今度こそ,これが最後のテスターだ
amazonがブラックフライデーのセールをやっていたのですが,コロナをいいことに引き籠もっていた私も,買い物による散財を堪能させて頂きました。
その1つ,念願の日置のテスターを買った話です。
買ったのは,日置の最高級モデルであるDT4282です。直販サイトで6万円という,ハンドヘルド型としては最高級機種になると言って良いでしょう。
スペックは60000カウントの5桁表示(つまり4.5桁というやつですね),その上更新周期が0.2秒と高速で,直流電圧の精度が±0.025%と,ベンチ型に匹敵する性能です。
交流は真の実効値で測定可能,周波数帯域は20Hzから100kHzまでOKなので,音声信号も扱えます。そして630Hzのローパスフィルタも設定出来るので,高調波が問題になるような用途にも対応出来ます。すごい。
電流は10Aまで測定出来るということで,今どきの安全性を重視した(規制されたとも言う)テスタとしては破格の性能で,これ一台でなんでも測定出来ます。
登場は2012年11月,登場時の値段は56700円だったと言いますから結構値上げされていますが,登場から10年を経ても最高水準というのはさすがです。
2013年に発行された日置技報によると,内部は16bitのマイコンと24bitのADコンバータを組み合わせたものということで,汎用のワンチップLSIを使ったものでもありませんし,下位機種で採用された専用カスタムICでもありません。性能を追求した設計になっているようです。
amazonのセールでは,これが38400円になっていました。ここからさらにポイントが戻ってくるので,実質35000円くらいになるでしょう。このスペックのテスターがここまで安い,しかもテスターを真面目に作り続けている日置のテスターですから,これは買うしかありません。
おそらく人生最後のテスターを,日置のモデルに出来た事を,うれしく思います。
さて,そのDT4282ですが,一言で言うと一昔前のベンチ型マルチメータの性能をハンドヘルドにした物,と言っていいでしょう。精度もそうですが,レスポンスや機能についても,ベンチ型に負けてはいません。
とはいえ,そこは部品のサイズや安定度に制限が緩いベンチ型で,私のDl2050という古い中級機でも120000カウントと倍のカウント数ですし,精度もDT4282が0.025%±2カウントなのに対して,DL2050は0.012%+5カウントとこれもなかなかの精度を誇ります。
拮抗しているのは更新周期くらいで,DT4282が60000カウントで5回/秒,DL2050が40000カウントで4.8回/秒です。(ちなみにDL2050は120000カウントでは2.2回/秒です)
テスターって,初心者向けの本はよく見るのですが,それだとどのテスターを買っても同じに見えてしまいます。しかし,DT4282のような高級機から1000円ほどの安いものまで千差万別なのも,またテスターの世界です。
何が違うのかは,メーカーのホームページを見てもよく分からなかったりします。もちろん精度など細かい数字を比べて一喜一憂するのもよいのですが,先に紹介した日置技法に掲載されたDT4282の記事を見てみますと,設計者のこだわりが熱く語られています。いいですね,こういうの。
丸写しするわけにはいかないので,かいつまんで紹介します。肝心なことは,カタログデータを実現するためにどんな工夫をしたのか,という点を含む,カタログスペックに出てこないような技術が,どんな風に盛り込まれたのかという点です。
・使用温度範囲
DT4282では-15℃~55℃と広く,フィールドワークにもへこたれません。ベンチ型では0℃~50℃程度なので,特に低温での動作がありがたいでしょう。もちろん,精度がこの温度範囲で保証されるようなことはなく,そのあたりはベンチ型の方が有利だったりします。
・警告表示
DT4282はバックライトが白色で見やすいのですが,電圧や電流の過大入力があった場合には,バックライトが赤になります。導通テストやダイオードテストでも赤になるのですが,命がかかっている強電の世界では,危険なことを自分と周囲に知らせる機能というのはとても大事で,このあたりさすがにプロの道具だなと思います。まいったかフルーク!
・フィルタ機能
高級なテスタには搭載されることが増えたフィルタは,DT4282にも搭載されています。カットオフは630Hzです。これ,近年のインバータを使った設備の点検には必要となるもので,ノイズをカットし正確な測定を行う為には必須だと思います。
・表示更新速度の切り替え
DT4282は表示を0.2秒で更新する高速性が売りですが,値が揺らいでいるときなどゆっくり変化した方がいい場合もあります。DT4282でも低速モードに出来るのですが,問題はどうやって低速にしているかです。
取説によると,5回の平均を行って更新を行うそうです。こういうことがちゃんと書かれているテスターは珍しいかもしれないですよ。
・導通チェック
導通チェックって,抵抗レンジの流用だと思っている方が多いと思いますし,私もそう信じていたのですが,DT4282ではわざわざサンプリング周期を早めて,レスポンスを高速化する工夫を行っているそうです。芸が細かい。
・抵抗測定
抵抗はオームの法則で簡単に測定出来るので,古来からテスターで測定出来るものとして備わっているものです。しかし精度の高い抵抗測定は案外面倒なもので,DT4282は4端子法こそ使えませんが,高安定な定電流回路で作った定電流で抵抗を測定します。こういう安いテスタは抵抗だけの定電流回路だったりしますので,ここは信頼出来ます。
・静電容量測定
アナログテスタ時代には,大容量の電解コンデンサに限って,直流を印加してその最大の振れ幅で容量を測定するという恐ろしいものが備わっていたりしましたが,DT4282では高精度な基準抵抗と被測定コンデンサで構成されたCR発振回路の周波数を測定することで,結果を得ます。
・電源
単三4本で動く,と言う話はごく普通なのですが,ちょっとすごいと思ったのは,電池が消耗していても測定値が表示されている限り,その測定値の確度を保証する仕様になっていることです。他の製品だと,電池電圧が低下したという警告が出ているときは,動作はするけど確度は保証しないというものがおおいのですが,DT4282は違います。
・ADコンバータのサンプリング周期
ADコンバータのサンプリング周期を公開しているというだけでも感心しますが,その周期は100msということです。これは,商用電源の周波数である50Hzや60Hzのノイズを上手く除去できる周波数になっています。
まあ,ベンチ型のマルチメータでは良く行われている工夫ですが,これがハンドヘルド型でも利用されているというのは興味深いと思います。
・端子シャッタ
そう,これです,これ。日置のテスターの売りは,このロータリースイッチに連動した端子シャッタがあることです。
例えば,電圧端子にテスタリードが刺さっていれば,シャッタが引っかかってロータリースイッチが電流レンジに切り替わらないようになっています。また,電流レンジに切り替えてしまえば,電圧端子はシャッタが閉まって,テスタリードを差し込むことが出来なくなります。
電流と電圧の測定を1つの機器で行うものは,誤操作によって火災や感電と言った事故が起きます。私も何度か怖い思いをしましたが,気を付けていたもうっかりしてしまうもので,こうやって安全装置が無理なく働くようになっていると,とてもありがたいです。
・応答時間
なかなかスペックを見ても実感がわかないのですが,確かにレスポンスは良いです。実際に入力を印加してから,真値±5カウントになるまでの時間が日置技報に書かれていますが,直流電圧では0.8秒程度,交流電圧では2秒ちょっと,抵抗では1秒程度となっています。これ,他社の似たような製品ではそれぞれ1.2秒,8秒,2.4秒となっていて,結構待たされます。
数をこなすプロの現場で,値が落ち着くまで8秒かかるか2秒でいいかは大きな違いで,こういうところにプロの道具としてこだわった日置の良心が見え隠れします。
とまあ,まるで日置の中の人のように書いていますが,自分が選んだテスターを褒めちぎりたいのは人情というもの。ではその実力を実際にみてみたいと思います。
評価には,いつものように基準で圧発生器を使います。
製造元による実測値は,
2.50165V
5.00302V
7.50454V
10.00533V
です。
これがそのまま維持されている可能性は低いので,うちの基準器であるHP34401Aで測定した結果が以下です。
2.5017V
5.0035V
7.5054V
10.0065V
うーん。基準器がズレたのか,34401Aがズレたのか,実際には両方がズレた結果なんだと思いますが,実はこの測定値,2019年4月の値と同じです。2年以上経過しても測定値が変わらないって,すごくないですか?
ただ,製造元による実測値からズレているのは確かなので,このくらいのズレがあることを前提にして,DT4282の実測値です。
2.5015V -0.2mV -0.00799%
5.0031V -0.4mV -0.00799%
7.505V -0.4mV -0.00533%
10.006V -0.5mV -0.00500%
34401Aに比べて,少しだけ低めに出ているのがわかりますが,どの値もさすがです。桁数が多いことが精度を高めるのにまさに貢献している感じです。しかし,そこは60000カウントの制限で,7.5Vでは桁数が少ないことが目立ってしまいます。
基準器は狂っておらず,34401Aが狂ったものと考えて,基準器の出荷時の実測値と比べて見ましょう。
2.5015V 0.15mV 0.00600%
5.0031V 0.08mV 0.00160%
7.505V 0.5mV 0.00666%
10.006V 0.67mV 0.00670%
うーん,この結果を見ると,34401Aの方が狂っていると言った方が良さそうな気がします。いずれにせよ,34401もDT4282も,うちではダントツの精度を持っていると言うことがわかりました。
うちは,一応34401Aに合わせることにしています。34401Aが一番カウント数が多く,かつ精度も高いと思われるからなのですが,DT4282はわずかな差があるとは言え,ほんの僅かですので,この2つは同一の測定結果を出すものとして,扱う事にしましょう。
ちなみに,なんやかんやで出番の多いFLUKEの101を測定し直してみました。そういえばこれ,自分で校正したんですよね。
2.500V -1.7mV -0.0680%
5.002V -1.5mV -0.0300%
7.49V -15.4mV -0.2052%
9.99V -16.5mV -0.1649%
2018年11月に校正したときの数値と比較すると,実はそんなに変化していません。いやはや大したものです。ちょっと不安だったのですが,これで一安心ですね。
これを見ていると,やっぱり6000カウントでは7.5Vの測定が厳しい事がわかります。
そして,amazonで1700円で買った中国製の101っぽいテスター,ZT109です。これも自分で校正しました。
2.501V -0.7mV -0.0280%
5.002V -1.5mV -0.0280%
7.504V -1.4mV -0.0187%
10.00V -6.5mV -0.0650%
おお,いいですね。101よりも好成績です。これも2019年の11月に校正した結果と比べて見ると,ほとんど変わっていません。
このテスタが優れているのは,4桁ですが10000カウントなんです。だから7.5Vでもちゃんと小数点以下3桁が出ています。そしてその値は結構信用出来るんですね。すでにこの段階で101に勝っています。参ったかフルーク!
ということで,実際に何度か使ってみましたが,実に快適です。大きすぎる,重すぎるということで使いにくいかと思いましたが,立てて使うと言うことを今回初めて試して見たところ思いのほか快適,適度な重さは安定感を生み,リードが引っ張られて動いたりすることもありませんし,ロータリースイッチを回すときに片手を本体に添える必要もなく,使い勝手は素晴らしいの一言です。
液晶も見やすく,特にバックライト点灯時の文字のコントラストが高いので,明るいところでも常用したいくらいです。測定対象にリードを当ててから視線を動かしているうちに値が安定するレスポンスの良さ,値の更新周期が早いことで電圧が安定しているのかそうでないのかもわかる情報量の多さも助かります
地味に使い心地を向上させているのが,テスタリードの使いやすさです。フルークはごっつくて取り回しが大変,サンワは華奢すぎて使いにくく,日置のものはケーブルのしなりもリードの長さもプローブの太さも,そしてグリップが手に馴染む感覚も,これまで使ったテスタリードで最高の使い心地です。
私がこれまで標準的に使い続けていたKEYSIGHTのものよりもずっといいと思います。(ただKEYSIGHTのものは先端にクリップを取り付けられるオプションも付属している割には安いので,便利なんですよ)
テスタはあくまで道具です。しかし,DT4282は使うことが目的になってしまうような快適なテスタでした。いいものを買ったと思います。
私は割とテスタをコロコロ買い換えていますが,本来は長く使えるものですし,手に馴染む一台を持つことがベテランの証でもあります。とすれば,最初に良いものを奮発し,手足のように自然に使いこなすようになることが理想なのかも知れません。