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2022年12月23日の記事は以下のとおりです。

2022年とAppleII

 さて,2022年もそろそろおしまい,今年は仕事面で10年に一度の挫折があり,5月頃から半年ほど毎日がとても苦しい年でした。今もってその状況は根本的には変わっておらず,気の持ちようとある種のあきらめで,なんとか平静を装っていられる感じですが,挫折の時こそ趣味のみに生きるのが私。

 これまでも,カメラの修理などがどん底から引き上げてくれた(もしくはそれ以上沈むことを防いでくれた)のですが,今回はそれがレトロPCでした。

 レトロPCというのは1970年代から1990年代にかけて発売されたパソコンのことです。各社まちまちのハードウェアで互換性など全くなく,むしろその非互換こそが他社との差別化に繋がっていたという,よく言えばエキサイティングな,悪く言えば消費者そっちのけだった,黎明期のパソコンたちです。

 私も当時を知る人ですので,実家から持ち帰った古いパソコンのうち,当時のものをレストアして当時のまま使うことは,とても簡単なことでした。しかしそれはすでに分かっている結論までのプロセスを,ただなぞるだけの行為に過ぎません。

 新しい発見は少なく,動いたという安心感だけが残るもので,おそらくすぐに触らなくなるだろうなあと,目に前に並ぶ実家からの荷物を見て思ったものです。

 しかし,新しい体験が伴うなら話は別です。1980年代当時,私は学生であり,百花繚乱だったわずか数年間を楽しむには幼すぎました。お金も知識も交友関係もです。

 分厚い雑誌の広告を見ては「いいなあ」「欲しいなあ」と思ったり,「すごいすごいとは聞いているけどなにがそんなにすごいんだろう」とか「いつかは貯めそう」と思って結局試せずにいたりしたものが,とにかくたくさんあります。

 おそらく,現在のレトロPCのブームは,当時を懐かしむことだけではなく,当時のものを現代の技術で拡張したり,現在の自分の能力で動かして,新しい体験をすることにも支えられているんじゃないかと思います。

 そう,大人となった今では,お金もあります。知識も技術もあります。新しい部品も手に入ります。そして多くの資料が手に入るようになっています。

 あたかも転生もののように,かつて出来なかったことを今楽しむこともそうですし,当時は手に入らなかった素晴らしい性能の部品を使って,当時は構想だけで終わっていたものや実現が難しかったものを現実にしたりと,シンプルなマシンだからこそ自由にいじることが出来るレトロPCで楽しんでいるんだろうと思います。


 私の場合,年齢が高くなってから触り始めたX1turboIIIは,やり残したturboZ-BASICの起動で興味が失せてしまったわけですが,小学生の時に触り始めて,いつかはフロッピーディスクで動かすんだと夢見ていた当時を,現実に堪能しました。

 しかし,もっとも楽しんだのはAppleIIです。私がパソコンに興味を持っていた頃はすでにAppleIIは日本国内でもマイナー機種になっていました。もちろん熱心なファンはたくさんいましたし,最初からマイナーだったマシンとは違い,AppleIIはこの世界のパイオニアでしたし,性能は当時も全く色褪せず,高嶺の花であり続けたマシンでしたが,それゆえに持っている人がほとんどおらず,お店で見かけることも少なかったのです。

 1970年代生まれのAppleIIは,その後隆盛を誇るMicrosoft BASICをROMに内蔵した多くのマシンとは異なる流儀で動かすマシンで,仮に当時AppleIIを与えられてもきっとなにも出来なかっただろうと思います。

 実際,1990年代前半にAppleIIを初めて手に入れた時には,電源を入れるところまでは出来ても,そこから先はなにも出来なかったことを覚えています。

 東レ時代の本物のJ-plusだということで捨てずに持っていましたが,それが実家にやってきてから,なんとか動かして見ようと思ったのが今年の2月頃のお話です。

 少しgoogleで調べてみると,AppleIIの情報は,それはもうザクザク出てきます。日本国内では海外製の高価なマシンだったAppleIIは,当然のことながら海外ではベストセラーモデルで,多くの人にとって最初の1台だったモデルなのですから,海外の情報に簡単にアクセスできなかった当時とは,見える色が異なるはずです。

 加えて円高。昨今円安と言われていますが,AppleIIのころは1ドル300円ですから,円は今の半分以下の価値しかなかったわけです。当時日本国内で36万円だったAppleIIは,今でも15万円くらい,最も安いときなら10万円くらいだったりするのです。
 
 そういう気持ちでAppleIIを眺めてみると,当時全く縁がなかったAppleIIを今当時のつもりでトレースすると,全く新しい経験を得ることになるんじゃないのか,もっと言えばあの時代にタイムスリップすることに等しいんじゃないのか,と思うようになりました。

 当時と違ってお金はほとんどかかりません。情報もあふれています。難しいのは当時のハードウェアを手に入れる事ですが,AppleIIは幸い数が出ているので,探すのは難しくありません。最悪自作も可能です。

 ということで,この10ヶ月ほど私はAppleIIにどっぷりでした。

 最初はとにかく電源を入れたところから先に進もうということでしたが,そのために必要になったのはディスクイメージをディスクに書き戻す手段です。これにはこの界隈でよく使われているツールを動かす必要がありますが,そのために16kBの拡張メモリが必要でした。

 メモリは,基本的な入出力仕様が当時のままなのに,中身は強烈に増えているという珍しい部品で,AppleIIの時代には4kBitだったSRAMは,今ではその1000倍以上のものが簡単に入手できます。

 手持ちの256kBitのSRAMを使って自作したあとは,AppleIIの扉が一気に開いたような面白さで,憧れた有名なゲーム,ツールを楽しみ,新しい技術や知識を得てまるで当時のようなワクワクした毎日を過ごしていました。

 DIskIIの修理もそうですし,Z80カードでCP/Mもそうです。CP/Mは,当時X1turboで少し囓りましたが,面白いと思えず,とても不便で面倒くさいという印象しかありませんでした。

 しかし今触って見ると,非力なZ80でよくここまでやるもんだなあと思うほど,良く動いてくれます。これが当時の世界標準だったのかと,その頃いかに無知だったのか,あるいは自分の少し外側には全く見た事のない輝くような世界があったことを知らずに過ごしていたのか,思い知ることになりました。

 AppleIIは何度も壊れてしまいましたが,その都度修理をあきらめなかったのも,まだやり尽くしていないという知識欲からだったと思います。それに修理が現実的だと思えるくらいの情報が入手出来ることも,カスタムチップが少なく部品の入手も難しくないことも,あきらめなかった理由だと思います。

 ということで,AppleIIでやりたいことはほぼやり終えました。ここから先は例えばAppleIIで音楽を作るとか,AppleIIGSを手に入れるとか,自分で6502のコードを書いてみるとか,そういうことをやるしないでしょう。しかし,当時私がそこまでやっていたかと言えば疑問で,詰まるところ歳を取っても私は私ということです。

 当時,こんなに面白い世界を楽しんでいた人たちがいたんだなあと,羨ましく思いましたし,とはいえ当時ここまでの環境を持っていてもきっと使いこなせずに終わっただろうなあと,美しいデザインのAppleIIを見ながら思います。

 同じ事をあの当時にやろうとすると,おそらく数百万円かかったでしょう。ほとんどがオープンになっていて,今なら無償で使えるソフトウェアを全部購入すると考えると,高級車が買えるほどの経済力がないと経験出来なかったでしょう。

 当時の価値観ではありますが,その楽しみは費用に見合うものだったはずで,楽しくないはずがありません。だから私にとって,それは懐かしいのではなく,新しい体験でした。

 残念な事に,新しい経験も済んでしまえば懐かしさにいずれ変わります。次から次へと試したいことが出てきたAppleIIの探検も,CP/Mが起動した時にもう掘り尽くした感じがしました。さみしいことですが,AppleIIの追体験という旅は,ここら辺で終わりのようです。

 

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