東芝の家電に思うこと
- 2016/04/01 13:31
- カテゴリー:ふと思うこと
東芝と言えばなく子も黙る総合電機メーカーであり,かの田中久重にまで起源を遡る,名門中の名門です。その守備範囲は最先端の半導体から防衛・原子力まで広がっており,規模,技術ともに世界屈指の製造業です。
こういう大きな会社というのは,知名度の高さに反して親近感というのは案外わかないものなのですが,東芝がえらいなと思うのは,一般家庭やアマチュアのホビーストの懐にもちゃんと飛び込んで,そのための多少の手間やコストには目を瞑るという大らかさがあったことでした。
1つはサザエさんと東芝日曜劇場。サザエさんに至っては,登場する家電が常に最新の東芝製という念の入れようでした。
1つは高性能な電子デバイスの,アマチュアへの供給に積極的だったことです。
電子デバイスというのは,数がまとまらないと商売にならないので,1つや2つ欲しいと言うアマチュアをいちいち相手にしていたら,手間ばかりかかって儲かりません。それでアマチュア向けのお店をサポートする問屋さんや代理店を相手にするのですが,それでも金額は大した事はありません。
しかし,東芝はそれこそ戦前から,アマチュアへの電子デバイスの広告と啓蒙を積極的に続けていたように思います。戦前から戦後にかけての,「初歩のラジオ」などの雑誌には東芝の真空管の広告が出ていますし,高度経済成長期においてはオーディオの雑誌にも,最新のトランジスタの広告が出ています。
私が特に覚えているのが「初歩のラジオ」に長年連載が続いた,「東芝ラジオ教室」です。東芝は見開きの広告のページをずっと買い続け,ここでなかなか良く出来た電子工作の製作記事が見開きで掲載されていました。広告ページですから東芝のデバイスを使う物しか出ていませんが,広告費以上に儲かるわけはなく,電子工作少年に東芝を知ってもらうという「先行投資」だったと言えるでしょう。
それに,実際に電子部品店に行ってみれば,東芝のトランジスタやダイオードは手に入りやすく,価格も安いのです。ゆえに雑誌の製作記事にも登場する機会が多くなり,ますますその部品がお店で買われることが増えるというサイクルが成り立つようになります。
ですから,東芝の2SC1815が先代の2SC372やその前の2SB56などと同じように,我々アマチュアに最も馴染みのあるトランジスタとなるのは,当たり前のことでした。
しかし,いかに広告に熱心で知名度もあり,安価で入手がたやすいとしても,性能が優れていて,使いやすい物でなくてはなりません。よく知られたように2SC1815はそのままHiFiオーディオ機器や無線装置に組み込めるほどの汎用性と高性能を誇る万能トランジスタでした。
こうして,東芝のトランジスタを大事なお小遣いで1つ2つと買い求めた子供が,やがて大きくなって技術者になったときに,東芝に強い安心感をもってしまうのだと思います。私もそうです。
余談ですが,かつての電子工作の雑誌に掲載されていた製作記事というのは,なかなか設計が難しいです。読者がいざ作ってみようと思い立った時に,手に入った部品の性能は保証されておらず,スキルも知識も経験も年齢もバラバラ,持っている測定器もまちまちで,その使い方も正しいとは限りません。調整だって出来る人と出来ない人がいて,そもそもほとんどの場合一発では動きません。
どんな人が作っても完成し,無調整で性能が出て,間違った使い方をしても壊れない,手に入りやすい部品だけで構成されいて,しかも安い。
そういう設計が理想とされている世界が,かつての電子工作雑誌の製作記事です。
これはかなり難しいことで,そうならなかった製作記事も多くありました。記事を書かれた先生方にも多少の温度差があったり,使命感はお持ちでも技術が追いつかないケースもあったように思います。雑誌によっても考え方が違うようにも思いました。
そういう意味では,自分の為だけに自分で設計する回路が,一番手抜き出来ると言えるでしょうね。
こういう製作記事の,部品面を支えたのが東芝でした。東芝のトランジスタ,東芝のダイオード,東芝のデジタルIC,東芝のアナログIC・・・いくつもの部品名が頭の中に焼き付いています。
その東芝が大きく揺れています。そして先日,家電部門が中国の家電メーカーに売却されることになりました。技術,ノウハウはもちろん,従業員も生産設備も継承されて,しかも東芝ブランドも今後40年間使用するというのですから,我々からみてこれまでと何が違うのよ?と思う訳ですが,東芝の根底に流れる「消費者の懐に飛び込む」ことは,今後はなくなるかも知れません。
もう1つ,東芝が他の家電メーカーと違うなと思うポイントを,ちょっと視点を変えて書いてみようと思います。
1990年代前半まで,家電製品は急激に進化し,その先頭を日本のメーカーが走っていました。
最終製品の進化がデバイスの進化によって成される構図は今も昔も変わりません。しかし東芝がちょっと違っていたのは,デバイスの進化を東芝自身が強烈に推進していた事と,それを積極的に最終製品に搭載して性能向上を果たしていたことです。
デバイスを作る事が出来ないメーカー,あるいは進化させることの出来ないメーカーは,デバイスの使いこなしで最終製品の性能を向上させることになります。シャープやカシオなんかがそうですね。自ずと安い製品か,「その手があったか」というような工夫に満ちた製品が多くなります。
一方の東芝やNEC,日立などは世界最高峰のデバイスメーカーでもありましたから,これを自社の製品に搭載することで,他には全くない機能や圧倒的な高性能な製品を作る事が出来ました。当時も言われた一流メーカー製と二流メーカー製との間には,このあたりに大きな溝があったように思います。
製品が部品で作られている以上,製品は部品の性能を絶対に越えられません。言い方を変えると,部品の性能が向上すれば,自動的に製品の性能は向上するのです。
東芝は,それを愚直に進めたメーカーだったように思います。1970年代のオーディオ製品の性能向上は,ローノイズ低歪みのトランジスタとFETの登場で成されましたが,東芝のデバイスはその先頭を走っていました。
ラジオや無線機器の高感度化,高性能化,多チャンネル化も半導体の力です。コンピュータもそうです。東芝はCPUやメモリ,周辺LSIの主要なメーカーでした。
一例を挙げましょう。かつてアナログテープデッキが現役だった時代,アナログ録音では不可避なヒスノイズを削減するシステムとして,Dolbyノイズリダクションがありました。
民生用のDolby-Bは,安価で安定した動作を狙ったために,性能面での妥協がありました。ここに勝機ありと踏んだ日本のオーディオメーカーは,こぞってDolby-Bを越えるノイズリダクションを開発しました。
でも,Dolbyにだって,Dolby-Bが性能面で不十分である事は分かっていたはずです。Dolbyは研究開発を生業にする会社ですから,自社でデバイスを開発しません。民生品に採用されるには,性能と価格のバランスを取らなければならず,あえて性能を落としたのでしょう。
やがて複数の会社からDolby-Bを上回るノイズリダクションが登場しましたが,結局残った物はありませんでした。
そんな中で健闘したと思うのが,東芝のADRESです。ADRESはDolby-Bを上回る性能を誇り,しかも音質も良いと評判でしたが,それだけなら他のメーカーにもチャンスがありました。東芝が違っていたのは,ADRESをIC化したことです。
IC化すれば,価格は劇的に下がり,性能も安定します。当初ディスクリートで作る事を想定したDolby-Bが性能面で妥協したのは当然の判断であり,IC化することが前提ならもっと性能を上げることだって出来たでしょう。
ADRESは,自社のデバイス開発能力を背景に,性能と価格と安定性を高次元で両立したシステムだったのです。
ADRESは複雑な処理が必要でしたが,ICは東芝しか開発しませんでした。また,東芝はADRES用のICを少なくとも3世代作り続けており,その都度大きく改良されていました。
基礎開発,デバイス開発,そして最終製品の設計という3つが協調し,優れた製品が登場したという例だったと思います。
このことは,別に東芝に限ったことではなく,当時の日本の家電メーカーの強さの源泉でもありました。
ADRESの場合,それでも残れませんでした。DolbyがデバイスメーカーにワンチップICを作らせたことで,もともと簡単だったDolby-Bがもっと簡単に安く使えるようになったことが1つ,もう1つはワンチップ化を前提にした複雑なシステムであるDolby-Cを開発し,すでに普及していたDolby-Bとの互換性を武器に急速に広まったためです。
今にして思えば,Dolbyは自らの役割と出来る事をきちんと認識し,その時々でやるべき事をきちんと理解していたんだなと感心します。
人づてに聞いた話で恐縮ですが,デバイス部門と最終製品の部門が仲が悪くて,最終製品に自社の半導体を供給してもらえず,他から購入していたメーカーもあったそうですし,互い相手をバカにしあっていた会社もあると聞きます。
またある会社では,デバイス部門が弱くなってから,少しずつ最終製品が弱くなっていきました。
そして現在。共通化によって大量に生産された部品を安価に手に入れて最終製品にすることでしか,価格と性能をバランスできない時代になりました。デバイス専業メーカーが作るデバイスに太刀打ち出来ず,それを使った製品はどのメーカーでも大差がない,これはすなわち,世界中のメーカーがかつてのシャープやカシオと同じ土俵に上がったことを意味しています。
つまり,ここでの勝者は,価格とちょっとした工夫で他社を出し抜いた会社です。
東芝は,残念な事に,この競争では勝てませんでした。
自分達の都合だけでデバイスを進化させ,自分達の製品に使って自分達の望む性能向上を果たす,結果として複数のメーカーが様々なアプローチで個性的な製品を作って世に問う,我々は新製品が出る度に,胸を躍らせて使ってみる,そういう話が普通でなくなり,世界第一位か二位までの僅かな会社の特権となってしまったには,こういう背景があったのだと私も改めて思いました。
では,現在は最終製品の性能は,以前よりも上がりにくいのでしょうか?
いえ,そうではありません。デジタル化とCPUの処理能力向上により,製品の性能はソフトウェアが握る時代です。ソフトウェアはデバイスと違って初期投資が軽いこともあって,自分達の都合で自分達が作る事がまだまだ可能です。
そして,それが出来たメーカーは,技術を進歩させ,優れた製品を世に問い,大きな支持を受けて文化を創り上げていきます。
私個人にとっては,シャープの買収よりも,東芝の家電部門の買収の方が大きいニュースでした。それは,最終製品を決定付ける要因が変化していたという気付きが,確信に変わるものであったからです。
そういえば,シャープが液晶に傾倒した理由の1つに,かつてのテレビのキーデバイスであるブラウン管を自社で作っていなかったことをあげる人がいます。テレビメーカーにとって自社開発のブラウン管を持つことは,夢でした。
液晶の時代をなかば強引に引き寄せたシャープは,念願のキーデバイスを手に入れます。しかし,残念な事に,時代は変わっていました。夢やロマンだけでは,商売は出来ません。
そして東芝はもちろん,ブラウン管も,液晶も持っていました。でも買収されてしまったわけですが,これを「日本のメーカーの凋落」という単純な文脈で語ってしまうことには,私はどうしても納得出来ないのです。