログRGBでは得られなかった快適な視聴環境がようやく手に入りました。地デジ専用PCとして,妥協するべきところがもうなにもなくなった気がします。目的を達成できて,実に爽快です。

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