東京からの脱出 : Day1 ~ 富山に向かう
- 2026/01/05 16:19
- カテゴリー:できごと
家族で富山に行ってきました。先にいっときます,冬の富山は本当にいいです。
きっかけは,東京からの脱出。右を向いても左を向いても自分の事しか考えていない人が自分勝手に闊歩し弱者のみならず弱者への思いやりすらを弱みにつけ込む。そんな山手線の駅を降りて会社までの道すがら,沸々と湧き上がる紫色の煙のような負の感情が,会社の自席に着いた途端に「もうええ加減にせえよ」に昇華し,その刹那東京からの脱出を,ひったくるように渇望するに至ったのです。
大げさですけど,こんなことってあるんだなと思いました。何事も悪い方に考え,慎重に慎重に,衝動的な判断に身を委ねないことを常としてきた私ですが,瞬発力に背中を蹴飛ばされることのなんと心地の良いことか。
とはいえ,それまでに旅行が許される条件が整っていたことも大きくて,本当に突発的だったかと言われれば実はそんなこともないのかも知れません。
それは娘の手術が終わって1年経ち,日常を取り戻しつつあることもそうでしょうし,家族が揃って年末年始を過ごす機会が,今後減ることはあっても増える事は決してないという現実的な見通し,本人の病気や親の介護などの自分ではコントロール出来ない,しかし必ずやってくる面倒ごとが今は成りを潜めているということ,なによりこれまで一度も家族で旅行はおろか,帰省も含めて揃って外泊をしたことがないという異常な事実に対する負い目も,今回の判断のしきい値を引き下げてくれました。加えて年末の連休が長いことも,ひょっとしたら昨今の国際情勢から海外からの観光客が減るんじゃないかという期待も後押ししました。
こういう判断は得てして良い結果を生むものです。ならば後戻りできないように,その場で妻に連絡,相談と言うより半ば決定事項として伝えて快諾を得ると,具体的な行動として場所の選定です。
これも衝動的に,富山に決め打ち。妻は寒さが苦手で暖かいところに行きたがるのですが,私はなぜか冬は寒いところに行きたくなるのです。いや,スキーとか冬山登山とか死ぬほど嫌いですよ。
母親が福井の出身で冬の北陸には特別な思いがある私にとっても,冬の富山は未経験です。でも,富山の話は良いことばかり。
いわゆる観光地は少ないですし,特に冬は雪に閉ざされて身動きが取れません。もちろん日本アルプスにアタックする人には特別な意味を持ちますが,我々家族がそんなことをするはずもありません。
しかし,富山は海の幸と綺麗で美味しい水があります。異口同音に刺身とお寿司のおいしさを聞きますし,水の美味しい所の日本酒はまた絶品で,これも大変な評判です。
東京からの脱出,美味しい料理に美味しいお酒。そして雪を蹴散らして進む新幹線の開業と,もはや冬の富山こそ私たちが目指すべき非日常であると確信しました。
しかしこの時すでに12月10日。年末の家族旅行など出遅れも甚だしいです。
あわててその週の土曜日に近所のJTBで相談。自然な流れで富山に決まりました。
問題は富山のどこに行くのかですが,私は富山のことはほとんど知りません。富山と言っても広いです。どこに泊まるのがいいのか,そこで何をすればいいのか,どうやって行けばいいのか,全くわからないのです。
わからないことはプロに任せればいいです。無理をせず専門家に頼る,信頼することもまた心地の良いことです。
こちらの希望を伝え,果たして彼女が提案したのは,宇奈月温泉でした。
さすがに名前くらいは聞いたことがあるのですが,どこにあるのかよく分かりません。地図を見ると富山の東側,富山市からはそれなりに離れていて,いわゆる黒部の近くのようです。有名な黒部峡谷鉄道はここから出ています。冬の間は運休するので今回は体験する機会がありませんが,海と言うより山なんだなという事はなんとなくわかります。
そう,北陸の山と空の境目は,独特の色合いをしているのです。ワクワクするじゃないですか。
宿を起点に観光地を巡ることはせず,宿そのものを楽しみ,のんびり滞在したいという事,何をするにもエレベータにまず乗り込むのではなく,宿を歩き回って,できれば階段で動けるくらいであること,畳に布団がいいということを伝えて,宿も決まりました。
希望していた12月26日という出発日と2泊3日という期間もうまく叶い,少しお金はかかりましたが,あとは病気や怪我をせず,夫婦げんかも慎んで当日を無事に迎えるだけです。
Day1 : 12月26日
はくたか565号 13:24東京発 15:41黒部宇奈月温泉着
富山地方鉄道 16:17新黒部発 16:45宇奈月温泉着
東京駅を新幹線のホームは人で年末年始独特のワクワク感と共にごった返していて,心なしかみんな穏やかな顔をしています。混雑するホームでさっと道を譲る人,ぐずる子どもにも優しい人,互いに会釈を交わす・・・ゆとりがあるっていいですよね。
噂に聞いていた,外国人観光客のマナーの悪さを見ることもなく,初めて使った北陸新幹線は快適そのものです。これだけ快適だと旅の風情も感じず,在来線の窮屈さやのんびりさがかえって懐かしく感じるくらいです。移動を積極的に楽しむと言うよりも,やはり移動を移動として割り切って快適に短時間で片付けることに長けた新幹線に,私はそれほど悪いイメージがありません。
東京は晴天で気温も高かったのですが,黒部宇奈月温泉駅を降りるとしっかりと吹雪き,鉛色の空が広がっています。長野あたりからあやしくなり,糸魚川では明らかに寒そうだったわけですが,実際に富山まで来ると本当に寒くて凍えそうです。富山地方鉄道の新黒部駅への乗り換え,そして電車を待つ間,正直この旅行は失敗かも,と心配になりました。
新黒部にやってきたのは,雪まみれになったかつての「レッドアロー」です。おお,写真でしか見た事がない西武の特急電車にこんなところで乗る事になるとは・・・
富山地方鉄道は私の期待を遙かに超える地方鉄道っぷりで,駅はほとんど無人駅,車両は古くて傷んでおり,なんだか別世界です。しかし粗末に使われているかと言えばそうでもなく,駅はどの駅も同じ程度に維持されていますし,車両ももともと古いものが,厳しい風雪に晒されて傷んでいるだけで,大切に足として使われていることがわかります。
車内も,例えばシートはすり切れていたりはしますが,それも年月相応に痛んでいるだけであり,乗客のマターの悪さや無関心さに起因するような傷み方はありません。まさに足として,乗客にも大切にされていて,というよりもそれが日常的に当たり前になっている毎日を想像させる電車でした。
どんどん日は落ちて行きます。車窓はいかにも日本海側の農村に新雪が重なっていく様子です。揺れる電車,妙にふわふわのシートは,決して快適とは言えません。
娘は電車に酔ったといってました。終点の宇奈月温泉の途中はどうも急な曲線が多く,揺れも大きく,停車駅も多かったですから,私もちょっと気分が悪くなりました。
駅に降り立つと雪が積もっています。寒いです。駅員の少ない(というより一人しかいない)改札に不慣れな観光客が列びます。改札では乗ったときに取った整理券を見せて,往復乗車券を買うのがポイントです。片道720円の区間を5日間有効の往復乗車券を買うと1400円。20円しか安くならないと嘆くなかれ,実は特急料金100円が無料になるのです。しかも半券付きで使用後にも手元に残ります。これは買うしかないでしょう。
改札を出ると,各旅館の旗を持った迎えの人にところに銘々近寄る光景がいかにも温泉街ですが,我々もそうやって自分たちの宿,「サン柳家」の用意してくれた車に乗り込みます。暗いし寒いし雪は降っているし,道はわからないしで,もう車でなければたどり着かないのでは思うほど,心細いものでした。
当たり前ですが,宿に着くと女将と若女将が出迎えてくれます。商売ですけど,うれしいものです。こういうのはなくなって欲しくないですよねえ。
なんだかんだで自分たちの部屋に座り込んだのが17時半過ぎ。1時間ほどしてから夕食です。夕食は個室の用意があったのでそちらで頂く事になっています。
料理のことを事細かく書くのはもう無理なほど,品数の多さ,圧倒的な物量,しかもどれもたまらなく美味しく,貝類が全くダメな私がバイ貝の刺身をうまいといっては食べ,もう何十年も口にしなかったカニを無言で食べ,あろうことかカニ味噌まで食べるに至り,いつもならグロいとか目が合ったら怖いとか言って箸も付けなかった鯛の兜煮をバラバラにしながら食べる姿に家族は「こいつ別人ちゃうか」と思ったらしいです。(この鯛の兜煮はこの宿の名物らしく,わざわざこれを目当てに来る人もいるとか。実際私はこんなにうまい煮付けを食べたことはありません)
それくらい,おいしいのでした。おいしいというより,臭みがなく,うまみが凝縮されていたとでもいうのでしょうか。以前,いわゆる珍味がダメだという話をしたときに,本当に美味しいものを口にしていないからだと,したり顔である人が言ったことにむっとしたことがあるのですが,それは本当だったと思いました。
そして,これがまだまだ序の口であることを後に知る事となります。
おいしいこと,品数,手のかかり具合,物量があることはもちろんなのですが,価格も安いのです。東京にいてここ数年の物価高に苦虫を噛み潰すような思いで毎日を過ごしているせいか,富山だけは物価高は起きていないのではないのかと思うことが度々ありました。もちろん実際にはそんなはずはなく,電気料金もガス料金も,飲み物もお米の値段も上がっているはずですし,寒冷地の冬の生活コストはもともと多くかかるものです。
ですが,やはり目の前にあるものから感じるのは,数年前のコスト感覚です。ひょっとすると本当に物価高の影響が少ない地域なのかも知れませんが,仮にそうだとしても外から来る観光客にまでその恩恵を与えることはしなくとも,東京と同じような価格までふっかけたところで,誰も文句は言わないだろうと思うのです。
それは自販機のペットボトルの水の値段も,ビール1杯の値段も良心的であるということを通じて,歓迎されているなあと感じる機会でもあり,こういうことに無欲であること,あるいは外の人に対して優しい(というより公平である)ことも,富山の地域性なのかも知れないなと思いました。
そんなことを考えながら2時間ほどで富山の海の幸をたらふく食べ,部屋に戻ってこの日は終了。ニュースでは東京はこの冬一番の寒さだったといっており,無事東京脱出に成功したと,私はほくそ笑んでいたのでした。
翌日は丸一日富山にいる日になります。最寄り駅まで移動できるのか,最寄り駅から移動できるのか,果たして天気はどうなるのか,無事に時間を潰せるのか,はたまた宿でひたすら読書に励むことになるのか,どうなることやらわからず,満腹と疲れで,ぐっすり寝てしまったのでした。